【VD】風花の舞う夜に
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/13 23:18



■オープニング本文

●梅の里―もしくは『表』の話。
 その村は理穴の山沿いにあった。
 小さな村だが寒咲の梅で少しばかり名の知れたところで、立春の頃ともなると一足早い梅を見ようとやってきた旅行客で賑わう。

 その夜は満月だった。
 皓々と月明かりが周囲を照らし、夜だというのに黒々とした影が足元にできるほどに明るい。
 溶けかけの雪が光を受けて仄白く輝き、しっとりとした夜気には昼間より一層強い梅の香りが宿る。
 村外れの梅園の梅はまだ五分咲きほど。梅の合間を縫う小路の両脇に並ぶ雪で作られた雪洞の中で橙の灯が揺れ、客を奥へと導く。
 所々に設置された東屋には夜の梅を楽しむ者達の影。

 山から吹き降ろす風はまだまだ冷たい。
 さくり、さくり、歩くたびに雪が足の音で崩れる音が響く。

 梅の花を揺らし一際強い風が吹く。夜空に月光を浴び煌々と輝く何かが舞った。
 雪…いや空には雲一つない。花弁であろうか。いや、掌に乗ったそれは熱で直ぐに溶けてしまう。
 風花であった。近くの山に積もった雪が風で村まで運ばれてきたのだ。
 尤も雲の上で舞う花弁が地上では雪になる……そんな喩えもあるのだから雪でもあり花弁でもある、という答えで正解かもしれない。

 寝静まった村に音もなく舞う風花。空では満月が冴え冴えと輝き、大気は梅の香りを孕む。

 そんな静かな夜の話……。

●風花の正体―もしくは『裏』の話
 村を見下ろす山の頂付近に複数の影が浮かんでいる。
 それは麓から見ると月明かりを背に飛ぶ巨大な鳥を思わせた。駿龍など翼を持つ相棒に騎乗した開拓者達の姿だ。
 上空は麓よりも寒いのか鼻の頭が赤い者、防寒具で元の姿が分からない者もいる。
「よし、皆、息を合わせてせーのでいくぞ!」
 一人が叫び、皆が頷く。
「…せーーーのっ!」
 掛け声に合わせて開拓者達は相棒を一斉に羽ばたかせる。ゴウッという音とともに辺りに巻き起こる強風。
 強風は峰に積もった粉雪を巻き上げた。そして粉雪はそのまま気流に乗り麓の村へと流れていく。
 そう風花の正体はこれであった。毎年、梅の季節になると旅行客を楽しませるために村側が風花の仕込みを行っていたのだ。当初は村人が箕などを使ってせっせと雪をかき上げていたのだが、それでは中々いい具合に風花は降ってはくれず開拓者に依頼するようになったのである。
 ただし客の中には開拓者も居るのでこの依頼はギルドでも秘密裏に募集されている。夢は壊さない方が良いのだ。
「今日は満月、これほどに雰囲気の良い夜は滅多にないぞーー。皆、頑張るんだーー」
 おおぅ、と声があがる。だがどちらかというと頑張るのは相棒だ。
 開拓者と相棒達は力を合わせ風花を作り出す。
 そのうち雪の吹き上がり具合が良くないと誰かが山に降り、鋤で雪を掘り始めた。固まりかけているのを崩そうとしたのだ。
「おおぃ、ちょっと回り込みすぎだーー。それだと村から見ると月に重なるぞー」
 ふらりと頂の横に回った開拓者を別の者が注意する。雰囲気を守る為に自分達は黒子に徹する、それがここの暗黙の了解であった。

 優雅に見える白鳥も水面下で必死に水をかいでいる……そういうことである。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / ニノン(ia9578) / 皇 那由多(ia9742) / ユリア・ソル(ia9996) / 玄間 北斗(ib0342) / ニクス・ソル(ib0444) / レティシア(ib4475) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / スレダ(ib6629) / サフィリーン(ib6756) / 玖雀(ib6816) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 朧車 輪(ib7875) / 月雲 左京(ib8108) / ラビ(ib9134) / ジョハル(ib9784) / 紅 竜姫(ic0261) / ジャミール・ライル(ic0451) / 閻羅(ic0935) / 衛 杏琳(ic1174


