【山河】桜の古木
マスター名:北野とみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/05 19:13



■オープニング本文

「うわ‥‥すごいなあ」
 月輪は、山の中に開けた場所に行き着いた。ふいに目に入るのは桜。
 綺麗に手入れされた芝生の真ん中に、小さな泉があり、その側に、桜の大木があった。
 猟師をしていると、随分いろんな場所を見る。この場所もそうだ。初めてやって来た方角だった。この方角は、姉が嫌っていた方角。まだ月輪が赤ん坊の頃に、アヤカシに追われて来た方角だったから。
 今年は、何となく足を向けてしまった。
 姉には黙っていれば良いかとひとつ頷いて。
 アヤカシはもっと遠くに出たはずで、自分の足で少し行ったくらいでは出るはずも無いと思いながら。
 そうして進んできたら突き当たったのは、誰かの私有地。どの氏族だろうかと、首を傾げる。
 広々とした芝生は良く手入れされていた。
 桜と、泉の他に、何の植木も無いのが不思議といえば、不思議だけれど、とても綺麗だと思う。
 そんな月輪を見て、作業着を着た男が近寄ってきた。男は、名を花菱と言った。
「良かったら、近くで見て行くと良いよ」
「え? 良いんですか?」
「構わないよ。一服していきなさい。今、お茶を入れよう。こんな山の中だろう? 私も久し振りに話し相手が出来て嬉しいよ」
「ありがとうございます。ご馳走になります‥‥あれ?」
「どうした?」
「あの木、大丈夫ですか? 家の上に倒れてきません?」
「ああ、何しろ人手が無いからねえ。じき、頼んだ開拓者さんが来てくれるはずなんだがね」
「そうですか。じゃあ、俺も手伝います」
「そうかい。そりゃ助かるなあ」
 月輪は、つい先日の春の嵐で倒れてしまったという倒木の近くへと向かう。倒木が今にも押し潰そうとしているのは、平屋建ての大きなお屋敷だった。
 完全に倒れているものもあれば、中途半端に傾いでいるももある。
 その倒木の中に、古い桜の木があった。蔦が幾重にも絡まったその桜の木は、大人が二抱えもありそうな幹の太さで、随分と長い。そびえている時は、立派だったんだろうなあと、根っこの近くが裂けている桜の木を見て思う。
 まずは、枝を打つ事から始めようかと。

 空模様が怪しい。
 また嵐になるのかもしれなかった。
 春の、嵐に。

 館の管理者から知らせを受けた老婦人は、深いため息を吐いた。
 あの桜も折れてしまったのだろうかと。随分と長くあの屋敷には行っていない。
 首を横に振ると、空を見た。あの日も、あんな空だったと。

 その少し前、ギルドに依頼が出ていた。
「山の中の、お屋敷の近くで、大きな木が何本も倒れてしまったんですって。随分と山奥ですがよろしくお願いします」
 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、ぱたぱたと走って来たのだった。
 春の嵐が来る前に、全部木を倒して欲しいという事のようだ。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
水津(ia2177
17歳・女・ジ
木綿花(ia3195
17歳・女・巫
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
春金(ia8595
18歳・女・陰
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟


■リプレイ本文


「潰れちゃ元も子もないとはいえ、個人の屋敷の倒木除去で開拓者‥‥元の主人は土地の有力者、か?」
 その屋敷は、広大な庭を有していた。巨木に囲まれた中にひっそりと存在する、個人宅。崔(ia0015)は、首を傾げる。その敷地の広さに僅かに目を細め。
 庭に広さは、龍が蹴鞠を出来るほど。十頭ぐらいなら、楽に着陸出来るだろう。古びているとはいえ、立派な屋敷だ。客間を入れて、どれ程の部屋がある事だろう。
 その庭を進むと、花菱と名乗る男が出迎えてくれた。
 見れば、確かに、何本も巨木が重なり合い、屋敷へと傾いでいる。
 遠目にも判る太い幹に、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は、小さく息を吐き出す。
「後、数年早くここに来たら、さぞ立派な花を魅せてくれただろうにな」
 天の高みに届くかのようなその桜の木が咲くのは、どんなに見事だっただろうかと、ふと思う。けれども、この桜の木は、きっとこのまま館に倒れ込むのを良しとはしないだろうとも思う。ずっと見守り続け、きっと愛されてきたはずなのだから。
「燃やしちゃ駄目ですね」
 こくりとひとつ頷き、自らの肩までもあるジルベリア式の戦闘用の斧を抱えているのは水津(ia2177)だ。見上げれば、僅かに眼鏡に空の色が反射する。
「この木々は‥‥ここに植えられてから今まで‥‥色んな物を見たんだろうね‥‥」
 どれ程の年輪が刻まれているのだろうか。白蛇(ia5337)は、蔦の絡まるその古木を見て呟く。鉄を燻したかのような色をしている。広大な庭に一本咲いている桜の木も、かなり大きかったが、こんな風に木の皮に現れる古色は無い。倒れるのを待つばかりならば、出来る限り綺麗に終わらせてあげたいと、白蛇は思う。
「古木達の終焉が、良きものであるようにと思います‥‥」
 形あるものは何時かは朽ちて行く。形無きものも、時の流れとともに、移ろい、流れて行く。それは、生きて行くと言う事に他ならないが、ひとつの区切りに立ち会うという事は、心が哀しさに揺れる事でもあると、シャンテ・ラインハルト(ib0069)は思う。まずは一節。哀桜笛を吹き鳴らす。別れと再生を願い、桜の花が散るかのような優しげな音色に華やかさを織り交ぜて。
「思い出を切ってしまうのは悲しいが、仕方が無い事なんじゃろうな‥‥」
 ふるふると首を横に振り、春金(ia8595)は、ふと思いつく。
「この屋敷のご主人は、この事を知って見えるのかの?」
「いいえ。一切の管理は任されています」
「そうか‥‥ひとつ相談なのじゃが、せっかくのご縁じゃ。この春の桜を文にしたためたいと思う。送ってはもらえないかの? これだけの大木じゃ。皆が言うように、思い入れもあるやも知れぬ」
 お気遣いありがとうございますと、嬉しそうにする花菱に、春金は、いや。と、微笑むと、文を預ける。
 近付けば、小さな少年が、荒縄をひっかけたり、余分な枝打ちをしていた。たまたま、出くわした猟師の少年が、先に倒木を除去する為に、働いている事を花菱が語る。振り向いたその少年に、崔は見覚えがあった。
「‥‥つか月輪?」
 月輪も、崔を覚えていた。ぺこりとお辞儀をする。
「一人で頑張ってたのか? 後は俺達がやるから」
 わしわしと頭を撫ぜれば、お手伝いしますと後に続き、そうかと、また、つい、わしわしと頭を撫ぜる。どうも、月輪に対しては言動がお父さんぽくなってしまう崔だった。
「桜は、きっと倒れてもまた生まれ変われますよ」
 ふんわりと、木綿花(ia3195)は古木を見上げた。染色を生業とする家に生まれた木綿花にしてみれば、倒木全てが、染物の材料である。桜はどの部位を煮出しても、赤い染料が出る。その色合いは様々で、薄い桜色から、夕暮れ落ちかける淡い橙や、茶まで、染める布や、天候の具合、染め出す水の温度や質によっても、瞬く間に色を変え、職人と呼ばれる人が毎回染め出しを確認してからでなければ、同じ色に染めるのは難しい。
 若木でも、あまり良い色にならない時もあるし、このような古木でも、びっくりするくらい初心な色が染め出される事もある。
 吹く風が強くなってきた。
 そして、空には嫌な雲が湧き出てきている。
「何に生まれ変わるかは、また後で考えましょう。まずはお仕事。それぞれ手際よく行きましょう。手間取らずにやれば、本格的に嵐になる前に間に合いますよ」
 吹く風に巻き上げられた髪を押さえ、エグム・マキナ(ia9693)が、倒木の角度を確認しながら、声をかけた。


