鍾馗水仙
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/12 20:23



■オープニング本文

 とある村の、とある一家。
 何処にでもあるような一家である。
 農村で朽ちる事をむしろ誇りに思う両親と、身体が弱いながらも代わりに必死にで学んだ農業知識で村を支える息子、そしてまだ幼い娘、の四人家族。
 今年、その村の農作物が土竜によって酷い被害を受けていた。
 農村にとっての害虫や害獣は様々居るが、この土竜というのは厄介である。地下生活を基本としておりそのまま移動したりもする。稀に地上にも出てくるが、これも案外気づかれ難い。彼らは農作物を食い荒らすのも問題だが、その移動のみで植物の根を切断してしまう。そして、食欲の面においても凄まじい。何せ、半日以上何も食べなければ餓死する程だ。
 村人は頭を抱えた。地上や空からなら対処は幾らでもあるのだが、地中から来る相手には対処法は少ない。
 そして、先の息子が知識の中から対処法を引き出した。
 彼岸花。別名で曼珠沙華とも言うが、呼び名はどうでもいい。
 この花、全草有毒な多年生の球根性植物であり地中の害獣に対し有効だとする説がある。
 それを田畑のあぜ道に植えてはどうか、と提案した。
 実際、これは行っている所がある。そして同じような効果を狙って墓地付近に植える事もある。要するに土葬された遺体が、動物に掘り返されない為――この墓地付近に植える事、そして開花時期が相俟って、死の印象が強い花になってしまっているが。
 それはともかく。
 問題があるとすれば、件の息子以外誰も彼岸花の知識が無かった事。
 そうなれば必然的に息子が探しに行く事となる。時期的には丁度良いので、直ぐに見つかるだろう。
 だが、出立後一週間経っても息子は戻ってこなかった。
 元々身体の弱い青年だった。時期的に村が忙しかった為に、誰も同行出来なかった事が悔やまれた。
 父親が無事を祈りつつ息子を行程を追ったのだが――半日もしない内に、道端に息子の荷物が転がっているのを発見した。
 ――何故、こんな所に?
 疑問は幾らでも出るが、答は全く出ない。そもそも荷物だけが転がっている意味が分らない。
 ふと何かを感じて視線を上げると、道から外れた林の中で男性らしい人影が動いているのが見えた。
 ――息子か?
 冷静に考えれば、息子がそんな事をする理由など無い。だが、父親は何かに引き寄せられるようにその影を追う。
 そして、やはり父親も戻ってこなかった。

 二度ある事は三度ある、とか三度目の正直とか言うが。
 この場合どちらも当て嵌まらないだろう。
 村で開拓者を雇うか議論している間に、母親が幼い娘を伴って同じように村を出てしまったのだ。
 後日、全身血塗れ瀕死の状態で母親が村へと帰ってきた。
 彼女は一言言い残し、絶命。
 その最後の言葉は。
「綺れ‥‥お‥‥の人、あの人も息子も‥‥誘‥‥て食べられ‥‥むす、め――逃げ‥‥たすけ、て」
 もう議論などしている場合ではない。即座に村長がギルドに急行。
 即日の内に募集が募られた。


■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
国広 光拿(ia0738
18歳・男・志
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
海藤 篤(ia3561
19歳・男・陰
紅蜘蛛(ia5332
22歳・女・シ
花焔(ia5344
25歳・女・シ


