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■オープニング本文 ● 「里にですか?」 陰穀、石見家のシノビ佐保は万商店九十九屋店主六郎の頼みに表情を曇らせた。佐保はとても真面目だ。なので里の幹部である六郎の頼みにそうそう不服を唱えることはないのだが、今回は珍しく渋った。 「そっちの組頭から別の用でも受けてる?」 ならば仕方ない、と六郎。 「いえ…そうではないのですが…」 躊躇う佐保を促すと、以前任務の途中で開拓者と共に保護した子供達が身を寄せている理穴のとある村に様子を見に行きたいらしい。 「冬の間、雪による被害もあり人手が足りないという話も伺ったので…」 「じゃあさ…」 そこで六郎は提案した。九十九屋で理穴に仕事があるので自分達が様子を見に行き手を貸すから里にお使いを頼まれてくれないか、と。六郎は真面目なシノビとはいえない。里に戻ると年寄り連中から説教を喰らうのが常であり、とても面倒くさい。それに優秀な佐保の上役と何かにつけ比べられるのもまっぴらゴメンであった。 そんな子供のような理由で帰りたくないのだ。大人げなくゴネた結果、理穴行きと里帰りとを交換に成功した。 「六郎様に来て頂くまでもありません」 ぴしりと断ったのは六郎の部下小鞠である。理穴に用事がある彼女に同行を申し出たところ「別の仕事をしてくれ」と断られてしまったのだ。 「佐保と年齢も近い私のほうが子供達にも警戒されず良いかと思います」 そう言われては上手い反論も見当たらない。六郎は「お願いします」と佐保から渡された子供達への土産を小鞠に託したのであった。 ● 魔の森と言われた森近辺にあるその村の名は清瀬村といった。近くに綺麗な川が流れているのが由縁だ。 人口二百余名の小さな村で、戦乱やアヤカシの襲撃により住む場所を失った者達が集り新たに作った村だ。まだ開拓中であり雑然としている。しかも冬に何度か大雪に見舞われ、あちこちで復旧作業のため尚更だ。 「大丈夫?」 材木を抱えた小鞠が振り返る。背後にカルガモの子のように五人の子供達。皆小鞠と同じように材木を抱えている。上は十から下は五ツ、叛にて里を失った、佐保が会いに行く予定だった子供達である。 この村に志体持ちはこの子等しかいない。なので子供とはいえ労働力として頼りにされている。 「材木を持ってきました」 手馴れた様子で柵を修理していた朱乃に声をかける。彼女は開拓者で、小鞠と同じか少し上くらいだろうか。数日前からこの村に滞在しているらしい。 「ありがとう。あと、手を貸してもらってもいい?」 小鞠が柵を支える。森側に張り巡らされた柵は獣避けだ。開拓を始めて以降アヤカシは見当たらず、静かなものだ。 「他の皆さんは?」 「皆、倒木をどかしにいっているはず」 この村に到る道のうち一番広い道に何本か木が倒れ通行不可能となっていた。 「でもそろそろお昼だから戻ってくるんじゃないかな」 遠くから手伝って、と声がし下の三人が走っていく。上の早丸と綱人は柵の修理を手伝うようだ。 不意に森方面から悲鳴が上がった。 獣もしくはアヤカシかと傍らの刀を手に朱乃が立ち上がる。 「待って」 それを制したのは小鞠だった。 現れたのはいかにもといった風体の野盗共。その数、十名。うち端の一人が村の子長治を抱え込んでいる。 泣く長治の腕を捻って大人しくさせると、大柄な男が「村長を呼べ」と怒鳴る。 思わず動きかけた朱乃の腕を小鞠が掴む。 「彼らはまだ村人を襲うつもりは無い」 いきなり襲撃しなかったところをみると、略奪だけが目的ではなさそうだ。 