お母さんへの贈り物
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/26 21:29



■オープニング本文


 開拓者向けの下宿所『なずな荘』の女将ひさぎは買い物からの帰り道、額を突合せうんうんと唸っている近所に住む姉妹に出くわした。
「二人ともそんなに難しい顔をしてどうしたの?」
 額に谷間ができているわよ、とそれぞれの額をちょんと指で押す。
「お母さんの日なの」
 ちょっと舌足らずなのは妹の小春。
「母の日のお母さんへの贈り物を考えていたの」
 しっかり者の姉の椎子は眉間に皺を寄せたまま答えた。
「お母さんに? 二人からの贈り物ならお母さんは何でも嬉しいわよ」
 ひさぎの言葉に二人とも頷きはするが少し浮かない顔だ。
「あのね、まえにお花あげたことがあるの。でもね、お花枯れちゃった……」
 小春がまだ整っていないぽよぽよの眉を下げた。
「去年お母さんに摘んで来たお花を上げたらとても喜んでくれたの。でもお花が枯れた時お母さんとっても寂しそうだったら今年は枯れたりしないものを贈りたなと思って……」
 椎子も眉を下げる。二人はそっくりな顔になった。
「小間物屋さんに行ったら高くて私たちのお小遣いじゃなにも買えなかった……の」
 しょぼんと肩を落とす二人。
「二人とも落ち込まないで。ならこうしましょう」
 ひさぎはしゃがみこみ姉妹の肩に手を置いた。
「おばちゃんとお母さんへの贈り物を作りましょう」
「手作り?!」
 姉妹の声が重なる。
「何をつくるの? おにんぎょうさん? おてだま?」
 目を輝かせた小春がひさぎを覗き込む。
「そうねぇ。着物の端切れがたくさんあるからお花を作りましょうか。ずっとお家に飾って置けるわよ」
「椎子ちゃん、どうしたの?」
「私は素敵なもの作れないよ」
 だって私不器用だもの、とぎゅっと両手を組む。
「大丈夫、おばちゃんが手伝ってあげるわ」
「本当?!」
 椎子も顔を輝かせた。
「本当よ。明日、お昼を食べたらなずな荘にいらっしゃい。用意をしてまっているわ」
 約束、と小指を差し出すと、姉妹の小さな小指が絡んだ。


 翌日、ひさぎがなずな荘一階の板の間に卓を並べ、布を用意して待っていると「こんにちはー」と姉妹がやって来た。
「いらっしゃい、椎子ちゃん、小春ちゃん……あら?」
 姉妹の後ろに更に二人少女がいた。同じく近所に住む芹と茜だ。
「お母さんへの贈り物一緒に作ってもいいですか?」
「もちろん、材料は沢山あるから皆で作りましょうね」
 さあ、上がってと四人を招く。
「これ可愛い」
「こっちも綺麗…!」
 やはり綺麗な物は好きなのだろう。少女たちは着物の端切れに夢中だ。
「おかあさんね…ことりが好きなの。おばちゃん、小鳥作れる?」
 芹が布を手に尋ねる。
「ならお手玉にしましょう。お手玉に目と嘴をつけてあげて……」
「おてだま、小春もすきー」
 元気良く手を上げたのは小春だ。椎子が「お母さんにお花作るって約束でしょう」とたしなめる。
「じゃあ、お花作ったらお手玉を……」
 茜は一枚ずつ丁寧に端切れを手にとっては眺めている。手にした端切れを真ん中を蝶の様に絞り自分の髪に当てた。

「あー、男女がお洒落してる」
 と、外からの声。格子窓の隙間から少年達が覗きこんでいた。
「なによっ、うるさい、去年まで漏らしてたくせにっ」
 茜が立ち上がって袖を捲くった。
「茜ちゃん、折角の蝶々がそんな格好をしただ台無しになっちゃうわよ」
 ひさぎは茜の手から端切れを取ると、組紐でくるりと蝶を作り髪を結んでやる。
「俊平君、茜ちゃんに蝶々がとてもよく似合っているじゃない」
 ねぇ、とひさぎに微笑まれて俊平が顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「折角だから俊平君に純太君も、一緒に母の日の贈り物を作りましょう? そして後で皆でおやつを食べましょう」
 俊平は露骨に嫌な顔をしたが一緒の純太が「おやつ」に惹かれなずな荘に入ってしまったため仕方なく着いて来る。
「母ちゃ…いやお袋になんか作るのも悪くないか」
 などと言いながら俊平も大人しく席に着いた。

