【負炎】蔵を狙う悪意
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/21 14:27



■オープニング本文

 ――依頼に関する詳細説明をしたい。そう言われて、問答無用で連れて来られた。

「‥‥何ですか、これ?」
「ご覧の通り、物資です」
 開拓者ギルドから連行されてきた標が、蔓の家で見せられたものは、一つの蔵に詰め込まれた保存食料品を中心とする物資の山だった。
「物資――緑茂の里への、という事ですか?」
「ええ。勿論、奉仕品というわけではありません。理穴の商売仲間から要請を受け、近場の同業と連携して集めたものです」
「仲介業者というか卸みたいなものですか。では、依頼というのはこれらを輸送する際の護衛と考えて宜しいのですか?」
 標の問いに苦笑いの蔓。こう言った依頼には、彼女特有の『遊び』が入る余地が無い。苦笑いはその自覚からかと、標は推測したのだが――
「いえ、違います」
 ――即座いに否定が入った。
「ひょっとしたら、後程それも改めて依頼するかも知れませんが。
 ‥‥今回に関しては、ここそのものの警備が依頼になります」
「この倉庫の警備‥‥賊でも入ったのですか?」
「ただの賊なら、態々開拓者ギルドに依頼はしませんよ。何度か撃退しましたが、全て最下級のアヤカシです」
 ――何でこの人は生きているのだろう?
 確かに、最下級のアヤカシであれば一般人でも殺そうと思えば殺せなくもない。ただ、蔓は一人。何度も撃退したというのも妙だ。彼女の性格上、出費を出し渋って自力で解決する手合いには見えない。現に、こうして依頼をしてきているわけだし。
 そういった疑問が表情に出ていたのだろうか。標の顔を見て、蔓は苦笑いを深くした。
「最初は、一度きりかと思っていたのですけどね。でも、明らかにこの倉庫のみを狙って何度も来たので流石に変かな、と。
 ――何度も来るなら勘を取り戻すには丁度良いかと、相手をしていたわけですが」
「‥‥勘?」
 アヤカシ相手に商人が何の勘を?
 問いには答えず、蔓は左手を地面に向け一言。
「――木葉」
 直後、蔓の周辺に突然木の葉が舞い上がる。その中央の、依頼主の姿がはっきりしないが――どうやら微笑しているのは確認出来た。
 そして、木の葉が何処へともなく消える。これは――
「‥‥木葉隠‥‥貴方」
「ええ。貴方が仕事で相手をしている開拓者達の同類ですよ、ギルドには所属していませんが。氏族に縛られたままの只の出稼ぎ忍です」
 ――成程。妙にアヤカシや開拓者に対して詳しかったのは、そもそも同類だったからというわけか。出稼ぎ忍というのは――要するに、商売で得た利益を氏族へ還元しているという事か?
 ただ、今やるべき事は蔓の素性を考える事ではない。
「それで? 貴方一人でもどうにか出来るものを、態々依頼をしてきたのは何故ですか?」
「いや‥‥何と言うか」
 蔓の性格からして、何を言われるか分ったものではない。標は身構えていたが、蔓の口から出た言葉は単純明快。
「この件のせいで、ここ最近まともに寝てないので」

 ――とりあえず、蔓家の配置を確認する事にした。
 かなり大きな入口。敷地を覆う人の背の高さほどの垣根。裏口は無い。
 敷地内には、二十部屋を誇る一階建ての家屋。それを囲むように六つの蔵。件の倉庫は家屋の西側。ちょっとした庭園なども有り、鯉の泳ぐ池も存在する。
 ――何と言うか、出稼ぎ忍商人とか言う次元を遥かに上回っている気がする。
 蔵の高さは人の二倍程、広さは十畳程度だが、中身はかなり詰まっているので歩ける範囲は少ない。小さな格子窓一つ。入口は大きく、扉は鉄製。同じく鉄の鎖と錠前、及び木製の閂で閉ざされている。
 深夜に蔵を襲ったアヤカシは全てが動物を模していたらしい。犬猫、鳥類、何でも御座れ状態だそうだ。知能は見る限り低く――なのに、食人を優先せずに蔵を狙う。作為的過ぎる。
 蔓一人でも難なく撃退している辺り、各個は大したアヤカシではないのだろうが――

