【遊島】おいでよ常春の島!
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/19 19:54



■オープニング本文


 青い空に浮かぶ白い雲、透明な海、煌く砂浜……。
「は〜っるばるっきったぜ……あれ、この島、名前ってもうあるんだっけ?」
 鼻歌交じりに浜辺に天幕を張っていた、朱藩の商人『九十九屋』の主人六郎が振り返った。
「さあ、発見されたばかりと聞きますし、まだ無いのではないでしょうか」
 答えたのは奉公人の少女小鞠である。

 朱藩の商人が何故泰国の島にいるのかといえば商いのためである。いや正確には泰国の馴染み客に頼まれたのだ。「この島が後々金になりそうな場所かちょっと調べて欲しい」と。
 最初は断った。だがその客、六郎たちの裏の顔を知っているのを良い事に、その新しく発見された島には各国のお偉いさん方や著名な開拓者達も来る『らしい』ので顔繋ぎや情報収集にもいいのではないか、とそっと囁いたのだ。そうとある家に仕えるシノビの一族ならば政府要人などと触れ合う機会を無駄にするわけにはいかないだろう、と。というわけで上手いこと乗せられた感がなくもないが引き受けることとなった。
 実のところ報酬がそれなりに良いのも魅力的だったのだ。
 六郎達の里は出稼ぎにでないと成り立たないという小さく貧しい里である。諜報活動の資金を得るのも重要な使命なのだ。六郎の腹心であり、九十九屋番頭鈴代曰く「うちはお金がないんですよ」というわけである。

 …という次第で現在浜辺にて絶賛準備中であった。
 目的は情報収集。情報収集の基本は酒場でしょ、という六郎の主張で彼らは宿兼食堂といった海の家を経営することにした。幸い島の気候は温暖で簡単な天幕に清潔な寝床に風呂を用意すれば宿として形は整いそうである。
 更に客をがっちり捉える為、また他の類似施設との差別化のためのサービスも考え出した。
 そのあたり、六郎は準備に抜かりない。
 だがしかし思わぬ事態の発生に六郎はおもむろに天を仰ぐ。
「絶望的なほどに凹凸がない…!!」
 六郎の前には、身体の線が綺麗に出る泰国の衣装を纏った少女がいる。泰国の島で泰国の衣装に身を包んだ可愛い女の子による接客。これが六郎の用意したサービスである。
 だというのに…もう一度その少女をみて溜息を吐く。
「……だから言ったじゃないですか」
 顔を真っ赤にした少女―佐保は六郎を睨みつつ短めの衣装の裾を一生懸命引っ張る。
 少々きつめの顔立ちだが照れる顔は結構可愛らしい、そして短い裾から伸びる足はすらりと細く悪くはない。しかしそれ以外の部分もすらりと細いのだ。いやはっきり言おう、女性らしい凹凸やまろやかさが皆無であった。
 これでは可愛い女の子による接客を売りにしたくともできない、と六郎は嘆いた。六朗曰く男はボンキュッボンが好きなのである。これが良いという成人男子は多分ちょっと特殊な趣味の世界の人だ。
「佐保ちゃん、普段何食ってんの?」
「余計なお世話です…」
 佐保はむすっと唇をへの字に曲げる。佐保も六郎と同じ里出身のシノビである。しかし本来六郎の部下ではない。上役に頼まれて六郎に手紙を届けにいったところ人手が足りないからと巻き込まれ、こんな格好をさせらたのだ。しかもその挙句勝手に絶望された。全く持って納得いかないといった様子であった。
「全く貴方のところの上役は幼女趣味でもあるのかしら?」
 鈴代が佐保の隣に並ぶ。同じく泰国の衣装だがこちらは裾が長く代わりに深い切れ目が入り太股の中々きわどいところまでみせている。鈴代は外見だけならば重量感のある胸元にきゅっと締まった腰、そして切れ目から覗く脚線美、文句のつけようのないスタイルである。
 だがそれを見て六郎はまたもや大きな溜息を吐いた。残念なことに鈴代は性別不明なのだ。優秀なシノビである鈴代は男に女に自在に変わる。見事な胸は作ったものかもしれないし、綺麗な足は脛毛処理をした後かもしれない。そう思うと色々と萎えるというものだ。
「あの方はそんな人ではありません」
 ムキになって反論する佐保をその豊かな胸元を誇示するかのように胸の下で腕を組んで見下ろす。
 鈴代はなぜか里始まって以来の天才と言われる佐保のところの上役と彼の直属の部隊を嫌っている。
(「揺れても偽物じゃあなぁ」)
 がっかりだと天幕設営を再開する六郎の隣で小鞠が「嫁姑の戦争みたいですね」と呟いた。


