【泰動】本当の王様
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/07 23:42



■オープニング本文

●密かな動き
 とある地方の農村にて――
「我々は曾頭全である」
 左右に数名の兵士を従えた、官吏風の男が厳かに告げる。
 広場に集められた農民たちの間にどよめきが起こった。彼らは、訪れた者たちをてっきり太守からの使者か役人であると思い、命ぜられるままに村人を集合させたのである。しかし、男の口から出た名は、近年宮廷打倒を唱えて勢力を拡大させている組織ではないか。
 慌てた村長が、前に進み出た。
「わ、私どもの村に、いったいどのようなご用件でしょう?」
「うむ、それは他でもない。実はな……」
 男は小さく頷くと、声も低く語り始めた。

 そうやって曾頭全は少しずつ勢力範囲を広げてきた――


 泰のとある港街。そこは天儀との貿易の窓口の一つであり、商人の街であった。
 国から任命された太守もいるが、実質街を治めるのは商人組合の長達で構成する『五行会』なる組織である。街には五つ組合があり、街に拠点を置く商人たちはどこかに籍を置いている。
 その組合の一つ蘭亭の長であり、五行会最年少構成員の朱瑞静が自宅の書斎で休憩をしている時に部下が一人駆け込んできた。
「何事か?」
 折角の休憩時間を邪魔された瑞静は、多くの女性そして一部男性から熱狂的に支持されている怜悧な美貌を曇らせる。
「申し訳ございません。しかし緊急事態が起きまして…」
「私も馬鹿じゃないね。お前が飛び込んできた時点で緊急事態が起きたのは分かる。何が起きた?」
「先程城に賊が押し入り、太守様ご息女の誘拐を企てたました。それは未然に防ぎましたが、賊を取り逃がし現在捜索中とのことです」
 太守に仕える者達もこの街の出身者ならば五行会の息が掛かっている。よって太守側で起きたことは全て伝わってくるのだ。
「真昼間から堂々と賊が城にか?」
「はい、どうやら内部で手引きを行った者がいるらしく。また賊は『曾頭全』と名乗った模様です」
 瑞静の眉が跳ね上がる。
 曾頭全一味は太守に、邪魔な商人共を追い払い、この街の正式な支配者にしてやるという条件で協力を迫ったところを拒否され、一人娘を人質にし協力を強要しようとしたらしい。
 元々曾頭全はこの街の商人にとって商売敵のような存在だ。此方の商売を何度も邪魔をされたこともある。『真なる天帝』を自称する男が上に立つようになってからというものさらに政治色が強くなり更に厄介な相手となった。
「賊共の捜索は引き続き行え。手が足りなければ他の組合にも依頼する。それから内通者を探し出せ」
 部下は短い返事と共に急いで部屋から出て行く。
「我々の街で好き勝手できると思わないことよ」

「面白くないね…」
 部下が出て行った後、瑞静は茶を一気に飲み干した。
「未然に防げてよかったではないですか」
 秘書の李秀英が茶を淹れなおす。
「そんな奴等がこの街で暗躍してる事が問題よ」
 瑞静は最年少で五行会に入ったほどだ。やり手であると同時に負けず嫌い…いや舐められる事が大嫌いだ。
「賊を捕まえてどうされるんですか?」
「とりあえず少々痛い目を見てもらうね。人は痛い目に遭わないと反省しないものよ。それからこの街にどれだけ曾頭全が入り込んでいるか聞き出して、徹底的に潰すね」
「彼らは内乱でも起したいのでしょうかね?」
「内乱なんて阿呆どものすることよ。国も民も疲弊するだけね」


