【AP】キス?それとも呪い?
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/08 12:08



■オープニング本文



※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

 神楽の都の外れに桜疏水と呼ばれる場所がある。その名の通り桜の名所で、なだらかに流れる川を挟んだ土手に桜がずらっと並ぶ。花の季節ともなれば見物客も沢山訪れ、その見物客を目当ての出店や屋形船もみかけることができた。

「春じゃ、春が来たぞ!!」
 満開の桜の下、両手を広げてくるくると踊るように回る一人の少女。年の頃は七つ八つだろうか白銀の髪に紅色の双眸、肩に天女のような羽衣をかけた美しい少女だ。
「うららかな日差し、咲き乱れる花。新たに生命が生まれる春ぞ!」
 春が来たのが嬉しくて堪らない、そんな様子であった。
「のう、桜丸」
 振り返った先には白と桜色の毛のもふらが一匹。その大きさは少女を乗せて走っても問題ない程だ。
「そうですねぇ…」
 もふぁと桜丸は気の抜けた欠伸を零した。
「お主にとっては春眠暁を覚えずの春か?」
 情けないのぅ、と少女は腰に手を当てる。
「では錦さまにとって春はどのような季節なのです?」
 桜丸の問い掛けに錦と呼ばれた少女はまってましたとばかりの笑顔。
「恋の季節ぞ!」
 胸の前で両手を組んで乙女の祈りポーズ。
「恋の季節ですか」
「初恋はどれほど甘美なものであろうか?」
「はぁ、甘酸っぱいといいますよね」
「初めての接吻は檸檬味とは本当であろうか?」
「さあ、どなのでしょう」
「女子は好きと嫌いだけで普通がないのは本当だろうか?」
「はぁ…?」
 盛り上がる錦に反比例し桜丸の反応はどんどん投げ遣りになっていく。
「桜丸、お主、この春の女神錦姫の使いたる自覚はあるのか」
 そんな桜丸の様子にとうとう錦が怒った。
 錦の怒りに合わせて桜がざわめく。そう錦は春の女神なのだ。
「良いか、妾は冬の間中私はずぅうっと社の中におったのじゃ。お陰で心が乾き罅割れておる」
 どんと仁王立ち。
「今まさに我が心は潤いを欲しておる」
 もふぁ…桜丸は馬耳東風だ。春になるたびに錦が騒ぐのは毎年恒例の行事であった。
「潤いとは何ぞ? 即ちそれは恋!」
 びしっと突きつける人差し指。
「だが妾は神じゃ。恋はできぬ。そのため人の子の恋を覗き見て潤いを得ようと思ったというのにじゃ…」
 どういうことぞ、と手を広げる。
 彼女の背後に広がるのは天儀でよく見かける花見の風景。所謂どんちゃん騒ぎだ。
「右も左も酔っ払いばかりではないか。なんのために見事な桜を咲かせたと思っておる」
 地団駄。
「こうなったら女神の力みせてやろうぞ」
 錦が杖を振るった。
「命短き恋せよ人の子!」
 旋風が吹きぬけ辺り一面、桜の花弁が舞い散った。


 突如の旋風にひらひらしたものは男女の見境なく捲れ上がる。ある者は綺麗なお姉さんの後ろにて思いもよらぬ幸運に頬を染め、ある者は巌のような男の正面にて己が不運を呪う。そんな悲喜劇を旋風はあちこちで巻き起こした。
 しかし旋風が起したのはそれだけではない。
「なんじゃこりゃあ!」
 突如桜並木のあちこちから上がる悲鳴。
 何故かそこに居る者全員、片手もしくは片足が突然枷に繋がれたのだ。そして枷のもう一端に繋がれているのは別の誰か。
 そう強制二人一組である。
 鍵穴どころか繋ぎ目すらみつからない滑らかな表面の枷。繋ぐ鎖は力自慢の開拓者達が何をしても罅一つ入らない。
 途方にくれる人々の間を再び旋風が吹きぬけ、白に桜の毛を持つもふらを連れた美しい少女が降り立ったのである。

