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■オープニング本文 ● 「え? 刺繍を気に入って下さった方が、お屋敷へ呼んで下さるっていうの?」 「そうだよ。ぜひ、その手を見たいってさ。沢山支度金を頂いたから、綺麗にしてお行き」 何時ものように市に月妃の手による刺繍の小間物を卸した美知は、姿の良い男に声をかけられたのだと言う。その男は、さる女主人の使いで、この刺繍を刺した人物を探しているのだという。その技が気に入り、ぜひ話をしたいからと。 少女月妃は、目を丸くする。 横に座っていた少年の月輪が、鼻に皺を寄せた。 「それ、怪しい話とかじゃないの?」 「嫌だよ、月輪。呼んでくれるのは、女性だよ?」 「ふーん。だったら良いけど」 これまでも、そういう話はあった。だが、大抵が、月妃を嫁に。嫁なら良いが、愛人にとか、そんな輩が居たのである。 「何言ってるの。あんたもぜひ一緒にってだよ?」 「俺? どうして俺?」 「月妃の護衛としてって書いてあるよ」 美知の言葉に、月輪は、手紙を手にすれば、流暢な文字が目に入る。 「‥‥本当だ」 「だろ。先様はあんたの疑念は承知って所だろ。上手くいけば、専属の針子になれるよ。そしたら、苦労が減るだろうさ」 「‥‥そうね」 美知の心配は知っている。足の悪い月妃が、きちんと食べていけるようにと、気遣ってくれるのだ。だが、美知の基準と、月妃の基準は違う。翳った月妃の顔を見て、月輪は、駄目というように、首を横に振る。 「そんなとらぬ狸のですよ」 「ああ、そうだね、悪かったね」 月輪の心配を知っている美知は、軽く肩を竦める。少し気まずい空気を振り払うかのように、月妃が微笑んだ。 「でも、沢山の蓮の花を見れるなんて、嬉しい」 「だね、しっかり見ておいで」 月妃が微笑むのを見て、月輪は、ちょっとした疑問は胸にしまっておこうと思った。 お屋敷のある場所は、この間、石楠花を摘みに行った場所だったから。 ● 「いろいろ、準備終了しましたよ、お妃(ひぃ)様」 細身の青年が、軽い笑みを浮かべて、入ってきた。執務机で書類に目を通していた光妃は、軽く顔を上げる。 「うん。ご苦労」 「本当に、名乗らないのですか?」 「必要はあるまい。援助はしっかりするつもりだ」 「‥‥お妃様がそれで良いのなら?」 柳飛は、光妃変わったのだなあと、つくづく思う。 何にしろ、少年と少女とじかに話が出来るのは良いことだとも。 「では、当日を楽しみにしよう」 光妃は、話は済んだとばかりに、書類に目を落とした。 軽く肩を竦めると、柳飛はきびすを返す。 「柳飛」 「何でしょう、お妃様?」 「二人だけだと気を使うかもしれない。そうだな、ギルドから客人を呼ぼうか。また、楽しい話が沢山聞きたいものだ」 「仰せのままに」 「頼む」 柳飛は、少しだけ、内心ぎょっとした。 初めて、光妃の優しい笑顔を見てしまったから。 何か悪いものでも飲み込んだかのような気分を抱えながら、ギルドへと足を伸ばすのだった。 ● 「お茶のお誘いですー」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、ぱたぱたと走って来た。 「先日、石楠花摘みを手伝ってもらったお屋敷で、今度は蓮の茶会をするそうですー」 何でも、一泊してもらい、朝早くに船を出すのだという。 蓮の花は、朝早く咲く。 その、音にならない音を聴き、花を愛で、船の上で茶を楽しむのだと言う。 今までは家族だけでその茶会をしていたようなのだが、今年は大勢で楽しみたいからと言うことらしい。 「船は小さな屋形船だそうですよー。素敵ですねっ! それと、また、冒険のお話をして欲しいそうですよー」 かきかきと、書類を作る正美だった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
