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■オープニング本文 ● 「ご隠居〜、俺ら便利屋じゃあないんですよ」 なんてぼやく六郎達九十九屋一行が案内されたのは、閑静な住宅街にある屋敷。彼らを案内したとある大店のご隠居の隠れ家である。 通りからは見えぬように周囲は木々で囲まれ、大きな池がある庭では四季折々の花が楽しめる。今の季節は紅白の梅がだ。建物は数奇屋造りの平屋。柱一つとっても贅を凝らしたものだというのが分かる。 ご隠居があらゆる意味で現役だった頃、妾を住まわせていた屋敷である。妾が地元に帰ってからは使用することもなくここ数年放置していたということだ。 一応庭だけはご近所の目があるので手入れをしていたということであるが、屋敷は全く手を入れてなかったらしい。だがこの度、新しい愛人を作ったご隠居がその愛人と一緒に暮らすために再び此処を使用することとなった。そこで六郎達に、屋敷の掃除をしてはくれないかという話がきたのである。 「何か…裏があるでしょ?」 屋敷の掃除だけならば店の若い衆にでも任せればいいじゃないか、と六郎のジト目にご隠居がこほんと一つ咳払いをした。 「いやいや九十九屋さん、番頭さんがいつも経営が火の車とか嘆いているからちょっとした手助けになればと思ったんだよ。礼金も弾むし」 その礼金が妙に良いのが気になるんですよ、とさらに追求すれば、既に店の若い衆には一度頼んだのだがアヤカシが出現してとても自分達の手には負えないと涙ながらに訴えられた、と暴露した。 「アヤカシ?! そりゃあもう開拓者ギルドに頼んで下さいな」 「私も開拓者さんに頼もうと思ったんだがね…。丁度九十九屋さんが納品に来たというから…」 「うちには一介の商人ですよ、商人」 六郎が天を仰ぐ。 「まあ、アヤカシと言ってもね小さな虫みたいなもんなんだよ。現に周辺に被害はないし、私も奉公人も皆怪我一つせずに帰ってきてる」 ご隠居も一度志体持ちの奉公人に頼んで一緒に此処まで確認に来たらしい。 「…ね、礼金を弾むからやってくれないかい?」 愛人と住む家の掃除を開拓者さんに頼むのは気が引けるじゃないか、とご隠居。 「六郎様…」 後ろでずっと話を聞いていた番頭の鈴代が間に入った。 「まあ、いいじゃないですか。ご隠居には色々とお世話になっておりますし、これからもきっと色々とお世話になるでしょうし」 ねぇ、と微笑む鈴代にご隠居が顔を引き攣らせながら頷く。 「…じゃあ、俺達の手に負えそうもなければギルドに依頼するってことで……」 いやな予感するんだよなぁ、と頭を掻きつつ六郎は頷いた。 ご隠居が屋敷の扉を開ける。雨戸が全部閉まっているせいで室内は暗く湿っている。 いきなり開かれた戸に、玄関に溜まっていた何かが一気に散っていったように見えた。 カサカサカサ……乾いた足音が聞こえる。 「え…?!」 鈴代が声を引き攣らせた。 「…これは黴くさ……んっ?」 玄関に一歩踏み込んだ六郎目掛けて何かが飛んできて顔に張り付く。 「うぁっ…」 六郎の顔で蠢くそれは…油を塗ったかのようにぬめりと黒光りした体に、頭に長い二本の触角を持ち主に台所や箪笥の裏などで見かける……。 「あぁ…なんだ、ゴキカ……ぐっ」 べりっと引き剥がし、それを確認した六郎がその名前を全部言う前に鈴代が煙管で彼の頭を強か打ちつけた。 「ちょ…お前、俺の頭が凹むわ」 「その名前を口に出さないで下さいおぞましい…というか近寄らないで下さい」 シッシと煙管で六郎を追いやった。 「…これがそのアヤカシで?」 