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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 ※後継者の登場(可) このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。 ● 男は今、最期のときを迎えようとしていた。 徐々に世界が遠くなる。だが鉛のように重たい体は徐々に軽くなっていく。 狭くなった視界に映るのは長年連れ添った妻や子、孫達家族の顔。 「……だ、った」 男の乾いた唇が言葉を紡ぐ。 幸せだった、心の底から男はそう思う。 色々あった。時に投げ出したくなるようなことも。男だと言うのに泣き出したくなるようなことも。 でも今となっては全て自分の中に温かく降り積もる思い出だ。 「さ……きに、逝く よ」 震える手を妻が握り締める。 その顔は涙に濡れてぐしゃぐしゃだった。 あぁ……一つ心残りなのは…… 次第に妻の顔が見えなくなる。 最期に君を泣かしてしまったことか…… 名を呼ぶ妻の声を聞きながら男は目を閉じた。 |
■参加者一覧
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
弥十花緑(ib9750)
18歳・男・武
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
二式丸(ib9801)
16歳・男・武
春霞(ib9845)
19歳・女・サ
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 1015年、初夏。 弥十花緑(ib9750)は樹に背を預けるとそのままずるりと座り込んだ。 多勢に無勢だった。 話を聞き、一人で向かった先に野犬の群れの如く現れたアヤカシ。 一掃はしたがこの有様だ。 目の前に伸びる細い獣道が霞む。草いきれに混じる血の臭い。ふらつく頭を手で押さえればべたりと額に血が付く。 獣道は慣れたもの、負傷も慣れたもの……だというのに歩くどころか立ち上がる気力すら起きない。 投げ出した腕、一度握って開く。指先に力が入らず自分の体ではないようだ。 既に痛みは無い。ただ身体から熱が流れ出しているだけ。 「此処で……果てた、とて……」 掠れた声は葉のざわめきに飲まれる。 「惜しく、は ない の です、が……」 亡霊騒ぎにならなければいいのだけど、とぼんやりと思う。 いや、それよりも瘴気に取り憑かれアヤカシになったら最悪だ。 千々と乱れる思考。とりとめもなく浮かぶ様々な事柄。 留守番の相棒達。 自分の死が伝わらず待ち惚けにさせるのは心苦しい。 最初の相棒垂氷の背に乗り飛んだ空……更にある子供を思い出す。 八咫烏にいた少年。名に喜ぶ顔、叱られ凹む姿、そして……。 瓦礫と共に落下するその子に伸ばした手を振り払われた瞬間。 もう今となっては手を伸ばす気力も無いが、彼は今の自分になんて言うだろうか。 「また言われる、か……」 大嫌い、最後の言葉。それとも「馬鹿」と言われるかもしれない。 そういえばあの時も死に掛け、た……と、繰り返す浅い呼吸。 新緑がいよいよぼやけ、木漏れ日が滲む。浮かんで消える母と師と、そして彼ら。 「……は、は……」 死の瀬に立って知る。自分はこんなにも執着していたことを……。 だがもう幻を掴もうとすることすらできない。 花緑の身体が沈んだ。 草を踏み分け倒れた花緑の傍に立つ人影。 「見つけたらこれだ、眠りたがり……」 陽光に金と輝く茶の髪に、翠色の長羽織を羽織った男が膝をつき顔を覗き込む。 男と花緑を繋ぐのはとある武家を巡る奇縁。男はとある武家に拾われ、花緑はとある武家の私生児として生まれ。 だが時とは常にうつろうものなのだ。家を出た男に、山中で死に掛けの花緑、そこに最早武家の影は無い。 おぼろな意識の中、緑の中に揺れる陽の色を花緑は見た。 (幻……か ) できればそれがいい、と思った。 