蛍舞う
マスター名:北野とみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/01 21:55



■オープニング本文

「へぇ。蛍狩りですか‥‥良いですねv」
「だろう? 好きな浴衣‥‥着せてあげれるから、ぜひ」
 地元なんだ。
 そう、静かに笑うのは、先の巨勢王の誕生日。武闘大会の賑やかさの中、呉服商店街の一角で『八人雅』と銘打って、きらびやかな練り歩きを仕掛けた、新進作家の一人『重弐妃兎江』を作る、縞。
 細身長身の静かな雰囲気の縞は、少しまとまった金額を手に出来るようになったのだが、あまりこの金を手元に置いて置くのは、自分にとって良い事ではないからと、再び静かに笑った。

「旅館をされてるそうなんですよー。開拓者さんが来てくれると良いなーっていう、お誘いの依頼です」
 にこにことギルド職員佐々木 正美(iz0085)が説明を始めた。
 清流が横に流れる、山間に細長く、段々になって、くり抜いた岩の合間に天儀風の建物が濃紺の壁に、鋼色した瓦を光らせ、張り付くように旅館が建っていた。
 縞の実家のその旅館『緑東風』は、集客四十名までの、こじんまりした旅館である。
 温泉は無く、地味な旅館ではあるが、その地味さ加減で、長逗留するお客は多いようだ。
 あまり知られていないこの旅館の名物のひとつに、蛍の時期がある。
 大きなの蛍が、小さく丸い光を灯し、尾を引いて清流から、旅館の窓際まで浮かんでくるのだ。
 旅館の窓際には、座れるだけの小さな張り出しがついており、その張り出しに座って、夕食を取りながら、蛍を愛でるのが、この時期の逗留客の楽しみなのだと言う。
 窓際には、蛍袋の花が飾られ、蒼い団扇が宵の灯を待っていた。


■参加者一覧
葛葉・アキラ(ia0255
18歳・女・陰
水津(ia2177
17歳・女・ジ
周太郎(ia2935
23歳・男・陰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
霧咲 水奏(ia9145
28歳・女・弓
ヴァン・ホーテン(ia9999
24歳・男・吟
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
月川 悠妃(ib2074
19歳・女・サ


