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■オープニング本文 ●某所 一人の男がとぼとぼ歩いている。 彼には珍しく歩いている。 彼の名前は‥‥トム。 昔はフル・スピード、ハイ・スピードと名乗っていたが今じゃそれも落ちぶれている。 過去二回開拓者に負けてそのままずるずると。 新しい所へと行こうにも今の自信の無くした状態ではどうにもならない。 今じゃ落ちに落ちて走る気力も無い。 なんというか存在意義が消えかけてる。 「ダメだ、今の俺にはこれ以上‥‥」 がっくりと肩を落として背中を丸めて大の男が小さく見える。 頭の中では、ダメだ遅い遅すぎるこの俺が二度も負けた上に最速を名乗れるわけがないじゃないか名前すら渡してしまったしもうスピードの名前を名乗ることがそもそも何故俺は速さで負けたんだ確実に俺の方が数倍は速かったどこだどこに俺の落ち度があったというんだ足の出す速度が遅かったかそれとも手の振りが遅かったのか前傾姿勢にしっかりとなってなかったのかいやそれとも攻撃の速度が遅かったかのかいやいやまずは根本的な部分で本当は俺が速すぎたせいで攻撃が避けきれなかったという可能性もあるだろうかまずないな確実に攻撃避けていただが現に俺は二度も負けている、そう二度も俺は速さで負けている。二度も! 二度もぉ! この間一秒以下。 思考と決断で二秒以上かけるのは遅すぎる‥‥と思ってるのは彼だけだが。 ぎちぎちと奥歯を噛み締めながらもとぼとぼ歩くと一匹の鴉、一応アヤカシの様だ。 一目散にトムへと向かい急降下。 溜息をつきながらそれを半歩、残像が見える程の速度で回避するとまた歩き続ける。 鴉型のアヤカシはかなりの速度で地面にぶつかったためか自滅して瘴気になっている。 そんなことは今のトムには関係ない、どうすればさらに速く開拓者を倒せるかどうかが問題だ。 思考しているトムの上空に鴉のアヤカシがまた数匹現れると同じように急降下爆撃のごとく特攻。 風切り音を発して地面に停止痕を残して斜めに回避。 「今日は、厄日だな」 はぁっと溜息を付きながらさらに飛んでくる鴉を回避して道を歩き続ける。 上空にはどんどんと黒い塊のように周りの森から鴉が集まってくる。 「ええい‥‥面倒な相手だ」 歩くのをやめると空を見上げる。真っ黒に染まるほどの鴉のアヤカシがトムを狙って降り注ぐ。 地面を蹴り、大きく足跡を付けながらその黒い弾丸を避け始めていく。 ●ギルドにて 受付でまったりとしている夢に一人の男がやってくる。 どうやら近隣の村にいる人の様だ。 「すいません、ちょっといいですかね」 「ご用件はなんでしょうか」 「ええ‥‥最近村の近くの森に鴉のアヤカシが発生してまして‥‥」 この男が言うには最近鴉のアヤカシがちらほら見かけて商人や村人がたびたび襲われる、というものだったのだが。数日前に一人の男が光物を取り付けて辺りを走り回り近くにいたアヤカシをまとめて相手しているとのこと。空は真っ黒になり、鳴き声はうるさいわ、辺りは戦闘の余波がひどいわで迷惑しているそうだ。ただし村人へのアヤカシの被害はなくなったのだが。 「とにかく退治していただけませんかね‥‥少々量が多すぎるので」 「ま、アヤカシの被害だし、もちろんなんぼかもらわないとね」 「依頼料に関してましては此方に」 じゃりっと小銭の入った袋を机に置いて、中を確認してから依頼書の紙を取り出して。 「一般的なアヤカシ退治ってことでいいかねぇ?」 「では、それでお願いしますね」 そういうわけで鴉退治の依頼が掲示板に張り出されるのだった。 |
■参加者一覧
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
水波(ia1360)
18歳・女・巫