 天幕に寝床、風呂、机に椅子なんとか形は整った。
 可愛い女の子の接客はこの際ちょっと置いておき、最大のおもてなし『料理』の準備へと取り掛かった。そう偉い人は言っていたじゃないか。まずは料理で胃袋を掴め!と。
「…で、これは?」
 六郎は椀を片手に佐保に尋ねる。
「お味噌汁です」
 きっぱりと言い切られた。確かに椀の中は青菜が浮いてる味噌っぽい色の液体に満たされている。
 だがそれはよく言えば素材の味が生かされている、正直に言えば草の味。高血圧の爺様の食事なのか、と言うほどに徹底的に減塩された代物であった。
 飲めなくはない。でもそれだけだ。
「あら…そちらはまともに料理すらできないの?」
 鈴代が一口飲んで鼻で笑う。
「塩分の取りすぎは身体に良くありません」
 本来佐保は口数の少ない物静かな娘なのだが敬愛する上役を嫌う鈴代とは気が合わないらしく、嫌味に一々反応している。
(「本当に嫁姑と化してきた…」)
 六郎は味噌汁という名の青汁をずずっと啜る。温かい青汁…厳しい。だが貧乏な里出身なので食べ物を残すなんて勿体無いことはしない。
「小鞠にちゃんとした料理ってのもを教わりなさい」
 小鞠が椀を皆に差し出す。小鞠の料理の腕は折り紙つきだ。商いであちこち行くたびにその土地の菓子を学び皆に振舞ってくれるほどである。

「……!!」

 しかし暴力的なまでに漂う甘い匂いにその場にいる全員が目を瞠った。
 小鞠は限度を越えた甘党だったのである。今まで菓子ばかりだから気付かなかった……。

「餡子? いや違う、それだけじゃ…」
 味噌と餡子両方とも豆からできているが相性が悪い。
「理穴で入手した樹糖を隠し味に使いました」
 小鞠は平気な顔をして食べている。
 佐保は無言でお茶を淹れに厨房に走った。
 どうにも娘二人に料理は期待できそうもない。六郎はちらりと鈴代に視線を向けた。優秀な側近ならば…と。
「料理? 私のこの綺麗な手が水仕事でがっさがさになったらどうしてくれるんです」
 断られた。シノビが手の荒れ気にするのもおかしいだろう、というツッコミは却下された。

「はぁ………」
 六郎は入り口前に看板を立てる。

『お手伝い募集:一緒に海の家をもりあげませんか? 料理できる方優遇。制服貸与』

 果たして海の家『九十九屋』は無事成功するのだろうか。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 斑鳩(ia1002) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / クローディア・ライト(ia7683) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / アグネス・ユーリ(ib0058) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リスティア・サヴィン(ib0242) / 十野間 月与(ib0343) / ワイズ・ナルター(ib0991) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / スレダ(ib6629) / サフィリーン(ib6756) / ラヴィニア・ラヴニカ(ib7243) / 棕櫚(ib7915) / 何 静花(ib9584) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 黒葉(ic0141) / 御堂・雅紀(ic0149) / ジャミール・ライル(ic0451) / 白隼(ic0990


■リプレイ本文


 真っ青な海に漣を立て、飛空船が着水する。ハッチが開き砂浜まで橋がかけられた。
 日差しは温かく、陽光を弾いて煌く波が、白い砂浜を洗う。
「わぁ…気持ちいい〜」
 サフィリーン(ib6756)は潮風を思いっきり吸い込んだ。跳ねるように歩く度に足首に巻いた鈴が鳴る。足先に触れる砂の感触が楽しい。
 浜辺には先に到着した開拓者達の天幕が並んでいる。
「いや、春じゃねぇだろ。夏だろ」
 天幕を立て終えた竜哉(ia8037)は降り注ぐ日差しを仰ぐ。開拓者ギルド職員が「常春の島」と言ったのを思い出していた。
 真夏ほどではないが動いていると汗が滲む。
「…冬、だよな?」
 ビキニタイプの水着を身につけたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が竜哉の隣に立った。
「さて、んじゃまか漁に猟と行きましょうか」
「あぁ、少しは島について調べたいしね」
 今後観光に売り込むにしてもそういう情報は少しでもあったほうがいいだろう、という竜哉の言葉を聞いているのかいないのか「色々任せた」と一言残しヘスティアはさっさと海へ。
「たつにー競争だぜ?」
 波打ち際で振り返ったヘスティアは唇に挑戦的な笑みを浮かべた。
「受けてたとうか」
 竜哉も海へと向かう。

