姿無き畑荒し
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/14 23:19



■オープニング本文

「‥‥おかしい」
 梅雨のジメジメとした湿気漂う日中、目の前の景色を捉えつつ首を捻る少女一人。
 彼女の名前は美代。もうすぐ十代半ばの年頃。着衣は汚れても良い様なものであるが、仕立ては良い。小さな身体には不釣り合いな木刀などを腰に差している。
「収穫にはまだ早いよねー‥‥猿でも出た?」
 目的に向かい足を進めながら、通り過ぎていく景色を分析する。
 美代の眼に映るのは、一面の玉蜀黍畑。食材や飼料、調味料等として優秀な野菜。
 この一帯、美代の父親が出資している農業地帯になる。彼女の家は武家であるが、幾つかこういう場所を管理している。ここで育てられている作物は、大概珍しいものばかり。父親からすると、先行投資だそうだ。娘ながら、あの人商人にでもなればいいのに、と思わなくもない。
「ま、当人達に聞けばわかるかな。こんちわー」
 父、義母、お目付役の三人が聞いたら修正ものの挨拶をしつつ、美代はこの一帯を管理する一家が住む家の戸を開けた。

「えー‥‥旦那様は?」
「他に用が出来ちゃったんだってさ。で、義母さんが代わりに来る予定だったんだけど、そっちは足の調子がおかしくて静養」
「それでお嬢様がいらしたのですか?」
「ん、別に私じゃなくても良かったんだけどさ。この先、私が家の仕事する機会は増えるわけじゃない? 良い機会だから、義母さん説得して来させてもらった」
「あの、旦那様は?」
「言ったら、そのまま屋敷内監禁生活始まっちゃうでしょー」
 つまりは、義母以外には黙って来たというわけか。今頃、屋敷ではどうなっているやら――一応、義母からの説明はあるだろうが。
「ま、ここ暫く剣技も教えてもらってるし、そう危ない事にもならないって。
 ‥‥で、何で寝てるの? それから、畑に欠損が目立つのだけど?」
 木刀を一叩き、安全を保障した美代は話を切り替える。道中の畑、どうにも身が無い部分が目立った。多少の虫が付いたにしては目に付き過ぎだし、もっと大規模に発生したのであればもっと派手に欠損している筈だ。
 この家の主、一家の大黒柱である中年男性は、疲労の滲む顔に苦渋を浮かべたが、やがてゆっくりと話し始めた。

 一ヶ月ほど前からか。
 どうも夜に何かがやって来て、畑を荒らすようになったらしい。
 獣か何かかと思い、あらゆる対策を講じてみたが効果は無い。
 仕方無しに夜に見回りをする事になったのだが、これは効果があったらしい。少なくとも、見回りをしている時には何かが現れるような事は無かった。但し、頃合いを見て引き上げた後に来たのであるが。
 こうなると、夜通し見張りをするしかなくなる。
 一家の面子は、祖父母と息子夫婦、そして美代よりも幼い息子が一人。年老いた両親や、農作業に加え家事もこなしてくれている妻に夜通しの見張りなどさせられない。息子も同じく。何よりも危険だ。そういうわけで睡眠時間を大幅に削って始めた夜通しの見張りだが、こんな事を続ければどうなるかは明らかである。
 一週間前に疲労で彼は倒れ、今日に至るまで畑荒しは放置状態というわけだ。

「‥‥手紙を出すなりして、こっちに知らせれば良いのに」
「それも考えたのですが‥‥もし旦那様の覚えが悪くなってこの仕事を首になったらと考えてしまいまして‥‥」
 自力解決しようとしたわけか。それで倒れては意味が無いだろうに。
 正直の所、幼い頃から苦労知らずのお嬢である美代には分らない考え方だが、母親が死んで義母が出来るという経験が生きたのか、余計な事を言うのは避けた。代わりに、畑荒しの正体を考察し始める。
(んー‥‥今の所、夜行性の獣が一番怪しいのかな。講じた対策に何一つ引っ掛からなかった上、一度も姿を見せていないってのも気になるけど。
 人間の可能性‥‥この辺り他に民家なんか無いしなぁ‥‥夜盗の類だったらもっと派手にやるだろうし。
 そーいや、アヤカシだっけ。あいつらって畑荒しなんかするのかな?)
 過去二度の開拓者との邂逅で聞いたアヤカシの話。人を喰らう、ある意味で人間の天敵。生物か非生物かという境目すらあやふやなモノ。人を喰う以上は食欲があるのだろうが、それが美代達と同じ根から発している可能性は低い。ただ、捕食をする以上、畑を荒らす可能性が無いとも言い切れない。ただその場合、ここの一家が襲われていないのが気になる。状況を考えるに、相手は寧ろ人間を避けている節すらある。
「それでお嬢様‥‥如何致しましょうか?」
「とりあえず、貴方達は何時も通りに生活してて。但し、危ないと思ったら家も畑も捨てて逃げて良いから。
 頭も腕も優れていそうな人達、雇ってくるからさ」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
ダイフク・チャン(ia0634
16歳・女・サ
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
夏 麗華(ia9430
27歳・女・泰