一心(ia8409)
20歳・男・弓
アリスト・ローディル(ib0918)
24歳・男・魔
蜜原 虎姫(ib2758)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 「蓮の花見、ですの?」 ギルドでその依頼を見て、礼野 真夢紀(ia1144)は笑みを浮かべた。館船を出して花見とは、初めてである。 蓮は姉も大好きな花だ。けれども、実家に咲くのは食用蓮根の花。これは見なくてはと思う。 「お茶の共に冒険譚を‥‥ですか? 素敵な時間が過ごせそうですね♪」 にこにこと笑みを浮かべて、巳斗(ia0966)が頷く。 「ほう、この依頼は先日の婦人か? 天儀の風習を知る機会を再び得られそうだな、有難い事だ」 ふっふっふ。そんな含み笑いを浮かべるアリスト・ローディル(ib0918)の背中をどつく者が居た。 劉 厳靖(ia2423)だ。 「どこかで見た名前だと思ったら、あんときのか‥‥でもって、どこかで見た事あると思ったら、偏屈魔術師のアリストじゃねぇか。元気にしてたか?」 けふけふと、息を整え、その力いっぱいの挨拶にひとしきり文句をつけると、アリストは、当然元気だと胸を張る。 ほわんとした雰囲気のまま、蜜原 虎姫(ib2758)は、出迎えた光妃へと先日の依頼の謝意を告げ、ぺこりと挨拶をする。先の凌霄花の依頼が初依頼だった。だから、この場所と彼女に特別な思い入れがある。 「月妃様、月輪様‥‥お久しぶりですね。光妃様、お招きくださり有難うございます」 丁寧に頭を下げるのは白野威 雪(ia0736)。穏やかな笑みと、やわらかな銀髪を見て、見知った顔に、月妃と月輪が笑顔で挨拶を向ける。 そんな二人を見て、一心(ia8409)も笑みを浮かべる。 月妃と月輪は、刺繍をするという一心の事を覚えており、丁寧に挨拶に来ていた。 (「十六夜殿には桜の話はしない方がいいんでしたよね」) 元気そうな姿に、一心は目を綻ばせながら、屋形船で何の話をしようかと考える。 「刺繍‥‥どんなものか、虎姫も、見せてもらって、いいですか?」 二人に挨拶をした虎姫へと月輪が自分の使う袋を出した。その袋には、丁寧に石楠花の花が刺繍されていた。虎姫は、ほうと溜息を吐く。他愛の無い話で広間は賑やかに盛り上がる。 手帳を片手に、頷きながら調度品やら何やらを花守に聞きまくり、月妃の刺繍を目にすれば、その刺繍について、延々と聞き始めるアリストを、「だから、おまえは落ち着けって」と、厳靖が何度も首根っこをひっつかまえて引きずって行くという姿が見られたりもした。 崔(ia0015)は、深夜、光妃の執務室を後にする。 (「節介は承知だが」) 聞いておきたかったのは、光妃の気持ち。名乗り会いたいのかそうでないのか。というよりも、自分は光妃の意に沿わ無い事はしないからと、言伝てたかったのだ。自分は十六夜を知り過ぎた。配慮に感謝すると光妃は言い、名乗るつもりはないと崔に告げた。 ● まだ暗い中、館に集まった開拓者と、姉弟は、連れられるままに、山の中に分け入る。 細い道は、館の表の庭園とは違い、ほとんど獣道と言って良いような道であった。 朝もやをかきわけるように辿り着けば、落ち着いた色合いの屋形船が出迎える。 橋げたから船に上がれば、畳が敷き詰められ、人数分の座布団が置いてあった。 水音に、横を見れば、朝もやに色を隠した、淡い薄紅の蓮の花の蕾が見えた。 「とても綺麗で可愛い、上品な色ですね‥‥」 雪は、蓮の色に、大切な友人が重なって、目を細めて微笑む。 