表裏・反転
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/06 18:47



■オープニング本文

●祝福の儀
 ごくごく小さな村がある。
 村民の総数三桁にも満たず、極端に大きな喜びも頻発しなければその逆も然り。
 平和と言えば平和とも言え、また退屈と言えば退屈であろうそこ。
 その村で、大きな喜びの部類に入るであろう出来事があった。

 若い二人の結婚式。

 大概は祝福されるであろう『儀式』であり、それはこの村の住人にとってもまた同様に祝うべきものであった。そして、現に老人は目を細め壮年は後継者を願い若者は少しの嫉妬と恋愛成就に己を投影し年端もいかない者は意味が分からずとも常と違う村に沸いた。
 村人各個がどういった内心であろうが、行き着く先は『祝福』であった。それは間違いない。現に場は笑顔で包まれていた。

●表裏
 どんな物事にも常に両面がある。
 少なくともヒトの世で起きる事象は両面を備えており、そうでなければ成り立たないように出来ている。引っ繰り返してみて裏に何もないようなモノなど、根本的に無価値であるしそもそもそんなものに価値を見出すような者もそう居ないだろう。
 結婚式からひと月経ったその日。
 村は落胆、悲嘆、落涙――表現方法は様々あろうが、そういったものに包まれていた。
 何があったのかと言えば、これまた単純。
 花嫁が死んだだけの話。
 生者が死者に、喜びが悲しみに、笑顔が涙に、婚姻儀が葬列儀に――村の中にあったものが、僅か一カ月の間を置いて見事なまでに反転した。

●復讐
 開拓者ギルドというものがある。
 その場所がどういうものであるか、というのは話の本筋には全く無関係であるので省略するが、そこに群れている者については無関係ではない。
 開拓者。
 各個人の背景は置いておくとして、良く言えば一般人の手に負えない物事に対処する有難い人々。中立的に言えば何でも屋。酷い言い方をすれば平均から逸脱した連中。
 当然ながら彼らとて職業としての開拓者である以上、基本的には無報酬で動いたりはしない。この辺りは良い悪いの問題ではなく、当たり前の話である。
 その彼らが所属するギルドを、ひと組の男女が訪れた。
 互いに決して裕福には見えない格好であり、大都市部に慣れているようにも見えない。朴訥さが滲み出る青年と地味かつ大人しそうな少女――青年はどこから集めたのやら、個人が持ち歩くには厳しい額の金をギルドの受付に投げ出し――

「これで、俺の妻を喰い殺したバケモノを殺してくれ」

●裏返したモノ
 青年は夫――要は死んだ花嫁の番い。
 少女は夫婦の親友――番いを失った青年を支えるもの。
 三人は幼馴染であった。
 妻が殺された現場を目にしたのは、親友である少女。
 その日の夜、夫は村の男衆による寄り合いに出席する為に家を空けた。
 妻は夫婦共通の親友である少女に女同士の相談があると頼まれ、良い機会としてその日の夜に彼女を新婚の巣へと招いた。
 同年代でまだ浮いた話一つ無い親友の事――妻はいよいよ友にも春が来てその相談ではないか、と思ったのかもしれない。
 だが、妻がどう思ったのか、知る術は既に無い。
 寄り合いから酒の匂いを染み込ませて家に戻った夫が見たのは、涙を流しながら壮絶な表情で息絶えている妻と、その横で意識を失っている親友の少女。酔いも綺麗に吹き飛んだ夫は、妻の死亡を確認した後に当然ながら最初に彼女を起こし、何があったのかを問い掛けた。
 何故か、包丁を握ったまま気絶していた少女は虚ろな瞳を、高い天井へと向ける。
 其処に居た――有った――どう表現してよいのか迷うが、居たのだ。半透明でゆらめくソレ。
 夫や親友よりも、さらに貧しい格好。
 地味で大人しそうに見える容貌―――そこに、亀裂が走った。奥が真紅に染まる亀裂――後日、夫はそれが笑みである事に漸く気付いたという。それくらい、それは異質だったのだ。
 その亀裂が、姿を消しながら紡いだ言葉。


