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■オープニング本文 ● ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ただあなたに会いたいのです。 もう一度だけあなたに……。 「…あ、ら?」 藤娘が貸本屋から借りてきた本の頁を捲ると紙が一枚ひらりと畳の上に落ちた。 それは手紙であった。長い手紙の間の一枚らしく途中から文章が始まり宛先も差出人もわからない。 日常の他愛のない出来事から様々な国の風土や食べ物などが書かれている。 差出人は自分と同じ開拓者なのかもしれない。 何を見てどう思ったのか、そのような内容ばかりなのでまるで誰かの日記を読んでいるような気持ちになる。 それはその人の心の内側を覗き見するようで後ろめたくもあり恥ずかしい。趣味が悪い、と思いつつもつい読み進めてしまう。 手紙の内容は日常の事から次第に相手へのことへと変わっていく。手紙は前後がわからないので断定はできないが恋文のようであった。 そして今度の仕事が終わったら話したいことがあるので会って欲しいと日付と場所が記されていた。 「………この日付は」 手紙に書かれた日付と暦を見比べる。 「今日…」 藤娘は手紙を手に慌てて立ち上がった。約束の日は今日だ。 もしも、もしもだ……この頁を同封し忘れたせいで会えないなんてことになったら、と思ったのだ。 ひょっとしたら下書きかもしれない、既に相手が読んだ後かもしれない。 だが、万が一相手がこの内容を知らなかったら、それで二人がすれ違ったら、と考えるといてもたってもいられなくなった。 懐中時計を確認する。待ち合わせ時間までまだ余裕がある。 藤娘は手紙を片手に家を飛び出した。 そして待ち合わせ場所に指定されている大紅葉の太鼓橋まで走る。 大紅葉の太鼓橋、正式名称は他にある。ただ橋の近くに紅葉の大木があり周辺の住民からはそう親しまれているのだ。 人通りは多い、だが太鼓橋の麓で待ち合わせているような姿は見当たらなかった。 とりあえずの安堵。しかし遅れて現れるかもしれないと橋に留まった。 だが待ち合わせ時間が過ぎても、それらしき人物は現れない。 冷静に考えれば日付は同じだが今日ではないのかもしれない。数年前の話ということもある。ただ手紙にそこまでは書いてはいない。 (「でも………」) 手紙をぎゅっと握る。既に辺りは暗くなり、人通りも少なくなる。 結局その日は手紙の主と会うことはできなかった。 翌日、やはり藤娘は太鼓橋に向かう。 人待ちの人物に思いきって声をかけてみたりもした。しかし手紙の送り主とは出会えない。 (「この手紙の主は無事、会うことができたのでしょうか? そしてちゃんと伝える事ができたのでしょうか」) もしも会えなかったら……。 不意に主のことが頭を過ぎる。どんなに願っても二度と会うことのできない人だ。 今思えば伝えたい事が沢山あった。主の意志を継いで開拓者になったことも伝えたい。 そしたらあの人は喜んでくれるだろうか…。驚くだろうか…。 会うことなどできないことはわかっているのだが、それでも色々と思ってしまう。 手の中の手紙を見る。 なぜこんなに自分はムキになっているのだろうか。多分二人は会えた、これはきっと数年前の手紙だと思ってしまえばいいじゃないか、と。 しかし戻ろうとするたびに足が止まる。自分のように会えなくなってからではどんなに伝えたくとも伝えられないのだ、と。 「今日、出会うことができなかったら貸本屋さんに…前に誰が借りたのか聞いてみましょう……」 それで持ち主がわからなかったらこの手紙はまた本にもどそう。ひょっとしたら気付いた差出人が取りにくるかもしれない。 「あなたは…会いたい人に会う事はできたのですか?」 手紙に語り掛けた。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
