万年床少女の修行
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/26 21:41



■オープニング本文

 各地でアヤカシの被害の発生、或いはそれへの対策などが行われている最中であるが――

「‥‥もう、あの木の葉も落ち始めたわね‥‥全部落ちた頃に私は居ない‥‥」
 そんな事はお構い無しに、自室の布団に身を収め庭の木を見詰める少女一人。一応付け加えると、時刻は真昼間である。ならば少女は病人か怪我人なのか――顔色は良く髪も艶がある。布団に隠れて見えないが、別に体が不自由なわけでもない。
「――って蔓さん、その木を蹴っちゃ駄目ですーーーーっ!!」
 必死の形相で叫ぶ少女。その目は庭にある木ではなく、その傍らで蹴りを入れている女性に向けられていた。落ち着きのある整った容貌と女性としては比較的長身、地味だが仕立ての良い着物――そんな女性が、叫びを無視して木に蹴りを加えている。
 因みにその木は銀杏。まだ葉が黄色くなっている部分は少ないが、蹴りの衝撃で数少ない黄色い葉が軒並み落ちていく。中々に良い蹴りである。
「ここ数年、何度もこの木を見てますが、落葉は中々に美しいですねー‥‥で、貴方は何時死ぬんです?」
 蹴るのを止め、布団から飛び出した少女に笑顔でとんでもない台詞を吐く蔓。
「何時って‥‥冬には多分‥‥」
「はあ。貴方の親御さんと何年もお付き合いしていますけれど、その台詞を最初に聴いたのは何年前でしたかしら?」
「そんなっ、頑張って冬を何度も越してきたのにそんな言い方って‥‥」
「頑張るも何も、只寝ているだけでしょう」
「お医者様にも治せない病気なんですから、寝ているしかないでしょうっ」
「全くの健康体と診断されるや、医者を変えておいてよくもまあ‥‥」
 ここ数年、少女は『不治の病』で床に伏している。但し、医者からの診断は『異常無し』。当人は『頭と身体が痛い、だるい、気分が悪い、眩暈がする』などと口走り、布団に閉じ籠る生活を送っている。酷い時には、何か妙なものを口にして『不治の病』を主張する始末。
(前にアヤカシに憑かれたと偽った馬鹿も居ましたけれど‥‥この子も同類ですか)
 先月に自分が開拓者へ依頼したある事件の事を思い出し、苦笑。尤も、この少女の場合はもっと酷いものがあり――
「何時か、私の事をお金持ちで顔の良い殿方が見染めてくれて、私はその人の所で静かに余生を過ごすのです‥‥」
 妄想に浸る少女。とことん、何もする気が無いらしい。
「その『余生』って、何十年あるのですかねえ」
 嫌味を言ってみるものの、都合の悪い事は一切聞き流しているらしく、少女は浸り続ける。ここまで自堕落な人間も珍しいだろう。しかも、妄想癖と詐病のおまけ付きである。
 少女の両親は神楽の都で小さな茶屋を営んでおり、蔓はその店がお気に入り。その絡みで相談を受けていたのだが、家から叩き出してもこの少女の行動は改善しないだろう。正直、蔓としてはそれでも構わないのだが、両親に恨まれてお気に入りの店に顔を出せなくなるのは避けたい。
 ならば――
「貴方の好みそうな相手との縁談がありますけど、どうします?」
「え?! どんな方です?!」
 即座に現実に帰還する少女。良い反応だ。
「えーと‥‥私の取引先の方の息子さんで、歳は貴方と同じですか。顔はまあ、悪くはないですね。ただ――」
「ただ‥‥なんですか?!」
「容姿とか家柄とか商売知識とかは問わないらしいですけど、働き者である事。最低限の家事は出来てほしいそうです」
 嫁の探し方としては至極真っ当な部類だろう。だが、これすら少女は難色を示す。
「えー‥‥」
「別に構わないのですけどね、他に話を持って行く所は幾らでもありますし。
 ――ただ、これを逃したらどうなるかお分りかしら?」
「ううううう‥‥」
 頭を抱える少女。自分でもこの生活を続けていけば、どうなるかは分っているのだろう。それでも何もしたくないから続けていたわけだが、そこに多少の条件があるとはいえ餌が差し出された。少女の出した結論は――


