【墜星】手を!
マスター名:北野とみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/27 22:24



■オープニング本文

●嵐よりの帰還
 絶え間ない風雨が、激しく叩き付ける。
 雷光が閃き、鈍い振動が大型飛空船を振るわせた。
「三号旋回翼に落雷! 回転力が低下します!」
「意地でももたせろ、何としてもだ!」
 伝声管より伝えられる切迫した報告へ、船長が叱咤する。
 その時、永劫に続くかと思われた、鉛色の雲壁が。

 ……切れた。

 不意の静寂が、艦橋を支配する。
 一面に広がるは、青い空。
 そして地の端より流れ落ちる青い海をたたえた、天儀の風景。
 美しい……と、誰もが思った。
 夢にまで見た故郷を前にして息を飲み、拭う事も忘れて涙を流す。
 帰ってきた。彼らは、帰ってきたのだ。
 嵐の壁を抜け出し、帰郷を果たした無上の感慨にふける事が出来たのは、ほんの僅かな時間。
「物見より報告、前方上空よりアヤカシの群れが……ッ!」
 絶望に彩られた一報が、緩んだ空気を一瞬で砕いた。
 天儀へ帰り着いた飛空船の進路を塞ぐように、巨大なアヤカシが文字通り、影を落とした。
「かわして、振り切れるか?」
「宝珠制御装置に異常発生。無理です、出力が上がりません!」
「二号、六号旋回翼の回転数、低下!」
 悲鳴のような報告が、次々と上がる。
「動ける開拓者は?」
 重い声で尋ねる船長へ、険しい副長が首を横に振った。
「皆、深手を負っています。満足に戦える者は……」
 答える彼も、片方の腕はない。
 それでも、帰り着かなければならない。
 旅の途上で力尽き、墜ちていった仲間のためにも。

●墜つる星
 それはさながら、幽霊船のようだった。
 嵐の壁を調査すべく、安州より発った『嵐の壁調査船団』三番艦『暁星』。
 第三次開拓計画が発令されたと聞き、「我こそは」と勇んだ朱藩氏族の一部が私設船団を組んで探索に出発したのは十月の事。
 その船団に属するらしき一隻が、嵐の壁より帰ってきた。
 朱藩の南、香厳島から届いた知らせでは、「傷ついてボロボロになった大型飛空船が、アヤカシに囲まれながら飛んでいる」という。
「このままでは海か、あるいは朱藩国内へ墜落すると思われます」
 居室より外の見える場所へ飛び出した朱藩国王の後を、説明しながら家臣が追った。
 襲っているのは中級アヤカシ『雲水母』以下、それに追従する下級アヤカシ多数。
 更に「付近の海にもアヤカシが集まりつつある」という情報も、届いていた。
 まるで獲物が力尽きるのを待つかの如く、方々よりアヤカシどもが群がってきている。
「……何をしている」
「は?」
「ギルドへ急ぎ伝えろ! 朱藩、安州よりも可能な限りの小型飛空船を出す。『暁星』を落とすな!」
「すぐに!」
 興志王の怒声に、ひときわ頭を深く下げた家臣が踵を返し、すっ飛んでいく。
 手をかけた欄干が、ミシリと音を立てた。
 大型飛空船の位置はまだ南に遠く、安州の居城から確認出来ないのがもどかしい。
 何としても、無事に帰り着かせなければならない。
 長く過酷な旅路を、彼らは帰って来たのだから。