なんとなく理不尽な扱いを受けていると思いながらその手にした虫をご隠居に向かって差し出す。ご隠居がこくりと頷く。 「いやこれ単に……ゴキ…いやアブラ……」 「駄目ですっ」 今度は九十九屋奉公人の小鞠に横からドンと押される。押された拍子に手にした虫を落とし踏んづけた。グシャ…いやな感触が草履越しに伝わってくる。……が無残な死骸は残らず、瘴気となってそれは消えてしまう。 「…なるほど……」 確かにアヤカシだ。だが人が踏んだくらいで消えてしまうのだから、奉公人を連れて人海戦術でどうにかなるのではないか、と思うのだが…。 「あの見た目なのでね、奉公人達も嫌がって…」 ご隠居自身も袖で口元を抑えて視線を逸らしている。 「…というわけでお願いするよ」 ● 鈴代が「そんなおぞましいものの巣窟に入る気はありません」と帰ってしまったので六郎と小鞠で屋敷の掃除中である。 「まずはアヤカシを片付けないことには窓を開けることもできません」 しっかり者の小鞠に従い、六郎も叩きや雑巾やらで埃を払いつつアヤカシを黙々と退治していく。 一匹、一匹を倒すのは問題ない、簡単に瘴気に戻る。ただ数が多い。さすが一匹みかけたら三十匹はいると思えといわれるアレにそっくりなだけはある。 いやそっくりなところはそれだけではない。潰す際に残る嫌な感触もそっくりであった。六郎はさして気にはしていないのだが小鞠の顔色はどんどん悪くなっていくのが分かる。 「ひぃぁ…っ」 「小鞠、無理なら…クナイ投げてもいいからな…」 「いいえ、家具や柱を傷つけるわけにはいきませんから」 一応畳、襖、障子は取り替えるのでどんなにぼろぼろにしても良いという了承は得ていた。ただ柱は替えることができないので傷つけないで欲しい、そして家具もできれば傷つけないで欲しいとのことである。 「それにしてもキリがありませんね…」 「こうしてる間に新しく産まれていたりしてねぇ……」 二人で力を合わせて大きな箪笥を動かそうとしていた時である、バサリ…なにかとてつもなく大きなものが羽ばたく音がした。 突如箪笥の陰から人の顔ほどの大きさはあろうかというアレが飛び出してきた。 「きゃああああ…」 小鞠が悲鳴を上げて座り込む。箪笥がドシンと音を立てて落ちる。ブチブチと数匹犠牲になったアレがいるようだ。 「どうやって隠れてた?!」 壁に張り付いたアレの体が仄かに輝くと、ふわりふわりと新たに三匹ほど小さなアレが分裂してきた。 「…?!」 よもや、と六郎が一匹踏み潰せば、その瘴気が壁のアレに戻り、そして新たに一匹分裂する。 「永久機関?!」 倒しても倒しても減らないはずである。 「あのデカイのを倒せばきっと終わる…」 だが殺気を感じ取ったのかアレは再び羽ばたき、そして事もあろうか、小鞠の顔にべたりと張り付いたのだ。 声も無く気絶する小鞠。 「申し訳ございません…」 屋敷の庭では只管頭を下げる小鞠の姿があった。 「まあ、気にすんな。確かに女の子にはアレはキッツイしねぇ」 「もう大丈夫です…。行きましょう」 小鞠の顔色は真っ青で握られた拳も震えている。 「小鞠、ちょっとお願いがあるんだけど…」 ご隠居から礼金はたんまりふんだくることにして、六郎は開拓者に助けを求めることにした。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
伊波 楓真(ic0010)
21歳・男・砂
