川を挟んだ兄妹喧嘩
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/27 19:10



■オープニング本文

 ジルベリア全土で反乱に端を発した不穏な空気が漂っているが、天儀のとある場所でも小規模ながら長々と領土争いをしている所があった。
 一本の川を挟んだそこそこ大きな二つの村。
 事は五年前、とある兄妹が元凶となる。
 先代村長の跡を継いで兄が当時はまだ一つだった村の長に収まる筈だったのだが、この兄、能力的には申し分無いのだがとにかく口が悪く特に女性からは嫌われていた。そういう背景があり妹が異を唱えた。此方は、人望はあれども先代から何も教わっていないので能力的に大問題。
 意見は割れたが、能力が優れている方が上に上がるのは必然。最終的には兄が村長になる事が決まった――のだが、余程納得出来なかったのか、後日妹が行動を起こした。
 妹は独身女性を中心にした集団を扇動し川を挟んだ村の半分を占拠、其方の区域に住んでいる中で既婚者と独身男性を全て対岸に追い出した上で川に掛る橋を全て破壊。ここまで来るともはや立派な反乱である。
 結果、両村で弊害だけが残る。兄側は若い女性を殆ど持って行かれたので、後継者の問題や縁の下の力持ち的な手をかなり減らされた事になる。妹側は力仕事の担い手不足と防犯問題だが――兄側の方が深刻度は上。
 力仕事にせよ防犯にせよ、女性でもやろうと思えば出来る。必要とあれば余所から婿や養子を貰う事も充分可能だ。
 一方で兄側はそうもいかない。女性が行っていた仕事、言うほど簡単なものではない。一朝一夕で出来るものではないし、男性陣の多くが自尊心的な意味で『自分だけはそんな事やらない』と言い出す始末。若い女性に集団で逃げられるような村に来るような酔狂な女性もそうは居ないだろう。
 幸いと言って良いのか、兄は能力的には申し分無い。優れた調停能力を見せ、男臭くなった村を維持して見せた。子持ち家庭が幾つかある。その家々の子供達が大きくなれば村はまた元に戻る。暫くの辛抱である。
 一方、妹の方でも別の問題があった。
 土地の問題。妹が占拠した方は畑を作る事は出来ても、山や森が無く狩りや薪調達の面で非常に厳しかった。余所から仕入れれば良いだけの話だが、金銭面人材面から直ぐに出来る事ではない。
 結局、誰も得しない争いは膠着のまま続く事になった。

 そして現在。
 五年も経てば、問題も徐々に解決され生活も安定してくる。
 村人の多くが当時のどうしようもない行動を反省し、元に戻った方が良いのではと思い始めている。
 残る問題は発端である兄妹、未だ仲直りの気配すらない。お互い伴侶も無く何をやっているのやら。
 そんな中、両村の若い男女が婚姻を望んでいる事が発覚した。
 状況を考えると出会いの経緯が謎だが、難しい事ではない。大人が対立していようが子供は気にしない。間近に川があるのにそこで遊ばない子供は居ない。つまりは川で育んだ幼い友情が愛情に変わっただけの話。
 これをきっかけに、いい加減下らない対立は止めようという意見が加速する。
 が、元凶はやはりそれを認めない。
「「誰があいつと同じ村に暮らすか! それから、くっつきたければくっつけ、だが村からは出ていけ!」」
 ‥‥一字一句違わない暴言。この二人、根本的に同類なのである。
 既に兄妹は孤立した状態なので、無視しても害は無い。だが、ここまで村を維持してくれたのも二人であり無碍にもしたくない。何よりここに至るまでが下らなかったのだ、オチくらいは綺麗にいきたい。

 ――後日、開拓者ギルドに、どうにかならないか知恵を貸してくれ、という依頼が舞い込んでいた。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
水津(ia2177
17歳・女・ジ
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
和奏(ia8807
17歳・男・志
エシェ・レン・ジェネス(ib0056
12歳・女・魔
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔


■リプレイ本文

●事前協議
 春は直ぐ其処、川を挟んだ元一つの村は穏やかかつ活発な空気を漂わせている。
 日に日に暖かく長くなっていく太陽の元、これからの季節に向けて村人総出での準備が進められている。村人口としては多い部類に入る両村合わせて五十名に達するその光景は、壮観ですらある。
 尤も、どんな光景も男女分裂という不自然さは隠せない。
 ただ、川に目をやると対岸同士で洗濯に来た男女がぎこちなくではあるが挨拶をしたりしているところを見るに、正さなければならない部分は明白である。
 つまりは、元凶の兄妹。

「やはりお二人の婚姻をきっかけにするのが最も望ましい。村長殿兄妹は置いておくとして、両村の方々も踏み出すきっかけになるものは必要でしょうし。祝いの席での高揚した心は、先を見据えるのに丁度良いです」
 川の船着き場は両村側にある。そこには作業場兼倉庫があるのだが、内女性村の方。その狭い空間に、開拓者三人と村の若者五人の計八人が顔を突き合わせている。
 先の発言は、開拓者の一人であるエルディン・バウアー(ib0066)。金髪碧眼の姿は恐らくこの村の中では一番異彩を放っているが、折り目正しい振る舞いのせいか村人達もあまり気にならない様子。
「‥‥俺らも村を出なくて済むなら有難いですけど、どっちの村長も話を聴いてくれるとは思えないんですが」
 エルディンの言葉に、結婚と引き換えに村追放を言い渡された青年が答える。
「私には何がそこまで気に入らなくてここまでなっちゃったのか、ちっともわかんないだけどなー‥‥どう見ても、普通の兄妹喧嘩の範囲越えてるし」
 エルディンの横で納得出来ない表情なのは、エシェ・レン・ジェネス(ib0056)。
 分らない、とエシェは言うがそれは一般的な『兄妹』の概念の話。少女は孤児であった為、その概念以上の感覚を拾えない――血の繋がりがあるからこそ他人以上に嫌いになれるという事が。
「村の統合も皆さんを見る限り難しくないでしょうし‥‥いっそ、橋造って押し切りましょう。問題は村長さん達ですが、自分達の仲間が行っていますから、それを見てからですね」
 場が沈みそうになったのを、和奏(ia8807)が留める。こういう場合、多少強引に進めた方が吉と出る。
「なあ、あの二人潰しちゃ駄目なのか??」
 そう尋ねたのは、五人の若者の中で最年長の青年。村長を除く村の総意として依頼を出したのは彼で、服装や雰囲気の毛色が他の者と違う。聴くに、村の産物を都などに売りに行く仕事を一手に引き受けているらしい。その意見に、残り四人は顔を顰める。流石にそれには抵抗があるようだ。
「最悪そうなっても致し方無いとは思いますが。現実問題、村を支えてきた実績もありますし避けたいですね」
 苦笑いでエルディン。一方で納得出来ない表情を消したエシェは、満面の笑顔で話を切り替える。
「で、お祝いの席で何かやってほしい事無いの? 出来るだけ皆で協力しなきゃ出来ないようなのが良いな」
 橋を掛ける事を含め彼女らで考えている事もあるが、そこは一応当人達の希望を訊いておくべきだろう。
「えと‥‥特にこれと言った事は無いんだけど‥‥この辺り、神社も無いし結婚式の時も皆でちょっとしたお祝いする程度だった‥‥よね?」
 エシェに尋ねられ、当事者の少女は戸惑っている。実際に式に参加した記憶が無いのか、恋人や仲間達を振り仰ぐ。答えは肯定。
 それならそれで、その慣習通りにやってもらう。その上で自分達流のお祝いをすれば良いだけの事だ。

