幸か不幸か
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/05 18:36



■オープニング本文

 その女性の身の上を幸と見るか不幸と見るか、人により様々な意見が出ると思われる。
 歳は二十と二つ、容姿はかなり良い部類に入るであろう。
 住まう家は遭都でもそれなりに有力な商家であり、生活に困る事も無い。
 ただ、この女性、その家で生まれ育ったわけではない。
 生まれは何処にでもあるような普通の村で、両親も田畑を耕して生きるごく普通の人物。
 決して裕福ではないが、平穏で静かな生活を営んでいた。
 だが、その生活は女性が十歳の時に終わりを告げた。
 村が野党に襲われたのだ。
 少ない蓄えは奪われ、田畑は踏み荒らされ、家は燃やされ、村民は殆どが殺害され、見目の良い女は辱められ色街に売られるという悪夢に見舞われた。
 そんな中でまだ幼かった頃の女性はどうかというと。
 やはり、他の女達と同様の扱いを受けたらしい。ただ、不幸中の幸いか――色街で座敷に上げられた直後に、偶然そこを訪れた商家の主が彼女の外見を気に入り、身請けした。
 主は早くに妻を亡くし子供が居なかったらしく、彼女は養女として迎え入れられた。
 そして、数年の間に主は義娘の異常に気付いた。
 記憶力、身体能力、言語能力等に問題があったわけではない。ただ、義娘は精神面で襲われた頃のまま留まり続けていたのだった。そしてそれは、現在まで続いている。
 義娘の異常に気付いて数年、何度も治療を重ねたが回復する兆しすらない。徐々に、主は彼女を避けるようになった。そして、それは主が再婚をして、妻が子を授かった時点で最高潮に達してしまった。
 だが、商家の主としての体面がある。それに、元の色街へ引き払うのも不憫ではある。だから、最後の有効利用として別の商家へ嫁に出す事にした。
 精神面が十歳で止まっていようが、他の面では問題無い。世の中にはそういうのが好みな男も居る。主は吟味に吟味を重ね、ある商家との縁談を成立させた。それが一か月前。
 ――そして、婚儀を間近に控え――相手の男が、突如行方不明になった。

 最初は女性にも疑いが掛ったが、子供のままで精神を留めている人間に何か出来るとも思えない。結局、そのまま失踪と処理された。
 その後、再度縁談を成立させたのだが、同じ結果に終わった。そんな事が二度も連続すれば、当然男達も寄り付かなくなる。
 壊れた心、働き手としては不十分、子は成せても母親になれるとも思えない。そして、呪われているようなその身。
 ――もはや主にとって、それはただの不良品だった。


「兎に角、あの娘の周辺で男が消える原因を調べて、排除してもらいたい。二十歳を超えても貰い手が無い娘など、我が家の恥だ」
 主は、様々な手段を取り尽くし、最後の望みとして開拓者ギルドに駆け込んでいた。
 受付担当は、呆れ果てた目。依頼内容にではない。自分の都合のみで構成された、その理由にである。
 男の背後に目をやると、件の女性が物珍しそうにギルド内部を見回している。成程、外見は見目麗しい妙齢の女性であるが、よく観察するとどこか不自然だ。特に、瞳が綺麗すぎる。何やら、真新しい赤茶けた汚れが目立つ本を一冊、大切そうに抱えているが――
「ああ、あれか――身請けした時にも持っていたので店の主人に尋ねたが、どうも売られてきた時点で持っていたらしい。それ以前の事は分らんが、恐らくは村に居た頃からの持ち物ではないかと思う。
 最初はそうでもなかったが、ここ一カ月は全く手放さない。聴いてみれば、このご本が私を護ってくれるなどと言う――始末の悪い」
 幸せだった時代の名残を抱えていて何が悪いか――そう、受付係は思うが、自分の役目はそれを非難する事ではない。
「それで、何かしら手掛かりになりそうな事はありませんか? 今のままでは調べるにも糸口が無いのですが」
「手掛かりか――そうは言ってもな。そんなモノがあるなら役人連中でケリが付いているだろう」
「その役人さん達だって何かしら掴んでいるでしょう。それすら聴いてこないで話を持ち込んだのですか?」
 何と言うか、純粋に腹立たしい。勿論、男の立場も理解出来ないわけではないが、依頼を説明する自分やされる開拓者達がいい迷惑である。何より、真後ろにその当人を置いて話せる神経が理解出来ない。
「役人連中もお手上げらしいな。消えた連中に動機は見当たらない――ああ、そうだ。参考になりそうなものが、一つだけあったな。
 ――男共はこの娘を夜に尋ねようと出掛けて、以降消えたらしい」
「夜に訪問? ですが、役人達が疑いを解いたという事は、訪問はされていない?」
「知るか。少なくとも、どっちの男も来ていない筈だ。私は知らんし、妻もこの娘もそう言っている」
「‥‥そういえば一つお尋ねしたいのですが、娘さんは縁談には乗り気だったのですか?」
 そう受付係が口にした瞬間、主が苦い顔をし、後ろの女性の顔から表情が消えた。
「‥‥それが今回の件と何の関係がある」
「あるでしょう。縁談相手が全員消えているのでしたら」
「‥‥この娘の頭で縁談など理解出来るものか。それに、反発しようが事実があれば――いや。
 妻は娘に同情してか、家の都合で結婚させるのは止めようと言っていたが――穀潰しを置いておくほど、商家は甘くない」
 ――今、何を言い掛けた?
 そして、その考えと妻の同情。どちらが正常なのか、受付係には判断しかねた。
 理想で言えば望んだ相手と結ばれるのが当然なのだが、現実にはその通りになる事は意外と少ない。むしろ、家の都合で結ばれる相手が決まる者も多いのではないかとさえ思う。
「とりあえず、家に開拓者達が自由に出入りできるようにしておく。縁談相手の家にも連絡しておこう――早めに頼むぞ」
 そう言い捨て、主は娘の手を引いてギルドを出て行った。
 ――その姿が消える直前、娘が振り向いた。受付係に向けられたその瞳は――助けを求める子供に似ていた。


