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■オープニング本文 まんまるとした、そのアヤカシは、鶉の姿をしていた。 しかも、色は、発色をおさえたかのような、丹塗りの柱のような色をしている。 大人よりも大きなその鶉三体が、つぶらな黒々とした瞳で、周囲を確認すると、のっしのっしと菜の花畑に向かって歩いて行く。 じき、菜の花の盛りも終わりになる。 花の盛りを過ぎれば、当然のように実が成り、菜種油が収穫される事になるのだが、このままでは、丹塗り色の鶉に全滅させられてしまう。 鶉は、楽しげに菜の花を引き抜くと、口に銜えて空を見上げ、ぱくりとその菜の花を飲み込んだ。 村はずれから、畑へと向かう一本道。その道を進むと、菜の花畑が見えてくる。 その向こうには、小高い丘があり、その丘を越えて春風と共に鶉はやって来たのだという。 アヤカシは人を喰らう。 その姿に村人達は騙されなかった。近隣の村で出たアヤカシは、可愛い猫の姿で人を引き寄せ喰らったという。 では、あの鶉のようなのんびりとした風情も、きっと人を引き寄せるためのものに違いないのだ。 収入源である菜の花をついばむという事で、ひょっとすると慌てて人が駆け込むのを待っているのかもしれない。 村の大人達は、額をつき合わせて頷き、早々にギルドへと駆け込んだのだった。 「えーっと。小さな村の菜の花畑が、大ピンチなんですーっ。鶉のアヤカシの歩いた後は、すでに壊滅状態になっていますが、その先はまだまだ収穫出来るはずの畑が広がっているんです」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、難しそうな顔をする。 「実はそこの村で、菜の花食べ放題をやってるんですよ。私、行くつもりだったので、かなりショックなのです」 おひたし、炒め物に混ぜご飯。卵巻きも絶品なのだが、ただ茹でただけの菜の花の美味しさは格別なのだという。 早く退治すれば、しただけ、菜の花は生き延びる事になるだろう。 鶉アヤカシ三体を退治してもらいたいと。 |
■参加者一覧
闇凪 綴(ia0263)
15歳・女・巫
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
黒戌(ia5369)
28歳・男・シ
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
ディアデム・L・ルーン(ib0063)
22歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 黄緑の絨毯が広がるその向こうに、渋い赤い色した丸い物体。ではなく。アヤカシ三体が、もそもそと動いている。 その菜の花畑の横を迂回するように走る二つの影。白蛇(ia5337)、黒戌(ia5369)、シノビの二人だ。 「なるべく‥‥菜の花も草木も揺らさないよう‥‥」 「了解でござるよ」 小柄な体躯を、さらに低くしているのは白蛇。 (「菜の花‥‥美味しそうだな‥‥」) じき、黄色い花が咲く。黄緑の蕾の合間に、ちらちらと黄色の花びらが覗く。風が吹く度にさわさわと揺れる。この菜の花畑を戦いで荒らす事は出来るだけ避けたい。そう、白蛇は思う。 走る様は、風のように。 素早いその足と共に、二人のシノビは、菜の花をついばむ鶉アヤカシの視界から身を隠しつつ進む。 (「主様と共に挑む初任務! 無様な姿はお見せ出来ぬでござるなっ!」) きりりと表情を引き締めるの、黒戌だが、出端に、主とも呼ぶ闇凪 綴(ia0263)から、軽い足蹴りを食らっている。どうにも、綴の事が心配なようで、周囲はばかり無く、心配である事をこれでもかと言い募ったのだが、それでも黒戌の心配は足らないほどである。 (「主様、一時お傍を離れますが、どうぞご無事で‥‥!」) 先行するシノビの後を追うように、開拓者達はそれぞれ身を屈め、木立の中を迂回する。 「巫女の私は足遅いのが困りものよねぇ」 軽く悪態をつきながらも、さくさくと進んでいるのは綴。 (「報酬は食べ放題だけ、って事だけじゃなくて良かったわ」) 依頼報酬はまた別に支払われる事を、ギルドの書面には書かれていた。世の中全てお金である。