「聞け、人の子よ。どのような手段を用いてもその枷を解く事はできぬ」
 少女はおごそかに宣言する。一切の反論を許さない威厳に満ちた声だ。
「この枷を解くたった一つの方法は……」
 こほんと一つ咳払い。もふらは呆れ顔で少女を見上げている。
「接吻である」
 迷い無き一言にざわめく人々。
「ちょっと待った…」
 一人の男が手を上げた。
「なんじゃ?」
「あの…俺知らない人と繋がってんですけど…」
 男が揺らした手枷の先に男がもう一人。この二人全く顔見知りではない。
「接吻である」
「それは手や額でも?」
「ぬしは阿呆か! 接吻といえば唇と唇。まうすとぅーまうすじゃろうが!」
 情けも容赦もない女神の鬼畜な発言。人々は一斉に文句を言い始めた。だが中には恥ずかしそうに互いに肘で突きあっているような二人もいる。
「だまれぃっ。これは春の女神たる妾から皆への贈り物じゃ。これをきっかけとし恋が芽生えるようにという神の慈悲ぞ。名付けてトキメキとキスの枷という。心して受け取るが良い」
「スキはどうしたー?!」
 そんなツッコミが入る。
「たわけ。既成事実さえ作ってしまえば気持ちなど後から付随するわっ」
 夢見る少女じゃいられない、そんな夢も希望も無い言葉に再び起きる抗議の嵐。
「ぬぅ…。確かに妾も甘酸っぱい恋のえとせとらを見て潤いを補給したくはある。よし、ならばこうしよう」
 少女が杖を振るう。三度目の旋風。
「繋がっている相手と10秒間見詰め合ったら恋に落ちることができるようにしてやった。これで文句はないの」
 呆気に取られる人々を納得したと勘違いした少女は「それでは励めよ」と姿を消す。
 あとに残されたもふらが溜息を吐いた。
「まあ……女神様も冬の間、社にいたので少々退屈しておられるのです。しばらく付き合ってあげてください」
 そうは言われても、と顔を見合わせる人々を安心させるかのように桜丸は微笑んだ…ように見えた。
「大丈夫です。その枷は接吻をしなくとも此処の桜が全て散る頃には取れますからそれまでの辛抱です」
 それではよろしくお願いいたします、と頭を下げてもふらも姿を消す。
 さすが悠久の時を生きる神とその使いである。時間の流れの感覚が人々と違った。

 そして人々の阿鼻叫喚が桜疏水に響く。


■参加者一覧
/ 川那辺 由愛(ia0068) / 六条 雪巳(ia0179) / 佐上 久野都(ia0826) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 野乃原・那美(ia5377) / 皇 那由多(ia9742) / 尾花 紫乃(ia9951) / 尾花 朔(ib1268) / 蒔司(ib3233) / ローゼリア(ib5674) / 玖雀(ib6816) / 月夜見 空尊(ib9671) / 木葉 咲姫(ib9675) / 黒曜 焔(ib9754) / 伊波 楓真(ic0010) / 紅 竜姫(ic0261) / ジャミール・ライル(ic0451) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 庵治 秀影(ic0738) / メイプル(ic0783) / ドミニク・リーネ(ic0901) / 綺月 緋影(ic1073) / 小苺(ic1287) / サライ・バトゥール(ic1447) / ノエミ・フィオレラ(ic1463


■リプレイ本文


 爆弾発言を残し羽衣を翻し桜吹雪と共に消えた女神。
 天河 ふしぎ(ia1037)には女神の周囲だけ色付いて見えた。そう一目惚れであった。
「例え消えたってキミを追い続ける!」
 落ち着きなさい、制する声。きっとこの事態に混乱したと思われたのだろう。
「離して、あの子に、あの子に会うんだ!」
 僕は今あの子を探してさまよう恋の旅人、天河は走り出した。鎖の先は霧の中。

 六条 雪巳(ia0179)は腕から下がる鎖に深い溜息を吐いた。舞の稽古帰り桜を愛でつつのそぞろ歩きの予定が…。
「厄介なことに巻き込まれたものです」
 できるなら早いところ外したいと鎖を引っ張った。

 佐上 久野都(ia0826)が困った女神様だと苦笑を零す。
「恋というのは貴女が思う様な初々しいものばかりでは無いのですよ」
 好きと嫌いと……
「楽しむ相手と…」
 鎖を引かれて振り返る。
「おや…」
「ええと、これは…」
 六条と佐上が互いの姿を認め合った。

「なんと…言う事だ…」
 黒曜 焔(ib9754)はガクリと地に膝を突き空を仰いだ。
「このままでは相棒の待つ家に帰れないではないか!」
 わきわきと手は家で待つ愛しの相棒をエアもふる。このまま枷が外れることなく同居人が増えてしまったとしたら…。
(全焼済みの家計が…!)
 灰に! 呻き声を上げて頭を抱えた。

