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■オープニング本文 ● 泰大学における文学科の立場は歴史はあるが学内における地位は低いといったところだ。設備なども他学科の後回し、よって文学科に入学すると敷地内の片隅、ある意味歴史の重みを感じる年代物の建物で暮らすことが決定となる。 学科章は交差する筆と剣。標語は「筆は剣よりも強し」。そんな標語を掲げてしまったためか国の大学だというのに科挙の合格を目指す者よりも、体制の外側から社会の問題や事件を掘り下げあまねく伝えることを志す者の方が多い……早い話がちょっと変わった屁理屈屋の巣窟であった。だから学内における扱いも順当といえば順当なのかもしれない。 文学科学生が暮らす寮は正式名称『文学寮』という。だが学生たちの間では主に通称である『青藍寮』が一般的であった。『出藍の誉れ』から取ったと言われているが、実際のところ反り返った屋根の青い瓦が由来だ。尤も今となってはその瓦も塗料は剥げかかり「青だったのかな?」とかろうじて判る程度であったが。 南に面した寮は二階建て。一階中央の食堂を挟んで左右対称に広がっている。西が女子寮、東が男子寮。それぞれ入り口も別で通常往来できるのは食堂のみ。だが食堂の女子側出入り口には寮監室があり寮母が常に目を光らせているため、そう簡単に男子は禁断の花園に入れない仕組みとなっていた。 深夜女子寮の廊下を行く一つの影。影は扉を一つずつ確認しながら奥へと進んで行く。 頭でふわふわと揺れるのはくるんと丸まった真っ赤な癖毛、不審者……否、もふらであった。言うなれば不審精霊か。 「此処は鍵が掛かっておるな」 ちょっと古めかしい話し方をするこのもふらの名は梅丸と言い、男子寮で暮らす開拓者伊原司の相棒である。何故男子学生の相棒が女子寮にいるのかと言えば……。 「おお、此処にあったか」 目当てのものをみつけた梅丸は部屋に入って行く。もふらの頭上に揺れるのは女学生たちの洗濯物。 生徒数が少ないがために文学科の寮は空き部屋が多い。此処もその一つで、夜間や雨の日に洗濯物を干すために使用されている部屋であった。 「さてと……どれが良いかのぅ」 洗濯物の下を梅丸は歩き回る。 ぴたりと足を止めたのはもふらのぱんつの下。同族の毛が梅丸を引き寄せたのかもしれない。梅丸はひょいと後ろ足で立つとおもむろにもふらのぱんつを咥えて器用に木製の洗濯ばさみから取り外した。 そうして次から次へとぱんつばかり狙って取っていく。 「司はどれが喜ぶだろうか……」 思い出すのは先日の司と学友の会話である。五月病なる流行病にかかった彼らはぐったりとしつつ、皆それぞれに「女の子との出会いが」とか「女の子と遊びに行きたい」とか愚痴を零していた。そしてそのうち何故か女子の下着の話題で盛り上がり始めたのだ。過激な発言もあったが、もふらの梅丸にとっては今一つ意味がわからない内容だったので此処では割愛する。 その時彼らは一時病を忘れたように元気だった。 というわけで、病にかかった相棒に元気になって貰おうと、こうして女子寮に侵入しぱんつを少しばかり拝借しようと思い立ったわけである。 病が何故女子のぱんつで治るのか解せぬが梅丸は相棒の司が困っているのであれば一肌脱ぐことにやぶさかではなかった。それが相棒同士というものなのだ。 そして司のために選んだのは赤と白の縞模様のぱんつ。丁度梅丸の毛の色と同じである。 男子寮に戻った梅丸は件の五月病の学生の部屋の前に女子寮から拝借したぱんつを置いて回った。 そしてやりきったという、満足感と共に司の布団に潜り込んだのである。 ● 翌日男子寮寮長巴亮は激しいノック音で目を覚ました。 「巴、さっさと起きなさい! 起きないと扉蹴破るわよ」 女子寮寮長孫鈴玉の声だ。物凄い剣幕である。 「待った、待った!」 慌てて扉を開くと、孫以下、仁王立ちした女学生たちがいた。 「さあ説明してもらおうかしら?」 「は?」 首をかしげる巴に孫の目がキリキリと釣りあがる。 「女子寮から洗濯物盗んだ件についてよ」 「そんな話は知らん!」 孫曰く朝洗濯物を取り込みに行ったらぱんつが何枚か消えていた、ということらしい。 「寮内に干しているし窓も開けていなかった……となると内部の犯行。そう貴方たちしかいないでしょ! 恥とかそういうものはないというの?」 ビシっと指を突きつける。 「いや俺達じゃないって!」 「じゃあ、どうして無くなっているのよ?」 「そりゃ、誰かが間違って取り込んだんじゃないのか」 「女子寮は全部調べたわ」 言い合いの最中、二階からドシンと盛大な地響き。 皆が階段を駆け上がると廊下に頭上より足を高く上げた格好ですっころんだ二年生の胡天水の姿があった。 「あっ!」 孫が声を上げる。胡の頭に鎮座ましますのは紅白縞ぱんつ。 「胡、アンタなの?!」 「何が僕なのですかい?! って、孫先輩、揺らさんでください。頭打ったのにそんな揺らされたら…ゥェ……」 響き渡る悲鳴。 食堂に学生が集められた。 「下着泥棒が出たってことですか?」 頭に濡れた手拭を乗せた胡はどこか楽しそうだ。それもそのはず彼は日夜学内の事件を集めて回る瓦版同好会の会員なのだから。 「だからアンタでしょ。事件がないから自分で起したってほら動機もばっちりじゃない」 「分かっておりませんなあ。自分で事件なんか起したってなんも面白くないじゃあないですか。隠された真相に迫るのが楽しいんだから。それにですな、僕年上が好みなんです。あんな子供っぽいぱん……」 タンコブに拳骨を喰らって胡が沈む。 「仮に胡じゃないとしても下着は全部男子寮から見つかったんだから、犯人はそちらにいるんでしょ」 そうあれから次々とぱんつが男子寮から発見されたのだ。 「待ってください」 立ち上がったのは司だ。 「そんなに仰るのでしたら俺が開拓者の名に賭けて犯人を見つけ出してみせます」 当然相棒の梅丸がしでかしたこととは知らない。 「アンタだって仲間の可能性はあるわ」 「じゃあ、こうしましょうぜ。 下着泥棒を捕まえて下さい、と正式にギルドに依頼を出すんです。ギルドを通した依頼なら開拓者さんだって不正はせんでしょ」 「……分かったわ。その代わり男子寮から犯人が出たときは分かっているわね?」 ぎろりと孫が睨みを利かす。 「連帯責任ってことで……今後一年間、雑用は全てやってもらうわよ」 「そんな横暴な!」 実質奴隷化宣言に男子学生が悲鳴を上げる。 「男子寮に犯人はいないって言っていたわよね?」 「…はい」 孫が男どもに向ける視線は冷たかった。 というわけで下着泥棒捕物作戦が始まったのである。 ● 「ぱんつが回収されただと?」 梅丸は困った。これじゃあ司の五月病が治らないではないか、と。 「また拝借してこようかの……」 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
八塚 小萩(ib9778)
10歳・女・武
