アヤカシを呼ぶ刀
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/14 20:05



■オープニング本文


 男がまだとある刀工の弟子をしていた頃の話である。
 男は一振りの刀と出会った。
 重ねは厚く、身幅は広い、反りも浅く切り裂くというよりは叩き割ることを目的とした鉈に近い、どちらかというと無骨な……目利きでなくとも田舎臭いと嗤うであろう刀だ。

 現在、男は武天にて刀工の末席に名を連ね幾人かの弟子を持つ身である。
 名工と呼ばれる者が鍛えた刀も、芸術品のようだと評される刀も様々にみてきた。
 どれも男の腕を凌駕する素晴らしい作品だ。体が震えるほどに美しいと思う。拝みたくなるほどのものもある。
 しかし男が若い頃にみたあの無骨な刀ほど狂おしいまでに心を騒がさせるものはなかった。
 その刀の銘は「魔滅丸」という。男の師匠、園国がその命と引き換えに鍛え上げたものだ。
 園国は、妻と子をアヤカシによって失った。家族をこよなく愛していた彼の嘆きはとても深く激しく、二人の供養が終わった日から弟子達も遠ざけ一人ずっと工房に篭り続けた。
「アヤカシを全て滅ぼしてやる」
 呪詛のように繰り返される言葉と慟哭。
 園国は一心不乱に刀を鍛えた。刀にアヤカシに対する恨み、怒りを打ち込み、そして最終的には己の魂までも込めた。
 ある日、物音がしなくなった工房を覗いた男は、息絶えた師とその傍らに一振りの刀をみつけた。
 手に取った刀は今までの園国の作品とは異なる無骨な造りでずしりと重たい。
(美しくない)
 咄嗟に男は思った。男は刀の美しさに惹かれこの道を志したのだ。
 だが、どうしたことだろう。手にしたそれを見つめると心がざわめき、体中に吐き出す術のわからない激情が渦巻いた。
 それは強い恋にも似た感情であった。
 乱れた刃紋は無様だが、園国の溶岩のようなドロリとした怒りや恨みがそのまま乗り移ったかのように生々しい。
 しばし時間を忘れその刀を見つめていた。
 その刀は開拓者の手に渡り、その後の消息はようとして知れなかった。

 男が初めて弟子を取った頃、「魔滅丸」の噂を耳にする。
 それは『誘蛾刀』と名を変えていた。曰く、持ち主を何人も死に追いやった呪いの刀ということだ。
 誘蛾刀はその名の如く一度鞘から抜かれると持ち主が死ぬまでアヤカシを呼び寄せるらしい。そのため今はどこかの好事家の蔵で眠っているということであった。
 男は若かりし日の心のざわめきを思い出す。そして死ぬまでにもう一度その刀を見たいと願う。未だ己の心を捉えて離さない刀を。
 そこで刀を所有してるという好事家を探し出し、己の師の最期の一振りであるという理由を話し譲りうけることができないか、もしくは一目見せてほしいと願い出た。しかし残念なことに一足違いでとある開拓者に依頼の礼で渡された後であった。
 魔滅丸を気に入った開拓者にどうしてもと願われ譲ってしまったらしい。
 その開拓者を探し神楽の都にも向かう。しかしこれも入れ違いで空振ってしまう。開拓者は依頼を受け神楽の都から旅立っていた。
 その開拓者は物言わぬ骸として帰還する。刀は「呪いの刀」として始末したと開拓者の仲間が語った。
 男はそれを非常に悔しがったが、持ち主を死へ追いやると言われている以上、仕方のないことだと自分に言い聞かせ諦めた。

 そして老境に差し掛かった今、再びその呪いの刀の噂を聞く。

 初めて刀を見たときの心のざわめきが蘇る。

 一度は失われたものとして諦めた反動か、その刀に対する執着は男の中でますます強くなり燃え盛った。
 此処で再び持ち主が死んだならば、今度こそ呪いの刀として破壊されてしまうだろう、と思うといてもたってもいられなくなる。
 ならばその刀を自分が手に入れ、ずっと傍らに置きたい男は強く願った。
 開拓者ではない自分であればその刀を振るう事もない、きっと刀の呪いに殺されることもないという変な自信もある。
 ほどなくして刀の所在を突き止めた。長谷部という開拓者の元にあるらしい。
 しかし二度あることは三度あるとはよくも言ったものだ。
 長谷部に会いに行くと、その妻孝が現れ、夫は先ほど今その刀を手に依頼へ向かったと告げる。
 男は刀の由来を話す。幼い子供をアヤカシにより失ったことがある孝は顔色を変えた。
「だから開拓者なんて辞めてくれと頼んだのに」
 男は泣き崩れる孝を慰め、長谷部を無事連れ戻す事ができたならば刀を譲ってくれないかと話を持ちかけた。
 孝は一も二も無く頷く。そんな危険な刀、夫の近くにあってもらいたくない、と。