「そういうわけで、花嫁修業のお手伝いをお願いしたいのですが」
「この忙しい時に、また妙な依頼を‥‥」
 開拓者ギルド受付にて、また何時もの組み合わせ。蔓が来た時には標を呼ぶ、受付仲間の中ではそれが常識になってしまっている模様。
「そもそも、これって親御さんか貴方がやれば良いだけの話では?」
「ご両親は毎日お店ですし、私もお店がありますもの」
「はあ‥‥それにしたってその人、付け焼刃で結婚出来たとしても嫁ぎ先で同じような行動起こすのでは?」
「まあ、ただ花嫁修業したとしてもそうなるでしょうね。ですから、修行中に彼女の性根を叩き直す事もお願いに含みます」
 数年続けた怠惰な行動を短期間で正せるものなのか? 標は疑問を抱いたが、蔓の性格を考えてその疑問を捨てた。
「蔓さん、面白ければ結果はどうでもいいとか思っているでしょう?」
「あら。一応信用も有りますから、縁談が成功する程度の付け焼刃はして頂かないと。その後は当人の問題ですから、どうでもいいのは確かですけどね」
 ――やっぱりどうでもいいんじゃないですか。そう標は思うが、依頼人がそう言うのであれば突っ込んでも仕方ない。後、一応付け加えておかなければいけない事がある。
「最近、アヤカシ絡みの依頼が急増してますから――こういう依頼に人が集まるかは分りませんからね」


■参加者一覧
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
橘 琉架(ia2058
25歳・女・志
火津(ia5327
17歳・女・弓
楓雅(ia5331
14歳・女・シ
花焔(ia5344
25歳・女・シ
名も無き通りすがり(ia5402
28歳・女・弓


■リプレイ本文

●口に入るものだから
 三大家事の内一つ、料理。
 実の所、腕前の向上に囚われなければ料理は一番難易度が低い。見返りが楽しい家事であるし、普通の味覚があり最低限の手間さえ覚えてしまえば、誰でも同じような味になる為なのだが――
「成程――これは酷い」
 総監督的立場である葛城 深墨(ia0422)の感想。上手い下手ではない、酷いのだ。根本が分っていない。一般家庭の人間であれば、男女問わず親の料理姿を見ているのでやった事が無くとも印象として料理の仕方が頭の中にあるものなのだが、春子の様子を見るにそれすら無さそうである。
(幼少時代から怠けていたのか‥‥両親もよくここまで放置したものだな)
 両親にも問題があるのかも知れない。春子自身が元凶なのだろうが、両親が度を過ぎて甘いか放任主義の可能性が高いように深墨には思える。
「むう〜、食材とは概ね一度は洗わねばならないのか〜。春子君よ、そちはどうじゃ〜?」
「玉葱ってどれだけ剥いたら中身が出て来るんですか?」
 あんたは辣韮を剥く猿か? 同様に食材と格闘する火津(ia5327)もどうかと思われる。
「そちよりも先に家事を完璧にしてやるから〜、そこで眺めているがよいのじゃぞ〜?」
 勿論、本気ではない。縁談奪取発言もあったが、火津としては春子にやる気を出してもらう為の発言である。
「と・に・か・く。本見ながらやって! これをやり遂げたら安楽な生活が手に入るのよっ!」
 花焔(ia5344)が用意していた料理の本を取り出す。至って簡単なものだが、初心者ならこれで充分。発破を掛ける事も忘れない。
 御飯の炊き方と味噌汁の作り方から始めたのだが、先に進まない。早朝に訪れたので、必然的に開拓者全員の朝食もこれになるのだが――ありつけるのは何時になるのやら。
「と、とりあえず最初は誰でもそんなものですよ。やっていれば、自然上達していくものですし。出来るようになって誰かに喜んでもらえたら、凄く嬉しいんですよ。だから、頑張って下さい」
 伊崎 紫音(ia1138)が予想以上の酷さに引き攣りつつ、宥める。最年少の少女――ではなく、少年。紫音自身は朝食のおかずにする魚を焼いていたり。御飯や汁物すら出来ない人間に焼き物をさせるわけにもいかない。
「書いてある通りにやれって言ってるでしょうに。面倒臭がりのくせに、自分で手間増やしてどうすんの」
「じ、自分の口に入るものは美味しい方がいいでしょう? まずは自分の為に」
 鞭と飴が混在しているが――まあ、別に問題は無いだろう。
 結局、朝食が出来上がったのは昼近くになっての事だった。