「アンタらを取って食おうってんじゃあねぇんだ。少しばかり助けて欲しい」 やってきた村長に、真ん中の男が胡散臭い猫撫で声で言う。 活かさず殺さず搾取するつもりのようである。こんな辺境の村、役人達の目も届かないと踏んだのか。ともかく今は大人しくすべきだ。村人に犠牲を出さないためにも。 (野盗退治ならば後でいかようにも…) 小鞠は周辺に視線を走らせた。開拓者達はまだ戻っていない。 村で賄える分ならば…と野盗の言葉に村長が頷く。どうやら村長も抵抗は考えていないようだ。村人は戦乱で故郷を焼け出された人も多く争いを嫌がる傾向にある。 「物分りが良いのは長生きするコツだな」 野盗がまずは用意できるだけ用意しろと命じる。 「その前に子供を返してもらえないだろうか。見ての通り、この村にはあんた方に抵抗する力なんぞ無い」 震える村長の声を野盗が遮る。 「なあに、俺達も子供を殺すなんて目覚めの悪ぃことはしたくはねぇ…」 野盗の視線が朱乃に向いた。 「……っ」 朱乃は刀を足元に捨てる。 再び泣き出す長治。煩い、と野盗が長治の顔を殴りつけた。小さな歯が転げ落ち、顔がみるみる真っ赤に腫れあがる。 「長治ぃ」 長治の父親長吉が野盗に向かっていく。長吉は野盗の腰にしがみ付くと「子を離せ」と叫ぶ。 だが野盗はびくともせず長吉を蹴り飛ばした。長吉は口から血を流しながらも野盗の足にしがみ付く。 「おとおぉ…、おとぉお」 長治が野盗の腕に噛み付くと怯んだ隙にその腕を抜け長吉に縋りつく。 「いい加減にしやがれっ…」 野盗が刀を抜く。そして親子に向かって振りかぶった。 ● 振り下ろされる白刃の煌き。 朱乃の中に蘇るのは幼い日の記憶。戦乱に巻き込まれた村、父の胸に刃を立てる蛇の刺青の男。死ぬ直前、手を伸ばし父は朱乃へなにか言った。その手を自分は掴めなかった。間に合わなかった。村でただ一人の志体持ちだったのに…。自分の父すら助けることができなかったのだ。 長吉が長治を抱きかかえて守ろうとする。 「おとぉおっ」 長治の悲痛な声。その瞬間朱乃の中で何かが弾けた。 落とした刀を拾うと、鞘を捨て雄叫びと共に突っ込んでいく。 野盗の一撃を受け流し、返す刀で一撃を加える。 「…っ」 こうなったらもう戦うしかない。小鞠は飛び出すと長吉と長治を抱きかかえ戻る。そして二人を早丸と綱人に託した。 「一人、開拓者を呼びに。残りは村人を逃がす」 急いでいくつか言付け、時間を稼ぐ、と隠し持っていた忍刀を抜く。 勢いに面食らっているうちはともかく、多勢に無勢、朱乃は既に囲まれつつある。 村人に向かおうとした野盗を小鞠は苦無を放ち牽制する。 (本当は…) 主家を持つシノビとしては逃げるべきだ。だが見捨てることはできなかった。 (六郎様の甘いのがうつった、かな。六郎様は悲しんで…いや…うん、怒るな…。 全く佐保め、夢枕に立ってやるから…) 小鞠は心の中で独白し死を覚悟する。せめて開拓者が来るまでは野盗をこの場に留めなくては。忍刀を握りなおした。 ● 戻ってきた開拓者は村の異変に気付く。村人は三々五々に散り、混乱状態。そんな中、長吉と長治を担いだ早丸と綱人が開拓者達の下へとやってくる。 「大変だ。盗賊が現れて姉ちゃん達が」 二人が状況を説明する。そんな中、野盗と思われる三人が村人を追って現れた。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 高揚を押さえきれず野乃原・那美(ia5377)はその場で飛び跳ねた。 (「腕が鳴るのだ」) 人が斬れる、口元に浮かぶ笑みを隠そうともしない。 