 かくして開拓者ギルドに一つの依頼が出された。


■参加者一覧
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
紅 竜姫(ic0261
27歳・女・泰
不散紅葉(ic1215
14歳・女・志


■リプレイ本文


 葉を茂らせた枝が重なり合い空を隠す。昼間だというのに森は薄暗い。
 これでは動きを封じるため長谷部の影を捉えるのも難航しそうだ。
「ま、そう簡単にはいかねぇよな」
 匂坂 尚哉(ib5766)は己の影もわからない足元を二度、三度踵で踏んだ。
「この先だ、よ」
 前を行く不散紅葉(ic1215)が足を止め振り返る。
 風に乗って聞こえてくる獣の唸り声と争う音。
「皆はちっと離れててくれな」
 匂坂は剣を抜き足音を忍ばせ距離を詰める。間もなく木々の合間から長谷部と野犬に良く似た爛々とした赤眼のアヤカシの群れが見えた。
「アヤカシを憎む心がアヤカシと化す、か」
 千代田清顕(ia9802)が長谷部の手にある刀を捉えた。
「皮肉な話だが、今の世に生きる限り他人事じゃないね」
 それは誰の身にも起こりえること。
 棍の握りを確かめ千代田は突入の機会を計り匂坂の背を見守る。

 摩滅丸の刀身に暗い波が踊っている、そう紅 竜姫(ic0261)には見えた。その闇がアヤカシが吸い寄せる。まさしく『誘蛾刀』の名に相応しい。
(そしてアヤカシに、心の闇が吸い寄せられていく)
 知らず手を強く握った。
(だから壊さなくっちゃ…いけない)
 長谷部が囚われてしまう前に。

「……っ、ンジ…」

 不意に髪をくしゃりと撫でられ竜姫が傍らを振り仰ぐ。玖雀(ib6816)が大丈夫かと問うように彼女の瞳を覗き込んでいる。
「勿論」
 誰に言っているの、とばかりに頷けば。
「動きは俺が止める、合わせろよ?」
 頼りにしてる、と玖雀が腕に巻いた暗器の錐を揺らした。

 木々を利用してなんとかアヤカシの攻撃をかわしている長谷部だが動きがおかしい。魔滅丸に引き摺られているようだ。
(刀に興味は尽きないんだけど、人命優先だよな)
 匂坂は前傾姿勢のまま呼吸を整える。よろけた長谷部とアヤカシの間に生まれる距離。そこへ飛び込んだ。
 アヤカシ達に向け一歩踏み込み、やや下気味に構えた剣で円を描くように一気に振り抜いた。刃が唸りをあげアヤカシに襲い掛かる。

「行くぞ」
 明王院 浄炎(ib0347)の合図と共に隠れていた者達も走り出す。

(意識はあるみたいだ…な)
 長谷部が匂坂へと向けた視線には力があった。だが魔滅丸は磁石の同極が反発するようにアヤカシを避けてしまう。

 多節棍で千代田は開拓者を無視し長谷部へと向かうアヤカシを一匹絡め取り、そのまま群れに向かって投げ飛ばした。
 すぐさま棍を一本に戻し、脇を抜けようとしたアヤカシの横っ腹を突く。
「俺の通行料は安くないよ」
 口元に不敵な笑みを浮かべた。
 木々が邪魔をして刀を上段に構えることが出来ない。不散は正面に構え、向かってくるアヤカシの勢いを利用しまっすぐ切っ先を突き出した。
「あの子の元には、行かせない、から」