●海の男
「何っ? 船が落ちるだっ?」
「アヤカシがわらわらと飛んでますぜっ!」
「てやんでえっ! 海に落ちるってわかってるんだったら、助けに行くのが俺達海の男だろうがよっ!」
「じいさまっ! 無理しないでくれっ。俺達が出るから!」
「女子供、総出で用意しやがれ。ひとりたりとも、この近隣の海で死なせちゃあならねえっ!」
 大型飛空船が落ちる。
 その様は、真下に暮らす人々の目からも見える距離になっている。
 浮遊する雲水母のような巨大アヤカシを退治しに向かう龍や飛空船の一団が空を彩る。
 その、戦いと救出の気運は渦巻き、漁を生業として生きる人々へも伝播していた。
 今この時、人々は戦いに赴く開拓者や、国王軍と心をひとつに繋いでいるかのようだった。
 ──自分達が出来る事を! と。
「戦船も多数出てる。その合間を縫って行くぜ」
 数々の漁船が、戦の為の船の合間へと漕ぎ出して行く。
 着水地点は、おおよそ判明している。
 その近くへと。
 戦いの邪魔にならないように、ひとりでも多くの人を助けるためにと。
「手は多いほうが良い。誰か、ギルドへひとっ走り行ってくれ」
 男達を束ねる、何名かの船長が、連名でギルドへと使いをやった。
「アヤカシ退治は他に任せて、要救助者の救出が依頼となります。漁師さん達が、有志で出してくれたわけね」
 小首を傾げて、ギルド職員佐々木 正美(iz0085)は、笑みを浮かべてはいたが、真剣な瞳で依頼を説明しはじめた。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
エステラ・ナルセス(ia9094
22歳・女・シ
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
李 風龍(ia9598
24歳・男・泰
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
ベート・フロスト(ib0032
20歳・男・騎


■リプレイ本文


 風が巻き上がる。
 波が沸き立つ。
 『暁星』が、その巨体を波間に着水させたのだ。
 時は刻々と過ぎて行く。
 今日の日がじき沈む。
 着水の波紋に舞い踊るかのような小船達。
 空には盟友である龍が、着水を見届けるかのように飛び去って行く。
 空に舞い踊るアヤカシ達は、ほとんどが消し去られ。
 興志王と共に、轟音を響かせていた砲術士達の射撃も、今ではほとんど響いていない。
 そんな、波間に。
 飛行する状態から戦闘に巻き込まれ、落ちた人々が、浮かんでいる。
 日暮れがかった海ではあるが、各漁船に、明々と篝火が焚かれ。
 先行する救助船が、救助の為に漕ぎ出す漁船へとその海路を指し示し。
 旗をはためかせ、沢山の小船が、わらわらと、戦船の合間を縫って『暁星』近くへと向かって漕ぎ出して行く。

 慌しく、漁船に分乗する開拓者達。
 海風に秀麗な眉を顰めるのはベート・フロスト(ib0032)。
「少しでも時間が惜しい」
 水中では体力が落ちるのが早い。破片などにつかまって浮いている人が遠目にも見えるが、くったりとしているかのように見える。意外と重傷の人が多いのかと、ベートは思う。
「おーおー。まだ寒いってぇのに、こんな時期に皆して寒中水泳大会? 物好きな連中がいるもんだなぁ」
 にやりと笑う喪越(ia1670)は、がしかしと、その、ざんばらな髪を掻いて、軽く肩を竦める。しかし、笑いながらも、行動は素早く、上空の戦いの行くへを慎重に見定めていた。万が一、アヤカシがこちらへと舞い降りたり、海中から躍り出る事があれば、即座に反応出来るようにと。
 大勢の人々の気が渦巻く場である。何が起こってもおかしくは無いだろうと。
「こういう時に、考えなしに突っ走ると、泥縄式に二次遭難やら何やらで被害が増えるのがオチってもんよ」
 小さく口の中で呟くと、喪越は自分で呟いた言葉を吹き消すかのように、軽く口笛を吹く。
「おおっ? まだ頑張れそうなお兄ーさん。次の船まで待っててくれな。アディオス、アミーゴ!」
 投げキッス付きで、声援を送ると、今にも波間に飲まれそうな人へと向かい、船は行く。
 ベートが沈みかかった男を見つけて、声を上げる。
「あそこか?」
「どんぶらこ〜、どんぶらこ〜、と要救助者が流れてきました――か。助けたら鬼が島へ?」
 軽口を叩いてはいるが、喪越はその蒼白な顔色を見て、心中で渋面を作った。あまりにも、死に近い。
「意識が無い‥‥」
 呼びかけに返事の無い男を見て、ベートは手早く装備を脱ぎ捨てると、荒縄を掴んで海に飛び込む。今にも沈みそうな男を抱え、耳元で怒鳴る。そうでもしなければ、聞こえないような状況だ。
「折角ここまで生き残ったんだ、もう少し頑張れよ!」
 くったりとした男の瞼が、微かに動く。
 よし。
 そう、ベートは思うと、脇からロープをくぐらせ、喪越へと手渡す。
「冷てぇなあ‥‥」
 喪越はすかさず、治癒の力を振るう。小さな式が引き上げた男を癒して行く。しかし、それだけでは十分ではなさそうだという事も見て取れた。ベートは、安心させるように細々と傷の具合をみる。
「早めに戻ってもらった方が良いだろうな」
「あー。賛成。毛布だけじゃなく、火に当たらんと」
(「何があったかは、今は聞けそうじゃねぇか」)
 喪越はベートに頷くと、ベートは漁師を振り仰ぐ。
「だな。頼みます」
「まかしとけ! 兄さん方も気をつけて」
(「アヤカシの残党は、気にしなくても良さそうか‥‥」)
 ひとり救助して引き上げると、併走するようにつけていた、別の漁船へと、ベートと喪越は乗り移る。仰いだ空に、浮遊するアヤカシは、ほとんど姿を見ない。こちらへと急襲される恐れは無さそうだと、ベートはひとつ頷いた。