「桜が散るまでこのままですって!? 冗談じゃないわー!」
 ドミニク・リーネ(ic0901)は杯をガンと置く。桜の季節は稼ぎ時なのだ。今日も竪琴を手に宴席を回り、一曲奏でてはご祝儀を貰ったり、一緒に酒を飲んだり。ほろ酔い気分で楽しんでいたというのに。こんな状況では稼ぐ事も楽しむ事もままならない。
「キス…?」
 フっと笑う。そんなの死活問題を前に恐るるに足らず。ごめんなさいね、ファーストキスなんてとっくに卒業済みなのよ、さあ相手はどなた、と鎖を引っ張れば誰かが転ぶ音。
 絡み合う黒曜とドミニクの視線。
 ドミニクには秘密の扉が開く音が聞こえた。元々惚れっぽい質なのだ。
「あら良く見ると…」
 ドミニクが爪弾く竪琴の甘いメロディーが風に乗って黒曜の耳を擽る。
 女性ならば相手の意思を尊重しなくては…などと黒曜は思っていたのだが、気付けばその手を取っていた。
「貴女の瞳の輝きに私の心は完全に射抜かれてしまった……」
 恐るべき女神の呪い。
 女の子は皆一流の恋のマジシャン、ドミニクは途端熱の篭った瞳で黒曜を見上げた。
「その可憐な桜色に口付けをしても?」
 鼻先が触れ合うほどの距離。黒曜が手の甲に唇を寄せた。
「…もちろん」
 ドミニクが軽く手を引いて寄せる。重なり合う唇。
 枷が桜の花となって霧散する。
「ねぇ、これも何かの縁よ、花を楽しみましょう?」
 ドミニクが向こうに友達が居るの一緒にどう、と誘う。

 そのお友達ジャミール・ライル(ic0451)も仕事に来て巻き込まれたクチだ。
「……って、なんでお前なの?」
 ちゅーすりゃ良いんでしょ、挨拶みたいなもんじゃん、と鎖の先を見てみればいたのは庵治 秀影(ic0738)。
「何だったんだありゃぁ……」
 呆れた様子の庵治は視線に気付いてジャミールへと向く。慌てて目を逸らす両名。恋に落ちるつもりはない。
「まぁ、桜が散るまで酒盛りを続けりゃ問題ねぇってなぁ」
 喉を震わせて笑うと、ほらと顔を背けつつジャミールに杯を握らせて酒を注ぐ。
「うぁ、注ぐ場所ちがっ…っ」
「…っ  あ……」
 うっかり見てしまった。
 トゥンク…。
 庵治は鼓動の高まりを聞く。
「な、なんだこの胸が締め付けられる感じは」
 ぐっと胸の辺りを押さえる。
「いや、分かってる、分かってる…」
 庵治の横でジャミールが手枷を見つめて肩を落とす。
「こんな重いのつけてたら、酒も楽しめねぇよ」
 声に滲む苛立ち。
 庵治に声は届いていない。
「鎖で繋がってりゃぁ、あれだ…」
 手だけがジャミールの方へと向けられる。
「厠なんかでも面倒だよな……」
「だからちゅーして外せば…」
「いっそ一思いに終わらせちまうか」
 庵治が言葉を搾り出す。
「なー庵治っちゃん…」
 一向に動く気配のない庵治にジャミールが腕を上げて鎖を強調する。
「まぁ、酒の席だしな、大丈夫だろうさ」
 それでも動かない。ジャミールの眉間に刻まれる深い皺。
 おもむろに庵治の襟元を掴んで引っ張った。
「ちょ、まだ心の準備が、うおっ…」
 音で表現するならムチュゥウ。最近色々とやられっぱなしだったことに対するジャミールの仕返しだ。
(本職ナメんじゃねぇぞ)
 枷は外れた。だがダメ押しのべろちゅーからの唇甘噛み。
 逆襲のおにーさんは襟を離すと高らかに手をパンと鳴らす。

 酒を一口、庵治の体に漂う倦怠感。ジャミールは横でぐったりしている。
「なァんか…しろって言われてするちゅーって、すっごい疲れるね…」
 桜が舞う。
「桜吹雪ってなぁ、目に沁みるぜ……」
 いい風だ…そんな声が零れた。

 紅 竜姫(ic0261)は無言で鎖を見た。続いて鎖の先の玖雀(ib6816)を見る。
「これは、一体、なんなの…?」
 玖雀は首を左右に振る。
 まあ、いいわ、と鎖を足で押さえつけた。引っ張られよろめく玖雀をよそに力をこめて鎖を引っ張る。だが鎖はびくともしない。ならば、とピンと張った鎖に手刀を打ち込む。やはり傷一つ付かない。
 竜姫が奥歯を噛み締め鎖を睨んだ。戦いは始まったばかり。

