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■オープニング本文 ● 迎春総選挙会場の広場の片隅に定食屋『なずな屋』女将ひさぎが営む小さな屋台がありお汁粉と甘酒を売っていた。 だった広い広場は吹きさらしでやって来た人々の体温を容赦なく奪っていく。そんな皆さんにお腹から温まってもらおう、とひさぎが心を込めて作ったお汁粉と甘酒だ。両方とも素朴だが美味しいと好評を博していた。 「ありがとうございました。 ……あらあら…どうしましょう」 客を見送ったひさぎは鍋を覗き込んで声をあげた。お汁粉がもう底をつきそうである。 時間はまだ昼過ぎ。これから客が増える時間帯だ。 その日は、夜から雪が降るのではないかというほど寒く、風も飛びきり冷たい。そのため何時もより早く売り切れてしまったのだ。 間もなくもち米は蒸しあがる。だが一人で餅はつけない。顔馴染みの開拓者に頼んでいたのだが、先程緊急の依頼が入ってしまい来れなくなったという連絡を受けた。 悪いことは重なるものである。 誰か知り合いが通った時に頼もうかと思ったがこういう時に限って中々出会うことはできない。 甘酒だけはたっぷり作っておいたので、それだけで乗り切ろうかと思った時にギルド職員中谷がやってきた。 「こんにちはー。お店はいかがなもんですか?」 手には大量の紙束を持っている。 「えぇ、おかげ様で。…中谷さん、どうかしました?」 「迎春総選挙のチラシを作ったので皆さんのところで置いてもらえないかと屋台を回っているところです」 どん、と台の上に置かれたのは「参加者募集」の文字と「君の一票が運命を左右する」などとアオリ文句の書かれたチラシ。豪華な事に多色刷りで各国の王の似顔絵などが描かれている。今回の祭りに対する力の入れようがそれだけでもわかるというものだ。 「うちの皆さんも出場すればいいのに。そうしたら私、皆さんに一票いれようかと…」 ひさぎは定食屋の他に開拓者向けの下宿所『なずな荘』も経営していた。 「投票は一人一票だけですよ」 「あら…皆で組んで出ることはできないの?」 「団体さんは舞台部門で出場できます」 「楽しみだわ。開拓者の皆さんの舞台」 何が見れるのかしら?なんて楽しそうにひさぎは笑う。 「…というわけで、チラシ置いてもらえないでしょうか?」 「もちろん。皆様に配って、お祭り盛り上げましょうね」 と、中谷からチラシの束を受け取った。 「…あぁ、そうだわ。配るのは構わないのだけど……」 中谷にお汁粉がほとんど売り切れてしまい、新たに作りたいが作れない状況を伝える。 「ギルドで手の空いている開拓者さんがいたら手伝っていただけないかしら? もちろんお給金は払います」 中谷は「任せて下さい」と胸を叩くとひさぎの依頼を持ってギルドにとって返したのであった。 屋台に残りのチラシを全て置いて。 「あらあらあら…これは沢山配らないと」 |
■参加者一覧
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
紅 竜姫(ic0261)
27歳・女・泰
リーズ(ic0959)
15歳・女・ジ
レイブン(ic1361)
20歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ● 外が騒がしい。久々に下宿に戻り、一息ついていたリーズ(ic0959)が襖を開けると、火鉢を抱えたレイブン(ic1361)と目があった。 「どしたの?」 「お帰りなさい。あぁ、今ね…」 レイブンがリーズを振り返る。丁度「厨房の七輪も持って行っていいよねっ」とサフィリーン(ib6756)の声が聞こえて来た。更に「ひざ掛け、これだけあれば大丈夫ですよね」とレティシア(ib4475)が姿を見せる。 「…大掃除?」 エプロンドレス姿のレティシアを見てリーズが首を傾げた。しかし大掃除はやったばかりだ。 「今、女将さんが広場で屋台をやっていてね…」 とレイブンが事情を説明する。 「ちょっと部屋を空けてたからひさぎさんがお手伝い募集してるの知らなかったや」 ボクにも手伝わせてよ、と腕まくり。 「いつもお世話になってるし」 「ね。それに困ったときはお互い様だから」 レティシアも頷いてから、「実は」と楽しそうに言葉を続けた。 「報酬は、食後のデザート一品追加でお願いしてるんです」 「あー、いいなぁ。 屋台で出してる手作りのお汁粉も甘酒も美味しいものっ。絶対デザートも美味しいよね」 サフィリーンが七輪をいくつか重ねて持って来る。重ねられた七輪はぐらりと揺れてちょっと危ない。上から半分、リーズが受け取った。 「こんなに冷える日ですもの。皆さんに温かな物でしっかり暖を取ってもらいましょうね」 食後のデザートであれこれ盛り上がっている少女達にレイブンがさあ、行くわよと促す。 屋台の前には椅子と簡単な机に、風除けの衝立に火鉢、駕籠には膝掛けもたっぷり。寒さ対策はばっちりだ。 「あら…屋台が素敵なお店に変身ね。 それにしてもその格好は寒くないの?」 ひさぎがレティシアの格好を見た。 「北の地方育ちなので寒気は痛いレベルじゃなければ生足でもいけます」 きりっとした表情で力強く言い切るとレティシアはエプロンドレスの上からきゅっと『なずな屋』の前掛けを締める。皆さんの分も持ってきているので…と配ろうとして、なずな荘の住人達を振り返った。何やら紅 竜姫(ic0261)と玖雀(ib6816)が揉めている。犬も食わないというアレだ。 「全く…目の離せない子供じゃあるまいし…」 ふぅ、と息を吐きつつ頭を左右に振る竜姫に玖雀は困ったように頬を掻いた。 (「いや別に俺は子供扱いしたわけじゃ…」) 外でチラシを配ると言った竜姫に目の届くところにいてくれ、と確かに言った。でもそれは彼女が子供のように危なっかしいというわけでもなく…まして。 「目の届くところにいろ、なんてなんか信用されてないみたいじゃない」 腰に手を当てて竜姫が口角を下げる。 そう、まして信用していないということではない。 「いや、だからそういうわけじゃ…」 「なら、どういうわけなの? 料理は危ないけど、それ以外はちゃんとできるわよ」 竜姫の肩越しに此方を見ているなずな荘の面々。年若い仲間の前で大人の自分達が喧嘩というのは避けたい。 この依頼に誘ったのは竜姫の正月を自分への看病で潰した礼と穴埋めを兼ねてだ。いや本音を言ってしまえば、彼女と一緒に居たい、その一言に尽きる。だから目の届く範囲にいろといったのも、そういう意味で。 (「それに…」) 外で彼女が笑顔を振り撒くのはなんとなく面白くない。 玖雀は一度深呼吸をする。心の中を言うのは恥ずかしい…ような気がする。 「お前、周囲を良く見てるから接客に向いてると思ってさ」 代わりにそんな事を告げた。 「それに接客、レティシア一人じゃ大変だろう」 更にもう一押し。 「……ん、そうね。了解、お互い頑張りましょう」 どうやら竜姫は納得してくれたようだ。 二人のやり取りに恥ずかしそうに頬を押さえるサフィリーン、隣ではレティシアが「私の腕の見せ所です」と心の中で拳を握る。 