■リプレイ本文

●収穫無し
 田畑というのは、往々にして荒らされる事前提で運用される。その対象は、人間から動植物ないしは自然現象まで想定しているが、今回はその対象が特定出来ない。専門家たる農夫達で出来ない以上、別側面からの発想を期待するしかない。
「玉蜀黍を食べている以上、生き物ではあるのでしょうけど‥‥」
「この辺、自然豊富なんだから、態々畑荒す事も無いと思うんだけどねー」
 畑の外周、ぎりぎり視界に畑が入る辺りで穴掘りをしている二人。一人は今回の依頼主である美代。もう一人は、極端に胸と尻が張った女性――名を夏 麗華(ia9430)という。
 何故こんな地味な作業をしているのかと言えば、畑の監視の為である。事前情報では、畑で見張りをしたのでは相手が現れない。畑外から監視しようにも、ただ立っているだけでは風で人臭が流され同じ結果になる可能性がある。そこで始まったのが、今行われている監視用穴掘りである。
「ところで、美代様は家に戻られなくて宜しいのですか? ましてこのような作業を手伝われなくても」
「立場上、結果は早く知りたいし。穴掘りはまあ‥‥私、他にやる事無いからね」
 麗華の配慮に依頼主は首を振る。当初は仕事を手伝ったのだが、一帯を管理する一家が委縮してしまい、開拓者到着まで頭を捻るくらいの事しか無かったのである。
「それに私より小さい子もやっている事だしさ」
「いえ、彼はあれでも開拓者ですし‥‥」
 美代が言ったのは、別の場所で穴掘りに従事している少年の事。相川・勝一(ia0675)十二歳。確かに美代よりも年下だが、比較対象として間違っている。この辺り、美代に開拓者に対する畏敬や区別の意識が無いせいだが。
「こ、これくらいで良いのでは‥‥」
『阿呆め、主の背丈に合わせてどうする。他の者は一回り二回りでかいのじゃ。もっと掘ると良い』
 一息付いた勝一の真上から、遠慮の無い声。声の主は身長一尺程度の少女に見えるが、そもそも生き物ではない。人の手による瘴気の塊、アヤカシと似て非なる人妖。勝一に使役される筈の桔梗という彼女だが、どう見ても主従関係が逆である。
 どこで間違ってこうなったのか。最早勝一にも分らないが、桔梗はお構い無しに上空から騒ぎ立て時には蹴りを放ってくる。
 ――この桔梗、龍に代表される開拓者が使役する各種の盟友の一種。人でなく、自立或いは開拓者の意志により活動するモノ。他の面子も様々な盟友を連れて来ているが、穴掘りを監督する盟友などあまり居るものでもない。
『まだ一人分しか掘れとらんわっ! ぼーっとしている暇があったら動け!!』
 関係は成立しているようなので、気にしなくとも良いだろう。
 尚、実はその光景を作業しつつ面白そうに見ていた他の盟友たる巨大蛙が少し前まで居たのだが、神薙という名の彼からすれば『女子に足蹴にされるのは、それはそれで良し』だそうだ。

「良い景色だねぇ‥‥蒸し暑さが無きゃもっといいんだが。さて‥‥」
 一方、穴掘り組から更に離れた場所で一人、鬼灯 仄(ia1257)が周辺調査に当たっていた。畑の周辺は、草原が続いている。見回す限り平坦な土地であり何かが隠れられるような場所は無いように見受けられるが、そこはそれ。可能性を潰していくのは無駄な事ではない。
「そんだけ頻繁に畑を狙っているなら雑草に痕跡が残っていてもおかしくないが‥‥ねえな。となると、草原は通っていないって事か?」
 草原は広大だが、畑に通じている以上場所は限定される。地中深く移動している可能性もあるが、それでも地上に出た痕跡は残る筈。が、そんなものは見当たらない。
「空からだと無駄骨だが、それならそれで仕方ねえ。もう少し探して何も無かったら、夜まで寝かしてもらうとするか」
 煙管を吹かし一息。仄としても徒労に終わる予感がしているが、自然の音以外排除されたこの風景と引き換えならそれも良いかと、再び歩き始めた。