 ――貴方の奥さんの絶望、とっても美味しかったわ――



 結果、村の全てが反転した。
 以降不定期に、夜になると村の男達が心を喰われ死んでいった。どういったわけか被害者は全て既婚男性であり、最初以外にあらゆる女性には被害が出ていない。
 どんな形であれ、仲間を殺されて黙っているほどヒトも馬鹿ではない。だが、相手は常識の枠外にある、しかも実体の無いバケモノである。
 故に、彼らはなけなしの財産を集め開拓者に願う。
 我らの幸せを裏返した奴に報復を、と。
 そして、その依頼を行う者に相応しいのが件の夫であり、親友であった。
 番いを失った男と、親友を失った女――支えあい以前よりも近付いた二人は頷く。


 依頼を受注したギルドは、それを霊体――幽霊の類であろうと判断した。それも、男女関係に深い怨念を残したモノが形を成したのだろう、と。
 ただ――少々、事件そのものがただの幽霊騒動と見えない部分もある――そう、ギルドからの依頼書には記されていた。


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
斬鬼丸(ia2210
17歳・男・サ
神崎 討也(ia4041
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●葬儀の村
 その村に入った最初の印象を述べろと言われれば、恐らくは全員共通で『お通夜状態』であろう。実際、村人が何人も亡くなっていれば当たり前の話なのだが、事故や自然死であればそれは時間を掛ければ程度の差こそあれ癒える。だが、これは癒えないものだ。亡くなった原因が捕食であり、それが明確な意思の元に行われている事。何より、ソレが現在進行形で続いているものならば尚更である。
「酷えもんだな‥‥とっととケリ付けてやんねえと拙いな」
 村をひとしきり歩いた開拓者一行の中で最初に口を開いたのは中原 鯉乃助(ia0420)だった。当人の性格上、暗さも無ければ他意も無いが、その彼ですらこう言いたくなる始末。一人言であったそれに、隣を歩いて同様に村の様子を観察していた少年――傍目には少女に見えかねないが――、真亡・雫(ia0432)が首を振る。
「仕方無いですよ。村社会ではやっぱり若い人が栄えてこそ安定が望めますし、それが結ばれたとなればもうお祭りでしょう。
 ‥‥それが引っ繰り返され、挙句に次代を担うべき子供を産み育てる既婚者のみが狙われ続けたのであれば必然的にこうもなります。鯉乃助さんの言う通り、解決は早めが望ましいでしょうね」
 でなければ、村そのものが何れ潰れる。ここは都ではない。一人づつの命の重さがまるで違うのだ。
「しかし――俺の気のせいかもしれんが、若い奴が殆ど見当たらない気がするんだが。子供もそうだし‥‥何だ?」
 雫と鯉乃助の後ろを歩いていた一人が口を開いた。鯉乃助と同様に鍛えられた体躯を持つが頭は一回り上にある青年、恵皇(ia0150)は村の活気の無さに別の面を見出していた。
 言われた二人は改めて村を散策した記憶を辿ってみるとなるほど、確かに中年から老年の年代の人間が大多数を占めている。
「まさか、おいら達が来る前に既婚者全滅とかになってねえだろうな」
「いや、流石にそれは無いかと‥‥」
 危惧を滲ませる鯉乃助に雫は考え込みながら返す。アヤカシとて一度に捕食する量は限界があるだろうし、そもそもそんな事態になっていれば村を捨てて逃げるなりの行動を起こしている筈である。
「こういった村で該当するのか少々分りかねるが‥‥人によっては遠方の縁戚宅へ避難されている者も居るかもな」
 恵皇の隣を歩いていた青年が、静かに口を開く。斬鬼丸(ia2210)という名の彼、雰囲気や容貌、口調などから鯉乃助らと同年齢に見えかねないが、実際のところは雫と同年代で少年と言っても差し支えなかったりする。
「逃げるのであれば、さっさと逃げた方が良いだろう。居ても面倒になるだけだ」
 続いて放たれた斬鬼丸の台詞に、流石に残り三人は顔を顰めた。別に彼は間違った事は言っていないし、だからこそ三人は特に反論はしなかった。ただ、もう少し言い方を考えろとは思ったのだが――そもそも、斬鬼丸自身は村人を揶揄しているわけではない。悪気も無くある意味裏表の無い正直者であると道中で理解していた三人は、話題を即座に切り替えた。
「まあ、とりあえず俺は依頼主の所でもっと詳しい話を聴いてくるが‥‥二人はどうする?」
「あ、そっちおいらも行く」
 恵皇の提案に手を挙げたのは鯉乃助。それを確認した雫は、自分まで行く必要も無いかと優先事項を切り替え、己に別の役割を課した。斬鬼丸は無言で雫の傍らに立つ。共に行くという事だろう。
「では、僕は他の被害者の事を当たってきます。依頼書ではその辺りの詳細が無かったですし」
 二人の青年は素の性格なのかは不明だが、多少真っ直ぐすぎるところが気になる雫。勿論、二人共彼よりも一回り上の人生経験があるのだから、心配し過ぎは無礼だろうとも思う。
 尤も、年長者二人からすれば雫も充分心配するべき対象になっているのだが。
「ああ、済まないが頼む。ついでに、今残っている既婚者の確認もしておいてくれると助かる」
「分りました。鯉乃助さんは何かありますか?」
「んー、あるにはあるが‥‥ちと細けえからなあ」
 手招きで雫を呼んで自身の懸案事項を伝える鯉乃助。それを反復で確認した雫は、そういえば、と首を捻った。
「あの、統真さんは何時村に入られるんです?」
「俺達より少し遅れて入るとは言ってたな‥‥何か、気になる事もあるようだったが」
 恵皇も詳しい話は聞かなかったが、幽霊という面倒なアヤカシが相手である。まして時間も手も少ないのであれば、やれるうちに何でもやっておくべきだろうと考えていた。
「彼にも考えはあるのだろう。問題はどこで合流するかだが‥‥まあ、狭い村だ。勝手に此方を見付けるだろう」
 肩を竦めて斬鬼丸。後で依頼主の家に集まる事を取り決め、彼らは二手に分かれた。