「戻ったぞ」
「――お帰りなさいませ。ほら、貴女はお部屋に戻りなさい。大掃除しておいたから」
「はーい」
「‥‥半月前くらいにも大掃除と言っていたか。畳や襖がそう何度も駄目になるのか?」
「あの子、襖に穴を開けて遊んだり、畳に落書きしたりしますから‥‥」
「――あの本もここひと月くらいで異常に汚れたな――普段何をして遊んでいるのやら」
「あの本は‥‥あの子の大切なものですし、あまりそういった事は――それで、ギルドの方は?」
「来週辺りには開拓者連中が来るだろうから、上手く計らってくれ」
「そう、ですか‥‥」
「何故沈んだ顔をする? このままでは店の信用にも関わってくる――アレへの同情はいい加減やめるのだな」


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
鳴海 風斎(ia1166
24歳・男・サ
白姫 涙(ia1287
18歳・女・泰
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
菘(ia3918
16歳・女・サ
伎助(ia3980
19歳・男・泰


■リプレイ本文

●崩れる前提
 とある商家の義娘、芳。その彼女の縁談相手が二連続で行方不明になった事件の解決を依頼され、開拓者達は奔走する事になった。
 事件の概要を聴き、七人で暫く話し合った末に真相部分の大凡は見当が付いていた。
 役人が匙を投げたのは当然。何故なら、根本に開拓者にしか通じない概念が含まれていたから。更に言えば、そこに人間の意図と隠蔽が紛れこんだ事で、状況が奇妙なものになってしまっていた。
 そして、開拓者達とて見当のみで行動するわけにはいかない。状況によってはそれも許されるのだろうが、基本的には裏付け、根拠、証拠といったものが必要となるのだ。

「では、あの方は特に隠している事は無い、と?」
「いや‥‥個人的に隠している部分がある可能性はあるよ。ただ、少なくとも此方で捜査した辺りに関しては全部話しているな」
 役人の詰め所、行方不明事件の捜査に当たった担当者を訪ねたのは斎 朧(ia3446)。物腰柔らかく落ち着き払っている彼女に対し、担当者は協力的だった。朧は当初、彼らが尻尾を掴めなかった事件を捜査している自分達に対し不快を露わにされるかと考えたが、彼個人の感情はともかく公の場で開拓者を忌避する態度を取る者はそう居ない。まして、国に仕えている者なら尚更だろう。
 兎に角、気兼ね無く質問出来るのは都合が良い。
「芳さん、でしたかしら――娘さんの嫌疑が晴れたのは何故です?
 状況的に一度は疑ったのでしょう? 例え精神的に十歳だとしても、身体は成人女性――意図的でなくとも他者を害する事は充分可能です。それが晴れたのは、明確な否定材料があったと?」
「一番は君が言った通り、精神年齢。二番は彼女の部屋に何の痕跡も無かった事。三番は彼女の元を訪れると言っていた行方不明者は、あの商家一家の証言で訪れていないという事。最後に、彼女がその夜に外に出た証言も形跡も無い――大の男が彼女と外で争ったとして、誰一人見も聴きもしていないというのはおかしいだろう」
 確かに、それだけなら疑う余地は無いと朧も思う。但し、二名真実を言っているのか怪しい人物が居る。一つ確認しておくか――
「芳さんの部屋、汚れ一つ無く綺麗でしたか?」
「ん? ああ、子供の部屋ってのはもっと汚いもんだが――」
(‥‥成程、これで一つ崩れましたか)
 話によれば、芳の部屋は汚れや破損が酷く月に二度も畳や襖を交換している。その交換は役人の捜査後に行われているだろうから、前提が既に破綻している。
(‥‥でも、単純解決するのが果たして良い事なのですかしら)