 同刻、玉蜀黍畑。
 一面、茶、緑、一部黄の三色で覆われている光景は中々に壮観。その間を縫って、小さな虫が戻ってきた。
「何も無し、ね。こうなると、空から以外ないのだけど」
 戻ってきた虫を符に戻しながら、川那辺 由愛(ia0068)が空を見上げる。畑の中に何かしらの痕跡が無いか、式と己の目により虱潰ししてみたがこれといった発見は無かった。
「とは言え、鳥や虫がそこまで明確に人を避けるとも思えませんが‥‥やはりアヤカシでしょうか?」
「さあねえ‥‥」
 由愛の元に合流した沢渡さやか(ia0078)も冴えない表情。彼女の方でも、これといったものは見付けられなかったのだろう。
「獣にしちゃ周到過ぎ。アヤカシにしちゃ消極的過ぎ‥‥何かしらね、コレ」
「私にも何とも‥‥」
 どうにも噛み合わない。女二人で首を捻っている所に、同じく複雑そうな顔をした水月(ia2566)が戻ってきた。その姿は、全体的に白い。
「そちらも駄目ですか?」
「‥‥無しです」
 言葉少なに首を横に振る水月。彼女の言葉を補足すると『結界に反応は無し』という事。
 少なくとも、水月の結界で補足出来る範囲にアヤカシは存在しない事だけは分ったが、結界は術者と共に移動するとは言え大した補足範囲ではない。正確に言えば何度か結界に引っ掛かりはあったのだが、それは畑の外で作業監督する盟友のものだった。
「‥‥参りましたね。まさかここまで何も無いとは」
「困りました‥‥」
 生き物には違いないのだろうが、ここまで何も見付からないとなるとお手上げになってしまう。さやかも、応じた水月も同じ反応。
 溜息一つ、由愛は再び式を形にする。
「仕方無い。もう一往復行ってみるとするかな」

●僅かな痕跡
 餅は餅屋と言うが、畑の事は世話をする当人達が一番よく分っているだろう。事前情報ではこれといった異常は見付けられなかったらしいが、開拓者達が来るまでに何か発見があったかもと一家を集める二人組。
「食べたと言うよりは、啜った?」
 天河 ふしぎ(ia1037)が声を上げる。どのような畑の荒らされ方をしたか尋ねた彼に対し、一家が出してきた玉蜀黍はかなり汚い食べ方をされていた。但し、食べている面積は少ない。
「ん〜? お行儀が悪い食べ方だニャ」
「そうだね‥‥」
 ダイフク・チャン(ia0634)の指摘にふしぎも同意する。
 畑荒しに行儀を求めても仕方ないのだが、聊かこれは汚すぎる。改めて見れば、僅かな歯跡は確認できるが、これだけでは特定出来ない。
「ねえねえ、ほんとーに何も無かった? ほんのちょっとでも無いのかニャ?」
 ダイフクの余りの言葉使いに面喰いつつ、一家も再び記憶を探り始める。ここまで来て思い出す事も無いと思われたが。
「そういやアレは何だったんだろうかの、婆さん」
「アレ‥‥ああ、アレですか」
 老夫婦が思い出したように言葉を交わす。
「アレとは?」
「‥‥言葉で説明するのも難しいの。実際見た方が早いぞ」

