猫を探せ
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/23 21:38



■オープニング本文

●夜道に光る眼
 その夜、ひと組の親子が都の夜道を歩いていた。
 街道や村などと比べれば遥かにマシだが、それでもやはり基本自然光に頼らなければ躓きかねない。親子は子供を挟んで手を繋ぎ歩いていた。
 ふと、子供が足を止める。好奇心に満ちた瞳で路地裏を見つめている。両親がその視線の先を追うと、そこには一対の茶色い瞳。子供はともかく、大人としてこれはかなり怖い。子供の手を引いて走って逃げようかとした瞬間――
 ――なーぉ
 何だ野良猫か、と両親は胸を撫で下ろす。臆病者と笑ってはいけない。夜道の路地裏から光る眼が此方を注視していれば充分不気味であるし、この都には開拓者ギルドがある関係上、余所よりも多くアヤカシの話が真偽問わず色々転がっている。実際は都での出現率が高いわけではないのだが、無責任に広がる話にはそういった配慮は無い。ただの怪談話ならともかく、それは現実に存在しているモノを背景とした話なので、やはり恐ろしいのだ。
 遊んできて良い? と子供が両親にねだる。正直の所、両親は直ぐにでもこの場を離れて家に帰りたかったが、こんな時間まで子供を連れ回した罪悪感があったのか、了承してしまった。

 ――後悔先に立たずと言うが、両親はこの言葉を永劫胸に刻む事になる。

 子供が路地裏に走っていって数分後、流石に夜道に棒立ちをしている状況に寒気を感じたのか、そろそろ家路に急ごうと思い始めていた。
 そう思ってようやく気付いたのだが、先程まで路地裏の薄暗い所から聞こえていた、猫に話し掛ける子供の声が消えていた。だが、路地裏に何かが居る感じはするし、幾ら子供でもこの夜道で遠くに行ってしまったというのは考え難い。
 何かの予感が足を重くする。妻を背後に庇いながら、夫は路地裏へと進んでいく。
 ――僅かに差し込む月明かりの下で、瞳と同じ色をした猫が、既に残骸と化した子供の上に座り嗤っていた。

●猫屋敷
 両親が目の前の現実を認識し叫びを上げた瞬間、猫は残っていた子供の腕を咥えて身を翻した。持続性には欠けるものの、瞬間的に最高速度に達する上に跳躍力にも長けた猫をただの人間が捕まえるのは不可能である。まして、人を喰うような猫が只の猫であるわけもない。それでも、夫の方は猫を追った。幸いと言ってはいけないのだろうが、猫は鮮血の滴る腕を咥えたままである。その跡を追い明け方に漸く見付けた先は、一軒の廃屋だった。

 廃屋には一年前まで老夫婦が住んでいた。だが、持ち主が亡くなり家を引き取る者が無いまま現在まで放置されていたらしい。
 老夫婦は無類の猫好きだったらしく生前家を通り掛る野良猫に餌を与え続けた結果、多数の猫が餌を求めて集まるようになり、その家は近隣から猫屋敷呼ばわりされるようになったそうだ。
人の社会に入り込んだ野良の生き物は往々にして嫌われる。衛生、鳴き声、侵入、傷害。生来の野生である生き物は好んで人の社会に入り込む事はあまりないので、それは人間が起こした行動の結果生まれたものが大多数を占める別の生き物。
 その例に漏れず、その廃屋は今現在においても多数の猫が出入りする場所になっている。確かに餌は貰えなくはなったが、それでも雨露や暑さ寒さを凌げる大きな場所があるのは野良である彼らにとって何より。
当然、付近住民には野良猫の被害が発生しており――挙句に今回の人食い猫である。