■リプレイ本文


 山頂一歩手前の見晴台に裏方役の開拓者達が集った。
 炭が燃える柔らかい音が、身を切るような風に混ざる。玄間 北斗(ib0342)が持ち込んだ七輪で懐炉にするための石を温めていた。
 レティシア(ib4475)は崖ぎりぎりのところに立ち手を額に当て、村へと目を凝らす。
(「…わかっていましたが……」)
 ふぅ、と溜息。
(「裏方だとカップルをウォッチングし、いちゃらぶを後世に語り継げないじゃないですか」)
 心の中で血の涙。だが表面上はあくまで憂いの表情。
(「でも…天は私を見捨てなかった…!」)
 振り仰いだ空を舞う駿龍の雄姿。背には皇 那由多(ia9742)と彼の友人だというローゼリア(ib5674)が。
「友人、ですか…」
 レティシアがニンマリと微笑んだ。

「あの、ご迷惑じゃなかったですか?」
 恐る恐る尋ねる皇。
「いやはや…空からデートのお誘いを頂けるとは思ってもみませんでしたの」
 吹き付ける風にローゼリアは髪を押さえた。そして駿龍の首を撫でてやる。
「それにしても変わった名前つけますのね」
 雄で乙女なんて、と笑い声が風に攫われた。皇の相棒の駿龍は名前を乙女と言う。だがれっきとした雄だ。しかも女性が大好きな。今回はやる気向上のためか理由は不明だが、勝手にローゼリアを自分の背に乗せ頑として一緒に行くという姿勢を崩さなかった。そのため彼女に同行願ったのだ。

「暖かそうな襟巻きなのだー」
「はい、とても暖かいのです」
 柚乃(ia0638)は笑顔で玄間から布に包まれた温石を受け取った。柚乃は青のような紫のような不思議な色合いのふわふわとした襟巻きに手を当てる。襟巻きの正体はお目付け役の宝狐禅伊邪那。
「空の上は寒いものね。柚乃に風邪をひかせるわけにはいかないわよ」
 そう言って襟巻きに擬態中である。一人に見えて一人ではない。それに、と傍らの轟龍ヒムカを見上げた。
 家族同然の彼らが傍にいてくれる。寂しくなどなかった。
「いつもありがとうね」
 伊邪那とヒムカそして留守番の子達にも感謝の言葉を向けた。

「頑張ってね、鈴麗。帰ったら体拭いて乾いて清潔な寝床で林檎の甘煮作ってあげるから」
 空龍鈴麗の首に礼野 真夢紀(ia1144)は襟巻き代わりの毛布をぐるっと巻いてやる。彼女自身も繭玉のように着膨れて、しかも懐には温石代わりに熱い甘酒が入った竹筒という万全の態勢。故郷が比較的温暖なので寒さに耐性がないのだ。
 礼野は今回の報酬は全て鈴麗のために使うことに決めていた。
「確かに知っちゃうと台無しよねー」
 眼下に見える村の灯。あそこの人々は風花が人力で起されているとは知る由もないだろう。村興しも大変だわ…と零す呼気も真っ白。
「まゆちゃんも手伝いに来ていたのだぁ〜?」
「はい、鈴麗と一緒に」
「綺麗な風花を楽しめるように、一緒に頑張ろうなのだぁ〜」
 玄間から温石を受け取った。

「では行こうか」
 ウルシュテッド(ib5445)の声に開拓者達は一斉に跳び立つ。
「皆さん、月に姿を照らし出されないように気をつけてください」
 菊池 志郎(ia5584)が嵐龍隠逸を月と反対側へ巡らす。
「先生、寒くないですか?」
 体を傾け隠逸の顔を覗きこむ菊池は顔半分襟巻きで隠れている。