 紫ノ宮 蓮(ic0470)は鎖の先を見て目を瞠った。
「困ったわね」
 そこには呆れ顔で笑う紅葉―メイプル(ic0783)がいる。彼女は大事な家族で妹的存在で、飼い猫で…。
「紅葉、キスは大事な奴とね…。俺が貰うなんて勿体無い」
 大切だからこそキスはしない、とメイプルの頭に手を置く。
 反面、彼女の枷が自分と繋がっている事を再確認し紫ノ宮は内心安堵の溜息。
(紅葉が他の奴に繋がってなくて良かった)
 相反する感情が紫ノ宮 の中でぐるっと回った。

(蓮は恩人で飼い主…)
 特別? そんな事ない、とメイプルは内心困惑しつつ何度も自分に言い聞かせる。
 なのに…。
 言葉と共にぽんと頭に乗せられた手。
(異性にみられてない…?)
 当たり前だ、だって自分は蓮の何でもない。
(でもどうして私は……こんなに…)
 三角耳が垂れ下がったメイプルの手を紫ノ宮が取った。
「ちょっと散歩しようか」
 不思議なもので桜の下を一緒に歩くだけでメイプルの心は弾んでくる。左右に揺れる尻尾。
「ね、蓮…とっても踊りたいんだけど…だめ?」
「俺は紅葉のように上手くは踊れないのだが…」
 苦笑する紫ノ宮の両手を取って裾を翻す。紫ノ宮のぎこちないステップに笑い合う二人。
 こんな曖昧な関係も悪くは無い…かな、とメイプルは桜を見上げた。
 その横顔を注がれる紫ノ宮の視線。紫ノ宮は何の前触れも無く頭を抱き寄せる。
「…れ、ん っ」
 生まれた感情を言葉にするより先に紫ノ宮は唇を重ねた。腕の中でメイプルが体を強張らせる。
(ねぇ、どういう意味…?)
 メイプルは瞳を閉じるのも忘れ紫ノ宮の顔を見つめた。
 唇が離れる。
(期待して、いい?)
 心の中で問い掛けた。
(紅葉への特別は…すきの特別?)
 自分は誰かを好きになるだろうか、紫ノ宮は自問する。
(だが…俺は今、この子がとても欲しい、と思った)
 軽く重ねるだけの口付けをもう一度。
(貴方を…すきになっていい、の?)
 メイプルは紫ノ宮の袖を掴み背伸び。目をぎゅっと閉じ口付けを返す。

 泉宮 紫乃(ia9951)は硬直した後、ゼンマイ仕掛けの人形のような動きで尾花朔(ib1268)を振り返った。
「どどど、どうしましょう朔さん!」
 ぱたぱたと忙しく動く手、頬は林檎のように赤くで半泣きである。
「どうもなにも、別に不便を感じないのは、どうでしてでしょうね」
 婚約者の様子に楽しそうに肩を震わせて笑いながら、鎖で繋がった腕を軽く上げる。
「え?!」
 泉宮は再び固まった。
「このままでも不自由しないって……あ、れ?」
 そういえば、と泉宮。ほぼ一日中一緒の日常ならば確かに困る事は……と思いかけ慌てて頭を左右に振った。
「駄目ですよ!」
 何がでしょう、と分かっていて首を傾げる尾花。
「そ、その、お風呂とか、寝ると、き…と……」
 泉宮の顔がますます赤くなるにつれ声は尻すぼみに。
「キスをすれば直ぐに外れるそうですよ」
 ただ唇にですけどね、と己の唇に指を当ててにこやかに微笑む尾花に泉宮はさらに真っ赤に。
 流れる黒髪から覗く耳まで真っ赤だ。
 ちなみに、と笑みを含んだ声のまま尾花は続ける。
「このままでも私はいいですよ」
 これはこれで楽しいし、不便は感じない、と。あくまで自分から動こうとはしない。可愛らしい泉宮の反応を見て楽しんでいる。
 決意を込め泉宮が顔を上げる。握られた拳は少しだけ震えていた。
「あの、あの…目を閉じて、いただけますか?」
 尾花が目を閉じる。
 深呼吸を繰り返す泉宮。せぇの、と目をぎゅっと閉じると唇を寄せた。しかし口付けは彼の頬に。
「紫乃さん…」
 笑みを含んだ声で名を呼び、緊張で震えている手を取った。
「唇は此処ですよ?」
 そしてその指先を自分の唇へ。
「朔さ…ひゃぅ…」
 尾花の舌が泉宮の指を擽った。

