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■オープニング本文 じわじわと、日差しの暑さがやってきていた。 とある天儀の町の井戸端会議。 奥様方は、毎日の献立に頭を悩ませていた。 「うちは胃腸が弱くて」 「あ、うちも、夏バテだから、何も欲しくないとか言うんですよ」 「うちは年寄りが居るからどうしてもさっぱり系になるかしら」 「でも、詰まるのよね」 「ええ。時々ね」 盛大な溜息を吐いた奥様方は、顔を見合わせて、三人が三人とも、とある事を思いついた。 「えー? 夏バテ料理を考えて欲しい?」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、細身の奥様方三人に囲まれて、途方にくれていた。 「ぜひ、作る種類を増やしたいのです」 「開拓者さんなら、沢山知っていると思って」 「年配の方に聞くのも手ですが、お説教や、ご自慢がついてくるんですもの。それはあんまり」 ねぇ? ねぇ? と、顔を見合わせてくすくすと笑う。 「報酬の代わりに、西瓜をご馳走致します」 「井戸でキンキンに冷やしたやつです」 「材料費は持ちますから」 駄目? とか、奥様方の押しの強さに、正美は、つい頷いた。 「そういうわけで、無報酬なんですが、手の空いた方は、奥様方に御指南お願いしますー」 ぱたぱたと団扇で集まった冒険者達に風を送りながら、正美がぺこりとお辞儀する。 |
■参加者一覧
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● きゃらきゃらと笑う、奥様方が、開拓者達を出迎えた。 「ども♪ あたしフラウよ、今回はよろしく」 満面の笑みを浮かべたフラウ・ノート(ib0009)が、左手を上げて、挨拶をする。その屈託の無い笑顔に、奥様方は、まあ。まあ! と、相好を崩す。 「よろしくお願いする」 豊かな胸を軽く突き出しつつ、丁寧に挨拶をするのはブローディア・F・H(ib0334)。そのないすな容姿に、奥様方は、ちょっとばっかしつつきあいつつ、溜息を吐く。 何しろ奥様方は、つるん‥‥品のある胸周りと言った所であったから。 「アルーシュ・リトナです どうぞ宜しくお願い致しますね」 天儀の夏は、暑い。何よりも、湿度が高い。小さく息を吐きながらも、アルーシュ・リトナ(ib0119)は笑顔を向ける。ふんわりとした明るい茶の髪が揺れ、繊細な飾り物が揺れる様を、奥様方が、興味深そうに眺める。 「夏向けのお料理を研究するとお聞きしました。レパートリーを広げる良い機会ですのでいろいろ覚えて帰りたいと思います」 整った顔立ち。まるで名工の手によって作られた人形のようなその顔で、僅かに穏やかに微笑みながら、和奏(ia8807)が、お辞儀をする。かすかに、きゃー。なんて、声が聞こえたような気がするが、まあ、いいかと和奏は思う。 「暑い夏こそ、赤い物を食べて元気を取り戻そう!」 にっと、少年のような笑顔を赤マント(ia3521)は浮かべる。健康的な赤褐色の肌。鮮やかな赤い髪と、くるくると良く動く赤い瞳が、元気を運んできたかのようで、赤マントを、奥様方は眩しそうに見て、笑みを返す。 そつの無い出で立ちでありながら、どこか見るものをホッとさせる。明王院 未楡(ib0349)が、落ち着いた笑みを浮かべる。 「そうですね‥‥こう暑いと、中々食が進みませんし‥‥かと言って、何も口にせずに飲み物ばかり‥‥では余計にばててしまいますものね」 そうそう。 