あの世からの手
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/04 00:12



■オープニング本文


 凪子は墓を磨き新しい花を供えると、線香に火をつけた。
「結局、私の縁談は延期になってしまったわ」
 手を合わせた後、凪子は墓に話しかける。年頃の娘にとって縁談が延期になったという話は決して嬉しいものではないだろう。しかしそう伝える声は気落ちしておらず、寧ろどこか安堵したようにも聞こえた。
「貴方の一周忌が終わるまではって向こうのお家がね…」
 墓に眠るのは凪子の弟清太。姉の縁談の話が出始めた頃から体調を崩し、結局そのまま回復せずに決まろうかというころに亡くなった。皆は病で亡くなったと思っているが、凪子だけが真実は違う事を知っている。
 凪子と清太は母親の異なる姉弟であった。清太の母は父が外に囲った愛人。正妻である凪子の母に男児が生まれなかったために跡取りとして引き取られた。

 そして凪子と清太は愛し合っていた。

 姉と弟、叶わない想いだと知りながらも二人は確かに愛し合っていたのだ。
 原因不明の清太の病。跡取り息子を心配した父が遠くから呼び寄せた高名な医者すらも原因を明らかにするどころか、病名すら最期まで決めることができなかったものだ。
 そう、清太の病は…。
「私のせい…」
 凪子が呟いた。そう弟の病は姉が嫁の縁談に、姉が手の届かぬ人となる事に絶望したことが原因なのだ。弱った心は身体も次第に弱らせそして最終的には命を奪った。あれは一種、清太の自死かもしれない。
「いいえ…私が殺したのよね…」
 縁談を受けると話した時の弟の顔を忘れられない。
「ごめんなさい…貴方を捨てるつもりはなかったの」
 でも家のため、そして二人の関係を白日の下に曝け出させないためにも凪子は己の結婚は必要だと思っていた。いくら二人隠していても、そういったものはどこからか漏れるものである。自分だけが傷付くならばまだしも清太を傷つけるわけにはいかない。

 するり…と何かが凪子の手に絡みついた。蔦だ。蔦は手から腕に腕から身体にまるで意志を持っているかのようにするすると巻きついていく。

「清太なの?」
 墓石の下から伸びた蔦。名を呼んでも答えはなかったが代わりに凪子の体を絡め取っていく。
「一緒に来て欲しいのね」
 凪子はそれを清太の気持ちだと受け取った。死んで尚自分と共に居たいという。
「そうね…この世で一緒になれないのならば…」
 墓石に肩を預け目を閉じた。


 夕方、何時まで経っても娘が帰って来ないことを心配した凪子の父定人は家人を伴い墓地へと向かった。
 薄暮れの中、墓の傍でうずくまっている人影を発見し声をかける。
「凪子、どうしたんだ? 体調でも悪いのか? それとも…っ」
 定人は思わず声を失う。そこには蔦に絡まれた凪子の姿があった。まるで墓石に縛り付けられているようにも見える。
 なにより凪子の顔色が悪い。それは亡くなる前の息子を思わせる顔色で定人は慌てて蔦を払い落とし凪子を救い出した。
 しかし当の本人が「このままで居させてください」と抵抗し父の腕から抜け出すと墓石へと抱きつく。
「何を言っているんだ。清太が亡くなって悲しいのは何もお前だけではない。なのに今度はお前まで私達を悲しませるつもりかい?」
 定人は家人の力を借り娘を蔓から引き離すと抱えるように連れ帰る。
 その夜、凪子は墓地での事が嘘のように大人しかった。
 しかし翌朝、定人が部屋を確認してみればもぬけの殻であった。
 定人は再び家人を連れ急ぎ墓地へと向かう。案の定、蔦に絡まれた凪子が弟の眠る墓に寄り添っている。
「凪子、何をしているんだ。早く此方に来なさい」
「お父様…私はこのまま清太の元へ行こうと思います」
 凪子の顔色が昨日以上に青白く、声にも張りがなくなっていた。
 あの蔦はおかしい、そもそもたった数刻足らずであのように成長する植物というものがあろうか。
「その蔦から離れなさい。そいつはきっとアヤカシだ。御覧、お前の顔色が昨日よりずっと悪くなっている」
「いいえ、これは清太があの世から差し伸べてくれた手です」
 埒が明かない、定人は昨日と同じように家人に命じ凪子を蔦から引き離そうとした。
「これ以上近寄らないで下さい」
 凪子は懐剣を取り出し、首に宛がう。
「お父様、私を無理矢理連れ戻そうとするならば今此処で命を絶ちます」
「何がお前にそうさせる?」
「清太への償いでございます。絶望したあの子の心を少しでも慰めることができるのならば…それに……」
 一拍置く。
「私自身清太の傍にいてやりたいのです。今生で叶わぬのならばせめても来世で…」
 はっきりと言い切る声に定人は子供達の事を始めて知る。それでも表面上、取り乱さなかったのは見事と称されてもいいかもしれない。
「清太がお前に後を追ってもらいたいと思うのか?」
「ほら、この通り、私を呼んでおります」
 自分の身に纏わり着く蔦に視線を落とす。
 凪子は定人の話を聞きそうにない。かといって強引に引き剥がそうとすれば本当にその懐剣で己が首を刺すかもしれない。
 定人はそっと家人に耳打ちをした。
「ギルドに行って至急開拓者を寄越してもらいなさい」