カルマ=J=ノア(ic1376)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 「よっしゃー! 俺の力見せ付けてやるぜ!」 庭にカルマ=J=ノア(ic1376)の威勢の良い声が響く。 「俺と玖雀さんで屋敷周辺見てくるから、室内は頼むわ」 ジルベール(ia9952)と玖雀(ib6816)が連れ立って屋敷へと向かう。 「この特徴って、どうみてもゴキちゃんだけど…」 「はい、ゴキブリですよね」 躊躇い無くその名を口にしたのは戸隠 菫(ib9794)とKyrie(ib5916)だ。 「ゴマダラカミキリとかだったら良かったんですがねぇ…」 伊波 楓真(ic0010)が顎を撫でしみじみと頭を振る横で、Kyrieに頼まれ家具の配置を説明していた小鞠が青褪めた。 「ん、禁句? なんで?」 六郎が唇に人差し指を当てその名を口にするなと訴えるが戸隠はただ不思議そうに首を捻るばかり。 「その…ゴなんとかは、そんなに恐ろしいモノなのですか?」 柚乃(ia0638)はカクンと小首を傾げた。柚乃は由緒ある良家の子女だ。故郷にいた頃は当然のこと、開拓者となった今も暮らしている呉服屋でアレを見かけたことがない。 「家の中に出現するアレと言うともう…。黒光りするアレは外見もそうですが能力も怖いですからね。飛行するなんて卑怯ですよ」 伊波が身を震わせる。 「確かに苦手な方には辛いでしょうね」 何処にでもいるので舞台の小道具などに使用したら便利でしょうね、とさらりと言ってのけるKyrie。 「妻に止められますから実際には使いませんよ」 凝視する小鞠にご安心を、と微笑を浮かべる。 「それにしてもこのような住宅地にアヤカシが大量発生…。何故?」 再び小首を傾げる柚乃。 「大人の事情?」 六郎が曖昧に答える。柚乃は既に成人だ。だが穢れを知らなさそうな澄んだ瞳に愛人と正妻との愛憎劇を語るのは躊躇われるというものだ。 「雨戸の外に巨大な籠を作ってみたらどうかなっ」 戸隠が地面に図を描く。網を張った支柱を窓枠と隙間がないように固定すれば、窓を開け明るい中で駆除作業ができるのでは、ということだ。 「それ採用したいけど、ちょっと時間掛かりすぎちゃうかな」 設置している間に日が暮れてしまう、と六郎。 所要時間の問題ならばこれはどうだろうか、とカルマが荷物からディスターシャと呼ばれるアル=カマルの長衣を取り出した。 真っ白のそれは広げると光を通すほどに薄い。確かにこれを張るだけならば手早く出来そうだ。 「あ、でも柱には傷付けちゃいけないんだよな」 だがそこで若者は挫けない。廃材に括りつけて…と検討始める。 「これを物干し竿に括りつけて俺と小鞠で外から窓に貼り付けるってのは?」 というわけでディスターシャは六郎が預かった。呼んでくれれば駆け付けるとのことだ。 「ところでこの臭いなんでしょう?」 漂う異臭に柚乃が袖で鼻を覆う。 Kyrieが足元の籠を取り上げる。アレが好むという腐った玉葱を用意してきた、と。 「アヤカシ相手に通じるかは不明ですが、ものは試しでしょう?」 顔色一つ変えずにその籠を首から提げるKyrieであった。 「勝手口と玄関から挟み撃ちにするのがええんちゃう? 取り逃がしも防げるやろし」 戻ってきたジルベールの提案で、二手に分かれアレを駆除しつつ親玉を探す事となった。 「お掃除張り切っていきましょうっ」 柚乃がぐっと拳を握る。 「大丈夫、アヤカシ退治は慣れとるしちょっとやそっとじゃ驚かへんて!」 ジルベールが心配そうな小鞠の肩をポンと叩く。まかしとき、浮かべた笑みは頼りになりそうだ。 ● 玄関から攻めるのはジルベール、Kyrie、戸隠、カルマ。 「虫だろうがアヤカシだろうが俺の敵じゃないぜ!」 「元気がええなぁ」 握った拳を掲げるカルマに声を掛けたジルベールが戸を開く。彼らを出迎えたのは埃と黴臭い湿った空気。 