「野盗も暇なことしてくれるわね」 ユリア・ヴァル(ia9996)は「急ぎましょう」と流れる髪をかき上げる。その視界に刀を手にした薄汚れた格好の男達が現れた。 「全く……」 鉢合わせた開拓者達に動揺する野党達に向け、腹の底からの溜息吐く川那辺 由愛(ia0068)。だが前髪に隠された赤い眼は野盗達を油断無く観察していた。 (「此の手の輩の首には賞金がかかっていることも多いのよね…。なら……」) 男達の背後に視線を向ける。獲物を狙う猫のように背を丸めた野乃原の腰を一撫で。「ひゃっ」と場違いな声を上げる野乃原に「あっちの方が『獲物』が多いわ」と囁く。 「ん〜目の前の相手を斬れないのは残念だけど、獲物が多いならそれで我慢するのだ」 「此処は任せても?」 川那辺が皆を振り返る。 「俺達が相手をしよう」 琥龍 蒼羅(ib0214)が刀を抜いた。 無視された野盗達が川那辺達へと向かう。杖を正面に構え明王院 千覚(ib0351)が遮った。 「行かせません…」 此の村はかつて明王院の父が孤児達を送り届けた村だ。父の代わりに様子を見に来たところに此の騒ぎである。ようやく歩み出したを村を蹂躙させるわけにはいかない。決意を胸に秘めた明王院の背後をユリア達が駆けていく。 「すまない、ここは任せた」 三人とは逆方向から飛び出した羽流矢(ib0428)は野盗の横を抜いた。途端、踵を軸に反転し、慌てて上体を捻った野盗の顎を狙い掌底を打ち体勢を崩させる。 「村人が逃げてくる」 撒菱を手にした野乃原を制しつつ、羽流矢は野盗を斬り付け足を払った。更に横からの刃を体を後ろに飛ばし避ける。その刃は塗れた光を放っていた。毒だ。 「悪いが…、時間をかけるつもりはないのでな」 琥龍の『天墜』は使い手の身長を軽く凌駕する長大な刀だ。構える琥龍の心には一点の曇りもない。故に無駄のない流れるような足運びで野盗を間合いに捉えた。野盗の刀目掛けて振り下ろす。鈍い音を立て砕ける野盗の刀。武器の破壊を狙った一撃は神速。勢いを殺しきれず野盗の肩から逆の脇腹に架け切り裂いた。あまりにも見事な太刀筋に斬られた事実を野盗が把握するまでに幾許か要したほどだ。 羽流矢に斬られた男が繰り出した突きを手首の返し一つで弾く。 「細かな加減が出来るとは限らん」 琥龍の刀尖がゆっくりと上がり、男の顔の前でぴたりと止まる。 「打ち合うのであれば、腕の一本程度は覚悟してもらおうか」 言い終えると同時の打ち込みを男は鍔元で受けた。だが琥龍の斬撃を受けきれず刀は鍔元から折れ、刃が男の肩骨を鳴らす。 野盗の攻撃を羽流矢は最小限の動きでかわす。 身を沈め三撃目を避けると男の足をすくう。仰け反った男に蹴りを入れる。野盗が勢い良く背後に倒れた。 野盗が起き上がるよりも早く喉元に琥龍が切っ先を突きつけ見下ろす。 「このまま続けるか?」 静かな声だが琥龍の背後で倒れている二人が、その言葉に恫喝以上の凄みを持たせた。男は武器を手放す。 明王院と琥龍が野盗を縛り上げている間、羽流矢は早丸達から話を聞き、大まかな村の見取り図を地に描く。 「二人一組で組んで村人の避難を手伝って欲しい」 一組ごとに担当地域を決めて漏れがないようにする。 「皆に近くの家に入って戸締りをし、此方が合図するまで何があっても外に出ないことを伝えてくれ」 野盗達の動きを封じるために仕掛ける罠に村人が嵌らないようにするためだ。子供達の顔を見渡す。真剣な眼差しが返ってきた。 「野盗に会ったら俺達を呼べ。無理はするなよ」 子供達を送り出し羽流矢は村人が向かっている西の居住区に向かう。 