【陰影】混乱を望む者
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/18 04:51



■オープニング本文

「割と笑えない依頼ですので、個室お願いしても宜しいですか?」
 笑っていないこの人を見るのは初めてではないだろうか? 開拓者ギルドを訪れた蔓の様子と、告げられた言葉も合わさって、標は嫌な予感が増していくのを感じていた。
 そもそも、蔓の立場は陰殻に仕える忍の一人。普段がアレなので忘れがちだが、あの国に仕えている以上は真っ当ではない方面にも多々関わっているだろう。
 開拓者ギルドの個室は、高位の人物やあまり口外出来ない類の依頼をする際に利用される。今の場合、どちらの意味で使われるのかは言うまでもないだろう。
「それで、笑えない依頼というのはどのようなものです?」
「とりあえず前置きとして、陰殻の現状に関して情報は入ってますね?」
 ――それは確かに仕入れてはある。正直関わり合いになりたくないのだが、立場上そうもいかない。
 表情で考えている事を読まれたのだろう。標の顔を見て蔓は笑う。
「お気持ちは分りますが、諦めて下さいね。それで依頼なのですけど‥‥私の妹の話はしましたかしら?」
「妹さん‥‥確か、家を継がれた方ですよね」
「ええ。正確には忍の家としては初代になりますので、継いだというのは少々違いますが」
 蔓の家は彼女とその妹が志体持ちとして生まれた事で、酷い言い方をすれば『成り上がりの家』と言ったところ。
「はあ‥‥とりあえず、開拓者の方が後々シノビに狙われるとかいうオチは付けないで下さいよ」
 陰殻という国は、必要であれば家族友人老若男女問わず殺す時は速やかに殺す。対照が外部の者であれば尚更危険だ。仕事の結果、開拓者達が暗殺されるというのは論外。
「それは問題無いですよー。もし狙われるにしても私ですから」
「いや、それはそれでいい気分がしないのですが‥‥」
 変人だし苦手だが、標とて蔓の事を嫌っているわけではないからして、訃報など聴きたくもない。だが、蔓は一切合切を無視して話を続ける。
「それで本題なのですけどね。
 私が陰殻に納めているお金を妹が流用しているようなので調べましたら、どうも物騒な方々を雇ったようなのですよ」
「物騒‥‥?」
「ええ。非正規経路で雇った開拓者崩れのようです」
「ギルドを通さずに雇ったって事ですか‥‥妹さんはそれで何を?」
 開拓者になっても身を持ち崩し、そこらのごろつきと変わらないくらいに堕ちる者も居る。そういうのを雇ったのだろうが、目的が分らない。嫌な予感だけはするが。
「例の賭仕合を妨害するつもりの様です。当日に何かやらかすつもりなのでしょうね。
 ‥‥慕容王の名の元に行われるもの。駄目になれば当事者たる家の方々を始めとして立場が無いですし、状況が泥沼化するでしょう」
「目的は?」
「成り上がりの初代で申し訳程度の権力しかない。他の家の立場が危うくなったり状況が泥沼になれば、権力の横取りも出来るかも、と言ったところですね。
 たかが一人の人間が雇える人材で掛け試合が妨害出来るわけも無し、もう少し頭使えと言いたいところですが‥‥やられたら拙いのは事実ですし、それを止めてもらいたいのです」
「具体的には?」
 はっきり言って聴きたくないが、もう後戻りは利かない。
「雇われた開拓者モドキ達が当日まで潜伏している場所は分っています。そこを襲撃して、全員殺して下さい」
 ――殺す、である。そう言い切った。そういう仕事だという事。
「貴方は?」
「本来であれば私がやらなければいけないでしょうが――
 今まで実家経由で送っていたお金の経路変更手続きとか、馬鹿のやらかそうとした事の隠蔽工作をしてこなければならないので」
「私が言って良いのか分りませんけど‥‥妹さん庇っては拙いのでは?」
 どんな国だろうと統治者に反抗を企てた時点で処罰されるのが普通だ。まして、既に実行の段階まで移っているとなれば首を落とされても文句は言えない。それを庇ったとなれば、蔓も無事に済むか怪しくなってくる。その対象が妹だというのも問題だ。
「あの子がこういう大それた事を考えるという事自体が妙――多分、唆したのが居るでしょうし、それを引き摺り出す為にも死なれては困りますので」
 最後に苦笑。多分、当人も分ってはいるのだろう。理由になっていない。明らかに建前だ。
 唆した相手を引き摺り出すだけなら、別に庇う必要は何処にも無い。妹を捕まえて吐かせればいいだけの事だ。それをしない辺り、蔓は何か負い目でもあるのだろうか?
「色々あるのですよ。私にも、妹にもね」
 ――苦笑いのまま返答――いや、返答ではなく、自嘲しているように標には見えた。