「俊平、何女みたいなことしてんだよ」
 俊平をからかう声。玄関に「鬼の首を取った」と言わんばかりの哲平と、その背後に晃がいた。
「母の日だよ、知らないのか。哲平はバカだもんなあ」
 自分の頭をコツンと叩き俊平が鼻で笑う。
「なんだと……」
「皆、何してるの?」
 飛び掛りそうな哲平を押しのけて晃がおっとりと尋ねる。
「母の日の贈り物を皆で作っているのよ」
 晃も作る?と椎子がひらりと目の前に端切れを広げてみせる。
「……母の日か。ねぇ、それは亡くなった母さんに贈ってもいいのかな?」
 晃の両親は開拓者で母は幼い頃に、アヤカシから子供を守り命を落としていた。その後も父は開拓者を続けており、依頼で家を空けるときはなずな荘に預けられる事も多い。
「当然でしょ。あなたのお母さんじゃない」
 それから椎子が哲平へと向く。
「哲平はどうするの?」
「そんな女みたいなことしたくねぇよ」
 べぇと哲平は椎子と俊平に向かって舌を突き出した。
「いい加減しなさい。哲平はいつもおばさんを困らせているじゃない。だからこういう時くらいは感謝しなきゃ」
 哲平と椎子は同い年だが、数ヶ月早く生まれた椎子はいつもお姉さんぶる。それも哲平には面白くは無い。
「ねぇ哲平君も一緒に作ろうよ」
 芹が皆と一緒だと楽しいよ、と笑うと哲平が顔を真っ赤にして黙り込む。
「……よ」
「なぁに? 何言っているのか聞こえないよ」
「分かったって言ってんだよ」
 哲平の怒鳴り声に芹が目を丸くして驚く。
「哲平!!」
「悪かったよ、驚かせるつもり無かったんだって」
 椎子に非難の視線を向けられ哲平が顔の前に片手を立てて謝った。

 そうして母の日の贈り物を作ることになった……のだが。

「いったぁい、俊平、髪引っ張らないでよ」
「男女が髪飾りとかおかしいんだよ」
「俊平、悪戯をしちゃだめ。ほら小春も遊ばないの」
「それは綺麗だけど飴玉じゃないから舐めちゃだめだよ、純太」
「芹ちゃん、小豆が零れてるよ、拾わないと」
「だあああ…っ」
「哲平が転んだ!」
「頭軽いのに、なんで転ぶんだよ」
「うっせーぞ…!」
「おばちゃん、テツとシュンがけんかしてるよお…」

 こんな感じで大騒ぎなのだ。

「暴れては駄目よ? 仲良く、ね」
 ひさぎの声も子供達には届いていないようである。


■参加者一覧
サフィリーン(ib6756
15歳・女・ジ
ラシェル(ic0695
15歳・男・魔
リーズ(ic0959
15歳・女・ジ
ガートルード・A・K(ic1031
19歳・女・吟
小苺(ic1287
14歳・女・泰
レイブン(ic1361
20歳・女・砂


■リプレイ本文


「一緒に御飯、美味しいよねっ」
 パクリと御飯を一口頬張ってリーズ(ic0959)は正面に座るラシェル(ic0695)に笑いかけた。
 此処は下宿なずな荘の隣にある定食屋なずな屋である。
「これから椎子ちゃん達と母の日の贈り物を作る約束をしているの。申し訳ないけど戸締りお願いできる?」
 女将のひさぎがリーズを呼ぶ。
「はーい、ラシェルと二人でやっておくねっ」
「なんで俺が……」
 ラシェルのぼやきは気にせずにリーズは元気に片手を挙げた。