朝起きは苦手なのだが、蓮の花との出会いをとても楽しみにしており、今日は随分早く起きた。おかげで、体調もすこぶる良い。 全員が乗り込むと、船はゆるりと蓮の蕾を掻き分けて、動き出す。 薄もやが晴れれば、池一面に薄紅色蓮の蕾が目に入った。 もやの中で見る、淡い薄紅の蓮の蕾も可憐な風情ではあったが、朝日を浴びて色鮮やかに浮かび上がる薄紅の蕾、水面の深い青、浮かぶ緑の葉の合間に群生する姿は、生き生きとした命の強さを感じさせる。 厳靖が、日の光に目を細める。 「ほぅ、こいつはすげーや」 「うわぁ‥‥素晴らしい光景ですね!」 巳斗が、屋形船から僅かに身を乗り出して、歓声を上げる。 じっと見入れば、蕾はほころび、その花芯を陽光へと晒す。 よく見ていても、いつ咲いたのか、わからないほど静かだった。 「姉様は『蓮の花が咲く時は音がするのよ』っておっしゃるんですけど、まゆはまだ聞いた事がないですの。ちぃ姉様は笑うばかりで答えてくれないし」 「蓮は花開く際に可愛らしい音を奏でるとか。是非聞いてみたいものですね♪」 真剣な顔をした真夢紀の横で、巳斗もぽわんと頷く。 と、小さく空気が弾けるかのような音が聞こえて、目を輝かせる。ほんの小さな音にならないような音。 「淡紅の‥‥蓮‥‥この風景、なんだか神々しく感じます」 ゆるりと、静かに耳を澄ますのは一心。 花音を感じながら、細工物の図案にと簡単に写生する。 「美しい、花‥‥この時間、しか、花を開かない‥‥の?」 小首を傾げる虎姫へと、光妃が笑いかける。 「蓮の花は朝花開き、一日咲くと夕には閉じる。次の日も、また同じ。そして、その次の日には閉じる力を無くし、その次の日に散って行きます」 「もったいない、けど‥‥だからこそ、美しい、のかな」 「夜愛でるには水辺は危険。花からの配慮かもしれませんね」 光妃の言葉に、虎姫は、だったら素敵と、頷いた。 ゆるゆると山腹の湖の中を船は行く。 「例によって成分はお聞かせ願えないのでしょうな」 すっきりと爽やかさが際立ち、渋みが残る。この前のお茶とはまた違うと、アリストは唸る。 蓮の花を見れば種類を聞いて、しっかり手帳に書き残す。ちらりと目にするのは厳靖の持参した酒であるが。 (「いや、一応まだ仕事だからな。自分が酔うと支離滅裂になるのは知っている控えるべきだ、解っているのだが」) そんなアリストを見て、後で勧めてやろうかと、厳靖が苦笑する。 開拓者達から、差し入れと出されたお菓子などが、所狭しと並べられる。 「っと、住んでる長屋の近くに旨い店があってな、ま、大したもんじゃねぇが、食ってくれ」 饅頭を差し出すのは厳靖。アリストが持ってきたのは、季節の花の砂糖漬け、花紅庵の彩姫。 氷霊結で冷やされて大切に持って来られた、おいしさそのままの栗とさつま芋のおはぎを真夢紀が。抹茶水羊羹を巳斗が切り分け、お皿を回す。牛乳羊羹を差し出すのは一心。冷水で冷やしたほうが良いかなと考えていたが、真夢紀の氷霊結の側に置けば、どのお菓子も涼しそうでよさそうだ。 ● 「虎姫たち、ギルドの開拓者は、新大陸を目指して、その攻略を、続けているです。けれど、その新大陸‥‥向かうためには、嵐の門を護る、魔戦獣と、対峙することになった、ですその時、神威人さん達の執筆した、たくさんの古書、見つかったと聞いて、魔戦獣さんの情報、少しでも集めるためのお手伝いに神威の里に、はじめて、行ったんですよ。皆、お耳が、生えてました」 新たな出会いを思い出し、虎姫は、ほくりと笑う 「沢山の古書や、埃の匂い。年月を経た、紙の肌触りや、神威人さんの書く文字。虎姫は、その文字を読めなかったけれど‥‥たくさんのこと、勉強出来たです」 そこまで語り終えると、虎姫は、あっと言う風に目を見開く。