 九十九屋では準備の真っ最中だ。
「今日は宜しくお願いします」
 店主六朗に挨拶をしたワイズ・ナルター(ib0991)は持参しているので、と制服を断る。
「これ…遊びにいく時間あるよね…?」
 ジャミール・ライル(ic0451)は当番表を見た。どう見ても準備から閉店までやることが詰っている。
 隙を見て遊びに行っちゃおう、そんな考えが脳裏を過ぎった。
「あれ? 六郎さんあっちのお店はいいの?」
「お久しぶり、六郎さん」
 サフィリーンと白隼(ic0990)はかつて六郎が世話になった開拓者である。
「あっちは優秀な部下がいるからねぇ。二人とも今回もよろしく」
 サフィリーンに渡された制服は丈の短い旗袍にショートパンツ。彼女の健康的な可愛らしさを活かすデザインである。
「もう少し動きやすい格好のものはないかしら?」
 受け取った旗袍を広げて白隼は尋ねた。裾の長い旗袍は脚に絡み付き動き難いというわけだ。白隼は常に自分を魅力的にみせるために気を配る。それは白隼の舞姫としての自負の表れでもあった。
「ならさー、こっちなんてどうかなー?」
 ジャミール・ライル(ic0451)が衣装箱から手にとって見せたのは白隼の羽と同じ真珠のような光沢のある白の裾の短い旗袍である。大きく開いた胸元と背中が特徴だ。
「ほら、肌の色にも栄えるし、似合うよ〜」
 白隼はジャミールの勧める旗袍に決定した。

「あれれ…?」
 サフィリーンが首もとの飾りボタンに苦戦していると斑鳩(ia1002)がひょいと覗き込む。
「ちょっと顔を上げてくださいねっ」
 斑鳩は手馴れた様子で飾りボタンを留め、ついでに旗袍のサイズを確認する。
「うん、大丈夫そうですねっ」
 感心したサフィリーンの視線に気付きにこりと微笑む斑鳩。
「普段から経営している茶屋で旗袍を着て接客しているんです」
 なのでお客様への笑顔も旗袍の着こなしもこの私に死角はありませんとおどけた口調。
 斑鳩は緋色を基調にした旗袍。動くたびに布地と同色の牡丹の刺繍が浮かび上がりスリットから覗く太股の白が魅惑的だ。

「これ脱いじゃ駄目?」
 着替えたジャミールが旗袍の襟元を引っ張る。普段締め付けるような服を着ていないせいかどうにも落ち着かない。
「お似合いですよ。苦しいようならば襟元のボタンを外したらいかがでしょう?」
 ナルターが優しく諭す。彼女は持参した深みのある紫の旗袍である。谷間を強調する大きく開いた胸元、髪は編み込み前に垂らし、首筋から腰までの柔らかい曲線を惜しげもなくさらしている。両側の腰骨あたりまで入ったスリットは、下着はどうなっているのかという妄想を掻き立てずにはいられない。
「これは一体どういうことなんだっ?!」
 天河 ふしぎ(ia1037)が旗袍を広げた。ひらりとそよぐ裾の短い女性用。
「色とか気に入らなかった?」
 首を傾げる六郎に天河は自分の胸を叩いて見せた。
「ぼっ、僕は男だっ!」
 だが六郎を責めるのは酷な話。天河は艶やかな黒髪、睫に縁取られた緑の双眸、華奢な体躯、何処から見ても美少女だ。
「さあ、時間がありません準備を急ぎましょう」
 礼野 真夢紀(ia1144)が皆に声をかける。
 結局新しい制服を用意する間もなく天河はそれを着用することとなった。
「大丈夫だ、似合うぞ」
 性別という根本的な問題を無視し何 静花(ib9584)が力強く請け負う。依頼には旗袍で行く。だから大していつもと変わらない気分である。凹凸は控え目。だが静花は例え落胆の視線を向けられても気にしない否、気にもならない。
 彼女は己が肉体を武器として戦う修羅の思考なのだ。人、それを修羅脳という。
「制服?」
 礼野は差し出された旗袍に首を振る。
「10歳の女の子に何期待してるんですか、天儀の調理人の制服は割烹着。汚れを防ぎポケットはあちこち、前掛けは物入れにもなる優れもの」
 割烹着に袖を通し姉さん被りで髪を纏める。


