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■オープニング本文 ごく普通に見えた。だが、様々な人間の訪れる開拓者ギルドの受付という職業を続けていると、他者への観察能力が高くなり、そういう人間の目で見るとその人物は明らかに不自然であった。 外見だけであればここまで確信を抱かなかったのだが、彼からの依頼そのものがどうにも不可解だった。 「私の住んでいる村を囲む森に現れた大蛇を捕まえてほしいのです」 「捕まえる‥‥?」 年の頃四十くらいか。何処にでも居るような服装をした中年の男性は、単刀直入に依頼を告げてきた。そう変わった依頼ではないが、態々捕まえる事を望むのが解せない。アヤカシであれば討伐が普通だろうし、只の大蛇であったとしても捕まえる意味が分らない。 その疑問の一部を、標はそのままぶつけてみた。 「失礼ですが、その蛇はアヤカシですか? それともごく普通の?」 「いえ、普通の蛇です。それが何か?」 「その蛇がどの程度の大物か存じませんが、都心部ならいざ知らず‥‥村部の方々でしたら御自分達でどうにかできるのでは? 正直、開拓者に頼む程のものとは思えませんが」 「それが‥‥相当の大物のようで。三十尺を軽く越えるくらいはありまして、村の男達でも総出でやれば捕まえられない事も無いでしょうが、絞め殺されでもしたらと思うと‥‥時期的にも、貴重な働き手を危険な目に会わせたくないですし」 三十尺越えと聴き、標は眉を顰める。確かにそこまでの体長となると恐ろしいが、それ以前に何故そんな大物が前触れも無しに現れた? 大型のケモノである可能性もあるが、それを付近の村人が全く知らないというのもおかしい。どこぞの金持ちが世話をし切れずに捨てたのだろうか――いや、問題はそこじゃない。 「それで、何故捕獲を? 村に危険が及ぶ可能性があるのであれば、普通退治と思われるのですが?」 「最初は退治依頼のつもりだったのですが‥‥それほどの大物、持ち込む所に持ち込めばそれなりに良い値段で売れるでしょう。情けない話ですが、この依頼の報酬で村の財政が微妙な所になりまして。その穴埋めに、と」 一応筋は通っている。そう考え標は中年男性に目を向け、彼の不自然さに気付いた。 服はごく普通に村社会で着るようなものだが、妙に小奇麗――おろしたて? 髪もきっちり整えられている。別に村社会の人間がきっちりしていないとは思わないが、どこか引っ掛かる。会話の合間にその疑問を雑談風に挟んでみると、彼の返答はこうだった。 「神楽の都まで出て来るとあっては、流石に村での格好では私も気になりますから‥‥似合いませんか?」 「いえ‥‥それでは、その蛇を捕まえて村へ送り届ければ宜しいのですね?」 尋ねながら、中年男の手に目をやる標。そこには手袋があり素手は伺えない。標は内心舌打ちをしたが、表には出さない。 「あの、それなのですが。村には入らないで頂けますか?」 「‥‥何故です?」 「何分平和な村でして。そこに武装した開拓者の方々が訪れれば怯える者も出るでしょう。子供や年寄りもおりますし」 「それでは、どうやって蛇を届けるのです?」 「私が開拓者の方々に同行します。直接手渡し頂ければそれで」 「貴方も村の一員でしょう? 何かあっては拙いのでは? それに、開拓者に方々にせよ、依頼主と同行となるとその護衛まで頭に入れなければいけないのですが」 村に開拓者を入れたくないという理屈は一応理解するが―― 「先程、村の人間を危険な目に会わせたくないとは言いましたが、それでは余りにも身勝手。開拓者の方々にも失礼でしょう。ですから私だけでもお手伝いできればと‥‥」 ――とまあ、そんなやり取りがあった。 標は依頼書を纏めながら、どうしたものかと首を捻る。報酬はそれほどではないが、開拓者にとっては危険度も低く容易な依頼だろう。ただ、幾ら大きな蛇とは言えど一匹を追って延々森を走り回らされるのは割に合うか微妙な所だ。 「何かやたら頑丈そうな檻まで持ってきてるし‥‥あんなの、昨日今日で用意出来るとは思えないのだけど」 そういう事も含め、どうもあの依頼人が引っ掛かる。そこまで考え、標は纏め上げた依頼書の末尾に独自で一文付け加えておいた。 『可能であれば、依頼主に気付かれぬよう村の調査に当たられたし』 |