 一方。
「こりゃ、外れか――ま、しょうがねえ」
 村外れ、外周、近場の森にまで足を延ばしてアヤカシの潜伏場所を探っていた、開拓者一行の残り一人である少年、酒々井 統真(ia0893)は嘆息していた。
 村に入る前に単独で動いた純真であったが、少なくとも彼の確認出来る範囲でアヤカシが村の周囲に潜んでいる形跡は見付けられなかった。
 ギルドの依頼書から恐らく『幽霊』であろうとされるアヤカシであるが、その呼称はそもそも普遍的な意味での幽霊とはまったく異なる。あくまで個体の形状や特性が幽霊に最も近いからそう呼称されるだけで、何かしらの手段なり現象で固定化したモノなのだ。
 当然ながら、幽霊と呼ばれるソレもれっきとした個体であるが故、どこかに潜伏しているのは確実なのだが――
「流石にこれ以上離れていると村の様子を伺うのは無理だろうから‥‥中か」
 結論としてはそうなる。別の可能性として『延々空で留まってる』というのもあったのだが、例えそれを発見した所で手の出しようが無い上逃げられる。なら、当たりを付けて待ち伏せた方が確実として除外した。
「もう一つの方も外れ臭えしなあ。いい加減、村入るか」
 もう一つの方――男の不貞から端を発する逢引の場所――統真の予想で探してみたが、狭い村であるからして、そんな場所は少し村から外れれば腐るほどある。野外でするには少々問題のある行為に及ぶ事を想定すると、逆に今度は村内部に範囲が限定されてしまう。
「――先に入った連中が、何か良いネタ見付けててくれれば良いけどなっと」
 膝を一つ叩いて心機一転、まだまだ時間はある。正直の所、男女の愛憎に絡む物事は苦手極まりない統真であるが、自身が望んで受けた依頼である。己が弱点克服の為にも、と気合を入れ直して村の入口へと向かっていった。

●疑念
 事の発端の場所であり、依頼をしてきた青年の持ち家――大きくはないが、構造の関係上天井だけは異様に高い――ここに幽霊が現れたとすれば、比較的自由に動き回れるだろうと予想される。
 この場に居るのは合流した五人と青年のみ。少し前まで少女も居たのだが、恵皇が尋ねた事が原因で逃げてしまったのだ。

