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■オープニング本文 春先に市場で目立つのは、黄色くて、大人の拳ほどもある、丸い果物。 柑橘系の果物八朔は、ほんのり苦味があるが、程よい酸味と甘過ぎない果肉が、春先の口にはとても美味い。 終盤となるこの時期は、中袋から、あまり果汁が零れずに、ぽろりと取れるのも良い。 ふとした弾みに、どうしても食べたくなる果物のひとつでもある。 「えーっ? 八朔品切れなのーっ?」 ギルド職員、佐々木 正美(iz0085)は、立ち寄った市場で、残念な事態と遭遇していた。 「凄く食べたかったのに‥‥」 「品薄でさ。そういうお客さん多いよ。しょうがないからさ、農家の人達、ギルドに依頼を出したって言ってたよ」 「‥‥え? 不作とかじゃないんですか?」 「ああ。アヤカシが居て、上手く収穫出来ないんだってさ」 依頼とくれば、ギルドに上がっているはずだ。 正美は、礼を言うと、踵を返し、ギルドへと小走りに駆け戻った。 そのアヤカシは、八朔の実のような姿をしていた。 八朔が植えられている場所に、八朔に紛れて実っている素振りで居るのだと言う。 本物の八朔と、見た目に区別はつかない。 収穫に近寄った男が、飛んできた見えない刃で、酷い怪我をしたのだと言う。 「次から、木戸を盾にして近寄ったんだけどよ、何度も受けると、木戸も粉々になっちまってさ。毎回、木戸立てて収穫するわけにもいかねえんで、今年の八朔が品薄、高額でやしょ? なのに、山にはあるってんで、風当たりが強くって。どうせ高額で出すんなら、この際、開拓者さんにお願いした方が良いって事になったんでさあっ」 青い豆絞りの手ぬぐいで、顔を拭きながら、男はやれやれと溜息を吐いた。 「近付くまではわかりゃしませんが、攻撃する時に、ぱかっと開くヤツがアヤカシですんで、頼みます」 八朔アヤカシは、その中心から、真横に線が入り、口のようにぱかっと開いて攻撃をするのだという。 「八朔の為に‥‥いいえ、アヤカシ退治をお願いしますーっ」 実に真剣な面持ちで、正美が依頼を説明し始めたのだった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
闇凪 綴(ia0263)
15歳・女・巫
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
銀 真白(ia1328)
16歳・女・志
春名 星花(ia8131)
17歳・女・巫
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「ふむ、どこに紛れ込んでいるかわからんと言うのが、やっかいだな‥‥いっそ、石でも投げてみるか」 詳しい話を聞きながら歩いてきたロック・J・グリフィス(ib0293)が、ふむ。と、ひとつ頷く。 「どのような物か食べたことはないが、あの職員の様子を見ると、さぞかし美味なのだろうな。‥‥人々の食卓の潤いの為にも、力を貸すとしよう」 ふっ。 そんな笑みを浮かべて、真っ赤な薔薇を模した金属製の装飾品を触る。ロックは、アヤカシ退治の説明もそこそこに、八朔をと拳を握っていたギルド職員の姿をふと思い出して、苦笑する。 「これ以上、農園の者に被害が出るのは食い止めねばならん‥‥何より、季節の味の値を高騰させ、人々の楽しみを奪うアヤカシを、捨て置くことは出来んからな」 「八朔は美味いよな。甘いだけじゃない、酸っぱかったり苦かったり、ちょっと大人の味ってところだ。さっさとアヤカシは片付けちまってあの黄色い実にありつきたいもんだね」 嬉しそうに千代田清顕(ia9802)も、八朔話に相槌を打つ。 「そのままでも、潰して飲むのも、好きだぞ」 小さくこくりと頷くのは銀 真白(ia1328) 「ボクも大好きですっ! 