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●その男速さを求めて 開拓者ギルドにて依頼を受けた開拓者八人、目的地に向けて進んでいく。一応依頼者の所へと一度行ってから現場の方へと案内される。途中まで行ってからだんだんと鴉の鳴き声と地面を擦る音や何かがぶつかる音がどんどんと大きくなっていく。軽く上空を見れば遠巻きにもわかるほどに真っ黒に空が染まり、日の光がさえぎられている。 「なんという数だ‥‥あれすべて近隣から集まったアヤカシなのか」 氷海 威(ia1004)が遠巻きにその光景を眺めながら呟く。確かにありえない数のアヤカシが上空から地上に向かって雨のように降り注いでいる。かなりの威圧感だ。かなりの速度なのが手に取るようにわかる。 「やれやれ…最近音沙汰ないと思ったら。粋でいなせなトム兄さんも、ずいぶん落ちぶれたもんだ。しかし、まだ完全に駄目になった訳でもなさそうだ」 何度か顔を合わせたことのある巴 渓(ia1334)が黒い空の方を眺めながらそんな事を。真意は本人にしかわからないのでその推測があっているかどうかはわからないが。 「群も度が過ぎて多すぎると負の感じが現れますね、どのようにわいてきたのかはわかりませんけれどよくも、まぁ」 その光景を隣で眺めながら水波(ia1360)もため息交じりにそんなことを言っている。確かにどこから湧いたのかわからないほどにいるのは目にわかる。 「とにかく、人の迷惑になっているというのなら何とかしませんとね」 借りてきた銅鏡を磨きながら仇湖・魚慈(ia4810)が向こう側を眺めながら言う。向こうの空の加減からと銅鏡がどこまで光を反射できるのかはわからない、何度か日の光を反射させてみるが‥‥どうもいまいちだ。 「本当に、最近はどうなっているのでしょう、こうもアヤカシばかり」 案山子を背負いながらジークリンデ(ib0258)がそんな事を言っている。一応鏡やらの光物を用意しておいたのだが、効果があるかはやってみないとわからない。 「さて、どうなることか‥‥」 油や回復用の節分豆、どういう手順かを確認した朽葉・生(ib2229)が考え込みながらゆっくりと相手を確認している。 「厄介なのは数だけね、まとめて撃ち落せば問題ないわ」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が自信ありげにそんな事を言っている。数だけならまだしも残念ながら普通ではない展開が目の前で繰り広げられている。 「確かにすごい数だ、敵が七割空が三割‥‥ってところかな、あれを一人で翻弄しているのは何者だろうか」 手で日を避けながらじっくりと空の方を見ながらフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が目算、下に落ちたのが上空にあがり、また急降下しているのが少しだが目に見える。 ともかく開拓者八人、ある程度まで接近すると案内してくれた村人がため息交じりに。 「あれでも数は減っているのですが‥‥かれこれ三日目になっていますのであそこにいる方も限界かと‥‥溜まったものが爆発して辺りに影響が出るのは避けたいので」 そういうと来た道を帰り始める。流石に一般人が案内できるのはここまでということだろうか。 そうして漆黒の雲の下、速度を求める男と開拓者と鴉の戦いが始まる。 ●空を埋め尽くすは黒い弾丸 さらに近づいていくと一人の男が黒の弾丸を避けながら口が裂ける程ににんまりと笑いながら地面を抉りながら避け、攻撃を繰り出している。正直人間業、開拓者でも無理じゃないのかというぐらいにだ。 「あの方は‥‥人間なのですかね‥‥信じられないのですが」 避け続けているトムを氷海が見て感嘆、それもそのはずだろう。何故なら彼は速度に命と人生とすべてを掛けているのだから。 