「母の日だって、贈り物だって」
 そわそわと落ち着かないリーズ。
「母の日、か…子供らが楽しいんならいいんじゃないか?」
(俺の母親、か…)
 ラシェルはふと記憶の中に母を探る。だが浮かぶのはぼんやりとした面影だけ。
「しっかりとは、覚えてねぇな」
 幼い頃口減らしで主の元へ出された。それ以来会っていないのだから当たり前か、と天井を仰ぐ。
(…別に恨んでもいないし、嫌ってもいない)
 それは紛れも無い本音だ。
「ただ……」
 茶を一口啜る。
(会いたいとは思わねぇな……)
 ラシェルの視界に映るのは窓から見えるなずな荘を見つめるリーズの横顔。
(…あいつは、少し違うみたいだけどな)
「さあ、手伝いに行こう」
 椅子を鳴らし立ち上がったリーズが問答無用でラシェルの手を掴んだ。


「ほら、そんなところで寝ていると踏まれるわよ」
 卓を抱えたレイブン(ic1361)が日の当たる床で猫のように丸まり寝ている小苺(ic1287)の上を跨ぐ。なずな荘では子供達を迎える準備中だ。
「うにゃぁ〜」
 ごろんと寝返り。なんとも平和そうな寝顔。
 ただいま、とひさぎが定食屋から戻ってくる。
「おかえりなさい。 椎子の友達も来ると思うし、卓は多めに出しておいたわ」
「あら、予感は当たりね。ありがとう」
 外から聞こえてくる元気な女の子達の声。

 遊びたい盛りの子供が八人、席を決めるだけでも騒がしい。そのうち誰かが小苺の尻尾を踏ん付ける。
「みぎゃー!! 誰にゃ!?」
 文字通り飛び起き、ふしゃーと威嚇。
「にゃ? なずな荘にゃ…。皆集ってどうしたのにゃ?」
 だが此処が下宿先だとわかれば欠伸と共に伸びを一つ。
「母の……日? 贈り物……? にゃんと、そういうものがあったのにゃ。面白そう……」
(でも…シャオには母親がいないにゃ。顔も知らないのにゃ……)
 へたりと垂れる耳。胸の真ん中にぽっかりと穴が空いてるようだ。しかしそれも束の間、子供達に呼ばれて一緒に並んで座る。
「シャオはこう見えても手先は器用、実は得意にゃ」
「はい、好きな布を選んでね」
 騒ぎになずな荘を覗いたガートルード・A・K(ic1031)が端切れの入った籠を回す。
「どうしたの?」
 考え込んでいる様子の芹。
「やっぱりお花がいいのかな? 先生もお花をあげるって言ってたし」
 芹は小鳥が好きな母のために小鳥のお手玉を作ろうとしていたのだが思うところもあるのだろう。
「セリが作りたいものが一番だよ。こういうのは、気持ちが大事だからね」
「心の籠った贈り物はきっと喜ばれると思うにゃ」
 卓の上に頭を乗せた小苺が大丈夫、と頭を撫でる。
「俺が先にみつけたやつだぞ」
 俊平と哲平が端切れの取り合いを始める。押された哲平が芹の脇にあった小豆の入った枡をひっくり返した。床に散らばる小豆。だが二人とも掴み合いを止めない。
「なにかにゃ。鬼ごっこかにゃ? シャオも混ぜるにゃ」
 猫のような身軽さで小苺が身を翻すと二人の上から飛び掛る。そして瞬く間に二人を取り押さえた。
「み〜んな仲良くなのにゃ? じゃないとお尻ペンペンしてあげるにゃ」
 にゃふふと手を口元に当てての含み笑い。
「俊平が……あ」
 小豆を零され泣きそうになった芹に慌てる哲平。
「枡蹴ったのは哲平だろ」
「なんだとっ」
 再び二人が取っ組み合いを始めそうになった時。
「喧嘩はだめ! そんなのダサい!」
 サフィリーン(ib6756)が腰に手を当てて二人の前に立つ。
「そんなんじゃ女の子にもてないんだよ」
 ずいっと差し出すのは箸、二組。
「そんなに勝負をしたいのならばコレで!」
 サフィリーンが提案したのは小豆拾い競争。どちらがより多く小豆を拾えるか。
「出来る男の子は手先が器用で優しい人じゃなくっちゃ」
 ね、と同意を求められ頷いた芹を見て哲平が箸を奪い取る。哲平が始めれば、負けじと俊平も。
 男の子って本当……と頭を振るサフィリーン。
(でも、こんな頃から誰かを思ったりしてるんだね)
 芹をちらちら気にしている哲平に笑みが浮かんだ。