「何度も来ているという事は、幾らでも居ると考えた方が宜しいでしょう。
 ――私が眠れないから、という理由は先程申し上げましたが‥‥実際の所、一番の懸念はあれらが群をなしてここを襲う可能性なのですよね」
 依頼に必要な情報を集め終わった標に、蔓は珍しく溜息を吐きつつそう告げた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
菘(ia3918
16歳・女・サ
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰


■リプレイ本文

●四日目の攻防
 犬や猫のカタチをしたモノが拳に打ち砕かれ、刀に両断される。鳥や蝙蝠のカタチをしたモノが矢に貫かれ、手裏剣に切り裂かれる。鼠や栗鼠のカタチをしたモノが術に裂かれ、地に伏せられる。
 ここは何だ? 動物との触れ合いを目的とした公園か?
 否。
 場所は公園ではなく個人邸宅の庭、流れる感情は癒しではなく闘気と殺意、舌と手が触れるわけではなく拳が刃物が牙が爪が触れる。
「確かに四日目まではこっちも温存してたけど‥‥あっちも合わせて来る事無いと思うけど、なっ!」
 手裏剣をばら撒くのを止め兜割に持ち替え、迫る獣の群を薙ぎ払う叢雲・暁(ia5363)。その背に背を合わせ、手鎖を鳴らしつつも笑顔での返答。
「四日小刻みに来るのとどちらが良いのか迷うところですけどね‥‥相手が明確に蔵の中身を狙っているのであれば、致し方無いかと」
 斎 朧(ia3446)。彼女は巫女であって、基本的に敵の前面に立つ者ではない。だが、前後方どころか上空まで取られているとなれば話は別だ。力の行使に専念しても良いのだが、相手の限界量が分らない以上は余力は何処かで残しておかなければならない。その彼女の死角に迫った猫を、無造作に掴んで地面に叩きつける拳。
「地面の下から来ないだけでもマシだけどな。問題あるとすれば、予想してたよりも激しいって事か!」
 鍛え上げられた銀雨(ia2691)の拳が、また一体猫を潰す。
 ――別に動物虐待現場でも何でもない。これらは動物のカタチをしただけの全く別のモノ。アヤカシという名を冠した人間の敵対者。
「しっかし、何つーか‥‥銭の為とは言え、これちと釣り合うてないんと違うか?」
 身の丈よりも大きい弓を駆使して、夜空を舞うアヤカシを狙い撃ちしていく天津疾也(ia0019)。矢という武器は基本どうあがいても一射一殺が限界。幸いなのは空からの敵はそう多くない事――
「って、ちょい待ち?!」
 一つ掻い潜られた。特攻なのか、そのまま彼らが護る蔵の屋根に急降下するアヤカシ。が、ぶつかる直前に掬い上げられた槍の穂先が、それを引っ掛けるようにして投げ捨てた。
「――お休みになられるのでは?」
「まあ、三日間は普通に寝れましたし。それに、考えてみると庭先でドンパチやられて寝られるわけないですよねー」
 見上げる朧の問いに、何時の間にやら蔵の屋根に立っていた依頼主たる蔓が笑う。服装は変わらないが、先程の槍と帯に挿された小刀。誰にも気づかれずに屋根に跳躍した辺り、シノビならではか。
「それにしてもご近所の評判が悪くなりますねー、コレ」
「いやあの‥‥心配するのはそこじゃないと思うのですけど‥‥」
 別方向の心配をしている蔓に、遠慮がちに突っ込む沢渡さやか(ia0078)。思わず小弓を構えた手が下がってしまった。
「しかしこれ――夜明けまで凌げば終わるのでしょうね?」
 断続的とは言え延々と続く夜の闇からのアヤカシの群の特攻を見て、思わず呟く菘(ia3918)。ここに来た初日、相当に疲労していた彼女。四日目のみに攻撃が集中してくれたお陰で休息期間が出来たのは良かったが、その四日目がこの始末では、基本暢気な彼女でも流石に不安にもなるだろう。
「‥‥正直な所、輸送で外に出たら更に危険な気がしなくもないけど――ただ、今はただ凌ぐ事だけを」
 菘の問いに、静かに答えて構えを新たにする各務原 義視(ia4917)。ここまでの警備期間で組んでいた菘の疲労を心配していた彼としては、その時間が与えられた事は有難い。人形を握りつつ、頭の中で力の行使があとどの程度もつかを算段する。
「これだけ多くのアヤカシが一斉に来るのでしたら、一纏めにしているのが近くに居る筈――それを潰せればいいのですけど‥‥」
 符の枚数を確認し、そして新たに闇の中に浮かんだアヤカシの瞳の数を確認して歯噛みする鈴木 透子(ia5664)。此方はあくまで守りの側。攻めに周る余力はまだまだあるが、焦土作戦は出来ない。目的は敵の殲滅ではなく、背後にある蔵の中身を護り切る事。そして、多くの手駒がある以上は相手の纏め役も余程の事が無い限りは顔出さないだろう。
 最悪蔵内での戦闘のも視野に入れていたが、内部は人二人がどうにか並んで歩ける程度の空きしかない。それは自殺行使だろう。
 ――そして、第二波が躍り出てきた。