「ちょこまかと…大人しく捕まれぇ!! 別働隊は右手から回れっ」
 怒号が小さな店や露店が所狭しと並ぶ路地に響き渡る。
 何事かと立ち止まる人を押しのけ少年が駆け抜けていく。少年の名前は小竜、先程太守館を襲撃した賊の一人だ。彼は幼い頃、村がアヤカシに襲われたところ春華王を名乗る人物に助けられ、それ以来その春華王への恩返しのためと曾頭全に加わったのだ。
 街の大まかな地図は頭に入れていたはずなのだがとっくに迷子になっていた。小竜は捕まらないように只管入り組んだ路地を曲がっていく。
 相手は土地勘がある上に人数も多い、小竜は次第に追い詰められ、とうとう四辻で囲まれてしまった。遠巻きに人々が見ている。
「お前の仲間は全て捕まったぞ。いい加減に観念しろ…」
 鎧に身を包み長い棒を持った兵士が一歩前に出る。
(「仲間が捕まった?」)
 では自分が捕まったら誰が仲間を助けるというのだ。
(「俺はあいつ等みたいに仲間を見捨てたりはしない」)
 仲間も小竜と同じように村をアヤカシに襲われ、役人や兵士に見捨てられたところを春華王に助けられたという境遇の持ち主で仲間意識が強い。
 捕まるわけにはいかない、周囲を探る。少竜は志体持ちだ、隙を付けば逃げることが可能に思えた。
「聞きたい事がある、来てもらおうか」
「お前達みたいな偽者の王様の犬に話す事なんてねぇよ」
 小竜は叫ぶ。村が襲われた時に兵士達は我先にと逃げて誰も助けてくれなかった。自分や村人にとってはアヤカシから助けてくれたその人こそが真の春華王である。
「いいか良く聞きやがれ! 今の春華王は偽者だ。俺の村がアヤカシに襲われた時、役人は兵士達は皆逃げちまった。そんな奴らの王なんかより、助けてくれた俺達の王様こそ本物だ」
 逃げる機会を作るために少しでも時間を稼ぎたい。
 見物客がざわめく。そのうち「そういえばこの前アヤカシに襲われた村を助けたのも…」などという声が囁かれ始めた。
「小僧、これ以上余計な事を言うな」
「人間、本当の事言われたら頭にくるもんな。お前の王こそ偽者なんだろう?」
 小竜を囲んで兵士達が武器を構えた。両者の間で緊張感が高まる。


■参加者一覧
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
大淀 悠志郎(ia8787
25歳・男・弓
明王院 玄牙(ib0357
15歳・男・泰
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
葵 左門(ib9682
24歳・男・泰
衛 杏琳(ic1174
11歳・女・砂


■リプレイ本文


 兵士達が背後を走り抜けていったと思ったら少し先の四辻辺りが騒がしい。
 「偽の王」「誘拐」…物騒な単語が聞こえてくる。
「なにやら事件のかほりがするね?」
 露店を覗いていた久我・御言(ia8629)は騒ぎへと顔を向けた。
 店番の少女は怒声に怯えている。
「心配は無用、このような時のために我ら開拓者がいるのだよ」
 久我は颯爽と羽織の裾を翻し騒ぎへと向かった。

 大淀 悠志郎(ia8787)は観衆の輪から外れた壁際で事の成り行きを見ていた。
「五行会か…」
 一人の少年と権力者の勝負、結果は火を見るより明らかだが、落しどころの駆け引きは面白そうだ。一つ賭ってみるのも悪くない。それに街を治めている連中と繋ぎを持っておくと何かと便利でもある。
(「会の面子を保ちつつ、小僧の安全を確保できたらこの賭け自分の勝ちか…」)
 尤も小竜に言い負かされ、五行会の面子が丸潰れになったとしてもそれはそれで面白い。
「…まずはお手並み拝見といくか」
 ちらほらと開拓者と思しき人物が姿をみえた。

 四辻では兵士と小竜が睨み合っている。腰を落とし短刀の柄を握る小竜を兵士が六尺棒を手に囲む。
 狭い通りで見物人も多い、大立回りとなれば見物人にも被害が出るであろう。明王院 玄牙(ib0357)は双方を抑えるために輪の中へ入ろうと試みた。
「曾頭全は真の春華王とともにアヤカシに脅かされることの無い…」
 だが小竜の叫びに動きを止める。
(「曾頭全…」)
 先達て彼の姉が関わった旅泰市で起きた事件が頭を過ぎった。民を巻き込んだ無差別攻撃、それを主導したのが曾頭全だ。泰の乱絡み以外でも様々に暗躍しているであろう組織。
「ここは天下の往来! 何をしているのかね?」
 その明王院の脇を風を起し久我が抜け小竜と兵士の前に立つ。
「まずは落ち着いて私に話してみないかね、貴様ら」
 胸を反らし気味に背筋を伸ばし両腕を組んで両者の顔を見回す。そして額にかかった髪を跳ね上げる。芝居がかった仕草であった。
「その通りだ。双方、矛を収めよ。この衛杏琳、間に入らせてもらうぞ」
 凛とした声が響く。明王院達の反対側から衛 杏琳(ic1174)が兵士に臆する事なく輪の中心に進み出た。
 突然の乱入者に驚いた兵士達だがすぐさま棒を構えなおす。そこに久我の鷹揚な拍手が鳴った。
「君達の姿勢は実に素晴らしい」
 その態度に周囲の視線が集まる。それが狙いだ。小竜の言葉は明確な天帝批判、それに耳を傾ける者の意識を逸らす必要があった。
「見たところ彼は志体持ちだ。彼が暴れれば相応に被害が出る。兵たる君達は身を挺してそれを鎮めるつもりなのだろう」
 自らを盾に民を助ける志は尊いものだ、と再び拍手を送る。
「ただ双方が動けばやはり被害は出る。ここは事を収めるために、開拓者である私に任せてはみないかね?」
 腕を組み兵士達の前を横切る。
「悪いようにはしない。民の安全を第一に考える君達の事、快く承諾してくれると私は信じているがどうかね」
 隊長と思しき兵士が鈴なりの見物人を眺め棒を下ろす。
「英断感謝しよう」
 久我は小竜へと向き直る。
「…というわけで私は久我・御言。さて君の名は?」
「小竜…」
 応じる小竜は油断無く隙を伺っている。
「では小竜、一体どうしてこのような事になっているのかね?」
「偽の王に仕える奴らに言う事はない」
 久我は不自然な動きをしている者がいないか、悟られないよう周辺を探る。観衆の輪から顔半分鬼面で覆われた男が姿をみせた。