「ただいまー!」
 リーズが下宿に帰宅する。
「…なんで俺がまたここに」
 背後ではラシェルの深い溜息。
「兄ちゃん、聞いてよ!」
 女ばかりの場に現れた『お兄ちゃん』ラシェルに泣きつく小豆組。
「こら、二人とも全部拾いきるまでおやつは抜きだからね」
 そんな二人にサフィリーンの声が飛ぶ。
「……ここに何しに来たんだ?」」
 助けてよと言う二人に、呆れた様子でラシェルはぽんと軽く頭を叩いた。
「みんなのお母さんはどんな人なのかな?」
 既にリーズは子供達の輪に加わっている。
「ボクのお母さん? 冒険者をしてるんだっ。お父さんも一緒にね」
 盛り上がる子供達にリーズは胸を張った。
「今も世界を旅をして、きっとすごいものを見つけてると思うよ!」
 宝物、と子供達も目を輝かせる。
「これが見本だよ」
 サフィリーンが作った花を皆の前に置く。
 とてもいいにおい、と鼻を鳴らす小春に、ふっふ〜と得意気に笑って取り出す小瓶。中は香油だ。
「お花の芯や小鳥のお腹に香油を含ませた綿を入れるの。ね、良い香りがするでしょ?」
 本物のお花みたい、と子供達。
「良い香りといえば……」
 レイブンが薄い紫の蝋燭を取り出した。これもまた仄かに良い香りがする。
「これを削って、溶かして造花に刷毛で塗れば型崩れの予防にもなるわ。それに屑をお手玉のなかに忍ばせるのもいいよ」
 蝋燭を削るために取り出した苦無に開拓者を目指している哲平は俺にやらせて、と興奮気味だ。
「これを持ってふざけたりはしないって約束できる?」
 レイブンが背を屈めて哲平の顔を覗きこんだ。何度も頷く哲平に「絶対よ」と念を押して渡す。
「俺のが器用だからやってやる」
 俊平と哲平が今度は苦無の取り合いを始めた。
「わぅっ。喧嘩っ?」
 リーズが拳を握る。
「そっか、これが友情って奴なんだね」
 物語でもよくみるよ、とキラキラ輝く目。
「違うだろう……」
 ラシェルが零した溜息にスッパコーンと小気味よい音が重なった。
「ふざけないって約束したよね?」
 何時の間にやらレイブンの手にはハリセン。
「二人で順番にやること」
 いいわね、とハリセンを鳴らした。

 歌と小鳥の囀る声のハーモニー。
「ガートルードさんの歌、小鳥を集めることもできるんだねっ」
 リーズと芹が手を叩く。お手玉にする小鳥の見本としてガートルードが呼んだのだ。
「どうしたの?」
 サフィリーンは手が止まっている椎子を覗き込んだ。椎子の作った造花は花弁がばらばら。
「上手い下手じゃないの丁寧にやれば絶対大丈夫」
 根元を解いて花弁を外し、サフィリーンは落ち込む椎子の耳にそっと内緒話。
「実は私も料理が苦手なの」
 焦がしたりしちゃうと舌をぺろっと見せる。
「でも、ひさぎさんに教わりながら、本当に少しずつできるように、ね」
 花弁を重ねてマチ針で留め椎子に渡す。
「あ、縫い物が好き。衣装を直したりビーズをつけたりして綺麗になると嬉しくなっちゃう」
 だから私と一緒にやろう、と作り方を一つずつ教えていく。そうして完成した花に二人で万歳。
「一輪だけじゃ寂しいな」
 これでは花束を作るのは難しい、と何度も針で刺した指を椎子は見た。
「似顔絵はどうかな? 一生懸命描けば、お母さんも嬉しいね」
 一緒に手伝っていたガートルードが筆記用具と紙を差し出す。
「似顔絵にも花を貼ろう」
 サフィリーンが端切れから花を切り抜いた。