こくこくと、奥様方が頷くのを見て、未楡は、心得たと言うように頷く。 「少量でも身体に良い物が食べれるように工夫してみましょう」 「「「よろしくお願いいたします」」」 奥様方が、練習したかのように声を合わせて、開拓者達に頭を下げた。 門をくぐれば、打ち水のしてある石畳に、両脇に植えられた木々が、涼を運んでくる。 からからと、格子戸を引き、続く石畳は、奥の勝手口まで伸びている。 奥まった場所には、厨房があった。 分厚い木のテーブルは広く、何人かが同時に作業するのに十分な広さだ。 勝手口を抜けると、裏庭がある。裏庭といっても、小さな庭園ほどもある。 さらさらと、風を受け、緑の楓が涼し気だ。石をくり貫いた水盆が、玉砂利の上に置かれて、その中を覗き込めば、真っ赤な金魚が二匹、水草の合間を泳いでいる。 その横に、竹を組んだテーブルと、長椅子が置かれている。 作った後は、ここで楽しく食事をしようと言う訳だ。 外の日差しは暑いけれど、作り終わる頃には、裏の庭には、丁度影が差してくるようだった。 ● 竈には火が焚かれ、ご飯は先に、炊いたものがおひつに入って、風通りの良い場所に置いてあった。 「んー。一応は基本な事だけは教えて貰ってはいるけど、美味しいかどうかは別で」 「大丈夫だよー!」 フラウが、ほんのちょっと顔を赤らめれば、赤マントが、笑う。 「一生懸命が調味料ですよね」 和奏が、こくりと頷く。 「そうだな。めったな事にはなるまい」 ブローディアは、机の一角で、粉を大きな木の器に入れた。 いい香りがふうわりと漂う。蕎麦だ。 丁寧に蕎麦粉を纏めると、体重をかけて、練り始める。 「僕はね、これ」 独特の香りが、一瞬で厨房を支配する。 納豆とキムチだ。 「辛い物を食べると、汗が出るけど、その後に何か暑さが引いた気がする不思議! 聞いた話では、納豆や山芋のネバネバが暑さを取ってくれるらしいね」 こくこくとメモを取る奥様に、にっとまた笑う。 「だから、他のネバネバ料理とも混ぜ合わせて、究極のネバネバを作ろう!」 「おなかが空いてくるかもーっ」 辻の奥様が、興味深く赤マントの手際を見て頷き、じゃあ、私は山芋をすりましょうと、ごつごつした山芋を手にして、赤マントの横ですりおろし始める。 「香りって大事かも?」 フラウは、紫蘇と大根の葉をみじん切りする。 ふうわりと爽やかな香りが漂う。 その次は、蛸をぷつりと一口大に切って行く。 切り終わり、器に入れると、酢・ミリン・しょうゆ・砂糖・塩を適量合わせる。 「こんなもんかな」 自分が一番美味しいと思う合わせで、混ぜる手を止め、具材の入った器へと。よく混ぜ合わすと、さっぱりとした酢の物が完成する。 「あら? 大根の葉が‥‥」 「ちょっとね、大きめに切っておくと、食感が良いかなって」 小首を傾げた広海の奥様に、フラウが答えると、感嘆の声が上がる。 「食べる大きさを変えるのは、良いかもですね」 アルーシュは、つーんとくる合わせ汁を作っていた。塩・酢・唐辛子・大蒜。ひと煮立ちした汁へと、胡瓜を漬け込んだ。仲間達の作るものを見渡しながら、後で作ろうと、作り方を覚えつつ。 何だかそこだけ、料亭のような佇まい。未楡の手際は、鮮やかだった。 節のついた竹の上部に、注ぎ口と水抜きの為の穴を開けた、下ごしらえの済んだ竹の中に、煮溶かした寒天と、餡子。そして、舌触りが滑らかになるほど良くすった胡麻をたっぷりと混ぜたものを入れる。注ぎ口と水抜きの口には、小さく切った竹が、その甘い餡を竹の中に閉じ込める。笊に入れ、冷やすのは、井戸。