【負炎】腐女
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/23 20:19



■オープニング本文

 水はあらゆる生き物にとって、なくてはならないものである。
 それは純粋な摂取から、食材、素材材料、洗浄など様々な目的においてであり、水の確保状況によって生き物の在り方は大きく左右される。
 そういう意味で、北面という国は非常に恵まれていると言える。
 石鏡の三位湖に繋がる川が身近に存在し、そこから水路を引き貯水池経由の農業用水として利用。またその川は朝廷の直轄地である遭都を経由しており、水運利用の側面も持ってる。

 さて、その北面。
 先に貯水池の事は述べたが、数日前にその内の一つから流れ出る水からとんでもない悪臭がするという珍事が起きた。
 その臭いは尋常ではなく水が腐ったとかそういう次元ではないし、そもそも水は突然腐りはしない。ならば毒でも混ぜられたのかという話になったのだが――少なくとも、生き物を死に至らしめるようなものではないのは確認されている。
 と、言うのも酔っぱらった農夫がそれを飲んでしまった為なのだが――少なくとも、健康を害したという事は今の所無い。尤も、暫くの間は排出される体液の全てが同じ悪臭を放っていたが。
 要するに、異常なまでに臭い水――とは言え、これだけでも大問題である。何しろ、素面では顔を近づけただけで吐き気を覚える程のものなのだから。
 何にせよ、これは明らかな異常である。原因究明の為、直ぐに貯水池の底をさらう作業が行われたが――その悪臭に耐えつつの作業中、ソレは現れた。
 一人の作業員が何かの手ごたえを感じ、目を凝らして水底を見てみると何か丸々としたモノが沈んでいるように見える。暫くそれを突いていると、ゆらりとソレが動き出した――と見えた直後には、水飛沫を上げて水上へ飛び出してきた。
 ソレを見た他の作業員の話によると、一言で言えば『極限まで太りきった女』らしい。未だ先端が水の中に沈んだままの長く量の多い髪の間からは嫌らしい光を浮かべた目が覗き、服は何も身に着けていない。口元はだらしなく開き――何より、最早気を失いかねない程の悪臭。
 何だコレは――それがその作業員の最後の言葉。そのまま彼は女に組み付かれ、貯水池の中に沈んでいった。
 我に返り逃げ帰った他の作業員達は、すぐさま役人の元へ。役人達は説明を受け集められるだけの手勢を集め件の池に向かったが、未だ悪臭を放つ池には身体の各所を食い千切られた作業員の死体が浮くのみ。
 ――女の姿は、既に何処にもなかった。

 現在、北面ではアヤカシの事件が頻発している。それも、何か目的を定められたような奇妙なやり方で。
 今回のその女も恐らくはアヤカシの一種なのだろうが――さて、その目的は何なのか。人を捕食したいだけなら、もう少しやり方があるだろう。だが、直ぐにアヤカシが何もしなくとも充分害であるのが分った。
 アヤカシが居なくなった後、直ぐに臭いは消えた。だが、既に貯水池から出た水は使われてしまっている。使った一部の水田と収穫物にまでその臭いは伝播――もはや、人の口に入るものではなくなっていた。例え身体に害が無いと分っていても、である。
 これは何と言うか――地味ではあるが、嫌がらせ目的だとすれば最悪の部類だろう。水への汚染、臭気で存在を誇示するアヤカシ。そして、ソレが人々の口に直接入る水がある場所に住み着いてしまったら――
 即座に逃げたアヤカシの捜索が開始される。腐っても相手はアヤカシ――兎に角慎重な捜査だったが、発見は直ぐであった。
 よく考えてみれば、アレは姿も臭いもとことん目立つ。様々な目撃証言が進路を示してくれた。
 発見されたのは、北西部の国境付近。
 だが、駆り出された兵とそこで交戦にはならず、ソレはそのまま近場の洞窟へと逃げ込んだ。
 その洞窟は、染み出す地下水で奥は腰まで浸かるような場所である。只でさえ不利な、素の人間対アヤカシ――そこで足場まで取られてしまっては、少数の兵で追っても被害が出るだけであるし大群が入れる程に大きい洞窟ではない。
 そして、今度は開拓者ギルドに通達が回る。