●穏やかな三日間
 狙われているのが戦地への物資とはいえ、それが保管されている蔵の警備という地味な依頼。
 屋根畳布団と三食昼寝付きは良好な条件。
 それでも、アヤカシ襲撃の本番である夜までに出来る事はしておかなくてはならない。
 まずは、と蔵の中身の確認と目録称号であるが――
「至って普通の物ばかりですね‥‥」
 正確に言えば、多少普通ではない。干した肉や魚を代表例として生ものは一切無い。ただ、問題無いのは目に留まる品物が無い事だった。
「此方も至って普通ですわね――この品揃えなら、四日空気の流れを悪くしても問題は無いでしょう」
 透子が目録に目を通していたのは、そこにアヤカシが狙いそうな特別な品が無いか、という事。可能性の一つであるが、それがあるとすればアヤカシの襲撃の理由も分る。そして、それが無いという事は純粋に荷を狙っているという事になる。その場合、数ある商家の中から的確にここを狙う原因が気になってくる。
 一方で、朧が目録に目を通したのは、純粋に品揃えを確認する為。護る対象がはっきりしているなら、そこの侵入口を出来る限り無くしてしまおうと考えたのだ。差し当たりは窓。地面から来られれば無意味だが、蔓曰く蔵の畳下には全て鉄板が仕込まれているらしいので、窓を塞げばそれ以上塞ぐ所は無い筈だ。
「どこかから情報が漏れたとして、何故ここなんでしょうね?」
「あの人もアレで商売人ですからそれなりに恨みを買っている可能性はあるでしょうけど、アヤカシと人間が手を組むとも考え辛いですしね。情報漏れは、これを受け取る相手があちらの方ですから可能性は充分にあるかと」
 透子の疑問に、比較的蔓との面識が多い朧は考えつつ返答。そんな客間に、日当たりの良い縁側から、さやかが顔出した。
「鳴子の類は設置しておきました。後、おっしゃられた通り蔵の周囲に杭も打ってきましたが‥‥あれは何故?」
「お疲れ様です。あれは土竜対策ですよ、アヤカシである以上はどこまで有効かは分りませんけどね」
 鳴り物を仕掛けに行ったさやかについでを頼んだ朧、上がってきたさやかにお茶を一杯。
「茶、俺の分も入れといてやー!」
 と、大量の薪を抱えながら言葉を残し庭を走っていく疾也。襲撃が夜である以上、明かりは絶対に必要となる。それも消えにくいのが。その為の篝火の設置中である。
「あんだけ固めとけば、土竜が来ても分り易いだろ。蚯蚓とかは勘弁だけどな」
 続いて縁側から入ってくる銀雨。杭の打ち込みを手伝っていた彼女だが、ついでとばかりに蔵周囲を徹底的に踏み固めて来たのだ。とりあえず、出されたお茶を一気飲み。
「罠を仕掛けようにも流石に個人宅では厳しいな、茂みも無いし。菘さんは――寝たね」
 此方はきちんと玄関から戻って来た義視。客間の縁側に目をやり、横になった菘を見て微笑む。彼ら開拓者の仕事の関係上、万全な状態で仕事に臨めるとは限らない。今日の菘はそれの極みだったので、休める時に休ませたのだ。
「んー、普通の家だよここ。NINJA屋敷ってもっと色々なってるんじゃないの?」
「私の実家でしたら、恐らく貴方の想像通りかとは思いますけどね。此方には身一つ出来たので、一から家を建てる余裕は無かったのですよ」
 更に集まってくる。屋敷の構造を確認に行った暁と、その案内をしに行った蔓である。因みに、暁の『忍者』の発音が少々妙だが、これは彼女のシノビ感から来ている。要するに、一般的なシノビとは少々様式が異なっているのだ。
 ――蔓が途中で回収してきたらしい茶菓子を置く。無言で全員お茶。縁側で約一名休憩中。その光景は――
「なんぞ、えらくのどかやな‥‥」
 最後に戻ってきた疾也の言う通りの光景だった。