(「惆悵慷慨に駆られていかにも善なると信じれば他の何も見えなくなるのは変わらんものだなぁ」)
 子供も大人も…いや人も、そうでないものも変わりはしない、と葵 左門(ib9682)は喉の奥で笑う。
 吼える小竜の手はまだ刀だ。曾頭全の長を王と信じる少年の心は中々頑なそうだ。
「ひとつ佯言佯装を剥がしでもするかねぇ」
 見物人を押しのけ進む。剥がした後に少年は何を見つけるか。
「偽者の王ねぇ…。小僧。随分と面白い話をしているじゃあないか」
 葵は小竜を背に庇うように立つと、鬼面を向ける。
「その話、詳しく聞かせれば手を貸してやらんこともないぞ? お人好しと評判の開拓者も集まってきたようだしなぁ」
 葵に促され、小竜が周囲を見渡す。
 明王院と小竜の視線が重なった。明王院の視線は少々苛烈な程にまっすぐだ。
「曾頭全とその王についての話、俺も聞かせてもらいたい」
 明王院に皆の意識が向く。その隙に狙い小竜が逃走を試みた。
 しかし足元に音を立て転がった棍がそれを阻む。
 小竜の視界に黒髪と朱の組紐が風に吹かれて舞う。

「五行会の仲間ではねぇよ。単なる通りすがりだ」
 棍の持ち主玖雀(ib6816)は両手を広げてみせた。
「――信じるか信じないかは、お前の自由だけどな」
 逃亡を牽制する視線は強いが、声音は穏やかだ。
(「武力でこの場を収めることは簡単だ」)
  だがそれでは意味がないと玖雀は棍を拾おうとはしない。
 小竜にすれば此処は敵地であろう。自分だって敵だと思われておかしくない。
 彼の腹の内を聞くためには自分が敵ではない事を理解してもらわなくてはならない。
 逃げる機会を逸した小竜は観念したのか刀から手を離す。
「君が言うところの王とはどのような人物なのかね」
 久我が尋ね、小竜が話し出す。村が突然アヤカシに襲われ、役人や兵士達は我先にと逃げてしまったこと、死を覚悟した時に王が現れ助けてくれたことを。
「ほう、村を救ったのは君の王だとそう言いたいのだね? それは素晴らしい事だ」
 小竜は王を讃えられると少しばかり得意そうな笑みをみせた。主を慕う姿が玖雀の中の遠い記憶と重なる。
「だが…残念だね。そこに少女の誘拐という事柄が加わるのは」
 小竜の笑みが強張った。
「それが君達の独断ならば、君の王のためにもやってはならないことだといわねばなるまい」
 少し間を空けてから「もしくは」を続ける。
「それが指示だというのであれば、人を助ける者の行いであろうか?」
 久我の問い掛けは小竜、いや寧ろ今上帝に疑問を持った者に対してのものだ。
 それを見計らい葵が提案する。
「これ以上この場で争ってもどうにもなるまい。場所でも変えるかね?」