●落とせるものは落とせ
 予定が既にずれている。昼食は無しにして洗濯から掃除の流れ作業を行う事になった。
 家事をする人間なら分るだろうが、掃除洗濯は一纏でやる事が多い。
 そして、掃除洗濯は別に難しい作業ではない。ただ単に面倒なだけ。なので、やる人間の練度や性格によって極端な差が出てしまうものなのだが――
「全部やり直し」
 容赦の無い笑顔の鉄槌。名も無き通りすがり(ia5402)――長身で何故か喪服で偽名にもなっていない名前――より放たれたそれに、春子と火津は絶望。
「掃除後の確認と言ったら、やっぱりコレよね」
 などと言いつつ、隅に指を這わせ埃をわざわざ集めてから見せ付けてくる橘 琉架(ia2058)。見目麗しい容姿と反比例した大雑把な性格の彼女だからして、こういう場合、自分が嫌だなと思う事をやればいいのである。
「目に見える汚れが残っているというのは何事だか。おばちゃんは難しい事を言っているわけではなく、丁寧にやれと言っているのだけど」
 名も無き通りすがりは自身の事を『おばちゃん』と呼ぶ。二十代後半といった容姿だが、実年齢は外見の倍近かったりする為である。
「うう〜、持病のせいで疲れて来ました‥‥」
「疲れるのは今まで何もしていなかったからでしょ。身体の事は依頼主から伺ってるから、逃げようとしても無駄」
「まろはまだいけるぞよ〜、洗い直しじゃ〜」
 火津復活。
「はいはい、泣き事言ってる暇があるなら動きなさいよ。太っている様子は無いけど、今の生活続けたら何れは凄い事になるわよ? 掃除洗濯って、地味に良い運動になるのよねえ‥‥」
 自堕落な人間というのは不思議なもので、妙に自尊心が高い部分がある。対抗馬に当たる火津の再起動や琉架の言葉に刺激されたのか、泣き事を呟いていた春子はのろのろと後に続く。
「それで宜しい」
「しかし‥‥人間楽をしたい気持ちは誰にでもあるのでしょうが、ああまで徹底で出来るものなのですかね?」
 と、今まで黙っていた深墨の素朴な疑問。名も無き通りすがりはそれには答えず、僅かに苦笑を見せるのみ。琉架の方は、事情を聴いてから気になっていた事を昇らせる。
「ま、気になるとすれば親かしらね。幾らお店があるからって、こういうのは親がやるものでしょ。それをあの歳まで放置してたとなると‥‥ねえ?」
 それは、深墨が感じたものと近い。
 この後、掃除洗濯合計して三度のやり直しを経て、どうにか次の工程に進む事が出来た。

●自身の足で得る喜び
 料理に付随する行動として、買い物がある。勿論、買い物と一括りに言っても食材以外の購入も有り得るのだが、現状そこまでやる必要は無い。必要なのは、買い物をする感覚を養う事である。
 で――
「とりあえず、まずは値段を見て。いきなり食材の質とか分らないでしょ」
 ――本来なら食材の質と値段を天秤に掛け釣り合いを取っていくものである。必要ならば、損をしつつ得をするといった行為も行う事がある。
「のう、紫音殿。筍如きが何故これほど高いのじゃ〜?」
「あー‥‥一応お値段が高いとは分るんですね。それは筍の殆どが春先にしか収穫出来ないからですよ。肉や卵と違って野菜類は季節によって味も値段が変わってきます」
 火津は紫音から旬の概念を学んでいる。
「陽射しが辛いです‥‥お客である私達がどうして出向かなければいけないんですか?」
「あのねえ‥‥確かに、売り歩いている商人も居るけど、普通は買い手が出向くものなの。てか、実家が茶屋でしょ。その理屈で言ったら、一々客の所まで行ってお茶入れて来るって事になるじゃない」
 花焔の突っ込みは最もだが、文句を言っている当人も屁理屈なのは分っているのだろう。反論は来ない。もっと派手な駄目っぷりを想像していた花焔は、多少気が抜けた気分。
(んー‥‥やっぱりこれ、両親に問題あるのかな)
 実は、開拓者達が春子の元を訪れた時点で両親の姿は無かった。依頼主である蔓曰く『貴方方の邪魔になるでしょうから、日頃のお礼と称して温泉旅行に放り出しました』との事。要するに蔓は両親を排除したのだ。
 家族や馴染み客には甘えが出るのだろうが、昨日今日出会った他人であればそこまで甘える事が出来ないと踏んでの事か。
「あたしは買い物好きだけどなあ、見るだけでも楽しいし。自分の足で探して良い物を見付けたりなんかは最高だと思うわよ――これとかね」
 花焔は敢て明後日の方向に喋りつつ、市場の行商から手に入れた小さな櫛を春子に放り投げる。受け取った春子は、目を丸くしていた。
「あの、これって‥‥」
「嫁入りの時に使う飾り物としてでも使えばどう?」
 何気ない風を装っている花焔だが、それは買い物途中で春子が目に留めていた物。買い物の楽しさを教えるには、こういうのも手だろう。
「む、まろには無いのか〜?」
「自分で買いなさいよ‥‥」
「頑張っているみたいですし、ご褒美でしょうね」
「まろも頑張っておるのじゃ〜!!」
 とりあえず、往来で騒ぐのは止めておいた方が良いと思われる。