 その後、警備開始。昼間はともかく夜中が本番である。
 八人の人員を四分割。疾也と透子、さやかと銀雨、朧と暁、菘と義視、という組み合わせ。
 三日目までは緊張がありつつも結局何も起きず、穏やかなものだった。
 問題があるとすれば、例えば目の前を猫が横切ったとする。巫女の結界を除き、果たしてこれがアヤカシであるのかないのか区別が付くものか? 相手の挙動にもよるが、答は否である。只の野良猫かも知れないし、逆に此方の様子を見に来たアヤカシかも知れない。全て『知れない』である。そして物音全てにも気を払わなければいけない。
 ――要するに、肉体的にではなく精神的に辛いのだ。
 透子が篝火から移した火で作った焼き芋が差し入れられたり、蔓が近隣住民へ注意に行ったり、紛れ込んだ猫が鳴子を鳴らしてしまい大騒ぎだったり、蔓が客の注文を受け別の蔵から出してきた品物が余りに怪しげだったり、透子が蔓家の内風呂を柚子風呂にして割と評判が良かったり、とまあ色々あった。
 そして、四日目の夜。
 響く笛の音。起き出し蔵の前に集まった開拓者達が見たのは、闇の中、あらゆる方向から蔵を睨み付けるアヤカシの無数の瞳。
 ――そんな、短い回想。