(「ここだ…」)
 大淀が壁から背を起す。
 勝手に話を進めるな、と詰め寄る兵士の肩に手を乗せ止めた。
「ここが頃合さ。一旦上に話を通してきな。そこで決着をつけようじゃないか。騒ぎをこれ以上大きくしたくないだろう?」
 ゆるりとした歩みで小竜と並ぶ。
「それとも此処でアンタ等と自分とで一発大博打でも打ってみるかい?」
 十人の兵士と大淀一人、話にもならない。だが大淀のその泰然とした様子に兵士達は飲まれていた。
「なんでお前らと一緒に…」
「捕まった仲間がいると言っていたな。引き合わせるのが条件でどうだ?」
 葵の提案に小竜の勢いは尻すぼみとなる。
「其方も騒がれて振り回されるよりはマシだろう? 商人の町ならば損得勘定でもしてみたらどうだ」
 葵の指が鬼面を叩く。
「小僧もだ。自分や仲間が助かれば他の者なんて構わないなんてなぁ、逃げ出した役人や兵士と同じになるかね?」
 殊更役人や兵士という言葉を強調して小竜の様子を見た。どうやら依存はないようである。
「相手は子供一人、なに怖がる必要もあるまいよ。尤も逃げても責めやしないさ…」
 大淀の挑発に頬を引き攣らせた兵士に衛が耳打ちする。
「此処で争えば民、商い、名にも傷が付くぞ。それに私達も長にも、彼にも話がある。取次いでは貰えないであろうか?」
 開拓者である自分達が用があるのだ、と兵士達に口実を用意してやる。
「奴らの仕掛けがあれだけとは限らぬ以上、まして聞耳を立てられるべきではない」
 衛の言葉に明王院が頷く。
「旅泰市でも裏の事情を知らない者を捨て駒にし裏で動いていた。今回もこの騒動の裏で…」
 明王院が言葉を途切らせた。耳に何者かの囁きが届く。同じ囁きを捉えた玖雀と視線を交わす。
「…何か企てているかもしれない。それこそ民衆への被害を省みない何かを…。俺はそんなことは見過ごせない」
 自分を信じている者達を捨て駒に使うことを、そして民への無差別攻撃を。
「だから俺も見届け人として同行しよう」
 そう言うと手にしていた棍と懐から苦無を取り出して兵士に渡す。
「武器を預ける。それでも不安だというなら捕縛してもらって構わない」
 開拓者にそこまでされては兵士達も譲歩せざるを得ない。兵士達が折れた。
 大淀は背後から小竜の両肩に手を掛けて屈む。
「半端な賭けは許されない、最後にあるのは一か八か、だ」
 低い声で告げる。
「さぁ、ありったけを吐き出して奴等を黙らせるぞ。負けはしないさ、お前の王は真の王なんだろう」
 振り返った小竜が大淀の瞳に浮かぶ暗い光に息を飲んだ。
「出目次第ではお偉方とやりあえる…。面白そうだろう?」
 薄らと笑みを浮かべてみせた。

 衛は二人の兵士とその場に残る。一人には明王院達から伝えられた人物を教え捜索させ、もう一人と集まった人々の対応を行う。
「騒がせて申し訳ない。さあ、皆は戻ってくれ」
 人々がまだ解散しないのを分かっていて兵に言葉を掛ける。
「些か勢いがあるが、貴方達がいれば此処は平気だな。貴方達は逃げ出したりはしない、だろう?」
 兵士が力強く同意する。
「それに王自らも尽力している。この騒ぎも直に収まるだろう。だから何も不安に思うことは無い」
 人心を安定させるために春華王のことも持ち出しつつも心に過ぎる事がある。
(「…王、か。王のあり方とは…」)