■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
蛇丸(ia2533
16歳・男・泰
紅蜘蛛(ia5332
22歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
夜魅(ia5378
16歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
萩 伊右衛門(ia6557
24歳・男・シ
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ


■リプレイ本文

●不覚
 開拓者には様々な仕事が舞い込む。それは命懸けのものからお悩み相談まで幅広い。
 そして、今回の仕事。
「理想は常に遠いものでおじゃる‥‥」
 依頼の内容を突き詰めてしまえば『暗殺』に等しい。その対象が潜伏する家屋を見ながら詐欺マン(ia6851)が呟いた言葉は、苦いものだった。彼の自称『愛と正義と真実の使者』。それがどういったものかは彼のみが知る事だが、何にせよその言葉とは対極に位置する仕事である事は間違いない。
 そもそもがこの依頼、殺害の必要性が薄いのだ。潜伏者の目的を考えれば妨害や阻止の必要はあるが、殺害というのはむしろ不適当とすら言える。勿論、最終的には国により死罪にされる可能性は高いのだが。
 現在、夜明け直前。事前情報や調査を経て皆で話し合って決めた突入時刻。選択されたのは強襲と奇襲の二段構え。相手が同じく志体持ちであり、また逃走を許してはならないという前提が確実性を求める。
「二人は配置に付いたでしょうし、私達もそろそろ仕掛けましょうか」
 高遠・竣嶽(ia0295)の静かな宣言。あくまで平静な彼女であるが、内心はそうでもない。『斬る』対象が人かアヤカシかというのは歴然の違いがある。外様に居る者はどちらも同じと語るだろうが、実行する者にとってはそうではない。
「そうですね。やるなら速攻を決めた方が後腐れも無いですし」
 竣嶽と内面の上で対になっているのは、彼女の友人である蛇丸(ia2533)。彼自身、今回のように誰かの意図に乗って人を殺すのは初めてであるが、『殺人』そのものにおいては既に麻痺してしまっている。
「‥‥んー、仕掛ける前にあちら様から動いたみたいね」
「‥‥妙だな。気付かれるようなヘマはしてねえが」
「まだ気付かれたと決まったわけではないですけど‥‥」
 それぞれ共通する部分などまるでないが、そこは同じくシノビ。紅蜘蛛(ia5332)、萩 伊右衛門(ia6557)、夜魅(ia5378)が一様に同じような反応を示した。竣嶽と蛇丸が見れば、詐欺マンも同じような表情をしている。この辺り、シノビ達の感覚的な違いでもあるのだろうか。
 シノビ四人が違和感を覚えた直後に建物内に明りが灯り、会話と共に六人の人影が扉を開けて庭へと出て来た。内四人は眠っていた筈だが、その表情は引き締まっている。腐っても開拓者と言ったところだろうか。その中で際立つ小柄な姿――依頼主からの情報と事前調査を照らし合わせるに、彼が直属のシノビだろう。その彼が口を開く。
「六人程そこに隠れていますね。僕らは逃げも隠れもしませんから出て来なさい」
 唯一、全身黒装束で年齢が分らなかった彼だが、声が明らかに若い――というよりも幼い。男性とは聴いていたが、これは声変わりしているかも怪しい年齢ではないだろうか。
 どちらにせよ、既に先制攻撃の機会は逃した。裏に周った二人が発見されているかは分らないが、ここは堂々と出てしまった方が得策だ。庭で相対する事になった六人――此方の顔ぶれを見て、シノビは頷く。
「開拓者‥‥成程。王に知られていないのが分れば充分です」
「私達が居る事、何故気付きました?」
 刀の柄に手を掛けながら竣嶽。昼間の調査で見咎められたとしても、今発見された理由にはならない。その彼女に、これ見よがしに溜息を吐いて見せるシノビ。
「恐らく、貴方も力を使って我々を探っていたでしょう。それと同じ――例えば、式」
「そういうことでおじゃるか。そこは確かにまろ達の不覚」
 詐欺マンは簡潔な相手の説明に対し、むしろ依頼主から漏れたとかいうのでないだけマシであると安堵。
「‥‥私達に気付いておいて、何故逃げなかったです?」
「僕個人に関して言えば、仕えのシノビであると考えれば充分でしょう。彼らはまあ――この仕事を受けた時点で後が無い事を存分に理解してもらっただけですよ」
 夜魅の問いに、意外なほど饒舌な答え。
 仕えのシノビの忠誠心は並ではない。そして、その依頼を受けた残り五人は、ここで生き延びた所でいずれ陰殻という国そのものに消されるのが分っているのだろう。だからこそ、彼らは黙したまま此方の挙動を常に伺っている。
「それで、そろそろ始めたいのですが‥‥宜しいですよね?」
 そのシノビの言葉が、戦いの火蓋を切った。