「うわっ、汚い」 カルマは手早くカフィーヤを口元に巻きつける。なにやら鼻がむずむずと痒い。カルマも柚乃と同じく良家出身であり、このような場所に免疫が無かった。 ジルベールがランタンを掲げる。 「思いのほか……っ」 何かが光を横切った。すわアヤカシか、と逃げ込んだ下駄箱の隙間を照らす。すると黒い影が一斉に四方へと。 「う、う、わあああああ?!」 カサカサ…床を這う音。頭部から生える二本の触覚、黒くて平べったい……。 「ちょ、待っ…敵ってこいつかあああ」 ジルベールの脳裏に鮮やかに蘇る記念すべき初依頼、そこで出会ったアレだ。 一匹がジルベールに向かってくる。 「いっ……」 ジルベールの靴によじ登る寸前でハタキに払われた。 「知ってる?」 戸隠がハタキをくるりと回す。この依頼のために愛用の槍に代わり用意した武器。敵に合わせた得物というのがあるのだ。 「奴さんって怖がっているほど沢山湧いてくるんだよ。だから禁句とかにしてたら尚更だけど…ねっ!」 なんやて?!という表情を浮かべるジルベールにウィンクを返し戸隠は更に一匹叩き潰す。 (あんな虫、ジルベリアでみたことないぞ) カルマは初遭遇のアレに戸惑っていた。想像より凶悪ではない、だが想像よりゾワっとする…あれは一体なんだ。 (ともかくかなり苦手な人がいるのか) 俺が守ってやるぜとカルマは誓った。 「あれから四年…」 その四年間、それなりに経験と研鑽を積んできた…とジルベールはぐわっと視線を上げる。 (あの時の俺とは違うで!!) 視界に飛び込む顔面目掛けて飛んでくるアレ。 「…って、うわー! こっちきたーーー!!!」 四年前と同じ台詞。四年の重みもアレの前では羽毛の如し。 「俺にまかせ……」 ジルベールを庇うようにカルマが立ち塞がる。唸りを上げて拳がアレに迫る。 しかし拳は宙を切った。十分な明りが無い場所で飛ぶ小さな的に当てるのは難しい。 バッシィ…横からハリセンが振りぬかれアレを掻き消す。 「客間には固体の判別ができないほどに沢山いますよ」 腐った玉葱を客間に転がしてきたKyrieが告げた。 ● 勝手口からは向かうのは柚乃、玖雀、伊波。 「どなたが始めの一歩を踏み出すのでしょう…」 柚乃の声には緊張と過分な好奇心が混ざっていた。 「俺が行こう」 鼻と口元を布で覆い手には忍箒という完全武装の玖雀が勝手口から入って行く。彼は此処に来てから無口であった。かつて柚乃が依頼で一緒になった時はもっと気さくだったはずだ。 続く柚乃がランタンで周囲を照らす。埃に埋もれた厨房。竈や梁に揺れる蜘蛛の巣。 小刻みに震える玖雀の拳。柚乃と伊波は見た。玖雀の体から青白い陽炎が立ち上がるのを。 (なん、で、こんなになるまで、掃除しねぇんだよ!!) 静かに湧き上がってくる怒りに玖雀は身を震わせる。怒りのあまりピクピクと痙攣する米神。 嫌な予感はした。放置された家が放つ荒んだ空気。この屋敷からはそれが強く感じられた。そうアヤカシの放つ瘴気よりも。 「あの…大丈夫ですか?」 「んあ? 悪ぃ、なんか言ったか?」 返すのは良い笑顔。ただし眼の据わった。 伊波が「なんでもありません」と首を振る。 (虫駆除だけで帰れるか!) 徹底的に掃除してやる、と玖雀の目が仕事人のそれに変わる。 広い厨房を玖雀と柚乃に任せ伊波は風呂場へやってきた。 戸に手をかけ暫し躊躇う。 「開けるのが怖いんですが、いきなりわさーって出ませんか?」 駄々漏れる心の内。 「顔に張り付いたら僕、心臓口から吐き出しそうな気がするんですよ」 恐る恐る戸口を開く……。 「…え?! うぁあ…」 いきなり背後から押され風呂場に転げ入った。 