 芳の部屋で使われ、そして義母が処分を依頼した畳屋。襖は既に処分されてしまっていたが、此方はまだ間に合ったようだ。
 訪れたのは伎助(ia3980)。
 畳屋は処分したと言ったが、一度目はともかく二度目の処分としては迅速過ぎる。逆にそうだとすればそれ自体が不自然である。伎助独有の物言いでその辺りを突いてみれば、何かを要求するような目。
「ふぅん――まあ、それも有りかなあ‥‥旦那の出方次第だけどねえ」
 何を要求されているかは分っているが、これ見よがしに懐に手を入れてにやにや。豪華に見える彼の着衣も幸いしたのだろう、畳屋はここだけの話、と口を開いた。
(――甘いね。そこは現物手に取るまで粘らないとさ)
 伎助はそう思うが、勿論口になどしない。余計な出費は無い方が良いに決まっている。
 畳屋によれば、畳は実際に焼却処分してしまったらしい。ただ、依頼した義母が妙だったと。畳だが、布で何重にもされていた。二度の依頼で渡された金額は、通常よりも一桁上だった事。そして義母から即座の焼却処分の指示と中を見ない事、口外しない事。
「へえ‥‥地味に頭の回る人だね」
 金を渡してから細かい指示を出す辺り。お金を見てから、妙な指示をされても中々に断り辛い。まして、商家相手なら良い得意先だ。不興を買う事は避けたいだろう。何より――
「旦那の頭の悪さを見切ってる辺り、中々だね――じゃ、聴きたい事は聴けたからさよなら」
 伎助、あっさりと話を切り上げて退散。一度だけ追ってこられたが、共犯にされる可能性を口にされると畳屋は引き下がった――やはり、頭が悪い。
「んじゃ、後は相手先の家でも訪問しとくかな。もう、裏は見えてるけどさ」

●幼き妙齢
 聞いてはいたが、目の前にすると奇妙すぎる。それが、芳を見た最初の感想。
 妙齢の美しさを語る容貌と肢体、反して汚れていない双眸――
 お手玉が宙を舞う。単調なその動きと、同時に奏でられる唄――
「そういえば‥‥その本、ずうっと持っているようだけど、何でだい?」
 そうして暫く遊び打ち解けた頃。
 外見上は年上の女性に、年下に話し掛けるような物言いをしている自分に可笑しさを感じつつ、赤マント(ia3521)は恐らく全ての元凶であろうモノについて尋ねてみた。
「この本はね、あたしを護ってくれるの」
 その言葉は既に聴いている――問題は何故そう思うのか。実際にそういった事があったのか、である。
「何でそう思ったんだい? 誰かに言われたとか?」
 不思議そうに真紅の装いを眺める芳。余談だが、その装いを当初は相当面白がっていた。
「別に誰にも言われてないよ。
 ――ここに来る前ね、嫌な事があったの。でも、本にお願いしたら父様が迎えに来てくれた――だから、これはあたしのお守り」
 それは――単なる偶然だろう。だが、そう思う事が芳には必要であり、実際にそれは彼女を護ってきたのだろう。そこは疑問を挟む所ではない。
「ねえ、最近その本に護ってもらった事あった?」
 そう口にしたのは、赤マントと同い年の巫女、鳳・陽媛(ia0920)。当初は丁寧に話していたのだが、相手の中身が十歳児では変に畏まっても無意味と、年相応の物言いに切り替えたのだ。その方が打ち解けるのは早いだろうし、とも。
「ううん、最近は嫌な事は別にないから――あ、でも父様が冷たくなった気はする」
 沈む芳。あの義父、隠す気も無いらしくそう思われているのは当然だった。だが、少なくともそこで沈むという事は、彼女は義父を嫌っていない。
「そうかー‥‥お母さんは何か言ってた?」
「心配無い、疲れてるだけって」
 ――まあ、他に説明しようがないだろう。まさか、誰とも知らない男の元へ行かされるなど言える筈が無い。その様子からも、まだ若い義母への信頼は伺える。
 ここまで話した限り、芳は何も知らない様子。現状の認識が足りないのでは無く、そもそも現状を知らない――なら、と赤マントは最後の確認を口にした。
「ねえ、その本さ。どうしてそんなに汚れてるんだい?」
 本はかなり古いが、汚れそのものは真新しい。皆が予想するに、それは血痕――
「知らない。ちょっと前に朝起きたら、凄い汚れてたの。最初はもっと赤かったんだよ」
 ――これで、元凶はほぼ確定。赤マントも陽媛も今すぐその本を芳から引き離したい衝動に駆られるが、これまでを鑑みるに芳に危険が及ぶ事はまずない。彼女にとっては大事な物――脈絡無く取り上げるのは避けたかった。