 桜の古木に絡みつく蔦を取り払い、その身軽さを生かして、木々の上の方へと上って行くのは白蛇。手にした縄を上部へとひっかけて垂らす。
「‥‥これは?」
「ああ、このお屋敷の持ち主である、十六夜 陽輪様の家紋ですね‥‥」
 蔦を取り払った古木に、刀で彫ったような跡があった。
 それは、二重丸に、三日月が重なったような図柄。随分古いものだと見て取れる。まだ、こちらに人が住んでいた時にでも、誰かが刻んだのでしょうかと、首を傾げる花菱に。白蛇は、軽く首を傾げた。
 花菱によると、十六夜家がこの屋敷を使っていたのは十五年前だという。ある日を境に、屋敷に住む一家はここを引き払ったのだと言う。その頃に何があったのかまでは、花菱は知らないようだ。
「色んな過去があるんだろうね‥‥」
 古木の大きさ。年代を重ねた屋敷。白蛇は、ひとつ頷くと、縄をかける為に、また木へと向かう。
「さくっとやっちまおう。‥‥俺が上るにはちょっとヤバ気か‥‥」
 崔は、石を結びつけた縄を軽く振って、白蛇とは別の木の上部を巻き付ける。
「一応刃物は持ってきましたが‥‥大丈夫そうですね」
 エグムは柄頭が魚の尾びれに似た刀、カッツバルゲルを手にして、ふうむ。と考える。
 作業をしながら、白蛇は同じくらいの背丈の月輪と、様々な事を話していた。
「‥‥月輪は、それで猟師になったんだ‥‥」
「はい。本当は開拓者になりたいんですけど、姉が嫌がるから‥‥」
 過去の事を聞くのは止めたのだという月輪の話を、白蛇は、小さく頷いて聞く。月妃という姉が居る事、赤ん坊の頃に、姉と共にアヤカシから逃れて、今の村へと辿り着いた事。月妃この方角に向かう事を嫌がる事。志体を持っていると知ってから、ずっと開拓者になりたかったが、足の悪い月妃が、月輪が、猟師よりも何倍も危険な目に会う開拓者になると言う事を酷く嫌がる事。
 小さく頷きながら、白蛇は月輪と手際良く仕事をこなして行く。
 花菱が持ってきた鉈を使い、崔は、邪魔な枝を切り落とし。
「縄は、全てかけ終わりましたでしょうか」
 シャンテは、縄が行方不明にならないように、手繰り寄せ、引っ張る方向へと纏めておく。高い場所から降りて来る白蛇や、武器を手にして動く仲間達の動きの邪魔にならないようにと、移動し、屋敷へと万が一にも倒れないようにと、反対方向へと、低い位置の縄を、その方向へと結ぶ。
(「力仕事では、きっとあまりお役に立てない、ので」)
 小さく頷くと、哀桜笛を手にする。奏でるのは、気持ちが奮い立つようである。武勇を沸き立たせるその力が、仲間達を包んで行く。何かを退治したり、戦いに赴く時には、この曲は打ち滅ぼす力の助力となるだろう。けれども、今、桜の最後の幕を引くという事ならば、出来る限りの優しさと、次へと繋げる力強さを乗せてと。