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
秋葉 輝郷(ib9674
20歳・男・志
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
麗空(ic0129
12歳・男・志
沫花 萌(ic0480
20歳・女・武


■リプレイ本文


「何かお困りごとでも?」
 数珠を手にした沫花 萌(ic0480)を先頭に開拓者達が墓地に現れた。
「あぁ、あたしは流れの僧侶じゃ」
 凪子を警戒させないために開拓者であることは明かさない。自分以外のものは旅の連れだと紹介し定人達と凪子を見る。
「あたしは沫花萌と申す。そなたの名はなんと言うのかの?」
 世間話をしてるかのようなのんびりとした口調。僧侶に対して無礼を働くわけにもいかないと思ったのであろう。凪子は名を名乗る。
「何故、其の様な事になっておるのじゃ?」
 依頼を受けた時点で事の次第の説明はあった、だが直接本人の言葉で聞きたいと沫花は問うた。
 しばしの沈黙。聞こえてくる鳥の囀りに「いい天気じゃのぅ」と沫花は空を仰ぐ。凪子は答えを躊躇い、沫花もまた重ねて問うことはしなかった。ただ時折天気がどうだ、とか山里の紅葉がどうだとか他愛のない話題を沫花は口にする。
 そのうち凪子が弟の事を語り始める。思い出を途切れ途切れに語り、愛していた弟を傷つけたまま死なせてしまったと締めくくった。
「…ふむ、そなたの心中お察しする。しかし墓地で命を絶つなど死者への冒涜じゃ。見逃す事は出来ぬよ」
 口ではそう言うが実際に沫花は動かない。下手に刺激し、蔦からの救出に向かっている秋葉 輝郷(ib9674)の邪魔をするわけにはいかない。
 秋葉は墓石の影に隠れぐるりと遠回りしつつ彼女へ接近しているところであった。
「そもそも愛は、傷つき傷つけ合うものだ」
 エリアス・スヴァルド(ib9891)はそう切り出した。
「許されざる関係―…」
 エリアスはそこで僅かに目を伏せた。
「…なら尚更だ。周囲の人間も傷つける……それを避けるために家を選んでおいて、やはり後を追うというのは虫がよすぎる」
 傷つけるつもりはなかったという凪子にエリアスは首を振る。
「貫き通すことも隠し通すこともできぬ中途半端な覚悟であったのならば…」
 覚悟…そう口にしたとき、彼の脳裏に浮かんだのは彼の為、命を絶った愛する人の姿。凪子に語り掛けながら、自身にも問い掛ける。お前は覚悟があったのか…と。
「初めからに二人で破滅の道を選んでおけばよかったのだ」
 凪子の向こうにかつての自分が立っている。
「確かに…今となっては都合の良い話です」
 凪子はエリアスの言葉に思うところがあったのであろう今にも己の首を突いてしまいそうな鬼気迫る気配がなりを潜めていた。しかし、依然として握った懐剣は首から外していない。
 秋葉が凪子の間近にまで迫ったのを確認すると、意識を此方に向けさせるため沫花は彼女に向けて手を伸ばす。
「血に塗れた愛しき人を見たいと思う者など居らんぞ。さあ、それを渡しては貰えまいか?」
 しかし凪子は僅かに首を振るだけであった。