「とりあえず準備しないといけませんね」 ともかく倒さなければ何も起こらない。背負ってきた案山子を下して準備、する間に襲われないなんて誰も言ってないわけで、相手の射程に入っていれば嫌でも開拓者へと弾丸は降り注ぐ。案山子を下しているところへと容赦なく。完全に不意を付かれたせいで何度か鋭い嘴が掠めて切り傷のように一本の赤い線を作っていく。 「さて、囮の出番ですか」 何度かジークリンデが切り傷を作った所で仇湖が前に出ると銅鏡を構え‥‥ずに鎧を使ってガードするのだが‥‥先ほど遠目で見ているよりも実際の速度はかなりのもので、嘴の強度も並みではない、目の前に棒立ちしていれば鴉達にとってはほとんど的と同様。囮の役目をしっかりと、十分にかみしめるかの如くに集中攻撃をもらう。 「これ、は、かなり、きつい、ですね‥‥!」 足元に銅鏡を置いて自分の周辺に光が来るように調整してみるものの、日の光はほとんどさえぎられている上に、銅鏡程度の反射鏡では十分に光はしない。ジークリンデを守るようにした状態で確実に体力を奪われていくところ、後ろで案山子を準備していたジークリンデが声をかける。 「用意できましたわ!」 そう言うとちらりと後ろを見てから、案山子にぶら下がっている鏡や光物の横にへと。‥‥確かに案山子の方へ鴉は向かっていく、もちろん一瞬にして木屑と化すのは言うまでもない。一発、ブリザーストームを放つも、特攻してくる前面の鴉のみに有効であるが、追撃に飛んでくる鴉へは足りない。いかに行動力があろうが物量で押されれば手が足りない。ましてや上空かつ周囲を囲まれている所へとやってきている時点でいけない。トムの方へ降り注ぎ、開拓者の方へと降り注いでいるせいか厚みは薄れて、切れ切れと日の光は入るがそれでもかなりのアヤカシの数がいる。 その反対側では水波が瘴索結界を使い、不意打ちを警戒しているのだが上空の全周を囲まれた上に高速で飛来してくるものを感知、反応、報告するには遅すぎるのが難点である。他の開拓者に伝えるよりもまずは自分、今回の回復手として中心にならないといけない点で、殆ど月歩を使っての回避に集中している。 「大量に、いすぎです、ね!」 滑らかに動いて攻撃は避け続けているのだが、集中力が切れると一気に瓦解しそうだ。 此方の方では氷海と朽葉がアイアンウォールを召喚させ、囮としてつかうべく、トムの方へと集中している間に用意を進めていく。壁を使い、其の上で油をかけて夜光虫で照らすというものだ、が‥‥アイアンウォールは地面に対して垂直に立つもので角度をつけることは不可能であり、召喚してからしまったと気が付く。 「これは、まずいですか‥‥」 もちろん狙われる、垂直しかたたない壁に急降下で攻撃をされれば直撃は必然である。攻撃が飛んでくる瞬間に飛び避け、ごろごろと転がりなんとか回避する。一撃貰えば致命傷、一撃与えなければ勝ちはない。隙をついてブリザーストームを放つも、先ほどのジークリンデと同じように量に対して威力の問題があり、一時的に向かってくるものを倒せるだけで、殲滅には至らない。隣でも氷海が向かってくるものに対して巴を使って冷や汗をかきながら回避している。やたらと敵の気が流れるせいで中々に大変だ。 「あの人、本当にどこまで人間離れしているんですか!」 向かってくる鴉へと火炎獣を放ち焼き始める。狼の式神が鴉を燃やし瘴気と化す中でも鴉は突っ込み、こちらへと攻撃の手を緩めない。 「あぁ、もう!なによこれぇ!」 リーゼロッテが悪態を付きながらブリザーストームで向かってくるのを処理しているが、一向に手は緩んでこない。脚絆「瞬風」がなければとっくの昔に鴉の餌になっていただろう。風切り音を発しながら飛来する弾丸に苦戦し足を取られたところを狙われ、一撃。‥‥とはいかずにフランヴェルが間に入って鞭「フレイムビート」を振るって撃退。 