 ――これ以上水を汚染される前に、兵と共にそのアヤカシを討伐せよ。


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
不動・梓(ia2367
16歳・男・志
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
御堂 出(ia3072
14歳・男・泰
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●腐臭漂う場所
 北面、北西部の国境付近に存在する洞窟。
「‥‥ふむ、既に洞窟外にまで臭いが届いている。依頼とは言え、劣悪極まる労働環境か」
 軍より派遣された十名の兵。共に到着した開拓者達の一人、抜きん出た巨漢である喜屋武(ia2651)は感慨深げ。
 喜屋武程ではないが、此方もかなりの長身。ただ、身体の厚みは薄く顔立ちや体型をきちんと確認すれば女性である事が分る。尤も、口を開けばまた疑われてしまうのだが。
「この奥に例のアヤカシが居るってぇのか?」
 その彼女――犬神・彼方(ia0218)に問われ、兵隊長が洞窟内部の略図を渡しつつ答える。
「この地図で最奥部付近に潜んでいるかと思われます。地下水脈に繋がっているのか、常時水が流れ込んでいます。最奥部は腰付近まで水位が上がってまして――」
「腐った臭いの上に水場でぇの戦いか‥‥厄介だぁがやるしかねぇか」
 渡された地図を覗き込んで、何処か間延びした物言いで彼方。
「腰まで水‥‥あ、足を奪われるのは辛いですけど、それはそれで‥‥」
 燃える、と内心思っているのは御堂 出(ia3072)。細身かつ小柄な彼は既に水に浸かる事を前提に、着衣は褌一つ。
 因みに、他の男性陣も出程ではないものの、武器以外は軽装で纏めている。
「‥‥香りも女性の身嗜みどすのに、こんな臭いを撒き散らすというのは何を考えとるのやろうか」
 独特の口調で放たれる皮肉。軽装ではあるものの、それなりに気を使った単衣を纏っているその姿や物腰は何処から見ても女性だが、紛れも無い男性である。女形という面を持つ彼、華御院 鬨(ia0351)としては日常が練習舞台なので常にこんな感じであるが、内面的にはむしろ真逆である。
「‥‥強烈な臭気‥‥極限まで太りきった女。何か‥‥とても嫌なモノを連想しますね」
 匂いという現象、そして報告されているアヤカシの外見――不動・梓(ia2367)が連想したのは水死体。名を転じているのか得物とする長弓の弦の張りを確かめつつ、少年はアヤカシの正体を推測している。
「確かに凄い臭いだけど‥‥うん、大丈夫。アレに比べれば‥‥耐えられる」
「アレ‥‥って?」
「ううん‥‥何でもないの」
 漂う臭気と自身の記憶の何かとを比べていた少女が頷いている。その彼女――柚乃(ia0638)は梓に遠慮がちに反復され、静かに首を横に振る。記憶は過去――人に話したくなどないし、思い出すのもあまりしたくない。
「しかし、能力の割には行動が妙だな。水源に住み着くとか手はあると思うのだがな。陰陽思想に水絡みがあった気もするが――と、頼んでおいた網は持ってきてくれたか?」
 そもそも積極的に人を襲わないという時点で妙なのだが、中には知能を付けて巧妙に立ち回るモノもいる。ただ、それにしたところでこの動きが巧妙なものとは思えない。色々推測しつつ、恵皇(ia0150)は兵隊長に話を振り替える。いきなりではあったがその辺りは軍人。驚いた様子も無く、部下が引いている馬から一纏めにされた網を下ろさせた。
「出来るだけ丈夫な物を所望かと思いまして、注文に適うかどうかは分りませんが」
「まあ、相手はバケモノだしな。気に病む事はないさ」
 部隊長の配慮と憂慮に、恵皇は気楽に告げる。手を尽くしてくれた相手に対する礼儀だ。
「――妙なのが本来の行動? ひょっとしたら、臭いで存在を誇示する事自体が目的なのかも知れませんわね。嫌がらせ‥‥随分と質の悪い事」
 恵皇の言葉から連想したのか、巫衣の女性が静かな笑顔で告げる。実際にその妙な行動のお陰で兵や開拓者達が駆り出され、目立つこのアヤカシの存在は国内でも噂になり始めている。そういう意味で彼女――斎 朧(ia3446)の『質の悪い嫌がらせ』という言い方は的確だ。
 ただ、今彼女達がやる事は推測ではなく討伐。朧もそれは分っているので、直ぐに頭を切り替え荷物の中から包帯の束を取り出していた。
「後は臭い対策ですわね――焼け石に水かも知れませんけど、無いよりはマシ‥‥と」
 言いつつ、鼻と口を覆うようにして包帯を巻いていく――柚乃や喜屋武も同じようにし、余ったものは仲間達に手渡していく。
「呼吸は問題無いな。朧さんの言う通り、焼け石に水かも知れませんがな」
「臭いには匂い――どれくらい紛らわせるか分らないけど、物は試しで‥‥」
 呼吸の可否を確認する喜屋武。そして、柚乃は手首に巻いた包帯に濁った液体を染み込ませている。彼女がここに来る間に香草を煎じた汁。多少癖のある匂いではあるが、悪くは無い。
「準備はこんなところどすかねえ‥‥あ、兵隊さん方。うちらが駄目だった時には、皆さんが戦う事になると思いやすが、何か合図の様なものは?」
「基本的にはアヤカシの出待ちです。突入しても地の利を取られては、我々では勝ち目がありません。貴方方を助けに行けないのは申し訳無いとは思いますが‥‥」
 鬨の問いに、申し訳無さそうに兵隊長。彼らの悔しさを汲んで、鬨は頷く。要は自分達が負けなければ良いだけの事だ。
「そろそろ行こうぜぇ? 臭いは元から断たなきゃってなぁ。
 水に浸かるのは確定だからぁ、対策きっちりとしとけよ?」
 自身の言葉通り、彼方は身体の各所に動きを阻害しないような工夫を凝らしている。彼女の言葉に全員頷き、洞窟へと踏み入れて――
「ああ、そういえばコレを預けるのを忘れていました」
 と、朧が戻ってきて荷物の一部を兵に預けてきた。
「家事をする服と聞き及んでおりますから‥‥洗濯中の代え着ですわ」
 そう言って、彼女は何時も通りの笑みを浮かべた。