アリエル・プレスコット(ib9825)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●犯行当日夜 八塚 小萩(ib9778)はベッドから机に向かうアリエル・プレスコット(ib9825)の背を眺めていた。 此処は泰大学文学科寮、通称青藍寮の一室。本来寮は五人で一部屋だが、空き部屋が多いので八塚とアリエルは二人で一部屋を使用している。 八塚とアリエルは出会ってからずっと一緒に暮らしていた。大学もアリエルが行くのならばと入学したのだ。 (共に勉学に励めるのは嬉しい事じゃ) 「それに……」 ぼっと火でも着いたかのように耳まで赤くなる。 (いや、なんでもない。なんでもないのじゃ) 上掛けを引き寄せ頭から被った。 アリエルは詩を作っている最中だ。彼女が泰大学に入学した目的は詩を学ぶため。だが一人きりというのは心細い。そこで親友の八塚に頼んで一緒に来てもらった。ひょっとして無理をお願いしてしまったのではないか、と時折心配になる。そんな事を考え手を止めていると八塚の呟きが耳に届いた。振り返ると八塚はすっぽりと上掛けに隠れている。 「どうした、の?」 「我のことは気にするな。汝は詩作に耽っているが良いのだ」 アリエルは机の上に広げた帳面を見る。そこに描かれるのは彼女が繰り返し見る悪夢を題材とした詩。巨大な砂蟲によってアル=シャマスが滅び、無人の砂漠で哄笑する三つの赤い眼を持つ何か……。読む人の正気を試す姿無き混沌が這い寄るような印象を与える内容であった。 「もう遅いし、寝よう」 帳面を閉じ、八塚の隣に入り込んだ。 草木も眠る丑三つ時、ばね仕掛けの人形のようにリィムナ・ピサレット(ib5201)は飛び起きる。 「……?!」 お尻の辺りが生温かい……。これは間違いない。おねしょだ。 隣のベッドを確認。顔は見えないが雁久良 霧依(ib9706)の肩は規則正しく上下している。二人は他学科と掛け持ちをしているが、その夜は青藍寮で過ごしていた。 胸を撫で下ろし、布団の中に手を突っ込む。おねしょを誤魔化す場合、下着よりも布団の濡れ具合が重要なのだ。 (よしッ!) 布団の中で拳を握る。ぱんつ轟沈スルモ布団ノ損害ハ軽微。この程度ならば紙と布で湿気を吸い取り上から横になれば、朝には乾くはず。 (とりあえずぱんつだけは干して来よう) そっとベッドを抜け出し部屋を出て行く。 「……まったく」 扉が閉まった後、雁久良が溜息を零した。 干し場代わりの空き部屋。 ぱんつを洗いたいところだが、リィムナは懐中時計を確認し諦めた。水音で気付かれてしまったら元も子もない。 仕方ないので部屋の隅っこに干しておくことにした。 そしてリィムナが再び足音を忍ばせ部屋に戻ってから間もなく梅丸がやって来たのであった。 ●翌朝 廊下ですっ転んだ胡天水の頭上に鎮座した紅白縞ぱんつ。狭い廊下は蜂の巣を突いたような騒ぎ。 アリエルは顔を真っ赤にして俯いていた。 (盗まれちゃった……) アリエルの下着も干し場になかった、ということは今まさに誰かの手に取られ見られているのかもしれない。 (恥ずかしいっ……) 淡い銀色の髪から覗くちょっと尖った耳の先まで真っ赤である。走って逃げたい。だが人垣の向こう、少し先の扉の前に落ちているぱんつを発見した。 白のレース付の……。 (私のだ!) 飛び上がらんばかりに驚き、人の合間を縫って走り寄るとさっとぱんつを拾いしまい込んだ。周囲を見渡す。皆、気付いていないようである。 胸に両手を重ねてほっと一息。それに反比例しむくむくと湧き上がってくる怒り。 (犯人は誰なんでしょう…。盗むなんて酷いです) ぎゅっと拳を握る。 「寮長!」階段を上ってくる忙しない足音。「大変だ」と飛び出してきた学生は、女子学生の姿に立ち止まった。 学生の手に翻る小さな赤いリボンが可愛らしい子供用ぱんつ……リィムナが目にも止まらぬ速さで奪い取った。 