きっちりと報酬は頂かないと。と、ひとつ頷き、ほんの少し離れるだけで、項垂れた犬のような姿をしていた黒戌を思い出し、深く溜息を吐く。とりあえず、蹴りだしてはおいたのだが、きっと依頼が終われば終わったで、また忠犬よろしく、満面の笑顔でやってくるのだろうと。しかし、まずは目の前の戦いに集中しようと、と首を横に振った。 「姿形だけを見るなら、人を襲いそうではありませんが‥‥まぁ、危険であることは変わりませんか」 鶉という姿を聞いたエグム・マキナ(ia9693)は、何とも言えないため息を吐いた。あまりにものほほんとした姿だったからだ。 「鶉の姿でまん丸い‥‥そりゃあ確かに可愛いさ‥‥正にど真ん中で。が。大人よりでかいのは範疇外ってモンだろ流石に」 颯爽とした風情の亘 夕凪(ia8154)が、呟く。姐さんと言って良い出で立ちなのだけれども、実は可愛いものが好きである。しかし、あれは論外だと。目を細める。 「あの色合いを、のんびりと鑑賞できないのが残念ですが、菜の花と村人を食べようとしている食いしん坊な赤い鶉を退治するのが今回のお仕事ですしね」 どこか茫洋と和奏(ia8807)が呟く。ちらほらと見られる黄色の花と、緑の絨毯。そして、丹塗り。色鮮やかで、春の空と木立を背景に眺めるのも、趣があっていいかもしれない。そう、思うのだけれども。 「ろうざ なのはな まもる! がう! あせる だめ! でも いそぐ!」 やって来る道の途中に、目に飛び込んできた菜の花畑の色の鮮やかさ。その景色を見て、ロウザ(ia1065)は感嘆の声を上げていた。春のいい香りと、菜の花の香りがロウザを幸せにした。その菜の花を荒らすモノならば、しっかりと退治するつもり満々だ。綺麗な薔薇色の髪が、鶉キメラに負けぬ程菜の花畑に良く映える。 「‥‥これがいわゆる達磨さんが転んだ状態‥‥?」 先行するシノビ達の負担を減らす為にと思うのだが、その為にこちらが見つかってしまっては本末転倒であり、ロウザの言葉で、和奏の脳裏にふと浮かんだのは、小さな子の遊びである。しかし、和奏は実際その遊びをした事が無く、ひょっとしたらそうかなーという、漠然とした想像でもあったりする。 「龍さんが使えれば、お花畑の上をひとっ飛びで楽だったかもしれませんね」 「まあ、そうではあるが、一般の方に迷惑をかけてしまうかも知れぬからな、使わないで何とかして欲しいという事なのだろう」 「はい、そうですね‥‥なんとなく、そう思っただけですから‥‥お気遣いありがとうございます」 「いや、こちらこそ、無粋であった。許されよ」 ほんわりと笑う和奏に、生真面目にエグムが答える。 「全滅する前に、退治したいですね。このまま放置すれば、菜の花を食べ尽くした後、村に被害が出るかもしれないです。村へ被害が出る前にアヤカシを倒すであります」 高い身長を、精一杯屈めて、這うようにして進むのはディアデム・L・ルーン(ib0063)。そう、アヤカシは菜の花など本来は食べない。これは人を釣る為の擬態。村人達が、危惧して依頼を出したのは、正解であるのだろうとディアデムはひとつ頷く。 ほんのちょっと様子を見る為に、ロウザは顔を上げたが、鶉アヤカシがこちらを向くような気がして、ぽふっと地面に伏せる。しっかりと身を屈めて、柔らかな身のこなしは四足の獣のようでもある。 「しのび すごい! もう あっち いる!」 「一面が黄色と緑の世界だ、鶉が走り出せば目立つ‥‥其処からは間合いを詰める時間との勝負やな」 光物を目立たないように手にしている夕凪が呟いた。 到着したシノビ達が、戦いを開始しようとしていたから。 ● 横笛の音が響く。 丘に到達した白蛇が手にしている笛からの音だ。接近する仲間達の音を誤魔化す為にと吹いていたのだ。そして、荒らされた菜の花の為に。春風に乗った調べは、ともすれば、風音かとも思えるほど。 丘からその足を生かして接近すれば、とある場所に到達した時点で、鶉アヤカシは、ついばんでいた菜の花をぽとりと落とす。そして、三体の丸い身体は、くるりと後ろを向いた。 「‥‥気づいた」 「中々に、早いでござるが‥‥」 「うん‥‥そこまで早くないね」 地を蹴って、ゆっさゆっさと揺れながら突進してくる鶉の速度を見極めた白蛇と黒戌は、距離を測りつつ、後退をする。