●元凶達
 さて、村が分断される事になった元凶達であるが。
「妹に頭下げろってならお断りだぞ。村の連中も結託して胡散臭え連中集めやがって」
 開拓者達に対して、口調通りの粗野な容姿である兄の第一声がそれだった。
「俺達が胡散臭いのは置いとくとしてだ。村の連中だって色々考えてやってくれてるんだ、そう言うなよ」
 気難しそうな奴だ、と苦笑する天ヶ瀬 焔騎(ia8250)。実際、冷静に話を分析するとどう考えても妹の方に非がある。兄に問題は口の悪さと村の分断を許してしまった事くらいだろうから、そう言いたくなるのも分らなくはない。
「まあ何だ‥‥妹相手だろ? こっちも血の繋がりは無いけど妹が居るんだが‥‥喧嘩の一つや二つ日常茶飯事。だけど、最終的には落ち着く所に落ち着くもんだぜ?」
 なあ、と隣の少女に笑い掛ける焔騎。話を振られた眼鏡を掛けた華奢な少女、水津(ia2177)も追随する。
「そういうものです‥‥私が色々やっちゃっても、叱られはしても‥‥最後は元通りです」
 義理とは言え、家族として積み上げたものは本物。二人の様はそうしたものの象徴であろう。尤も、そんなものは兄にとっては何の意味も持たないのだが。
「一般的にはそうなのか? だが、あそこまでやらかした奴相手に同じ事が出来ると思うか?」
「そこまで俺も楽観的じゃないさ。誰も同じ事をやれって言っているわけじゃない、新しい事をやればいい。お互い村を維持してきたのは一緒、そこから新しいやり方を模索しても良いだろう?」
 焔騎の言葉に兄は顔を顰めた。現実問題、彼も村人がこの状況に飽いているのは分っているのだろう。村統合自体を拒む理由は彼には無いのだが、一点のみが引っ掛かっている。
「妹は? 村が一緒になるなら確実に俺に村長を辞めるように言ってくるぞ?」
「妹さんの方も‥‥今、行っています」
 水津は答えつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「あの‥‥失礼ですけど五年も殆ど女性の居ない状況で、何も無かったのですか‥‥? 今は無くても、以降はどうでしょう‥‥?」
 要は性犯罪の可能性を示唆したわけだが、言われ気付いた兄は失笑。
「ねえよ。そんなもんあったら、とっくに妹が武装蜂起でもしてるだろうな。ま、言いたい事は分らなくもないが」
「そうですか‥‥そういえば、御結婚するのは十六の方々とお伺いしましたが‥‥私とも年が近いですね‥‥憧れます‥‥。村長さんなら当然良い人は居るんでしょうね‥‥」
 続けて水津は別の話題に切り替える。兄は三十歳、結婚適例はとっくに過ぎている。そこを突いたつもりだったが。
「居ねえよ。俺は結婚なんぞという地獄か墓場と大差無い場所に行くつもりはねえぞ」
 今度はあからさまに笑われた。間違っていないが極端な意見――その原因が何処にあるのかと考えれば、只一つ――妹だろう。

「成程、村の皆が動きましたか‥‥それで? 私に何をしろと?」
 一方の妹。村の女性達と色々相談をしていた風雅 哲心(ia0135)の元に訪れた彼女は、意外に落ち着いた様子だった。
 反乱紛いの行動に出たと聞きどんな人物かと思えば、どこぞのお嬢と呼んでも違和感の無い整った容姿の人物。但し、目の光は非常に強い。
「言わなきゃ分らないか? 村の人は全員やり直そうとしている。そんな中でお前達は何だ? 上に立つ者として何時まで私情に拘ってる? 今、先頭に立たなきゃいけないのは誰だ?」
「あの兄と協調しろと?」
「言うべき事があるなら兄妹間でケリを付けろ、村人を巻き込むな。何時までも子供じゃないだろう」
 哲心と妹はほぼ同年代。それだけに『兄が女性に対して口が悪い』だけでここまでやらかした妹に対し、不愉快さが倍増する。というか、本当にそれだけか?
「もし俺がこの村の人間なら、失脚させてるところだ。実際、皆最悪その可能性を考えている。兄妹揃って孤立してるのが分らないのか?」
「まあ、それくらいは――ふうん、五年前に私の口車に乗ったとは言え、兄の口汚さを嫌って同調した割に皆折れるのが早い事。ま、好きにすればどうです?」
 やれやれ、といった調子で妹。
(‥‥荒療治が必要か)
 村が元に戻る事自体の言質は得た。が、妹をこのまま放置するわけにもいかない。多少雑なやり方だが、彼女には言いたい事を全部吐き出してもらう事に決めた。