 これは独り身には辛いものがありますね…そう零しつつ伊波 楓真(ic0010)は手酌で酒を注ぐ。鎖が繋ぐは右手と左手。
 周囲では空気まで桜色に染めそうな甘い光景。ええ、つまみがないならこれを肴に一杯やればいいんですよ、と酒を煽る。
 だが口から漏れるのは溜息。
「女神様は僕にきっと試練を与えているのでしょう」
 そうに違いない、と頷く。
「ならばこの辛さ耐えてみせましょう!」
 今日は酒の減りが早い。
「……なんてね。僕はまったり酒がのめればいいんですよね」
 酒を飲み干す。
「何時か僕にも春が来るといいですねぇ…」
 手を取り合う二人になんだか大変そうだと、思ってから苦笑を零した。
「まずは意識の改善が必要ですがね…」
 大変そうだ、とか思っているうちはなかなか、と。
「それに本当の愛はキスだけじゃ生まれない……吊橋効果は長く続かないんですよ」
 酒の表面に広がる波紋。
「あれ…」
 頬に触れた。濡れている。
「何だろうこの涙は……」
 桜が滲んだ。

 相手は後腐れの無い男が良いとは佐上の思惑。
「六条さん」
 六条は困惑していた。早く外したいが男性との接吻は…というところである。
 知己の相手、初対面より良かったが。相手を伺うようにちらりと見ては「十秒の呪い」を思い出し慌てて目を逸らす。
 佐上はこれは宴の席の遊戯、どうせならこの状況を楽しんでしまおうという思いがある。
(受身は趣味ではないのですよね……)
 先手必勝とばかりに六条へと寄り、逸らされている顔に掌を宛て目を隠す。瞬きする睫が掌を擽る。六条の困惑が伝わってはくるが、拒絶する素振りは無い。
「一夜の恋に落ちてみますか? 私と」
「冗談ばかり…」
 言いかけた唇をひやりと柔らかいものが塞ぐ。桜の花であった。
「こういう遊びに、それは野暮というものですよ」
 一夜の恋ならば楽しむものだと、喉の奥で笑う。
 ならどうしましょう、と問うのは作法に適っていないと六条も察した。だが……。
(女性が相手ならば…言葉も浮かぶのですが……)
「さ、選んでください」
 私とどうしたいのか。吐息交じりの耳元での囁き。問う声に答える代わりに六条は目を隠す手を外す。
 顎を心持ちあげると強く目を閉じる。
「恥らう貴方が可愛いですよ」
 六条の髪を佐上の手が滑り顎に触れる。

 枷が消えたというのに。
(微妙に……)
 六条は佐上の声が残る耳に手を当てる。
「あちらでお団子でもいかがですか?」
 打って変わった穏やかな佐上の声が聞こえた。

「ここで由愛さんと繋がれるとは思わなかったね〜。知らない人よりマシかな? マシかな?」
 暢気な野乃原・那美(ia5377)に川那辺 由愛(ia0068)は髪をくしゃりと掻き回す。己と野乃原を繋ぐ鎖。これは何かと不便である。
「さっさとキスするわよ」
「キス? …ふむ」
 杯を手にしたまま野乃原はわざとらしく難しい顔をして頷いた。
「ボクのお願い聞いてくれるならね〜」
「お願い?」
「お酒飲み放題…」
 それくらいなら、と頷きかける川那辺。
「これから一ヶ月、由愛さんのお ご り で ね」
 それくらいいいよね、とウィンクを贈る野乃原。
「一ヶ月?! 足元見たわね、此の娘はぁ〜」
 川那辺が握った拳で野乃原の頬を挟みぐりぐりと捻りこむ。
「いた…いたたたっ!」
 手足をばたつかせる野乃原を存分ぐりぐりし終えた後、川那辺は深い溜息を吐いた。
「くっ……一ヶ月だけよ」
 川那辺が折れる。
「ごちそーさまなのだ」
 野乃原はすでに頂く気満々だ。
「そうと決まれば待ってられないわね。那美、やるわよ」
「それじゃあキスするのだ」
 杯の酒を飲み干す。
(ついでにお酒も飲ませてあげるのだ〜)
 ふふん、と得意気な野乃原に川那辺が顔を顰めた。どうにも釈然としないとその表情が語っている。
「まったく、しょーがないわねぇ…だ、け、ど」
 だがそれもニンマリとした笑みに変わった。
 川那辺は片手を腰に、片手を頬にあて、野乃原の顔を固定する。
 薄く唇を開いて深く。長く。周囲の花見客が赤面するくらいの口付けを…と川那辺が思っていると背中に手を回された。野乃原の体温で温くなった酒が口腔に流し込まれる。薄く開いた視界に笑みで細まる野乃原の目が映った。