■リプレイ本文

●痕跡
 林と言われて、森との明確な区別が付く者が居るだろうか。
 明確に区別する術は無い。広範囲に渡り木々が密集している場所を林、ないしは森と呼ぶわけだが――
「林って言う割には広いよなあ」
 その場所を訪れている一人、徒手空拳の羅喉丸(ia0347)は周囲を見回し呟く。
 それに答えたのは、軽装かつ刀を佩いた青年。
「村人には林なんでしょうねぇ。林と言われればもう少し開けたものを連想しますが。 ‥‥この広さが吉と出るか凶と出るか」
 飄々とした様子の彼――井伊 貴政(ia0213)は、育ちの良さを伺わせる顔立ちに苦笑を浮かべた。
 アヤカシと娘――どちらを発見するにせよ、急を要する。どちらも動き回っているだろうから、この中で探すのは少々骨だ。ただ、アヤカシにとってもそれは変わらない。逃げる娘も同様。
「二手に分かれたのは正解でしたね――娘さん、怪我をされているらしいので直ぐに見付かると良いのですが‥‥」
 既に一つの家族の内、父、母、息子までもが犠牲となった今回の件。優先すべきはまず娘の保護。アヤカシは無視しても構わないとの事だが、状況からしてまず無理だろう。その娘の安否を考え、表情曇らせる海藤 篤(ia3561)。
 依頼を受領した人数は八人だが、現在ここに居るのは四人。残りの半数は、別経路で同じく捜索を行っている。
「血痕が見付かれば多少なりとも手掛かりになるのですけどね」
「まあな。ただ‥‥あまり派手に残ってても、娘さんの生存率も下がっちまうが」
 今回のアヤカシがどの程度の知能を持っているかは不明だが、匂いを追う程度ならケモノとて出来る。アヤカシにとって主食たる人間の血液ともなれば別格だろう。自分達とアヤカシ、どちらに対しても有効な痕跡ならば、無い方がマシなのかもしれない。
「美男子お三方ー、何か妙なモノ見付けたんだけどさ。ちょっと見てくれないかな?」
 前方から明るい声、低めではあるが女性のもの。その良く通る声の主が、軽快な足取りで三人の元に戻ってきた。
「妙なモノ?」
「んー‥‥ま、実際見た方が早いんじゃない?」
 貴政に問い掛けられた彼女――四人の中では紅一点、花焔(ia5344)。胸元の大きく開いた蠱惑的な衣装を翻す彼女に先導され、三人が辿り着いた場所には――
「‥‥何だこれ?」
「土竜が通った後‥‥にしてはちょっと」
「牛蒡とか引き抜いた時、こんな感じにはなりますが‥‥」
 羅喉丸、篤、貴政は顔を見合わせて首を捻る。
 花焔が『妙なモノ』と言ったのは、三人が語った通りのもの。微かなものであるが地面に長々と引かれた、土の盛り上がり線である。篤の言うものが一番近いが長すぎる。
 そういうものが、木々の先々まで延々続いていた。
「――どう思う?」
「アヤカシ、ケモノ、それぞれの可能で八割――残りの二割が、もっとよく分らないものですかねぇ。
 何にせよ、こんな痕跡を残すようなモノがまともである筈も無いですし」
 羅喉丸の問いに、貴政は肩を竦めつつ分析する。
「少し追ってみたけど、やっぱり延々と続いてるわね。個人的にはとっても臭いわ、コレ」
 三人が考え込んでいる間に線を追っていた花焔が戻ってきて笑う。臭いというのは勿論比喩。
「‥‥どうします? アヤカシと仮定して追ってみますか? それともあくまで娘さんの捜索を優先するか」
 アヤカシを抑えてしまえば、逃げる娘に対する一番の危険要因は潰せる。その後全員で探すなり、地の利がある村人の協力を仰いで捜索しても良い。このまま闇雲に歩き回るのは効率が良いとは思えない。
 篤の提案に無言で頷きを返す三人。
 ――花焔の先行による追跡が始まった。

