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■オープニング本文 「‥‥手紙?」 開拓者ギルドでの仕事を終え、自宅である長屋に戻った標の元に手紙が届いていた。 質の良い紙、非常に丁寧に書かれた達筆な文字。 宛名は『皆道 標様』となっている。一々名乗るのが面倒な為普段は省略しているが、皆道というのは標の名字。 実の所、捨て子の孤児である標は名字どころか名前もなかった。今の名前は、孤児院の代表者から貰ったものだ。 裏を見れば、見覚えのある施設の名前とそこの代表者の名前――今の標と同じ名字の人物。 「? 何でまた手紙なんか寄越してきたのか」 手紙の封を切る。中にはびっしりと文字で埋め尽くされている紙が一枚だけ。 親代わりの人物としては理想的な文面だろう。近況の心配、思い出話――そして用件。 「短期間の職員募集? つか、何で私の手紙にこんなの書くのよ」 意味が分らない。標にこんな話をした以上、開拓者を貸してくれと言っているのだろうが――その費用と普通に人を雇う費用を比べれば、明らかに後者の方が安い。 手紙を読み進める。 代表者が足を捻挫。時期的にそろそろ大掃除しなければならない。他に職員も居らず、年長の子供だけでは手が足りない。だから人手が欲しいという事だが、先の疑問の回答にはならない。だが、最後の一文を読んで納得がいった。 『出来れば貴方にも来て欲しいのですが』 標はその施設に入った孤児第一号であり、施設を出てからも仕送りはしている。あの当時の弟妹達の年齢を考えれば、まだ巣立った子供は居ないだろう。実は彼女、出て以来一度も帰っていない。だから、何時かは言われるかと思っていたが、案の定用件にかこつけて書かれていた。 何故顔を出さないか。単に時間と暇が無かったのもあるが、一番の理由は親代わりのアレが苦手だからである。 嫌いではないし、当然感謝はしている。読み書き算盤の他に野外活動技術や武術などを教えてくれたお陰で、開拓者ギルドの受付という職にも就けた。本当の父親のように思っている――のだが。 「孤児院を開いた理由が『身寄りの無い子供と家庭を築いてお母さんになるの』だもんなあ‥‥挙句に『お母さんと呼んで』とか言うし。泣き上戸だから、私が帰ったら泣いて抱きついてきそうだし‥‥」 念の為に言うが施設代表者は『彼』、男性である。標から見ても非常に『女らしい』男性だった。要するに、そういう人物である。 「イ、イヤ過ぎる‥‥思い出したらアレが親代わりというのが身に染みてきた」 だが、一応の依頼である。握り潰したところで問題にはならないが、それが出来ないのが標という少女であった。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
嘉島 燕 (ia8816)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●母? 「うー、あー‥‥」 唸っている。誰かが唸っている。正確に言えば、開拓者ギルドの受付さんが唸っている。 依頼を受けた先である孤児院近く、目の前にそれが見えてきたところであるが、標は延々とそんな事を繰り返していた。 「あ、あの、標さん? ここまで来たのですし、もう諦めては?」 あまりの様子に説得を開始する巫 神威(ia0633)。以前受けた依頼で標に怪我を負わせてしまった事を気にしている彼女だったが、道中延々この調子なので謝罪もまともに聴いてもらえていないのだ。 「そうそう。個人的依頼だし握り潰しても良いものを、態々来たんだろうに」 「ギルド勤めならお分りでしょうが、いつ何時何があるか分りません。会えなくなる事も無いとは言い切れませんし、後悔するよりも会える時にあった方が宜しいのでは」 井伊 貴政(ia0213)と太刀花(ia6079)も神威に続けて取り成すが、標は何とも言えない表情。 「そうは言いますけどね‥‥義父が『母と呼んで』と躍り掛かってくるのを想像すると」 「女性らしい男性と伺っていますが‥‥ボクのような人と認識すればいいのですか?」 他意は無い。純粋な興味で尋ねた伊崎 紫音(ia1138)だったが、彼に向けられた標の瞳はどんよりしていた。 「‥‥貴方のように可愛らしければ良かったのですけどね」 いや、標。ソレ禁句。ほら、紫音が落ち込んでいる。