市場で品薄なのはちょっと困っちゃうね。えへへ、八朔〜八朔〜」 しっかりとお手伝いしますと、にっこり笑いながら、その味を思い出すと、春名 星花(ia8131)は耳の両脇に結ばれた橙のリボンを揺らして軽快に歩いて行く。 「旬の物が食えないというのは問題だな」 とにかく、早めに片付けようかと、風雅 哲心(ia0135)が刀に手を置きながら、山を見る。 「にしても‥‥八朔の形したアヤカシって」 がしがしと、頭をかくと、闇凪 綴(ia0263)は、はぁ。と、溜息を吐く。 「妙なのもいるもんだな」 ざっと地図が書かれた板を手にするのは樹邑 鴻(ia0483)。とりあえず、八朔の切れ目が、山の境界のようである。アヤカシは人を喰らう。喰らう為に擬態するものもいる。植物に擬態するアヤカシは、そのさいたるモノであるようだ。 「にしてもな‥‥草と違って下手すりゃ、首やりそうだなコレ。顔はまあ、眼鏡が死守出来りゃ構わないが」 最初にその位置を聞いた瞬間、頭上かよ! と、叫んでしまった。何しろ、大人が手を伸ばしたぐらいの高さに、どの八朔アヤカシも居るというのだ。攻撃は当然、頭上から降り落ちるようにあるとの事。崔(ia0015)は、軽く眼鏡を抑えると、やれやれといった風に溜息を吐いた。 ● 開拓者達は二手に分かれて、八朔の山に分け入る事となったようだ。 その山の入り口で案内をしていた村人数人が、これ以上進むと攻撃が来るからと、その位置で立ち止まる。 「えっと、志士の方が心眼でアヤカシを見つけてくれるから、ボクはそのアヤカシに向って、えいっと弓で攻撃ですね。んみゅ? 班分け、するんですか? 了解ですよっ! ボクは指示に従いますね! 風雅さま、ご指示よろしくお願いしますっ」 星花は山を見て頷く。 哲心は目を眇め、意識を集中させる。八朔の中にアヤカシが潜むというのならば、それを見分けられないかと思ったのだが。 「‥‥何もひっかからないな‥‥」 広がるのは、黄色い八朔がたわわに実る山の風景。穏やかな日差しが暖かく、春風が着物の裾をはたりと揺らす。 「心の眼の様な便利な物はないが、俺にも今まで培ってきた勘、という奴はあるんだが‥‥」 ロックは、槍で石を弾こうかと思うのだが、まずは、近寄らなくてはならないかと、首を捻る。 「こうまで数が多いと本当に見分けがつかないな」 山を見渡して、哲心が眉を顰める。 「地道に進むか?」 六尺棒を軽く振り、仲間達に笑いかけると、棒を前に突き出しつつ、崔(ia0015)が、すたすたと歩いて行く。ある位置まで、六尺棒が辿り着けば、その六尺棒へと、カカカカカッと、細かい音を立てて、攻撃が飛んだ。 「これはこれは、何ともいえぬアヤカシだな」 ロックが、軽く肩を竦める。八朔の実の中に、ひとつだけ、ぱくっと口を開けたかのような姿があった。 一方、分かれた開拓者達も、同じような経緯を辿っていた。 「それにしても、本当に美味そうだよな? これ」 つやつやの黄色い丸い八朔がたわわに実っている。それを見て、鴻は、軽く目を見開けば、集中していた真白は、小さく息を吐き出した。 「やっぱり。心眼では感知出来ない距離って事だね」 依頼の詳細を聞いた時から、心眼では探せないのではないだろうかと真白は思っていた。 「それならそれで手間が省けて楽だし、いいんじゃない? 怪我したら、回復は任せて」 やはり、心眼の範囲と攻撃範囲を測りかねていた綴は、ちゃっちゃとやりましょうとばかりに、軽く肩を竦めた。 「盾もあるから、前に出る」 ならば、囮役は必要だろうと、率先して前に出るつもりでもあった。 「囲まれないようにね。一本の木に気を取られて、背後の木から攻撃を受けるようなことは避けたいからね」 清顕は、等間隔で植わっている八朔の木を確認すると、四方から攻撃を受けないようにと、最初の八朔の木に近寄る最善の角度を割り出し、マスクを軽く引き上げる。 