 役に立てるか、と緊張で高鳴る胸を落ち着けるため柚乃は深呼吸。
 大気がうねり、彼女の周囲に生まれる真空の刃。その刃が抉るように雪を削いでいく。

 雪が夜空に舞った。


 月光を受けて風花が煌く。

(「お仕事お疲れ様」)
 サフィリーン(ib6756)は山を仰いだ。
「どうされました?」
 尋ねる藤娘に振り返り浮かべた笑顔は、少しぎこちない。
「ごめんね、ありがとう」
 突然の謝罪に藤娘は首を傾げる。
「一人じゃちょっと寂しくて」
 視線を足元に。
「裏方のお手伝いしようかと思ったんだけど、出来なかったんだ」
 何となく元気がでなくて、と胸に手を当てて肩を落とす。
 梅を見に行きましょう、藤娘が木戸を押した。

 遊歩道を行くニノン・サジュマン(ia9578)は、凛とした佇まいの梅に溜息を零す。
 観光客として梅園で景観確認して欲しい―そんな仕事の協力を依頼してきた男の顔を思い浮かべ怪訝そうに首を傾げる。
「よく分からぬ男じゃ」
 襟巻きに落ちた風花。指で触れるとすっと溶ける。
「それにしても見事じゃ。いつまで見ても飽きぬ」
 待ち合わせの東屋はさらに奥のようだ。

「…えっと、なんて花だっけ?」
 ジャミール・ライル(ic0451)が梅に手を伸ばす。
「…梅、早春の花だ。梅の香りは厳寒から生まれるものだとも言うが…」
 衛 杏琳(ic1174)はひんやりとした大気に混ざる梅の香りを吸い込んだ。
「雪みたいだねぇ」
 頷こうとした衛が空を見上げた。風花だ。
「雪は。私も珍しい」
 空に向かって手を伸ばす姿をジャミールが見つめる。
(「衛ちゃんっていつも沢山の誰かといる印象…」)
 今日は息抜きになればいいな、と思う。
「どうかしたのか? じゃみ…じゃみーる…」
「ジャミール」
「ジャミール殿」
 ジャミールを真似律儀に言い直す衛。
「んー、お忍び旅行みたいだねーって」
 ジャミールが声を潜めて笑う。
「お忍び…。内緒だから、そうか」
 衛も肩を揺らし微笑んだ。

 目の前に広がる光景に朧車 輪(ib7875)が声を上げる。
「わぁ…、すごいね、綺麗だね」
「…まるで夢の世界みたいだ」
 ジョハル(ib9784)は朧車と繋いだ左手をもう一度しっかりと握りなおす。
「輪、足元気を付けて」
「お父さんと見に来れて良かった」
 二人は義理の親子だ。
「輪の瞳の色に似ているね。丸くて可愛らしい」
 紅梅を指差す。
「梅は、好きだよ。美味しいよね」
 朧車が照れたように笑う。
 道すがらジョハルが話を切り出した。
「輪、彼がもうすぐ帰ってくるよ。手紙が来た」
 朧車が大好きだった彼が。朧車の目がみるみる真丸になる。
「良かったね」
「すごく、嬉しい」
 蕾が綻ぶような笑顔にジョハルは目を細めた。
「彼が戻ってきたら俺の家から出て行ってもいいよ」
 ジョハルが朧車と一緒に暮らしていたのはその彼と、彼女に危険が及ばないようにと約束があったから。だが彼が戻ってくるならば自分の下に居る理由はなくなる。
 しゃがみ込み朧車と視線を合わせた。
「おとうさんの我侭を聞いてくれてありがとう」
「でも…」
 朧車がジョハルの手を握る。
「私、あの人と一緒にいたいけど、お父さんとも、一緒にいたいの」
 懸命に言葉を続ける。
「ちょっとの間だったけど、私もお父さんと一緒に暮らして、ご飯食べて、お掃除とかもして…すごく楽しかった」
「おとうさんも輪と過ごせて楽しかったよ」
 ジョハルは自分に遠慮することはない、と暗に告げる。
「そんなこと言わないで」
 朧車が頭を左右に振る。
「もっと、お父さんと一緒に、色々、やりたい事があるの」
 ジョハルが何か言うよりも早く朧車が彼の左手を握りなおす。
「だから、あの人が帰ってからも、お父さんの家に居たい」
 今度はジョハルが目を瞠る。
「お父さんの家を出るのは…もうちょっと、後がいいな」
 朧車はそう言うと、あっちに大きな木があるんだって、とジョハルの手を引く。
「来年も一緒に見に行こう。その時はあの人も一緒に… 」
 まあるい目を細めて朧車が笑った。
 一つ増えた娘との思い出。
(「この景色、しっかりと覚えておこう」)
 雪と梅の花が舞う、この……。亡くした恋人にも見せたかった、ふと思った。