月城 煌(ic0173)
23歳・男・巫
スフィル(ic0198)
12歳・女・シ
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 太鼓橋の袂、からくりの娘が立っている。その不安そうな横顔にジャン=バティスト(ic0356)は足を止めた。 ひょっとして主を失ったからくりだろうか。落ちた肩がひどくか細く見えて力になってやりたいと思った。 「何か困ったことでも…?」 ジャンはからくりに声をかけた。 「待ち人来るかしら…」 国乃木 めい(ib0352)はジャンがからくりに声を掛けたのを見てほっと胸を撫で下ろした。こんな寒い日に可愛らしいお嬢さんを待たせるなんて、と心配していたのだ。 「あの、右手は…」 からくりの木製の右手に気付く。 (「ひょっとして…」) 思い当たる節があった。 「もし、御嬢さん…あなたは藤娘さんと仰りはしませんか?」 「久しぶりですね、藤娘さん」 国乃木の声に青年の声が重なる。 「はい、私が藤娘ですが……。っ! 菊池様、お久しぶりです」 からくり、藤娘が二人へと顔を向けた。 菊池 志郎(ia5584)は応える藤娘に笑顔が浮かぶのを確認すると、国乃木に譲る。 「義理の息子から亡き主人を慕う心優しいカラクリの御嬢さんのお話を伺っていたものですから、もしやと思いましてね」 聞けば国乃木の娘の夫が藤娘の手足を治してくれた開拓者ということであった。 「あの方の。縁とは不思議なものですね」 菊池もその時一緒に居た。 「縁といえば…」 と藤娘が一同に手紙の話をする。 「あらあら、それで長らく橋の上で様子を伺って居られたのですね」 国乃木が「ではこうしましょう」と提案する。 「私が此処でその方々をお待ちしましょう。そうすればすれ違うことも無いでしょうから、貸本屋さんに聞きに行く事ができるでしょう」 此方は私に任せていってらっしゃい、と三人を送り出した。 国乃木は枝だけとなった紅葉を見上げる。手紙の二人は出会うことができたのか、と思いを馳せると亡くなった夫の顔が浮かんだ。 「あなた…」 そっと呼びかける。 「そちらでは、人付き合いを上手くやっていますか?」 返事を待つように少し耳を済ませた。 「格式や伝統を重んじるあまり、家庭を顧みなかった貴方ですから…」 ひょっとしたらむこうでも苦労しているかもしれませんね、と笑う。しかし夫の事ばかり言ってられない。家庭を顧みなかったという点において自分も夫と同じであった。 娘を庇い、馬に轢かれた息子を救えなかった後悔。そして夫を失ってしまった悲しみ。そこから逃避をするように、全てを忘れ医の道に邁進した。 その結果、大切な娘傷つけてしまったのだ。 (「私達が愛情を注がなかったばかりに…」) 心に傷を負い、愛情を求めもがいた娘。娘は荒み、そして国乃木は娘との絆を失った。 (「でも娘も、今ではすっかり心優しい母親となり、子宝にも恵まれて可愛い孫をみせてくれました」) だが絆は再び結ばれた。 「良い人が、本当に良い人が娘の夫となってくれたのですよ」 娘の夫、藤娘の手を治した人物。彼が傷を負った娘の心を包み癒してくれた。 「何よりもありがたく…嬉しいことです」 娘の隣にそのような人がいる事が。娘を家族を愛情で包んでくれる人の存在が。 (「その人が私と娘が改めて親子となれるように、孫達と同居できるよう…に図ってくれたんですよ」) 初めて孫達を抱きしめた時の温もりをはっきりと覚えている。 「あなた…」 もう一度夫を呼ぶ。 (「何時の日か私もあなたの元に参ります。その時には…」) 両腕で見えない何かを抱えた。娘達がくれた多くの温もりと思い出をこの手、一杯に。いや抱えきれないほどにもって行きます、と夫に伝える。 「だから待っていてくださいね」 ● 貸本屋に行く道すがらジャンは藤娘の背中を見つめていた。手紙の持ち主は多分みつからないであろう。 だが会いたい人に会えなくなってしまう悲しみを防ごうとする姿に、彼女の気の済むまで付き合おうという気持ちになったのだ。 自分にもいる。逢いたいと焦がれる人が。 白百合の似合う、勝気で可愛らしいあの人…。 だがそれは「逢いたい」と口にすること、いや思うことすら許されぬ想いなのだ。多くの人を傷つけた禁忌の。 捨ててしまえ! 何度言い聞かせただろう。だがその度に甘やかさと痛みを伴って鮮やかに蘇るあの日々。色褪せぬその人の姿。 「バティスト様」 藤娘が心配そうな顔を向ける。気付けば貸本屋の前だ。 「あぁ、大丈夫」 店に入る前、空を見上げる。空の色も忘れてしまった。 「手離したくは無い…」 あの歓喜と彩りに満ちた日々の記憶を。例え今、無彩色の世界に生きようとも。 藤娘が店主を探しに店の奥に消える。 菊池はぐるりと周囲を見渡した。天井近くまである書架のせいで薄暗い。 「ぁ…」 書架と書架の隙間、差し込む一条の光。それはまるで…。 (「あの人の…師匠の周りだけ、いつも光が当たっているように明るかった……」) 菊池はその光に手を伸ばした。 菊池の故郷は陰稲の酷く貧しい村だ。子供を遊ばせておく余裕などなく、五歳になろうかという菊池は村で唯一の志体持ちということもあり幼い頃から大人に混じり働いていた。 思い出すものといえば常に土で汚れていた爪、皸だらけの手とかそのようなものばかり。 腕の立つシノビであった師が任務の帰り偶々村に立ち寄った日も菊池は黙々と働いていた。 シノビだというのに派手で人目を惹く姿に、村人の多くが手を止めて彼を見た。当然自分も。だが彼から目を離せなかった理由はそれだけではない。 師の周りだけ明るく見えたのだ。 (「そんな人は初めてだった…」) その光から離れたくない、親が止めるのも聞かず菊池は彼の後を追いかけた。 振り返った師と目があった。師が笑う。後に理由を問えば薄汚れた子供が食入るように見つめている様子が生まれたての鳥の雛のようで何だかおかしかった、と言っていた。 師が手を差し出す。菊池はその手を取った。 動きから菊池が志体持ちであることを分かっていた彼は、幾許かの金と引き換えに彼を村から連れ出した。 あの時から自分は親兄弟を捨てた人非人となった。あの貧しい村の風景、家族が浮かぶたびに胸の奥が痛む。 だが…たとえ時間が戻ったとしても…。 (「やはり自分は師の手を取る」) 何かを犠牲にし罪の意識に苛まれたとしても失いたくない縁というものはあるのだ。例えそれが痛み伴っていようとも。 「何かお探しですか?」 買出しの途中、立ち寄った貸本屋で朱宇子(ib9060)は藤娘と出会った。そこで手紙の話を聞く。 「お手伝いできなくて申し訳ないです……」 買出しの途中でなければ…と眉を下げる朱宇子。 厠に消えた店主が戻ってきた。 「あ、えっと。道中お気を付けて!」 はい、と答えが返ってくる。 貸本屋を出た朱宇子は藤娘の話を思い出す。 「会いたい人…」 思い浮かぶのは父。生死不明、それどころか顔も名前も知らないのだが。 どんな人か知りたくて母に問うたことがある。でも母は何一つ話してくれなかった。父がどんな人だったのか。どのように出会ったのか。 郷里の人達もある日ふらりと身重の母が訪れ、そしてそのまま里に居ついたということで父を知っている者はいない。 (「声も、背の高さも、知らない」) すれ違った誰かに父の面影を重ねることすらできない。でもたった一つ知っている事があった。 橋の上、覗きこんだ水面に映る自分。揺れる赤い髪に手を添える。 「あんた達の髪と目の色、あの人にそっくりなんだから」 母が唯一語った父のこと。あの時の母の嬉しそうに細められた目、だけど僅かに震える声を忘れられない。 母がしてくれたように髪を梳く。 (「娘が二人いることを知っているのかな?」) (「どうしても、お母さんと離れ離れにならないといけない理由があったの?」) 父には聞きたいことはたくさんある。 「ねぇ、お父さん…」 どんな人かわからないから、恨み言を伝えればいいのか、感謝を伝えればいいのか…。 「……それすら決められないよ…」 欄干を握る。 どこにいますか? どんな人ですか? 問いかけだけが心の中にいくつも積もり溢れ出す (「叶うならば。とても、とても、会いたい」) 会いたい、会いたい…いつの間にかその言葉が心を埋め尽くした。 はらりと落ちた名残の紅葉が水面を揺らし映った顔が滲む。ツンと痛む鼻の奥。 「……やだな…」 少し、泣きそう、かも…手の甲で瞳を押さえて空を見上げた。 お父さん…私達と同じ空を見ているの? ● (「手紙…」) 朱宇子と藤娘の話をナジュム(ic0198)は偶然聞いていた。手紙を情報伝達以外の目的で書いたのは神楽の都に来てからだ。それ以前に所謂『手紙』というものを書いたことは無い。 「いや…」 そうだ、たった一度だけあった。とても幼かった頃。 たった一人の人に。 その人の名はラエド。強くて、格好良い従兄弟の兄。親友であり、憧れの人であり、親の決めた婚約者であり、そして………。 本に掛けた指が固まった。 (「自分が 殺してしまった人…」) 彼はナジュムと同じくジン持ちであり、常に隣にいた。なんでも話し、笑って、支えあい、安心して背を預けられる、そんな関係だと思っていた。少なくともナジュムは。 気付かなかった。彼の中にある自分への激しい嫉妬と憎悪に。 古書店に向かおうとする藤娘達をナジュムは追いかける。 「て、手紙の、お、送り主? その、ぼ、僕でよければ、さ、探そうか?」 ありがとうございます、と頭を下げる藤娘に感謝の言葉なんて僕に相応しくないのに、と思った。 ● 古書店の店主からかつての持ち主を教えてもらい、その家を訪ねた頃、空には星が瞬いていた。 出てきた老人は手紙に驚き妻を呼ぶ。昔、妻に送った手紙だったらしい。開拓者に繰り返し感謝の言葉を述べる二人。 菊池と藤娘は顛末を伝えるために国乃木の元へ。ナジュムとジャンも別れた。 (「幸せそうだった」) ナジュムは二人の幸せを羨む。だがそれは幸せへの憧れと根本から異なるもの。 彼女は最高の不幸を得るために幸福を欲していた。 風を巻き上げ燃え盛る炎。 ラエドを助けたい、その一心で『失敗は証拠隠滅と共に己も消滅すべし』という一族の掟もなにもかもかなぐり捨て彼を背負い炎から抜け出した。 彼を失いたくなかった。そして彼もきっと命があることを助けたことを喜んでくれる、と信じていた。 だが目を覚ました彼から発せられたのは怒りと罵倒。そして動かない身体に対する絶望と慟哭。 そこで自分がしたことを理解をした。彼の自尊心を傷つけ、そして居場所を奪ったのだ。 その後はただ必死に謝った。泣きじゃくり言葉にできなくともひたすら頭を地べたに貼り付け謝った。 突然彼が静かな声でナジュムの名を呼ぶ。そしてその手に刃を握らせる。 生気を失った顔の中、双眸だけが憎しみで爛々としていた。彼はナジュムの手ごと刃を握る。 「これが…」 刃を自身の首へと宛がう。 「お前の優しさだ」 視界が紅に染まった。 憎悪に満ちた瞳がナジュムを捉える。 