「なんかさ、あっちはバレバレだったみたいだよ」
「こっちに気付いているのか読めねえな。逃げる気が無いのは有難えけど」
 一方で、裏に周った叢雲・暁(ia5363)とブラッディ・D(ia6200)。
 先程の会話は二人の耳にも入っていたが、即座に加勢すべきか打ち合わせ通りに動くか――シノビが此方にまで気付いているのか判断が付かない為、動き難い。
「どうしたもんかなあ」
「ハ――こうなったら遠慮はいらねえし、俺らも混ぜてもらおうぜ」
「いやいや、もう少し見ようよ。あの状況で伏兵警戒していないほど馬鹿じゃないでしょ、あっちも」

●違和感
 先手、蛇丸と夜魅。それぞれ標的は定めてある。
 迫る細身の黒い影に泰拳士が拳を放つ。
「――木葉」
 巻き上がる木の葉。夜魅の姿を掻き消したそれは難無く拳を避けさせ、そして容赦無く伸びる刀の切っ先。
「切り裂く獣よ!」
 だが、相手も同じく志体持ち。ほぼ近接に傾いている此方よりも、あちらの方が遠近備えている。即座に放たれた式が夜魅の腕を朱に染める。致命傷には程遠いが、太刀筋を鈍らせるには充分。その隙に刀の腹を殴り弾いた泰拳士は素早く離脱、姿勢を前傾に変えた。
 同時、サムライの一人に大剣を振り下ろす蛇丸。相手の武器は平均的な刀。なら、攻め手に周ってしまえば充分に押し切れる。交差する剣と刀、勢いが同じであれば重量のある大剣が押し切るのは必然だが――
「む――」
 その蛇丸を狙う矢。大剣ではこれを弾くのは無理と悟り、一度後退。
「‥‥不用意に相手をするな、彼らの技量は君達よりも上だ」
 やや離れた位置から指示を出すシノビ。その彼目掛け、一筋に伸びる手裏剣。だが、あっさりと避けられる。
「余裕でおじゃるな――」
「感情剥き出しのシノビなど、何の役に立つと?」
 手裏剣を放った詐欺マンの独り言に律義に返してくる。
 前衛は問題無いが、兎に角後方からの式と弓が邪魔だ。そして何より、敵の中心たるシノビがあくまで前に出て来るつもりが無いのが気になる。彼を落とせば他の士気は相当に落ちると思えるが――
「そもそも自分が無いような人に言われてもねぇ」
 とは紅蜘蛛の評。あからさまな挑発である。それを口にしつつ、一瞬でサムライの懐に潜り込む。鮮やかな動きで小型を閃かせるが。
「‥‥徹底した受け身、気に入らないわね。でも――」
 先程のシノビからの指示を忠実に守ったのだろう。首から上だけを完全に防御しつつ、全身を細かく刻まれるサムライ。だが、紅蜘蛛の腕力と小刀相手ならそれでも充分な防御になるが――
「――受け身に周るだけでは勝てません」
 ――所詮は受け身。それを崩せるだけの力を持ってくれば良いだけの話だ。薄く笑いながら身を引いた紅蜘蛛の背後から、一足で間合いを詰める竣嶽。直前の受けでサムライの態勢は完全に固まっている。素早く抜き放たれた斬撃が、彼の首を受けの腕ごと斬り飛ばした。
「そう、勝てない。だから勝てるようにする――水遁」
 瞬間、竣嶽の足元に違和感。拙いと感じた時にはもう遅い。噴き出した水柱が竣嶽の全身を押し潰し吹き飛ばす。
「ぐ‥‥雇われた者を何だと思っているのですかっ!!」
「どの道、彼らでは貴方方には勝てない。なら、使い捨てにしても大差は無いでしょう」
 全身に相当の衝撃が走ったが、激昂でそれを無視する竣嶽。返答は、対照的に徹底した静かさ。何なのだ、こいつは? 彼らも何故こんなのに諾々と従っているのだ?
「‥‥その辺りは私らの知ったこっちゃねえが‥‥大事な手駒だろう。使い潰してどうする?」
 後衛の挙動を伺いながらの伊右衛門の問いに、シノビは肩を竦める。
「資金は幾らでもあります。彼らの様な手合いを雇う伝手も幾らでもありますしね」
 ――妙だ。
 資金があるのであれば、もっと多くの人数を動員すればいい。質とてまだまだ上げられるだろう。目的に対して手段が中途半端すぎる。依頼人の妹は、本当に賭試合を妨害したいのか?
「まあ、とは言え一々雇い直すのも面倒ですし――僕も真面目にやるとしますか」
 そう告げると、シノビは腕を一振り。一瞬、彼の足元から砂が舞い上がり全身に纏い付き消える。背負っていた槍を構え一呼吸。
「‥‥だよねえ。NINJAたる者前に出なきゃ。出来れば全裸で」
「全裸で突撃かよ、そりゃ面白えや!」
 奇妙に明るい声。直後に陰陽師が音も無く倒れる。その首から上は、全くの別方向に転がっていた。
 裏より静かに接近を続けていた暁とブラッディ。拳が背を砕き、兜割が首を落とす。
 シノビ以外の全員の表情に、初めて動揺が浮かぶ。今までは抑えられていたのだろうが、二人倒され更に相手は二人追加。挙句に雇い主たるシノビの発言。これで動揺しない方がおかしい。
 だが、それでもシノビに頓着する様子は見えなかった。