黒い影が一斉に壁を這い上がる。 「柚乃は陰ながらその勇気を応援しますっ」 何故か柚乃がそこに立っていた。 「しし…心臓が止まるかと……」 座り込んだまま心臓を押さえる。床に着いた手を触覚が撫でた。 「ひぎぃぃ! 気持ち悪い!」 近くにあった桶で叩き潰す…その桶の中にも。 「ひぃっ……!」 悲鳴を上げつつも桶でアレを潰していく。 (ああ、母様のような強靭な心が欲しい…) 血の気の引いてく頭に浮かぶ母の姿。嫌な事に潰す感触に慣れてくる自分がいた。 「だぁあ〜、漆喰が黴てるじゃねぇか」 玖雀が専ら気になるのは屋敷の汚れ。さっさと片付けて掃除をしたい。六郎は親玉を倒さない限り永久機関だと言ったが、数を減らさない事には柚乃達の結界でも親玉の居場所を絞れない。投げた橙色の針は数匹まとめて貫いた。 「楓真の様子はどうだった?」 悲鳴が聞こえるんだが、と耳を指差した。研ぎ澄ました聴覚が様々な音を拾ってくるのだ。 「大丈夫です」 笑顔で答える柚乃が放つ無形の矢がアレを霧散させた。 「しかし残念です。今回が場所が場所ですし…」 思う存分戦える場所ならば焼き尽くすなり、切り刻むなり、塵にするなり手段はあった。アヤカシ即滅と、柚乃は生真面目に過激な事を口にする。 「柱を傷つけるわけにはいかないですものねっ」 ぶんと唸った杖が飛ぶアレを払った。 その時だ、ジルベールの「アカン、それはやったらアカン!!」という悲鳴が轟いたのは。 「なんです、今の?!」 虫除けの効能があるハーブの小皿を手にした伊波が厠から飛び出してきた。 ● 玉葱に群がったアレにジルベールは我を忘れた。 そして徐に背嚢から毛布を取り出すとアレの群れに向けて広げ、目を瞑り突進する。しかと足の裏に残る奴らが潰れる感触。 「この黒い悪魔めええ! こうしたる! こうしたるーーー!!」 叫びながら毛布の上で激しく足踏み。ヤケクソ、そんな言葉が似合う。 (ああ、どうしてや…) 薄れていく意識で考える。あの時も今も、どうしてアヤカシは完璧に擬態してくるのか、と! くしゃり…一際生々しい音と共に伝わった繊維質が砕ける感触。 「向こう岸にな…きれーな花畑があるで……」 渡ってはいけない川が見える。 「しっかりし……ぁっくしょぃ!」 ジルベールを支えたカルマが盛大なクシャミを一発。 目も喉も痒くなってきた。ぐい、と目を擦る。 「なあ…襖は壊してええって言うとったよな?」 漸くある程度の判断力を取り戻したジルベールが襖を一枚指差した。 「は……ぃっしょン!」 答えの代わりにもう一発。クシャミはなかなか治まらない。ズズっと鼻を鳴らした。 「次、茶室行くねっ」 戸隠がハタキを構え突撃。茶室の飾り棚の裏に、Kyrie曰く大きな気配があるらしい。 「親玉かも?」 「大きな群れかもしれませんが…」 カルマとジルベールが棚の移動、Kyrieと戸隠はアレに対応するために待機だ。 ガタリと棚が持ち上がる。一斉に黒い影が飛び出してきた。 親玉ではない、大群だ。Kyrieのハリセンが唸り、戸隠のハタキが宙を舞う。それでも間に合わない。 「逃がさないよ」 戸隠の鎧が輝き、生まれた炎の幻影がアレを包み共に消えた。 「……は!? 今こそ襖の力を見せる時や」 白目をむきかけたジルベールが襖を手に取り群れの上に落す。 「Kyrieさん一匹そっちに行った……で?」 襖から逃れ飛び立ったアレがKyrieの顔に張り付いた。だが慌てず騒がずKyrieは口を開け……バリムシャア……。 「アカン、それはやったらアカン!!」 響き渡るジルベールの悲鳴。それはモザイクを必要とする光景だった。 