 開拓者達が案内されたのは五行会の事務所だ。
「それで私に用とはなにか?」
 現れた瑞静は椅子に座り、開拓者達に促す。
「まずは小竜の話を聞きたい。小竜、お前の身に何が起こって、どうして今回の騒動を起したか教えてくれないか?」
 玖雀はやはり武器を手の届かない場所に置いている。
 小竜は再び村が襲われた時の事を語る。そして王のために太守の協力を得るように命じられた事を。
「アヤカシを統べる事ができる? それが本当ならばそのアヤカシ達は王の命で動いているって事じゃないか」
「だからと言って役人や兵士が逃げて良いという道理にはならんな」
 激昂する小竜を制した葵が小竜の国に対する不信は当然だと認める。葵は小竜が激しすぎるのを防ぐために彼より先んじる事を心掛けていた。誰かが先に怒れば、案外冷静になるものなのだ。
「都合の悪い時は知らぬ顔、噛み付かれれば力尽く……。」
 葵の言葉に大淀が乗る。
「間違っちゃいないが…、その理に小僧が縛られる筋合いはない」
 軽く小竜の背を叩く。
「確かに村人を捨てて逃げた兵や役人は問題外だ。だが聞いて欲しい…」
 明王院は旅泰市での出来事を語った。
 関係ない市民を犠牲にしたことに目を瞠った小竜に対し明王院はさらに続ける。
「真の王と嘯きながら、信じた仲間すら捨て駒に、守るべき民人達すら巻沿いにした悪逆非道を成す…。そんな連中のどこに正義がある」
「人の願いも自分の想いも踏み潰して…そこ迄して支えたい王なのだろう」
 大淀に密かに覗き見た小竜は顔色を失っていた。
「俺にも我が君と仰ぐ人がいた…」
 玖雀は常に小竜と視線の高さを合わせて話す。過去形で語られるそれに小竜が僅かに眉を寄せた。
「だから小竜が王を慕う気持ちはわかる」
 玖雀の指が無意識に髪を結う朱色の組紐に触れる。
 決めた相手に全てを捧げ仕える、それは誰もができる事ではない。その想いの強さを知っている。それは都合よく利用していいものではない。
「だが一つ問いたい」
 真摯な視線が小竜へと向けられる。
「お前が恩義を感じたという王によってのアヤカシ討伐、何か違和感は感じなかったか?」
 黙り込んだ小竜に衛が何時の間にやら用意した泰の地図を広げる。
「襲われた村はどの辺りだ?」
 答えを躊躇う小竜に真面目な顔で返す。「兵や役人のあり方を正すべきだと申し入れるべきだろう」と。
「自分の村に起きた事を繰り返さないためにも、その王に仕えているのだろう?」
 ぽつぽつと小竜が語り始める。頼みの綱の自警団も破れ死を覚悟した時に王が現れ、途端にアヤカシが大人しくなった、と。
 衛は小竜の仲間達の村についても尋ね印を付けていく。
「王はよく村に来訪していたのか?」
「お会いしたのはあの時が初めてだ」
「…どの村も梁山湖から遠いな」
 襲われた村と曾頭全の本拠地梁山湖は偶々立ち寄る距離に無い。偶々というのは聊か不自然だ。
「どうして王は村に立ち寄ったのだろうか?」
 衛の指が街道を辿る。村々とこの街は一つの街道で結ばれていた。此処を確保すれば港から梁山湖へ物資を運ぶ事が可能だ。
「事を起すには人手も物もいる。そして信用も必要なんだよ」
 まさか、と地図を眺めていた小竜が玖雀を見上げる。
「んぁ? 本当のところは分からねぇよ。初めに言っただろ、通りすがりだって」
 首を振ってみせた。
「俺達に教えて欲しい。君は太守の娘さんを拐かしてなにをするつもりだったんだい?」
 明王院の言葉に小竜が呆然としたまま答える。
「新しい治世を築くため。まずは太守と会談の席を設けるために…多少強引な手段を」
「…と、君達は言われたのかね?」
 久我が確認に小竜は頷く。
「小竜」
 衛が名を呼ぶ。
「恩義に報いるというのは正しいものだ。私も救われて生きる者。その思いは知っている」
 だが、と目を伏せた。溌剌とした光を讃える双眸に翳りが過ぎる。
「死に瀕する恐怖を知っていながら、なぜ」
 手を握り締める。
「…私は攫われた時、死を覚悟したよ。小竜。果たしてその娘は恐怖しなかったのだろうか…」
 小竜が目を瞠った。
「王は俺達を助けてくれた、でも…」
「言われた事を鵜呑みにする必要はねぇ。お前が感じて考える事だ」
 玖雀の手が小竜の髪を掻き回す。
「背筋を伸ばしたまえ。君の王を信じるならば正道を行くべきだ」
 久我が小竜の正面に立ち、小竜の目を見つめる。
「俺達の王が…本当の王様であるか…俺は知りたい」
「ふむ。人を知り、世界を知り、自分の目で判断したまえ」
 久我が退くと丁度瑞静と小竜が向き合う形となった。
「やったことへの責任を取るのは大人も子供も一緒ね」
 衛は瑞静の言葉を待つ。よほど理不尽なものでない限りは口を出すまいと思っていた。五行会の手の内にあるならば保護されているのと同じ意味合いを持つだろう。
 瑞静は小竜達に倉庫の雑役を申し付けた。
 小竜が瑞静の部下により連れ出された後。
「案外簡単に場から下りたもんだ。お陰で勝負は自分の負けだ」
「そう仕向けたのはお前達だろう」
 嘯く大淀に瑞静が笑う。
「開拓者は甘いね。だが曾頭全の情報への礼よ。今回だけ付き合ってやろう」
「瑞静殿、曾頭全には気を付けてくれ」
 何食わぬ顔の衛に瑞静は頷いた。

 果たして乱が終わった時、小竜達はどんな事実を見つけるのだろうか。