レイブンはそっと見ないふりだ。 ● 「冷えた身体にお汁粉と甘酒はいかがですかー?」 広場にリーズの声が響けばサフィリーンも負けずにチラシを両手に扇のように広げて持ち、くるりと回る。 「なずな屋のあったか汁粉でお腹と心を満たしてねっ」 「小腹が空いていれば豚汁もありますよーっ」 豚汁は玖雀参入で新たに追加された品である。二人の声に広場を行く人の注目が集り始めたのを見計らいリーズはお手玉を取り出した。 「ほいっと」 弾んだ声と共にお手玉が炒った空豆のようにぽんぽんと宙に舞う。 「一つが二つ、二つが三つ…まだまだ増えるよーっ」 言葉に合わせて色とりどりのお手玉が増えていく。お手玉が増えて行くにつれて足を止めて見学する人も増えていく。 時に片手でだけで、時に廻って背中でキャッチ。上がる歓声に一際高くお手玉を投げて応える。 「今、迎春総選挙も開催してるから是非、投票してね。 開拓者の舞台もあるから、もっとすごい技とか珍しい物が見れるかもしれないよっ」 総選挙の宣伝も抜かりはない。 シャン、シャン、シャン。足首に巻いた鈴を軽快に鳴らし、サフィリーンが広場をくるくると踊りながら廻る。何事かと足を止める人にチラシを配り、最後はタンと爪先で地面を蹴って飛び上がり、猫のように足音も立てずに着地。 「続きは舞台でのお楽しみ。開拓者総選挙、夢心地の舞台へぜひどうぞ」 両手を広げて一礼。 「そうせんきょ?」 子供達がチラシを覗き込んで、この王様知ってるだなんだと騒ぐ。 「舞台ではね踊りとか歌とかたくさん見れちゃうっ。私も出るよ!」 「おねーちゃんも踊るの?」 「うん、応援してね」 「じゃあ、次はもふらさまでいってみよう。おっきいからちょっと難しいけど、ボク頑張るよっ」 目の前に座る子供達の期待に満ちた視線に応え、両手にもふらのぬいぐるみを持ってリーズが気合を入れる。 見物客の中には屋台で買った甘酒や汁粉を手にしてる人も。温かい湯気にほんのり甘い香り、その誘惑は中々に逆らいがたいものがあるであろう。 「「いらっしゃいませー」」 客を出迎えるのは竜姫とレティシアの笑顔だ。 「豚汁とお汁粉、どちらになさいますか?」 竜姫は老夫婦を椅子に案内してから、品書きを読み難そうにしている二人に代わって読み上げる。 「お客様、申し訳ございませんがお並びくださいね」 列を無視する客をやんわりレティシアが止めに入った。 「お急ぎですか?」 止めてもなお、引かない客相手でも笑顔は崩さない。ただ仮面のように貼り付いた笑顔ではあったが。 「こうしてお話してる間にも列は進みますので…」 そして笑顔のままその客を列の最後に並ばせることに成功する。心配したひさぎに「酔いどれな人達に比べれば可愛いものです」と答えたレティシアの目は少しばかり死んだ魚の目に似ていた。 甘酒の湯呑を二つ手にして危なっかしい様子の子の脇に竜姫がしゃがむ。 視線を合わせてこの上に乗せてね、とお盆を差し出す。 「お姉さんと一緒に持って行こっか」 湯呑を乗せたお盆を片手に、もう一方の手で子供と手を繋ぐ。 レティシアは超越感覚を使って常に周囲の様子に気を配っている。問題が起きたときに直ぐに助けに回れるようにだ。小さな物音も鋭くなった聴覚は拾う。例えば竜姫がちょっと違った動きをすると、反応する玖雀の気配だとか。先程、若い男が竜姫に道を聞くために声を掛けた際に、お玉が鍋の底にガツンとぶつかったのも当然拾った。 レイブンは調理を玖雀とひさぎに任せ、洗い物や甘酒の面倒をみる。家事は苦手ではない、寧ろ母の手伝いをしていたことから得意だといっても過言ではなかった。