【山河】炎鬼
マスター名:北野とみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 19:44



■オープニング本文

 理穴と武天の境の、とある村に、鬼が現われた。
 炎を吐いて、片っ端から燃やしてやってくるのだという。
「鬼が出ました」
 村から走ってきた男は、一息に話すと、へたり込む。

 大人の倍もある背丈。太い胴回り。炎鬼は、ゆっくりと村を回る。そして、気が向くと、目に付いた家を燃やしていた。
 月妃は、村と山の境の、最初に鬼が現われた付近の納屋に居た。刺繍をするための糸を染めていたのだ。ふうわりとした桃色が綺麗に出来たと、顔をほころばせた所で、地響きを感じた。咆哮と共に煙が押し寄せる。
 そっと伺えば、道を隔てた母屋が炎に包まれていた。幸い、山からの吹き降ろし風のおかげで、月妃の居る納屋には炎はやって来ない。
「うそ‥‥月輪は大丈夫なのっ‥‥?」
 桃色の刺繍糸を抱きしめて、弟を思いながら、月妃は煙に巻かれて意識を失ってしまった。

 村は、四十ほどの家が、山の斜面に点在していた。鬼は、道なりに下りながら、大きな家を見つけると、炎を吐き出す。残る家は、後二十ほどであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
氷那(ia5383
22歳・女・シ