「皆家に入るんだ」 奥に向かって走りながら声を張り上げる。 ● 「西に逃げなさい」 川那辺達は村人に声を掛けながら森側を目指す。腰を抜かして座り込んでいる男を川那辺は助け起した。 「情けないわね。子供達の手本になりなさいよ」 ほら、急いでと男の背を押す。 近辺に村人がいなくなったのを確認した川那辺が罠を仕掛けた。簡単に野盗を居住区に向かわせるつもりはない。 朱乃が一人切り伏せた。だが朱乃を庇った小鞠が代わりに茨に絡めとられ引き摺られ足を貫かれる。 ユリアが咄嗟に背後を確認する。川那辺が頷き小鞠の傍にいる男に視線を向けた。野乃原の姿は既に背後に無い。 野盗がユリア達に向かうよりも早く、短い気合と共にユリアは立て続けに雷を杖を持った男に叩き込む。その男の背後に野乃原が舞い降りた。 「さて、あなた達の斬り心地教えて貰うのだ」 弾んだ声で両手に持った忍刀を翻す。男が背中から血を噴出して倒れた。 「おやおや。塵屑ってのは、何処にでも湧いてくるものね」 動けない小鞠に止めを刺そうとした男を川那辺が鼻で笑う。 「だけど、此処にあたし達が居たのが運の尽きよ」 もったいぶった動作で閃かす符。挑発にまんまと乗った男は小鞠を飛び越え川那辺へ向かう途中、血を吐いて膝をつく。 川那辺が横に転がり野盗と距離を取った小鞠の腕を引いて傍に寄せた。 倒れた男の横、符を構える野盗。 (「陰陽師…!魔術系に手出しされると厄介なのよね」) ユリアは槍を構え野盗の群れを陰陽師目掛けて突っ切る。行く手を遮ろうとした野盗二人の前に野乃原が襲い掛かった。 「じゃんじゃん行くよー。覚悟は…当然いいよね」 ユリアの槍が陰陽師の肩を貫く。すぐさま引いてもう一撃。だが陰陽師もしぶとい。大蛇へと変化した符がユリアの腕に食いつく。だがいきなり霞と消えた。 崩れ落ちる陰陽師の背から飛び出す野乃原。一撃離脱、彼女は新しい獲物へと向かう。 「村人を人質に取れ」 首領と思われる男の指示に朱乃と対峙していた男ともう一人が走り出す。一人が突然地に転がった。 川那辺が仕掛けていた地縛霊を踏み抜いたのだ。さらにもう一人の前に現れる白い壁。 「塵屑は黙って酒代になってなさい」 両手それぞれに構えた符を立て続けに放つ。壁が進路を塞ぐ形で立ち並ぶ。 「ふふん、ちょうどいい位置に出たねー」 野乃原が壁を駆け上がり男達の頭上を飛ぶ。 「那美〜。切り刻むなら、顔の判別が出来る程度にね」 「おっと、そうだったー」 おどけた調子で答えると着地と同時に足を狙い、再び地を蹴って飛び退く。野乃原を追っての一撃を受け止めての鍔迫り合い。刃を滑らすと野乃原は横に回りこみ、男の腹を割いた。飛び散る血が頬を汚す。 「いいね、この肉を斬る感じ。これでこそ戦いだよ」 子供のような無邪気な笑みに一人逃げ出した。その背を雷が貫く。 「背中を見せた瞬間に打たれると思いなさい」 逃がすつもりはないわ、と微笑むユリアの首領が切りかかる。咄嗟に槍の穂先で軌道を逸らすが思いのほか膂力は強い。逸らし切れず腕を削がれた。 首領は朱乃の一撃を簡単に防ぎ、手練と判断したユリアに攻撃を集中させる。 野乃原に回復を施したところを狙われ上段から刃が襲い掛かる。それをぎりぎりで槍の柄で弾く。 上がる呻き声。野乃原と対峙していた男が耳や鼻から血を流し苦しむ。それでもなお野乃原の攻撃を致命傷にならないように避けるのは見事というしかないだろう。 ● 屋根の上から井戸の傍、親とはぐれて泣いている子を羽流矢はみつけた。 「子は井戸の傍だ。早く行ってやってくれ」 その子の親を探し出し声をかける。