●シノビの誇り
「さぁて――次はてめえだ!!」
 咆哮。次の標的を弓術師に定め、狂笑を上げるブラッディ。その様に気押されたのだろう、対応に戸惑った時点で彼の末路は決まっていた。弧を描いて飛来する手裏剣、それが弓を持つ彼の手元を抉る。停止、そして顔面を打ち抜く拳。鮮血に染まる狂犬。
 音も無く泰拳士に迫る夜魅。幾重にもきらめく剣筋が彼を惑わす。ここで無理にでも押し切れば彼にも勝機があったのだろうが、既にそんな気概は残っていない。徐々に全身を刻まれていく。
 再び大上段からの大剣。サムライもかろうじて対応はしているが、完全に押されている。助けを求めて隣を見ても、立ち直った竣嶽の猛攻にもう一人のサムライも完全に圧倒されていた。
「同業者だし思う所が無いわけじゃないけれど‥‥容赦しないわよ?」
「手加減して殺しをする程醜いものはないですね」
 サムライの相手はアレで充分。そう思い決めて紅蜘蛛はシノビへと迫る。彼女よりも小柄なシノビは答えと共に鋭い突きを放ってきた。想像以上に速いが、そこに伊右衛門が再び放った手裏剣が飛来。停止した槍が方向を変え、それを叩き落とす。
 微妙な間と差、更に迫る手裏剣。詐欺マンの放ったもの。必中に見えたが、更に槍が方向を変えそれも叩き落とす。その上、紅蜘蛛の斬撃すらも捌いて見せた。
 だが、まだ終わらない。背後から足元を狙い振るわれる暁の兜割。
「――甘い」
「うえ?!」
 こいつは後ろにも目があるのか。踏みつけで止められる兜割。ついでのように返す穂先で紅蜘蛛を裂き、後退させる。続き、建物の壁に蹴り夜魅に刻まれる泰拳士の背後に跳んだ。
「‥‥邪魔です」
 目的の為なら手段を選ばない。それは夜魅とて同じだったが、シノビの行動は流石に予想外だった。泰拳士の背を蹴り飛ばし、此方に吹き飛ばしてきたのだ。重なり合うようにして倒れる二人――仰ぎ見たのは槍を振り上げるシノビの姿。
「っ?!!」
 即座に身を転がす夜魅。だが、僅かに遅かった。泰拳士の胸を背後から貫通した槍は、彼女の脇腹を深く抉る。
 その光景、残ったサムライ二人にはどう映ったか。このまま戦い続ければ、雇い主に殺される。例え後が無いとは言え、今を生き残ろうとした彼らは間違ってはいないだろう。だが――
「‥‥申し訳無いが、貴方方を生きて帰すわけにはいかないのです」
 ――背を見せようとした瞬間に振るわれる刀。肩口から胸元まで斬り裂かれ、崩れ落ちていくサムライ。同じく、大剣で脳天から唐竹割にされた身体が地に落ちた。
「てめえは一体何なんだよっ?!!」
 ブラッディの拳がシノビに迫るが、回転する槍に阻まれる。
 ――狂ってはいるが、知性は充分にある。そのブラッディからして、シノビの行動原理はもはや意味が分らなかった。彼と同じく狂っているならともかく、シノビは理性においてここまでの行動を成している。