 冴え冴えとした月明かりに伸びる寄り添う二つの影。
 ユリア・ヴァル(ia9996)は夫ニクス(ib0444)の腕に己の腕を絡め、頭を肩に預けた。寒いのは得意ではない、だがこうしていると彼の体温がとても心地良いと目を細め喉を鳴らす。
 二人にとって久しぶりの逢瀬。二人きりで過ごす時間を惜しむかのようにゆっくりと進む。
 互いの間に言葉はあまりない、だが温もりが、呼気が互いの気持ちを余すことなく伝えてくれる。
 東屋の前、ユリアが梅の簪を手に、長く伸びた枝を前に立つ。
 ニクスから贈られた真紅のドレスの裾を風花と共にふわりと翻しユリアが舞う。
 楽はない。だがその静寂が彼女の華やかさを一層際立たせた。

 舞を終えたユリアのためにニクスは東屋で取って置きの酒を開ける。ユリアのドレスと同じ真紅の酒。
「控え目な妻でしょう?」
 ニクスの膝の上に座ったユリアがどこか挑むような笑みを向けた。
「酒で酔った事のないというのにかい?」
 返す冗談。二人の笑みが大気を微かに震わせた。

 膝から降りたユリアが背後からニクスに抱きつく。
「持てるわ…」
 ニクスの耳元で囁く声。視線だけを向けるニクスに「子供を持てるわ」と再度囁いた。
 ユリアは過去に受けたアヤカシの瘴気の影響があるのではないかと、子を成すことを躊躇っていた。だが調べたところ影響はないと判ったのだ。
「昔は子供を欲しいと思ったことなんてなかったけれど…今は…」
 欲しいと思える、と背後から抱きしめたまま首元に顔を埋める。
 不意にぐるっとユリアの視界が回った。見えていたのは夫の首筋だったはずなのに目の前に彼の顔がある。再び膝の上に抱き抱えられ見つめられる。
「愛してるわ、ニクス」
 ユリアの指が彼の頬の輪郭をなぞった。
「愛してるよ、ユリア」
 ニクスが頬に手を添える。
 私の旦那様…ユリアの言葉は口付けに飲み込まれた。
「また来年も…。今度は三人になるのかな?」
 もう一度二人は唇を重ねる。

 梅園を流れる小川に沿って二人は歩く。
「藤娘さんもそういう事、ある?」
 先程の元気がないという話であろう。藤娘は頷く。
 一人前の開拓者になったその先を考えると動けなくなりそうになると。
「…元気に飛び回って踊って、笑顔一杯なのがきっと私なんだろうけど…」
 どうしてかな?とサフィリーンはかくんと首を傾ける。
「最近ちょっと上手く笑えない」
 小川の縁にしゃがみ込んだサフィリーンに藤娘が並ぶ。
「風花綺麗…だね」
 たまにはこんな風に休むのもいいかもしれない。そう呟く彼女の双眸は遠くを見つめている。
「この子は一人で舞っているんじゃないんだよね」
 雪が風に乗って、そしてその風も開拓者達が…。
「……。藤娘さんは梅の香り、わかる?」
 言いかけた言葉の代わりに口にしたのはそんな問い掛け。目を閉じる藤娘に「ほっとするよね」と。
「もうちょっと歩こう」
 手を繋いで良い?と差し出される手に藤娘は手を重ねた。
 ゆっくりと歩きそして時折立ち止まる。
「サフィリーンさんの手はあの時と同じです。神楽の都で会おう、と言ってくれた時と」
 藤娘は想いを伝えるために懸命に言葉を探す。
「サフィリーンさんは…サフィリーンさんです…私にとって大切な…」
 だから…無理に自分はこうだと思う必要はない、と繋いだ手を胸に抱いた。
「後で甘酒を飲もう」
 沈黙の後のサフィリーンの言葉に藤娘が頷く。