「未せん……いやいやあたしは綺麗好きじゃないんで、とても人に見せられる状態じゃないから……」 赤くなる顔を誤魔化すようにあははと笑ってぱんつを背に隠した。 (ふむ……) 八塚は騒ぎから少し外れ皆の様子を観察中だ。 (犯人の目的はなんじゃ……) 八塚も被害者である。だが下着を盗まれた怒りよりも驚きが勝っていた。何故なら八塚の下着はおむつなのだ。就寝中の粗相に備え給水力抜群の上質な布地を使ったおむつを愛用している。 (霧依やアリエルのが盗まれるのは分かるが……) こちらに背を向けたリィムナの手に握られた子供用ぱんつ。 (普通、我のおむつやリィムナのこども汚ぱんつには手を出さんじゃろ?) ちなみに『御』ではなく『汚』で誤りはない。 (犯人は超上級者の変態なのか…それとも) いかにも男子学生が盗んだと思わせるように扉の前に置いて行く所業、ひょっとしたら男子と女子の仲違いを企む者の仕業なのか、と犯人像を見極めようと目を細めた。 一階の一番端の部屋前、男子学生が屯している。 「透けてる……」 「黒レース」 生唾を飲む音。大人の魅力満載の雁久良のショーツがそこにあった。注目なんのその「失礼するわね」と雁久良は涼しい顔で拾い上げる。 ●調査 「男子寮には女子寮に忍び込んで下着を盗むとかそういった度胸試しはあったのだろうか?」 八塚の質問に男子寮寮長巴亮が背後の胡に確認を取る。瓦版同好会の胡は何かと詳しいのだ。 「以前にはあったようですが、大分前に廃れてますなあ」 もう記録にしかない昔の風習らしい。 (仲違い……いや企む意図は掴めぬな……) (……となるとやはりいるのか。上級の変態が……) 今回の騒動でなくなった下着は全部回収できた。今のところ他に下着泥棒の被害はないが、もしもそういった変態がいるのならば所持品に怪しいモノがしのびこんでいるかもしれない。 「一つ頼みがあるのだが……」 「俺達でできることならば」 「所持品を改めさせてもらぬだろうか」 動揺する男子学生。年端も行かぬ女の子に見られて困るものを所持している男は多い。 「なんだ、潔白であれば問題あるまい?」 そう言われれば拒否はできぬ。拒否すれば自分が犯人です、と言うようなものだ。 「協力をお願いするぞ、男子諸君」 ぐっと言葉を飲んだ男子学生達に向けて八塚は少々大人びた悪戯めいたい笑みを浮かべた。 雁久良を遠巻きに見守る男子学生たち。 「昨夜何か気付いた点はない?」 夜中に部屋から出ていった、と言われた学生が慌てて「厠だよ」と反論。 「落ち着いて…ね?」 誰かが犯人扱いされそうになるたびに雁久良は助け舟を出し、個人に非難が集中しないように調整する。常に笑顔を浮かべ険悪な空気を出さないように雁久良は心掛けた。 「それにしても下着が欲しいなら言ってくれればいいのに」 熱い眼差しに髪をかき上げ唇に笑みを刻む。 「何なら中身を見せてあげてもイイわよ?」 寄せてあげる必要も無い胸元を強調する服装、唇に人差し指を当ててウィンク。どよめく男共。彼女の存在は刺激が強すぎた。 「……というわけで最近女の子の話とかしていた人はいない?」 数日前に女性の好みの話をしたと、一人が言う。ただ雑談のついでで詳しいことまでは覚えていない。 「じゃあ、その時誰かいたか覚えているだけでもいいから教えてくれないかしら? 勿論、人間に限らずね」 人間に限らず、で皆が思い浮かべたのは梅丸だ。だがもふらが下着を盗んでどうするというのだ……と 「梅丸君は何処にいるのかしら?」 