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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 奪われたご神体と巫女を奪還するため、盗賊の隠れ家に踏み込んだ開拓者達が目にしたのは既に事切れている盗賊達と、意識を失っている巫女の姿であった。 ご神体『金烏の鏡』は見つからず、起きたことを尋ねようにも巫女は取り乱している。 開拓者ギルドは深夜でも賑やかだ。 「落ち着きましたか?」 出羽の正面に一人の男が座る。男の名は岩戸、ギルド職員だ。 出羽が頷く。 「何が起きたかお話願いますか?」 「あの晩攫われた私は、廃寺へと連れて行かれました」 出羽が己の身に起きたことを話し出す。 ● 金烏の鏡と共に出羽は廃寺に囚われていた。盗賊全部で五人。大工見習の源三もいる。五人は別の町から流れてきた窃盗団らしい。 捕らえられた出羽は恐怖のあまり泣いて叫びたい衝動に何度も駆られた。しかしその度に近くに金烏の鏡があり、自分はそれに仕える巫女であると自身を奮い立たせる。 盗賊達は事あるごとに「売る」だの「殺す」だの出羽を脅しては反応を見ては楽しんだ。 ただ生娘の巫女という商品価値のために手を出されずには済んでいた。 出羽が助け出された日の夕方、外出から戻ってきた優男が「鏡の買い手が決まった」と一同に告げる。「女の鏡もだ」とも。 「そんな…。ご神体になんてことを。神罰が下りますよ」 「あれにそんな力があるなら、なんでアンタはこんな事になっているんだろうな?」 驚く出羽に優男が小馬鹿にした笑みを浮かべ、胸に下げている鏡に手を伸ばす。 「鏡に触れないで下さい」 出羽が体を捻って男の手から鏡を守ろうとした。 抵抗する出羽の頬を男が思いっきり張る。そしてそのまま髪を掴み顔を無理矢理上げさせる。 慌てる源三達に優男が振り返った。 「鏡がかなりの金で売れるんだ。女はさっさと始末すべきだ。どうせもう少しここで仕事するんだろう?」 人を売るのは物を売るより色々と面倒らしい。 「まぁ、バラす前に楽しみたいってなら止めないがね」 男達の輪の真ん中に出羽を投げ捨てる。床に体を打ち付けて背を丸める出羽の肩を踏みつけ仰向かせた。 「まだ罰が云々とか巫女さんは抜かすかい?」 男の手が襟にかかる。別の男が足首を掴んで無理矢理広げさせた。 それはまだ年若い出羽にとって殺すと言われるよりも恐ろしい事であった。 自分の力では抗うことすら許されない―恐怖で体が震える。 「…け、て……」 震える声が唇から漏れる。 男の手が袷から無理矢理侵入し…… 「助けてぇええ!」 出羽が悲鳴を上げた瞬間であった。男達の背後でいきなり黒い霧が立ち上がった。霧の中心に浮かぶのは鏡だ。霧は一番近くに居た源三を飲み込んだ。 霧の中で源三は見る見るうちに干からびていく。流石に男達も異常事態と悟り、それぞれ武器を手にする。 優男が刀で切りつける、しかし刃は黒い霧に抱きとめられてしまう。顔に傷のある大男の一撃も、霧がまるで綿のように切っ先を包み込み、勢いを殺してしまう。 ならば、と年配の男が放った雷は鏡が一際強く輝き、そのまま男へと跳ね返した。自らの雷を受け、男が床に転がる。 鏡は攻撃をしない。しかし霧に触れるたびに男達の顔色が悪くなっていく。まるで霧が男達の命を吸い取っているようであった。 子供が霧に囚われた。じわりと黒髪は白髪へ変わり、眼窩がくぼみ、頬骨が突き出てくる。 最後に残った大男の渾身の一突きも、霧を少しばかり裂いて終わる。そのまま刀ごと霧に絡め取られ後は同じだ。 最初、出羽はそれこそ神罰が下ったのだと思った。しかしそれは違うと気付く。 金烏の鏡が纏う気配はご神体と呼べないほどに禍々しい。 