●通臂
 第二波、終了。
 戦いにおいて数というのは決定的なものである。例え超人であろうとも、数を笠に来た集団戦闘においては優位とは言い難いのだ。
 その数の波とて、只管連続しているわけではない。微妙に合間を作った嫌な動き。だが、一度動き出してしまえば、全てが特攻。これが只の戦いであれば避ければ良いだけの話だが、今回の場合に警備対象を背負っている。必然的に全て受け続けなければならず、捌き切れなかった牙や爪が全員の身体に細かい傷を刻んでいた。
 第三波が来るか――身構えていると、夜闇の中で輝いていた無数の瞳が消える。気配は消えていないが――直後、人型をした何かが跳び下りてきた。
「お猿――さん?」
「え、ちょっと待って――まさか親玉コレ?!」
 さやかや暁が驚くのも無理は無い。異様に手が長く大柄だが、態々無数のアヤカシを引っ込めてまで出て来るモノには見えない。
「相手が一匹なら、動きを止めてしまえば――」
 義視が符を掲げる。その判断は正しい――ただ、相手が普通ではなかった。
 何の挙動も無しに、いきなり猿の腕が伸びた。比喩ではない事実伸びたのだ。その腕は符を掲げた手元まで一直線に伸びる。
「キモイわ、おんどれ!!」
 疾也の矢が放たれる。義視の手元を払った腕は逆に一気に収縮――但し、今度は逆の腕が伸縮。手近な木の枝を掴み、収縮の勢いで身を闇に伏せる。
「‥‥通臂猿猴?」
「何だそれ、アレの名前か?」
 屋根の上で呟かれた蔓の言葉を聞き咎め、銀雨。
「実物を見たのは初めてですけど。両腕が身体の中で繋がっているそうで、今の様な非常識な動きをするアヤカシ‥‥アヤカシに常識も何も無いのですが」
 四方八方の闇の中、通臂猿猴が跳び回っている音が響く。何処から来るか――猿に安定した足場は必要無い。真上を除いたあらゆる方向が危険領域だった。
 そして、再び躍り出る通臂猿猴。
 疾也に加え、今度は菘とさやかからも矢が放たれる。伸びる腕――地面に到達したそれは、本体の方向を無理矢理転換させた。その腕を狙い拳を抜く銀雨だが、逆の腕を伸ばし母屋の屋根を掴んで避ける。
 ――速い、動きが不規則。力を放とうにも的が絞れない。
 そのまま母屋の屋根に飛び乗った通臂猿猴に向け暁の放った手裏剣が迫るが、異様な身体の柔らかさでこれすらも避ける。ずらし放たれた蔓の手裏剣も同様。
「式――切り裂くもの!!」
 だが、それで動きが一瞬停止。すかさず放たれた透子の式が、通臂猿猴の腹部を抉る――が、効いていないと言わんばかりに、猿独有の歯を剥き出しにした顔で嘲笑。
「戦いの最中に嗤うとは随分と余裕で――歪みよ、来たれ!!」
 下手な余裕は命取り――続けて放たれる朧の力。周囲の空間を歪まされ身を投げ出された通臂は屋根から転げ落ちる――だが、何処までも非常識。落下中に腕を伸ばし地面をはたいて態勢を立て直す。直後、衝撃。
「――確かに速いし見辛いけどなあ‥‥俺らを舐め過ぎだ!」
 落下地点からの鉄拳。猿として、そしてアヤカシとして非常識な曲芸を繰り広げたが、所詮は一体。そして彼は空を飛べない。そこが変えられない以上、落下地点は変わらない。待っていたのは銀雨の拳。
 直後、喰い込んだ拳を抱え込む通臂猿猴。そのまま腕に絡みつき、そこを支点に跳躍。その先は――
「ケダモノの姿してて火を狙うかいな?!」
 ――篝火。意図は明白。これで蔵ごと物資を焼き払うつもり――即座に義視から束縛の式が放たれるが、纏わり付いた式は一瞬で消し飛ばされた。放たれた矢も、かすめる程度に留まる。
「させませんっ!!」
 篝火に届く直前、響く声。火を取るには足を止めなければならない――そこに、身体ごとぶつかってきた細い身体――さやかだった。重量は遥かに通臂の方があるが、そこは勢いでどうにか互角に。はじかれたように吹き飛ぶ両者。
 ここで初めて、通臂猿猴が怒りの咆哮を上げる。次の瞬間には、件の腕が一気にさやかの顔面に伸びてきたが――
「放火はいけませんねー‥‥まして、それが人様の家――分際を知れ、猿」
 ――平時ののんびりした声から一転、底冷えのする声色で蔓。屋根から一気に跳躍、伸びた腕に向けて全体重を乗せた槍を突き立て、地面に縫い付ける。同時、暁から放たれた手裏剣が、アヤカシの片目にまともに突き刺さった。
 だが、まだ詰まない。ぶちぶちと嫌な音。腕を引き千切りながら、どうにか身を翻そうとあがく通臂猿猴。
「往生際が悪い!! 俺とさやかさんの分、纏めて持ってけ!!」
 全身に赤い気を巡らせ、瞬時に放たれる銀雨の二連打。
「銭儲けの邪魔は、やっぱり感心できへんわな!!」
 限界まで引き絞られ、放たれる疾也の矢。
「――式、切り裂くもの!!」
「――式、瞳を穿つもの!!」
 続けざまに放たれる透子と義視の式。
「これで――お終い!!」
 大上段、菘の太刀。振り下ろされたそれは、全身ぼろぼろになった通臂猿猴の肩から胸元に掛けて一直線。同時に響くぶちりという音。
 気付いた瞬間には、既に通臂猿猴は跳躍していた。あれだけされてまだ動くか――追撃に迷うが、今日を凌げれば勝ちだ。片腕の猿はそのまま夜闇に。怨嗟の籠った咆哮一つ残し、消えていった。

「大丈夫ですか?」
「あ‥‥はい。自分からぶつかっただけですから‥‥」
 朧がさやかを助け起こし、癒しを与える。そんな中、あれほど漂っていた無数の気配が消えている。
 ――視線を上げれば、空が白み始めていた。