■リプレイ本文


 冷たい冬だというのに、肌を焼くような暑さを感じる。
 炎だ。
 吹き上がる黒煙が、遠目からも良く見える。
 それに混じって、火の粉が踊る。
 開拓者達は、炎を吐き出す鬼のアヤカシを退治して欲しいと言う村人の依頼を受けて、山間の村落へと辿り着いていた。幸い、生き延びた人々の避難は全て終了しているとの事で、思う様、アヤカシと戦う事が出来る。
 大人の倍もある巨躯を揺らして、炎鬼は、燃え盛る様を見て、嫌な笑いを響かせていた。
 くすぶる煙は、山の上の方にある民家からだろう。
「やれやれ、この寒さを凌ぐのはええが焚き火にしては、ちょいとやりすぎやないかな。火遊びは火傷の元なんやで」
 そんな鬼を遠目から見て、天津疾也(ia0019)は獰猛な笑みを浮かべる。
 坂道沿いに下ってくるのを確認すると、遠回りになるが、斜面を登り始める。
 もうもうとした煙に目を細めつつ、鬼の位置をしっかりと確認し、未だ無事な民家へと近寄らせる前に叩いてしまいたいと思うのだ。
「これ以上焼かれるのは‥‥」
 必ず防ぐ。
 そう、心に思い、炎鬼をおびき寄せようと無月 幻十郎(ia0102)は、両手に河内善貞を構えて鬼へと向かう。
「冬に火を撒き散らすとか火事になるし迷惑よねー。ま、サクッとやっつけてやるわ」
 にっと笑みを浮かべる霧崎 灯華(ia1054)は、飛苦無を慣れた手つきで構えると、単衣の裾を蹴立てて走る。
 目の前の敵は屠るのみ。それが、巨大ならば、なおの事よし。
「落ちないように、気をつけないといけませんね」
 戦闘するのならば、この道幅の間でとなるだろう。
 白野威 雪(ia0736)は、踏みしめる坂道の片側が、酷く急な斜面となって落ち込んでいるのを見て、小さく溜息を吐く。白銀の長い髪が、袴の裾が、炎風でふわりと揺れる。
 仲間達の後ろから、十分に援護を出来るようにと気を配り。
「鬼さんこちら‥‥手の鳴る方へ‥‥」
 その声は、酷く炎鬼の気に障る声だった。那木 照日(ia0623)は、しっかりと気を引く事が出来た事を確認すると、身を翻す。
「あわわー!」
 空気を劈く音がする。
 炎鬼が炎を吐き出したのだ。
 一瞬、山道が明るくなる。
 大人三人並べばいっぱいなほどの山道の坂の上。
 吹き降ろされる炎が、前に走りこんでいた幻十郎の身を焦がす。
「ちいっ!」
「大丈夫、すぐに治しますわ」
 雪の手により、爽やかな風が吹き、すぐ背後から、幻十郎を癒す。
「人型だし、この辺が弱いのかしら?」
 丸太に刃が突き刺さるかのような音が響く。
 灯華から放たれた飛苦無のひとつが、炎鬼の顔へとざっくりと入ったのだ。
 山の中から、高い位置を確保するため進んでいた疾也が、木々の間から矢を放つ。空を裂く音が響き、その肩口に入った矢傷に、炎鬼はうめいて、炎を山間部へと吹き付ける。
 木々が燃える音と、焦げ臭い臭いが立ち込めるが、疾也には届かない。
「このまま、一気にたたんでまう?」
 ぐらりとよろめく炎鬼に、小さく呟き、疾也は次の矢をつがえる。
 燃え盛る火の粉が、ちりちりと音を立てて舞い散る。
「物が燃えてくの見るのは好きだけど、住んでる家が燃えるのはきついわよねー。とりあえず、村への攻撃は止めないと不味そうね」
 たぷんとした水音がする。古酒を飲みつつ、水鏡 絵梨乃(ia0191)が、深い笑みを浮かべる。
 ほんのりと色つく頬。いい具合に酒が回ってきたようだ。
 炎鬼の大きな手が、空を薙いで絵梨乃を襲うが、それは虚しく空をかく。
「これ以上の破壊はさせない」
 ひとつに高めに括った白銀の髪が揺れて。
 ふらりと身体が崩れ落ちるかのような様は、まるで本当に酔っ払ったよう。
 抜き手が鮮やかな弧を描きつつ、炎鬼に迫り、繰り出されるのは足。
 鮮やかな蹴りが、酔いに任せた風に炎鬼を襲った。下がった腕に、したたかに打ち込まれた。
「あれ程の脅威ではないが‥‥」
  巨躯を揺らして、前に出るのは王禄丸(ia1236)牛の頭骨を模した頭部が、炎鬼を睨みつける。手にする大斧・塵風の長い柄と共に、打ちかかる。
 狭い坂道ながらも、何処にも逃がすまいと、仲間内でも手薄になった場所へと回り込み。
 焦げた臭気の中に、仄かに香るは、梅の香。
 空を薙いで、打ち込まれた刃に、炎鬼はよろけた身体をさらに揺らがせる。
 思い出すのは、アヤカシ炎羅。
 あれほどのアヤカシはざらには無いかと、表情の見えない口元が、笑みの形に歪む。
「とびきりの一撃をあげるわ♪」
 火の粉を払いのけながら、灯華は間隙をぬって、呪を放つ。辺りに一瞬冷たい空気が流れる。氷柱が炎鬼を襲い。
「肆連撃‥‥入る?」
 一旦下がった照日は、手に切っ先鋭い、凄絶な薄さを伴う刃を持って、一撃を入れようと油断無く身構える。長い黒髪がふわりと風をはらみ、その明るい炎を映したかのような橙の瞳が、炎鬼の吐き出す炎の距離を測る。
 体を崩したと見るや、術を振るおうと接近していた灯華が、笑みを深くする。
「あらもう終わり? もっと楽しませて欲しかったな〜」
「もう形を取るほどの力も無いならば」
 背後をとろうと、回り込んでいた氷那(ia5383)が、道の背後、坂の上方へと躍り出た。高く結わえた白銀の髪が揺れる。その手に構えた風魔手裏剣が、形が崩れてきた炎鬼の背を穿つ。
 畳み掛けるような攻撃の数々に、炎を思う様吐く事も出来ないようだ。
 一瞬動きを止めると、断末魔の叫びと共にアヤカシ、炎鬼は無に還っていった。