●義父母
「では、縁談には反対なんですね?」
「ええ。少なくとも、今は。心が治るか、今のままでも好きな男性が現れるなら――」
 義母と向き合い世間話な様子の、水鏡 絵梨乃(ia0191)。茶と共に出されてた芋羊羹の誘惑に耐えつつ、差し向かいの女性を伺う。
 容姿は悪くない部類。意思の強さを伺わせる瞳が印象的。雰囲気は柔らかいが、商家に嫁いだ者としての強さを感じさせた。
「でも――失礼ですけど、後妻さんともなれば血の繋がらないお子さんには良い気分がしないのでは?」
「‥‥人それぞれ。少なくとも、私にとってあの子は娘です。
 旦那様の言い分も分りはしますが‥‥私も商家の娘ですし」
 義母の場合は只の偶然だが、三十路を迎えるまで貰い手が無かった。流石に拙いと思った彼女の両親は、丁度男やもめの取引先が居る事を聴き、彼女の知らぬ間に結婚話を進めてしまったらしい。
 これには流石に絵梨乃も眉を顰めた。
「何と言うか――それでよく納得しましたね」
「――旦那様や店の方も良くしてくれていますし、あの子も懐いてくれました。
 下を見て我が身を慰めるつもりは毛頭有りませんし、今の環境で出来る事をするまでです」
 義母は苦笑。それで絵梨乃は、彼女が芳を大事にする訳が分った気がした。言い方は悪いが、自己投影――自身の意思を無視された婚礼を鑑みて、嫁ぎ先に居た壊れた女性には同じ事になってほしくなかったのだろう。
 下――そう義母は言ったが、それは芳だけではなく絵梨乃も当て嵌まる。芳程には酷くないが、両親の虐待と遺棄そして放浪の記憶は深い傷である。忘れたいとまでは思わないが、思い出したくはないモノ。
 自身と芳を重ねつつ、依頼を遂行するだけで良いものかと絵梨乃は思い始めていた。

 容貌は貧相――だが、成功している商売人に共通する低姿勢ながらも謙りはしないそれを義父は持っていた。
 その彼に、改めて話を聴きに行った菘(ia3918)は脳内を整理する。
 彼女が義父に尋ねたのは縁談の詳細と行方不明者の訪問を何故知っていたか、という点。
 前者に関しては、芳不在で進められた事以外は不審な点は無い。二度目の縁談が早かった点については、行方不明者が出たという噂が広がる前に縁談を決めたかった事。最初の時点で複数の候補者は居たのでその中から選んだだけとの事。矛盾は無い。
 そして後者。義父から呆れ、役人の捜査で分っただけの事と彼は語る。
 実は開拓者全員で共通する一つの見解を持っているのだが、そこは裏付け無しで追及は出来ないし――恐らく、義父以外だと行方不明になった二人しか事実は分らないだろうから、棚上げした。良手とは言い難いが後で試す事になりそうだ。
 ――ご協力感謝します。そう菘は言ったものの、内心穏やかでない。最悪と言って良い境遇の芳に己の過去を重ねた為――が、客観的に見ると明らかに違うが。
 そんな事を考えつつ、訪れた芳の部屋。義母が徹底的に掃除しているらしく、塵一つ見当たらない。畳や襖は変えたのは事実らしく、他の部分に比べ真新しい。
「本当に痕跡を消したとすれば、あの義母さん大したもの――ただ」
 何も無い。血痕、争った形跡。確かに室内には何もない。だが部屋の外――庭。
「芳さんや義母さんのモノじゃない――義父さんの可能性はあるけど、それにしても複数あるし」
 微かに残った足跡――恐らく部屋を訪れた二人のもの。