 心が重い。これから兄に伝える事を思うと自然足取りも…月雲 左京(ib8108)は俯いたまま兄の後ろを進む。そして気付けば一人立ち止まっていた。
 一歩、二歩、進んで兄、閻羅(ic0935)が足を止める。
「何も、何も聞かぬのですか? 右京のこと、も…」
 右京は左京の双子の兄、閻羅にとっての弟。閻羅は体を妹に向けたが、何もいわない。
「右京は死にました、わたくしを守り、一人」
 声が震えないようにするのにとても力が必要だった。
「それでも」
 一度呼気を飲み込む。握り締めた拳が震えている。
「にに様は妹と、わたくしを、呼べましょうか…!」
 叫びとまでは行かないが、語気が強くなる。
 兄が何事か言おうとわずかに口元を動かした瞬間、弾かれるように背を向けて走り出した。
 
 お前さえいなければ

 右京を何故見殺しにした

 何度も何度も自分が勝手に想像した言葉が兄の声で脳内に蘇る。
 兄にそう言われる事が恐ろしく、そしてたった一人の家族であり、月雲の生きる縁でもある兄に拒絶されることが怖くて、兄の前から逃げ出したくなった。
 だが手を掴まれる。
「……左京…」
 恐怖でガチガチと歯が音を立てた。
「それでも、お前は俺の大事な唯一の妹だよ」
 ぴくりと月雲の肩が震える。逃げる意志がなくなったことがわかると閻羅は手を緩めた。だが決して離しはしない。
「今はな……この手に残ったものが少ないんだ…」
 片方の掌を見つめて淡く笑む。
「だから…もう誰も失いたくないんだ」
 するりと兄の手が離れる。
「頼む…一緒に居てくれ。左京…」
 振り返る月雲を閻羅は見詰めて、そして微笑んだ。僅かに細められる目に宿る光が兄のものとは思えないほどに弱々しい。
「にに様……」
 月雲は静かに兄を呼んだ。

 梅園に屋台が並ぶ場所がある。
 衛とジャミールは焼き団子を片手に共通の友人への土産を選んでいた。
「これはどうだろうか?」
 湯呑を衛が手に取れば「えー」とジャミールが首を振る。
「これとか良いんじゃない? ほら」
 ジャミールが手にしたのは梅の木を彫った面。浮かべたアルカイックスマイルが不気味だ。
「それにしよう!」
 衛は手を打つ。支払いは衛、持ちだ。ジャミールは彼女の同胞の友人であり、世話になっているという、だからその礼だ。
「ありがとー。じゃあ今度のデートは俺が奢るね」
 ジャミールもそういうものは素直にありがたく受け取る事にしている、だが流石に年下に奢られっぱなしもどうかと思ったのだろう。
 そぞろ歩きを再開すると、不意にジャミールが「手を貸して?」と手を出してきた。
 差し伸べた衛の手首に腕輪が巻かれる。梅が描かれた淡い紅色のトンボ玉の腕輪。
「記念、記念」
 彼の腕には同じ模様の色違い。先程屋台でこそりと買ったらしい。
「揃いは…貴女を慕う女性に妬かれてしまいそうだな?」
「後で皆にみせつけてやろうぜー」
 どちらも浮かべるのは悪戯を思いついた子のような笑み。
「…忘れる所だった」
 小走りで衛がジャミールの前に立った。
「これからも彼共々、よろしくジャミール殿」
 と、頭を下げる。
「こちらこそよろしくねー」
 ひらりと手を振って答えた。