 幼い小春は座っての作業に飽きて遊んでいる。おやつに惹かれて参加した純太も一緒だ。
「お母さん、お花好きなの?」
 作りかけの花をリーズが拾う。もう少し簡単なものがないかな、と考えていた時に浮かんだのが……。リーズは走って自室に戻ると一冊の本を持ってきた。
「ねっ、ねっ。押し花とかどうかな?」
 持ってきた本から蓮華の押し花の栞を取り出す。
「ほんもの? かれないの?」
 すごい、と小春が押し花に顔を近づける。茜も押し花の栞に可愛い、と惹かれたようだ。
「つくるっ」
「じゃあ、一緒にラシェルに作り方教えてもらお?」
 話を振られたラシェルが眉を寄せる。確かにあれはラシェルが彼女にプレゼントした栞だ。そうかつて……。
「……っ」
 色々と思い出しかけ引き攣る頬。それを誤魔化すために髪を掻き混ぜる。
「花を探しに行くか?」
 ひさぎに断りを入れて外へと。リーズ達が歓声を上げてラシェルに続いた。

 近所の空き地には蓮華に蒲公英色々咲いている。
「わぅ……」
 二人と花を摘んでいたリーズがラシェルの隣に戻ってきた。
「今、どこにいるんだろうなぁ」
 母達の事だろう。独り言だ。だからラシェルは返事をしない。ぱた、と一度だけ元気なく尻尾が揺れた。
 ラシェルはポケットから昼顔の種の入った小さな包みを取り出す。それを自分の帽子に忍ばせた。
 子供達を見つめる僅かに細められたリーズの双眸。どこか遠くを見ているようにもみえる。
 その視線を遮るように深く帽子を被せた。
「えっ? わ、わっ?!」
「……やる」
 リーズの頭を帽子越しに乱暴に撫でる。
「……なんでもないよっ」
 ぶつかる視線にあはは、と少しわざとらしい明るい笑い声をリーズは上げた。帽子から零れる種の包み。
「……種?」
 リーズが包みを開く。
「…今から育てれば、夏には咲くだろ」
「ラシェ……」
 今度はリーズが何かを言う前にラシェルが子供達へと声をかける。
「花を選んだら、帰るぞ」
 リーズは種を大切にしまうと両手を空に突き上げた。
「絶対ボクもお母さん達よりすごいのを見つけちゃうんだっ」
 そして三人を走って追いかける。

 広場に子供達のはしゃいだ声が響く。俊平、純太、哲平がレイブンと球投げ中だ。男の子に裁縫は試練だった。何度注意しても走り回ったり、喧嘩をしたり。そこでレイブンが少し発散させるために外に連れ出したのだ。
「はーずれ。簡単には当たらないっていったよね?」
 俊平が投げた白黒の球をレイブンが避ける。レイブンを的にしての鬼ごっこ。彼女に球を当てられたら子供達の勝ちである。
「折角三人いるんだから、協力しないと」
 逃げ道塞がないと逃げるわよ、なんて言いながら広場を走り回った。最初、俊平と哲平はどちらが先に当てることができるか競争していた。だがそのうち勝手に動いていたら彼女に掠らせることもできないと気付き、二人でレイブンを挟むように動き始めている。
「純太は前に出て道をふさげー」
 三人で包囲網を作ろうと躍起だ。
「おやつだよー!」
 なずな荘から呼ぶ声が聞こえた。