「まずはその人食い猫を特定する事。入れ替わり立ち替わり色々な猫が出入りしているそうですし、その件の猫も普通の猫と何ら見た目が変わらないサうですからそこが一番の難関ですね。
 盾にされる可能性があるので、多少野良猫に被害が出るのは仕方ないとは思いますが‥‥出来れば避けて下さい。もし出た場合、放置したりせずに何処かに埋めて上げて下さい。倫理面と衛生面の問題がありますので。
 近隣の方は言外に野良猫も一緒に始末してくれ、みたいな感じなんですが――どうしてもやりたければ、自分達でやるかお上にでも頼めばいいのに――と、失礼。とにかく、彼らに何を言われても了承しないで下さい。
 それから、そう無いとは思いますが飼い猫が混ざっていた場合も気にしなくて結構です。
 先に言っておくと、人食い猫は『隠れているわけではなく紛れているだけ』ですから、『心眼』は無意味です。巫女の結界があれば楽になるでしょうが、無ければ無いでやりようは幾らでもあります。
 因みに、昼間の屋外での戦いは一般人を巻き添えにする可能性がありますので、可能な限り避けて下さい。猫屋敷としてそこそこ有名になっているので避けて通る人も多いですが、避けて通れない人も居るでしょうし近隣住民も居ますからね」


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
黒鳶丸(ia0499
30歳・男・サ
美和(ia0711
22歳・女・陰
天雲 結月(ia1000
14歳・女・サ
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
煉(ia1931
14歳・男・志
 鈴 (ia2835
13歳・男・志


■リプレイ本文

●警告
 アヤカシは彼ら自身の特性上、人里近くにならないと発見されない事が多い。勿論、偶発的に人里から遠く離れた場所での発見報告もあるし、その逆に突如人里の中に現れる事もある。倒せと言われた者達にとって、一番の問題になるのは実はその前準備の段階である事が多い。依頼という過程を通っている以上そこには依頼主の意思というものが存在し、更には開拓者ギルドという組織を後ろ盾にしている以上はただアヤカシを倒せば良いというものではない。
 当然、最も拙いのはアヤカシを倒せない事だが、もう一つ重要な点として周囲への被害を極少に抑える事――それも、人的被害などは特に重視される。アヤカシを倒す事だけに囚われて後はどうでも良い、などと思う者を使う組織など誰も支持しないのは当たり前。
 なので、今日も今日とて周辺住民に被害を出さない為に歩き回る姿二名。
「‥‥これ以上話を広げても限が無いか。しかし、猫か――」
 内一人、小柄な銀髪の少年が何やら微妙に困った色を声に滲ませ呟く。だが、その色は彼――煉(ia1931)が歩いてきた方向と逆から、もう一人の少年が現れた時点で消えていた。
「あ――お、終わりましたか? 此方は大まかな範囲の家には伝えて来ましたけど‥‥」
 煉程ではないが、此方もかなり小柄。鈴(ia2835)という名前の彼であるが、その明確な女性名のせいではないだろうが、傍目には幼い少女に間違われてもおかしくない感じである。対面に居る煉が年齢不相応な雰囲気を持っているせいもあるが――因みに、二人は一歳しか違わない。
「此方も終わった――二人ではどうかと思ったが‥‥」
「ゆ、夕方前に終わって良かったですよね‥‥」
 両名、そこで沈黙。この二人、表現方法こそ違え他者との接触が苦手だったりする。そういうのが作り出す沈黙というのは、かなり重苦しい。それが何処までも続くかと思われた頃、もう一つの声が割り込んだ。
「お二人、ご近所への注意は終わったのかな? ‥‥何で同性で見詰め合ってる?」
 意図的ではなく、無意識に空気破壊。独特の物言いで現れた少女は、沈黙を続ける年下二人に首を傾げていた。
「何でもない‥‥それよりも折々、猫屋敷の周辺は――」
「廃屋になってから日が浅いとは言っても、猫のせいかもうぼろぼろだね。
 この通り以外の道は全部細い道か、或いは人が通れそうもない家屋の隙間――抜け道だらけ。逃げられたら終わりだねえ」
 どちらかと言えば良好な結果ではないのだろうが、語る俳沢折々(ia0401)自身は気にした様子も無い。眠そうな目をしている彼女はむしろ、楽しそうに見えた。
「そうですか――あ、そういえば煉さん。あの‥‥近所の方に、色々言われ‥‥ました?」
「ああ。お前もか‥‥」
「ん? 何かあったのかい? ご近所」
 興味津々という様子の折々に、少年二人は揃って溜息。実の所、不愉快になるのであまり思い出したくないのだが――
「い、いえ‥‥依頼書にあった通り、言外に野良猫対処も一緒に‥‥と言うか」
「あれはもう、アヤカシと野良猫一緒に処分しろ――そんな感じだな。
 今回でアヤカシ退治を決めないと、あいつらそれを大義名分にあの家焼き払いかねないぞ」
「いや、流石にそこまでは捕まるからしないとは思うけどねえ‥‥」
「言葉の綾だ――全部聞き流しておいたから、現状では問題無いだろう」
 喋る事を苦にしない人間が挟まれば、少年二人もそこそこには話せるらしい。
 折々は苦笑、鈴は沈んだ表情、煉は何かを抑え込んだ無表情、と三者三様。そのまま三人は、他の仲間と合流する為に一度その場を離れた。