■参加者一覧
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ティエル・ウェンライト(ib0499)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●不自然な依頼主 大蛇を捕獲する。 開拓者にとっては安全な依頼であるが、今回の件は地味に面倒だったりする。 まず、場所が森全体と曖昧なのがまず宜しくない。 相手が蛇だというのもそう。茂みの多い森の中で地を這う蛇は発見が遅れる。三十尺越えという規格外の大きさなのは幸いだった。 「そういえば、その蛇は毒を持っていたりしますか?」 自前の杖で茂みや木陰など日陰になる付近を注意深くかき分けつつ、沢渡さやか(ia0078)はそんな問いを同行する依頼主に投げた。蛇から毒を連想するのは誰でもある事だろう。実際、有毒爬虫類の殆どは蛇である。 「さあ‥‥ただ、あのような超大型の種は毒を持っていない事が殆どですが」 はぐらかした割には明確に答えを出してくる。自然と密着した村部の人間とは言え、今まで付近に居なかった蛇の生態に対しすぐさま答えられるものなのだろうか? (この辺り、ですか? 受付さんが妙に思ったのは) この依頼、受託した開拓者ギルド受付により独自調査項目が設けられている。それを依頼人に伏せておく以上、どこか信用がおけないというのがあるのだろう。開拓者ギルドは前金がきちんとしていれば、余程怪しい依頼や依頼主でもない限り事前調査などしない。なので、これは受付個人の好意と注意と思われる。 先程から金属音が森の中に響いている。依頼人が引き摺っている大きな檻だ。大蛇を捕獲する為のものだが、これがまた滑車付きで実に立派。捕獲を目的にする以上は無くてはならないものだが、その音を立てている時点で蛇は寄って来ないどころか逃げるだろう。尤も、さやかが依頼人に同伴しているのは監視よりも護衛の意味合いが強いので、それはそれで好都合だった。 (依頼料を支払った方の不利益になるような調査を上乗せするのは、ギルドの仁義に悖らないのでしょうか‥‥) 一方で、そんな疑問を浮かべる者も居る。その和奏(ia8807)も正しくはある。 依頼主と開拓者達を仲介するギルドから注釈が付けられるのは稀だが、虚偽により自分の都合の良いように開拓者達を使ってやろうとする実例もある。無条件信用も考えものだ。 勿論、和奏とてその辺りの事は分ってはいる。後ろめたくはあるが、注意されている以上気は使っておくべきだろう。この辺りに、彼の善良さが現れている。 そんな事を考えつつ、静かに意識を集中した。 「心眼は‥‥やはり無理ですか」 意識内に無数の生命反応が流れ込み、すぐさま諦める和奏。本人も最初から分っていたが、心眼はこういった場所で特定個体を探すのには向いていない。虫やら鳥やら――森は生き物の宝庫だな、と分るくらいだ。相手の所在が限定出来ているなら、工夫次第で使い道はあるのだが。 こうなると、後は地道に足を使うしかない。幸い、和奏はそういったものに向いた気質をしている。 特に足元を重点的に注視しつつ、和奏は歩き出した。 ●存在しない村人 広い森で一匹の蛇を探す以上、散開した上で個人の割り当ても広くなる。依頼主に気付かれぬよう村を調査する事を推奨された開拓者達にとっては都合が良い。 