「間違ってたらすまないが、あんた、子を宿してないか?」

 ――悪気は無いのだが、明らかに言外に親友への嫌疑が含まれている。そして、反応としては自然なのだろうが――
「‥‥確かに妻が死んで以来、俺と彼女の距離は縮まりましたが結婚するとかそういう事にはなりません。彼女もそういうつもりは無いでしょうし」
 ――本当にそうか? と鯉乃助は思う。確かに青年の方には無いのかもしれないが、あの少女は果たしてどうか?
 青年と少女への聴き込み及び村内部での情報収集も既に終わっている。問題は、それの突き合わせを何処でやるかなのだが――
「村には宿も無いですし、この家を使って下さい。俺は解決するまで彼女の家に泊めてもらいますから」
 口調こそ丁寧にしているが、青年の目は冷たい。妻を失った上親友に嫌疑が掛けられたとなれば、こうもなるだろう。一行に女性が居ればもう少しうまいやり方もあっただろうが、居ないものはどうしようもないのである。

 最初に村に入った際に感じた違和感であったが、斬鬼丸の予想が当たっていた。村に戻った青年が、既婚者全員を他村の縁戚へ避難させるよう村長に提案したのだ。渋った村長であるが、青年の「これで狙われるのは俺一人」という玉砕覚悟にも似た台詞に諦め、提案を呑んだ。これは開拓者達にとっても有難い事であり、重点的に守るべき対象が一人になったのだ。
 十人に至った被害者に既婚者男性という共通点以外は見受けられない。不貞を働いた形跡も無い。そもそも全員が不貞を働いているなど、常識的に考えて有り得ない。
 三人の間に関しても、少なくともあの二人が語る限りでは何も無い。村人の証言も同様。少女が持っていた包丁についてはアヤカシが出たので、台所から持ってきたらしい。結局、使う事無く気絶させられたらしいが。相談については旅行の行き先相談との事。
 アヤカシに関しては最初の件以降は、全ての被害者を身体ごと喰らっているらしい。その差が何なのかは不明――そもそも、何故最初だけ女性なのか? そこが一番の問題だった。因みに幽霊が消えたと天井辺りをよく見ると、人一人分程度の穴が確かにあった。
「どうも、あの女性気になりますね」
 雫が呟いた言葉は全員に共通するものだった。だが、あの少女はアヤカシで無いのは確認しているし、妻の遺体にも外傷はなかったそうだから直接的に何かをした、という事は無いだろう。頷いた鯉乃助が続ける。
「あの旦那も何か引っ掛かるな‥‥狙いを自分一人に絞った癖に、何で友達の家に泊まる?」
 巻き添えを出したいような手合いにも見えないし、妻を失って刺し違えたいのであればそれこそ一人になるだろう。
「とりあえず、現状張るべき場所ははっきりした――彼が囮になってくれるのなら、存分になってもらおう」
 ともあれ、行動指針ははっきりした。それを告げた斬鬼丸に、全員が頷きで返した。