■リプレイ本文


 細い山道を歩けば、土の香りと、吹き上がる緑の香りでむせ返る。遠くで鳥の鳴き声も聞こえ。かさりと動く気配は、虫達だろうか。活発に動き始めた命の躍動が、森の中から静かに伝わってくるかのようだった。
 自然の声に、五感を傾けていた霧咲 水奏(ia9145)は、飛び去った鳥の行くへを見て、笑みを浮かべる。腕を磨くためにと駆けたのは、振り返るほど昔ではないけれど、とても懐かしくて。
「こうして自然豊かな山道歩くと理穴の故郷を思い出しまするな」
 連れ立って歩く楽しげな水奏を見ながら、意外と長い道のりに、周太郎(ia2935)は、眼鏡を指で押し上げると、僅かに溜息を吐いた。街道を行く旅ならば、慣れてはいるのだけれど、起伏ある山道は、慣れないうちは体力を奪う。
(「実は山道苦手なのよな‥‥」)
 軽く息が上がったような気がして、周太郎は首を横に振る。
 小旅行ともなるこの依頼を受ける事を快諾してくれた周太郎を見て、水奏はくすりと微笑んだ。
「‥‥ふふ、楽しみに御座いまするよ」
「ああ、本当にな。ちょっとした慰安旅行っぽくて、良いよな。蛍狩り、は、珍しいって思ったし‥‥」
 周太郎は、自身があまり目にした事のない、蛍というものにも、興味があった。だが、何よりも、水奏とこうして歩いている事が、とても楽しい事であり。
「大丈夫、そこそこ体力はあるんですよ‥‥多分」
 きっと。
 何となく、足元が不安定なアルーシュ・リトナ(ib0119)は、おかしいですねと笑いながら、歩みを進める。前に傾いだ瞬間に、胸元の蝶のような首飾りが、木漏れ日を反射してきらりと光った。柔らかな曲線を描く淡い色の髪の合間から、可愛らしい花の耳飾りが見え隠れし。天儀にやって来て、日の浅いアルーシュは、やっぱり少しばっかり、疲れているのかもしれない。
 小鳥の囀りのような音が、すぐ近くで聞こえる。
 大柄な体躯のヴァン・ホーテン(ia9999)が、何となく小さくなりながら、単調な山歩きの慰めにと思い口笛を吹いていたのだ。
(「何デショウ?! ‥‥この場違い感は何デスカー!?」)
 依頼を持ってきた縞へと、先の依頼で顔を合わせていたヴァンは、感謝を告げようと、うきうきとやって来たのだが、集まった面子に、愕然とした。いや、皆すばらしい開拓者ばかりなので、まったく問題はない。
 だが。ほんのり淡く和み空間を作っている周太郎と水奏の間には入れない。
 そしてなにより、その二人以外の開拓者は自分を除き、女性であった。
 がーん。
 一瞬、冒険者ギルドで、そんな効果音が縦線付きで、背後に現れたような錯覚すらヴァンにはあった。
 今回は静かに過ごそう。
 心の中でこぶしを握り、誓ったヴァンであった。心の中で誓ったけれど、表情にはそこはかとなく滲み出ていたのを本人は気がつかなかったりもした。
 そんなヴァンをちらりと見ると、月川 悠妃(ib2074)は、ひとつ頷いた。薫風が長い黒髪を梳いて流れる。
「楽しい時間になりそうです」
「エエなぁっ! 浴衣着て蛍狩りやなんて何や雅やね〜v 皆の浴衣もそれぞれの鑑賞の仕方も楽しみ!」
 渡る風が、頬を撫ぜる。嬉しそうに、葛葉・アキラ(ia0255)は、鮮やかな青い瞳の目を細めた。背に装備した、蝶の羽のような外套が、ひらひらと羽ばたく様に揺れ。蛍が見られるというのならば、そこは綺麗な場所に違いないと思っていたから、この山間を歩く道が、楽しくて仕方がなくて。弾む足取りは、淡い紫の色合いの松虫草の横を踏みしめて行く。
 小柄な体躯に、巫女さん姿。その上に漆黒の男羽織を着込んだ水津(ia2177)は、ふと、遠い目をする。
「蛍狩りですか‥‥懐かしいですね‥‥巫女の修行時代は蛍に雪と励んだ物です‥‥おかげで眼鏡が手放せなくなりましたが‥‥ふふ‥‥あの頃の気分に戻って蛍舞う中本を読むのも良いかもですね‥‥」
 くっ。と、眼鏡を手で上げると、光の反射で、眼鏡の奥の目が見えない。
 水津は、新緑の合間に見える五月晴れの空を仰ぎ、再び軽く笑みを浮かべる。
「何にもないのも、ステキな事かもしれないわよね」
 旅館の詳細を思い出し、煌夜(ia9065)は、随分と歩いて来た山道を振り返る。
 温泉も遊ぶ場所もない。だからこそ、きっと蛍は何物にも変えがたいほど綺麗なのだろうと。
 何度も曲がり、上ったり下ったりした。
 山道の先も、後も、ほんの僅かしか、かいま見る事が出来ない。
 ただ、その場所しかないという贅沢が、開拓者達を待っていた。