彼も自身に染み付いた女性的な部分を払拭しようと頑張っているのであるからして、そういう事は言ってはいけません。 「標‥‥漸く来てくれたのですねっ」 背後から声。一同――もとい標以外が振り向くと、質素な服装の女性が一人。いや待て、何かがおかしい。声、妙に太くないか。 そこに居たのは松葉杖をついた女性(?)。容姿はどう見て女性である。しかも超美人。だがしかし。 「‥‥何で後ろ姿で気付くかな」 「可愛い娘だもの。母ならその程度で充分っ」 やっぱり声太い。と言うか、標の態度で既に判明している。これが例の親か。 まあ、足を怪我しているのならそう妙な行動を取るまいと踏んでいたのだが、何を思ったのか彼女(?)、松葉杖を投げ出し走り出そうとして見事にすっ転んだ。 「ちょ、何やってんのアンタ?!」 慌てて駆け寄る標。その様子を見るに、やはり苦手ではあっても嫌っていないのだと分るが―― ――にやり。 「「「「「「「「あ」」」」」」」」 捕まってる。見事に捕まってる。駆け寄った標が抱きつかれてる。じたばたしてる。 「はーなーせーっ!!!!」 ●役割分担 「皆道千尋と申します。こんな所までご足労頂き、有難う御座います」 標が罠に掛って捕獲された後暫くして、存分に義娘を堪能した彼女(?)はあっさり素に戻り全員を施設に案内してくれた。 因みに標は、年少の子供達に集られ埋もれている。 それにしてもこの人物。名前もそうだが、傍目にも完全な女性だ。声だけが男性である事を残してはいるが、それすらも霞む容姿。事前の標の話から、アレな人を想像していた一同困惑。 「掃除なのですけど、やり方は皆様にお任せします。分らない事があれば、私か年長の子二人に聴いてもらえれば」 「それですけど、乳飲み子が居ると聴きましたのでその子の世話をさせて頂きたいなと思いまして。そうすれば年長の二人も手が空くのではと」 挙手する秋桜(ia2482)。元名家の女中であった彼女だからして、この手の仕事はお手の物。その秋桜を上から下まで観察して、千尋。 「その背ですと、他の子にも纏わり付かれそうですけど‥‥大丈夫でしょう。胸はそれなりにあるようですし」 まともに聴くと失礼な言葉だが、当人は至って真面目。しかし、背に関しては自覚しているので構わないのだが、何故胸云々の話になるのやら。 「では、後は自分を含めて各所の清掃ですね。出来れば庭もやりたいところですか‥‥」 言葉を切った橘 琉璃(ia0472)は、室内と庭を交互に見る。一言で言うなら、酷い。床や畳はざらついているし障子は無事な箇所が見当たらない。隅には埃が溜まっている。庭も雑草だらけで落ち葉もそのまま、垣根の辺りはその残骸のみ。 「これは‥‥大変そうですね。家具も動かす必要がありそうですし」 嘉島 燕(ia8816)も困り顔。長身ではあるが痩身である彼が言うと、更に大変そうに思えてくる不思議。無論、燕とて成人男性として充分に力はあるのだが。 琉璃と同じように庭を気にしていた太刀花は、位置のずれた眼鏡を直しつつ協力を申し出る。 「庭は俺も手伝いましょう。せめても垣根をどうにかしたいですね。竹があればいいのですが」 「‥‥薪場に‥‥あるかも‥‥げふっ」 問題解決は子供達に埋もれた中から。完全に子供の遊び道具化している標だが、切れ切れに言って再び沈黙。流石にやり過ぎだと感じたか、秋桜が救援に向かう。 「――あるのですか?」 「それなりには。薪には使えませんが、色々用途は多いですし」 太刀花の疑問に今度は千尋が答える。量がどの程度あるかは疑問だが。 「では、話が纏まったならそろそろ始めましょうか」 ここに至るまで、どこか上の空で話の行方を追っていた鈴木 透子(ia5664)。彼女の言葉を合図に、各自動き始めた。 ●大掃除 大掃除は単純。家具を動かす必要はあるが、そこは男手が増量されたので充分。 居間や寝室。幸いと言って良いのか、家具は最低限。男手でそれを退けてしまえば、後は掃き掃除拭き掃除を徹底するのみ。 「布団も綿が意味を成してませんよね、これ‥‥」 寝室から運び出された山の様な布団を干しながら、紫音は顔を曇らせる。柔らかさの欠片も無く硬いだけの布と化している布団は、この時期には相当冷たいだろう。 「個人でやっている孤児院の布団は、大概そんなものですよ」 これは子供達をうまく誘導しながら、遊具を片付けさせている燕の言。