「大切なのはお客様への気遣い」
 家族で小料理屋兼民宿を経営している十野間 月与(ib0343)は着替えを一足先に済ませ番頭鈴代と宿の方針についての打ち合わせ中であった。九十九屋の面々より十野間の方が宿の経営に関して一日の長がある。
「手鏡、水差し、耳栓などの差し入れは喜ばれるかと…」
 お金を使わなくとも小さな心遣いでお客様に喜んでもらうことはできる。
「後は店としての統一感があったほうが良いわね。例えば制服が泰風ならばお食事とかも…」
 邪魔にならないようにお団子に髪をまとめた十野間が着用しているのは豊かな胸を惜しげもなく見せる翡翠色の旗袍。さらに腰に巻いた白いエプロンが女性らしい体形を際立たせている。
「折角ですから、肉まんとかシュウマイもいいですよね!」
 着替えを終えた斑鳩達だ。
「それに泰国風薬膳餡かけご飯は外せないよね」
 香辛料のピリリと利いた料理は島の気候に合っている。
「修羅炒飯はどうだ? 酒にも合うし、旨いが死ぬほど辛い」
 静花の故郷の料理を挙げた。
「皆でワイワイ…っていうとバーベキューかなぁ。焼きそばとか定番よね」
 お鍋を皆で突くのも良いけど…と礼野。
「島で取れた魚を焼いたりするのもよさそうですよね」
「お客さんが獲って来た海産物を目の前で捌いて調理するのはどうでしょう?」
 斑鳩の案に礼野が追加する。
「焼き鳥のように片手間に食べれる物は喜ばれるのではないでしょうか?」
 黒葉(ic0141)は黒地に大胆な赤い花柄、かかとが細くて高い靴。慣れない靴で時折よろけてその度に御堂・雅紀(ic0149)に支えられる。
「お料理に関してはこれくらい?」
「不味いラーメンはどうだろうか?」
 静花へ集中する視線。
「出汁はなし、麺はだらんと伸びているという夏の思い出の味だ。一人で食べると沁みる…」
 確かに海の家の定番、だが敢えて不味い料理を出すのは…と。そこに六郎が顔を出す。
「面白いから採用。でもメニューに『不味い』って表記を入れておいてね〜」
 それとは別に旨いラーメンもメニューに加えることとなった。
「海が見えるお風呂って素敵じゃないかな? それにお風呂上りには冷たいフルーツ・ミルクオレ」
 食材の確認を行っていたサフィリーンが、食材の山から見つけ出した果物を掲げる。フルーツ・ミルクオレとは果汁を飲みやすいように牛乳で割ったものだ。
「めろぉんの季節だったら良かったのにね」
 将来の若女将として日々研鑽を積んでいる十野間はてきぱきと指示を出していく。
「まゆちゃん、そっちはどう?」
 鉄板や網の枚数を確認している礼野に声をかける。
「いっそのこと希望するお客様には調理器具をお貸しするのも手かと…。お料理上手な開拓者も結構多いですし」
 浜辺で個人的に楽しみたいという人に貸し出しても十分な数であった。
「休憩用のハンモックなんかも素敵かも」
 サフィリーンが食材の底からハンモックを発見する。それを設置に走る天河の生足が眩しかった。


 辛さと材料ごとに分けた九種類、十野間渾身の泰国風薬膳餡かけのスパイシーな香が夕暮れの浜辺に漂い始める。その食欲を刺激する香は強力な看板であった。
「給仕さん、頑張るね」
「よし、男連中の相手はまかせた。俺は女の子のお相手しますね」
 気合を入れるサフィリーンに向けジャミールがキっとキリっとした顔で親指を立てた。
 開店直後は冗談を言い合う余裕もあったのだが、瞬く間に席が埋まっていく。
 篝火に美しい銀髪を靡かせ一人の女性が九十九屋の前に降り立つ。
「甘党の従業員さんがいる店は此処かしら?」
 自他共に認める大の甘味好きクローディア・ライト(ia7683)だ。甘党は甘党を知るということか、小鞠の殺人的な甘さを誇る料理の話を聞きつけてきたらしい。
「クローデ、まずは席についてからよ」
 背後に控えていたラヴィニア・ラヴニカ(ib7243)がそっとクローディアの背を押す。流れるような金色の髪、露出の高い服装、なにより顔半分覆った仮面が目を惹く。彼女はクローディアの警護でもあり姉代わりの存在でもあった。
「此処の甘味を心行くまで満喫したいものですわ」
 はしゃぐクローディアを席までエスコートしていく。

