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■オープニング本文 ● 朱藩のとある港街の開拓者ギルド。 依頼相談役の有坂が書類の整理をしていた時である。「助けて下さい」と若い娘の叫び声が聞こえた。 その切羽詰った声に何事かと受付に顔を出してみれば、丁度声の主だと思われる娘が若い娘が飛び込んできたところ。後ろに頭巾を被った男を一人連れている。 「助けて下さい」 もう一度娘が言う。 「彼が命を狙われているんです」 娘が背後にいた男をグイっと受付に押し出してきた。命を狙われているとは穏やかではない。とりあえず有坂は二人を奥に招き話を聞くことにした。 「ではお話を覗いましょうか。……まずお二人のお名前は?」 有坂は二人の正面に座る。 「私は山吹、彼はサリフ。サリフ=アジール」 「そのサリフさんが、命を狙われている、と?」 「そう」 意気込む山吹の隣で、サリフという青年はのんびりとした笑顔を浮かべながら頷いた。頭巾を取ったサリフは、褐色の肌に波打つ銀灰色の髪、そして真っ青な海のような瞳、かなりの色男であった。アル=カマルの貴族で、見聞を広げるために朱藩に遊学中とのことだ。 「私は兄達の雇った暗殺者に命を狙われております」 夕飯は饂飩にしようと思います、それほどに気安い口調である。 興奮した山吹、暢気なサリフ、今一つ要領を得ない二人の話をまとめると、先日故郷からサリフの元に、父が倒れたので国に戻って来いという知らせが届いた。父にもしもの事が起きた場合末子であるサリフが家を継ぐ事となるからだ。しかしそれを快く思わない兄達が、彼が朱藩にいるうちに始末してしまおうと考えたらしく暗殺者を仕向けたというのだ。 一週間後この街に故郷から迎えが来る、なのでそれまで彼を暗殺者の手から守って欲しいということであった。 「失礼ですがサリフさんには護衛の方とかいらっしゃらないのですか?」 有坂が問う。跡継ぎ問題が起きるほどの家で供が誰もいないというのはおかしい。 「いたわ、でも全部その兄達の息がかかっていたのよ。暗殺者を屋敷に招き入れて、あわやというところで気付いて脱出したのよ…ね、サリフ」 同意を求める山吹にサリフが「はい、その通りです」と微笑む。 「……なるほど。ところで山吹さんは、かなりサリフさんに肩入れしておりますが、お二人のご関係をお伺いしても構わないでしょうか?」 山吹が誇らしげにサリフの手を取った。 「私は彼の婚約者よ。アル=カマルに戻ったら結婚するの」 暗殺者の手から間一髪逃げ出したサリフが、疲労のあまり倒れていたところを助けたというのが二人の馴れ初めだと、山吹が手に胸を当てつつ語る。「運命の出会いよ」と視線はうっとりと遠くをみていた。 その後、山吹はサリフを変装させ暗殺者の目を誤魔化しつつ、迎えと落ち合う約束のこの街までやってきた。しかし約束の日まで後一週間と迫った今日、再び暗殺者に襲撃され、ギルド支部に助けを求めに来たということであった。 「迎えが来るまでは全部婚約者の私が彼の面倒を見てあげるの。だって自分の愛する人のためだもの、当然でしょう」 サリフはほとんど着の身着のままで逃げてきたために、此処までの逃亡費やら開拓者を雇う費用など全て山吹が賄っている。 「ところで暗殺者について何か覚えている事はありますか?」 「鬼のような形相をした女二人組みだったわ」 今日買い物からの帰り、一人でいた所を襲われた山吹が言う。きっとサリフの居所がわからなかったから自分を捕まえて吐かせるつもりだったのだ、と。 山吹の言葉にサリフが頷く。 「はい、刺客は屋敷の使用人としてやってきた女性二人でした。ただ屋敷で働いている時は、そんな恐ろしい顔をしてたことはありません。もっとこう人形みたいな感じでした」 微妙に二人の話が食い違う。何か怪しい、そう有坂は思った。しかし仕事前と失敗した後では暗殺者も必死さの度合いが違うのかもしれない。 「わかりました。至急開拓者を募って、お二人の警護をさせてもらいましょう」 ● 翌日、有坂が書類を整理していると再び受付で騒動があった。 「此処に、サリフって男が来なかった!」 