 老夫婦に先導され、畑へ。途中、畑を調べていた三人組と合流。
「コレじゃコレ」
 と、老夫婦が指し示すのは、玉蜀黍の根元にごく僅かに残る小さな穴。
「コレは一体?」
「さての。蟻の巣かと思って気にもしてなかったんじゃが、改めて思うと数が多すぎると思うての。尤も、何かはちっとも分らん」
 尋ねるふしぎに、老夫婦は肩を竦める。彼らに分らないのなら開拓者にはもっと分らないのだが、それを明るみに出す為に来たのだから文句は言えない。
「畑の下に何か住み着いているって事かニャ?」
「こんな穴から顔を出す生き物って、動物どころか虫類‥‥?」
 ダイフクとさやか、それぞれの反応。
「さっき改めて式を飛ばしたけど、確かに玉蜀黍がやられた所には同じような穴があるね。小さすぎて気付かなかったよ」
 式の行使と合わせ周囲から瘴気を吸収し、気力を補完した由愛。彼女の言う通り、改めて言われて確認すると各所に穴があった。しかしその補足範囲たるや、畑全域。
 それだけの大きさを持っているか、または相当の数が居るか。
「外は切って良い‥‥?」
 首を傾げた水月が言うのは『外部侵入の可能性』の事。ここまでの調査を振り返る限り、それは考慮外でも良さそうだ。
 何にせよ、手掛かりは掴んだ。後は夜にそいつを引き摺り出してやるまでだ。

●蒸穴
「へえ‥‥俺が外調べた限りじゃ何も無かったし、そいつで決まりじゃねえか?」
 夕食が供されるまで何処かで寝ていたらしい仄だが、それでもやる事はきっちり済ませていたらしい。結構な距離まで遠出したのだが、結局畑に繋がる道程に何かが通った痕跡は見付けられなかった。
「足跡も無し、体毛とかも落ちてなかったから、多分そうだと思うニャ」
「しかし、あの食べ方はどんな生き物なのか‥‥あんな小さな穴から顔を出すのだから、ある意味では納得だけど」
 ダイフクが仄に同意し、ふしぎが新たな疑問を提示する。一家がこれといった推測も出来なかった以上、常識外のモノと考えるのが妥当か。
「‥‥そういえばさ。植物って線は無いのかな? 前に自立歩行茸とか居たけど」
 夜間調査の為に外に出ようとした開拓者達を止め、美代が思い出したように告げる。自立歩行茸というのがどんなものか謎だが、そんなモノが居るのなら植物が動き出すのも不思議ではない。
 但し――
「あの、お嬢様‥‥?」
「何?」
「茸は植物ではないのですが‥‥」
 ――茸は菌から形成されるもので、少なくとも植物ではない。一家の主から突っ込みを受け愕然としている美代を尻目に、開拓者達は外へと足を踏み出していった。

 梅雨の時期に最も存在を主張するもの。それは当然雨であるが、夜間調査においてこれが降るのは致命傷に近い。まだ梅雨は明けていなかったが、幸いな事にこの日は朝から雲一つ無い空が広がっていた。絶好の監視日和といったところだが、当の開拓者達は不快指数鰻登り状態にあった。
 何故かと言えば。
「昼間よりはマシですけど‥‥やっぱり暑い‥‥」
「そうですね‥‥夏が近いのを感じます」
 昼間に地道に掘り続けた穴。人数分の確保されたそこに八人が身を潜めているのだが、この中がまた蒸し暑い。入った当初は涼しく感じたものだが、直ぐに全身に汗が滲み出し土や草の匂いまでもが不快感を上昇させるのに一役買っていた。
 既に穴の中がどういう状態になるか知っていた勝一と麗華はまだ覚悟が出来ていたので余裕があるが、その他の六人は何とも言えない表情で固まっていた。
 尤も、この程度で根を上げるようでは開拓者などやっていられない。すぐさま気合を入れ直し、放った盟友達の成果を待つ事にした。

 どれくらい、穴の中でじっとしていただろうか。
 時折『心眼』で周辺の反応を探っていた、仄と麗華が同時に顔を上げた。
「‥‥今、何か新しい反応が」
「いきなり入ってきたな。おいでなさったか?」
 『心眼』はあくまで周辺の生体反応を無作為に察知するもの。このような自然の多い場所ではあまり有用ではないのだが、連続使用していれば何かが出現した、程度の事は察知出来る。
 何の前触れも無く新しい反応が出た。空を舞うものも大地を歩くものも、少なくともここから見る限りでは伺えないし、何より畑に居る盟友達の動きも無い。恐らくは、件の穴から出て来たのだろうが、状況が見えない以上まだ動くわけにもいかなかった。