「しかし、普段は八朔の木なんて意識して見てなかったが‥‥結構たわわに実がなってるんだな。あの中にどれくらいアヤカシが混じってるんだか」 「俺も出る。大した攻撃じゃ無いとはいえ、本当に見分けがつかないな‥‥。こりゃ、苦労する事になりそうだ」 鴻が、やれやれと言った風に笑う。 たったったと、先に行く真白の盾へと、カカカカッと、攻撃が飛んだ。軽い衝撃を受ける。 「‥‥それだ」 やっぱり、ぱっくりと口を開いた八朔アヤカシの姿が、仲間達に見て取れた。 八朔アヤカシは、攻撃を終えると、一旦、口を閉じるが、六尺棒が依然としてその場にあるのを感知したのか、一拍置いて、再び、カカカカッと、攻撃を仕掛けてくる。実に、単純な反射のような攻撃。 「そこかっ!」 宝珠が埋め込まれ、鍔から切っ先にかけて緩やかな曲線を描く、珠刀・阿見を引き抜くと、哲心は力を乗せ、走り込むと振り抜いた。 八朔アヤカシの射程内に入り、無数の攻撃が飛び、細かな裂傷が頬を掠め、髪を切り、衣服を裂いたが、踏み込んだ切っ先がアヤカシへと伸びて、他愛なく戻るべき姿に還る。 それから先は、同じように進めば、問題は無さそうだった。まず、自分達の前に何か囮となるべきモノを掲げ、進めば、それに向かってアヤカシの攻撃が入る。 「にゃ、見つけましたっ! そこっ!」 指示を待っていた星花だったが、誰からも指示は飛ばない。なので、自力で攻撃を頑張る事にする。漆黒の理穴弓の射程は長い。難なく、アヤカシへと引き絞った矢が飛んで行く。ぷすっと入った矢で、アヤカシはぱっくりと口を開け、最後の攻撃を僅かに放ちつつ、消えて行く。 「大口を開けても、貴様等にやる餌はない、替わりにこいつをくれてやるっ‥‥ロック・J・グリフィス、参る!」 体勢を低くし、迫ったロックは、薔薇の棘のような装飾が纏わり付く、白銀の槍・白薔薇を突き上げる。ぷすっと刺さった八朔アヤカシは、その姿を保つ事無く、霧散し。 「八朔のくせして大口開けてるなよ。八朔が人間に食いつくなんてのは、世の理に反するんだよ」 瞬時にアヤカシの近くへと移動すると、風魔手裏剣が、狙い違わず打ち込まれ、アヤカシはぱっくりと口を開けたまま、還って行く。 「遠くからチクチクと‥‥鬱陶しいっての!」 迫れば、攻撃は仕方が無い。はらりと、髪が切れ、走り込む後ろに飛び散って行く。無数の裂傷を作りながら、鴻が走る。その重量の在る朱槍が、空に風鳴りを響かせ、八朔アヤカシを攻撃すれば、瞬く間に消えて。 「‥‥いく、よ」 見分けがつかないようならば、つついたり、触ったりしなければならないかと思っていたのだが、条件反射で接近する人。というか、自分の生っている木に近寄るモノへと攻撃を仕掛けるタイプのようだと見てとると、盾に打ち込まれる攻撃が収まった瞬間を狙い、真白は、柄頭に同形状の鉄片を放射状に並べた片手棍を、他の八朔を傷つけないようにと慎重に振り上げた。ぱかっと口を開けたまま、アヤカシは還って行く。 「はいはい。怪我人は回復、回復」 もし、八朔アヤカシがしぶといようならば、神楽舞で応援をと思って準備していた綴だったが、次々に還って行く姿を見て、問題は無いかと、頷きながら、細かな裂傷を作った仲間達へと、癒しの風を送り届ける。 「これだけ広いと、どこを片付けたのかが分からなくなってくるからなぁ」 板に書き記した地図にしるしをつけながら、鴻は、どこまでやったっけと首を傾げる。 ともあれ、何しろ、開拓者である。 さしたる怪我も負わず、おやつ時までには、八朔の山の中を踏破しつくす事が出来たのだった。 ● 八朔を退治して進む開拓者の後から、ついてきた村人達が、落ちた八朔を回収していた。それは、それでまた飲料にしたり、皮は漬物にしたり、酒に漬けたりするのだと言う。余程のものでなければ、しっかりと利用するのは農家の知恵。