「金烏様、お止め下さい。 それ以上やったら彼らが死んでしまいます」 出羽はなんとか金烏を鎮めようとした。 しかし功を奏さない、男達はまるで物のように床に転がる。 金烏の鏡は次に、出羽へと向く。 出羽は覚悟を決めた。無意識のうちに胸に下げた鏡を両手で握り翳す。ちょうど金烏の鏡に向ける形だ。 「っ!!」 いきなり強く突き飛ばされたような衝撃とともに体が後ろに吹っ飛んだ。 同じように逆方向へと飛んだ鏡が窓を破りそのまま飛び出していく。そしてそこで意識を失った。 ● 「そのまま鏡は外へ?」 岩戸が確認する。 「はい、この鏡に弾かれたかのようでした」 出羽が胸の鏡に手をあてる。鏡には小さな罅が入っていた。それは『五角の鏡』と言い、ご神体である金烏の鏡、玉兎の鏡から力を授かる時に使うものであった。 「大変だ」とギルドに駆け込んでくる者がいる 「通りで火消しが二人、死んでいる。しかも二人とも干物のようになって」 続いてもう一人。 「柳橋長屋で死体がいくつか見つかったらしい。なんでも干からびて、いつのもんだかわからねぇって」 さらに。 「川縁で蕎麦の屋台が変なアヤカシに襲われている。黒い霧みたいな…通りかかった開拓者が向かっていったが、攻撃が効きやしねぇって。助っ人を呼んでくれって頼まれたんだが…」 ギルドは一気に慌しくなった。 結局、蕎麦の屋台は間に合わなかった。駆けつけたときには既に、屋台の主と客そして開拓者は物言わぬ骸となっていた。どれも干乾びている。 報告を受けた岩戸が表情曇らせる。話から察するに金烏の鏡であろう。あれから金烏の鏡について話を聞いたが、瘴気を集めやすいとあった。……となると、アヤカシ化してしまったのかもしれない。何せ盗賊が塒にしていた廃寺はかつて大火により消失した地区にあるのだ。炎に巻かれ亡くなった人々の無念の思いが瘴気を生み出してもおかしくはない。 しかし手を打ちたくとも情報によると、魔法は弾かれ、刀や槍による攻撃は黒い霧によって阻まれてしまうらしい。 「一点集中で狙えばどうにかなるのでしょうか…」 唸る岩戸に、出羽は首から五角の鏡を外し「これを」と差し出す。 「これで金烏の鏡の被害を防げるかもしれません」 本来ならば鏡を鎮めるのは巫女たる自分の役目であるが、鏡に自分の声は届かなかった。自分の力不足だと項垂れる。 「鏡を止める事ができなかったことは後でお叱りを受けます。でも今は被害を最小限に抑えることが。それに……」 声を詰らせた。 「金烏の鏡様が…人を襲うなどと見ていられません」 仮にもご神体として長い間村を守ってきたものだ。既に取り返しが付かない状態だが、もっと酷くなる前に止めて欲しい、と。 「この鏡で金烏の鏡を止めることはできるでしょうか?」 「…この鏡だけでは。でも対である玉兎の鏡があれば……」 幸いなことに玉兎の鏡ならば開拓者の手によってこの町にある。 「あとは鏡がどこに現れるかわかれば」 岩戸は町の地図を広げた。 金烏の鏡関連と思われる報告があった場所に印を付けていく。 印は町の南東へと移動していた。南東には歓楽街がある。 「人の気配に引かれている? なら鏡が次に向かいそうなところは…」 岩戸が地図上を指し示した。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● (「出羽さんの願いに応えて耐え切れなくなっちまった…のかな」) 救出された出羽と開拓者ギルド職員岩戸の会話を聞きながら羽流矢(ib0428)は思った。それを「鏡を止める事ができなかった」と責任を感じる出羽に言うつもりはないが。 ふと視線を横に向けると、ほぅ、と息を吐く柚乃(ia0638)の姿が目に入る。きっと出羽の無事な姿に安堵したのだろう。 