その役割を負ったのは、月夜魅(ia0030)とレートフェティ(ib0123)の二人。彼女達が村を発見した際の感想は一つ。 小さい。建物が一桁しか無い。畑もあるが、これまた小さい。果たして全部で何人住んでいるのやら。 口笛を吹きながら村に足を踏み入れるレートフェティ。客観的に見ると奇妙だが、吟遊詩人にとって立派な『術』のようなものだ。畑で作業していた幾人かが顔を上げ、その姿を見る。口笛のお陰で警戒心は無い様だが、逆に口笛をせいで不思議そう中をされている。その彼らの目が彼女の持っている三味線を捉え、何となく納得したような顔をされた。恐らく、旅芸人か何かかと思われたのだろう。 何はともあれ、第一印象は悪くないようだった。 「大きな蛇‥‥?」 「そ。途中でこの辺りに出るとか噂が」 突如現れた奇妙な女二人を、口笛により穏やかな雰囲気にされたとは言え、あっさりと家に上げる。おまけにお茶とお菓子――粗末な代物だが、質の問題ではないだろう。 口火を切った月夜魅に対し、不思議そうな表情の老女。ここの村長――というか、長老と言った方が近いか。 「蛇なぞ幾らでも出るが‥‥大きなとはどれほどだい?」 「噂では三十尺越えとか」 「そりゃ凄い。あたしも長々生きているけど、そんな大物見た事無いよ」 何故か孫と話すような様子の老婆。月夜魅とレートフェティは顔を見合わせる。ここまでは依頼主の説明と変わらない。 「この森には主とかは? もしかしたら、その蛇はそういったものかも」 「詩人やってるとそういうのに興味を持つのかね。残念だけど、あたしの親や祖父母もそんな事は言ってなかったよ。あたしらも見た事無いしねぇ」 期待に満ちた吟遊詩人、そんな様子のレートフェティに老婆は笑う。 さてどうしたものか――見る限り、この村が大蛇の事を知っている様子は無い。後訊くべきは依頼人の事だが、それはなるべく伏せておきたい。 「そういえばお婆ちゃん、ここの人って今居るので全員なの?」 月夜魅が雑談の続きの様な調子で尋ねる。当初彼女、依頼人の名前を直接出すつもりだったが、レートフェティと話し合った結果それは無しになった。 「薪取りや水汲みとかに行っている奴は居るだろうけど‥‥変な事気にする子だね」 ――それが嘘でないとするなら、あの依頼主は何処の誰だ? ●痕跡 三十尺越えの蛇の体重は恐らく百貫近くになる。そんなものが地面を這いずっていれば、当然痕跡が残る。それをいち早く発見したシノビが一人。 「あんまり早くても問題なんだけど‥‥ま、いいか」 輝血(ia5431)が呟いた言葉の意味は、別に蛇を見付けたくないというわけではなく、村の調査に向かった二人組の為にある程度の時間猶予が欲しかっただけだ。勿論、あの依頼主が何かを企んでいるとして蛇を捕まえてからの追及でも充分なのでそこまで重視しているわけではない。 地面に残る蛇行した線を目で追い、次いで頭上を見上げる。様々な樹木が天に向かって枝を伸ばしている。そこは青々とした葉に覆われており、枝の様子は伺えない。輝血はそれを見て僅かに目を細めた。 「本命は地上だけど、上も注意かな‥‥それで、さっきから何してるわけ?」 「いえ、ちょっとした撒餌なのですが。この辺りを通ったのは間違いないようですし」 輝血の後方から対照的な容姿のジークリンデ(ib0258)がゆっくりと着いて来る。彼女は、その痕跡から予想される蛇の行動半径に依頼主の経費で買い込んだ肉やら果物やらを定点を置いて撒いていた。蛇は動物食なので、肉はともかく果物は微妙だが。 そのジークリンデ。蛇を捕まえるにあたって、最重要人物と言える。彼女が対象を眠らせる術を使える為だ。蛇を傷付ける事が禁止されている以上、そういった手段を持つ者が居るのは非常に有難い。 因みにこの二人、最初から一緒に居たわけではない。