「そういえば、今日はまだ部屋で寝ているなあ」 つれて来ようか、と言う伊原に雁久良は起すのがかわいそうだから後でいいわ、と答える。 女子寮の調査はアリエルが担当した。元々男性は苦手な上に下着を見られてしまった恥ずかしさでとてもじゃないが男子と話せる状態ではなかった。 「昨日はねぇ……」 寮母が言うには食堂の扉は火事などいざという時の避難のため鍵はかけないらしい。一応、女子側には鈴をつけ誰かが出入りしたら分かるようにはしてるとのことだが……。 「鈴、ないですね」 アリエルが扉を見上げる。昨日に限り鈴が落ちていた。誰かの細工ではなく経年劣化である。 女子寮では芳しい情報を得る事はできなかった。 「では現場検証に行きましょう」 アリエルは手の空いている女子学生に頼み干し場へと向かう。 戸を開けた途端、目の前に広がる光景に目を疑った。取り込んだはずの洗濯物が翻っている。 「あたしじゃないとできない捜査方法」 リィムナが得意気に笑う。『時の蜃気楼』を使用してここで起こった事を遡っているのだ。 「昨日の夜から今日の朝まで? 大丈夫です?」 確かに『時の蜃気楼』を使用すれば犯人に辿り着くだろう。だが術者への負担も大きい。 「え……う、ん。だ、大丈夫。だいぶ範囲を狭めることができたし、ねっ」 心配そうなアリエルにリィムナは慌てて頭を振る。言えない、おねしょをして夜中に来たときにまだ下着はあったとは。 アリエルたちは置いてある物を部屋から退かし、担当場所を決め床を調べ始めた。毛一本見落としてはなるかと皆真剣だ。乙女の下着が盗まれるという事は重大なことなのである。 リィムナは床に手を置き眉間に皺を寄せた。 「皆の瘴気をあたしに分けてー!」 錬力を補うために瘴気の回収中だ。如何せん此処は魔の森ではなく泰大学。おいそれと瘴気が集るはずも無い。それはもう何度も何度も術を使用する必要があった。 「……っ!」 早口言葉よろしく真言を繰り返し唱える途中舌を噛む。時の蜃気楼作戦、思ったより時間がかかりそうだ。 「あ…」 アリエルが部屋の隅で毛をみつけた。くるんと丸まった綺麗な赤毛。その時、時の蜃気楼も発動する。 開かれた扉から忍び込むもふら。頭には特徴的なくるくるっとした赤毛……。 「梅丸?!」 皆が見守る中梅丸は下着を器用に外していくのであった。 ●五月病の特効薬 食堂に皆集められる。 どうして?とうろたえる伊原を制し雁久良が梅丸に歩み寄った。 「梅丸君、どうして下着を持っていったのかしら?」 「五月病とやらの薬ぞ」 梅丸が言うには五月病に掛かった伊原や学友達が女性の話で盛り上がるのを見てこれだ!と思ったというのである。その顔は本気であった。 「梅丸、心配かけてすまなかった……」 膝をつく伊原に梅丸は「気にするでない」と頭を擦り寄せる。 「相棒の為に一肌脱ごうという意気はよし!」 だが、と腕を組んで仁王立ちの八塚。 「人のものを勝手に持って行ってはいかん。それでは盗みと同じぞ」 盗むつもりはなかったとはいえ、無断拝借したのは事実。梅丸は素直にその非を認めた。 「あ……あのですね」 アリエルが梅丸の前に出てくる。 「下着を見られるだけでもすごく恥ずかしいのに盗まれて、観察されて……い、いじ……」 顔は茹で蛸のようにみるみる真っ赤に。 「弄られてるなんて考えたら……ショックで寝込んじゃいます…」 恥ずかしさのあまり潤んだ目からは今にも涙が零れ落ちそうだ。 「……っ、わ…悪かった。私が、悪かった。……だから泣くな」 慌てる梅丸。 「人によっては有効かもしれないけど、女の子は大好きな恋人ならともかく男の子に下着を見せたがらないものなの」 「わかった?」と雁久良が梅丸の頭に手を置いた。