羽流矢の視線に気付いた柚乃が表情を引き締めた。 「後は鏡の保護ですね」 保護、それには柚乃の村人の心の拠り所であろう鏡をできれば壊さずに取り戻したいという気持ちが込められていた。 羽流矢が頷く。 (「色々やり辛いが手は尽くしてみるよ」) 広げられた地図には、既に被害が発生した箇所に朱で丸印が描かれていた。 「ひーふー…、これはまた随分、派手に暴れてくれたね」 朱色の丸を数え蔵 秀春(ic0690)が肩を竦める。 「まずは夜でも人の集まりそうな場所に急行して、皆さんを逃がさなくては…」 菊池 志郎(ia5584)が地図を確認する。岩戸曰く夜でも人が集まる場所はギルドから近い順に湯屋、水路、賭場ということだ。 「一番近い湯屋に向かって、そこから水路と賭場に分かれるのがいいかな」 羽喰 琥珀(ib3263)は地図の上を指でなぞっていく。移動用の馬ならばすぐに二頭用意できるというギルドの申し出はありがたく受けることにした。 「避難を速やかに行えるようにギルドからのお墨付きを貰えないかな」 羽流矢が新しい地図に情報を写しつつ岩戸に頼む。 「出羽さん、辛いかもしれないけど…もう一度その時の状況を聞かせて下さいませんか?」 日御碕・かがり(ia9519)が尋ねる。 「五角の鏡はどう向けたのでしょうか?」 鏡を出羽に手渡す。出羽は暫し考えた後に日御崎に鏡をまっすぐに向けた。 「合せ鏡…。動く鏡相手にまっすぐに合わせなくてはいけないということですね」 菊池が顎に指を宛がう。 「捕縛用の投網があるかな」 網を被せてある程度動きを封じてしまおうという、羽流矢の提案に投網ならば奉行所にあるはずだと岩戸が答える。 「奉行所ですか…」 今は少しでも時間が惜しいところだ。 「馬を一頭残しといてくれれば、自分が網を受け取って後から追いかけるさね」 蔵が名乗りを上げた。網がなかった場合などに備えて、近隣から布を集めておくとも。 連絡は狼煙銃で取り合うことにし、蔵を残した五人は出発する。 「後は任せて下さい。きっと止めます。貴女の分まで頑張って来ます」 日御崎は出羽を励ますように強く腕を掴む。 (「間に合わなかった人達の為にも…」) 「必ず」 これ以上は被害を広めません、と日御崎の言葉には決意が込められていた。 「できれば念のために手が空いている開拓者をギルドに集めておいてくれないかな」 出掛けに羽喰はそっと岩戸に頼む。最悪の結果を考えてのことだ。 ● 湯屋には多くの人がいる…ということはまだアヤカシの話すら伝わっていないのだろう。 「開拓者ギルドから来たんだが…」 羽流矢が岩戸から受け取った書状を湯屋の主に見せ、事の次第を説明する。 「ギルドに手の空いている開拓者を集めてもらっているから、そっちの方へ逃げろ」 羽喰が従業員と共に客を風呂から追い出しにかかり、湯船から水を抜き、火の気も一切落とせと指示をする。 金烏の鏡に宿った瘴気が大火の被害者達の怨念であれば水や火にも呼ばれるのではないかと考えたのだ。 湯屋からは賭場と水路、二手に別れた。 賭場へは羽喰と柚乃が一頭の馬に同乗し向かう。 羽喰が手綱を取り、柚乃は後ろで瘴気の気配と町の様子を探る。異常は今の所見当たらない。 (「そういえば、金烏の鏡に描かれた三本足の烏って…八咫烏?」) 柚乃が不意に思い出す。八咫烏と言えば太陽の化身と考えられていることもある。太陽の化身が夜空の下、アヤカシと化したのは哀しい事に思えた。 賭場は一見すると近くのお堂の倉庫のように見える。その賭場の周囲にはこの辺りを縄張りとしている博徒集団の三下奴が見張り役として立っていた。 蹄の音を響かせ賭場に突っ込んできた馬に、三下奴達は飛び退く。 馬上の少年と少女はひらりと飛び降ると、そのまま賭場へ入っていこうとする。 