「試練を乗り越え、辿り着いた方々の命、みすみす波間に消えさせてはならん」
 何か自分にも出来る事があるはずだと氷海 威(ia1004)は、厳しい眼差しを海へと向ける。包帯、薬草を一組、別の船に乗る仲間に預け、より、重傷な人から助けようと、視線を凝らす。
「‥‥急を要するな」
 波飛沫が上がる。その波間を行く船に乗り、李 風龍(ia9598)は、しっかりと、己の役目を果たそうと思う。
「万が一‥‥戦闘になれば、海の上だ、出来れば避けたい所だな」
「そうだな。戦闘は無いに越した事は無い」
 風龍へと、威は深く頷く。もし、アヤカシがやって来るような事があれば、それなりの戦い方はあると、笑みを深くし。
「あれは‥‥沈みそうではないか」
 波間に漂う男を見つけ、威は、声を上げる。身を乗り出し、長く括った髪や着物の裾が海水へと入るのをお構い無しに、男へ荒縄をかける。風龍は、沈み込まないように、気をつけながら、括りつけた荒縄を確かめ、威と二人して、船の上に引き上げる。
「しっかり‥‥!」
「もう大丈夫だ」
「人形が傷を治す‥‥暫しの辛抱だ」
 威と、風龍はかわるがわるに声をかける。その間、威は、治癒の力を振るう。小さな式が、男を癒して行く。
 呼吸、脈拍を確かめると、しっかりとした鼓動が聞こえる。どうやら一命は取り留めたようだ。威は、深い安堵の息を吐き出すと、細々と世話を焼く。
「浜では、暖かい食事が待っております。一先ずこれを‥‥」
「‥‥ありが‥‥とう」
 意識を回復した男は、目に涙を浮かべて、威に謝意を告げると、涼しげな水を一口口にする。併走している船へと、移ると浜へと運んでもらうことになる。
「よろしくお願いする」
「任せとけ! 頼んだぜ」
「ああ」
 しっかりと頷く風龍は、手を振る漁師と、少し良くなっている様に見える男へと、手を振り返した。ついっと、手を振ると、威は式を小鳥の形へと変化させ、救助作業の手助けにと、捜索の目を広げる。すると、すぐに、次の要救助者が視界に入った。
 