(「これまで、お疲れ様でした‥‥」)
 淡い紫の瞳が古木を見上げる。さらりと、瞳と同じ色の髪が零れて落ちる。人にあらざる年月を、ここで過ごした古木達へと、安らかに眠ってとシャンテは願いをも乗せて、笛を吹く。
 あらかた打ち落とせば、後は木を倒すだけだ。
「現場監督〜っ。ここで良いか〜っ?」
 倒木先を決めているエグムに焔騎が声をかける。現場監督っぽい。そんな雰囲気をかもし出しているエグムは、現場監督と呼ばれて、あっさり顔を上げる。自分だろうという自覚があるのだ。軽く焔騎へと手を上げて、方向を指示する。
「あ、もう少し右に打ち込みを入れた方が良いでしょうね」
 仲間達の合間から、枝打ちなどの余分な細かい仕事を片付けつつ、五本全部の倒木が、共倒れとなって、屋敷とは別の方向へと倒れるようにと、声を掛け続けている。
 くくくと、怪しげに笑った水津は、神楽舞・攻で己を鼓舞する。
 そして。
 ぶんまわす。そんな言葉がぴったり似合いそうな姿で、斧を構え。
「宝珠の加護を受けた武具なら、非力? な私でもこの位は‥剣の舞ならぬ斧撃の舞と言った所でしょうか‥?」
 がつんと入る斧。小柄な水津の手に衝撃が響き、くらりとするが、ぐっと踏み留まる。
「‥‥次の木に向かいましょうか‥‥エグムさん‥‥どうしましょうか?」
 ずれた眼鏡を直し、水津が次の古木へと向かう。何しろ、倒さなくてはならない古木は結構あるのだから。そしてやっぱり、エグムへと声をかければ、こちらへと、指し示す木へと、水津は向かう。
 古木を見据えて、焔騎は、腰にたわめた刀・業物の鯉口をかちりと音を立てる。
「相手が大木だろうと断炎する志士、天ヶ瀬だ!」
 すらりと抜き放ち、打ち込んだのは、鮮やかな波紋の浮かび上がった鋼の刃。真っ赤な紅葉を思わせる燐光が、ひらひらと舞い踊り、古木に切り込む刃を追うように翻る。
「朱雀悠焔、爪蓮樹切!」
 全ての古木へと着々と切り込みが入って行く。
 そうこうしているうちに、十分な切り込みがどの古木にも入り。
「怪我せんようにな!」
 春金が、縄を引っ張る。何本も垂れ下がる縄を、春金にエグムとシャンテ、木綿花が引っ張れば、木々が音を立て揺らぎ始める。
 みしり。
 傾いだ古木が、ゆっくりと倒れて行く。
 縄に引かれ、空に伸びていたその姿を、ゆっくりと大地へと沈ませる。
 地響きがおこり、木っ端が舞い飛ぶ。風圧が、その場にいた者の服や髪を巻き上げ。最後の木が倒れると、一際強い風が森の向こうから吹き込んだ。
 風の通り道が出来たのだった。
「これまでご苦労様でした‥‥嵐がなければもっと生きられたかもしれないのに‥‥」 
 水津は、そっと目を閉じた。
 横たわる古木は、役目を終えたかのように見えて、何処か切ない。