「カラーマ、疲れてな、い?」
 サミラ=マクトゥーム(ib6837)は鷲獅鳥カラーマを労うように撫でてやる。
 風が少し弱くなってきた上空、効率よく雪を風に乗せる為、山肌を吹き降ろす風の方角をレティシアが音で探っているところだ。
「風の道…見切りましたっ」
 カッとレティシアが開眼。
(「暴れん坊な冬将軍さえやる気が下がりそうなバレンタインの夜、顔も知らない恋人達のために奮戦する…」)
 人知れず誰かの素敵な時間を演出するために私は詩人の道を選んだのだ、そんな風に自分を鼓舞しつつこっちです、とひらりとフィルで風の吹く方へと向かう。
「皆さん、一旦退いてください」
 礼野が声を上げる。
「鈴麗…行くよ」
 ぽんと首に触れてやると、一際強く鈴麗が羽ばたいた。轟と唸りを上げて風が起き、雪を舞い上げる。

「よしっ、俺も」
 ケイウス=アルカーム(ib7387)が空龍ヴァーユを駆って山頂へと向かう。
 そんな彼の影に月の光を遮られサミラは閉じていた双眸を開く。
 サミラは近い内に親友と旅に出ることを決めていた。同郷の友人である彼の顔も見納めかと思えば幾許かの寂しさを感じなくもないが、それと神聖なる月への感謝の祈りを邪魔されたのは別である。
「ケイ、雪崩起きる、よ」
 ヴァーユを力強く羽ばたかせ山頂付近の雪を崩そうとした彼に冷たく言い放つ。
「ごめんっ!……って、俺が旅に出る前もさ、よくこんな事言われてたよね」
 慌てたケイウスが反射的に顔の前に手を合わせてから、苦笑を浮かべる。
「この雪が下まで届くなら麓はすごく綺麗だよね」
 ヴァーユを大きく旋回させてサミラの隣に並ぶ。かつてケイウスが旅に出て、今度はサミラが旅に出る。それはきっと良いことだ、だが寂しくもある。
「今度は麓を見に行こうよ! 次にサミラが帰って来た時にでもさ」
(「次に来た時、か…」)
 この度の旅はサミラが初めての部族の名から離れる旅であった。
 ケイウスが旅立った時、何を話したか…と思いを馳せる。
(「…確か簡単な挨拶、くらい?」)
 ならば、とサミラは不敵な笑みを唇に刻む。
「うん? 覚えていたら、ね」
 昔彼女が不安になったように、彼も不安になってしまえばいい、などと思った。
 だがケイウスは寧ろ安心したとでもいような笑顔を浮かべる。
 次の約束があれば寂しさも少しは紛れるというものだ。「ちゃんと覚えててね、約束だよ!」とヴァーユを宙返りさせ再び作業へと戻った。

 体を震わせたローゼリアに気付き、皇が自分が身につけていた羽織を彼女の肩にかけようとする。
「寒くないですか?」
「悪いですわ…」
 ローゼリアが皇が風邪を引いてしまっては元も子もないと羽織を固辞するが、彼も「女性は体を冷やしてはいけない」と引かない。
「では…」
 ふっと微笑んで肩の力を抜くとローゼリアは皇の胸に凭れかかる。
「これで二人…」
 温かいですわね、と体を密着させた。
「…地味な作業ですけれど、これで恋人さん達が幸せな気持ちになれるのなら良いお仕事ですね」
 皇の言葉にローゼリアは頷く。見上げれば彼の顔がすぐ傍にあった。
「あとでゆっくり梅園を見せて欲しいなぁ」
「では、来年こそ見に行きましょうか?」
 一呼吸置いて。
「那由多」
 と彼の名を呼んだ。
「来年…そうですねぇ」
 能天気に笑う彼は呼び方が変わったことに気付いていないらしい。
「これ、何時までつづけるんですかね?」
「朝までではないでしょうか?」
 しれっとローゼリアは答えた。

「はっ」
 レティシアの右斜め頭上、白い稲妻が一瞬閃く。
 飛び立つ前から、皇とローゼリアのいちゃらぶを狙っていたのだ。
(「今こそ吟遊詩人の出番です」)
 すっと息を吸い込むと謳い出す。ふわりと少女が淡い緑の光に包まれた。