畑を出て、丘へと後退すれば、後は後続の仲間達が辿り着くのを待つだけだ。 「無理は禁物でござるよ」 「だね‥‥あの突進‥‥少し弱めないとね」 吹き上がるのは水柱。勢い良く噴出した水が、鶉一体を捉え、濡れ鶉にする。丹塗りがさらに色鮮やかに浮立ち、一瞬足が止まる。その合間を縫って、他の二体が接近する。うち、一体へと、黒戌の十字手裏剣が空を切って飛んで行き、もう一体には、白蛇の円月輪が飛び、その足を一瞬止めた。 止まった二体の合間から、先ほど水柱で留められていた一体が、羽根を振るわせ、飛沫を撒き散らして、飛び込んでくる。白蛇が鉄傘を向けて、その突進をはじく。力任せに止めては押し負けていたかもしれない。たたらを踏んだ鶉を横目で見ると、すぐに、次の別の一体が目の前に迫る。それも鉄傘を向けるが、わずかに鶏が早く、衝撃が白蛇を襲う。受けきれない。 「‥‥っ」 白蛇の鉄傘は、鶉にぐっと踏みしめられた。 「このっ!」 脇差の鯉口を切って引き抜く黒戌。そのまま、もふもふな鶉アヤカシの胴体へと刃を埋める。足か、羽を狙おうとも思ったのだが、迫る鶉の丸い胴体がまず前面に広がったのだから仕方ない。 たたらを踏んでいた鶉が反転し、黒戌の背後を取って、足蹴りをする。 「白蛇殿っ! うわっ!」 前面の鶉の攻撃を防いでいた為に、背後の鶉の攻撃まで手が回らない。鈍い衝撃が背に響いた。鉄傘を踏まれて弾かれた白蛇は、円月輪を構えなおして、攻撃に転じようとするが、鶉の接近が早く、後退するので精一杯だ。 しかし、鶉アヤカシの攻撃はそこまでだった。 「しろへび! くろいぬ! ろうざ きた! はんげき だ!」 元気な声が響く。ロウザだ。しなやかな身のこなしで、走り寄ったロウザの叫び声は、良く響いた。その響く声に、ロウザに近い場所に居た鶉二体が振り向いた。 「あぁ、こら。ちょっと! 応急処置くらいさせなさい!」 もう戦いは始まっている。その様を見て軽く眉根を寄せると、応急処置をする為に、綴はシノビ達の元へと鶉を避けて向かおうとする。癒しの風は、ある程度近寄らなければならないからだ。 「難しい射ですが‥‥これから先の為にも当てなければ」 ぐっと世界が鮮やかに見える。エグムはつがえた矢を放つ。混戦になれば、味方に当たる。その前にと。 独特の空を裂く音が響き、矢はこちらを向いて迫る鶉へと突き刺さる。 「‥‥やっぱり、この大きさは違うだろう」 遠目で見れば可愛らしい。確かに、接近しても可愛らしいと言えなくもないが、自分よりも大きな丸に見下ろされるのは何か違う。 「‥‥‥なにせ相伴出来る量が懸かってる。気ぃ抜いてる場合じゃない」 夕凪の斬撃は渾身の一撃。珠刀・阿見の薄い刃が陽光に煌いて鮮やかな軌跡を描き、鶉へと叩き込まれる。 「これ以上被害は出させないでありますよ」 ディアデムがジルベリアの剣を抜き放つ。両手に構えたその両刃の剣が、渾身の力を乗せて叩き込まれる。 「このルーンソードの露と消えるがいいであります」 「菜の花畑は大丈夫のようですね‥‥」 近寄る丸い圧迫感に、和奏は刀・河内善貞を、近くに迫った瞬間に抜き放つ。散った丹の羽が空へと消えるが、本体はまだ健在だ。 「さて‥‥」 和奏は柄を握り直すと、続け様の攻撃を取るために向き直る。 黒戌と白蛇の攻撃に残った鶉へと、エグムは回り込んで矢を射掛ける。三対一から、一対二となれば、戦いに難は無い。後方に回り込んだ綴は、癒しの風を送り込み。 「がるるるる!」 鶉へと殴りかかりに向かうのはロウザ。絶叫のような叫びがその唸り声に乗り、叩き込むのは、無骨な斧。 囲み攻撃から、囲まれる攻撃に晒された鶉は、すぐに姿を保つ事が出来なくなり。 ざあっと空に散り消えて行ったのだった。 「わはは! まいったか! みんな いそぐ! たべほーだい する!」 その様を見届けると、ロウザが気もそぞろに、村へと走り出した。 ● 「うん、美味い」 菜の花ご飯を手にした夕凪が、嬉し気に目を細める。茹で上がった菜の花は、お好みでと、様々な調味料が揃っていた。春の恵みともいえる、菜の花の太い茎を摘んでほお張れば、清々しくて、ほんの少しほろ苦い、独特の風味が口に広がる。 「頑張ったかいがあったかな」 夕凪は、笑みを深くすると、ご飯を食べる。