 休憩所としてある玄関先の間にそ茶を置き寛いでいた、小さな老人が、物憂げに開拓者達を見る。
 長逗留客五名の説明を簡単にされると、開拓者達はそれぞれの部屋へと通された。
 鮮やかな紫の地に、蝶が舞い飛び、襟や袖に細かなフリルやレースがついている。帯は金糸がキラキラと輝き、胸の下で、可愛らしく二重蝶々に結んだ。
 アキラは、何となく、休息所の老人が気になって、着付けてもらうと、ひょこりと顔を出した。
「おじーちゃんは蛍、好き?」
「‥‥好きじゃな。ここの蛍は良いぞ。連れ合いが、酷く好きじゃった」
「そっかあ‥‥」
 連れ合いという事と、過去形に、アキラは老人が無くなった奥方を偲んで来ている事に思い当たる。
 吹いても良いだろうかと問えば、嬉しげに頷かれて、アキラは何時もの様に吹き始めれば、老人が嬉しそうに目を閉じた。その姿に、アキラも嬉しそうに、さらに音を響かせた。
 山吹色の地に白い小花が散った浴衣に、若緑の帯を文庫結びに締められた水津は、女将さんから聞いた作家さんの部屋へと顔を出した。自分も書いている事を告げると、それはいいと、座布団を進められ、しばし、物書き同士の話の展開の仕方や、収め方を語り合うと、溜まった本を読みますと、水津はぺこりとお辞儀をする。
「とても、有意義なお話を聞けました。ありがとうございました」
「お、がんばれよ。おじさんもがんばるから」
 屈託の無い笑顔に笑顔を返すと、水津は自室の窓辺に座り込むと、沢山積み上げた本を嬉しそうに手に取った。ぱらりとめくる、紙の音。指先に伝わる本の重みと、紙触りに、水津はふくりと笑みを浮かべる。静かな水音だけが響き、水津は、瞬く間に本の世界へと入って行った。
 白地に淡い水入りの格子柄がざっと描かれ、その上に浮かぶような紫陽花。緩くひとつに髪をまとめたアルーシュは、深い緑と濃紺が混ざり合う半帯を片蝶結びで締められた。微妙な色合いに、綺麗ですと感嘆し。
 画帳を抱えて戻って来た画家の姿を見て、声をかければ、線の細いその画家は軽く眉間に皺を寄せる。しかし、アルーシュの浴衣姿を見直して、描かせてもらえるのならばと。
 休息所の大きな張り出し窓へと腰掛けると、画帳をめくる。そこから現れるのは、気難しい姿とはあまり重ならない、繊細な水彩画。色を絞り、その中にさし色が僅かに入る。調和の取れた、優しい色だ。
「天儀には何度か来ましたけれど服は実際に着た事が無いので、繊細な異国の色彩を纏うのが珍しくて嬉しくて‥‥どの絵も、幻想的ですね」
 音の少ない、この旅館で、画家の走らせる筆の音と、せせらぎの音を聞きながら、アルーシュはしばし、画家と言葉少なに語りながら、静かな時を過ごす。
 濃紺に墨を溶かしたような着物地に、天の川が散ったかのような白や銀、様々な色の光点のある浴衣を擦れた銀地の古い半帯を一文字に締め、着付けてもらった煌夜は、日に焼けた大柄な男性とすれ違おうとして、狭い廊下でお見合いをしてしまう。
「ひょっとすると、作家さん?」
「そうだが?」
「あのですね、少しお話しても構いませんかっ? というか、開拓者の経験談、聞いてみたくありませんかっ? ご飯までまだ時間があるんですよ」
「あっはっは。そりゃいいや。可愛い開拓者さんの話ならば、喜んで。だ」
 二つ返事で快諾されて、作家の部屋へと向かってみれば。
 長逗留だけあって、作家の部屋は、まるで何処かの家の一室のようだった。平たい文机の上に散乱した紙の山。流石に旅館だけあって、床に散らかっていることはなかったが、何処か雑然としている。
 どんなものを書くのかと問えば、何と恋愛話が得意のようだ。人は見かけによらないっ。ううむと唸る煌夜へと、何でもネタにするのだから、何でも良いと豪快に笑われて。では! とばかりに、罠を踏み越えて進んだ地下の遺跡で見つけた宝剣の冒険譚。惚れた女の子のためにアヤカシの出る森へ薬草摘みに名乗りを上げた男の子の人情話。思えば沢山色んな事をしているわねと思いながら、話は尽きる事が無く。
「シマサン、本当に素晴らしい衣装を有難うございマシタ」
 縞の部屋で、ヴァンは酒を酌み交わしていた。大きめの、素焼きの平杯に並々と注げば、小さく笑みを返されて、杯が干され、縞から注ぎ返される。
「モット正統派の衣装を仕立てたかったのではないデスカ?」
「‥‥良い、素材だと‥‥思っている‥‥」
「シマサンっ!」
 僅かに下を向き、何処か照れたかのような作家の姿に、ヴァンは何だか嬉しくなった。
 じーん。
 そんな白抜き文字が、背後に浮かんだような気がする。
 今日の浴衣は、蒲公英色に山葵色で竹の総柄。その竹の合間に、背中と袖と裾に雀が様々な姿で描かれていた。帯は灰白色に掠れるように真ん中に一本鳥の軌跡を創意した筋が藍白で描かれていた。
 少し通じ合ったような気がして、楽しく食べて呑んだ後、ヴァンは休息所の一角に座ると、緩やかで柔らかな音を紡ぎ始める。
 何かの縁あってここに集った人達のそれぞれに、その音は静かに響く。

 しっかりとした重さのある豆腐に、アキラは、相好を崩す。
 女子四名が、楽しげに笑いながら、料理をつついていた。豆腐の滋味溢れる味に、アルーシュもこくりと頷く。悠妃は、山菜のおひたしのシャクシャクした食感に、目を輝かせ。煌夜が、程よく焼けた川魚の塩加減に、舌鼓を打つ。炊き立てのご飯は筍ご飯。つやつやの筍ご飯に木の芽の香りがふうわりと漂い。
 ひとしきり食べた後は、アキラが扇子を持って立ち上る。
「折角の浴衣やしな」
 扇子をひろげて、余興にと踊りだせば、歓声が上がる。
「宴会デスカーっ?!」
 ぱーんと、戸が開き、ヴァンが良い笑顔で、軽快な音を鳴らしながら、賑やかに入ってきた。
「宴会は、サイコーデスネーっ♪」
 がんがんと踊るその姿に、女の子達は、一瞬動きが止まる。しかし、ヴァンは気がついていない。
 無言で立ち上る悠妃が、そっと背後に回りこむと、すぱーんと、手刀を斜め四十五度の角度で決めた。
「ぅオウっ!!」
「さー。続きは、別の部屋でゆっくり聞かせてもらいましょうかーっ」
(「ま、一晩なら間違いも起こらないでしょ」)
 はいはい、行くわよとばかりに、ずるずると、ヴァンは煌夜に引きずられて、退場していった。
「わ‥‥あそこ! 光ったで? 見た? あ、あそこもっ! 綺麗やねェ‥‥」
 アキラの嬉しそうな声が響く。
 食事が終われば、蛍の時間だった。