「悪いわね〜、幸せのお裾分け助かるわ」
 ニーナ・サヴィン(ib0168)は弾んだ調子で「ありがとう」とリスティア・バルテス(ib0242)の頭を撫でた。リスティアとニーナの実兄は付き合い始めて数ヶ月という関係であった。
「お姉ちゃんを撫でるなー!」
 リスティアが手を振りかざして抗議する。
「サフィリーンとも遊べたら嬉しいな」
 じゃれあう二人を見つめるアグネス・ユーリ(ib0058)。この先の店で知人であるサフィリーンが働いていると聞いたのだ。
 リスティア、アグネス、ニーナは義理の姉妹である。

「ご注文の旨いラーメンです」
 サフィリーンは両手にお盆を何枚も乗せさらにその上に皿を花が咲くように配置し、危なげない足取りで進む。見事なバランス感覚だ。
 姉妹に気付いたサフィリーンが空いたお盆を握り締め思いっきり手を振る。
「ニーナ姉さん達だ。いらっしゃいませ」
「遊びに来たよー!」
 アグネスが手を振り返す。
「美味しいお食事、それにドラムカン風呂如何ですか?」
「ねぇ、ねぇ。お風呂ですって。お風呂はいりましょ」
 目を輝かせたニーナが姉二人の袖を引いた。
「それにしてもどらむかんふろって何かしらね?」
 そっとニーナが首をかしげた。

「こちらがメニューになります」
 白隼は舞うように軽やかに人の合間を縫いテーブルまで来るとメニューを差し出す。
「天儀はもう雪が降ってもおかしくねーのに、本当にあったけー場所ですね」
 スレダ(ib6629)がもう日も沈んだというのに、と周囲を見渡す。
「まずはご飯だなっ」
 棕櫚(ib7915)がメニューと真剣に顔を付き合わせる。
「メニューは色々あるみてーですね。せっかくですし天儀じゃ食べられねーものを頼んでみるですか」
「秦の料理はあんまり食べたことないから沢山食べるぞっ」
 はりきってあれこれ注文していく棕櫚にスレダは半ば呆れ顔だ。
「もしすれだが残したなら俺が食べてやるからなっ」

 腰の辺りに伸びてきた手を白隼はするりと交わす。
「お酒は飲んでも飲まれるな、ですよ。お客様」
 赤ら顔の客に視線を合わせ笑顔で諭す。それでも懲りずに胸へと伸ばす手を優雅な仕草で掴み、そのまま関節を決めた。「参った」とテーブルを叩く客。鮮やかな手並みにあちこちから拍手が上がった。
 白隼は拍手に向かって一礼をしてみせる。

「ご注文の肉まんと修羅炒飯、魚の塩焼き…」
 ナルターは次から次へと料理をテーブルに乗せていく。
「うまい、うみゃいのじゃー!」
 乗せられた料理を一杯に頬張ってリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は幸せそうだ。
「美味しい御飯食べたらお風呂タイムだよ。一緒に入ろうね」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は実は風呂はあまり好きではないのだが、楽しくワイワイ入るのは別であった。

 ナルターは足を強調するように腰から足を出す。そんな彼女の足に見惚れた酔っ払いが足を絡ませ彼女の胸元へと倒れこんできた。
「大丈夫ですか、お客様? 呑みすぎはいけませんよ」
 妖艶な笑みを浮かべナルターは客を優しく抱き起こす。
 わざとらしく触れてくる客にも笑顔を絶やさない。
「お客様、仕事中は辞めてくださいね」
 しかし目が笑っていなかった。

「お待たせいたしましたっ。薬膳餡かけご飯となります」
 明るい良く通る声は斑鳩だ。
「豚辛口、海鮮甘口、海鮮中辛、牛甘口、牛辛口以上で全ての注文は御揃いでしょうか?」
 リズミカルに並べていく。斑鳩は普段から茶屋を経営しているだけあり複雑な注文も全て記憶している。