「銀色の髪の色男で…」 二人の若い娘が鬼のような形相で受付に詰め寄っている。 「お嬢さん方、どういたしました?」 有坂は表に出て行くと、若い娘二人とその迫力に押されている受付の間に入った。 「あの男の居場所を教えて頂戴!」 胸倉を掴まん勢いだ。 「申し訳ございません、ギルドではそういった情報の開示は行っておりま……」 「あの男は、詐欺師なのよ!」 「結婚詐欺師!!」 娘二人の声が重なった。 昨日山吹とサリフを通した部屋に今度は娘二人を通す。二人は茜と桔梗と名乗った。 「とりあえずお話を伺いますから落ち着いて……」 なだめつつ二人を席に着かせる。 「で、そのサリフさんという方が結婚詐欺師というのはどうして?」 二人は語る。朱藩に遊学中というサリフと恋仲になり、いずれは結婚の約束をしていた。しかしある日二人はそれぞれの存在を知っていしまう。二股をかけられたのか、どちらが本命か問い詰めようと彼を訪ね屋敷に行ったところ、屋敷はもぬけの殻で、それ以降、彼の姿を見かけなくなった。しかし最近、少し離れたこの港街で彼の姿を見たという情報を入手したので此処までおいかけてきたのだ、と。 「そしたらまた別の子といるじゃない」 「昨日、その子が一人でいるところを見かけたから、男の事を教えてあげようとしたのに逃げ出したのよ」 「あの子もきっと騙されているんだわ」 二人とももう、サリフに対する未練はないが土下座でもさせないことには気がすまない、とまくし立てる。 結局その日は二人の愚痴を散々聞いた後、有坂が言いくるめ、お引取り願った。 「うん、怪しい予感はしたんだよなぁ」 もしも結婚詐欺師ならば放置しておくことはできない。 しかし暗殺者の存在も否定できない。ともかく故郷からの迎えが来るという六日後まで彼らを観察してしかるべき判断を下さなくてはいけないだろう。 「…警護の依頼を受けてくれた開拓者さん達に連絡を取るかな……」 二人を見送り、ギルドに戻ってきた有坂が溜息を零す。 「あれ……ところで、使用人に扮した暗殺者ってば天儀人だったのか…ね?」 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔
天月 神影(ic0936)
17歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● サリフというアル=カマルの貴族を故郷からの迎えが来るまでの七日間、暗殺者から守る仕事だったはずだ。 そのため昨日は徹底的に宿泊中の船宿の周辺や内部を調べ、依頼主の部屋の隣室を借り一日中離れることなく警護できる体制を作り上げた。 しかし先程、開拓者ギルドの職員有坂が持ってきた新しい情報で風向きが変わる。茜、桔梗という二人の娘がサリフを結婚詐欺師だと訴えてきたというのだ。しかも山吹が遭遇した二人の暗殺者は茜、桔梗のようであるとも。 「やれやれ、痴情のもつれってのは面倒だねえ……なんてな」 アルバルク(ib6635)は肩を竦める。 そんな理由で女に刺されるならしょうがねえなあ色男など軽口の一つでも叩きたくなるが、依頼は依頼。実際に暗殺者に狙われている前提で動くことは変えるつもりはない。 油断して依頼主に死なれ、金にならないなんて冗談ではなかった。 「俺はいつでも依頼人の味方だぜ」 何気ない風を装って勝手場を覗く。商人が食品を届けにきたところであった。昨日とは別の男だ。 近くにいた宿の使用人に「いつも来るやつかい?」と小声で尋ねる。 宿の者、他の客、出入りの商人などの顔は全て確認していた。怪しい人物が入り込んでも直ぐにわかるようにである。 有坂からの情報の真偽は仲間が確かめてくれるだろう、と二階に続く階段を見上げた。 階段を上がり右側の通りに面した部屋。依頼主二人を囲むように開拓者四人がいた。 (「詐欺師か…穏やかじゃないな」) 家督相続を巡る暗殺かと思えば結婚詐欺、なにやら事情が複雑だ。天月 神影(ic0936)は頭の中で現在までの状況を整理していく。 サリフと山吹を暗殺者から守り、できれば結婚詐欺の真相も解明したいところだ。 「……どっちかねぇ、これは」 窓際に腰掛けた蔵 秀春(ic0690)が呟く。