 山中、奥へと向かう山の坂道。奥へ、奥へと道はのびている。その、所々に、くすぶった家が点在するのが、炎鬼を倒した場所からも見て取れる。黒煙が、炎の名残とばかりに立ち上っているからだ。幾筋も空にたなびくように伸びる黒煙は、そのまま、被害の広さとなる。
「消火、しておいた方が良いだろうな」
「小川がある。用水路みたいになってるね」
 王禄丸が、山間を眺めて呟けば、照日が、頷く。
 山腹の村の合間を、細く小川が流れていた。少し距離はあるが、消火活動に難は無いだろう。延焼を免れた家の軒から、桶を拝借すると、開拓者達は山の上の方まで、足を伸ばす。
「手作業になるのは仕方ないが、時間いっぱいまで、がんばろうか」
 水をいっぱいに入れた、幾つもの桶などを、軽々とかかえて、王禄丸は山道を進む。
「しっかり消しとかないとあかん。燃え尽きた家でも、燻ってたりする。火は怖いんや」
 ほとんど消し炭になったような家までも、しっかりと水をかけていくのは疾也。木造家屋の残り火の怖さを良くしっているようで、念入りに火の気を確認していた。
 焼けぼっくいをひっぺがせば、その下には、まだ、ちろちろと燃える火の種が見えて、やれやれと言った風に、肩を竦める。
「危ない、危ない」
 水をかけ、しっかりと鎮火を確認すると軽く笑みを浮かべ。
 炎鬼は、山奥から現われたようで、坂道を下りつつ、その脇にある家を焼いては壊していたようだった。点在して家が建っているのが幸いしたというべきか。延焼する事はなさそうだ。
 麓に避難していた村人達が、少しづつ、戻ってくる。
「消火の他に‥‥何か手伝う事があれば‥‥」
 両手を前に組み、照日が村人を見上げれば、お言葉に甘えてと、小さな子が何人か照日の前にちょこんと出されて。炊き出しをする合間に、見ていてほしいと言う事らしい。可愛らしい照日に、おねえちゃんと呼ぶ子供も数人。おにいちゃんだよと告げると、目を丸くして見上げられ。つい、袖で赤くなった顔を隠してしまう。
 全焼も覚悟していただけに、開拓者達に感謝の言葉を口々に告げつつ、鎮火を確かめたり、無事な家を確認しに走る。その中で、顔を寄せ集めている人々が居た。
「月妃はかわいそうなことしたねえ」
 中年の女が、溜息を吐いた。
「誰です?」
 氷那がその言葉を聞き留めて尋ねれば、一番奥の家に住む女性だと言う。
 一際離れていた、その家から上がった炎を見て、村人達はアヤカシを察知し、一斉に逃げる事が出来たのだと。
 その話に、絵梨乃も耳を澄ます。
「足が悪くてね、逃げられなかっただろうよ」
 猟に出ている弟が戻ったら、どう伝えればいいのかと。
 綺麗な刺繍を刺す娘だったのにと言う言葉に、声を無くす。
 開拓者達が水を持って山道を登り、月妃と、弟の月輪が暮らしていたという家の燃え後を消火しに行けば、すぐ道の下に納屋があった。そこに延焼が少しでもあれば、また火が出る。
 その納屋には、刺繍の為の色糸が、沢山かけられていて、括りつけられた棚には布の数々が積んである。この納屋の持ち主が、その類で生活の糧を得ている事が見て取れた。しかし、煙にまかれて、どれも使い物にならなくなっているようだ。
 その床に倒れている少女を開拓者達は見つけた。
 月妃の胸には、淡い桃色の刺繍糸がしっかりと握り締められていた。
「もう1発、アイツにきついのお見舞いしとけば良かったか」
 ぐったりとした月妃を抱きかかえると、絵梨乃は渋面を作るが、命に別状は無さそうだ。
「月妃さん、しっかりして‥‥」
 氷那岩清水を乾いた口に当てると、月妃は、こくりと喉を鳴らす。それを見て、ほっとする。
「どこか痛いところなどは、ございませんか?」
 雪が頬にはりついた髪を梳き、声をかければ、うっすらと目が開き、小さな頷きを確認して胸を撫で下ろす。
「ゆっくりとした休息が必要なのかもしれぬ」
 体調が芳しくないのならば、急ぎ村人の手に渡した方が良いだろうと、王禄丸が声をかける。
「軽いなあ」
 よいしょと、お姫様抱っこをして絵梨乃が坂を下って行けば、村人達から歓声が上がった。
 踏みしめる冬の山は、炎鬼によって無残な一角を作ったが、急ぎ駆けつけてくれた開拓者により、無事だった家が多く残った。
 ふと見れば、道の端には早い春を告げる梅の蕾がほころびかけて。
 炎鬼退治は無事に終了する事となったのだった。