 厨房は多忙を極めていた。
「不味いラーメン一丁あがりっ」
 静花がどんと台にラーメンの丼を乗せる。話のネタにか不味いラーメンが好評だ。
 休む間もなく修羅炒飯に取り掛かる。一度も客の前には出ていない。実は静花は人見知りであった。ただ生来の真面目さ故に仕事における連絡では物怖じした様子はみせない。
「あ…」
 鉄鍋の中踊る真っ赤な修羅炒飯。そういえば泰には旦那候補である赤い修羅を探しにきたのだ、と赤繋がりで思い出した。
 さらに追加注文が入る。
「厨房は……地獄だっ」
 静花が叫ぶ。
「これを持って行ってくれ」
 御堂が差し出したグラスを黒葉が受け取ろうと手を伸ばす。
「ぁっ…」
 しかし細い踵が砂地の窪みにはまり、しまった、と思ったときにはバランスを崩しそのまま正面の御堂へと突っ込んでいた。
「馬鹿、あぶな…っ!?」
 黒葉を支えようと御堂は咄嗟に手を伸ばす…だが間に合わない。二人はそのままもつれ合うように倒れる。
「ふにゃ!?…主、様?大丈―」
 御堂の上から退こうと体を起そうとして胸元の違和感に気付く。
「……にゃっ?!」
 御堂の手がしかと黒葉の胸を下から支えている。
「…ったた…。黒葉、だいじょ……」
 手に柔らかく温かい感触。これは……。
 黒葉の顔がゆっくりと赤くなっていく。
「あ…いや、これはわざとじゃ…」
「着替えてきます…にゃ」
 飲み物で濡れてしまいましたし、と立ち上がると裏へと走っていく。
「………」
 じっと我が手を見る。

「ねぇーこれから予定あるの?」
 仕事に飽き始めているジャミールは可愛い女の子をみかけて声をかける。
「暇ならさ、どっか遊びに…」
「ジャミールさん、厨房を手伝って頂けませんかっ?」
 斑鳩にとても良いタイミングで声をかけられた。一緒に頑張りましょうね、そんな風に言われると弱い。

 着替えた黒葉は一生懸命串物を焼いていた。ジャミールに気付き上げた顔には汗が光っている。
「この方が涼しいし…良いですよね?」
 水着にエプロンという涼しげな格好。それに落ち着かない男が一人。角度によっては新婚さんの夢、裸エプロンに…と御堂はついつい視線を奪われがちだ。
 御堂の横では小鞠が泰国の甘味杏仁豆腐を手に周囲を見渡していた。甘味大好きクローディアに頼まれた品である。
「何、味見? まかせてー」
 口を開けるジャミールと器を差し出す小鞠。認識のクロスカウンター。
「ん? あーんはしてくんないの?」
 小鞠がレンゲに杏仁豆腐をすくい上げジャミールの口に投下した。
「……っ!!」
 歯の浮くような甘い台詞もお手の物、だがこれは物理的に歯が浮いたと思った。シロップもドロリと喉に絡みつく甘さ。
「女の子って甘いの好きだよねー」
 それでも飲み込み笑って見せる。ジャミール・ライル…男であった。

 天河は注がれる視線に気付く。
「その服、素敵。店員さんも似合ってるわ」
 ニーナが羨ましげな視線を向ける。
「べっ、別に隙でこんなかっこうしてるわけじゃ、無いんだからなっ!」
 顔を赤く染めお盆で足を隠した。褒められた事はわかるのだが、やはり男としては恥ずかしい。
「旗袍着たい。 凹凸には自信はないけど曲線には自信あるわよ?」
 アグネスが一番上の姉、リスティアに訴えた。
「私も着たいなぁ。ねぇ、姉さんも着ない?」
 ニーナもアグネスを支持する。
「そうね。お店の人に頼んでみましょうか。代わりに演奏で盛り上げますって」
「姉妹で集まるのもなかなかない機会だし演る?」
 美人三姉妹の演奏、九十九屋に断る理由などなかった。


 食堂から少し離れた浜辺に風呂が並んでいる。それぞれ厚手の布で仕切られており隣を覗くことはできない。
「泰国の甘味…なかなかでしたわ」
 湯に肩まで浸かったクローディアがホゥと息を吐く。
「クローデ、お湯の加減はどう?」
 ラヴィニアは火の具合を見ながら尋ねた。宿から火の番の申し出があったが丁重にお断りした。可愛いクローディアの入浴を他の誰にもみせたくはない。もしも彼女で目の保養を考えるものがいたら…。
「万死に値するわね」
 仮面の奥の双眸が暗く光る。
「初めてですけど…面白いものね」
 クローディアがドラム缶を叩く。
「それにしても…」
 濡れた指が髪に触れる。
「潮風で髪が痛んでしまいましたわ」
 自慢の髪が軋んで手櫛が通らないと嘆く。
「私が洗ってあげるわ」
 手桶で湯をゆっくりとクローディアの髪にしみこませていく。
「お風呂から出たら香油を塗って櫛で梳きましょう」
 クローディアが目を閉じた。