つるべがぽちゃんと音を立てる。 「熱くて中々食欲が湧かない時でも、これならつるっとお腹に納める事が出来ますし‥‥多少なりとも夏バテから体調を戻すお手伝いになると思いますよ」 「凄く身体に良さそうです」 野路の奥様が、小さい子にも良いかもと、こくりと頷いた。 夏の香りがあちこちから漂う。 和奏は、育った場所の食卓に出ていた夏の料理を思い出していた。 とある地域では欠かせないと言われる魚である。懐かしいなあと思いながら、和奏は、茶碗蒸しの下拵えに余念が無い。 「作れそうなものと考えると、中々難しいですね」 昆布とかつおで丁寧に取った出汁を、二等分すると、片方の出汁に溶いた卵を落とし、丁寧に混ぜると、卵汁にする。少し大きめの器に注ぐと、スが入らないようにと火加減に気をつけて蒸し始める。 その合間に、出汁に酒、薄口醤油を合わせて味を濃くし、三つ葉を切って、飾り用に花穂紫蘇を用意する。 ざくざくっと、食材を切るのはフラウ。 生姜、大根、豚の腿肉、柚子。 大根と豚を半月に切ると、ざっと炒める。そこに、薄く輪切りにした生姜を入れる。火が通ったのを串で刺して確認すると、大皿に入れて、柚子を絞る。 「柚子のまま?」 「そう。あ、でも、好みによっては、色々手間を加えてみるのも良いかも♪ 例えば、皮を向いて輪切りで飾るとか、柚子の絞り汁に何か合わせてみるとかもいけるかも」 「ひろがりますねえ」 「ほんのちょっとで、違って見えるよね」 大根の皮はちゃんと剥いてねと、言うと、メモを取っていた了奥様方が、了解ですと笑う。 赤マントは、脂身の少ない豚肉を、あっさりと焼くと、すっぱいものと考えて、檸檬をふりかけ、生姜の絞り汁をかける。ぴりっと締まった味に、すっぱさが程良くて。 「食欲増進って感じですね。ちょっと弱った時には、とってもいいかもしれない」 夏ばてる、その前に。奥様方は、嬉しそうにうなずく。 「ニンニク味噌はそこそこ日持ちしますし‥‥多少多めに作って生野菜に付けたり、熱々のご飯のお供にしたりしても良いですよ」 「それ! それすごく良いです」 広海の奥様がきらきらと目を輝かせる。 未楡の二品目は、焦がし大蒜味噌餡かけの揚げ麺。 味噌に、すりおろした大蒜、黄粉、梅干の果肉と薬味葱を混ぜ、香ばしい香りがするまで鍋で良く炒める。それに、さらに片栗粉を溶いた水を適量入れて、軽いとろみをつけ。豚肉と、夏野菜を別に炒め、その鍋で合わせて一緒に煮込み、油を張った鍋で、細めのうどんなどを好みで選んで、カリッとするまで高温の油で揚げて、皿に盛る。 そこに、先ほどの餡をかければ出来上がり。手間がかかっていそうだが、流れを作ってしまえば、さしたる手間でも無いと、未楡がにこりと微笑んだ。 「ジルベリア風ですの?」 「はい、ちょっと頑張ってみます」 覗き込む辻の奥様に笑顔を返すと、アルーシュはさっぱりと食べられるものを作り出す。 鶏のささ身を湯通し、一口大に切り、胡瓜、玉葱、赤蕪をみじん切りにする。玉葱は軽く水にさらして水気を切る。塩お軽く振りかけて、混ぜ込むと、じんわりと夏野菜の汁が浮いてくるのを、絞る。 冷やした出汁に、梅干のみじん切りを入れて、先ほどの具材と混ぜ合わす。 「お好みで、胡麻や、炒ったじゃこを入れても。氷を浮かべれば涼しげですし、こちらのパスタ‥‥素麺といいましたか、あれを入れると、さらっと行けるのではないでしょうか」 このまま、汁ものとして飲むのだと言う事に、まず奥様方はびっくり目を見開いた。 