事切れた後も瞳は閉じられることなくナジュムに向けられていた。 彼の憎悪、彼の嘆き、彼の怒り、彼の…、全ての代償に…。 「僕は…」 最高に不幸になって死ぬ、そう誓った。それは最高の幸福を失うこと。その為の幸福が足りない。 自分の中の嫌悪、殺意、失望…全部抱いて、最高の不幸をもたらしてくれる人は現れるのだろうか…。 でもそれは自分の目的のために誰かを利用するようで。 「本当は嫌だ…」 零れたのは迷い子のような声。 ● ジャンは自宅に戻ると便箋を取り出す。 窓の隙間から星を見上げてそっと胸に手を置いた。 (「貴女に逢いたい…」) 毎夜祈る、空の星に。あの喜びに満ちた日々を願う。 それは罪だと知ってなお、手を伸ばす自分のなんとあさましいことか、なんと惨めなことか…それでも求めずにはいられない。 (「せめて、夢の中で出逢えたら」) 心の中渦巻く想いを手紙に綴る。 あの人が読むことは無いと知っていても。言葉を重ねる。明るみにしてはならない想いを。捨てきれぬ、いや寧ろ未だ自分の全てである想いを。 認めた手紙をそっと、御伽草子の頁に挟む。あの老夫婦の手紙が挟まれていた草子だ。 一夜の夢で構わない。その御伽草子が起した奇跡に縋ろうとした。 「どうかもう一度…この腕に……」 星に祈る。そこにはない甘い香り、柔らかい身体に両腕を差し伸べる。 再びこの腕に抱いて口付けを交わすことができるなら……。 私は何度罪科の炎に焼かれても構わない…。 ● とある茶屋。月城 煌(ic0173)と銀鏡(ic0007)は酒を酌み交わしていた。交わす言葉は少なく、ただ時間だけがゆるりと流れていく。 月城は煙管を手に外を眺めていた。茶屋に来る前に、貸本に挟まれていた手紙の送り主を探しているという友人に会った。その時の話を思い出す。 「もう一度会えるんなら、逢いてぇなぁ…」 煙とともに言葉を吐き出し、「無理、だよな」と否定する。 「アイツの綺麗な死顔は俺がみたんだ………」 そして俺が葬ったと続ける。羅宇を支える指が微かに震えた。 「……アイツの綺麗な紅でこの手を染めたんだからな…」 広げた手に落とす視線。 昇っていく紫煙。 「なあ。今から言うのは…独り言だ、気にすんなよ?」 月城が再び外へ視線を向ける。 「銀鏡の過去、聞いちまってから、俺も話したいと…思っちまったみてぇだ」 銀鏡はただ耳を傾けるだけ。 「…俺は、昔、人を殺しちまった」 未だ手に残る、身体から砂のように温もりが零れていく感覚。共に死のうと思った。 「生きても意味はない、そう思ったんだ」 でも、と眉根を寄せる。 「アイツは最後に言ったんだ…」 『生きて』と。 「俺が約束破んの嫌いだって知ってて言ったんだぜ」 狡いよな、苦笑と共に肩を竦めた。 「だから俺は『俺』を殺して、彼女として、『月城煌』として生きる、と…決めたんだ」 眇められた双眸。煙の向こうに誰かを見てるようだ。 「だけど忘れようと思うほどに、アイツと居た日々を思い出しちまう…」 現実は残酷で、彼女として生きていく、そんな都合の良い事を許してくれない。 「もう、触れる事も…」 笑顔を見ることも出来ねぇ、と俯く。 着物に広がる小さな染み。殺したはずの『俺』の…。想い……。 暫くして顔を上げれば煙管をふかす銀鏡の横顔が。 「あれから人と深く関わるのは避けようと心に決めた。誰かと約束を交わす事もないと思ってた」 だが再び一緒に居たいと思える相手に出会った。 彼の手が軽く頭に触れた。視線が合うと緩く微笑まれる。 「…そんじゃ、散歩でもして帰るとするかの」 (「…俺が俺として居れる場所、出来ちまった、な……」) 張り詰めていたものが解けた、そんな笑みが口元に浮かぶ。 「…銀鏡…、……ありがとな」 思いを全てその一言に込めた。 |