しかし天儀の伝統的な味となると、美味しく出せるか不安なのだ。だからそこは玖雀とひさぎにお願いし自分はその手伝いへと回る。 七輪や火鉢で沸かした湯で餅つきに使う杵と臼を温める。そして炊き上がった餅米を臼に明け、ひさぎに教わりつつ所謂餅つきができる状態にするために杵を使って潰し捏ねていく。 「玖雀さん、申し訳ないのだけどこれを表に持って行ってもらえないかしら?」 火の番はしておくから、とレイブンが頼む。 「きっと餅つきとかやってみたいって言うと思うの」 表にいる子達が、と笑う姿はまさしく皆のお姉さん。玖雀が表の様子を気にしているので其方に行く理由を作ったのは内緒だ。相変わらずやることにソツがない。 臼と杵を持って出てきた玖雀をレティシアとサフィリーンがわっと囲む。 「ぜひぜひ参加したいですっ」 「つき立てのお餅をお汁粉に入れたら…美味しいよねぇ」 サフィリーンが浮かべた笑顔はちょっと弛んでる。 「まずはやり方を教えるから、そしたら順番な」 臼を置いた玖雀は二人に加えて集ってきた子供達に向けて言う。 一番最初はサフィリーンが杵を持ち、玖雀が返し手だ。 「そーれっ」 掛け声に合わせて杵が振るわれた。 「うさぎさん、可愛いですね。こっちは独創的な形で素敵です」 レティシアは出来た餅を子供達と一緒に小さく千切っては丸める。普通に丸くすればいいだけなのだが子供達とは色々と遊んでしまうものだ。 ひっくり返す作業が楽しそうだ、なんて眺めているとサフィリーンが大根と卸し金を手に戻ってきた。 「お餅つき手伝ってくれた人にはお汁粉とお餅、ちょっぴり割引しちゃうよっ」 ごりごりと開拓者パワーで大根を卸し始める。 「楽しそうね」 竜姫がわいわいと騒がしい表に顔を向けた。 「一人で大丈夫か?」 尋ねる玖雀に「任せてよ」と胸を叩く。 「お客様は今お餅つきを楽しんでいらっしゃるし、こちらは大丈夫ですよ」 裏からひさぎが顔を出す。 「じゃあ、客がどんな顔して食ってるかちょっとだけ見るか」 手伝うよの代わりに告げる言葉。 「料理は食う人を想って出すもんだしな」 いきなりどうしたの?と首を傾げる竜姫にそう答える。 「嬉しそうに食ってるとこ見ると、次はもっと美味いもんだしてやろうって思うだろ」 「大丈夫、玖雀の料理の美味しさは私がよく知ってるわ」 お客様は皆笑顔よ、と請け負ってから改めて美味しそうに食べている姿に自分も食べたいな、と思ってしまう竜姫であった。 ● 「そういえばあのアヤカシはもう出ていないのか?」 厨房に戻ってきた玖雀がレイブンに昨年末の大掃除の時になずな荘に発生したアヤカシについて尋ねる。 「えぇ、あれはいつもあの時期限定みたいね」 レイブンは洗った食器を手際よく拭いて並べていく。 「そういえば玖雀さんに掃除してもらったお風呂、ピカピカで未だに入るときに皆汚さないように気をつけているわ」 「気持ちよく使ってもらうために掃除したんだから、そこは遠慮なく使って欲しいとこだな」 椀を一つ受け取ってそこへ豚汁を……。 「知ってる? 修羅ってね、馬鹿力なのよ」 表から竜姫の声が聞こえてきた。レティシアに悪戯しようとした酔っ払いを軽くいなしたところだ。 どうやら酔っ払って調子に乗った客がいるようだ。酔っ払いは竜姫に窘められ、一度は諦めたかに見えたが、彼女が背後を向いた瞬間今度は彼女の身体に触れようと手を伸ばした。 ミシッ……。玖雀の手の中の椀が軋む。 「あンの……っ」 おたまを手に飛び出そうとする玖雀。しかし竜姫の動きの方が早い。