 周太郎が着込むのは、千歳緑の布地に辛夷の花が、浮かび上がる浴衣。帯は深い青に、黒の格子が、切れ切れに織り込まれた落ち着いたもの。水奏は桃の花と杜鵑が描かれた、薄紫の浴衣。花言葉をかけ、思い人の誕生花を合わせた水奏の浴衣に締められる帯は、白磁色に金糸で宝尽くしが縫い取られた豪華なものだ。大きく下がる角出し結びで上品に締められる。
 何となく笑い合うと、張り出し窓に浮かぶ蛍を見ながら、穏やかな時間が流れる。
 伊達眼鏡を外した周太郎は、こうして水奏の前でいられることにも慣れてきた事に、気がつき、水奏に視線を合わせて、笑みを深くする。
「一献、如何ですかな?」
「ん、飲もうか」
「賑やかだったねぇ、あっちの部屋」
「羽目を外さぬ程度に楽しんで頂ければ幸いに御座いまするよ」
 遠くに喧騒が聞こえる。仲間達が集って楽しい時間を過ごしているのだろう。
 張り出し窓に二輪生けられているのは、紫色のホタルブクロ。その花をほんのりと照らすように、蛍が下の清流の茂みから飛んで来る。その蛍の淡い光りを追いながら、水奏が、素焼きの杯へと酒を注ぐ。水のようにすっきりとした味わいの中、ごく僅かに李のような味わいを残す酒が咽を楽しませる。
「蛍よ人よ。命短し、舞い踊れ。灯火輝くは一瞬と、然れど想い残るは永遠に‥‥」
「‥‥光瞬く夜は永し」
 ぽう。
 静かな二人の部屋へと、蛍が飛び込んで来た。
 ぽう。ぽう。
「桃に惹かれる杜鵑」
 あまたの花は競って咲くけれど。揺ぎ無き思いは少しづつ紡がれて。
「俺だけの白椿‥‥」
 今宵共に咲くのは蛍火の元。ひっそりと共に。
 光りの尾を僅かに引きながら、ゆるりと飛ぶその姿を見、言の葉が、蛍の数だけ静かに紡がれて、かすかな明かりに揺らぐ二つの影は、いつしか一つに重なった。
 浮かぶ蛍の光りに、懐かしさを感じて目を細めると、水津は読み続けていた本から顔を上げた。
 その光りは、相手を惹き寄せる為の光り。水津は、綿々と受け継がれる命の営みは、淡く美しく儚い。けれども、その朧な時間の合間に、確たる命の輝きがある。それは、人が推し量って良いものではないのだろう。
 部屋に何十と入ってくる蛍の光りに、水津は小さく口ずさむ。蛍の恋を知らず後押しするかのように。
「たまには、ゆっくりと‥‥蛍狩りを楽しむというのも、良い物ですね‥‥」
 手にした本は──切ない恋愛小説であった。
 窓辺にもたれて、悠妃は、ひとり、物思う。
 捕まえれば、その光りを失ってしまう小さな蛍。
 ホタルブクロの紫の花をそっと伸ばせば、光りのひとつが飛び込んで、淡い紫の行灯となった。
 悠妃は、ホタルブクロに捕まえた蛍を眺めて、ほんのりと笑みを浮かべる。
「‥‥綺麗‥‥」
 普段の明るく、物事にあまり頓着しない彼女の姿からは、想像もつかないほど、悠妃は、静かな時を過ごしていた。思う事は多々あれど、今はただ、誰にも会わずにひとり蛍と共に居たかった。
 せせらぎを聞きながら、窓辺に腰掛け、暗い森と、清流を眺めていたアルーシュは、ひとつ、ふたつと光りが生まれる様を見た。そして、その光りは、不意に数を増して湧き上がった。闇の中に生まれた光りの乱舞に、小さく息を呑む。
(「‥‥この様を‥‥帰ったらどうお伝えしましょう‥‥」)
 どれくらいの間、身じろぎせずに窓辺に居たろうか。
 知らぬ間に、手にした竪琴を爪弾いていた。虹色の人魚の鱗のような装飾が、蛍の光りを淡く受け止めて僅かに光る。蛍の動きを追うような音色が、闇夜と、それを照らす無数の光りの中に溶けて行った。