●猫遊戯
 数刻後の夕方、猫屋敷の前には怪しさの限度を超えた集団が仁王立ちしていた。その数、合計八名。内三名は、昼間にもこの周辺に居た面子である。
「可愛いお伴の猫が欲しい! だから皆、この猫屋敷で一番可愛い猫を探してっ!」
 中央に立つ、ジルベリア風の服に身を包んだ少女が杖を振り振り叫ぶ。その天雲 結月(ia1000)の中では、どっかのお嬢様という設定らしい。容姿の方に問題は無いが、お嬢はそもそも野良猫の中から自力で探しに来たりしない。細かい設定が多々あるのだが、全体的に無理があるので割愛。
「実際、どうなんや‥‥この設定? 色々無理がある気もするんやけど」
「別に構わんだろう。拙者や主のような無駄に体がでかい者には勤まらん役目だ。ただぞろぞろ行くとか、一人一人行って各個撃破されるよりは猿芝居の一つでも打った方が行く分マシだ」
 結月の左右に立つ長身の男女――黒鳶丸(ia0499)と紬 柳斎(ia1231)が、遥か下の誰かさんの頭の上で苦笑いを交わす。身長もそうだが年齢的にも保護者に近い感じもあり、子供のお芝居を見ているような微笑ましい気分になってしまっている。
「しかし――こういう芝居をすると分っていれば、もう少しマシな武器を持ってきても良かったな」
 黒鳶丸が太刀を佩いているのを見て、柳斎はアヤカシが警戒心を少しでも緩めてくれるよう懐に収まる程度の短刀だけを持って来たのを、多少悔やむ。ついでに言えば、彼女は体型の関係上、懐に物を入れるのが適さなかったりする――入れるのはともかく、出すのが大変そうだ。
 ――尤も、武器らしい武器を携帯する必要の無い二名を除き、武器にまで注意を払ったのは柳斎以外では仕込み杖を持った結月だけだったりするのだが。八人中四人が堂々と刀と手甲で武装しているので、柳斎の気遣いは無駄に思えたが――終わってみると、彼女が一番正しかった事になる。
「しっかし、夏のこの時間帯はまだ明るいけど――どうにも読めねえなあ。気付いたら真っ暗になってなきゃ良いけどよ。一応、松明用意しとくかね」
 ごそごそと松明を取り出しつつ、空を仰いで明るさを確かめている鍛えられた体躯の青年。全身小麦色の肌は健康的で比較的軽装、その手先のみ金属製の手甲に覆われている。
 樹邑 鴻(ia0483)という名の彼は、松明と共に猫の餌になりそうなものを取り出している。それを見た全員、自分が仕入れてきた餌やら何やらを取り出し集めてみた。
 木天蓼の実及び蔓葉、犬尾草、目刺や煮干、鰹節――微妙に食べ物で無いものも混じっているが、有効ではあるので由とする。後は魚の干物という辺りが猫という生き物の印象を物語っているが――猫好き集団を名乗るには餌として微妙な選択である。
「――とにかく、頑張りましょう」
 懐の符を確認しつつ静かに美和(ia0711)が呟いたのを合図に、次々と廃屋の中に足を踏み入れていった。