●橋
 子供が遊べる程度の川、浅い。流れは早いが問題となるのはその幅、三十尺強。
「本格的なものは後で当人達にやってもらうにせよ、急造でも基礎は必要‥‥これは中々」
 大変だ、と淡々と分析をする御凪 祥(ia5285)。此方は男衆の村側、哲心が逆側で女性陣相手に色々やっている筈だが川を見に来る様子は無い。早速村長に捕まったか。
「基礎なら、あっちの村長がぶっ壊したのが残っているがなあ」
 祥と共に川の様子を見ていた小柄な老人が進言する。老人とは言え、都で見られるような脆弱な手合いではない。胸板や二の腕など細身の祥よりも遥かに厚く太い。
「どのくらいで出来る?」
「基礎があるとは言え使い物になるか見なきゃいけねえし、板材も一から切り出しだ。手抜きでもひと月は掛るわな」
 老人は村で木こりをしつつ大工仕事を一手に引き受けていた人物。その目は確かだろう。その答えに、流石に祥も苦い顔。
「再利用できるような材料は?」
「ねえよ。橋だぞ橋、犬小屋作るとはわけが違うんだ。家一軒潰せば出来るかも知れねえが」
「それは流石に拙いな‥‥」
 勿論、橋が無くても結婚式は出来る。ただ、やはりきっかけとして橋は欲しいところだ。
「で、代替案くらいあるんだろうよ、若いの。言うだけ言ってみろや」
 にやりと笑う老人。妙に楽しそうである。
「土嚢を積んで流れと水の量を抑えられないか? それなら、補強した板だけでも橋代わりになりそうだが‥‥どうだ?」
「‥‥悪くはねえな。長々出来るもんじゃねえが」
「それで構わない。皆で協力して橋を作ったっていう事実の方が重要だ」
 必要なのは皆一緒に手を動かす事。形は残らずとも事実は残る。勿論、形が残る方が良いに決まっているが、出来ないものを無理にやる必要も無いだろう。

 さて、橋造りの目処が立ったのは良いが、これも簡単な話ではない。
 土嚢の為の土砂集めとそれを詰める袋。前者は人手があればどうにかなるが、後者は調達したり自作するには時間が無い。各家から持ち寄った袋は数も大きさもまちまちだったが、どうにかなりそうだ。
 結婚式準備については問題は無い。力仕事は男性陣、細かな作業は女性陣――嵌り合った役割分担が潤滑に機能している。
 兄妹については、前者はそう問題ではないが後者が怪しい。村統合は放置の構えらしいが、兄に関して未だ拒絶状態――哲心が荒療治と考えた『高い場所から大声で色々叫んでもらう』も拒否され、いよいよもって妹の立場が無くなっていた。
 そんな中、兄から突然の宣言。
「辞めるわ、俺」

●元に戻ったもの、戻らなかったもの
 結婚式である。
 天儀での一般的な式は、神社の有無や風習にもよるが大差は無い。その為、エルディンが自身の慣れ親しんだ形式を提案した際には意見が分かれたが、結婚する当人達の希望を汲んで提案が通る形となった。
 勿論、簡易的なもの。誓いを済ませた後は、只のお祝いになっていた。
 つい先日まで分裂していた村人達だ。協力して橋を作り漸く元通りの一歩を踏み出したとは言え、その様はぎこちない。自発的に出て来た兄はどこか吹っ切れた顔をしているものの、村人に引き摺りだされた妹は上の空。
「――村長になられた気分は如何で?」
 昼に始まり、日が暮れるまで続いているお祝い。この頃になると酒も入っているので、当初のぎこちなさは無くなっている。変わらないのは妹のみ。その彼女に掛けられた言葉はエルディンからだった。
「‥‥物凄いつまらないね」
 言葉使いに遠慮が消えている。恐らくは此方が本来の彼女だろう。