起きたら顔を合わせてしまう……。彼の世話になりたくは……。 花緑の意識が再び闇に沈む。 「お前がもし起きられたら話があるのだが。……どうかな」 男は花緑を担ぎ麓へと向かった。 ● 1018年冬、春のように暖かい昼下がり。 自宅の縁側に腰掛けたジョハル(ib9784)は聞こえてくる音に耳を傾ける。 冬に入ってから体調が芳しくなく寝たきりの日々が続いた。だが今日は珍しく体が軽い。 息子が振るう木刀の鋭い音。師に褒められたと言っていたが、なるほど中々筋がよさそうだ。 奥からは夕食の支度音。 時折転ぶ包丁の音は娘に違いない。とはいえ二人で暮らしていた頃に比べずっと手際が良くなっている。 娘は最近お姉さんになってきた。妻に似て優しく穏やかな娘だ。きっと将来素敵な……と思いかけて止める。 (誰かの嫁にするのは勿体無いな) 嫁にはやらん、と心の中で握る拳。 「小指の力が甘くなってきたよ」 木刀の音のぶれを聞きとがめ息子に声をかける。元気の良い返事とともに音が鋭さを取り戻す。 母と姉を守れるようになる、と剣術を習い始めた息子。 ジョハルの瞼の裏に息子が一心に剣を振る姿が浮かぶ。ジンではないが自身の目指す通り立派なベドウィンになるだろう。 妻のお腹には小さな命が宿っている。 ジョハルは己の手を開く。妻の腹に触れた手に感じた内側から蹴り上げる子の力強さ。 出産予定は来月辺り。 「賑やかになるだろうなあ……」 赤子の鳴き声を探すように澄ませる耳。 風も無く、麗らかな陽気。穏やかな日常の音、陽射しは干した毛布のように心地良い。 欠伸を一つ、ジョハルは障子に身体を預ける。 (俺も、もう一度笑えた) それだけではない、泣いたり、怒ったり、呆れたり……。家族に友人達に……世界はとても輝いている。 (楽しかったな……) 筋肉が削げ落ち骨ばかり浮き出た肩や手。そこに往時の面影は無い。だが光を失った瞳は優しい光を湛えたままだ。 妻と娘の話し声 どうか、神様……。祈るようにジョハルは瞼を伏せる。 息子の素振りの音 光の道を歩く彼らに、 ほんの少し拙い俎板の音 途切れる事のない多幸を……。 ひらり 光を喪った世界に舞う白く輝く欠片。 風花だ。あの冬の日、娘と二人でみた。 (ああ、娘と見れば良かった) ジョハルは風花に向かって手を伸ばす。 また来年、娘と約束。 (結局果たせなかったな……) 掌の上、風花はすぐにとけてしまう。 『ごめん……ね……』 僅かに動くジョハルの唇。 日が傾き始めた頃、人妖テラキルが主の異変に気付き家族へ知らせに飛ぶ。 とても穏やかな寝顔だった。 ● 朝方から降り始めた雨は間もなく夕方だというのに止む気配は無い。 どこかの山中、雨宿りに潜り込んだ洞窟で膝を抱え春霞(ib9845)は空を見上げた。 「止まない、なぁ……」 洞窟に響くのは雨音と一つの呼吸音。 「……疲れたなぁ」 春霞はなんだかとても疲れていた。雨に濡れたからではない。 父に母に兄に託された命。生きていかなくてはいけない、何かを見つけなくてはいけない、と強迫観念のように自分に言い聞かせ歩いてきた。でもいまだに何も見つからない。自分はいつまで頑張ればいいのだろうか。 旅の目的ではないが会いたいと思う人はいた。尤もそれも家族を失い何も残っていない自分が、進むためだけに縋った陽炎なのかもしれないが。 自分を助けてくれた開拓者。 「でも世界は狭くないね……」 乾いた笑いが空しく洞窟に響く。追いかけ開拓者になってはみたがその人にも未だ会えてはいない。 「もう……」 疲れたよ。膝を抱えたまま横に転がる。その拍子に懐から護刀が零れた。 いつの間に日が沈んだのか、暗闇の中、眼を開けているのか閉じているのかわからない。 なんで自分は雨宿りしてるんだっけ……闇を見つめていると自分の境界が曖昧になってくる。 次はどこに行こうか、何をしようか何か考えるのも面倒だ。だって自分には何もないのだから……。闇に溶けてしまえば楽になるのだろうか……。 (少し……休憩してもいいよね……) 転がった身体を起こすのも億劫で春霞は目を閉じた。 