「子猫ちゃんにちょっかいだすのはいただけないね」 一匹一匹、という次元ではなく、一振るいで何匹もまとめてふっ飛ばさないと追いつかない。常に蜻蛉を使い、上段に構えたまま鞭を振って迎撃し続ける。びゅんびゅんと鞭を振るい、手首の返しを使って素早く迎撃するも数が数なので難しい。瞬間的に速度を上げて避けつつ、リーゼロッテと協力する形になる、彼女にとっては女性と一緒でうれしいだろう、たぶん。 そして巴、撃ち漏らしの鴉を迎撃する予定だが、先ほどからほとんど回避に専念している。戦闘よりもトムの激励に専念ということで先ほどから超速で避け続けているトムに近づいていく。トムはトムで気が付かずにただただ紙一重で避けながら攻撃せずに鴉を瘴気にしていく。俺の速度に翻弄されるがいいと言わんばかりに回避を続ける。 「おい、トム兄さんよ!確かにあんたは二度開拓者に負けた、だがよ‥‥」 同じく回避しながらトムに聞こえるように大きな声を張り上げて呼びかける、トムも一応は気が付いて視線を巴の方に向けてはいる。 「大して速さにこだわらねぇ奴らに負けた程度で‥‥」 「大して速さにこだわらない‥‥速さにこだわらない奴に負けた程度だと‥‥?」 びしっと地面に大きな停止痕を付けてから睨むように向き直り。 「貴様に俺が戦った相手を評価する権利はないだろう!見たことも戦った事もない相手を憶測だけで評価するな!」 向かってきた鴉を目に見えない速度で叩き落としてから怒りを露わにして回避に専念していたのを切り替えて迎撃し始める。気迫とその威圧感に軽くタジロギ、何も言えなくなる。そしてトムはというとそのまま青筋を立てたまま迎撃を続けていく。それ以上は残念ながら聞く耳を持たないようだ。 そこからはほとんど事務的に、飛来してくる鴉を回避し、回避し、迎撃し、回避し続ける。アイアンウォールは役目を果たせず、案山子もダメ、あとは耐久戦になるのは目に見えている。 ●片付いて? しばらく戦闘が続いて半分ほどなんとか片づけた所で日が落ち、一時休戦な展開になる。どうやら鳥目のようで、夜中はほとんど活動をしないらしい。全員ボロボロになって一息、確かに殲滅速度は上がったが効率的には最悪とも言っていいだろう。 「で、何をしに来たんだ」 動いた後はしっかりとした休息を、其の辺りは徹底している。とりあえず開拓者が説得というか慰めというか、悩み相談。 「その、回避術をギルドのほうで指南とかは‥‥」 「ないな」 ざっくりと一言。速いやつを求めるのが彼の使命であり人生、そんな所で足踏みする気はないらしい。 「負け不足なんじゃないですか?勝負って、自分より強い人と戦って、負けて敗れて煮え湯を飲んで、ようやく勝てたやったー、と思ったら又負けての繰り返しですし」 「人生と名前と存在意義を掛けて同じことが出来ると思うか?」 ぎろりと一睨み、流石に口ごもり何も言い返せない。 「一度喧騒を離れて自然と共に生きて心を安らかにしてみるのはどうでしょう‥‥?」 「速さと共に生きているから既に実践済みだ」 トムさん、一度火がつくと聞く耳はほとんど持たないうえに自論を超展開。また交代して。 「誰よりも速くなるのが目的だけど、其の後のことは?」 「其の後?後などないだろう、常に速さを求めるのが目的だ、速さに限界等ない」 うわ、真正だと小さくつぶやいたとかどうとか。 「速けりゃいいってもんでもない、子猫ちゃんたちとの甘美な時間はすぐ終わったらつまらないよ」 「俺を止めることができる女性は一人だ、彼女も速さを求める者、誰にでも尻尾を振るほど俺は落ちぶれてはいない」 ふん、と一息ついてからトムが立ち上がり。 「数が減ったことには感謝しよう、だが‥‥悪いが邪魔だ」 すぱっと言い放ち、それ以上は何も言わずに先ほど戦っていた所の近くまで行き一息つくと横になり、そのまま寝てしまう。 これ以上は何も言えず、とりあえず近隣の村に被害が出ないようにする事しかできずに終わってしまう。 |