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■オープニング本文 人間の顔。 目、鼻、口などが配置され、感情の動きを表現するに最も適した場所。 また、美醜という概念が集中する場所であり、多くの人間はより前者である事を望む――と言うよりも、後者を望む人間は特別な理由でもない限りは居ないであろうと思われる。 さて、その顔であるが。 自己や他者への評価に影響する関係上、美醜以前に負の感情を与えない造りであるのが望ましいわけなのだが、生まれ方を選べないように顔もまた選べない。両親から貰った顔である以上文句を言うのも問題なのだが、世の中そうもいかない場合がある。 そんな事情の人物が、何故か開拓者ギルドに駆け込んできた。 怖い。 その人物の評価を一言で纏めると、そうなる。 厳つい。岩のようだ。 表情も硬い上にきつい。 実際の所、顔の造り自体は悪くない。ただ、前挙の理由と更に細々とした傷跡があるので、相乗効果で威圧感抜群。 挙句の果てには身体も大きく、鍛えているのか筋肉隆々。 何だこの人は? 何処かの武家の人か? 或いはヤ印? 開拓者かとも思ったが、そういう感じでもない。 「えーと‥‥どういったご用件でしょうか‥‥?」 開拓者ギルド受付にて、そういった人物の訪問を受けた標の第一声。この人物、受付に突進してきてから一言も喋らないのだ。 それを受けて口を開いた怖い人。 「あ‥‥あの、です、ね‥‥ちょっと、相談したい事が‥‥」 声が小さい。口籠ってる。滑舌も悪い。 ――よく観察してみれば、顔や体格の割に妙に縮こまっている。何か、物凄く違和感。 「相談‥‥依頼という事ですか?」 開拓者にはもっと凄い見た目の者も居れば、逆に見た目は問題無いのに中身がアレな人も多い。そういう意味ではこの人物程度は気にならない。それよりも話が進まない事の方が問題だ。 相変わらずの調子で、おずおずと話し始める彼。要約するとこんな感じだ。 彼――茂吉。その容姿に反して、非常に大人しい――というか気弱な人物である。顔の傷は、幼少の頃に事故で作ったものらしい。 だが、人は見た目で判断する。その為、親しい人間も中々出来ない。内面を見てくれた人が居たと思えば、逆に容姿との剥離を馬鹿にされたりする。人によっては、威圧感のある外見を利用した悪い道へ誘おうとする者すら居た。 ――世の中そういう人間ばかりではないと思うが、茂吉の周囲にはそういう人間が居なかったのだろう。根本的に不幸なのか。 それでも彼はめげずに生きてきた。甘いものが好きであり、それが高じて修行を積んで遂に甘味処を開く事となった。 だが、腕は問題無いのだが、容姿が問題である。それ以上に、彼の生来の性格が客商売に向いているとは言い難い。開店しても、客が付いてくれるか怪しい。 色々悩んだ結果、様々な人間に接触する仕事をしている人物に教えを乞おうと考えた。そして、選んだ先は開拓者ギルド。 「‥‥あー‥‥ちょっと待って下さい。開拓者に依頼ではなく、私にって事ですか?」 「は、はい‥‥勿論、他の方、でも構わな、いのですが‥‥」 ここに来るだけでも相当の勇気を振り絞ったのだろう。協力してやりたい気もするが、ギルド受付は暇ではない。まして北の戦争の件がある。下手に人手を減らすわけにもいかない。 標が悩んでいると、茂吉は依頼金を置いて懇願し出した。半泣きである。 「んー‥‥それって、別に私じゃなくても良いのですよね?」 「え? あ、は、はい。協力し、てくれる方が居れ、ば‥‥」 開拓者の全てが戦争に絡むわけでもない。討伐依頼以外を好む者も居る。なら、其方に回した方が良いだろう。人が集まらなければ、自分が手伝ってやればいい。 ――その後、依頼の詳細を相談して纏め、依頼書完成。 「人間顔じゃないとはよく言いますけど‥‥中身に気付くのにまず容姿が重要視されるんですから、皮肉なものですよね」 そういえば、と、外見麗し中身悪しという知り合いが居たのを思い出す標だった。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