●地中より伸ばされる『口』
 同じ頃、玉蜀黍畑は事情を知らない人間が見れば、それこそ開拓者ギルドに駆け込みかねない様相を呈していた。
 まず、先に穴掘りに精を出していた巨大蛙の神薙。由愛に連れられて来た彼は、妖怪運動会状態の畑の中でも特に際立っている。
 そして同じくらい目立つ外見ではあるものの、外見的には無機物の為にそこまで際立っていないのが、たいけんし君(7号)。名前の由来はそのまんま、外見が男性拳士風だからである。コケシを思わせるその姿――元々がコケシだったらしくそのものなのだが――は、主たる麗華とは真逆の印象。彼は畑の中央に、案山子よろしく直立不動。
 更に、別の意味で目立つ人妖三体。勝一を足蹴にしていた桔梗を始め、さやかの連れて来た沙良、ふしぎの連れて来たひみつ――なまじそれぞれ少女の姿であり、二尺にも満たない大きさ。夜半に見た日には、人によっては蛙やコケシよりも引くだろう。
 最後は、比較的目立たない部類。二股に分れた尾を持つ猫又が三匹。水月のねこさんと仄のミケ。因みにどちらも本名ではない。前者はそもそも当人が教えてくれず、後者は偉そうな名前なので略された、という経緯があったりする。残り一匹が、ダイフクが連れて来た綾香様だが、此方は何故か様付け。それぞれ名前に疑問を抱えるという共通点を持っている。
 そんな彼ら、当然ながら人ではない。その為、人の存在があると姿を現さない相手に対して有効な手段となる。これが単なる臆病な生き物相手なら徒労に終わったのだろうが――
『今、何か聴こえなかったかニャ?』
『うむ。吾輩の耳にも入ったぞ。何やら妙な音であったが』
『こっち‥‥かな?』
 ―――最初に気付いたのは猫又三人衆。性質上、獣に近い彼らは鋭敏な聴覚で僅かに畑に流れる音を拾っていた。しゅるしゅるという妙な音だが、とりあえずそれは良い。問題なのは、それがあらゆる方向からするという事。
『何じゃこれは?』
『わしには雑草の根っこにしか見えんが‥‥』
『でも、普通の根っこは地面から空に向かって伸びないよ』
 一方で、人妖三人衆は玉蜀黍の茎を伝って伸びる茶色く細いモノに目を丸くしていた。彼女らの言う通り『根っこ』にしか見えないものだが、どう考えてもまっとうなものではない。
『‥‥見ようによっては卑猥‥‥いやいや。こんな事言ってると、また怒られる』
 その頃には神薙も同じものを見付けてしげしげと観察。最初は面白そうに眺めていたのだが、とある異常に気付いて蛙の渋面という世にも珍しい表情になった。
『どうシた?』
 案山子に飽きたのか異常を察知したのか、訛りの強い聴き取り難い言葉と共にコケシ――もとい、たいけんし君(7号)が近付いてきた。その彼に、神薙は無言で伸び続ける根っこの先端部分を指し示す。
『‥‥コれは‥‥』
 流石に表情は変わらないが、たいけんし君(7号)の言葉にも渋いものが混じる。
 先に述べたようにそれは『雑草の根っこ』と呼べるほどに細長い代物なのだが、先端部分を良く見ると瘤状になっている。更に見てみると、見なければよかったという気分になった。
 そこにあったのは、歯も満足に生え揃っていない人間の口であった。
『ちょ‥‥気持ち悪っ! って‥‥物凄い嫌な予感がするニャ』
『同じ予感。物凄く外れてほしいんだけど』
 綾香様とねこさん、互いに引き攣った顔を見合わせるが、ミケの妙に厳かな口調が僅かな希望を打ち砕く。
『残念だが、同じようなモノがそこらじゅうから生えているな。アヤカシ、なのだろうな。コレも』