●繕い
 帰宅したのは、既に陽が沈んだ後だった。流石に初日から全て叩き込むのもアレなので、夕食は花焔と紫音の手によるものとなった。勿論、準備や後片付けはやらせたが。
 自分で足を運び手と目で選び金を払い運んできた食材が、見事な料理となって自分の前に並ぶ姿を春子は何とも言えない目で見ていた。
 そして、夕食後は裁縫の時間となる。
 此方を担当するのは琉架と出水 真由良(ia0990)。共に妙齢の見目麗しい女性だが、内面的に何かずれているのも共通している。
 で、裁縫なのだが。
 これは料理や掃除洗濯以上に一朝一夕で出来るものではない。慣れた人間がやると非常に簡単に見えるのだが、実際に触れてみるとここまで細やかな技術を要するものは中々無い。
 三大家事に比べれば優先順位は低いのだが、やはり出来るのと出来ないのとでは印象に大きな差が出る。
「誰も最初から服を繕えなんて言わないわよ。適当な布で針を使う練習よ」
 琉架に渡された布切れと針、糸を不思議そうに見ている春子。やはり、これも他の家事同様に根本からやらなければ駄目なのか。
「‥‥針の尖ってない方に穴があるでしょう。まず、そこに糸を通すのよ」
 何も服や縫い包みを作れとかそこまでの域に達する必要は無い。服の繕いや雑巾作成程度が出来れば充分なのだが――
「糸が通りませんねぇ」
「‥‥まあ、最初は誰でもそうなるけどね」
 あらあらと笑う真由良と、本題に何時入れるのだろうと琉架。
 ――ぷす。
「「「あ」」」
 何か刺さった音がした。こういう時のお約束である音がした。
「さ、さささっさ刺さりましたっっ??!!」
「注意する前に速攻で刺したわね‥‥」
「血がーーーーーーーー??!!」
「大した量じゃないですから落ち着いて下さいねぇ。えーとぉ、とりあえず消毒と」
「‥‥分ったと思うけど、刺すと地味に痛いわよ。それに、血で繕い物を汚したら意味が無いしね」
「あわわわわ‥‥」
「はーい、指を出して下さいねぇ」

 で、一通り裁縫の手解きをし春子が自室に去った後だが。
「意外にきちんとやってたわね――やっぱり赤の他人が接したのが正解だったのかしら」
「そうですねぇ。詐病とお伺いしていますけど、病気は病気。環境から生まれたのだとすれば、それが変わればご本人も変わってきているのでは」
 琉架が提示した様々な縫い方。針に糸を通すのにも苦労している人間にとっては難易度の高い作業だったのだが、覚束無い手付きながらも黙々とこなしていた。正直、鞭としての立場だった琉架は拍子抜けである。
 飴の立場である真由良は比較的満足げ。彼女の性格上、厳しく指導というのは難しい。余りに酷ければ『鞭』である琉架を引き合いに出してやらせようとしていたのだが、それを実行する事が無くて何よりである。
「怠けていた人生も、このまま繕えればいいのですけどねぇ」
「‥‥この調子でやれば不可能ではないかもね。解れた部分が多いから大変だろうけど」
 ――その終着点が、身近に迫った縁談というのは少々寂しい気もするが、それを選ぶのは春子なのだから、彼女達がどうこう言えるものではないだろう。それにこのご時世、女性に結婚以外の安定した将来があるかと言われれば、無い様なものであるし。
「ところで、二人とも。まろの存在を忘れてはおらんか〜?」
「‥‥あんた今まで寝てたじゃないのよ」
「お疲れだったんですねぇ」
 裁縫開始直前、これまでまともに働いた事の無い身体が限界を迎えたのか、火津は針を持つ以前に力尽きて眠ってしまったのだ。
「対抗馬たるまろがおらんで、春子君はきちんとやっておったのか〜?」
「大丈夫ですよー。火津様もそろそろ寝ましょうねぇ」