「縄、そのままで、杭でも打って、風に備えればいいか」
「本来なら片付けも同時が良いんだろうが‥‥今回は屋敷に被害が出ない様木を寝かせるのが優先か」
「ええ、それが良いでしょう。杭を使うのは良いですね。飛ばされ難くなります」
 手際の良い仕事のおかげで、嵐が本格的にやってくるまで、まだ時間がある。
 焔騎、崔、エグムは、しっかりと杭を打ち、嵐に対する備えも万全となった。


 唸るような嵐が去った翌日は、からりと晴れた青空が広がっていた。
 空気も澄み渡り、凝った空気が一掃されたかのようだ。
 ひとつ、外で伸びをするのは焔騎。
 嵐の中でひとり、音がすればすぐにわかる場所で古木の番をしていたのだ。
(「あれは、何だったんだ」)
 明け方になって止んだ暴風の合間に、耳慣れない音がして、外に出てみれば、何か見たような気がした。それは、嫌な感じをするモノだった。
 追いかけようかと思ったのだが、それはすぐに掻き消えた。
 木々から、蒸気がじわりと空中に上がる。陽の光は暖かさも運んできたのだった。
 それと同じ、昇る朝日に照らされた、目の錯覚だったのかもしれないとも。

 暴風一過。澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、崔は、青空に、鮮やかに、淡い花の色を浮き立たせている桜に目を細める。
 共に起きてきた月輪も、桜を見て嬉しそうに声を上げている。その様を見て、また目を細める。風の音を聞きながら、夜の部屋で、何と言う事もなく話をすれば、連翹を月妃はとても喜んでいたと。今も何か花を求めているのかと聞けば、首を横に振られた。今回は、来た事の無い方角へ向かいたかったからと。姉には内緒なんですと、照れ笑いする月輪に、じゃあ、内緒にしておこうと崔は笑った。
「いつか機会があれば、姉さんの刺繍も見たいもんだな」
 月輪は、嬉しそうに謝意を告げ。街に小間物として卸しているので、見かけているかもしれないとも。
(「アヤカシに追われて逃げてきた方角‥‥か」)
 山中に不意に沸くアヤカシも多い。それに追われたのだろうかとも考える。
 それは退治されたのだろうか、それとも、まだこの先に何かあるのかもしれず。
 アヤカシに追われて逃げる人は、多いのだから。
 崔はいずれ何かわかるのだろうかと思いながら、再び軽く伸びをした。

『穏やかな春が、屋敷にも訪れようとしております。桜も、屋敷の主様のご来訪を、春を乗せてお待ちしております』
(「桜は‥‥春は、あまり思い出したくは無い季節ですの‥‥ごめんなさいね」)
 あれから、どれほど経つのだろうか。老婦人は、開拓者からの文に軽く頭を下げた。
『気遣いを感謝致します』との簡単な言葉が書かれ、香の焚き染められた文と共に花見弁当の重箱が届いていた。その塗りの重箱には、古木に書かれた家紋があった。
 春金は達筆な文を見て、それも仕方ないかと頷き、手にした、桜の木彫りを撫ぜた。多少目の下に隈が浮いているのは、夜遅くまでかかったから。『家内安全・長寿祈願』。無骨ながらも、満足の行く出来に、春金は嬉しそうに笑う。
 そして、皆が花見料理を作っている厨房へと入り込み、お握りを作り始める。中身は梅干ならぬ、小石。まんまるにする為の核がいると春金は思ったのだ。
 嬉しそうにお握りにする春金を見て、金平牛蒡を作っていたシャンテが、そっと気付かれないように、小石を梅干に変えておく。万が一、飲み込んだりしたら一大事だ。
「にやり‥‥」
 怪しい笑いを浮かべている水津の作るものは、一般人には刺激的な辛さの料理。口直しに、ちゃんとした味のスープなども用意する。その香りに首を傾げるシャンテだったが、それは水津の好みなのでそのままに。

 桜が咲いている場所に、桜の木を加工した簡単な椅子を持ってきた焔騎は、その花に目を細める。倒れた桜の古木のすぐ脇に、小さな桜の芽があった。ひょっとすると、古木を引き継いだのかもしれないと思う。それならば、どれ程良いだろうか。その芽が木になるには、まだ数年かかるだろうけれど、また、見に来れたら良いと、ひとつ笑い。
 桜の古木の根を、木綿花は大事そうに取り分ける。その根から生み出されるのは、桜色の染料だから。きっと綺麗に染めて見せようと横たわる古木を見て頷く。
 笛の音が聞こえる。白蛇が横笛を吹いているのだ。哀切の篭る調べは、次第に春の息吹を感じさせる軽快な音へと変わり。屋敷から、沢山の料理が桜の花の下へと運ばれて、にぎやかな宴会が始まった。
 桜火を注ぐ春金に、甘酒が沢山ありますぞと、エグムが笑いながら注いで行き。
 満開に近い桜の花の下で、楽しい時間が過ぎて行くのだった。