子供達の誘導が上手く行き思ったより混乱はない。 「傷を見せてください」 明王院は苦しそうに呻く長吉の腕を退け腹の傷の具合を確かめた。野盗に蹴られた痕は赤黒い大きな痣となっている。 心配そうな長治に「大丈夫ですよ」と声を掛け、長吉の腹に手を宛て治癒を施す。幾分呼吸が落ち着いてきたのを確認すると、磨り潰した薬草を張り包帯を巻く。 「お父さんの手を握ってあげて下さいね」 明王院は二人の手を重ねた。 あらかた避難は終わり、念のため周囲を探っていた琥龍は納屋の傍に気配を発見した。 そっと足音を忍ばせ覗き込む。立てかけた筵の奥から聞こえる息遣い。筵の裏で幼い兄弟が抱き合っていた。兄の足が真っ赤に腫れている。 「弟に手を出すな」 それでも弟を守ろうと兄の小さな拳が琥龍の胸を叩く。 「俺だ。二人とも落ち着け」 琥龍だとわかると二人とも泣き出した。琥龍は二人を抱え居住区へ向かう。 「どういたしました?」 「子供が怪我をしている。みてやってくれ」 村人の治療に当たっていた明王院に兄弟を預けた。 もう一度周囲の気配を探り、不審な者はいないと判断すると村人を明王院に任せ琥龍と羽流矢はユリア達の下へ。 途中、羽流矢は森へと進路を変更し、木々を渡り先を急ぐ。 「まだ…戦闘中か」 剣戟の音に手裏剣を構え速度を上げた。 川那辺の横を走り抜けた琥龍が、下段に構えた刀で逆袈裟に野乃原とやり合う男を切り伏せる。 ユリアは槍の間合いに持っていこうとするのだが男の踏み込みが鋭くどうしても間合いが取れない。打ち込みを捌くユリアの手に痺れが走る。 倒れている野盗に踵が当たりユリアが体勢を崩す。喉元を狙い鋭い突き。避けきれない、そう判断したユリアは腕で喉を庇った。だが男の動きが突然鈍った。 それを逃すユリアではない。突き上げた槍が男の右胸に吸い込まれた。 男が突然動きを鈍らせた理由に気付いたのは樹上の羽流矢だけであった。座り込んだ小鞠から細い糸のように影が伸び男の影に絡み付いていたのだ。 (「単なる商人ってわけじゃなさそうだな」) ● 朱乃は開拓者達に謝罪をしたが、心此処に在らずといった様子であった。 「那美ぃ。まーった、こんなに汚れてぇ」 川那辺が野乃原を抱き寄せ顔に張り付いた血を拭ってやる。 「いっぱい斬れて満足なのだ」 野乃原は満足気な笑みを浮かべていた。 生きている者は縛り上げ、遺体は筵で包み村人の目に着かない場所へと隠す。 (「血も…残しておかない方がいいよな」) 羽流矢は野盗の尋問や仲間の治療は仲間に任せ残った戦いの後を消して回る。 この村は戦乱やアヤカシとの戦いで故郷を失った者達が肩を寄せ合い暮らしている。心に傷を負っている者も多い。村に自衛組織がないのもその影響かもしれない。 「東房で大規模作戦があったでしょう、それで流れてきたみたいね」 尋問を終えたユリアが片付けに加わる。 「残党は?」 「琥龍が森を見回ってくれているわ。……冥越との国境付近や森にも警備隊とか置くべきかもしれないわね。でもまずは自衛よね…」 村の性格を考えると難題かもしれない、とユリアは肩を竦めた。同意をしつつ羽流矢は血溜りに土を被せる。 納屋の影から覗く二つの人影。羽流矢と目が合うと急いで隠れた。 「お前ら…。全く合図するまで隠れてと言っただろう」 申し訳なさそうに姿を表す早丸と綱人を羽流矢は手招いた。野盗は、と問う子供達の頭に手を置いてやる。 「もう大丈夫だ。皆にも伝えに行って来い」 走り出す子供達を呼び止めた。二人が振り返る。少し躊躇ってから、 「お前らはこうなる前に受け入れて貰える所があって良かったな」 ぎこちなく笑うと二人が笑顔で頷いた。 