こいつはまた、えれぇ色男だな、サリフと顔を合わせた時にそんな言葉が思わず口を吐いた。確かにこんな異国の色男にみつめられたら、天儀の女はいちころだろうと二人の娘が結婚詐欺を訴える理由もわからなくはない。 「改めて確認しておきたいんだけど」 天河 ふしぎ(ia1037)が切り出した。サリフの命が狙われているのなら放っておけないし、結婚詐欺師ならば正義の空賊として見逃すわけにいかない。 「サリフと山吹のいう暗殺者の容姿が違いすぎる気がするから、まず使用人の事ははっきりさせなくちゃならないんだぞ」 どちらにせよ、まずは二人の娘とは別に暗殺者がいるのか確認が必要だった。 「サリフの家で襲ってきた使用人っていうのはアル=カマル人なのか?」 「二人ともアル=カマルの民です」 「山吹が見たっていう二人は?」 「私と同じ髪と肌の色をしていたわ」 ……ということは暗殺者は四人いるの?! なんて山吹がサリフの腕を取る。 「落ち着いてください、山吹。皆さんがいるから大丈夫」 サリフがおっとりとした口調で嗜めた。 ウルスラ・ラウ(ic0909)はそんなサリフの様子を観察していた。 (「着の身着のままで倒れてたっていうし、実際に詐欺師って可能性もあるけど……」) 昨日一日一緒に過ごして分かったのだがサリフは言動が少しばかり世間とずれている。よく言えば穏やか、悪く言えば鈍いとでもいうのか。自分が命を狙われているという緊迫感に欠けていた。そんなところがいかにも貴族の若様らしいといえばらしい。 (「それに暗殺者から逃げれたなら、志体持ちだったり?」) とすれば落ち着いている理由もわかる。真偽を確かめるためにも色々と確認したいのだが、できれば山吹に席を外してもらいたいところだ。 ウルスラは蔵に山吹を連れ出してくれるように耳打ちした。 「お嬢ちゃんが心配するのもわかる。どうだい、ここいらでちょっと逃走経路なんかを確認しておくかい?」 いざって時のためにもな、と蔵が山吹を促して部屋を出てていく。 「さてとあたしも聞いておきたいことがあるの。いい?」 「はい」 笑顔を崩さないままにサリフが答えた。 「まずは住んでいた屋敷の場所ね」 ひょっとしたら答えに窮したサリフが逃げ出すかもしれない、天月はサリフの行動に注意を払う。 「―という街の、大きな神社の傍にある屋敷です」 詳しい地図を描きましょうか、と筆を取る。 「次はさっきも聞いたけど、暗殺者についてわかる限りのことを」 「アル=カマル人で、年齢は20代前半くらい、女性二人です。私を襲ってきた時は短刀のようなものを持ってました」 これ以降も兄達と繋がっていた使用人について、故郷との連絡手段についてなど澱みなく答える。矛盾点や怪しいところはないように思えた。 「最後に……」 厳しい視線をサリフに向ける。 「茜と桔梗という二人の女性を知ってる? 二人とはどんな関係なの?」 人の恋路に口出しするつもりはないのだが、本当に結婚詐欺師であった場合はただではおかないそんな視線だ。 二人の名前を聞いてサリフは嬉しそうに目を細める。 「二人とも良く知っています。私の愛する人です」 結婚詐欺師というより天然タラシかもしれないとウルスラは思った。アル=カマルの貴族には一夫多妻制の氏族もいると聞いたことがある。 尤もサリフが嘘を吐いていなければ……だが。 天河と天月は茜と桔梗に話を聞きに行った。そして二人だけで来た事を後悔している最中である。 茜も桔梗もサリフのことを話題にした途端、天月の「思い出させる事になり申し訳ないが…」との言葉を遮り怒涛のごとく話し出した。質問をする隙もない。 一通り恨み言を吐き出し、茶に手を伸ばした二人から主導権を取るために天河が身を乗り出す。 「話を聞かせてもらってもいいかな?」 改めて茜と桔梗からの事情聴取が始まる。 「二人ともサリフの屋敷に遊びにいったことは?」 頷く二人。屋敷の所在はほぼサリフと一致する。新しい使用人もちらりとだが見たことがあるらしい。浅黒い肌に薄い金色の髪、アル=カマル人だと分かる外見だが、あまり印象に残る顔ではなかったと語る。 またサリフは兄弟で自分だけ母が違うという話をしていたこともわかった。 異母兄弟、確執は色々とありそうだ。 