「炊いたご飯を冷まして、水洗いしてから、素麺代わりに少し入れても良いかも」 野路の奥様が、その味をとても気に入ったようで、ささ身の代わりに他に何を持ってきたら良いかと、アルーシュへと聞く。 「茹でた豚も良いですよ。少しこくが出ます」 なるほどと、奥様方は冷やした、具の沢山入った汁に興味津々。 良く冷えた茶碗蒸しに、和奏は、出汁を張ると、茹でたじゅん菜、先ほどの三つ葉を乗せると、雲丹を乗せ、その上から花穂紫蘇をぱらりと散らした。 「冷たくて、つるっと食べられるのと、卵料理なので、栄養もあって消化にも良いので、夏バテ中でも食べやすいかと」 「雲丹が豪華ねー」 「はい、海老とか、お好みで変えられると良いですよ」 見た目が豪華。 そう、奥様方が溜息を吐く。 蕎麦を細切りにしていたブローディアの準備も万端に整ったようだ。 たっぷりとお湯を沸かしている間に、山葵と長葱で薬味を作る。大きな海老と穴子の天麩羅を揚げると、沸いたお湯に、蕎麦を落とす。 ふつふつと吹き上がる泡。 吹き零れる瞬間に、冷たい水を茶碗一杯注ぎ込むと、一瞬鍋の中は大人しくなる。だが、火力は衰えていない。 具合を見て、ブローディアは満足そうに頷くと、用意した大笊へと、打ち立ての蕎麦をざあっとあけた。 井戸水で締めれば、つやつやとした蕎麦の色が引き立って。 「夏といえば蕎麦です。ジルベリアではシュペッツレです。麺類は万国共通です」 真剣な顔で、自説を真剣に言い切ったブローディアに、奥様方はただこくこくと頷いた。何よりも、ブローディアの作った蕎麦は美味しそうだったので、問題は無いようだった。 どうやら試食の時間となったようである。 ● 玉砂利に水を打てば、ひんやりとした土の冷気が上がってくる。 竹の机に並んだ料理を皆でつつきあい、その美味しさに舌鼓を打つ。 何よりも、大事なのは、火の前に長時間居ないで作れる事。と、奥様方は口々に言う。 作っている最中に、自分が暑さでゆだってしまうらしいのだ。細身の奥様方にしたら、大問題なのだろう。 「それって、これ?」 赤マントが笑いながら、お勧め納豆キムチを指差せば、大きく頷かれる。 だが、そればかりでは、困る。 「開拓者さんの料理はどれも大変勉強になりました」 広海の奥様が、纏めるように、挨拶をして、深々とお辞儀する。 「作る方は、大変ですね」 どんな料理も、彼にとっては美味しいものである。和奏は、少しづつつまみながら、鷹揚に頷く。夏バテってどうしてなるのだろうかと、心の中でひそかに思う、ほんのちょっぴり色々な所が鷹揚に出来ている和奏だった。 「きんきんに冷やした西瓜をどうぞーっ」 野路の奥様と、辻の奥様が、沢山の真っ赤な西瓜を持ってくる。 「見事な赤さだね!」 嬉しそうに赤マントは手を伸ばし、なにもつけずに、ざくざくと飲み込むかのように食べて行く。 「んー。美味しいーっ」 しゃくしゃくと赤い西瓜をほお張るフラウは、その冷たさと甘さに、つい頬が緩む。 辻の奥様の横で、アルーシュは、いろいろと聞いていた。旦那様との馴れ初めは、奥様が押して押して押しまくった結果だと、嬉しそうに話してくれる。女性から押すのもありなのですねと、アルーシュは、こくりと頷く。 「‥‥新婚さんですか?」 「はぁい。新婚さんです」 しっかりと、自分の年を棚に上げ、知らない振りをしているアルーシュだった。しゃくりと食べた西瓜の甘さと、冷たさが、思わず染み渡って、目を閉じた。 開拓者の料理は、日常からは考え付かなくて。 奥様方は、大変満足した模様。 笑いさざめく中を、夕刻が近づく風が、さわりと、緑の楓を揺らした。 |