(肉を切らせてって方法もあるが…)
 両手で張った縄で魔滅丸の一撃を防ぎ、踵を軸に体を半回転、玖雀は長谷部の横へと回る。
(だが…それだと…)
 ちらりと視線を向けたのは提燈を手になんとか影を作ろうと長谷部の隙を狙う竜姫の姿。彼女は刃物や刀傷を極端に恐怖する。それを思うと自らの身を刃の前にさらす事はできない。
(泣き顔を見るのは俺だけの特権にしときたい…からな)
 幸い長谷部の抵抗もあり魔滅丸の動きは緩慢だ―と思った瞬間の鋭い一振り。咄嗟に身を屈めて避けた頭上を刃が風を切っていく。長谷部はそのまま手を返す。
「ぐっ…」
 柄で米神を打たれ玖雀が片膝をつく。いかんせん止めようとする長谷部よりも魔滅丸の方が勢いがあった。
 胸の高さに構えられた刀が振り下ろされた―と、魔滅丸もろとも長谷部の手が跳ね上がる。
 間に割り込んだ竜姫が長谷部の手を下から突き上げたのだ。
「すまん」
 玖雀が、背後の枝に縄を巻きつけ、くるりと宙で一回転、枝の上に退避する。
 竜姫の背筋を冷たい汗が伝い落ちた。もし玖雀が切られていたら…。そう思うと血の気が引き、踏みしめている地面の感触すら朧になる。
「もう、しっかりして」
 玖雀に送った叱咤は、自身へも向けたものだ。
 既に痛みはないはずの首筋の、左脇腹の、傷にじわりと疼きを覚える。それはかつてアヤカシによって滅ぼされた一族を追い、自害しようとした傷。竜姫はそれ以降、刃が怖いのだ。自分で扱う事も、大切な人が刃で傷付く事も。
 だが大切な人を傷つけさせないためにも自分が揺らいでいる場合ではない。
 一度爪先に力をこめ足元を確かめる。自分は自分の足で立っている。

 提燈で長谷部の影を作り出そうにもアヤカシと魔滅丸の攻撃を避けつつだと安定しない。
(少しは大人しくしなさいよ)
 竜姫は奥歯を噛み締める。玖雀に木に括りつけてもらうことも考えたが、それでは光が弱い。
 アヤカシによって子を亡くした長谷部と妻の孝。孝の憔悴しきった様子を思えばできるだけ強引な手段は取りたくなかった。大切な人が傷付き悲しむ姿は見たくない。

「左手から…アヤカシが来る、の」
 新たなアヤカシに向かおうとした不散の行く手を低木が遮る。
 茂みから獣臭さを撒き散らし現れたのは五匹。
 千代田が木を蹴り低木を飛び越え、アヤカシの前へと降り立った。刹那、真空の刃で周囲のアヤカシを切り裂く。
「このままこの辺のアヤカシを全滅するのもいいね」
 瘴気を吹き倒れたアヤカシの起き上がりを狙い棍で凪いだ。

 匂坂はアヤカシを踏みつけ飛び上がると枝を打ち払う。一刀のもと断たれた枝がアヤカシの上に落ちた。
 長谷部の影を作るのに苦労しているようである。ならば少しでも力になるために光を取り入れようと、アヤカシの相手をしつつ頭上を覆う枝を払っていた。
「そうそう余裕なんてぶっこいちゃいられねぇんだけどさ」
 着地と同時に脳天に一撃。
「行かせねぇって。 相手は俺だ」
 匂坂が吼える。その声にアヤカシが歩みを止めた。
 不散が耳を澄ませるように背筋を伸ばす。
「どうした?」
 問う明王院に「此処はお願いします」と奥へと駆け出した。
(報われない…)
 窪みを飛び越え、手に番天印を構える。
 近づいてくるアヤカシの群れ。
(報えない……)
 生みの親も、その子供も。刀工はこのような結果を願いあの子を生み出したのではない。このままでは二人とも悲しすぎる。
 不散はからくりだ。だが自分を作った親の記憶はなく、何のために作られたのかわからない。でも自分は自分の意志で大切なものを探す事ができる。
(だけどあの子は…)
 瘴気に囚われ望みもしないことを強いられている。不散と魔滅丸、その差は「どうなったのか」それだけ。だからどうにかしてあげたい。
 細い樹木に立て続けに番天印を打ち込み、割れ目を入れ体重をかける。生木が剥がれる音とともにアヤカシの前に倒れこみその道を阻んだ。
「時間を、稼がせてもらう、から」
 二本目の木に番天印を向けた。