蒼零(ia3027)
18歳・男・志
小野 灯(ia5284)
15歳・女・陰
夜蝶(ia5354)
18歳・女・シ
陛上 魔夜(ia6514)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●笑顔 外見と中身が激しく剥離している男性、茂吉。 彼が甘味処を開く事において、これは有利なものではない。 容姿については改善も何もない。変えるべきは内面。但し、本質的に善人である茂吉の場合、変えるというよりも方向性を修正してやるのが一番だという結論が出た。 もう一つ、彼が開く甘味処の宣伝。 此方に関しては、経費が無いので大掛かりな事は出来ない。何より、茂吉が接客をある程度出来る様にしてやらないと幾ら宣伝しても客が付かない。 なので、この二つの要件は実質的に同じもの。 「客商売で必要なのは会話だが、まず声が出なければ話にならん。店に入って良い声で迎えられるのと、反応が無い店では雲泥の差だ。まずは客を迎える練習と声を出す訓練を兼ねてやってみると良い」 一通り自己紹介、そして茂吉が開拓者達に慣れる為に雑談をした後に提案されたのは、王禄丸(ia1236)のそんな言葉。 流石に王禄丸も牛の面は外しているが、代わりに素面に見える精巧な面を付けている。勿論、表情などは表せないので素顔で無いのは分るのだが、茂吉は一切気にしなかった。彼自身が容姿に問題を抱えているので、その辺りに寛容なのだろうか。 「‥‥それに、表情だな。僕に言えた話ではないが、与える印象はまるで違う‥‥これまでの経験で他人を伺う癖が出てしまうのだろうが、そういった表情は良い印象を与えない‥‥とりあえず、笑ってみると良い‥‥こんな風に」 もう一つ提案、此方も容姿に関しては問題を抱えている蒼零(ia3027)。彼も顔の造り自体は悪くないが、刺青や失明の影響で変色した左目の関係で、避けられる事もある。何より、蒼零自身も人見知りが激しい事もあり、茂吉への思い入れは強い。 ただ―― 「あ‥‥あの、無理しなくても良いですよ。おっしゃっている事は、分りますから‥‥」 笑顔を見た茂吉に止められてしまった。親しい人間に対してしか笑顔を向けない上に、その笑顔も微笑に近い。多分に無理が出ているのが分るのか、逆に心配されてしまった。 「蒼零は無理をしているかも知れんが、作り笑顔でもやってみるものだぞ。限度というものはあるが、形から入り馴染ませていくのもまた手だ」 生来、そして経験から生み出された性格をそうそう変えられるものではない。まず形から入り、良い方向への道筋を付けてやる。蒼零の笑顔や王禄丸の言うのはそういう事だろう。 「声や表情もそうですが、後は姿勢ですか。背をしっかり伸ばし、前を見る。話す際はきちんと相手の顔――特に目を見て下さい」 此方はやや厳しめの対応、陛上 魔夜(ia6514)。彼女とて生来のものが簡単に変わるとは思っていないが、引き受けた以上は出来る限りやる。茂吉が此方に慣れてきたのであれば、やる価値は充分にあるだろう。他の面子によって充分に良い方向へ向かうなら、其方に任せるつもりではあるが。 そんな中、部屋の襖を明け放ち跳び込んできた小さな姿。 「おかしすごくおししかったのっ、それにすごくきれいだったのっ」 小野 灯(ia5284)。喋り方から分るだろうが、明らかに子供である。但し、ここに居る以上立派な開拓者の一人。