 軽快に動き回りつつ、水遁を伊右衛門と詐欺マンに放つシノビ。水圧に吹き飛ばされる二人を見もせず、迫ってきた大剣を避け、刀を弾き返す。
「答える義務はありませんが‥‥主の意に沿っている事だけは言っておきましょう」
 主というのは依頼人の妹の事なのだろうが、ここまでの彼の行動が意に沿うというのはどういう意味か。どう考えても賭試合妨害というのは建前としか思えないが、その目的が何処にあるのか全く読めない。
「‥‥それは本当に主の意なのですか?」
「どういう意味です?」
「その主を裏で動かしている誰かが居るのでは、という事です」
 槍の間合いを越えようと図る夜魅の脳裏には、アヤカシが関わっているのではないかという懸念があった。だが、シノビはそれを一笑に伏す。
「アヤカシに操られているなら、こんな事はしないでしょうね」
「意味分らないっての!!」
 迫る兜割は空を切る。絶え間無い波状攻撃にも、シノビは頓着する様子は無い。防戦一方に近いとは言え、これだけ捌き続けているのは驚嘆に値する。
「理解する必要は無い――察するに、貴方方を雇ったのは主の姉君でしょう。あの方、相当主に憎まれていますよ」
 ギルドに聴いたところによれば、依頼人は妹に何かしらの含みを持たせていたらしい。そこまでは分るが、それで何故この行動に走ったのかは理解出来ない。
 そして、何故か覆面に手を掛けるシノビ。取り払われたそこには、まだ十代半ばにしか見えない少年の顔。だが、瞳は鋭く、口元には冷ややかな笑み。
「僕のこの身は――あの方の為に」
「「「「「「「「??!!」」」」」」」」
 ここまで、意味の分らない事づくめであったが、それがここに極まれり。静かに呟いた彼は、持っていた槍を翻し己の喉元に貫通させた。流れ出す鮮血、声にならない言葉、最後に満足げに笑みを浮かべると少年はその生涯を閉じた。

●後味
 白み始めてきた空の元に広がる六つの死体。その内五つは彼らが成したもの。誰もが無言で、何とも言えない空気が漂っていた。
「――終わられたか。ならば後始末は我がする。汝らは帰り休め」
 空気を破ったのは、聞き覚えの無い声。振り向くと、黒尽くめの大柄な男が立っていた。
「蔓様より任されている。心配するな」
「本当にこれで良かったのでおじゃるか? 彼らの命を奪ってまで、その妹君の立場を護る必要は?」
「言いたい事は分る。だが、最初からコレはこういう仕事だった筈。それに、ここは陰殻だ」
 詐欺マンが絞り出した問いを切り捨てる男。
 八人全員、思う所はあった。だが、もはや男から返答を得る事は叶わないだろう。
 結局、依頼人の妹は何がしたかったのか――彼女の理屈の通らない行動に踊らされたのは、直属の少年であり死んだ開拓者崩れ達なのかも知れない。