捜索基準が一緒だった為、別の場所で見付けた痕跡を追っている内に自然と合流した形になる。 溜息は吐き、聴覚を鋭敏化させる輝血。こういう場所の場合、目よりも耳の方が頼りになる。その鋭敏化した耳が捉える甲高い音。 皆で取り決めた、蛇を見付けた際の合図である。 ●捕獲劇 陸上における大蛇の速度は遅い。倒すのであれば一人でも充分だが、目的は捕獲。体長三十尺以上、体重百貫近くのものを捕えるというのは容易でない。何より全身が手足の様なものだ。例え頭を押さえた所で絡み付かれれば、開拓者とて絞め殺されかねない。 幸いと言って良いのか、大蛇は逃げてくれた。だが、この場は茂みと木々が密集する森。蛇にとっては何ら障害にならないが、開拓者にとっては障害だらけ。最大の敵は蛇ではなく場所だった。 「あ、今尻尾が見え‥‥って、そっちに頭!!」 襲われないよう逃がさないよう微妙な間合いを取りながら蛇を追うティエル・ウェンライト(ib0499)。鞘に収まったままの太刀片手に、並走するオラース・カノーヴァ(ib0141)に蛇の場所を示す。 「ここまででかいと、何処から手を付けて良いのか分らんな!!」 舌打ちするオーラスそしてティエルには、オラース自身の加速術が付与されている。敏捷性で言えば彼らが圧倒的だが、大蛇は茂みに潜り木々を伝い時には浅瀬に跳び込んだりして、妙に上手く二人を翻弄する。 「やっぱり首を抑えるのが普通ですかね? 小さい頃にそんな事した記憶があるのですが」 「俺もそう思ったが。アレ、頭抑えた程度で止まると思うか?」 「少なくとも逃げ回るのは抑えられるかと」 「首を縛って引き摺るって手もあるか。しかし、小さい頃のおまえ、蛇相手に何してたんだ? 女の子が蛇って‥‥」 「色々あるのですっ!!」 普通の女性であれば幼少時に蛇を捕まえる事など余り無いだろうが、開拓者になっている以上普通でない幼少だったのだろう。 和奏がその場所に到着した時には、何とも言い難い光景が広がっていた。 ティエルと大蛇の取っ組み合い。腕力に長けた彼女が頭を掴む事には成功しているものの、蛇も異常に長い体をくねらせて少女の身体を締めようとする。荒縄を持ったオーラスが暴れる一人と一匹の周りで巻き添えにならないよう慎重に動き回っている。 「あ。呆然としてる場合じゃないですね、コレ」 奇妙な光景に一瞬呆然としたものの、すぐさま立ち帰る和奏。刀を抜き放ち掲げ、意識を集中する――と、刃が淡く赤い光を放つ。瞬間、ティエルの手に掛る重圧や蛇の動きが鈍った。 「捕まえたっ!!」 逃さず反転。頭を地面に押し付け全体重で固定するティエル。すぐさまオーラスが蛇の首を縄で括ろうとするが、頭を支点に全身をしならせた蛇の胴が彼の足を払う。恐らく蛇自身にはそういう意図は無いのだろうが、ティエルを押し退けようとするその動きが振り回される極太の鞭のようになっていた。 和奏が蛇の頭とは反対に跳ぶ。暴れ続ける胴体を抑える為だ。触れた蛇の表面は妙に触感が良い。尤も、暴れる胴を抑えるのに必死でそれを感じる余裕は無かったが。 「今の内に頭に縄を――」 「少し頭を上げさせろ、縄を掛ける!」 「いや、ちょ‥‥何か無理っぽいですよ?! 少し力抜いたら抜け出しそうですっ!」 いまや三人と一匹の取っ組み合いと化している。土塗れ草塗れ。 「‥‥あら、これはまた酷い事に‥‥」 蛇の痕跡を追って辿り着いたジークリンデが、その光景に目を丸くする。育ちの良さなのか、妙に穏やかな感想。彼女に笛が鳴った方向を教えた輝血は居ない。 本命の到着に、大蛇と格闘中の三人の表情が明るくなる。 「出来れば早々に眠らせて頂きたいのですが――」 「よしこれで縄を‥‥って、うおお?!」 「おおお?! 口がすっごい開きましたっ?!」 和奏、オーラス、ティエル。大騒ぎの三人組に応え、ジークリンデは術を組み上げる。 