 二つ先ではぽぽいと楽しそうに服を脱ぐ少女二人。
「ねぇ、ねぇ、リンスちゃん見てみて〜」
 リィムナはお尻を突き出すと太股との境目、見事な日焼けあとを指差す。伝統的な少女のための水着、スクール水着のあとである。
「あ、リンスちゃん先に入っていて…」
「妾が先にいくのか?」
「いいから、いいから」
 リィムナはぐいぐいリンスガルトの背を押して風呂へ入れてしまう。
「いい湯じゃぞ」
 上機嫌のリンスガルトの目を盗み、リィムナはこそりと二人の洋服を隠してから風呂へと戻った。
「えへへっリンスちゃん! マッサージしてあげるね」
 手をリンスガルトの脇腹に伸ばす。
「マッサージ…ってふあああっ! これやめぬか…。お返しじゃ」
「にやっ!ふぁっ…ふにぃ…」
 激しく揺れるドラム缶。一頻り楽しみ風呂から出てリィムナが叫ぶ。
「大変!着替えがないよ」
「何いっ、着替えがないじゃと!?」
 リンスガルトはこれがリィムナの悪戯であることを理解していた。そうやって自分のことを振り回す、だがそこがとても可愛い恋人である。
「どうしよ、天幕まではしる?」
「ふっ、それも良いかも知れぬな。汝と一緒なら」
 まるで死地に向かう戦士のような言葉。
「よーし、いくよ!」
 リィムナがリンスガルトの手を取って走り出す。
「ふふっ…はははっ!悪くない、悪くないのう」
 よぅ…否、うら若き乙女がマッパで疾走。伝説の誕生だ。


 篝火の前にリスティア、アグネス、ニーナの三姉妹。それぞれ白、赤、緑の旗袍に着替えていた。
「久しぶりに三人のステージ!! いくわよーっアグネス、ニーナ!」
 リスティアがハープをかき鳴らす。それを追いかけるニーナ。中央に滑るような足取りで躍り出たアグネスが手首の鈴を合図に踊り始める。
「飛び入りは大歓迎よ」
 リスティアが客に向かって呼び掛ける。
「ね、一緒に踊って、サフィリーンさん」
 ニーナにサフィリーンが応えた。
 コミカルな歌を三姉妹が掛け合いながら歌う。
 盛り上がる演奏、歓声が上がり手拍子が起こる。気付けば斑鳩、白隼、ジャミールも踊りの輪に加わっていた。

「賑やかだな」
 竜哉とヘスティアは宿からバーベキューの道具と酒などを仕入れての準備中だ。
 手際よく作業する竜哉をヘスティアが覗き込む。
「なあ、人によってはこういうの準備が大変だろ? 取ってきたものの下処理とかもさ。そういうので商売できねぇかね〜」
 獣の肉が焼ける匂いに興味を持った者に向けてヘスティアは酒の入ったグラスを掲げウィンクを一つ。
「一緒に食いたい人はかもーん?」

 寄せては返す波の音、遠くから聞こえる陽気な音楽。
 須賀 廣峯(ib9687)は足元の砂を蹴飛ばした。砂浜なんて面白くもなんともない。だが…ちらりと背後に視線をやる。当然のように妻の須賀 なだち(ib9686)が優しく微笑み返してくれる。
(「女はこういう場所が好きだと聞くからな…」)
「私の誕生日が合戦中でしたから、その後日祝いでしょうか?」
「…っ」
 言葉に詰る廣峯の耳になだちの柔らかい笑みが届く。
「なんにせよこうして二人で過ごせるだけで、私は十分に幸せですわ」
 その言葉に嘘はない、そんな満ち足りた表情であった。
 戦が終わったら二人でどこかに行こうと言い出したのは廣峯のほうだ。
(「何て馬鹿げた話だ…」)
 小間使い代わりになだちを娶った頃の自分ならばそう言うであろう。妻に伸ばしかけた手で顎を掻く。
(「惚れた弱みは恐ろしい」)
 己の無骨な手に視線を落とす。彼女に触れたい…。傍にいるだけじゃ足りない。ジリジリと想いが身を焦がす。
(「どう触っていいかも分からないくせに」)
 苛立だしげに髪を掻き回した。
「おい」
 沈黙が重たい、そんな理由だ。声をかけたのは。
 振り返り、乱暴にその手を取った。
「…廣くん?」
 妻の瞳に自分が…と思ったときにはそのまま手を引き寄せ唇を重ねていた。