降りつづく雨の音。その音に混じって聞こえてくる流れる水の音。 雨ではなく、水の匂い……。鼻を鳴らすとその匂いは一層強くなり春霞を包む。 遠く春霞を呼ぶ声。 身じろげば護刀につけた根付に指先が触れた。 「あ……」 それは母と父と兄と……いなくなってしまった家族の声。優しく、懐かしい声。 春霞は護刀を手繰り寄せ胸に抱いた。 「一緒に居てくれたもんね…」 ふふ、と自然と笑みが零れる。胸の奥にほんのり灯る温もり。 護刀に結んだ三つの根付は父と母と兄の形見。それを指に巻きつけ握る。 いよいよ水の音ははっきりと春霞に届き、母に父に兄が春霞を呼ぶ。 一人遺されたと思っていた。でも皆傍にいてくれたのだ。もう一度、強く護刀を胸に抱き目を閉じる。 そして洞窟に響くのは雨音だけとなる。 春霞の口元には笑みが浮かんでいた。 ● 師の危篤を知らせる手紙に宮坂 玄人(ib9942)は急ぎ冥越から神楽の都へ向かう。 痩せ衰えた姿の師宮坂 陽次郎(ic0197)。その薄くなった胸が上下していることに安堵すると同時に避けられぬ別離も悟った。 せめても師の最期を看取ろうと開け放したままの襖を閉め枕元に座る。 ゆるりと陽次郎が眼を開く。乾いた唇が玄人の名を呼んだ。 「し……ずか、に な、さいと」 あれほど、そう言って陽次郎は溜息を吐く。挨拶もなしに飛び込んできたことを言っているのだろう。いつものように説教を始めようとする師に、「変わらないな」と玄人は笑おうとして失敗した。 玄人に向けた陽次郎の瞳は優しい。それは見守る者の眼だ。 陽次郎が玄人を拾ったのはまだ修羅がその存在を認められていなかった頃。遭都の武家に仕える身だというのに玄人に名を分け、師として導いてくれた。 (それがどれほどの決断だったか……理解しているつもりです) 心の中玄人は陽次郎に語りかける。 陽次郎は出会った日を思い出す。 あの日、自分は玄人をアヤカシかと思い斬ろうとしたのだ。 だが柄に手を掛けた時、幼い鬼の子が手に大切そうに何か握っているのを見つけた。それは桜の簪だ。子供は簪を胸に抱くようにぎゅっと握り締めていた。 (それを見て……あなたを信じることにしたのです……) 弟子へと伸ばした手、途中で崩れ落ちたのを力強く握られた。 「……あなたを……信じ て…… 良かっ た……」 弟子に向かって微笑んだ。暗くなる視界、握られた手の力だけが鮮やかに。 師の手から力が抜ける。師が今逝こうとしている。 伝えたい事があるはずなのに言葉にならない。 (あの時師匠が俺を『人』だと信じてくれなかったら……) 今の自分はいない。そして下の兄との再会も、生まれた里への帰郷も。 「師匠……」 陽次郎の手を今一度強く握った。 眠るように息を引き取った師を前に姿勢を正す。 たまに会えば説教と愚痴ばかり、今日だって……。僅かに双眸を細める。 「それでもアンタが俺の師匠であった事に感謝しています」 まっすぐに師の顔を見つめる。そして深々と頭を下げた。 「……ありがとうございました」 師が眠る墓と玄人は向かい合う。本当は玄人の故郷に埋葬し皆の墓と共に守りたかったが、結局師の故郷に埋葬することにした。 玄人の里からは少しばかり遠いが、それでも魔の森があったときのことを思えばずっと近い。 「……また来る」 今度は兄達と一緒に来よう、玄人は再会を約束し踵を返した。 ● 大戦を終え二十年程経った頃。 とある寺院の縁側に二式丸(ib9801)はいた。背は聊か伸びたが痩せた体はそのまま、まだ三十代だというのに頭髪に白が混じる。 幼少期の環境か開拓者として身体を酷使してきたせいか今は一線を退いての療養中。開拓者に戻る気はあるが中々に難しい。 二式丸の膝の上には又鬼犬の七月丸が頭を乗せている。 トク、トクと足に感じる鼓動はゆっくりと弱い。二十を越えた七月丸は間もなく寿命を迎えるのだ。衰えた眼や足腰、やんちゃだった頃の姿はなりを潜め最近は寝ていることのほうが多い。 かつては艶やかだった赤み帯びた灰の毛をゆっくりと摩りながら二式丸は庭を見た。 