「皆さんお人好しというか…損な役回りですね」
 菊池が歌い出したレティシアの姿を見て笑みを零した。皆に幸せな時間を、と黒子に徹する姿は自分を含め物好きである、と。
「皆の笑顔が一番の報酬なのだぁ」
 玄間が駿龍月影の手綱を引く。だが開拓者達とはそういう人種なのだ。
「えぇ、皆が喜んでくれると思えば、やりがいがありますしね」
 それに上空は空気が澄んでいる分月は美しく、上からみる風花は中々幻想的だ。
(「俺の村も…」)
 このような場所であれば、毎晩でも風花を降らせるのにな、と眉を寄せた瞬間ガクンと視界が下がった。隠逸がわざと急降下したのである。


 休憩中、ウルシュテッドは急いで村へと戻った。目指すは梅園の東屋。
「待たせてすまない。どうだった? ここからの眺めは」
 挨拶もそこそこ懐から取り出した可愛らしい包みをニノンへ差し出す。
「君の仕事の報酬だ。依頼人は俺」
「何じゃ、わしはそなたの仕事の観客役を頼まれたというわけか」
 してやったりとばかりに唇の端を上げるウルシュテッドにニノンは包みを手に呆れてみせた。
 包みの中は可愛らしいチョコレート。うち一つだけ梅酒ゼリー入り。
「手作りじゃと?」
「甘味好きの君に男の手作りで果たし状って所かな」
 これを渡したいがために彼は自分を此処に呼んだのだとニノンは思い至る。そして手間と時間をかけて作られたチョコレートの意味も。手にした包みで口元を隠し「存外可愛い男じゃ」と口の中で呟いた。
 だが彼に向けたのは不敵な笑み。
「わしは甘味にはうるさいぞ」
「名立たる名店より美味しい自信はある、心して食すように」
 ニノンの反応に安堵したウルシュテッドは胸を張る。

「本当に綺麗だ…。今夜の月は寂しくない」
 月を眺めていたウルシュテッド呟いた。その横顔を無言で見つめるニノン。
「付き合ってくれて有難う」
 ウルシュテッドはニノンのために予約した宿へ彼女を送っていく。
「ウルシュテッド…」
 仕事へ戻るウルシュテッドをニノンが呼び止めた。振り返るとふわり、と首に襟巻きが巻かれる。彼女が巻いていたものだ。
 目を見開くウルシュテッドにニノンが笑いかける。
「明朝、迎えに来てくれるのじゃろう? その時に返してもらうことにしよう」
 襟巻きに残された彼女の温もりと香り。眩暈がしそうな幸福感、抱きしめたい、そんな衝動。
「ああ、また明日」
 漸くそれだけ言葉にできた。

 川へと向かう道には雪が残っていた。
「レダちゃん、雪道は危ないからっ」
 ラビ(ib9134)はスレダ(ib6629)に向かって手を差し伸べる。だがスレダはじっと彼の手を見つめたまま。
「あ…っ、そ、そうだよね! 手を繋ぐなんて、ダメ…だよね」
 しゅん、とウサギ耳が垂れ下がる。
 その様子に軽く息を吐くとスレダは落ちていくラビの手をぐいと掴む。
「ほら、さっさと案内するですよ。時間がもったいねーですからね」
 頬の辺りが熱い、とスレダが冷えた手の甲を顔に当てる。手を取らなかった、いや手を取れなかったのだ。
「なんだか僕、引っ張ってもらってばかりだなぁ」
「でも僕は男なんだし…」
 ラビは右に左に体を揺らし落ち着かない。
「…あ、そうだ!」
 土手でお花見をしようと、と漸く歩き出した。
 土手に行くまでも梅は咲いている。本当に梅の里らしい。薄らと雪を被った白や紅や紅白交じりの花。
 スレダはそんな梅を見て回る。どの木にも個性があって楽しい。
「チャイ、飲みたいな」
 土手に着くとふわりとラビが微笑む。
「そうですね。身体も温まるですよ」
 一番大きな梅の木の下、敷物を敷いて座った。
 差し出されたチャイをラビは受け取り両手で包み込む。ほわりと立ち上る湯気にまざる香辛料の香り。一口飲めば身体が温まり自然と顔が綻ぶ。
 そんなラビの顔を見つめるスレダの目元も柔らかい。
「レダちゃん、雪はどうだった?」
 楽しかった、とラビは心配そうだ。
「雪ですか? まるで花みてーですね」
 スレダが空を見上げる。つられてラビも見上げた。風花がちらほらと髪に肩にかかる。繊細で小さな白い花弁。
 暫く景色を楽しんでいると今度はスレダがそわそわとし始めた。
「ラビ」
 突然名前を呼ばれてラビの耳がぴんと跳ね上がる。
「…キャラバンでも作ったですから」
 ついでです、と顔をそっぽにむけ突き出される包み。中は…
「わぁ、チョコだ!」
 ラビの歓声が上がった。
「ありがとう! すっごく、嬉しいよ」
 紅梅のように紅い頬で、包みをぎゅっと胸に抱き全開の笑みを浮かべた。
「ついでですよ」
 念を押すスレダの頬も同じである。