つやつやと粒立ったご飯に混ぜ込まれた菜の花は、ほんのりと出汁の風味とあいまって、いくらでも入っていきそうだ。 「肉類は食べれないけど‥‥木の実や草花は好物だから‥‥一杯食べられるのは嬉しいね‥‥」 僅かに笑みを浮かべ、白蛇は菜の花を口にする。さくりと歯応えの良い茎に、つぶつぶの蕾と、柔らかな葉。その食感の差が、菜の花を美味しい物としているひとつなのかもしれない。どうぞどうぞと、積まれた菜の花の量に圧倒されつつも、ひとつ、またひとつと口にする。 「‥‥好き嫌いは無いのですが」 美味しく菜の花を摘みつつも、山盛りの菜の花に軽く小首を傾げる和奏。春満載山盛り。そんな皿ではあるが、ひとつふたつの春でも十分に美味しいし、美しいかもしれないと、なんとなくそう思う。それは、僅かに広がるほろ苦さが苦手だからかもしれないと。 「主様は元より線が細いのでござるから、沢山食べて大きくなるでござるよ! 肉付きも良くなれば、色気も出るでござるし‥‥て、何故苦無をっ!?」 「ふぅん。それは何かしら。私の体が発育不良ということかしら?」 美味しく菜の花を味わっていた綴だったが、かいがいしく取り分けたりしている黒戌の、言葉によって、ぷつんと何かが切れる音を聞いたようだ。黒戌めがけて飛んで行く苦無。にこやかな笑顔の綴の、額辺りに、怒りの青筋が浮いていたのは、気のせいでは無いかもしれない。 「全く、拙者でなければ危うく死んでしまう所でござるよ。主様はまだまだやんちゃでござるなぁ‥‥主様っ?!」 「死なす」 ありったけの苦無を、すちゃっ。とばかりに手にした綴。黒戌はじりじりと、食べ放題会場から、外れて後退して行く。仲良く(?)どたばたとした空気が菜の花を背景に、遠ざかって行くのであった。 そんなどたばたはものともせずに、菜の花食べ放題は続いて行く。 「いただきゅぅまー!」 可愛らしいいただきますを大きな声で言い、ぱむっと手を合わせる音がする。 口にした菜の花料理に、ロウザは大きく目を見開いた。とても美味しかったから。 「んまーい!」 美味しいとわかった後は早かった。ぱくぱくぺろり。大きな口にあっという間に入って行き、ぱんぱんにはった頬が、モキュモキュと音を立てる。野生に育った為か、多少お行儀は悪いものの、その素朴な可愛らしさが村人達の笑顔を誘っていた。 「まさみ みろ! おさら ぴかぴか なた!」 「すごいです〜。本当、ぴかぴかですね〜っv」 こっそりと食べ放題の仲間に入っていた、ギルド職員を見つけると、ロウザは、ぺろりと舐めた皿を嬉しそうに掲げて見せる。やはり、頬張っていた正美が、嬉しそうに頷くのを見て、ロウザは、だろう? と言うように頷いて、もうひとつの皿に手を伸ばす。 そんな正美を見つけたエグムが、その背中から、肩を叩く。接近に気が付いていたような正美が振り向いたので、行きたかった依頼に出向けなかった事を詫びれば、気にされませんようと微笑まれ、その依頼を見ていてくれた事に、逆に礼を言われる。 「お詫び、というわけではありませんが、甘酒でも‥‥うん? そういえばお仕事は‥‥」 「食べ放題に合わせて、お休みもらってたんです」 「ああ、それでしたら心行くまで」 「わぁ。ありがとうございますーっ」 エグムは、それを聞いて安心すると、にこにこと甘酒を差し出すのだった。 菜の花をあまり、目にした事の無いディアデムは、興味深そうに手にする。 「これが菜の花でありますか‥‥。食べた事が無かったでありますね」 菜の花の卵巻きは、出汁の味と、卵のまろやかさと、菜の花のほろ苦く、とても美味しかった。その横に小皿に盛られた菜の花には、薄茶色のソースのようなものがかかっている。これは、どんな味だろうかと、口にすれば。 「!? 辛いであります‥‥」 そのソースは、辛子酢味噌であった。 初めての辛さと、酸っぱさに、ディアデムは、反射的に口に手をやるが、何となく、後を引く味だという事に気がついて、笑みを浮かべた。多少涙目ではあったけれど。 「‥‥が、癖になる味で‥‥ありますね」 他所の場所の人には合わなかったかと、ディアデムが驚いた瞬間に、息と手を止めた村人達が、彼女の笑みと共に、笑みを浮かべて、つつきあう。そんな姿を見て、ディアデムは、美味しいでありますと頷き、笑いかけ。 菜の花食べ放題は盛況のうちに幕を閉じたのだった。 |