 墓の傍、自らに懐剣を向ける娘とそれを取巻く人々、そのただならぬ様子に、通りかかった玖雀(ib6816)は足を止める。
「後追いか…」
 風に乗ってやりとりが聞こえてくる。説得しようとしている言葉はどれも正論だ。多分娘もそれを理解しているであろう。かつて自分がそうであったように。しかし時として感情がそれを受け入れる事を許さないことがあるのだ。
 尤もだからと言って娘が後追いする様を見守るわけにも行かない。さてどうしようかと思っている時に、墓石の影に身を潜めつつその娘に向かい近づく人物を見つけた。
「あれは…」
 知人の秋葉である。娘の救出に向かっているようだ。
 そして自分と同じく墓地の様子を見守っている人物がいることにも気づく。
「くじゃくー」
 その人物、麗空(ic0129)が玖雀の視線に気付き小走りにやってくる。
「おねーさん、へんなのにぐるぐるされてるね〜」
 麗空が娘を指差す。確かに娘の身体には植物の蔓と思しきものが這っていた。しかしあのように人に絡む蔓が存在しようか…。
 何か嫌な感じがする。
「あれはだめ〜」
 麗空も同じことを感じたようだ。「あぁ」と玖雀も頷く。手短に二人で打ち合わせる。麗空は墓へ行き、もしものために備える。玖雀は秋葉の支援に向かう、と。
「墓石は壊さないようにな」
「ババが、おはかだいじだって〜」
 背を叩いて麗空を送り出し、裏手へと回った。

「なにしてるの〜?」
 麗空は気安い足取りで凪子の傍まで寄っていく。
「たのしい〜?」
 凪子の顔を覗きこむ。子供ならではの無邪気な好奇心から発せられた言葉、そんな響きだ。凪子が何か答える前に麗空が彼女に絡む蔦の先にちょんと触れた。
「へんなの〜。これは、アヤカシだよ〜?」
「いいえ、これは弟の…清太の手です」
 麗空から蔦を守るように凪子は身を捩る。
「この蔦は本当に弟さんなのでしょうか?」
 今まで沈黙を守っていた柊沢 霞澄(ia0067)が凪子の前に進み出る。蔦に手を伸ばす。
 柊沢はずっと考えていた。凪子を救う術を。凪子はあの蔦を清太があの世なら伸ばした手だと信じている。とすれば力ずくで引き離しても言葉を尽くしても彼女の心には届かない。ではどうすれば?
 しかし妙案は浮かばなかった。ただ一つ自分にできる事はと言えば凪子に蔦の本性を見せるということだけ。
(「ご迷惑をおかけするかと思います。申し訳ありません…」)
 仲間達に無言で頭を下げた。もしも自分に何か起きたら朋友達も怒るだろう。でも凪子を生かすためにはこれ以外に方法が浮かばなかったのだ。
「凪子さん…。この蔦が貴方をのぞんでいるのなら、蔦は貴方と清太さんを引き離そうとする人にだけ向かうでしょう」
 言葉に反し蔦が柊沢の腕に絡みつく。
「…そうならないのなら、この蔦にはその意志がないということ…」
 凪子が見守るなか蔦はあっという間に柊沢の体を包み込んでいく。
「しかと見ておれ。あれがそなたの愛する者の手か、其の目で見定めよ」
  目を瞠る凪子に沫花の声が飛ぶ。血の気を失った凪子の唇が戦慄いた。
「ちが…これは…清太の……」
「いいえ…」
 柊沢がゆっくりと頭を振る。
「これは全ての命を求め、搾取する、アヤカシです」
 落ち着いた声が事実を告げる。
「そんなアヤカシに大切な命を…想いを投げ出さないで下さい…」
 首に突きつけていた懐剣の先が震える。
 貴女の後悔も、清太さんの無念も理解できるとは言わない、と前置きをして。
「でも、貴女が死んでしまったら、貴女の想いも清太さんが遺した思いも全て消えてしまうことはわかります」
 それは、と伸ばされた手が凪子の膝に触れた。
「その人が生きた証を消してしまう…亡くしてしまうことです」
 懐剣を握る手から力が抜ける。