彼も孤児院出身なので、その辺りは身に染みているのだろう。余程の金持ちか国が支援してくれない限り、孤児院など常に破綻と隣り合わせ。それでも屋根や寝床、食事があるだけマシなのである。 「この桶の中身を新しい水に変えて来て下さい。そっちの君達は、彼が干した布団を叩くように」 「これは煤払いだけにした方が良い様な気もしますよ」 「‥‥やりがいがあるのは良いですけど、その方が建設的ですね」 借りた梯子の上から、子供達に指示を出す琉璃。彼自身は高い位置の汚れを落としている最中だが、ここにはまともに手を入れていないのだろう。幾らやっても終わりそうにない気がする。実際、紫音の指摘通りにした方が良いだろう。 「でもここ‥‥確かにぼろぼろではありますけど、柱とかを見る限り、結構良い建物ですね」 琉璃が落とした煤を集めながら、室内を見回す紫音。瑠璃と燕はイマイチピンと来ていないようだが、床の補修をしていた太刀花がそれを裏付けてくれた。 「補修をする為に千尋さんに聴きました。元々この家は皆道家の持ち家、その当時はそれなりにお金があったそうです」 「そういえば、武術教わったって。普通の家の人じゃ、そんなもの教えてくれないでしょうし」 燕は自身の幼少時と比べてみて、その特異性を確認する。家もそうだが、千尋も謎だらけである。 「捨てる物は捨てるべき‥‥少ないですね」 「まあ、余計な物を持ち込む余裕なんか欠片も無いですし」 一方、不要物を纏めて家の裏に集め終えた透子と標。二人掛かりでやる必要があるのか疑問な程少ないそれに、透子は溜息標は苦笑い。 「ところで、私が言うのも何ですが‥‥悩み事でも?」 元々ぼーっとした所はある透子だったが、道中延々その調子だったので、同じく道中頭を抱えていた標としても気にはなった。言われ迷った透子だったが、暫くして静かに口を開く。 「このお仕事と同じ日に、蔓さんのお仕事がありましたよね」 「‥‥ええ」 人を殺さなければいけない依頼。必要な事とは言え、その依頼を資料として纏め開拓者に示した標も暗い顔。 「迷ったのですが、結局避けました。それで良かったのかな、って思っていまして‥‥」 「受ける受けないは、個人判断。貴方だけに限った話ではないですし、上下などは無いと思いますが?」 結局はそこに帰結する。選択権を与えられているのだから、気にする必要は無いと。 標の言葉で頭を切り替えた透子は、全く違う疑問を口にする。彼女自身も天涯孤独で師に拾われた経緯があるので、気になっていたのだ。 「ところで、年長の二人の年齢からしてそろそろ独り立ちを考える頃では? 標さんは何歳ぐらいで出られたんです?」 「私が出たのは一五の時ですね。あの二人は‥‥父から聴いた限りでは、その内結婚、旦那は外で稼いで嫁はここに残るとか」 はい? と首を捻る透子。年長二人の姿を思い出し、更に疑問。アレはどう見ても仲が悪かったような。 「喧嘩する程仲が良い?」 「そう思ってもらえばいいかと」 二人、顔を見合わせ苦笑い。とりあえず、二人とも浮上してきたようである。 流石に毎日使っている厨房は、簡単な掃除だけで済んだ。満足げな貴政と神威は、折角来たのだしと献立を考える事にした。 「太刀花さんにも相談してきましてけど‥‥食材は揃ってますね」 「買い出しはいらないかな、コレは。標さんの好みが分れば尚良かったんだけど‥‥」 食材を確認する二人の背に、少女の声。 「姉さんは、食べ物に拘りなんか無いよ。あっちに行ってからはどうか知らないけど」 振り向いたそこには、年長の片割れ――確か、心だったか。その彼女に尋ね掛ける神威。 「孤児院で好き嫌い出来るわけないですしね‥‥ところで、何か?」 「手伝いついでに料理教えて。父さんはあんまり上手くないし」 標にせよ心にせよ、誰も『母』と呼んでいない。千尋の容姿だと、寧ろ『父』の呼称の方が違和感あるのだが、それは置く。 「それは良いけど。そういや、片割れは?」 「赤ん坊抱えた小さいお姉さんにデレデレしてたから、殴って捨てた」 ――同じ頃、標と透子が塵の様に捨てられている少年――次を発見しているのだが、気にしてはいけない。何というか、あからさまな焼餅で見てて微笑ましい。そんな二人の生温かい視線に気づきもせず、心は何やらぶつぶつ。 「やっぱり料理くらいきちんと出来ないと‥‥」 因みに、千尋が料理下手である事も手伝い、二人の料理は子供達大好評であった。