(「乱暴で、荒くれ者…」)
 掴まれた手が痛い。噛み付くような口付け。
(「けれど私の愛しい人」)
 なだちは瞳を閉じその身を彼に預けた。
「なあ」
 鼓動が熱が伝わってくる。
「…ガキ、作るか」
 甘い言葉はない。だけど飾らない彼だけの言葉が、なだちにとっての最高の幸せだ。
 自然笑みも深くなる。
「はい、喜んで」
 居た堪れなくなり目を逸らす、そんな仕草すら愛おしい。彼の手に自分の手を重ねた。幸せな未来を共に…そんな願いを込めて。

「すれだー、見ろ」
 棕櫚はヤドカリを得意気に突き出した。海というのは普段あまり接する機会のない場所だ。だから目に映るもの全てが面白い。
「はしゃぎすぎんじゃねーですよ」
 言ってる傍から何かを拾い上げる。
「棕櫚は何か見つけ…む、ゴミですか?」
 手紙入りのボトルだ。棕櫚は宝の地図を見つけた子供のように目を輝かせて手紙を取り出す。
「んー読めないな。すれだ、読んでくれ」
「ええっと…」
 渡された手紙は恋文だった。それも情熱的な。読み進めるうちにスレダの顔が僅かに赤くなる。
「なんて書いてあるんだー?」
 無邪気な笑顔で尋ねてくる棕櫚。スレダは何事もなかったかのようにクイっとモノクルの位置を指でなおした。
「た、大したことは書いてねーですし、もう一度届くように海に返してあげると良いですよ」
「今度こそちゃんと届けよー」
 手紙をボトルに戻し遠くへと投げる。
「なーすれだ、風邪か? 顔が赤い…」
 誤魔化すようにあげた視界には瞬く満天の星。
「星がよく見えるですね」
 棕櫚が空に向かって手を伸ばす。
「あんなに一杯あるんだから一つくらい欲しいなっ」
「棕櫚、星にも色々名前があるのを知っているですか?」
 気付けば二人は手を繋ぎ空を見上げていた。

 竜哉とヘスティアは天幕の前で酒を酌み交わす。
 時折互いの名を呼び一言、二言言葉を交わすだけで後は爆ぜる火の音に耳を傾ける。
 酔った訳でもなく、肩に頭を預ける竜哉にヘスティアは視線だけ一度向ける。
「あぁ…そろそろ向こうもお開きみたいだなぁ」
 賑やかだった音楽も聞こえてこなくなっていた。
「そろそろ寝るか?」
 立ち上がろうとしたヘスティアを竜哉が抱きしめそのまま寝転がってしまう。
「何が、と言う訳ではないけど温もりは欲しいのさ…」
 どうしたんだ?と目を細めるヘスティアに竜哉がそう嘯いた。
 戦場では冷静な判断を下す彼が実は寂しがりで甘えん坊であることをヘスティアは知っている。
 返事代わりにヘスティアも腕を背に回し抱き寄せ、子供をあやすように背を二度、三度優しく叩いて「おやすみ」と一言。
 暫くして聞こえてくる寝息。
「愛してんぜ? 片翼……」
 眠る竜哉の耳元で囁いた。

 星空を見上げ御堂と黒葉が自分達の天幕へと向かう。
「お疲れ様ですにゃ。そう言えばこの島、何処かに温泉が有るとか聞きましたにゃ」
 黒葉は水着にエプロンという格好のままだ。おかげで御堂はまともに彼女が見ることができない。
「温泉か、悪かない…。開拓者らしく二人で探しに…」
「主様、嬉しいですにゃ」
 それに気付いている黒葉が後ろから御堂に抱きつく。背中に当たるのは…。蘇る掌の…。
「って、おま…黒葉、何して…!」
「温泉、約束ですにゃ」
 慌てる御堂に更に強く抱きついて黒葉は満足そうに笑った。

 こうして常春の島の夜は更けていく。