●埋まっていたモノ
 一方、別経路の四人。
 此方は、瀕死で逃げ帰った母親の血痕を追い、その終着点である場所に辿り着いていた。
 澄んだ水を湛える大きな池。そして、その前面を覆う鍾馗水仙の群生――
「‥‥良いのか悪いのか。別方向に向かっている血痕は無いな」
 最も血痕が集中している場所を中心に付近を調べていた青年が腰を上げる。無表情の彼――国広 光拿(ia0738)であるが、僅かに表情に複雑なものが浮かんでいる。
「娘が逃げる際に血痕を残していないなら、そこまで酷い怪我ではないと見るべきか‥‥」
 光拿が僅かに見せた表情は、娘の怪我の程度を心配したもの。その安堵と手掛かりが無い事がないまぜになったものである。
「しかし、怪我がそれほど酷くないならば何故逃げていないのかが気になりますね」
 人並み外れた体躯と折り目正しい物言い。村で確認しておいた娘の名前――恵――を呼びつつここまで来た喜屋武(ia2651)も表情を曇らせる。
 もう一つ気になるとすれば、『母親の血痕しか見つからない』点である。母親を除いた犠牲者はこれまで二人。彼らも喰われたとするならば、痕跡がある筈である。母親の遺言から推測される『誘惑』により抵抗無く捕食された可能性もあるのだが、それにしたところで何も無いというのも妙だ。
 勿論、ただ単に彼らが見付けていないだけなのかも知れないが――
「それはともかく、問題は時期であったな――落葉が多く、足跡を探すのも追うのも一苦労とは。
 ――で、コレは何の跡なのだろうな?」
 足跡は無い。そこにあったのは、先の四人が見付けたのと同じもの――土の盛り上がり線。それは花の群生の中へと消えている。紬 柳斎(ia1231)が指し示したそれは、この場においてはこの上無く不吉なものに見えた。
「彼岸花‥‥ねえ。不吉だけど天上花って意味合いもあるし――ま、どっちにせよ死の概念からは離れられないわけだけど。
 そんな群生地に消えたこの怪しげな線‥‥掘ってみる?」
 艶然と微笑みつつ、紅蜘蛛(ia5332)は提案する。アヤカシ、恵――どちらか、或いは両方埋まっている可能性がある。無論、アヤカシの罠の可能性も拭えないが、それを承知で彼らはここまで来ているのである。警戒こそすれ、怖気るわけも無い。
「ふむ――では、俺が掘りましょう。アヤカシの可能性も考えて、皆さんは少し離れてて下さい」
「‥‥俺は手伝わんで良いのか?」
「力仕事なら、俺が一番向いているでしょう。俺が危険な状況に陥れば、手助けして頂ければ幸いです」
 名乗りを上げた喜屋武に光拿が助力を申し出るが、巨躯の侍は丁寧に断りを入れる。危険に踏み込むのは少ない人数である方が良い。光拿もそれに頷きのみで答え、距離を置いて刀の柄に手を掛ける。
「出て来るのがアヤカシのみであれば良いのだがな――と、喜屋武さん。掘るなら拙者の斧を使うか?」
 同じように武器の柄に手を掛けた柳斎だったが、ふと気付いて声を上げる。喜屋武の持っているのは六尺棍、地面を掘るにはあまり適したものではないが――
「刃物は止めておいた方が良いんじゃない? 娘さんが埋まってて傷付けたら拙いし――例え遺体でも、ね」
 紅蜘蛛が止める。それもそうか、と鷹揚に頷いた柳斎は改めて斧を構え直しつつ距離を取る。
 池の袂で土を掘り返す音だけが響く。暫く掘り進めていた喜屋武だったが、土の間に肌色の何かを見付け、棍を脇に置き慎重に土を退ける。そこに埋まっていたのは――
「‥‥俺達は遅かったのですかね」
 ――始めてみる顔だが、幼い少女の顔――
 喜屋武の呟きに三人がその元へ走る。その間に少女の脈と呼吸の確認を――