 人の口が付属した根、という悪趣味なもの鷲掴みにする。抵抗するかと思いきや、それは軽く引っ張った直後に千切れて消滅。地面から生えている側は、逃げるように地中へ引っ込んで行った。
 同じ行動を幾度か繰り返し、出た結論。
『本体を引き摺り出さんと埒が明かん。とは言え、仄達を呼んだ日には潜るだろうな』
 一同の中で早々に作業を放棄したミケがそう結論付ける。昼間の内は地中深くに潜み、夜になって地表近くまで根を伸ばして地上のものを食べる。こうなると、その『本体』が移動出来るかどうかすら怪しい。
『じゃあ、人間を襲わなかったどころか逃げているのは何故ニャ? 普通、アヤカシは優先的に人間を襲うものニャと思っていたけど』
『襲わなイ理由は分らナいが。あの口デハ、人間どころカまともニものヲ食べるのスら難しイと思ウぞ』
 綾香様の疑問に、たいけんし君(7号)が答える。彼と、その横で頷いている神薙が先の作業の中心だった。それだけに、例の口は嫌になるほど観察出来た。
『どうするのじゃ? 妾達で話し合っても結論が出るとも思えん。ふしぎ兄達の指示を仰いだ方が良いと思うが』
『一応今の状態でも、こいつらから玉蜀黍を護るってくらいの事は出来ているけど、焼け石に水だよね』
 ひみつと沙良、嫌そうにしつこく伸びてくる根を潰しながら声を上げる。肉球でまた一本根を潰したねこさんも似たような感想を持っている表情。
『やめじゃやめ! 一晩中こんな事を繰り返すくらいなら、勝一達を呼んで来てこいつらを引っ込ませた方が早いわっ』
 埒が明かない作業に桔梗も切れたらしい。元より、彼女にとって勝一は格下。面倒な作業を押し付ける事など造作も無い。
『だな。特にあっしの場合、由愛様が一晩中もつわけもなし。雷が落ちる前に、呼んでくるとするか』
 一同の中では唯一、召還者との同体である神薙が動き出す。この間にも、由愛は詠唱を続けており精神的に削られている状況だ。これはかなりの集中力を要するものでこの間、召還者は身体を動かす程度の事しか出来ない。それを強いた挙句に、一晩中土竜叩きモドキをしていました、などと言った日には常以上の折檻が待っているだろう。
(折檻する為に、身を削って召還する事もないと思うんだがなあ‥‥)
 どうせ折檻されるなら、もっと好い女が良いなあ‥‥などと余計な事を思ってもいた。

●穴掘り、再び
「掘れば? 人なら手配出来ると思うけど?」
 翌日。開拓者達の報告を受けた美代の答えはじつにあっさりしたものだった。
「あの‥‥お嬢様? その場合、畑はどうなるのでしょうか?」
「最初に掘った位置でそいつが見付かればいいけど、最悪、今年は畑放棄って事になるね。近場に代替地作って移動させても良いけど‥‥」
 周囲は草原。畑にするにはとんでもない手間だろう。
「いえ、その前に‥‥如何に人を避けるとは言え、アヤカシはアヤカシです。見付かった瞬間に牙を剥くという可能性もありますし、不用意に掘るのは」
 麗華が美代を止める。昨日、穴掘りで一緒になって気付いたが、この少女、決めたらさっさと動いてしまう傾向が伺える。
「いや、言いたくないのだけど‥‥皆がやってくれるなら早いけど、どうする?」
 どうやら、開拓者達に穴掘りをやらせるのはどうかと思っていたらしい。
「そこに居るのが分っていて放置も出来ませんし‥‥」
 早々にさやかが手を上げる。
 ――運が良ければ直ぐに見付かるだろう。これはこれでアヤカシ退治の一種。面倒を見れる限りは見てやりたかった。

 そして数日。
 畑を掘り返す事が決まった日から、昼間は穴掘り夜間は後退で畑監視と中々に忙しい日々となった。
 可能な限り畑を生かしたいとの意向により慎重な作業となったが、やはり一部の玉蜀黍は根毎撤去――無駄にするのも何なので、食べられそうなものは開拓者の食事に出された。
 その日も同じように掘り返していたのだが、いきなり例の口の付いた根が寄り集まっている辺りを掘り当てた。思ったよりもはるかに浅い位置。初日に結界に掛らなかったのは、もっと深くに潜っていたからか。
 根はが一斉に地に潜ろうとするが、その動きのせいで彼らの本体が太陽の元に晒された。あの日の夜以来、見たくないものを見る羽目になっていたのだが、それが今日極まれり。
 そこに居たのは、人間の幼児の形をしたモノ。外見は乳幼児期辺りだろうか。極限まで痩せ細り、腹だけが異様に膨れ上がったソレ。輪を掛けて最悪なのは、全ての根がソレの口から出ている事。
 アヤカシである事以外は分らない。何故こんな場所に埋もれていたのか、人間を何故避けていたのかも分らない。原型は何だったのか――想像しようとしたが、即座に止めた。どう考えても不愉快にしかならないと分ったから。
 ――記すべきは。必死に逃げようとするソレは、開拓者達によって跡形も無く消されたという事だけである。