 錐が武器を絡め取る。玖雀が縄を両手に絡めて引き寄せた。だが逆に引っ張られ足が下草を抉る。長谷部だけの力とは思えない。もう一巻き縄を手繰り寄せ腰を落として長谷部の力に対抗する。
 互いの間での拮抗する力。長谷部…いや魔滅丸の動きが止まる。
 玖雀が千代田に視線を送った。
「行くよ」
 千代田の手に生まれる光の手裏剣。それは瞬く間に大きく育ち、放てば強い光を纏って辺りを照らし出した。足元に黒々と浮かぶ影。
 玖雀が縄を掴んだまま、足元から影を伸ばす。摩滅丸と玖雀、二つの影が重なり絡み合う。
 地を蹴り一気に竜姫が長谷部の懐に飛び込んだ。苦悶の呻きと共に長谷部の腕が動く。刀に宿った執念だろうか。震える刀身は竜姫の肩を狙う。
 竜姫は躊躇いなく刀身を握り締めた。刃が皮膚を割き肉に食い込んだ。
「人はアヤカシのように消滅しない。…肉を切る感触はどう?魔滅丸?」
 篭手の下から滲み流れる血は、篭手に施された真紅の鱗が溶け出したように見える。
「……っ竜姫!」
 声を上げる玖雀に一度だけ視線をやると竜姫は魔滅丸を見た。魔滅丸の放つ瘴気に混ざり、戸惑いが伺える。本来アヤカシは、人の血肉、精魂を啜るものである。だが魔滅丸はそれを啜ったことにより、逆に自分を打った刀工の願いが過ぎったのかもしれない。
(アヤカシを憎む…その心はとてもよく分かる…)
 それは自分の中にもある。魔滅丸はその感情に飲まれた。自分が持つアヤカシへの復讐心、そして恐怖が先だっての合戦で噴出したように。
(でも、私は…)
 長谷部と視線が絡む。目に宿る光がかつて一族をアヤカシに滅ぼされた自分に重なった。刀に引き摺られつつあるのかもしれない。一度抱いてしまえば消えない強い感情。喩え刀がなくなったとしてもそれは心の中で燻り続ける。
「そんなモノに魅入られちゃいけないわ」
 長谷部かそれとも魔滅丸に宿った刀工の遺志か、竜姫の手に加えられる力が弱くなる。
(人でなくなってしまう前に…)
 更に力を込め刀を握り込む。ぬるりとした血が、刀身を伝い、鍔から滴り長谷部の手を濡らした。長谷部の双眸が揺れる。
 隙が生まれた。
(まだ戻れるうちに…)
 竜姫は刀を押すと同時に開いた肩に一撃当て体勢を崩させる。
 一度刀から手を離すと利き足を軸に逆の足を振り上げ、足の甲で刀を蹴る。そのまま体を捻りさらに軸足でもう一撃。
 鈍い音と共に長谷部が背後に転倒し、刀が手から離れ地に転がった。
 ほぅ、と安堵の息を吐く竜姫。その背後にアヤカシが飛び掛る。
「危ないっ」
 迫るアヤカシから竜姫を救ったのは長谷部だった。刀の鞘で爪を受ける。そのアヤカシを千代田の棍が払った。
「アヤカシを斬るのならば借り物の恨みではなく、自身の心だろう?」
 魔滅丸が宿した感情に引き摺られるな、と発破をかけた千代田が薬湯の入った竹筒を長谷部に投げて寄越した。
「意識はちゃんとあるみたいだな」
 駆け寄った匂坂は長谷部に刀を手渡す。


 アヤカシを倒した後、玖雀が暗器の分銅で魔滅刀を叩き折る。転がるのは刃の残骸。
 何か息づく気配はない、と不散が言う。
(コイツも…)
 匂坂は己が剣に触れる。銘は「モラルタ」、意味するところは「怒り」と「破壊」。魔剣である。だが…。
(コイツは俺を何度も救ってくれた相棒だ…)
 労いの意味を込めて軽く鞘を叩くと「あのさ」と切り出した。
「刀工のおっさんに一目見せてやりたいんだ。随分長い事探していたみたいだしさ…」
 それにちっとは報いてやりたい、と。
 見せたらすぐに破壊するということで同意は得られた。魔滅丸を布に包み込む。

「…な、に?」
 軽く頭を叩かれて竜姫が玖雀を見上げる。言いたい事はわかっているからこそ、そっぽを向いた。
「大切な人を傷付けたくない…の」
「俺もだ、よ」
 言い終える前に言葉を被せられた。分かっている、とかなんとか口篭り、怪我した手を体の後ろに隠したがすぐに取られてしまう。
「本当にお前は…もっと自分を。どれだけ俺が…っ」
 玖雀が言いかけて飲み込む。彼の腕に巻かれている暗器。遮蔽物が多い森で何故にこの武器を…と竜姫が思い当たり顔を向ける。
「あ…りが……」
「なんのことかな」
 肩を竦めて笑う玖雀が竜姫の手に巻いた布を少し強めに縛った。