少女は満面の笑顔で、宣伝に使う為に茂吉が試作した甘味の感想を語っている。続いて入ってくる、対照的に大きな姿。 「カカッ、中々やるじゃねえか。あれだけのモン、そうそうお目に掛れんぜ。灯もご満悦で何よりだ」 小野 咬竜(ia0038)。分るだろうが、灯とは親娘である。深紅の髪や纏う明るい雰囲気が灯と共通しているが、実際の所は血の繋がりは無く養女という立場になるが、そういった複雑な事情は伺えない。当人達もそんな事は気にした事も無いだろう。 「ありゃ確かにかなりいけた。てか、喰い過ぎだろうよ。俺のまで取られるところだったぜ」 咬竜に続いて入ってきた少年は何故か呆れ顔。同じく試食してきた酒々井 統真(ia0893)だが、彼の感想も実に好評。ならば何故呆れ顔なのかと言えば―― 「灯は育ち盛りだ、喰うのは悪くねえだろ?」 「女は甘いものに目がねえつうけど、歳関係ねぇのな‥‥」 笑いつつ娘の擁護に周る咬竜に、統真は折れる。統真にとってはこのやり取り、意図的なものでもある。茂吉が現在の様な状態になったのは、多分に周辺の人間に問題があったからだ。要するに人間不信の気。そういう人間に対しては、ごく普通のやり取りの中に居させるのが良い。 「――この廃材、使わせてもらって構わないか? ビラの類を使えないのなら、多少なりとも目立つ物を作りたいのだが」 庭先から声。顔を出したのは、廃材を抱えた天目 飛鳥(ia1211)。抑揚が無く愛想も余り無い彼だが、内面的にはそうでもない。何より、当人の気質が茂吉に親近感を覚えている。 「ええ、構いません、けど‥‥目立つ物っていうのは‥‥」 これでも、茂吉は慣れてきた方である。最初はまともに会話できるかも怪しいくらいだったのだから。 問われた飛鳥は、店を建築した際の廃材を置いてから薄く笑う。 「手持ちの看板とかな。口だけで言われるよりも目で見た方が早い事が多い‥‥ついでに、店主の顔を愛嬌のある感じにした絵でも添えたいところだが」 最後は多少照れも混じっている飛鳥。その言葉にどう返答しようか迷っていた茂吉だが、纏わり付く灯に顔をぺちぺちと叩かれつつこんな事を言われた。 「へーきへーき。おかお、あすかがかわいくかいてくれるの」 「‥‥そういうものが描いてあれば、興味を持つ者は増える‥‥その姿と甘味の巧みさ、穏やかな質――接客が問題無くなれば、充分に武器になる」 蒼零の後押しもあり、了承。それを受け、飛鳥は早速簡単な図面を引き始める。 「‥‥あの‥‥俺、どうしても覆面を‥‥外さなければいけないのでしょうか‥‥」 遅れて部屋に入ってきた、細身に鼻筋まで覆った黒装束という姿の女性が呟く。夜蝶(ia5354)という名のシノビ、無表情だが言葉がかなり困った風。いきなりの台詞に約一名以外首を傾げるが―― 「やちょー…おねがい? だめ…?」 ――夜蝶の前まで歩いてきた灯の上目使い。夜蝶、表情は全く変わらないが、それなりに困っている模様。 簡単に説明すると、常に顔の半分を覆っている夜蝶であるが、その姿からでも顔立ちの端正さは見て取れる。覆面を取ればそれは更に際立つわけで、宣伝の際には素面でやってほしいとのお願いであった。 夜蝶自身、別に覆面を外す事自体には抵抗は無い。但し、自分が覆面を外さなければいけない意味が分らないだけ。容姿に拘りが無い彼女らしいと言えばらしい。 「まあ、あれほどになれとは言わんがな――笑っている姿は良いであろう?」 「そう‥‥ですね」 灯の姿を例え此方も笑う王禄丸と、だ硬かった表情をほころばせる茂吉。 「俺の娘だ、良い笑顔に決まってんだろ! 笑うってのは良い事だぁな!」 娘自慢と茂吉への激励を兼ねた咬竜の言葉。 そんな大人達の中、灯がきょとんとした不思議そうな表情を浮かべていた。 ●宣伝準備 甘味処の宣伝。 