 猫屋敷内部。
 入った瞬間に、流石に全員一歩退いた。夕方で外はまだ明るいとは言え、廃屋である以上鎧戸などは全て降ろされている。色々な場所に猫が開けたらしい穴があり、そこから光は入ってくるが、やはり薄暗い――その場所で、無数の光る眼が一斉に侵入者の方を振り向いた。寝ている猫は居ない様子。
 因みに、人に飼われている猫は生涯の殆どを寝て過ごす。だが、逆にそうでない猫は眠りは短くまた浅い。外敵が存在する以上、当然の習性である。
 ――警戒はされているものの逃げ出した猫は居ない様子。ざっと見回した限り、合計二十匹。『茶色の目と体毛』を持った猫は三匹。大きさはどれも似たようなものなので、考える必要は無さそうだ。勿論、三匹のどれかがアヤカシである――と確定したわけではない。アヤカシとて、常にここに居るわけではないだろうから、ある意味これは賭けに近い調査なのだ。
「――――しかし、彼らも不憫だな。どうもここにアヤカシが混じっているとかで、近々、そいつを討伐する為に開拓者ギルドから人が派遣されるらしいな。巻き添えにならんと良いが」
 無造作に餌を猫の群に差し出しながら、誰にともなく呟く柳斎。勿論、彼女の語っているのは自身達の事である。先程の三匹を見ながら呟いたそれだが、特に反応は見られない。
「ほぉれ、ご馳走だぞ?皆で食おうなー?」
 餌を使って中央に猫の群を集めている鴻。少なくとも、見る限り餌を無視しているような猫は居ない。例の三匹も――と言うか、そもそもアヤカシなら猫の餌程度余裕で食べるので、確認の意味は無い。被害者である子供の身体を喰らった痕跡も見当たらない。
(少なくとも、あの三匹も只管俺ら見てる感じでもなし――人の言葉が分るってのも、徹底した猫の振りってのも伊達じゃないのかねえ)
 最悪の可能性、人食い猫がここに居ないというのはとりあえず外す。今は考えても意味が無い。
「? 何や、煉はん。思い切り猫に集られとるやないか。ふかふかに囲まれて羨ましいやっちゃなあ――て、犬尾草持ってて、何であんたの方が集られてるん?」
「‥‥何故だろう、俺にも分らない‥‥」
 目を丸くする黒鳶丸の前で、五匹を全身にぶら下げて何やら耐える表情の煉。別に木天蓼を全身に擦り付けたわけではない。彼にとってはむしろこれは何時もの事――爪やら歯を突き立てられる事が。
「猫ぬこ猫ぬこ猫ぬこ猫ぬこ――――」
「自分が木天蓼貰った猫みたいになってるね‥‥」
 演技なのだろうが、もふもふとか肉球とかに陶酔気味の結月。それを見て、珍生物を観察するような目の折々。二人が過剰に構っている猫は例の三匹以外――要するに、構い過ぎて猫が退散するのを期待している形だ。
「これ‥‥収集付くのかしら‥‥」
「ど、どうなんでしょう‥‥あの三匹の内どれかがアヤカシだと分れば良いんですが‥‥」
 色々な意味で凄い事になっている廃屋内の光景に、思わず顔を引き攣らせる美和。その彼女と小声で会話する鈴。彼が三匹に与えた偽物の木天蓼でも、判別は出来なかった。
 刹那――肉を引き裂く音、押し殺した苦痛の声――其方に目を向けると、鴻が胸元を抑え一匹の茶猫と向き合っていた。抑えた手の間からは、滴る鮮血――
「へっ――当たり付けて抱き上げてみりゃこれかよ――てめえ、待ち構えてやがったな!!」
 ――結論だけ言えば、この人食い猫にとってここは潜伏の場でもあったが、同時に餌場でもあったという事だろう。一般人だろうが開拓者だろうが、誰が来ようと餌には変わりなかったのだ。