 長谷部の姿をみつけた孝が顔を覆って泣き出した。
「奥さんに心配かけちゃ駄目…」
 困ったように戸惑う長谷部の袖を不散が引く。
「失くして側に居られない…そんなのは、悲しい事、だから」
 頷く長谷部が孝へと駆け寄る。涙でぐちゃぐちゃになった顔で孝は長谷部と共に開拓者達に頭を下げた。
 再会を喜ぶ二人はそっとしておき、もう一人の依頼者、刀工綾国の元へと向かう。
 ギルドの一室、匂坂は魔滅丸を包んだ布を開く。その変り果てた姿に綾国が床に崩れ落ちた。
「この刀は、アヤカシに憑かれておった」
 明王院に低い声が響く。
「アヤカシを滅ぼすために呼んでいたのではない。使い手をアヤカシの糧にと誘っていたのだ」
 明王院の言葉に続けて不散が現場で起きた出来事を説明する。
 信じられない、という表情を浮かべる綾国の肩に明王院が手を置く。
「アヤカシを滅ぼさんと精魂込めた挙句、その刀がアヤカシの憑代と成っては亡き刀匠も報われまい」
 綾国の手が刀の破片に伸びる。
「魔滅丸…誘蛾刀はアヤカシそのものさ」
 千代田は扉へと視線を向けた。表から聞こえる孝の泣き声。
「あの二人…それに今までの持ち主…そう言った犠牲者達を増やしてもなお…」
 千代田は綾国の手と刀の間に自分の手を置いた。
「魔滅丸を欲しいと思うかい?」
 問い掛けてからその手を退かす。
「…まるで鉛の塊、のよう な」
 綾国が摩滅丸の残骸を手に呟く。
「今、過去に感じた魅力はあるか?」
 明王院が静かな声で尋ねる。首を振る綾国。
「無い、というのであれば貴方もアヤカシの力に囚われていたのだろう」
 焦がれたはずの刀、それは単なるアヤカシによる目眩ましだったのか、と抜け殻のようになった綾国の手から明王院が残骸を取り上げた。
「俺が集めている武器は酷く癖が強いもんが多い。それも多くは敬遠されそうなやつだ。例えば…こいつ」
 玖雀が暗器を綾国の眼前に翳す。
「だがこいつでなきゃ駄目な時もある」
 一度玖雀は竜姫を見た。竜姫がふいと視線を外す。だが手は玖雀が巻いた布に触れていた。
「武器と俺の間にある信頼…とでも言おうか」
 錐を軽く揺らして手の内に戻した。
「だから今度は己で打てばいい。魔滅丸を越える刀を、本物の刀を」
 使い手が愛せる本物を、と綾国の背を軽く叩く。
「ねぇ…この子の事、もう眠らせてあげて…」
 不散が綾国の手を取った。体温のないからくりの手に綾国が目を瞠る。
「ボクも、この子と同じ刀…。ボク達、『人に作られたモノ』…にも意志がある」
 生みの親の想い、生まれてきた意味、それと真逆の生き方を強いられるのは望んでいない、と。綾国と視線を合わせた。
「ボク達は望まない道を歩むのは、絶対に嫌」
 はっきりと言い切る。
「師が……命を賭して打った刀……確かに」
 師も刀を報われぬ、と綾国が顔を上げた。
「許して欲しいんだけど…」
「刀を眠らせてやって欲しい」
 匂坂が魔滅丸の処理について口にする前に綾国が言う。
「ああ、打った人を偲んで送ってやろうぜ」
 摩滅丸は残しておいても誰も幸せになれない、でも皆で送ってやることはできる。匂坂が刀身を一度撫でた。

「おやすみなさい…。もう、休んでもいいんだ、よ」
 不散が刀に語り掛け、そっと布で包みなおす。
「果てして…」
 千代田の口から漏れる呟き。
(園国さんが憎んでいたのはアヤカシだけだったのかな…)
 物言わぬ刀。
(妻子を守れなかった自身をも…。自身さえ滅してしまいたいという気持ちが…)
 なんてね、と千代田は刀から視線を逸らす。
 何、と問う不散に「なんでもないよ」と笑みを向けた。

 魔滅丸はギルド通し神社に預けられた。完全に瘴気が祓われた後、溶かされ新しい姿へと生まれ変わる日が来るかもしれない。