●きっかけ
 自室に戻った春子を待っていたのは、深墨だった。
「お疲れさまでした。初めての事で大変でしたでしょうが、その分食べる物も飲む物も印象が違うでしょう」
 と、出されたのは茶。
 春子が逃避しなかったので深墨のやる事はあまり無かったが、彼自身、同じように学んでみたので、春子が疲れているのは良く分る。
「‥‥確かに、何時もと違う味がします」
「世の中そんなものですよ。味覚に限らずね」
 大概のものはその時々で様々な側面を見せる。怠惰、詐病、妄想――三重苦の彼女には、今日一日がどのように見えたのか。
「‥‥もう良くは覚えていないのですけど、何かを失敗したのか――外に出るのが怖くなって誰の目も自分を見ているような気がして。両親も仕事の忙しさから気に留めなくなって‥‥最後には今より酷い状態になっていました」
(成程、ね――俺や皆が感じていたのはほぼ正解だったか)
 仕事を理由に子供を放置する親の話は良くある事である。勿論、子供にも問題が無いとは言えないのでどちらを責めるわけでもないが――
「‥‥だとすると、日頃まともに話してたのは蔓さんだけ?」
「ですね。あの人、下らない事をやっては私を挑発してくるので、何だかんだで」
 ――となると、蔓は自身の『下らない行動』による生活改善を開拓者達に引き継がせたのか?
 聴いたところで当人が語るとは思えないが、深墨はそんな予想を立てた。

●その後
 春子の花嫁修業は、その後三日ほど続いた。その間であるが、開拓者達の予想したような事は特に発生せず――とは言え、条件反射的に春子が妙な事を口走る事はあったが――ごくごく普通の修行の日々であった。
 そして突然、蔓が修行終了の通達を一同の元へ持って来た。
「どういう事かしら? あの子、やっぱり逃げたの?」
「んー‥‥皆さんの何が影響したのか分りませんけど、縁談を辞退するとは言われました」
「どういう事? あたしまだ教え足りないんだけど」
「ボクもまだまだ残ってますよ、教える事」
「ご両親が戻られた、とかですかぁ?」
「まろとの勝負がまだついとらんぞ〜」
「説明くらいは貰えるのでしょうね?」
「当人からは口止めされているんですけどねー‥‥とりあえず、茶屋でも見てきて下さい。但し、こっそりとね」

 春子の家である茶屋。まだ、両親は戻っていない筈なのに開いていた。それはつまり――
「‥‥彼女の入れたお茶とか作った茶菓子――死ぬほど不味かったですけどねー」
 などと蔓は笑いつつ、去っていった。
 あの程度の日数で、接客や売り物になるものを出せるわけはない。現に今も怒り心頭といったお客が、店を出て行くのが見えた。その背に、春子は未だ頭を下げている。その頭には、どこかで見た櫛が刺さっている。
「‥‥むう、上手くいったら酒でもくれてやろうとしていたのに」
 今後、この店の評判は落ちるだろう。ただ、それが永続的かは春子とその両親次第――多分、これが正しい形なのだろう。

「――で、あの子の姿を確認しなくても宜しいのかしら?」
「名前が無いという事は最初から居ないも同じ――そういうもの。あの子が口止めしたのなら、そうするべき。報酬は貰うけど」
「そうですか――でも、またお会いできれば宜しくお願いします」

 ――更に後日の話だが。開拓者達の懐に微々たる量の追加報酬があった。支払主は春子。恐らく、数日における彼女の労働の証だろう。