 ――しようとした瞬間、その両目が見開かれた。

●求めるモノを映す化生
 比較的近くで、合図として取り決めていた笛の音が鳴り響く。音の符丁からしてアヤカシ遭遇――
「あっちが当りか! つー事はこの跡って‥‥」
「やっぱりアヤカシの移動跡かな? にしても妙な跡よねえ‥‥」
 羅喉丸と花焔はここまで追ってきた奇妙な痕跡を改めて見て唸る。
「咆哮を使う前にあちらが当たりを引き当てましたか――とはいえ、娘さんは何処に行ったのやら」
 貴政が首を捻った直後、彼らの背後で小さな悲鳴と何かが落ちる音――振り向いたそこには、恐らく彼らが探していた少女。
「って何よ、こっちはこっちで当り? えーと、恵ちゃん、で良いのかな?」
 駆け寄った花焔の問いに、何故か怯えた目の少女はおずおずと頷く。
「手遅れじゃなかったわねー‥‥と、怖かったでしょう? もう平気よ」
 この辺りは女性が適任だろうと、三人は怯えを増長させないように距離を取ったまま。その間に花焔が、恵の足を無数に走る蚯蚓腫れの様な怪我を確認する。内出血を起こしている――成程、これでは血痕は残らない。
 救出と討伐に来た開拓者である事を告げ、状況を尋ねると。
「お母さんが逃がしてくれて、でも足がこれだから走って逃げるのは無理かと思って、必死に木に登って隠れたの」
「それはまた‥‥でも、木に登ったくらいでよくアヤカシから隠れられましたね?」
 篤がふと浮かんだ疑問を挟む。恵の選択は開拓者からすれば賢いとは思えない、アヤカシなら木ぐらい簡単に登るだろう。だが、彼女の回答はそれが最善だったのだと告げていた。
「だって、アレ‥‥地面に生えているんだもの。だから、木には登ってこれないかなって」
「生えている‥‥植物系統か。他には?」
 貴政の問いに、恵は沈んだ表情で呟く。
「お母さんはお兄ちゃんを見たって。私はお父さんが。それが林の奥に走って行って、この先の池の所で消えて‥‥そこに生えてたお花に襲われたの」
 ――人によって見えるものが違うというのは幻覚の類か?
「‥‥分った。とりあえず嬢ちゃんはこの辺りで隠れてな。そのお花は、俺らで退治してやるからな」
 羅喉丸の宣言に恵は頷く。それを合図に、四人は笛の響いた方向へ走り出した。