最近流通しているジャムというものにも、挑戦しようかと思っていると言う事でもある。 「こちらで引きとろうかと思ったんだがな」 そう言う事ならと、哲心は頷く。 安全になった八朔の山の中に分け入っていた村人が、子供の顔かと思うほどの大きな八朔を人数分もいで手渡してくれる。 「ほぅ、大きいな‥‥」 八朔を手にして、その重量にロックは目を見張る。 丁度食べごろの艶々した黄色く丸い八朔を受け取ると、開拓者達は、春の日差しを浴びながら、優しい風に吹かれて、嬉しそうに食べ始めた。 山の中を歩き倒してきたのだ。その身体に、果物の酸味と甘味は、とても美味しくて、鴻は満面の笑顔を浮かべる。きゅっと剥いた瞬間に爽やかな香りが立ち上って、気持も軽くなるかのようだ。 「ん、やはり美味い。苦労した甲斐があったってもんだ」 「‥‥酸っぱくない?」 いただきますと、手を合わせた崔は、硬い皮からはじける酸っぱい香りに不安気に顔を上げれば、村人達が、何処から酸っぱいというのかはわからないが、きっと大丈夫と笑う。八朔は基本、酸っぱいものなのだ。 「‥‥しかし、今にも噛み付かれそうでぞっとしないね」 ナイフを取り出すと、器用に八朔のヘタの部分を丸く削ぎ落とし、くるくると林檎の皮を剥くように剥いて行くのは清顕だ。飲み物や、漬物と聞いて、そんな方法もあるのかと頷き、砂糖漬けにするっていうのもあると言えば、方法を教えて欲しいと頼まれる。 「何、簡単だ。漬物と同じ。砂糖の中に漬け込むだけ」 それは美味しそうだが、砂糖が高そうだと、笑いが零れる。 綺麗に剥けた果汁したたる八朔にかぶりつけば、何ともいえない至福の一時。 ほろ苦くて、丁度良い酸味。以外に歯応えのある果肉からは、噛めば噛むほど果汁が溢れ、幸せになる。 「にゃは、おっきい八朔っ頂きますっ! あれ? うーんと、みゅぐぐ‥‥みゃう、大きすぎて、上手くできません‥‥」 あは。と、星花は八朔と睨み合えば、見かねた村人が、綺麗に皮を剥いてくれた。 「にゃわ! ‥‥えへ、ありがとうございますっ」 ころんと剥かれた黄色の実は、ほお張らなくては食べれないほど大きくて、はむりと口にする。 「初めて食べたが、味も良い。これで高騰も収まるし、あの職員も喜ぶだろう」 ひと房を一口では食べきれないほど大きい。だが、程よい甘さに、ロックは嬉しそうに目を細める。 一方、厚い皮に苦戦しているのは真白。戦闘よりも、おもっきり真剣な表情である。 「むぅ‥‥中々、上手く行かない物だな‥‥母上に習った通りに、やっている筈なのだが‥‥」 「‥‥」 食費が浮く。とか、助かる。とか、心の中で激しく頷いていた綴は、隣の真白の姿に、つい見入ってしまう。何時も、隊長として皆を纏めている真白なのに、この様はどうだ。剥ききれない皮は、ぽろんと小指ほどの大きさにちぎれて飛んで、その様に唸る真白。 (「‥‥何、この可愛い生き物は‥‥」) 「‥‥む。目が痛い‥‥?」 真白は、何とか、外側の皮を剥いたのは良いが、中袋を分ける時に、つい指が深く入ってしまい、果汁の飛沫が飛んだ目を、果汁たっぷりのその手で擦った。 「ああもう! 貸しなさいっ!」 「‥‥すまない、手数をかける」 ぐりぐりと、顔と手を綴に拭かれて、綴りの剥いた、綺麗な剥き身が手渡される。 「どうも有難う‥‥うむ。美味しい」 まぐまぐと口にして、その美味しさに小さく頷く真白を見て、綴は、はぁ。そんな溜息を吐いて、やれやれと座り込む。まがりなりにも、うちの隊長。八朔の皮で苦戦して小さな子供のように唸っている姿を、あまり見られたくなかったというか。くすりと笑う村人達に、何やら言い訳をしていたが、すでに後の祭りのような。 そんなこんなで、そろそろ、時期も終わるという八朔は、無事に街へと流れ出し、八朔好き達は、思う様に、過ぎ行く春の味を楽しむ事が出来たのだった。 |