●動かぬ影
 洞窟と一言に言っても、様々なものがある。
 ここは地下水源に繋がっている関係か、徐々に下っている形状で地下空洞に近い。陽光が届かない為、外部よりも気温が低く、地中である事が相俟って湿度も高い。寒いとは言えない季節だが、掲げられた数本の松明の火が妙に温かく感じつつもある。
 地面は至る所から流水が生じており、滑り易くなっている。これがただの探索ならばともかく、目的は討伐。全方に注意を払わなければならず、非常に神経を使う。
 一定間隔で立ち止まっての心眼や、展開する柚乃の瘴索結界に今の所アヤカシが引っ掛かる事は無い。
「皆‥‥止まって。直ぐそこに居るよ」
 結界に反応があったのは、やはり洞窟最奥部。腰まで――背丈によっては胸元或いは又下――水に浸かる場所。露出した足場が一切無い小さな湖のようなそこの壁際付近、丸々とした影が水中を漂っているのが見えた。
 そして、何よりも対策が一切役に立たない程の悪臭――アレがその根源だろう。
 嗅覚は他五感に比べ著しく疲労し易く、どんな悪臭でも同じ臭いであれば数分内に感度が著しく低下する。ただ、その状態でも他の匂いならば問題無く感知出来るのが奇妙な辺り――この悪臭は既に一時間近く嗅ぎ続けているが、嗅ぎ始めと変わらぬ不快感を与え続けている。
「この距離で此方に気付いてないわけはないが――動かんな」
「それはそれで都合が良い。恵皇さん、網を」
 慎重に影を観察する恵皇に、喜屋武が促す。頷いた恵皇は兵に借りた網を解き始める。
「不意討ちしてくるかと思ったけど‥‥どういうつもりなんでしょうね?」
 有利な状況に余裕を見せているのか、戦う気が無いのか――経緯を考えると、恐らくは後者だろうと梓は推測する。
「何つーかぁ‥‥動き辛いな、こいつは」
 網を広げた二人の脇に立ち、彼方が符を確認しつつ呟く。元々は壁際にでも追い詰めてやろうと考えていたのだが――不意打ちでもしてくれた方が此方の対処も定まる。相手が何をしてくるか読めないのは、戦いにおいては最も宜しくない。
 彼方と対照となる場所で長槍を構える鬨は、周囲の地形を確認している。
(見る限りでは洞窟は行き止まりに見えやすけど‥‥いや、後ろにまだ続いているのであれば、既に逃げていないと妙どすなぁ。うちらの逃げ道は今来た道――お互い逃げ道は一緒って事どすな)
 なら、必ず動く。瞳と槍の穂先を影に縫い付け、下半身に力を込める。
 喜屋武と恵皇が広げた網を構える。投網をうつ対象は目前――そして、それは投げられた。
 直後、暴れ出す影。網の先端部を持つ手に凄まじい抵抗――喜屋武に関しては一行の中でも跳び抜けた力の持ち主。その上腕力向上を行って尚、身体ごと持って行かれかねない。
「今頃暴れたところで――!!」
「‥‥いいぞ、ヤっちまって!」
 押し引きを繰り広げる二人からの声。鬨と出が水を割って直進、矢を番える梓、同時に洞窟に反響する三つの詠唱。
 影まで後一歩――鬨と出がその一歩を踏み込もうとした瞬間、いきなり抵抗が静まる。
 そして、地面があると踏んでいた位置に地面が無かった。
「な――?!」
「わぷっ??!」
 完全に態勢を崩された二人。鬨はつんのめる程度で済んだが、小柄な出に至っては完全に頭から水に突っ込んでしまった。そして、水中で目が合う。白濁して虚ろなくせに限りない悪意に染まった腐女の目。
 次の瞬間、網を一瞬で引き千切った腐女の膨れ上がった腕が出の腹部にめり込み、彼を空中に打ち上げた。
「あ――」
 痛みよりも浮遊感覚。一瞬の空白の後、出の身体は水飛沫と共に水中へと埋没した。
「出さん?! ――えずくろしい!!」
 姿勢を戻した鬨が立ち上がった腐女に突きを見舞うが、腐臭の根源は軽やかな動きで後退する。
「動かなかったのは、そこだけ深ぁくなってたか――自力で掘ったのかぁ? 見た目の割には頭働くじゃねぇか!」
 彼方の分析に応え、腐女が嗤う。それにしても何という腐臭、異様な姿。黒髪はでたらめに伸び全身に絡みついている。女である事はかろうじて分るが、腹や顔、手足などは内側から膨張――全身に腐敗による損傷が見られ、臭気と粘液が滲み出していた。
「やはり魚と比べるべくもないか――ま、そっちから出てきてくれたんだ。死体は死体らしくきちんと腐れ――拳で教えてやる」
「臭い、臭い、超臭い、きついな、溝を煮詰めた様なすっぱいような臭いがする!! ――根元は断たねばな」
 役に立たなくなった網を投げ捨て、恵皇と喜屋武も身構える。あちらとて此方を倒さねば逃げられない事は分っているのだろう。もはや、小細工は無い。
「っ‥‥油断した。二度目は無いですよっ」
 抜かれた腹部はそれほど痛まない。口の中に入った腐水を吐き捨て、出も構える。
「やっぱり水死体が元‥‥なら、火葬でしょうね」
「火‥‥精霊の恵み、小さく温かき種よ」
 梓の呟いた言葉で思い出し、柚乃が火種を天井近くに作り上げる。松明以外の光――決して強くはないが、うっすらとその場を照らし出すそれ。
「早く服を洗いたいので早々にご退場願いますわ――癒しを運ぶ精霊の風、来たれ」
 あくまで乱れず微笑の朧――彼女が出の腹部へ運んだ癒しの風が開戦の合図となった。