冒険では無かったかなと思ったのだが、光妃が笑みを浮かべて頷くので、良かったかなとほっと一息。 月輪が、身を乗り出して聞いているのを見て、こういう話好きなのかなとも思う。 「ボクのお話は“大冒険”とは少し離れてしまうかも知れませんが」 ちらりと、隣に座った雪を見ると、巳斗は、三味線の弦をじゃらんと鳴らす。 雪との初めての出会い。百人近い開拓者が浜に集った事。出店や周辺警備、催し物の楽しさや、夜空に打ち上げられた花火の見事さを楽しそうに語る。 思いっきり頷く月輪に、巳斗が笑う。 「日が浅く不慣れな開拓者達が、始めて一つになれた素晴らしい依頼でした。危険や力を求めるだけが冒険の意義ではない‥‥心許せる仲間と協力し、困難に立ち向かう事こそが真の冒険なのだとボクは思うのです」 この季節にぴったりのお話でしょう? と、巳斗はふわりと微笑む。 舞をと思っていた雪だったが、小さな屋形船である。立つにもやっとの場所では難しそうだと諦める。 「みーくん、可愛かったですね」 ほわと、当時を思い返し、雪は微笑み、自分の話を始める。 尊敬する相手に、花見に誘われ、その下のアヤカシを退治する為に、支援の舞を踊ったという話を始めると、光妃に手で制された。 「あの‥‥?」 まだ、桜の話を茶飲み話には出来ないと、後から光妃が雪に詫びた。 「では、奇妙な話をひとつ、お聞かせ致しましょう」 ふむふむと、頷きながら、アリストが体を前に傾がせる。 これまでの人生の中、開拓者になってからも興味深い話は沢山記憶している。しかし、夏に冒険譚とくれば、怖い話では無いだろうかと、ちょっとだけ頭に残っているそんな風習から、とっておきを引っ張り出すつもりだった。 「人が消えた海辺の村を訪れた、月夜の晩の事。誰も居ない小屋で不思議な書付を見つけたわけです。そこには、『やつらが来る、もうおしまいだ』と書かれていて‥‥気づけば魚のような人のような姿のアヤカシに囲まれていたのです。‥‥我々は居合わせた者同士協力し脱出したが、最後に村を振り返ると其処には‥‥」 淡々と話を続けていたアリストは、いったん話を切って、屋形船に居合わせる面々の顔を一人包み渡すと、薄く笑みを浮かべて首を横に振る。 「あの巨大な影は何だったのか、それが‥‥解らなくてね‥‥」 ぱちゃん。 丁度水面を魚が打ったのか、音が嫌に大きく響いた。 「ま、この世には解らない事が沢山あるという話だ。それを知る為に俺は生きているようなものだ」 口の端を上げて、アリストが笑みを作る。 「俺が倒したヤツぁ、結構色っぽい唇だった‥‥」 月輪と出会う切っ掛けとなった、真空派を吐く草アヤカシの話を始める。花の位置に、唇がついている。話しながらも、ちょっとばかり顔を逸らして、目線が泳ぎ。別件でも、庭一面の草アヤカシを退治する羽目になったと、溜息交じり。 「まあ、あれだ。縁があるって事なんだろうよ」 眇めた目は、月輪達を見て和やかに笑う。 「アヤカシ退治は、殆ど行きませんが‥‥最近だったら、お子さんと仲良くしたいっていうお父さんに協力して、お寿司を皆で作るっていう依頼がありましたの」 きちんと座りなおして、真夢紀がにこりと笑う。 「お子さんが人見知り激しくて他人との接し方わからないから、新しいお父さんとの打ち解け方解らなかったみたいで‥‥」 あれやこれやと試行錯誤の結果、上手く行ったのだけれどと、思案深そうにひとつ頷く。 「‥‥歩み寄りって、大変ですよね」 「まことに。共に相手に対する優しさがあるからこそ、歩み寄りたいと思うのでしょうね。片方だけでは上手く行かないものでしょうね」 「そう思います」 真夢紀は、光妃の言葉に笑みを返すと。少し仏頂面している月輪が目に入り、くすりと内心で笑みを零した。 