「これはどういう作りをしている?!」
「アヤカシにそういう問いは禁句な気がしますね!!」
 囲まれていた。囲むのは鍾馗水仙。その花に牙が生え、囲む彼らに喰らい付こうと蠢いている。柳斎は斬り払い喜屋武は叩き潰すが、互いに近い為大きく身動きが取れない。ついでに言えば、幾ら切っても生えて来る。
「しかも足元からも来るから始末が悪いな――!」
「は――死人花とかも言われてるけど、本当に死に誘ってくれるとは洒落てるわね!」
 同じように囲まれているが、光拿と紅蜘蛛の視線は主に地面に――油断をすると、花の根が鞭のように這い出して彼らの足に絡んでくる。
 埋まっていた少女――いや、既にその形を成していない。それは整い過ぎて不自然さすら感じる容貌の青年の姿。服は身に着けておらず胸を見れば男性型だが――股間には何も無い。アヤカシに性別を当て嵌めるのはそもそも論外だろうが。
 ソレは、花に囲まれる四人を微笑みながら遠巻きに眺めている――その足元は、地面に埋まっていた。
「‥‥アレが本体になるのか? ならば多少強引にでも突破するべきか」
「拙者もそうしたいところだが、花はともかく根が‥‥な」
 花だけならばそう問題は無い。問題となるのは根による攻撃。何せ、何処から来るのか読めない上に転ばされれば鳥葬の如く全身を花に喰い尽されかねない。
「だったら、こういう手は如何かしらね――木葉!!」
 何処からともなく巻き上がる木の葉。発現させた紅蜘蛛自身を覆ったそれは、目などありもしない花々を惑わす。重ねて助走――
「っ?!」
 足元に違和感――気付いた時には根が大きく跳ね上が――
「行きなさい」
 ――る前に、喜屋武の棍により潰された。彼の援護に艶めいた笑みで応えた紅蜘蛛は両足に気を巡らせ――
「一足――早駆!!」
 ――超速疾走。傍目には瞬動にしか見えない速度で群生地を駆け抜けた紅蜘蛛は、青年の前に。彼の目に驚愕の色が宿るが、遅い。
「捕えたつもりだったのよね? でも――捕えられてもいたの、貴方。そして――」
 彼女の名前が語る意味そのままに、捕えた獲物は逃がさない。疾走の勢いを乗せた小刀が青年の胸に押し込まれた。声も上げずに枯れるように崩れていく青年。
「‥‥っ?! 違う!」
 死んだアヤカシはこんな消え方はしない。瘴気を撒き散らしつつ霧消するか、憑依体を残して消滅するかだ。舌打ちする紅蜘蛛の背後から、地面から這い出る音。振り向いたそこに同じ姿の青年――
「式――神鳴りを繰る者!」
「やらせるかよ!!」
 青年が何かするよりも先、篤に放たれた式による雷撃。続けて跳び込んできた羅喉丸の拳が打ち抜く。青年は同じように枯れ――三度生えてくる。
「はン――人型でも容赦する理由にはならないね!!」
「何度も生えてくる辺り、感心しませんねぇ」
 花焔の投げた風魔手裏剣が抉り、追随した貴政の刀が両断――枯れ行き、四度生えてくる。
「漸く合流か――娘はどうした?」
 花や根を斬り払いつつ光拿。内心ではかなり恵の身を案じているが表には出さない。無事に見付かったと聴いて、僅かに彼の口元が笑みを形取る。
「しかしどうする? このままでは埒が明かんぞ。その人型も本体ではないとなると――」
「――本体を見付けなければならないわけですが――ならば」
 柳斎に続けて喜屋武。囲まれたままの三人の身体には、捌き切れずに負った細かい傷が無数。喜屋武はゆっくりと構えを解き、大きく息を吸い込む。同時に花が一斉に喰らい付き、足に根が絡むが彼は頓着しない。
 咆哮一閃――直後に群生地が揺らぎ、表現不能の塊が土を割って這い出してきた。異常な事に、それから生えた根は全ての花と青年に繋がっている。
「これが――」
「――本体か!!」
 柳斎と光拿の刃が同時に塊を抉る。それで自身が誘い出された事に気付いたのだろう。再び地面に潜ろうとするが――
「――俺の足に根を絡ませたのは失敗でしたな!!」
 根毎本体を引き上げる喜屋武。そのまま巴投げの要領で力任せに放り投げる。
 地面に叩き付けられた塊に叩き込まれる拳と刀からなる合計五連撃――かろうじて生きていたそれだが、その前に立ったのは彼が最初に捕えた内の三人――
「「「終われ」」」
 振り下ろされる斬打撃――それで終わり。塊と、それに連なる青年と花々が、瘴気を撒き散らしながら消滅していった。

●彼岸花
 結局あのアヤカシは何だったのか――見る者が求める姿を自動的に模すモノではなかったのか。母娘で違う姿に見えた事、開拓者達には娘の姿に見えた事の説明はそれで付く。
 アヤカシ打倒後、開拓者達は恵の元に戻り彼岸花を探そうとしたのだが、既に恵の持つ荷物の中にそれはあった。
「落ちてたの‥‥多分、お兄ちゃんのだと思う」
 ――ある意味では、遺品なのだろうか。
 恵の足の怪我は根に締め付けられた事によるものだったが、暫くすれば回復するとの事。両親と兄を失った心の方は、村人と共に癒していくしかないだろう。
 余談ではあるが、開拓者達もそれなりに負傷していたので数日村で休む事になった。
 ――兄が結果的に命懸けで採ってきた彼岸花――それがあぜ道に植えられていく中、笛の音が死者を送る様に響いていた。