そして「…リィムナちゃんみたいに常時ぱんちら状態の子もいるけどね」と場を和ませるために冗談も一つ。 リィムナは減るものじゃないしね、とあっけらかんとしたものだ。 「もう、しないで下さいね、とお願いします」 「……分かった。もう婦女子の下着に手を出すのは止めようぞ」 アリエルは一度強く梅丸の前足を握る。そして伊原も自分が迂闊なことを言ったために梅丸が思い違いをしてしまったのだ、と一緒に皆に謝罪した。 「男子寮から犯人が出たんだけど……」 女子寮寮長孫鈴玉の容赦ない言葉。孫も今回の件、情状酌量の余地多いに有りと思っているのだが、立場的に率先して彼らを許すわけにはいかないのだ。 「悪気はないんだし、連帯責任は無しでいいんじゃない?」 空気を読んだ雁久良がそう提案する。だがそれでは甘いと渋る孫。 「あ、なら事情を踏まえて……」 リィムナが手を上げる。 「雑用1週間でいいんじゃないかな」 そこが妥当な線であろう、ということになった。 「だが困ったのぅ」 五月病をどうすればいいのか、と梅丸は思案顔だ。 「安心しろ。五月病なるものにかかり元気がなくなったとしても、お日様の下、体を動かせば忽ち消し飛んでしまうのじゃ」 下着なんぞに頼らんでもな、と八塚が請け負う。そして蹴鞠や徒競走などどうじゃ、と動きを真似てみせた。ちなみに五月病にかかった経験はない。 「そうね、五月病には気分転換が一番!」 雁久良が手を鳴らす。 「男女合同でのレクリエーション大会とかどう?」 今回の事でギクシャクした男女の関係改善も図れて一石二鳥というわけだ。 「賛成……です」 アリエルが控え目に同意する。 「わ、私はあまり男の人と話した事ないですし、話すの苦手ですけど……」 八塚の隣に寄り添い、服の裾を握った。 「お弁当を作ったりはできます。 だから、その……外で泰詩を詠み合う遊びなら……」 できるかもしれません、と続ける声が皆の注目を受け次第に小さくなっていく。 「歌会いいじゃあないですか。文学科らしくて! ねぇ、皆さん」 胡が皆に同意を求める。 「思い切り遊ぶのじゃ!」 八塚の声に、学生たちの歓声が重なった。 ●そして 「…さてリィムナちゃん」 この盛り上がりに乗じてこそりと下着を洗いに行こうとしていたリィムナは呼び止められおそるおそる振り返る。 「あ…雁久良さん……あ、はは……」 「何か言う事があるんじゃないかしら?」 にこりと笑う雁久良に隠し通せないことを悟りリィムナは素直に「オネショ隠してごめんなさい」と頭を下げた。リィムナの躾けを頼まれている雁久良は厳しい。だが本来優しいお姉さんなので素直に謝れば許してくれるだろう、という目論みもある。 「……ちゃんと謝ることができたから今回はお咎めなし」 でも、と額を突かれた。 「もう隠しちゃダメよ? 次隠したらお尻ペンペンね」 思わずリィムナはお尻を両手で隠した。 「アリエル……」 八塚の服を握ったままの手にそっと手を重ねた。 「……?」 昨日の続きじゃ、と八塚。 「我が一緒についてきたのは、汝に頼まれただけだからではない。我が離れ離れになったら淋しいし……」 そこで一度言葉を切る。八塚の顔も赤くなっていた。 「その……汝におむつを替えてもらえなくなるのは嫌じゃと思ったからで……」 アリエルが目を瞠った。 「これからもよろしく頼むのじゃ」 恥ずかしくてアリエルの顔をみることができない。アリエルの手が服を放し、代わりに八塚の手を握る。 「小萩ちゃん、またおむつ替えてあげるね……」 これからも、ずっとね、と小さく付け足す。 「大好きだよ……」 二人、顔を見合わせ微笑んだ。 |