「――お休みなさいませ」 直後、大蛇の全身から力が抜け、大きく顎を開いた頭が地面に落ちた。 ●正体 同じ頃。 さやかに護衛されていた依頼人は、三人の女性に詰問を受けていた。 内訳は月夜魅、輝血、レートフェティ。さやかはこの三人が来た時点で状況を把握し、表情を厳しくしている。 「村に行って話を訊いてみた。蛇の事は知らない、それは貴方の言う通りね」 「契約違反ではな――」 「でも、村でおじさんの事誰も知らないのはどういう事かな?」 村の調査をした二人に言葉を重ねられ、依頼人の表情が凍る。 「へえ‥‥裏があるとは思ってたけど、見事に大当りか。何、金絡み?」 輝血が薄く笑う。表面的には明るい彼女の地金が僅かに見える。現に発する声は冷たい。 「じ、実は君らが勝手な事をした場合に備えて、開拓者には隠すように‥‥」 「残念だけど――」 「――ほら」 依頼人を遮って、レートフェティと月夜魅は両手を広げて見せる。 「な、何が‥‥」 「私は三味線しか持っていないの」 「私は符を隠していたの。要するに、開拓者だとは思われてないんだよね」 幾らなんでも訪れる者全てに対し、存在を伏せる必要が無い。大体、その言い訳自体意味不明だ。そもそも―― 「「私達、村で貴方の名前出してないんだけど?」」 二人共、村に欠員が居ないか尋ねただけだ。誰それがどうこう、という話は一切していない。 「何考えていたんだか知らないけど、吐いちゃえば? 蛇、そろそろ捕まっているだろうけど、どうしようかな」 輝血が追い打ちを掛ける。依頼人があまりに不義理であれば、開拓者達は依頼遂行を放棄出来る。 最後に、さやかがその現実を言葉にする。 「お話し下さい。隠し事をされては、私達もお仕事を続けるわけにはいきません」 ――真相だが。 まず、依頼人は村とは全く関係無い人間だった。彼は商人。商品の依頼を受けてから仕入れて高値で取引する。手段は主に現地調達。 今回彼が仕入れてきた商品というのが、大蛇。 無事に商品を仕入れ依頼人の元に向かう際、お金を惜しんだのが拙かったのか、檻を破って蛇が逃走した。彼一人で大蛇を捕まえる事は出来ず、森に入った彼は一つの村を見付ける。ここで彼の頭に浮かんだのは、村人達の安全ではなかった。それどころか、村人に警告して蛇が殺されてしまうのを恐れた。 「‥‥つまり、村の方の安全は全く考慮せず、事を隠したまま蛇を回収する為に私達を雇った、と?」 さやかの声は厳しい。基本穏やかな彼女だが、曲がった事はとことん嫌いなのである。 「あんた、阿呆?」 輝血は怒るよりも先に呆れ返っている。あまりの下らない真相に、どうでも良くなっている様子。 「この取引が成立しなければ大赤字だ! 檻を買い直しただけでも大損失だというのに‥‥」 「知らないわよ、そんなの。村を考慮しなかったり、私達を騙した事が問題だって言ってるの」 捨て鉢になって手袋を脱ぎ投げ捨てる依頼人。レートフェティはそれを見て、受付が感じた違和感の正体に気付いた。 依頼人の手は綺麗だ。三味線を弾くレートフェティの手がそれなりに傷付いているのと同じように、村部に住む人間の手も汚れ傷付く。それが無い。服が新品同然だったのは、街で調達したからだろう。髪が整えられていたのも、商人であれば当然だろう。 「で、どうするの? 蛇さん放置は拙いけど、素直に渡すのも嫌だよ?」 月夜魅の言葉に、全員顔を見合わせる。確かにそれは問題なのだが―― ――で、どうなったのかと言えば。 結果的に、大蛇は商人の元に返された。逃げるように去った彼だが、今後同じように商売を続けていけるか怪しい。 報告を受けたギルド受付から上層部へ報告。訊き出した取引相手の方に、何かしらの警告がいっている筈である。少なくとも、今後二度と開拓者ギルドを利用出来ないだけでも痛手であろうと思われる。 |