●腐女の遺言
 腐女は素早く水中へと沈む。だが――
「根元は断つと言った!!」
 喜屋武の咆哮。強制的に腐女を水中から引っ張り出す。直後、槍が拳が彼女の身体を削っていく。元が腐乱死体だけあり、その身体はもろい。
「これ以上逃げ打つたぁ、感心しねえなぁ――式、犬神の牙の如きに喰らい付くもの!」
 追随する彼方の式。腐女の身体に絡みついた式が、その動きを拘束する。身を捻り、式を振り払おうとした彼女の顔面に、今度は炎を纏った一矢が直撃した。
「俺も言ったよね――火葬にするってさ!」
 矢を放った梓を睨み付ける腐女。
 ――地の利は取られている。だが、それは逆に考えれば『地の利を取らなければ勝てない』という理屈にも転じる。腐乱している割に頭は確かに良いのだろうが、根本的な部分は終わっている。ここに逃げ込んだ上に、開拓者達が現れるまで逃げなかったのが何よりの証明。
 絶叫。負けを悟ったか、腐女の動きが攻撃的なものに変わる。凄まじい勢いで鬨に躍り掛かるが――
「得意の地形でこの程度の突進――ぬるい」
 それも割り込んだ喜屋武の受けに完璧に止められた。離脱する前に、横合いから長槍の刺突が膨れ上がった身体を深々と貫通する。
「それ以前に、槍に突進はあかんです。やはり腐った頭はやくたいどすか?」
 鬨の挑発に、腐女は身体を更に破損させてまでして距離を取る事で答える。再度水に沈もうとしたが――
「精恵‥‥力の歪みよ来たれ!」
 もう逃がさない。柚乃が発現させた空間の歪みに巻き込まれ、アヤカシの身体が一転する。
「式――犬の神に従い、我が牙ぁに其の牙を重ねよ――霊青打ぁ!」
 完全に無防備な姿勢――そこに全霊の式を上乗せした、彼方の槍が捩じり込まれる――手元まで貫通。これはもはや抜けまい。
「こいつで――終いだ!!」
「その痛点――打ち抜く!!」
 闘気を立ち昇らせた恵皇の拳、効果的な箇所を的確に打ち抜く出の拳――足場が悪いのでやや踏み込みは足りないが、それで充分。
 水飛沫を上げつつ水中に埋没した腐女は、再び水面に上がってくる事も無く消滅。上がってきたのは、彼方の槍だけだった。