「今回は良縁とやらではなかったという事だ。いつか恵まれるとよいな」 去り際、天月は二人に「気を落とさないでくれ」と言葉をかける。 「ありがとう、もう吹っ切れてはいるのよ。でも怒りが収まらないというか…。そういえば…」 茜と桔梗が二人の顔を遠慮なく眺める。 「二人ともとっても綺麗なお顔立ち。ねぇ、今度一緒に遊びに行きましょうよ」 サリフはどうした、と天河と天月は女の立ち直りの早さに面食らった。 そして自分達にはやるべきことがあるから、と早々に立ち去る。 「アル=カマルか……」 海沿いの道で天月は足を止める。先を歩いていた天河が振り返った。 「どんなところだろう。一度行ってみたいものだな」 視線は水平線へ。この先にまだ見たことない世界が広がっているのだろう。 天月は育った土地から出てきたばかりで、見聞を広めているところである。 「そのうち依頼でいくことになるんだぞ」 途中で二人は分かれた。天月は二人から聞いたことを伝えに宿に戻り、天河はギルドや奉行所に向かう。サリフの手配書が出回っていないか調べるためだ。結婚詐欺師である可能性も完全に否定はしていない。 サリフと山吹の部屋にアルバルクがやってくる。警護を交代するためだ。 隣の部屋も押さえているが、常に二人の部屋に一人は詰めているようにしている。 「おアツいところ悪いが……」 「来たわね」 からかうような事を言うものだから、山吹に棘のある態度を取られる。 「昨日から良くお見かけするのですが、他の方のように外に出たりしないんですか」 「俺はここで待機だ。情報集めるのは他の連中に任せたぜ」 残念だな、と寝転がった。アルバルクは休憩中も宿から一切出ていない。常に二人の傍にいる。 ● 夕方は戻ってきた天河がアルバルクと交代した。 サリフの手配書はギルドや奉行所で確認してもらったが見つからなかったらしい。 部屋に入ると小鳥に変化させた式を飛ばし周辺の様子を探る。 「暗殺者がこっそり来ても絶対見逃さない、サリフは守って見せるんだからな」 日が暮れて心配そうにサリフに寄り添う山吹に告げた。 ウルスラが入り口と勝手口以外に宿へ侵入できる場所に魔術による探知の網を張っている。これで怪しい人物はある程度察知できるはずだ。 天河の警護の間、他の四人は廊下に集まっていた。 「その二人と対面させる機会を持たせるかって話だな」 アルバルクがサリフたちのいる部屋を肩越しに振り返る。 話を総合する限り少なくともサリフには詐欺の自覚はなさそうである。 「アル=カマルの貴族なら事情はわからなくもねえ」 ウルスラもそれには頷いた。 「茜と桔梗二人は志体ではないみたいだし、武装解除を確認したうえで、サリフにあわせるのもいいかも」 三人が対面すれば最終的に彼が結婚詐欺師かどうかもわかる、というのだ。 「それにこの問題を解決しといた方が多少はやりやすくなるだろ」 二人に突撃されて騒ぎになっても困る。 「問題は山吹にどう説明して、説得するかだが」 言い出した天月に向けられる視線。自分は説得の類は得意ではないからと辞退した。 そして視線は自然一人に。 「自分かい?」 蔵の言葉に他の三人が頷いた。 「仕方ないねえ」 と立ち上がる。 部屋に現れた蔵がどかりとサリフの正面に座った。 「なぁ、サリフ。お前さんにちぃとばかし提案なんだが、会ってもらいたい人がいるんよ」 サリフより先に反応した山吹を軽く手で制する。 「茜と桔梗っていうお嬢さんなんだがね」 「ちょっと待って、それってどういうことなんですか?」 耐え切れず山吹がサリフと蔵の間に割って入った。そこで蔵が簡単に説明をしてやる。サリフとかつて付き合っていた娘達で、いきなり姿を消したサリフのことを結婚詐欺だと言っている、と。その言葉に山吹がたいそう憤慨したが、そこは蔵が嗜めた。 「だからな、サリフの身の潔白を証明してもらうためにもな。このままだと何時乗り込んで来ることやら」 それでも…と山吹が渋る。暗殺者の事も気になっているのだろう、そこは自分達が全力で守ると蔵が請け負った。なお言葉を濁す山吹に蔵が人の悪い笑みを浮かべる。 「お前さん、運命だといいながらまさか自信がないのかい?」 「そんなことありません。