「良いのですか、アレ?」
 兄に対し、妹を指し示し尋ねる和奏。返答は何とも不思議な表情で告げられた。
「放っとけ。今何言ったって、碌な事にならねえよ」
 柵が無くなったせいか、言葉は相変わらずだが気楽な様子。
「何故、そこまで変わったのです? 自分には何とも‥‥」
「お前の仲間に赤頭と眼鏡が居たろ。あいつら見てて思い出した。
 前の村長に着いて後継ぐ勉強してたせいか、餓鬼の頃あいつと遊んだ記憶がねえ。その割に振り向いたら必ず居る――その度、追い払っていたがな」
「その言い方ですと、妹さんの行動が当時の代償行為にしか聴こえませんが?」
「似たようなもんだ。まともに遊んだ事も喧嘩した事も無いままでかくなったんだ、いざぶつかり合えば落とし所なんざ分るわけがねえわな」
 つまり、考え直した結果の落とし所が今の状態か。どう返答したものか和奏が迷っている間に、兄は新郎新婦の方へ酒を片手に行ってしまった。

「こんなオチでいいのか、本当に?」
「形だけ見れば問題無いのだろうがな。今後は彼ら次第だろう」
 急造橋の様子を見に来た哲心と祥は、そんな言葉を交わしていた。
 眼下の橋では、先の老人が難しい顔で点検をしている。彼が言うには、橋はもって一週間。とりあえず現状は平気と見たのか、そのままの顔で上がってきた。
「お前えらは良くやったよ。五年も牙剥いてたんだ、そう直ぐにお手手繋いで、とはいかねえのは仕方ねえ」
「それはそうだがな――妹が村長で、今後平気なのか?」
「奴の手腕がどんなもんか俺は知らねえから分らねえよ。ま、兄貴の方が裏でこっそり手伝うんじゃねえか?」
「それ、妹が知ればまたひと波乱ありそうな気もするが‥‥」
「もしまた暴れるなら、今度こそ終わりって話だ。それが分らねえほど、奴も阿呆じゃねえだろう」
 哲心と祥の疑問に、老人は割と冷ややかな反応。この傾向、村人全体に共通している。恐らく兄が辞任宣言後に皆に裏で何かしたらしく、妹が村長になるという形も村人から特に異論は出なかった。ただし『二度目は無い』という前提付きだが。

●炎舞
 夜も更けた。子供達は既に眠り、祝いの席も既に終わりに近付いている。
 そんな中、闇を裂くように紅い燐光が飛び散った。
 何事かと村人達が見れば、そこには焔騎が一人刀に燐光を纏わせ立っていた。
 御照覧あれ、と舞いが始まる。
 白拍子や芸人、巫女達のような優雅かつ神秘に満ちたものでもない。見る者が見れば稚拙と言って良いものだが、荒々しいその舞は新郎新婦を始めとした村人の目に、文字通り焼き付いていく。
 ――と、舞う焔騎の上方で新たな炎が弾ける。水津の浄炎、エシェの火球である。普段は低調気味な水津が、やたら高揚して炎を打ち上げている声が聞こえる。
 炎の質が変わる。爆ぜる火球に合わせ小さな炎が次々と夜空を舞う。前者は派手に、後者は静かに――但し、後者はただの人魂に見えたと、後に村人は語る。
 ついでに、火球から飛び散った火の粉が仕掛け人三人に降り注いで熱かった事も忘れてはならない。

「妙な連中だな、おい」
「‥‥何か用?」
「今度は馬鹿やらかすじゃねえぞ。女一人で切り盛り出来る程、この村は甘くねえぞ。一応、あいつらに義理があるから言っておく」
「余計な御世話だ。とっとと、嫁貰って隠居生活にでも入れ」
 ――村の何処かで交わされた、五年ぶりの会話。