満開の桜は風もないのに散っている。 「こうして。お前を撫でている、と。 色々なことを、思い出すよ」 二式丸は一つ一つ思い浮かべるように目を閉じる。 出会いは港。いきなり飛びつかれ、裏のない好意に戸惑った。 戦場を共に駆け抜け、久方ぶりに風邪をひいたときにはずっと傍にいてくれた……。 どれも懐かしい。 「それに……」 自分を育ててくれた任侠一家の仇を討つと道を踏み外しかけた時、正気に戻してくれたのも七月丸だった。 浮かんで消える様々な光景。 生まれてから今まで悲しいことも、苦しいことも、そして耐え難い憎しみもあった……。けど。 柔らかい日差しに目を細める。 「それと同じくらい、楽しいとか、嬉しいとか 」 俺が、と漏れる声。 「ここまで生きてこられたのは。たくさんの人と……何より 」 ぽふ、と七月丸の頭に手を置いた。掌に馴染んだ温かく丸い頭。 「お前のお陰、だよ」 耳の付け根から顎の下まで数度摩ってやる。 桜を眺めつつ、どれほどそうしていただろうか。 「……ナナツキ、寝た?」 七月丸は静かに眼を閉じたままだ。 「ん、おやすみ、ナナツキ……」 そっとその身体に手を置いた。陽だまりの縁側、まだその身体は温かい。膝の上に感じる七月丸の重み。此処にこうしているというのに。感じていた鼓動はもう……。 「もしも……」 光を遮るように眼を伏せる。 願うことが許される……なら。寝ているかのようなその顔に向ける柔らかい笑み。 「黄泉の国でも、来世でも、構わない」 またお前に、会いたいな……。その姿を探すように二式丸は空を見上げた。 二式丸と七月丸、重なる一人と一匹の影。 ● 1050年五月半ば。 自宅のベッドでウルシュテッド(ib5445)は目覚めた。 今際の際の夢。泣く妻の手の感触がまだ残る手を見る。 「……お迎えにはまだ早いぞ、死神」 苦笑を零し、手繰り寄せる御守。結婚し初めての誕生日に妻から贈られた手刺繍の矢弾除けだ。縫い止めた銀貨は死神への賄賂だと、妻が教えてくれた。 お陰で厳しい戦場も生き延び、家族に看取られる穏やかな最期の夢まで見るにまでなった。 「昔の俺が聞いたら驚くだろうな……」 小さく笑う。 若葉の緑が眩しい森。左足を引き摺りウルシュテッドが進んだ先、木漏れ日の中に佇む銘なき墓碑。 「まだ若いつもりでいたが……」 ウルシュテッドは一息吐く。 「そりゃあそうだよな。こないだ曾孫が生まれたよ。男の子だ」 もう墓参りも潮時かな、と摩る左足。負傷は回復せず、体力も落ちた。 「……ごめんな。結局また……お前を一人にしてしまう」 墓を優しく撫でる手。そこに誰か眠っているというわけではない。収めたのは涙の欠片だけ。 向ける愛情も、大切に想う気持ちも本物ならば。 「お前の命を繋ぎ留めるため、伴侶となろうと考えた事もある」 笑えるだろう、と肩を竦める。 「危うく姉上に殺される所だった」 皆には内緒な、と唇に当てる人差し指。 墓碑の隣、左足を投げ出し座る。 家族のこと、故郷のこと。これが最後かととりとめのない話は終らない。 風にウルシュテッドは黙り込む。 「今日まで俺は本当に幸せだった……」 ウルシュテッドの幸せを願ってくれたその娘の透明な笑み。 自分は彼女の願い通り、幸せに満ちた人生だった。ではあの娘は……。 くしゃりと髪を掴む。あの娘はどうすれば幸せになれたのだ、と。 己の幸せを得てなお、胸の内宿った憎悪は消えない。 「これからも、ずっとそう……」 何かが手に触れた。蓮月の柄。穢れを祓う月光を纏う刃はその娘の遺品。 言葉の続きを飲み込み立ち上がる。僅かに鎮まる憎悪の波。だが消えることはない。我ながら根深きことだ、と浮かぶ自嘲を無理矢理笑みに置き換えた。 「じゃあな」 墓碑に向ける背。 (愛する人よ……) 訪れる者がいない墓碑はこのまま世界から忘れられてしまうのだろうか。 (そうだ、お前を喪わせた世界は、もう一度お前を殺すだろう……) あの娘を覚えている者達が旅立つ時に……。あの娘の祈りも嘆きも全て再び無かったことに……。 ウルシュテッドは蓮月の柄を握り締めた。 |