●断罪
 深夜――親友宅で眠りに就いている青年の真上に人影――青年をそして村を反転に追い込んだ元凶の姿がそこにあった。
 ニタリと容貌に亀裂を刻み、か細い手を青年の顔に伸ばし――止まる。
「隠れ場上げたのに、何してるの」
 明らかに眠っていなかった親友の少女は、幽霊を眼の前にしても全く動じていなかった。
 振り向いた落ち窪む眼窩。対象を認識はしているのだろうが、そこに親愛の情など欠片も無い。
「‥‥その人だけは襲わないでって」
 少女の訴えに対する返答は微笑――それはあの日まで毎日のように見ていた親友のそれ。
「あ‥‥」
 ――ああ、そっか。私、結局裏切った友達に裏切られたんだ――
「「させるかよっ!!!」」
 幽霊が少女に手を伸ばそうとした瞬間、家屋の薄い壁を粉砕して二つの影が同時に飛び込んできた。影が打ち込んできた二種の拳に目を剥いた幽霊はかろうじてそれを避けると、天井付近まで退避した。
「多少、予想は外れたが掠ってはいたのか――どうせなら大外れを期待したんだがな」
「おいらも同感。ま、その辺は後回しにしようぜ」
 油断無く身構える二つの影――恵皇と鯉乃助。茫然自失の少女と何が起こったのか把握していない青年は、扉から入ってきた雫と斬鬼丸が確保していた。斬鬼丸は背後に二人を庇いつつ幽霊を見上げ。
「――事情の説明が欲しいのだが?」
 瞬間、幽霊が破顔――実に耳障りな重複哄笑を響き渡らせた。少女が真っ青になって止めようとするも、それを留めたのは意外な事に事態を把握した青年だった。
「‥‥良い、何となくは分ってるから」
 青年の言葉に蒼白になって膝を着く少女。隠し通せると思ったものが、既に大方悟られていた事実が、全身の力を抜けさせた。
「喋る口も頭も無いのか――まるで喋れんわけでもないと思うのだがな」
 ――男は殺す。
 返答は至って明快――いや、恐らくは返答ではないのだろう。こいつは此方を見ているようで個々人を見ているわけではない。
 口を開かないまでも状況判断は可能らしく、幽霊は素早く天井から外へ逃げる動きを見せる。逃すまいと全員が腰を落とした直後――天井を豪快に叩き割って統真が降ってきた。
 ――っ?!!
「逃がすわけねえだろ、てめえはここで消えやがれ!!」
 降下速度を乗せた渾身の拳――それに幽霊を纏い付かせたまま床へと叩きつけた。目だけで合図した統真が飛び離れた瞬間――四種の攻撃が立て続けに叩き込まれ、悲鳴を上げる間もないまま幽霊は黒い塊を撒き散らしながら四散――そしてそれも直ぐに消滅していった。

●やり直せる事を祈って
 アヤカシ消滅――これで依頼は完遂した事になる。だが、あの二人に関してはもはや誰にも口出し出来ないものになっていた。
 結局、少女は旅に出ると言った――それが贖罪なのか自己を慰めるためなのか或いは逃げなのか――答えが出ない限りは、自身を許す事も罰する事も出来ないだろう。
 彼女は姿を消す前に、自身の知っている全てを開拓者と青年に打ち明けていった。
 親友の殺害を思い立ったのは衝動的なもので、俗な言い方をすれば三角関係のもつれと言ったところか。ただし、少女から青年への一方的なもの――しかも横恋慕。結婚式の二人を見て箍が外れたらしい。
 問題は、そこにアヤカシが偶発的に表れた事。
 何故、あの幽霊が妻だけを喰らい少女を放置したのか。挙句に少女の家に匿われる形になったのか――少女は、アレは最後以外敵意を向けなかったと語ったが、そこにアヤカシなりの計算があったのかは誰にも分らない。同じような男絡みで何か共感でもあったのか――違ったのは、敵意を向けた対象。結局、支離滅裂な行動が多数の負の感情を取り込んでいく幽霊に相応しい、と結論付けられるくらいだった。
 青年の方はどうも、依頼を出す前から少女が何を思っていたかについては気付いていたらしい。答えは簡単――彼の家の包丁は一本しかなく、少女が持っていたのはそれとはまったく別のものだったから。
 だからこそ、自身を餌にしてアヤカシ退治を願った。妻を救えなかった、そして親友の想いに気付けなかった贖罪として。
 その捨て身とも言える行動は実を結んだわけだが、汚点を上げれば本来自分だけで親友の告解を聴くつもりが、開拓者にまで知られてしまった事だが――これはある程度は覚悟していたらしい。
「彼女が帰ってきた時――俺には受け入れられるか分りません。だけど、少なくとも恨む資格は無いです。もし俺や彼女を恨めるとすれば、それは妻だけでしょう」
 ――受け入れるつもり、くらいはあるらしい。
 ともかく、三人の間にどういった感情が走ったのかは、もはや彼らだけの問題であり開拓者が関わるべきではなくなっている。だが――
「‥‥出来れば、やり直せると良いですよね」
 その雫の言葉は、未来へのせめてもの祈りだった。