「アヤカシですから体液も残りませんし…」 何の問題もないですね、とKyrieは優雅に口元を拭う。 ● 残った寝室。押入れから天井裏、果ては畳の下までアレが這いずり回る音が聞こえてくる。 「さぁ、どう掃除してやろうか」 玖雀が箒を握りなおす。 「なんだか凄い数いません…?」 寝室に設置された弁当と玉葱の罠。それに群がる瘴気の大きさに柚乃が眉を潜めた。 玄関組の合図と共に一気に寝室に雪崩れこむ。 先手を取ったのはカルマだ。 罠に夢中なアレは反応が遅れ、彼の一撃で多くが飛び散る。そしてとうとう親玉が姿を見せた。 「でかっ!!じょ、冗談やろ?!」 ジルベールの悲痛な声。 親玉は話に聞いていたよりも大きい、人の顔以上はある。 「一気呵成に仕留めてやるぜ」 カルマが放った左右の拳を親玉は潜り抜ける。 「まずは足を落としましょう。動けなくすればこちらのものです」 逃がさないように襖をしめた伊波がカルマの影から飛び出した。しかし彼の攻撃も当たらない。やはりランタンと夜光虫だけでは心許ない。 「これならどうです」 柚乃の聖なる矢を受け、動きが鈍ったところにKyrieの召喚した髑髏の式が襲う。 「今度こそ…」 伊波が駆け寄り、剣で足を掬いひっくり返した。そして二撃目…。 夜光虫がアレを照らし出す。蠢く六本の足と腹部。 「あばば…気持ち悪い…」 背中を走り抜ける寒気。その隙をついて逃げられた。親玉が羽ばたく。 「あかん! ごめん! お願いやから飛ばんといて!!」 ジルベールが続けざまに矢を放つ。矢は親玉の体に突き刺さる。だが止まる気配は無い。 「わああああ?!!」 火事場の馬鹿力で更にもう一矢。皆中…だというのに元気だ。 「こうなったら…」 頼む、とカルマは雨戸を叩く。暫くすると外から「準備完了」と返事があった。 「これでどうだっ!」 雨戸を勢い良く開ける。白紗を通して差し込む光。畳の上にアレの影が黒々と浮き上がった。その影にするりと黒い蔦が這い寄った。 「悪ぃな、待たせた。」 口元に不敵な笑みを浮かべる玖雀。影を縛る機会を窺っていたのだ。 「光がねぇと、影が出来ないもんでね?」 後は一気に仕留めるだけである。 ● そして平穏が訪れた。だが戦士に休息は無い。大掃除の開始だ。 「きったねぇにも程があるだろ!!」 玖雀は最後の一人となっても屋敷の掃除はやりぬくつもりである。幸い皆も掃除には乗り気だったので思いのほか早く終わりそうではあるが。 「隅々まで綺麗になったら、気持ち良いよね」 その言葉通り戸隠は家具をどかし、引き出しも一つ一つ取り出しては雑巾で拭う。 「もう、二度と、見たくないですから…」 げっそりした様子で伊波はハタキを振るう。今日だけでどれほど正気度が削れたことであろうか。 「そういえば…」 振り返った先に庭の隅で落ち葉や紙屑と共に毛布を焼くジルベールの姿があった。アレの名残は無い、だが…と毛布を手にした背中が忘れられない。 「次は畳だ。小鞠、頼んだ茶殻の準備はいいか」 玖雀に呼ばれ茶殻を丼に積んだ小鞠が現れた。 「撒いたら一気に掃いて、それから乾拭きな」 濡れた雑巾は畳の表面が毛羽立つからな、と熟練主婦のようである。 「どこへ行くんだ」 廊下を雑巾掛けしていたカルマが屋敷から出て行く六郎に気付いて声をかける。 「柚乃ちゃんに頼まれた風呂を用意しておこうと思って」 また後で、と去って行く六郎。逃げられたと気付いたのは少し経ってからだった。 動かした棚の裏から飛び出すアレ。 やれやれ、といった様子で伊波がハタキで打ちつけた。グシャリ、今日一日で大分馴染みとなった感触だ。 ハタキの下、潰れた死骸が覗く。 後にヴォトカを一気飲みする伊波の姿があったといふ。 |