心の作ったものは不出来であったが、何だかんだで文句を言いつつ次が平らげた。良く似た二人である。 で、『赤ん坊抱えた小さいお姉さん』だが。 「胸云々ってこういう事でしたか‥‥」 幸い、他の子供達は手伝いに誘導されてくれたので、赤子の世話に専念出来た秋桜だったが、それでも大変は大変。極みは、空腹を訴え泣き始めた時。 普通に考えれば千尋に言えば良いだけの事だったが、何をトチ狂ったのか自分の胸をはだけ始める秋桜。因みに、ここで覗いていた次が心にボコられているのだが、彼女は知る由も無い(隔離作業はしたが、無駄だった模様) 含ませた時点で我に返った秋桜、慌てて千尋に尋ねて近所の同じく乳飲み子を持つ母親に協力してもらった。 お腹一杯になった赤子はぐっすり眠っているのだが、その小さな手はしっかりと秋桜の胸を掴んでいた。それだけで安心するものなのだろうか。 「‥‥そういえば、含ませただけでも随分落ち着いていましたよね‥‥」 ――何にせよ、元気に育ってほしいものである。 ●約束 特に期日は決められていない為、開拓者達も徹底した大掃除を行った。そして、それ以外にも。 琉璃の提案で行われた、枯れ落ち葉による焼き芋(次は、年頃なのか開拓者の女性陣に目移りをして、片割れに放火されそうになり逃走) 千尋が近所から貰って来た酒により、神威昏倒(寝言で謝られた標大混乱。翌日、きちんと謝り直し) 紫音は持参したもふらのぬいぐるみを子供達に渡そうとしていたが、彼ら自身から断られていた。曰く「闇雲に貰うのは駄目」との事(紫音は寂しそうではあったが、納得) 標に飽きたのか、狙いを変えた子供達に集られ埋もれる秋桜(堪忍袋の緒が切れたのか、顔真っ赤で逆襲し追い掛け回していたが、迫力が無さ過ぎて遊んでいるようにしか見えない) 掃除が済んだ部屋でごろごろと畳の感触を堪能していた透子(こっそりと発見した千尋に、にこにこと観察されていた模様) 太刀花が中心で行われた垣根作りは、途中から子供達の乱入で謎の進化(太刀花が首を傾げる良く分らない飾り物が多々。どうやら燕が提案したらしいが、彼も苦笑いしていた) 貴政は、何だかんだで標の好みを掌握した模様で、それを盛り込んだ食事で機を見て帰ろうとする標をだ捕していた(具体的な好みは、貴政の胸に収まっているらしい) ――開拓者としての本質には外れるかも知れないが、報酬以前に精神的な部分で満足できる時間であった。 そして、その時間にも終わりは来る。 「大変お世話になりました。お近くに来たのでしたら、是非寄って下さい」 まだ不自由ではあるが、杖無しで歩けるようになった千尋。後ろで子供達が不満そうな顔をしているが、次と心の説得で我慢している様子。 「こちらこそ勉強になりました。私達は戦う側ですけど、裏でこういう子供達が居る事を忘れないようにしますね‥‥」 赤子に泣かれてしまっている秋桜。余程気に入られたのだろう。その瞳は、感慨深げ。 「標に色々言ってくれたようで、その辺りも感謝します。まあ、あの年頃ですと親に素直に甘えに来るのも難しいでしょうから、気長にやります」 「あー‥‥」 「‥‥年頃」 「間違ってはいないですけど‥‥」 「‥‥微妙なところですね」 貴政、燕、透子、太刀花が何とも言えない顔。標が千尋を苦手としている理由なのだが、男女の境が不明瞭な親という辺り以外に、決定的なものが一つあったのだ。 『‥‥性別的には男性なのに、明らかに私より綺麗なのを見て平静でいられますかっ』 ――確かに、年頃の女の子というのは間違っていないのだが。 「当人の居る前で堂々と‥‥とにかく、正月にはきちんと戻るから」 とだけ言って、標はさっさと歩き出してしまう。既に、子供達には挨拶を済ませているのだろうが、何ともそっけない。それでも最後の台詞の辺り、当人も向き合おうとはしているのだろう。 「皆道‥‥良い名と思います。標さんも、あれなら時折は帰ってくようになるでしょうし、頑張って下さいね」 燕の挨拶。それを聴いた千尋は苦笑い。 「名を褒められるのは嬉しいですけど、尚更標達の名付けが申し訳無くなってきますね」 それは、どういう? と一同が疑問を言う前に心が一言。 「皆を消してあたし達の名前を付けてみて」 ――道標、道次、道心―― 「「「「「「「「‥‥意味はともかく、語呂合わせ?」」」」」」」」 ま、まあ、そういう名前の付け方もあり‥‥か? |