 土手に置かれた床几に並んで座り梅を見る。
「雪と一緒っていうのも、凄く綺麗ね…」
 簪の飾り以外、本物の梅を見るのは初めてだという紅 竜姫(ic0261)は溜息を吐く。
 頷く玖雀(ib6816)の視線は梅ではなく竜姫へと。今日の彼女は振袖に襟巻き、足元は爪掛に赤い椿が描かれた草履。普段の活動的な格好とは違った出で立ち。きっと二人で出かけるからと、お洒落をしてくれたのだろう。そう思えば口元に浮かぶ笑みを隠し切れなかった。
 視線に気付いた竜姫が顔をむけ、何か言いたげな玖雀の様子に気付いて「一応よ、一応」と早口で言う。
 だが竜姫を見つめたまま玖雀は反応がない。
「どうしたの?」
 彼の柔らかい視線に落ち着かなくなり、指先で玖雀の頬を突いた。
「あ…いや。そういや、いいもん持ってたわって…な」
 懐を漁り取り出したのは玖雀愛用の朱色の風車…型の暗器。それを竜姫の髪に挿す。
「って、何?」
 彼女の指が風車の羽に触れる。
「…風車?」
「おー、よく回ってら」
 川から吹く風に朱色の羽がくるくると回る。彼女の黒髪に朱はとてもよく映えた。
「ちょっと、普通髪に挿すなら簪でしょ? 風車って…何よ、これ」
「やっぱ駄目か? 結構似合っていると思ったんだがなぁ」
 呆れ顔で力の抜けた笑みを浮かべる竜姫に、残念に思いつつも風車を引き抜こうと手を伸ばす。しかし何故か竜姫が風車を手で覆い隠した。
「…ああ、取らなくていいってば」
 ちらりと玖雀を見てから正面に視線を戻す。
「折角の二人でのお出かけでしょ?」
 これでいいのっ、と言う頬がわずかに赤い。
「似合ってるよ」
 もう一度告げて、風車を突いて回す。
「俺のもんだって、よく分かるし」
 さらりと付け足し、風車から梅へと視線を転じた。
「……?!」
「本当に、綺麗だな」
 竜姫が玖雀へと顔を向ける。「俺、の…?」唇が玖雀の言葉を繰り返していた。
「――……馬鹿」
 梅に顔を向けつつ玖雀は肩を震わせる。何時の間にやら互いの指は絡み合っていた。
 温かい竜姫の手と少し冷たい玖雀の手。絡みあってゆっくりと同じ温度へとなっていく。


 夜明け近く。
「皆さん、お汁粉です」
 柚乃が湯気の立つ鍋をかき混ぜた。
「甘酒もあるのだ〜」
 玄間が湯呑を配り歩く。
 裏方の仕事は漸く終わりを告げる。

「先生、お疲れ様でした」
 薔薇色に染まる空に隠逸と菊池の姿があった。