 陽が落ちる直前、一度全員で集まる。
 彼らの見解と捜査から推測される事実はほぼ合致。つまり、義父が既成事実の為に夜這いを許婚に許可、本が偶然アヤカシとなり許婚を捕食、義母は殺害の現場を見たか痕跡を見付けたか、とにかく義娘を護る為に証拠隠滅に走った――
 詳細な部分はまだはっきりとはしないが、大筋はこれで正しい。唯一分らないのが、本が何故芳を護るような行動に走ったか。勿論、アヤカシとてある程度の知能があれば自己防衛の為に人間と似たような行動に走る事はあるが――考えられるのは義母の胎内で息づいている命を狙っている事だが、これとて芳を護る理由にはなっていない。
 後にこの理由も想像出来たが――ある意味で、芳と本は互いに補い合っていたのでは、と思えた。

●擬態の意味
 その夜、商家に開拓者達が集合。芳が狙われる可能性もあると説得し滞在を許された。見解と推測を義父に告げた方が楽だったが、後々を考えると宜しくない。それは元凶を排除してからの話。
 そして、商家の三人が完全に寝入った丑三つ時――

「良い反応――彼女を護っているというわけですか」
 芳の部屋に現れた最後の一人――鳴海 風斎(ia1166)は面倒くさげに、目の前に浮くそれを眺めていた。
 本そのものが口となり、此方を威嚇する。童話にでも出て来そうな光景である。
 風斎が一人で居るのは、何の事は無い。推論にあった、婚約者二人の行動を真似ただけの話。眠っている芳の綺麗な寝顔に思わず舌が出そうになったが、その瞬間に猛烈な殺意を感じて跳び退く。そして、目の前に浮いていたのが件の本というわけだ。
 この状況でも目を覚まさない芳に感心しつつ、どう対処すべきか考える。周辺に待機している仲間を待つか、自身でケリを付けてしまうか――思考の最中、本がかなりの速度で牙を剥いてきた。
「とっ――良い速度、僕としてはとても羨ましい!」
 何やら自虐的に呟きつつ、進路上から身をかわす風斎。確かに速いが――
(何と言うか――只速いだけ?)
 攻撃が直線的過ぎる。只の人間には充分脅威だろうが、これでは――
「ああ‥‥興醒めだ。もう良いですよ、君」
 風斎の血は燃え上がらない。擬態をする程に能力の高いアヤカシならばさぞ楽しめるだろうと思えば、愚直に向かってくるだけ――話にならない。もう一度と突撃してきた本に合わせ、刀を振り下ろす。それだけで終わり。
「つまり逆――擬態をする程能力が高かったわけではなく、擬態をしなければ生きていけない程に弱かった――か」
 風斎の目の前に転がるのは、真っ二つになった一冊の本。
 部屋には、芳の穏やかな寝息だけが響いていた。

●いつか
「逆に聴こう。今、芳の縁談を中止させれば、君らの気は楽になる。私や妻が生きている間も良い。だが、私達が死んだ後にこの家にあの娘の居場所を保証出来るかね? 今、妻の中に居る弟か妹が芳を邪魔に思わないと言い切れるかね?」
 翌朝、元凶と推論を全て義父母に話した。黙っていた二人だったが、義母が先に認め、それで諦めたのか義父も認めた。それは別に良い。あくまで犯人は本のアヤカシだ。前後に問題はあるが、芳の為にそれは伏せる事にした。
 そしてその後、絵梨乃と赤マントが残り芳の嫁入りを止めてもらえないかと懇願した。
 同様に残った朧は、笑顔ながらも内心は溜息。朧も芳は不憫だとは思うが、彼女があのまま死ぬまでここに残るのが幸せなのか測りかねたので、当事者ではない以上無理を通す気にはなれなかったのだ。
「やり方が正しいなどとは言わん。だが、まだ若く美しい間に明確な居場所を作ってやらねばならない――芳に一生恨まれようが」
 邪魔に思えていたのは事実なのだろうが、出来得る限りの事はしてやろう――それが義父の結論だった。
「――結局、ここでは芳の心は治らなかった。なら、他の場所に託すのも手――」
 義父が視線を外す。それを義母、赤マント、絵梨乃、朧が追うと、部屋の入口に芳――
「父様――あたしは、要らない?」
「‥‥お前次第だな。
 事件を解決してくれた君らの意見を尊重し、暫くは控えよう。どの道、噂が消えるには時間が掛る――今度はお前にもきちんと話そう。その上で決めろ、良いな?」
 義父の言葉を、恐らく芳は理解してはいない。だが、その表情は昨日までの十歳児とは違っていた。