「‥‥急がなくては」
 人が流れて行く様を、見て、眉を顰めるのは香椎 梓(ia0253)。押し寄せる波紋は、幾重にも重なり、接近する大小様々な船にぶつかり、止む事が無い。波に飲まれないようにと、注意しつつ、やはり気になるのはアヤカシ。撃ち漏らされたアヤカシが居はしないかと、周囲に気を配る。
「漁師さん、お願いね。出来るだけ早く連れてって!」
「がってん、任しとけ」
 船べりにしがみつき、一心に前を見つめているのは、そよぎ(ia9210)だ。何時もは人の動向を気にせずに、何処吹く風かといった雰囲気で鼻歌を歌うような娘であったが、浜にやってくると、その怒涛のような漁師達の気持ちと、周囲の流れに息を呑んだ。一刻を争うのだと言う事を、引き結んだ唇が、理解していると告げている。
「すぐに参ります、今しばらくのご辛抱を」
 自力で浮かんでいる男を見つけ、用意してあったロープを巻いた木片を投げ込めば、しっかりと掴んだ男が、梓へと感謝の手を上げる。それを船べりを握り込み、後方へと見送って。
 そよぎが声を上げる。
「あ!」
 そっと船が近寄ると、梓は荒縄をかけるまえに、引き上げる人を良く見れば、何処もかしこも傷だらけであった。全身を強く打ちつけてもいるようだ。
「いけない、早く処置しなければ‥‥しっかり、今すぐに引き上げますよ‥‥」
「もう大丈夫よ、あなた達は、天儀に帰って来たの、ここは、朱藩なの」
 荒縄を括りつけ、そよぎと梓は、声を掛け合い、男を船へと引き上げる。そよぎは、繰り返す。ここは朱藩だと。帰ってきたのだと。『暁星』は何処に行っていたのだろうか。その旅は遠かったのだろうか。でも、戻ってきたのだから。必ず生きて欲しいと願う。
 ここは、朱藩なのだから。
 気持ちのこもった声と共にそよぎは癒しの風を呼び起こす。
 ひくりと瞼が動き、男は目を開ける。
 梓が、優しく声をかける。
「辛かったですね‥‥もう大丈夫です、安心して下さい」
「おかえりなさい、朱藩へ!」
「‥‥朱‥‥藩‥‥」
 ぽろぽろと涙を流す男に、そよぎは、強く頷くと、水を手渡す。梓が布で海水を拭きながら、毛布に包み込めば、男は何度も謝意を告げ。併走した漁船へと託すと、再び救助作業へと向かう。
「他に誰か、いらっしゃいますか‥‥?」
 周囲を何度も梓が確認しつつ、そよぎは海へと落ちないようにと、船べりにしがみつきながら海面を確認して行くのだった。

 空を仰ぐ出水 真由良(ia0990)は、ひとつ頷く。海風に、柔らかな水色の髪が揺れた。
 戦いは、戦いに赴いた開拓者の仲間達に任せれば良い、今はただ、こちらが出来る事をと。しかし、万が一という事もある。共に船に乗るのは、ウィンストン・エリニー(ib0024)後衛の真由良にとっては、安心出来る組み合わせでもある。
 船に揺られながら、『暁星』が着水する様を見て、ウィンストンは深く安堵の溜息を吐く。飛空船はこちらへと渡る際に、世話になった乗り物だ。この世界では、必需品と言っても良い。それが、アヤカシに襲われて墜落する事が無くて、良かったと胸を撫で下ろす。
「最初の依頼としては、真に遣り甲斐あって、然るべきものであるな」
 人を庇いて進むのが騎士の本分と思うウィンストンにとっては、人助けという行動は身についた習い性なのかもしれない。必ず、手を差し伸べ、命を救うのだと心に誓う。
「みえましたわ」
 真由良が、たおやかな指で指し示せば、ぐったりとした男がそこに浮かんでいた。
「大丈夫ですか?」
 ふわりと式が飛び、荒縄がぽとりと救助する男の近くへと落ちる。船を慎重に寄せれば、男はもう目の前だ。ウィンストンがぐっと引き寄せると、真由良が縄を男の腕の合間へとくぐらせる。力をあわせて引き上げれば、かすかな吐息と共に、感謝の言葉が告げられる。
 ふたたび飛ぶ式は、引き上げられた男の傷を治して行く。やわらかなその手は、不安気な男にとってはとても安心できるものだったろう。
「痛い場所とか、ございませんか? どうぞこれを。もう、大丈夫ですわ。きっと、他の皆様も」
「今、参る。しっかりとなされよ」
 穏やかに話しかけつつ、真由良は細々と世話をする。ウィンストンは、その合間にも、波間に浮かぶ人へと向かい、声をかけ。
「お願いしますね」
「任しとけって。兄さん、姉さんありがとよっ!」
「うむ。次の助けを待つ者の所へ向かおうぞ」
 真由良とウィンストンは、併走していた船へと、乗り移ると、助けた男を乗せた船は、船首を返すと、浜へと向かって漕ぎ出した。