 その刹那、風が動いた。

 隣の墓石から秋葉が飛び出し一気に距離を詰る。そして懐剣を握り刃を下げさせると、凪子を抱きかかえる様、蔦から引き剥がした。追いすがるようにその手を伸ばす蔦を手にした毛皮の襟巻きで払いのけ距離を取る。
 ぽたり、ぽたり…滴る血が凪子の着物を汚す。流れる血を見て、凪子が声を震わせた。焦点の合わない夢見るような視線に怯えという感情が混じる。
 それでもなお血を流す秋葉の手を目掛け延びてくる蔦。それが炎に包まれた。
「早いとこ、彼女を安全なとこに下がらせな」
 苦無を手にした玖雀が秋葉を庇うように前に立つ。
 ふらつきまともに歩くことのできない凪子を抱き秋葉が麗空と入れ替わった。
「おしおき〜」
 麗空は真紅の気を纏った刃で蔦を凪ぎ、柊沢を引っ張り出す。
「彼女を頼む」
 秋葉は凪子に羽織をかけてやると沫花に託し剣を抜いた。
 蔦は呆気なく切り裂かれ瘴気へと戻る。しかし次から次へと新しく伸び、開拓者の腕に、足に絡みつききりがない。
「元から断たねば意味がないか…」
 エリアスが墓石の元を掘り起こし根を掴む。根と蔦、それらが容赦なく絡んでくるが振り払うことはせずに一気に引き抜いた。そしてそのまま墓地の外へと向かう。これ以上墓を荒らさないためだ。アヤカシは柊沢によって浄化された。
 とりあえず新しい蔦が生えてくる気配はない。柊沢がアヤカシの気配を探るが見当たらなかった。
「清太……」
 よろけ、転げるように凪子は墓へと寄る。そして蔦の跡を必死になって掘り起こそうとした。
「おねーさん、わるいひと。さびしいとか、かなしいとか…わかってるのに、わからないフリしてる」
 弟の名を呼び土を掘り返す凪子の背後に麗空が立った。麗空は娘を見つめてる父を振り返った。
「でも…清太には 私しか……」
 凪子は定人へ向かない。
 指先も着物も汚れるのも構わずに一心に土を掘り起こす姿。あれはアヤカシだったと解ってもなお必死になって蔦の名残を求めている。それは狂気染みているというのかもしれない。
(「それでも…」)
 秋葉はそこまでして思われる清太の事を羨ましいと思ってしまった。
 父に疎まれ育ってきた。厄介者であった自分は家で要されることはなかった。だから不謹慎であることは承知しているが、清太に羨望を覚えてしまう。
(「このような事をいったら凪子を生かそうと説得するつもりのものに怒られてしまうな」)
 苦笑を零し凪子から顔を背けると玖雀と視線が合った。互いに何もいわない。
「なんのために弟は犠牲になったのか」
 それは家を守ろうとした凪子のためだ。凪子の心をわかっていたから弟は一人全てを心に抱えて逝ったのだ。エリアスはまだ蔦の感触が残る掌を握る。
「だというのに後を追おうとするのは、弟のためではなく、単なる苦しさからの逃げに過ぎない」
 エリアスは自分の言葉に鈍い痛みを感じずにはいられなかった。
「自らの罪を償おうとするなら、生きることだ。家を守り抜く…自ら選択した道を貫け」
 したり顔で道を示す自分に思わず皮肉の一つでも投げかけたくなる。お前はどうなのだ、と。
 道ならぬ恋に溺れ愛する人を失い、愛する人が命を賭して守ろうとしてくれた自分の立場も棄てたお前はどうなのだ、と凪子に向けた言葉はそのまま自身へと返ってくる。
(「俺は…」)
 ただ解放される事だけを望んでいる。このエリアス・スヴァルドという人生から。その自分が「生きろ」などと悪い冗句のようだ。
 土中に埋っていた石に引っ掛け凪子は爪を割った。
「ぎゅーってすると、あったかくなるよ〜。いたいの、とんでけ〜」
 麗空は凪子に後ろから抱きつく。それでもまだ伸ばそうとする手を秋葉が押さえた。その手は先程、懐剣を刃ごと握り傷ついた手だ。真新しい傷口に凪子の動きが止まった。
「俺は不器用で人の気持ちを汲む事が苦手で…。貴女を慰める事も儘ならないが…」
 言葉を切って、土に塗れた手を拭ってから布で包む。
「死は誰にでも訪れるもの、今と急がずともな」
 ならば、いつ死んでもと俯く凪子に「残されて生きることも」と続ける。
「それも死と同様、誰しもいつか経験することでもある」
 凪子は俯いたままだ。
「それはは寂しく辛いかもしれない。でも乗り越えることはできる…」
 背後を振り返った。
「かなしいとかさびしいとか、そとにでないひとは…ココが、いたいんだよ。ぎゅーって」
 そこには麗空と定人の姿があった。麗空は背を屈め凪子の顔を覗きこむ。
「あったかいひと、いるのに。そんなひとに、また、ぎゅーってさせるんだ」
 麗空は定人と繋いだ手を見せる。
「つめたいのはイヤ? ならじぶんがされてイヤなことは、ひとにしちゃダメなんだよ〜」
 定人は娘を見つめている。アヤカシという脅威がなくなった今、本人が納得するまでやらせてやったほうがいいのだろうと思ったのかもしれない。
「ほら、貴方にも貴方の無事を願う人がいるだろう?」
 一人ではないのだから、と頷く。
 凪子が初めて定人を正面から見つめた。