遠巻きに村人が集る。そんな中、少女が朱乃に近寄って行く。長治の友達の芹だ。 「あの…ね、長治を助けてくれ…」 だが芹は朱乃の傷や着物を汚す血に悲鳴を上げ腰を抜かした。慌てて母が朱乃から芹を引き離す。 「あの開拓者が先に手を出したらしい」 「余計な事をしてくれた」 村人がざわめき始めた。 「俺は親子を見捨てるのが正しかったとは思わんな」 少し距離を置いていた琥龍が口を開く。同じ状況ならば少なくとも自分は迷うことなく助ける事を選ぶ、と。 「そうだ、それで長治も長吉も助かった」 「でも長吉は怪我したじゃないか」 「もしも奴らがまた来たらどうするんだ…」 非難の目を朱乃に向ける村人もいた。村長が動くより先にユリアが村人へと一歩踏み出した。 「…私は好きじゃないけれど。多数を守るために少数を見殺しにする、というのも選択としてはありね」 村人に現実を突きつけるために厳しい言葉をユリアは選ぶ。 「でも今回は拒否するのは悪くない選択だったと思うわ。一度従ってしまえば、次もまたあるわよ」 「誰一人被害を出したくない……。皆さんも…」 ユリアの視線に負けて俯く村人に明王院が静かに語り掛けた。 「命懸けで子供を守ろうとした親御さんも、そんな親子のために飛び出した朱乃さんも。無抵抗で事を進めようとした村長さんも、同じ気持ちでしょう」 明王院が周囲を見渡し、先程の少女の前でしゃがみ込んだ。 「大切なお友達を助けてもらったお礼が言いたかったのですよ、ね?」 母に隠れたまま少女が頷く。 「失って良い命などありません…。そうは思いませんか?」 朱乃の行動は誤りだったのかと暗に問う明王院に反論できる者はいなかった。 「確かに咄嗟に庇うのも手が出てしまったのも仕方ないっちゃ仕方ない」 羽流矢が朱乃を見下ろした。怒りなどの感情を否定するわけではない。強い気持ちはある程度力になる。 「だけどな……戦う度に我を忘れるのか? 仲間の足を引っ張るのか?」 「そんなこ……」 顔を跳ね上げた朱乃は羽流矢が示す先に気づいて言葉を飲み込む。そこには小鞠の姿があった。朱乃を庇った彼女の怪我が一番酷い。 「……ぁ」 朱乃から小さな声が漏れる。 「何があったか知らないが、自分で制御出来ないなら開拓者辞めるか……」 「分かっ……」 声を荒げた朱乃は慌てて「分かっている…」と言いなおした。そこで羽流矢は土を抉る朱乃の指が震えている事に気付く。気まずい空気が流れた。 「冷静に怒りなさい」 その空気を野乃原を伴った川那辺が破る。 「由愛さん、お酒飲みにいくのだ。由愛さんの奢りで」 我関せずといった態で抱きつく野乃原を「村の手伝いを終えたらね」と宥めつつ川那辺が肩越しに一度だけ振り返った。 「誰かを守りたいってなら、先ずは自分からよ」 羽流矢が控え目に咳払いを一つ。 「……開拓者続けるなら全部話して命懸けで引き戻してくれる相棒をみつけとけ」 「そんなの巻き込め……」 言いかけて飲み込むと「小鞠さんに謝ってくる」と朱乃が立ち上がる。 (「危なっかしいんだよ……な」) その背に対し出た言葉に苦笑を零した。朱乃の心を縛る何か、それに対し言う言葉を羽流矢は持たない。誤魔化すように無言で空を見上げた。 「戦いが嫌いなのは良いけれど、自衛能力は持っておくべきね」 その言葉に眉を潜める者も多い。 「ただ搾取されるだけの奴隷の人生を送りたい? 実際に行使しなくてもいいのよ。でも選択肢が増えるのは良い事だわ」 いつでも相談に乗るから一度皆で考えて頂戴、とユリアは言葉を締めくくった。 何を選ぶかはこれから村人が考える事だろう。 |