(「よもや、このような人助けに出る事になろうとはな」)
「急がねばならんな、時間も無い」
 厳しい眼差しを海へと向けるのは紬 柳斎(ia1231)。刻々と変わる空模様。そして、アヤカシを振り切り、着水する『暁星』その堂々たる様を見た。
「苦難に次ぐ苦難に見舞われた『暁星』‥‥無事で本当に良かったですわ」
 緩やかに結い上げた髪が海風にほつれる。エステラ・ナルセス(ia9094)は、穏やかに微笑みながらも、その目はしっかりと、海に投げ出された人々へと向かう。今となっては、アヤカシの数も少なくなり、こちらへと襲う事はもう無いだろうというのは見て取れたが、しばらく前は、それこそ無数のアヤカシが、空に、海に現ていたのだ。巨大な雲水母のようなアヤカシの姿は、見ているだけで普通の人は震え上がるほどだ。それなのに、漁師達は、安全の確保されていなかった海へと乗り出すと言う。
(「出来る事では、ありませんわ」)
 だからこそ、この場所へ来ようと、エステラは思ったのだ。
「大丈夫か?! 助けに来たぞっ!」
「大丈夫だっ」
 篝火がぱちぱちと火の粉を散らす。柳斎が、その火に照らされた男へ向かい、声をかければ、男はしっかりとした声で返事を返す。手にしているのは、くるくると縄が巻かれた真新しい木辺。先に行く船から投げ落とされたものだ。
「手を!」
 柳斎の長い髪が海風に巻き上がる。伸ばされた手を、男はしっかりと握った。
「皆様、あちらにも人が居ますわ」
 エステラは、男を引き上げるのを手伝いながら、見回していた海面に浮かぶ人影を見て、声をあげ、指を指し示す。探査に動いていた船が、応と声を返し、そちらへと向かう。ひとつ安堵の息をすると、エステラはかいがいしく傷の手当てをする。
「っ!」
「ようやく此処まで帰ってきたのでしょう。あと少し、御気張り下さいまし!」
「ああ‥‥そうだな、ありがとう」
 船に引き上げられ、人心地ついたのか、男に痛みが襲ってきたようだ。包帯を巻きながら、エステラは、笑顔と共に、男を元気付ける。
「アヤカシは‥‥居ないな。大丈夫、居たとしても、近寄らせはしない」
「はい」
 不安気に空を見る男へと、柳斎が不適に笑い、腰の刀を叩いて見せれば、エステラが緑の目を優しく燻らせた。
「浜には、暖かいものが沢山ありますわ」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「ひとっ走り戻りますが、姉さん方、後頼みましたぜっ」
「うむ、心配するな。任せておけ。まずは陸にあがり、ゆっくりすると良いだろう」
 エステラと柳斎は、併走する船に乗り移ると、助けた男と、今まで共に海に漕ぎ出した漁師へと軽く手を振った。


 次々と、海に浮かぶ人達は救助されて行く。
 日のあるうちに確認した人は、全て、救助完了となり。
 明々と火を掲げて、無数の漁船が浜へと向かい。
 その浜には、さらに大きな火が焚かれ、遠くからも良く見えた。
 波を沸き立たせるかのような、勝鬨の声が、何処からとも無く沸きあがり、浜を伝っていく。
「はい、熱いから気をつけて下さいね」
 浜の女将さん達に混ざり、エステラは、浜汁を配ったり、食器を片付けたり、かいがいしく立ち働く。
「温まりましたか?」
 他に怪我は無いかと、梓は助かった人達の合間を回り、大丈夫だと見ると、女将さん達を手伝いにと足を向けた。何時もの艶然としたたおやかな笑顔で。
「うお。金の為とはいえ、思わず真面目に仕事しちまった。何たる不覚!」
 がーん。そんな効果音と背景を一瞬背負った喪越は、目の前を通り過ぎた女将さんに、何時もの調子を取り戻す。
「――そこの美人な若奥さーん、おにぎりと浜汁のおかわり!」
 そして続く言葉は、若奥様の持つお盆に粉砕された‥‥かもしれない。
 すっかりと夜になった浜を眺めて、柳斎は笑みを零す。
「流石に冬の海。この作業は骨が折れた‥‥。まぁ多く助けられただけマシ、か」
「こんなに術使ったの初めて。さすがに疲れたのー」
 浜に座って、そよぎは伸びをする。役に立ったかなあと、今日の一日を振り返り。
 波の音が耳と腹に木霊する。
 大変な一日ではあったが、結果として、良い一日であったと。
 様々に伸ばされた、開拓者の無数の手が、命を救った。
 海上に落とされた『暁星』の乗員は、全て無事、救助されたのだった。