 皆が清太の墓を掃除している間、ただ魂が抜けたように凪子はその様子を見ていた。はたはたと肩にかけた羽織が風にはためいている。
 玖雀は一同の輪から外れると凪子の隣に立った。二人の前を桶に水を汲んできた沫花が通り過ぎていく。
「愛する者を失う事は辛い」
 沫花が振り返った。瞳が凪子のさらに遠くを見つめている。
「けれど故人の想いを、死を無下にせぬ為にも、そなたは生きていかねばならんのじゃ」
 どこか遠くに向かって投げかけられているような声。それは凪子だけではなく自身にも言い聞かせているようでもあった。
 墓の前に麗空が月餅を供えている。新しい花も生けられた。その様子を眺めていた玖雀が不意に口を開いた。
「死人は生き返らない」
 玖雀は顔を上げる凪子と視線を合わせる。凪子に向けられた様々な言葉、それらはまるで自分に向けられた言葉かと錯覚するほどであった。
「それを受け入れて今を見つめるのは容易じゃねぇんだよな」
 あの日の記憶と共に胸の奥に感じるのは痛みか苦味か。それが笑みに混じる。
 当たり前のことなのにな…、そんな呟きが風に紛れた。
 最初から彼女も理解していたのだろう。それでも縋りたかった…一緒に逝きたかった。涙の跡が残る凪子の頬、一瞬だけ過去の自分が重なる。
 繰り返される後悔と自責…あの日から自分は過去に生きてきた。それは死と同義かもしれない。
 「だが」と小さく口の内で呟く。
「過去を背負ったまま生きる事も出来る事を、俺に教えてくれた奴がいるんだ」
 それ以上は言わない。言えなかった。自分も漸く今を生きる事を決意したばかりだ。此処まで来るには時間が掛かった。様々な出会いとそして紡がれた関係があった。決意してなおまだ悩み苦しむ。
 だから凪子を諭すことなんてできない。ただ同じような傷を持つ者がいることが伝わればいい。

 麗空が墓に手を合わせた後、二人の元へとやってくる。
「おはかはね、だいじ。おいのり、しよ〜」
 凪子の背をそっと押してやる。立ち上がった凪子を柊沢が支えた。
「今は辛いと思います…。きっとこれからもそうでしょう…」
 墓の前へと導き座らせる。
「ですが大切なその想いを昇華し生きて行くのがその人への本当の供養ではないでしょうか?」
 輪廻の先で再び巡り会う為にも…と一輪花を差し出した。
「…故人の想いは誰にもわからぬ。じゃが、そなたが償いたいと心の底より願うのならば、あたしは力になるよ」
 沫花は凪子に語り掛けてから経を読み始める。

 玖雀の指先の指先に温かいものが触れた。
 麗空の手だ。
「くじゃくといっしょは、あったかいから、すき〜」
 そう笑う麗空の手こそ温かい。
「……そうだな」
 麗空の手を柔らかく握り返した。じわりと温もりが混ざり合い同じ温度になる。それは過去に生きていた時には失っていた感覚であった。
 自分は再び誰かと温もりを分け合うことができる。そう分け合ってもいいのだ。なぜなら自分は生きている、のだから。

 泣き崩れる凪子の肩を定人が抱く。
「つめたいのより、あったかいほうがいいもんね〜」
 麗空が呟いた。

 凪子達が抱える問題、それも生きているなら時間がかかろうとも解決できるはずだ。