店を出すところまでこぎつけた茂吉は立派であるが、客を呼ぶ為の手段や資金を全く確保していなかった辺り、対人関係への不慣れが響いている様子。開拓者へ払うお金を其方に回す手もあったのだろうが、それを出来ないのが茂吉であるし、他者を雇うのも一つの手段ではあろう。 店の立地に問題は無い。普通に人通りのある所だ。 ビラなどを使った手段が取れない以上、やるべきは店に出す甘味の味を知ってもらう事。それを人づてにどんどん伝わらせる事だ。評判が良ければ、自然人は集まるもの。その上で、茂吉が容姿に負けない接客が出来れば完璧である。 そこで上がった案が、紅葉狩り客を狙った出張店舗である。開店と同時に宣伝を行うのはやや遅い上、茂吉の精神的負担も大きい。それなら、事前練習の意味も込めて主も客も肩肘の張らない場所での宣伝を行った方が良いだろう、という事になった。 茂吉にとっては、その為の菓子造りや接客の練習など非常に忙しい日々ではあったが、元々が真面目な彼だからして、非常に充実しているように開拓者達には見えた。 「客とて身構えるものだ。それを和らげるのが店主の役目――外見が威圧感を与えようが、接してみて気持ちの良い漢であれば逆にそれが良き材料に変わる。ふむ、大分声が出るようになってきたか。自分にはやれると思いきるのも良いぞ」 「姿勢もかなりマシになってきましたね。後は基本的に一期一会である客に対して同じように対応出来るかですが‥‥それは今度の紅葉狩りの時ですね。慣れてきたようでしたら、今度はもっと自然に出来るように」 接客を中心とした対人練習は王禄丸と魔夜が中心となり。 「ほォ‥‥その様な事があったか。気にする事は無いぞ、現に少し慣れれば俺達と問題無く会話で来ているではないか。ほれ、もう一杯呑むと良い。イケる口ではないか!」 夜は咬竜が主に相手となり、酒を挟んだ雑談に終始し。 「今度ここで開店する甘味処の職人兼主人があの人だ――感想は?」 「あの‥‥あの人、本当に堅気ですか?」 「見てくれだけならそう思うかも知れないが、造る菓子は本物だ。雇われて手伝っている俺も、あの手付きや感性、それに人格面を充分に保証出来る。現にだな――」 「もきちー‥‥あたらしいのできたー?」 「へえ、こりゃまた良い匂いじゃねえか。見た目も良い感じ――あ、喰って良いの? じゃ頂きっ」 「あー! とーまばっかりたべちゃだめー!」 「あの‥‥あの子達は?」 「同じく雇われている者達だが‥‥存外、彼の造る菓子を気に入ってな。新作の試食などを任されている」 飛鳥手製の看板などで訪れた人達をこっそり厨房見学などに誘ったり、灯と統真は新作試食兼茂吉が肩肘張る必要の無い立場として接したり。 「あの‥‥二人とも‥‥食べるのは良いのですが‥‥もう少しゆっくり‥‥」 「‥‥この短期間でこれだけ造れるとは‥‥流石」 「え、と‥‥お二人も、食べますか?」 「あ‥‥はい、頂けるのでしたら」 「僕は甘いものは得意ではないのだけど‥‥うん、これは甘すぎなくて、良い」 夜蝶と蒼零は半ば保護者状態だが、夜蝶の不思議かつ端正な容姿は見学者の興味を引くには充分であり、本来であれば引かれる容姿の蒼零だが、その姿で不器用に顔をほころばせる姿も印象に残る。 ――数日そんな日々が過ぎ、そして出張店舗の日がやってきた。 ●きっかけ 出張店舗当日。天気気温共に外出には最適の日。紅葉麗しき道。 現れた九人の集団は、はっきり言って思い切り浮いていた。 統一性の無いのが一番問題だが、それ以前に看板や机などを抱えていれば嫌でも浮く。尤も、茂吉以外はあまり気にした風でも無かったのだが。その茂吉にしても―― 「あの辺りで開いてみては如何でしょう? 丁度、大きな木と木の間ですし人も集まり易いかと‥‥」 ――と、何気にやる気を見せている。 