 おやつを終えて作業の続き。外で遊んだせいか俊平達も大人しい。

「これで完成」
 サフィリーンが大切そうに両手に抱きしめたのは花のコサージュ。ふわりと香る白檀の香り。
「お姉ちゃんのお母さんに?」
 晃に問われて頷く。
(喜んでくれるといいな…)
 亡くなった母に贈る白い造花の花束を手にした晃と顔を見合わせて微笑んだ。
「私もひさぎさんにプレゼントしたいの。一緒に何か作らない?」
 ひさぎはおやつの片付けで厨房だ。
「うん。でも何を作ったらいいかな?」
「こうやって作った花をね、割烹着の裾とか胸元につけたら可愛いと思うの」
 細長い布に糸を通し引っ張り簡単な花をサフィリーンは作ってみせる。
「これなら簡単でしょ。割烹着は後で私が準備するから、一緒に沢山お花をつくろう」
 二人で黙々と花を作っていると、いつの間にか厨房で純太とクッキーを焼いていたガートルードが混ざっていた。
「アキラはお茶を淹れる事はできる?」
 頷く晃にガートルードは何かを企む悪戯っ子の笑みを浮かべる。
「よっし、なら魔法のものをあげるよ。これをね今度ひさぎさんに淹れてあげてね」
「魔法?」
「アキラの感謝の気持ちを一杯入れて、お湯を注いでね? そうすれば、きっと素敵な事が起こるから」
 片目を瞑って晃の掌に茉莉仙桃を乗せた。お湯を注ぐと花のように茶葉が開く工芸茶だ。
(ひさぎさんへの贈り物か……)
 あ、とリーズ。
(ジルベリア製の軟膏!)
 とても良い花の香りで水仕事で荒れた手にも良いと評判のものだ。
(お母さんも好きだったやつだから)
 喜んでくれるといいなぁ、と軟膏に巻くリボンを端切れの中から選ぶ。

 夕方近く、全員の贈り物が完成する。
「ボクからのお願いいいかな?」
 ガートルードが子供達を見渡した。
「お母さんにぎゅっとして『ありがとう』と『だいすき』って言ってあげよう」
 元気良く返事をしたのは小春だけ、他の子供達が互いの顔を見合わせる。
「そんなのできねぇよ」
 格好つけたいお年頃の哲平と俊平。
「恥ずかしいのも分かるよ。でも、母の日は我慢! お母さんの為に、ね?」
 ぎゅっとされると嬉しいでしょ、と覗きこまれると顔を真っ赤にしてそっぽをむいた。
 晃が花束を抱きしめたのが見えた。
(お母さんか……)
 ガートルードの母も晃の母と同じく既にこの世にはいない。彼女が十二歳の時に病で亡くなったのだ。世界は光と音で満ちている、胸に残る母の言葉。そっと胸に手を置く。

「母親達を招いて皆でパーテーをしたらどうかにゃ?」
 小苺が名案とばかりに手を叩く。
「勿論、晃の母親の席も用意するにゃ」
 背後から晃にのしかかりわっしわっしと頭を撫でる。
 ひさぎも「素敵ね」と同意した。
「ぱーてーで皆が元気に楽しんできるところをみせるのが、一番の贈り物になると、シャオは思うのにゃ」
「そうと決まれば、招待状を作ろうか。ちゃんとお母さんに渡すのよ」
 レイブンが直ぐに紙や筆記用具を準備して配る。

 招待状が出来上がりひさぎがお茶を淹れて戻ってきた頃には子供達は仲良く眠っていた。
「親御さんが心配するといけないから、伝えてくるわ」
 でもその前に風邪を引くといけないから、とレイブンが部屋から上掛けを持ってくる。
「わずかでも共有できる時間は……」
 かけがいのない幸福にゃ……小苺が招待状を一枚ずつ丁寧に封筒に入れていく。
「……天からの贈り物」
 呟きにレイブンがどうしたの、と首をかしげる。
「この時間が皆にとっての宝物になりますようにって願いをこめているのにゃ」
 手を合わせ大袈裟に祈る真似をした。
(宝物になりますように……)
 心の中でもう一度願う。

 後日『ぱーてー』は成功し、ひさぎも贈り物に大層喜んだ。贈り物は亡くなった夫の仏壇に供えられている。なんでも使うのがもったいないらしい。