男が彼女に触れる前にその腕を掴み、 「お客様…他のお客様のご迷惑になりますので」 そのまま笑顔でねじ上げる。 罅の入った椀をレイブンがそっと差し替えた。 (ひさぎさんはギルドの職員さんとお話し中、レイブンさんは井戸にお水を汲みに…) レティシアは周囲を確認する。これは今こそ、行動を起すときではないか、と竜姫の姿を探す。 「ごめんなさい、お客様に呼ばれてしまったのでこれを厨房までお願い致します」 有無を言わさず竜姫に使用済みの器を重ねた盆を渡すと厨房にぐいっと押し込んだ。 「いらっしゃいませー」 客に向けたのは「イイ仕事をした」そんな満足感に溢れた笑顔であった。 「なんだったの…?」 「お疲れさん」 強引なレティシアに呆然としている竜姫に玖雀が声をかける。 「…普段の口調じゃないと、ちょっと慣れないわね」 でも大丈夫よ、と竜姫は肩を竦めた。 「あ、竜姫、これ頼むわ」 汁粉の入った椀を差し出す。それを受け取ろうとやって来た竜姫の口に椀を持った手と逆の手でむにっと餅を押し込んだ。 皆でついた餅である。中に餡が入っている。疲労回復にと思って作っておいた。 「んっ…美味しい…」 「もう一踏ん張りだ。終わったら一杯やろうぜ」 軽く頭の上に手を…そこで玖雀が視線に気付いた。ぎぎぎと油の切れたゼンマイ人形のように其方を向けば、リーズが顔を覗かせている。 「……わぅ。お汁粉とか豚汁って、味見しちゃダメ……?」 しかしリーズの視線は豚汁の鍋に一点集中であった。クゥと可愛らしくなるお腹。大掃除の時に玖雀の作ってくれたお汁粉の美味しさが忘れられないリーズである。 「…ぁ、あぁ、味見してみるか?」 玖雀は何事もなかったかのように豚汁を入れた椀をリーズに差し出した。 「わぁいっ!」 両手を挙げたリーズの耳がぴょんと跳ねる。 チラシを配り終えた二人が戻ってきたのでレティシアは店の片隅でハープを弾き始めた。歌うのは現在神楽の都に滞在してる王達の武勇談などだ。王が活躍する歌に、客達が総選挙のことをあれこれ話しだす。誰に投票するとか、うちの王様はどうだ、とか。 「お腹をほっこり温め満たし 誘う先は総選挙」 サフィリーンがおどけた仕草で踊り出す。それにレティシアが即興でそれに演奏を合わせる。リーズが鈴を鳴らし二人の乗っかり、そして最後は三人合わせて。 「観覧帰りのお立ち寄りも大歓迎でお待ちしてます」 と、締めた。 ● 「お疲れ様でした。皆様のお陰で無事乗り切れました」 日が暮れ、店仕舞いをした後ひさぎが皆に頭を下げる。そして豚汁やお汁粉、そしてひさぎが作ったおにぎりなどでちょっとした打ち上げだ。 「お汁粉、ボクのにお餅二つ入れてー」 「食べ終わったら器は水を張った樽に入れておいてね」 レイブンが皆に豚汁やお汁粉を取り分けてやる。にぎやかな食事風景だ。 大人用に作り直した甘酒が入った湯呑を二つ手に玖雀は、皆と少し離れた所にいる竜姫のところへ向かった。 「今日は一日お疲れさん」 「そちらこそ。大好評だったじゃない」 湯呑を受け取る竜姫は湯気と共に立ち上がる酒の香りに満足そうだ。一口飲んで息を吐く。 しばし無言で甘酒を飲んだ。湯呑から伝わる仄かな温かさが心地良い。 「竜姫……」 玖雀は彼女の名を呼ぶ。「なぁに」と帰ってくる声は柔らかい。 言葉を言いかけて飲み込む。それを数度繰り返してからくしゃりと髪をかき回した。 「……その、正月は色々有難うな」 看病のことだけではない、様々な思いこめて、そう告げる。 「たまにはいいわね、こういう依頼も」 顔を上げれば目を細めて微笑む竜姫の姿がそこにあった。 |