彼と私の出会いは運命だったんです」 予想通りムキになって反論してくる。 「なら決まりだ」 襖の外でやり取りを聞いていた開拓者達は心の中で蔵に拍手を送った。 翌日再び天月が茜と桔梗の元へと赴き、船宿まで連れて来た。ウルスラが「念のため」と二人が武器を携帯していないか確かめた後、二階の部屋へと案内する。 天月はそのまま階段下に待機だ。もしもの場合の逃走を防ぐためと、襲撃に備えてである。 部屋の中は妙な緊張感に包まれていた。サリフと山吹の正面に茜と桔梗が座る。出入り口の襖を背にして天河、山吹の横、窓側にアルバルク、客の背後にウルスラ、桔梗の隣に蔵という布陣だ。何が動きがあった場合すぐに動けるようにしている。 「私たちのこと覚えているかしら?」 切り出したのは茜である。 「はい。茜に桔梗。私の愛しい人よ」 臆面もなく答えるサリフに、桔梗は拳を握る。殴りかかるかと開拓者達が緊張した瞬間……。 「山吹、此方の二人も将来の私の妻で…」 二人を紹介するサリフに「どういうことなの?!」娘三人の声が重なった。 「お妾さん?」「本妻は誰なの?」「皆愛しい妻ですよ。父にも五人の妻がいて…」などと噛み合わない会話の後、ウルスラとアルバルクがアル=カマルには一夫多妻制の氏族があるということを説明し三人を納得させた。 蔵が天儀では一夫一妻が基本であることをサリフに説明する。 「まぁ、文化の差ってもんがあったにせよ、二人を傷つけたことには違げぇねぇな」 それを聞いたサリフは二人に謝罪をした。深々と頭を下げるサリフに毒気を抜かれ二人は引き下がる。 部屋を辞す茜と桔梗にウルスラと天月がついていく。暗殺者に人質にとられたりしないよう送るためだ。 宿の出入り口で一人の背の高い女とすれ違った。派手な着物に頭巾。頭巾先から覗く金髪……と部屋の窓の外にしかけておいた網にひっかかる気配……ウルスラがはっと振り返る。 「奴らよ」 叫んでウルスラは茜と桔梗を背に庇う。 天月が反射的に剣を抜きその背に向けて一歩踏み出した。そのまま背後から斬りつける。女は身を捩って交わし、脱ぎ去った頭巾と着物を天月に投げ付け、階段を駆け上がっていく。 ウルスラの声は部屋にいる開拓者にも届いた。 「やらせないんだぞっ!」 襖がピクリと動いた瞬間、天河が片膝を立てた姿勢のまま抜刀し襖ごと両断する。裂かれた障子の向こう、腕から鮮血を滴らせた暗殺者が姿を見せた。腕を犠牲に身を庇ったようだ。 傷をものともせず暗殺者が剣を抜き、襲い掛かってくる。その前に立ち塞がる蔵。構えるのは紅い蛍火を纏った刃。 「甘いっ」 窓から投げ込まれたナイフをアルバルクの手が受け止めた。鋼線を編み込んだ手袋を嵌めている。曲刀を手に意識を集中させもう一人の暗殺者が姿を見せるのを待ち構えた。 サリフに庇われている山吹が先程の衝撃で呆けていたのは幸いだった。無駄に騒がれずに済む。 天河の一撃、一撃は確実に暗殺者を追い詰めていく。それでも暗殺者は蔵の一振りを受け止め弾き返し、出来た間を抜けてサリフの元へ走る。 階段を駆け上ってきた天月が暗殺者を追いかけ刃を振り下ろそうとしたが、アルバルクと刃を合わせていたもう一人が一旦後ろに下がり、投げたナイフが天月の肩に刺さる。 蔵の横を抜けた暗殺者が繰り出した鋭い一撃、しかしサリフに届く前に切っ先が跳ねた。 天河が刃の軌道を逸らし、返す刀で脇下から腹にかけて切り裂く。血を溢れさせ倒れる暗殺者。もう一人はアルバルクにより篭手を撃たれ、武器を取り落としたところであった。 翻り窓より逃げようとするのを突然畳から生えた蔦が足を絡め取り阻止する。ウルスラだ。 アルバルクがそのまま腕を背後に捻り暗殺者の動きを封じた。 漸く我に返った山吹の悲鳴が戦闘終了の合図だった。 最終日、開拓者に守られサリフは港へと向かう。隣に山吹はいない。一夫多妻制は元より、目の前での戦闘が堪えたらしい。「私は着いていく事ができない」と涙ながらにサリフに語った。 暗殺者は兄達の企みを追及するための証人として連れ帰るとのことだ。 「まー、なんだ。また嫁さん探しにこっちに来るといい」 アルバルクの言葉にサリフが笑って頷く。そして七日間の礼を述べ去っていった。 |