「ふふふっ…ショタァ」
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)の唇から妖しい笑みと共に漏れるのはまさしく瘴気。ノエミと片足同士鎖で繋がれたのはロップイヤーの美少年サライ(ic1447)しかも年下、素晴らしい。
(これは合法的にショタを襲えるチャンスです)
 荒い鼻息。
「キスしないと外れないんだって! 大丈夫だよお姉さんに任せて!」
 飛び掛りたい衝動を抑えての頼れるお姉さんアピール。
「目を瞑って…すぐに済むからね」
 ハァ、ハァと荒い吐息でにじり寄るノエミ。おまわりさん、此処です。
「熱があるのですか?」
 ノエミの荒い息、上気した頬を心配し首を傾げるサライの可愛らしさ。押し倒して悪戯したいと欲望のままノエミは地を蹴った。
 飛び掛るノエミにサライは咄嗟に身をかわそうとし、互いの足を繋ぐ鎖のせいでもつれ合う。
「いたたっ……」
 ノエミが目を開くと眼前にサライの顔が。気付けばノエミがサライに押し倒される形に。
「あ、あああああのっ…」
 先ほどの勢いはどこへやら。頬を赤らめ、視線を左右に揺らす。逃げ出したくとも顔の両側についたサライの手がそれを許してくれない。
 ただ書物で読んで憧れているだけで本当はキスだって。目を閉じ肩を竦める。
「大丈夫です、僕に任せて下さい」
 耳元で聞こえるサライの柔らかい声。握った手の上に彼の手が置かれる。
 男も女もキスは経験済のサライ。慌てるノエミに男の僕がしっかりしないと、と心に誓い、もう一度「大丈夫」と囁く。
 頷くノエミの頬に手を添え顔を近づける。
 ノエミの唇はとても柔らかい。その心地よい感触に、つい長めに唇を重ねてしまう。
「ん…っ」
 息苦しそうな声が漏れて慌てて顔を離す。
「すみません、やむを得ないとはいえキスを……」
「ほへ…う へへへ…」
 蕩けきったノエミは乙女失格な笑みを浮かべている。
「あの、大丈夫ですか?」
 そんな彼女にサライは真顔で尋ねたのであった。

 綺月 緋影(ic1073)は頭を抱えて座り込んだ。
「どうしてこうなった!」
 おかしい、蒔司(ib3233)と花見酒と洒落込む予定だったのに。
「ふむ…なんや知らんが面倒な事になったもんやのう」
「蒔司! 何でそんなに冷静なんだっ…うぉ」
 立てかけた日傘の陰、悠然と酒を飲んでいる蒔司がキラキラして直視できなかった。
(おい、俺…)
 思わず背を向けて抑える左胸。
(なんでこんなにドキドキしてんだ!)
 高鳴る心臓にしっかりしろと檄を飛ばす。
「緋影も、そう狼狽えるでないわ」
 そんな綺月の気持ちも露知らずのんびりとした様子で蒔司は「一献やれ」と杯を差し出してくる。気付けば弁当まで広げての寛ぎようだ。
「花見くらい普通に楽しんでも構わんじゃろ」
 肩越しに振り返る綺月の恨みがましい視線に返すのはゆるりとした笑み。
「蒔司ぃ…」
「まァ、このまま時間切れになるまで寝食も厠も風呂も共同生活か、潔く接吻して離れるか…の二択になるんやろうなァ」
「接吻は嫌だ」
 間髪入れず綺月が答える。
(いやでも、このまま寝るのも厠も一緒って言うのも…)
 ちらりと蒔司を見る。やはりキラキラしていた。これは非常にマズイと本能が警告を発する。
「お前もちったあ考えろよ!」
 つい綺月が声が荒げた。
「ワシはどっちでも気にせんけど」
 本当に気にしてなさそうな口調である。
「わかった、サイコロで決めようぜ」
 綺月が懐からサイコロを取り出した。
「運を天に任せるんも一興か」
「お互い覚悟決めて行こうぜ」
 偶数が出たら接吻、奇数が出たらそのまま、とサイを振る。出たのは…