茂吉の選んだ場所に簡易店舗を設置し、出張店舗開始――したのだが、集まってくる人々の菓子に対する反応はともかく、茂吉に対する反応は芳しいものではなかった。やはり、恐れが払拭しきれていないのだろう。 「‥‥顔を上げて前を見なさい。声も出して。その態度は自身と自身の造った菓子を侮辱しているのと同じですよ」 幾度か繰り返した魔夜の言葉だが、直ぐに実践出来るならこんな状況にはなっていないだろう。魔夜もそれは分っているが―― 「参ったな‥‥菓子の評判は良くとも、当人がまだとは‥‥」 当人を見て菓子に手を出さないのであれば対処のしようもあるのだが、この場合は茂吉に頑張ってもらうしかない。呟いた蒼零も手を出しあぐねていた。 「むう――他人の目を気にし過ぎだ。確かに俺や茂吉は目立つが、そんなものは最初だけだ。此方が普通にしていれば、周囲も自然に受け入れる。変に肩肘張らずとも良い。深呼吸でもしてみろ」 同じく巨躯で目立っていた王禄丸の方は態度が自然なので、それほど避けられる様子は無い。つまりはそういう事。茂吉にもそれは分るのか、言われた通りに深呼吸をして落ち着こうとする。 「おう、こっちは持ってたの全部配り終わったぜ――って、この葬式みてえな雰囲気は何だよ?」 咬竜、灯、統真、夜蝶、一口で食べれる大きさにした菓子を配り終わり帰還。豪放な漢、可愛らしく明るい少女、元気な少年、愛想は無いが端正な顔立ちの女性、という組み合わせは、菓子配りにかなり貢献した模様。だが、大元が沈んでいては意味が無い。 「うしさん、もきち、どしたの? げんきないよー」 心配した灯が近寄り、王禄丸は苦笑い。茂吉は力の無い笑みを浮かべている。 「あちゃー、まだ早かったのかコレ?」 「どう‥‥でしょう? 茂吉殿自身‥‥やる気は充分だった――なら、きっかけさえあれば‥‥」 統真の言葉に答える夜蝶は正しい。結局の所、もう一つだけ何か必要なのだ。灯と穏やかに会話をする茂吉の姿は周囲の人間の認識を変えつつあるが、まだ足りない。 そしてそのもう一つは―― 「‥‥良いものには再度客が訪れる――認められる店の証明だ」 ――看板を抱えた飛鳥と共に訪れた。彼の背後には、数組の人間が列を作っている。誰にも見覚えが無い面子だが、飛鳥が以前に厨房を見学させた面子だった。 表には出さないものの、飛鳥はこの件には相当入れ込んでいた。だからこそ看板を持って歩き、厨房見学をしてくれた者にはこの日の事を逃さず教え込んでいたのだ。そして、それが今日実を結んだ。 厨房見学をした者達は、実際には菓子を口にしていない。彼らが見たのは茂吉の色々な姿と、そそられる菓子が造られる姿だけ。だからこそ興味が増幅された。 ――話を聴き純粋に茂吉の腕を求めてやってきた客の姿。開拓者達の言葉にも後押しされ、再度やる気を取り戻す茂吉。 その後は、語る必要も無いだろう。この日の為に用意した菓子は瞬く間に無くなり、店の開店を激励する言葉が多く残されていった。 「‥‥人の姿、感情、対人‥‥すれ違うのは常‥‥難しいもの、だな」 「覚悟して跳び込むか‥‥忘れ忘れられる事を望むか‥‥僕も人の事は言えないか」 「もう少し時間がいるでしょうが、あの様子なら徐々に良くなっていくでしょうね」 「目がある以上見た目は切り離せんよ――だが、それを越えた所に意味がある」 「そういうもんかー、俺は見た目そこまで気にならねえけど。つーか、職人って結構接客駄目なの多くね?」 「問題無い――彼はそのきっかけはもう掴んだ。あそこまでやった強さが今度は彼の武器になる」 「おみやげー、もみじとおかしとー‥‥とーさま? かーさまよろこぶ?」 「おう、灯の土産とくりゃ、尚更だ! つか、微妙に違う菓子混じってねえか?」 「うしさんのもいっしょー」 激励を残した帰路、開拓者達のそんな会話が続いていた。 |