仏頂面の月輪の頬をびろーんと崔が伸ばしているのを見て、軽く噴出しながら、一心が居住まいを正す。 「少し前に龍の巣に龍の卵を採りにいくという方の護衛をしました。卵嫌いのある方が龍の卵なら食べるという事で採りにいったんだったかな。その方と洞窟まで行って卵をとってくる」 そこまで話すと、身を乗り出して、きらきらとした目でこちらを見ている月輪が目に入り、興味があるのかなと、一心は思う。 「‥‥と。まあ、実はそういう演出をして下さいという依頼だったんですけどね」 がくっ。そんな月輪の姿を目の端に入れて、くすりと笑う。 「ああ、でも当日は本当に冒険って感じで、楽しかったです。‥‥そういえば、龍って卵生なのかな‥‥」 首を傾げた一心に、きっと。と月輪が声を上げるのを見て、そうですねと笑みを返した。 ● 和んだ場で、光妃は月妃に生活の援助を申し出た。刺繍に没頭出来るようにと。瞬間、仏頂面になった月輪を見て、アリストは口の端に笑みを浮かべる。 「援助を受ける事は悪い事じゃない、たとえ他人でもだ」 俺がそうだったからな。 そんな言葉に、月輪は表情を緩める。 彼らの間柄に嘴を突っ込む気は無いが、それでも、現実は現実としてあるわけで。 人には色々と目的がある、無い場合もある、探している事もある‥‥それを成す為には、生活出来ないより出来た方が良い。 「月妃殿の刺繍は自分も好きです。応援してます」 一心は、先日手にした彼女の刺繍を思い出して、微笑めば、月妃が惑う顔をする。大丈夫と頷いた。 「で、ちと提案なんだが」 崔が、月輪の頭を何度目かがしがしと撫ぜた。 アヤカシは不意に色々な場所に湧く。植物を扱う此処も巡回は無いよりあった方が良いのではないかと。月輪ならば、猟師として山を巡っていたカンもある。アヤカシと何度か遭遇してもいる。月輪が巡回しに来るというのはどうだろうかと。その報酬として、月妃が、館の庭で自由に刺繍が出来ればと。 「月輪には絵を描く場、月妃には色々な花を見る機会、光妃サンには仕事合間の話相手」 ただ、援助というのならば、そこに彼らが出会う接点は無い。 「‥‥其々お得だと思うんだが」 しかし、招く理由、招かれる理由があれば、気軽に顔を出す事が出来る。 (「‥‥いずれ機会も巡るだろ」) 祖母と孫が名乗り会う。 光妃が崔を、あきれたという顔で見れば、崔は知らん振りをして肩を竦めた。 それで良ければと話す光妃に、二人は、顔を見合わせると、よろしくお願いしますと頭を下げた。それは、二人にとっても、理想形に近い提案であったから。 「次の機会にでも、皆と一緒に海を見に行きませんか?」 すべて丸く収まりそうな気配を感じて、巳斗は、嬉しそうに二人へと笑いかけた。 思い出すのは綺麗だった海。 何時の間にか、静かに湖面を渡って行く音がある。 一心の三味線が、ひそやかに音を奏でていた。 持参の酒を飲みながら、静かに蓮の花を描いていた厳靖は、書ききったその絵に満足そうに頷くと、出来にさして興味が無いのか、無造作に月妃へと手渡した。豪放で緻密な綺麗な絵を、月輪が食い入るように見、月妃がありがとうございますと声をかけるのに、後ろ手で、気にするなと言うかのように手を振った。 ゆるゆると、屋形船は、笑いさざめきを連れて岸へと向かっていった。 「色々ご配慮、感謝しますというお言葉はいただいてるのですがっ!」 皆の冒険譚を聞いていただけだった厳靖は、正美から、平謝りされていた。冒険譚を語る事が依頼でしたのでと、規定の報酬が配られなかったのだ。 「何っ?! いや、こちらこそ失敬!」 静かになった水面に蓮の花が揺れる。 その花言葉のひとつ、遠くに行った愛が戻れば良い。 どうやら十六夜の祖母孫に、新しい関係が始まるようだった。 |