 四

 綺月がサイを振ったままの格好で固まった。
 その様子に苦笑を零した蒔司がふと彼の赤い髪に手を触れる。二度、三度、子にするように撫でてやる。そしてその手で頬を捉えた。
 そこで蒔司は片手を伸ばし日傘を傾ける。二人の姿は傘の内側に……。

「隠されたのにゃ」
 小苺(ic1287)が頬を膨らませる。手には魚のキス。花見のお弁当にと沢山持ってきた。
「はっ、あっちからちゅーの気配にゃっ」
 だがくるっと振り返ると今まさにキスをせんとしている男二人目掛けてキスを投げ付ける。キスは見事、二人の唇の間に。
「キスは甘酸っぱい? ぶっぶー、生臭いのにゃ…っと、そっちもにゃっ」
 小苺は男二人組にキスを投げ付け……プレゼントして回っている。
「旬には少し早いけど、なかなか美味いのにゃ」
 と、サムズアップ。
 両足に枷。小苺は魅惑の一人枠を勝ち取りあぶれた結果、荒ぶっている。魚乱舞だ。
 更なる犠牲…いや二人組を探す途中初々しい少年少女を発見。二人とも照れて俯きあっている。
 そっと足を忍ばせて少年の背後へ。
「キスをするにゃ。さすれば道は開かれん。ゆけ勇者よ」
 驚く少年の背をドンと押して再び捜索活動に戻った。
「どこもかしこも春爛漫にゃー」
 にゃふん、と腰に手を当てて満足そうに額の汗を拭う。
 背後で二人が倒れた音が聞こえたが、気にしない。

  ローゼリア(ib5674)は手首の枷に軽く嘆息する。
「ふむ…どうしたものかしら…」
「あらら…困りましたねぇ」
 皇 那由多(ia9742)は言葉ほど困ってはいないようだ。
「でも、ローザさんで良かったです」
 邪気の無い笑みとともに発せられた言葉にローゼリアは目を丸くしたが、続く「知らない人でも困りますし」という言葉に肩を落とした。
(それにしても接吻とは…)
 ローゼリアはちらりと皇を見る。どう考えているのか気になるのだ。
「接吻…ですかぁ」
 皇はのんびりとしている。
(僕は可愛い女の子となら役得ですけど)
 目が合った瞬間ローゼリアに顔を逸らされた。
(…女の子には大事な事ですものね)
 見詰め合わないようにしなくては…と改めて思う。誰かを好きになるとか、そういうことは呪いに頼るべきではないのだ。
(く…私とした事が何をうろたえておりますの…?!)
 軽く背を向けたローゼリアは「意識してますわね」とひとりごちた。
「ねぇ、ローザさん」
 皇が呼びかける。
「仕方ないから春が終わるまで一緒に居ましょうか? おしゃべりしていたらきっとすぐですよ」
 なんとも彼らしい提案にローゼリアは笑いそうになった。
 それでも振り返らないローゼリアに更に言う。
「桜の花弁の、最後の一枚を一緒に見送るなんて風流ですし」
 とうとう耐え切れなくなったローゼリアは肩を震わせ笑いながら振り返った。
「っ…い、いですわね、それ…でも、お風呂等もご一緒するんですの?」
 あ、と口を開く皇の頬をつんと突く。彼と一緒にいると空気が穏やかで柔らかくて落ち着くと自然に笑みも深くなる。
 ひょいと踵を上げて軽く皇の唇に触れた。とたん皇が頬を赤らめ俯く。
「同意の上ですのよ?」
 悪戯っ子の笑みとともにローゼリアが小首を傾げた。