(‥‥今、何か呟いた?)
 癒し手として、一人状況を静観していた朧だけが気付いた。
 倒れる直前、腐り女が何か呟いた事。そして、満足気に嗤った事。
 勿論、朧は読唇など出来ないので何を呟いたのかは分らない。
(ですが‥‥何か、とても不吉なモノだった気がしますね)

●汚れは洗い流すもの
 腐女討伐後、戻った開拓者達の放つ臭いを予想していたのか、兵隊長はそのまま近場にある小川に連れて行ってくれた。
 男性陣はさっさと水浴び開始。
 女性陣はやや戸惑ったものの、男性陣や兵から大きく離れた場所で沐浴。
 身体は洗い流せば、後は拭けば良い。問題は着衣なのだが――独特の衣装を身に付けた朧が全員分を纏めて洗濯していた。
「変わった衣装――でも、可愛いね」
「ジルベリアの方では、大きな屋敷に勤める女性はこの衣装を身に着けているそうですよ」
 割烹着のようなものだろうか? それにしては厚みはあるし裾は長いし髪飾りも一緒になっているし――何か別の嗜好を満たしているように見える。
「俺らのも洗ってくれるのはぁ良いけど、男連中のは良いのかぁ?」
「二度手間になるのも嫌ですし、あちらはあちらでやるようにお願いしました」
 それ以前に、彼らはかなりの軽装だったので、それほど洗うのも手間はないだろう。
「そういやぁ、華御院が脱ぎ出したのを兵連中が慌てて止め出したのは吹いたなぁ。あいつら、男だってぇ気付いてなかったのかよ」
「まあ、あそこまで見事に演じていれば、気付かないでしょうねえ」
 当人、余程臭いが気に食わなかったのか、兵達の前で服を脱ぎ出したのだ。勿論、鬨は男性なので問題は無いのだが、容姿が容姿である。その光景を思い出し、彼方に続いて朧と柚乃にも笑いが伝播。
 ――腐臭を洗い流した清浄な川の中で、三者三様の女性の笑い声が響いていた。