●卑劣猫と女子の隠し牙
 場の空気が変わる――餌のみで釣られていた猫は、その時点で凄まじい速度で室内のあらゆる場所から逃げて行った。だが、問題は木天蓼に当てられた猫達である。異常は感じ取っているようだが、未だ陶酔気味。その数、十匹。
 誰よりも早く人食い猫――猫又は身を翻す。まだ陶酔中の猫の背後へ。
「野郎――――せこい真似してんなっ!」
「こりゃまた‥‥俺らの得物じゃ下手に動けんね」
 憤りの声を上げる鴻の横で、太刀を構えつつぼやく黒鳶丸。部屋は狭い、人は多い、対象は小さい、猫の壁――下手に武器を振れば、自分達を追い込みかねない。刺突ならまだマシだろうが、万が一を考えると静観を取るべきか――
「騎士の前でその卑怯な所業――恥を知れっ!!」
「アヤカシに正々堂々を説いてもな――そもそも一匹を八人で叩こうとしている時点で‥‥」
「だ、駄目ですよ! そういう突っ込みは――」
 結月、煉、鈴も武器を構えながらも動けない。彼らの武器は黒鳶丸に比べればまだ取り回しが効くが、その分細かったり薄かったり曲がっていたりで、やはり刺突には向かない。
 ニタリと猫の顔が嗤う――腹立たしいのと同時に不気味極まりない。その顔が一瞬固まる。美和が符を構えているのが見えたから。
「式――『縛るもの』!」
 放たれた符が式へと変わり、猫又の四肢に絡み付く。だが、猫又は詰まらなそうにそれを消し飛ばし――
「――だが、空白はそれで充分――」
 無手で一気に猫又へ間合いを詰める柳斎。確かに接近は許した――だが、無手で何が出来るのかと、猫又はまた嗤う――
「なあに――女子には隠した牙の一つや二つあるものだ――あの世で学べ、猫!!」
 懐から少々無理やり引っ張りだした短剣。拙いと猫又も気付いたが、最早遅い。
 全体重を乗せた短剣が、完璧に猫又の背中に突き立てられていた。

●猫祭りの終わり
 耳障りな悲鳴を上げ、不可視の斬撃を柳斎に放ちつつ無理矢理離脱する猫又。短剣を抜くのを素早く諦め、柳斎は一気に跳び下がる。多少斬られたが、大した怪我ではない。
 流石にそこまでなると、残りの猫達も醒めたのだろう。示し合わせたように四方八方に散り、何処かへ逃げて行った。これで壁は無い。
「闘気――疾く駆け巡り――旺じて穿と成す――射抜けっ!!」
 気による覚醒、そして掌よりの気の発露――連ねて練り上げた闘気を己に駆け巡らせ敵に放つ。常であれば避けられない事も無かったのだろうが、背中に深々と短剣を突き立てられたまま避けられるほど鴻の気は緩くない。直撃――しても尚、動く。だが、その瞳はもはや敗北者のもの。
 本気で逃げてしまえば、猫又である彼に人間が追い付けるわけも無い。他の猫達のように適当な隙間から離脱しようとした瞬間、彼の目の前に龍が現れその顎を開く。これで、完全に足が止められてしまった。
「――『龍の式 逃げる猫に 顎開く』――って感じかな?」
 にっ、と笑う折々。先程の龍は、彼女の放った符による式で作られた幻。ただの幻だが、的確に使えば効果はこの通り。
「猫好きに猫型のもん斬らせんなや、この馬鹿が!!」
「逃がすと思うか――!!」
 黒鳶丸と煉が同時に斬撃を放つ――が、詰みかと思われたこれすら、まだ猫又は避ける。だが、そこまで。僅かに遅れて放たれた仕込み杖からの一閃がまだ空中に居た猫又を寸断――床に落ちる前に、どす黒いモノを撒き散らして猫又は消滅した。からり、と柳斎の短刀が落ちる音だけが響く。
「――成敗っ!」
 止めを放った結月が刃を収め、大見栄を切る。態勢は見事である。ただ――
「ほう――白か」
「うむ――白やね」
「へ?」
「言い難いのだが――見えてるぞ」
「あ‥‥あの、み、見えてます‥‥」
「見えてる? って‥‥あわわわわわっ??!!」
「あと五年くらいしたら、もう少し見栄えのある形になるかな?」
「そう言うお前さんも大した事ないように見えるけどなあ‥‥」
「また、収集付かなくなってきた‥‥」
 ――何が起こって誰が何を言ったのか、それは語らないでおいた方が良いだろう。

 後日の話だが。
 あれ以来、野良猫はあの廃屋に一匹たりとも近付かなくなったらしい。
 開拓者達の大立ち回りが原因なのか、それともアヤカシが死を迎えた場所に近付きたくなかったのか――理由は不明。もしかしたら、アヤカシも恐れなかった彼らは、一番の天敵である人間の殺意を感じ取ったのかも知れない。少なくとも、あの廃屋にこれ以上残る事は彼らにとって良い事にはならないので、これで良いのだろう。
 もはや、開拓者達に出来る事は無い。ただ、彼らが自分達と同じ空の下で、逞しく生きていく事を祈るばかりだった。