 鎖を噛み砕こうとする竜姫を玖雀が止める。
「じゃあ、どうするの…」
「どうって…」
 玖雀は周囲を見渡した。夕刻、既に解放され花見を楽しむ客の方が増えている。
「ま、待って待って。口付け? こんな大勢の人の中で!?」
 無理無理、恥ずかしすぎて無理、と頬を押さえ俯く竜姫。
 訪れる沈黙。
 玖雀は何か言い掛けては飲み込んで、彷徨う視線は竜姫から右へ左へ。顔色は赤へ青へ目まぐるしい。
 竜姫はそんな玖雀を盗み見た。
(そりゃ無理って言ったけど…)
 それでも期待していた、彼からの口付けを。俯いたまま尖る唇。
「わかったわ…」
 まずい、と玖雀が思ったときには遅かった。
「私と口付けするのがそんなに嫌なら別にこのままでもいいけど」
 ふん、とそっぽを向く。
「っ、だ、誰がそんなことを言ったよ」
 拗ねてるだけ、分かっているのについ売り言葉に買い言葉。
「そんなにしたいのならばお前からすればいいだろうが!」
「なんで私からなのよ! そこは言い出した玖雀からするべきでしょ」
「……っ」
 言い合った挙句玖雀が乱暴に髪を掻き回した。
「後で文句言うんじゃねぇぞ!?」
 桜を背に竜姫の腰を抱き寄せる。繋がった腕の指を絡めた。強張る体を気にもせず、唇を重ねる。
(初めての時と同じ……でも)
 強引な口付け。竜姫がゆっくりと瞼を閉じた。体から力が抜けていく。
(今度は素直に嬉しいと…思える)
 強張り丸まっていた指先がそっと玖雀の手の甲に添う。
 暫くして玖雀が身を離し、口元を覆い互いの距離を広げた。二人を繋いだ鎖はもう無い。
 逸らした顔、下げた視線に映るのは…
 何も掴めなかった、掴もうとしなかった……
(俺の手…)
 ただ空を握る。竜姫の手が重なった。自分より少し温かい手が。
(あの時と同じ…だ)
 瞬きを忘れその手を見つめた。
「どうしたの、よ」
 睨む竜姫の目元は赤く色付いている。
 なんでもない、と頭を振ってそっと握り返した。

「こ、この枷は、何にございましょうか…っ」
 慌てる木葉 咲姫(ib9675)の手を引いて月夜見 空尊(ib9671)は歩き出す。「桜を見にきたのであろう?」と彼は枷を気にした様子は無い。
 日暮れ後、十分桜と屋台を楽しんだ二人は上流へと向かう。上流は人も少なく静かだ。
 川では屋形船の灯が揺れ。月明りの下、桜は淡く輝く。
「…やはり…桜は、ぬしに似合うな」
 月夜見がわずかに目を細めた。
「桜は、月光の下で咲かずとも、輝くことはできます」
 でも…と言葉を飲み込んだ木葉の髪にひらりと舞い落ちる花弁。
 その花弁を月夜見は摘み風に放してやると、木葉の髪を一房すくい上げた。
「……枷が、外れねば…ぬしと、ずっと…」
 ひそめた声に木葉が顔をむけた。髪に唇を寄せる月夜見。
 何事も無かったかのように桜の木に背を預け座った月夜見が木葉を招き膝に乗せる。桜の季節とは言え日が落ちてしまえば川から上がってくる風は冷たい。二人は身を寄せた。
「あ、あの…このような枷などなくとも、…っ」
 言葉途中での額への口付け。
「…いや」
 一度だけゆっくりと月夜見が首を振る。
「ぬしを鎖で繋ぐべきでは…ないな…」
 名残惜しいが…淡々とした口調。だが証を残すように米神に目に鼻に口付けを落としていく。
 そして唇に顔を寄せたところで軽く胸を押された。
 月夜見は何も言わず僅かに眉を寄せる。
 木葉の目元は真っ赤で、瞳は潤んでいた。だが月夜見を見つめる瞳には意志が宿る。
「…。空尊さん。私は許される限り、貴方のお傍に」
 目を瞑ると木葉から月夜見に口付けた。淡い光とともに枷が溶けていく。
 月夜見が僅かに目を瞠り動きを止めた。
 緊張で震える木葉が離れる前に月夜見は引き寄せ腕の中に閉じ込めてしまう。そして唇の重ねた。吐息すらも奪ってしまうほどに深く。
 目の眩むような幸せに木葉は身を委ねる。

 気付けば天河の周囲には誰も居なかった。
 その時鎖が鳴る。鎖の先、桜の下に女神をみつけた。
「君のハートと唇を射止めに来たんだぞ」
「妾は人とは…」
 桜が女神の姿を隠そうとする。
「神様だからって恋が出来ないなんて誰が決めた」
 行く手を阻む桜を掻き分け天河が叫ぶ。
「僕は運命にだって逆らってやるんだぞ!」
 交わる視線。
「男の子と違う男の娘って好きと好きだけでできているんだぞ」
 女神、いや少女の頬が桜色に染まる。
 桜吹雪の中、二人の口付け。花となり消える鎖。
「逃がさぬぞ、盗人め」
 女神が天河の腕を握った。
「貴方はとんでもないものを盗んだのですよ」
 驚く天河に桜丸がもふぁと欠伸を一つ。
「女神様の心です」
 天河の顔が引き攣った。

 果たして花盗人は罪はあるのか……。