我に返り「待ちやがれっ」と少女の肩に手をかようとしたが、逆に少年に腕を取って捻られた。「急いでいるので、ごめんなさい」と少女が横を通っていく。 賭場は熱気に満ちている。皆、賭け事に夢中で場違いな柚乃が入ってきたことに気付く者も殆どいない。 少し声を張り上げたところでまともに聞いては貰えないかもしれない、と柚乃は歌い始めた。 聞こえてきた少女の歌声に流石に注目が集まる。 「突然申し訳ございません」 微笑み優雅に一礼すると柚乃は名乗りを上げ、現在町に起きている事を説明した。 「此処もアヤカシに狙われる可能性もあります。早くお逃げください」 開拓者である柚乃の言葉に立ち上がる者もいれば、「小娘の戯言だ」と酒の力も手伝って強がる者もいた。 「黒い霧に捕らわれたら…二度と賭博ができなくなりますよ?」 説得しようとする柚乃の横を抜け、羽喰が酔っ払いの前に立つ。そして無言で刀を一閃させた。男の着物の切れ端が宙に舞う。 「時間も余裕もねーんだ。グダグダ抜かして邪魔して被害増やそうってんなら、覚悟しろよ?」 行燈の光を反射し鈍く光る刃越しに男を睨んでから、露を払うように刀を振るう。 「いいか、なるべく散って逃げろ。固まるなよ、アヤカシに狙われ……」 「琥珀クンっ!」 柚乃の切羽詰った声に少し遅れて悲鳴が重なった。悲鳴は外からだ。二人は外に飛び出した。 「金烏の鏡…?!」 禍々しい黒い瘴気の霧を纏った鏡が浮かんでいる。黒い霧は既に一人捕らえていた。男がいくらもがくいても逃げ出すことができない。 羽喰は五角の鏡を柚乃に渡すと、鎖分銅を取り出し男に向かって投げ付けた。 鎖を男の体に巻きつけ引っ張る。 霧との力比べ。踏ん張った踵が土を抉る。羽喰も引き摺られ始めていた。 五角の鏡を手にした柚乃は鏡の正面から翳す。五角と金烏、重なった瞬間、霧の力が弱まり捕らわれていた男が羽喰目掛け半ば飛んでくる。自分より一回り以上大きい、男を受け止め地面に転がすと狼煙銃を取り出した。 『アヤカシ発見』の赤い狼煙を上げようとする。 「鏡がっ…」 柚乃の手にした五角の鏡に亀裂が入る。鏡の破片が足元に落ち、金烏の鏡から真っ黒い瘴気が吹き上げた。 一か八か、羽喰が投げた鎖分銅は霧に阻まれ鏡に届かない。綿のような感触であった。そのまま金烏の鏡は空へと飛び去ってしまう。 「水路の方に…」 柚乃の張った結界を金烏は水路方面へと突き抜けて行く。 白、絣模様、梔子色…継ぎ接ぎだらけの布が広がった。 「こんなもんかね」 ギルドでは蔵が近隣から集めた布を道幅程の大きさになるように縫い合わせていた。これを屋根と屋根に渡して上を覆い、鏡の逃走を防ごうというわけである。 「わざわざ布を購入されたのですか?」 このような非常事態ならば住民も喜んで貸してくれただろうに、と岩戸が驚く。 「そりゃ、綺麗なまま返せるとは限らないからね」 こうして縫い合わせしまったわけだし、と布を畳みながら蔵が答えた。 布の他には鏡を数枚ばかり、小間物屋の主人を叩き起こし購入した。念のため御守りのようなものだ。 「投網を借りてきました」 ギルド職員が戻ってくる。急いで投網と布を一緒に馬に積んだ。 遠く発砲音が聞こえる。 「いまの音は狼煙銃さね」 賭場の方角に一筋の白い狼煙。 「ってこたぁ水路かい」 蔵は馬に飛び乗った。 「うまい事引っかかってくれりゃ御の字なんだが」 アヤカシの気配を探りながら馬を飛ばす。金烏の鏡が此方の都合に合わせて水路に現れてくれるとは限らないのだ。 ● 夜の水路というのは独特な雰囲気であった。 夜鷹と呼ばれる女達が暗がりに幾人も立つ。それを目当ての男達、そして道の脇に立つ屋台。 一番最初に水路に着いたのは羽流矢であった。賭場方面の空を見上げる。狼煙は上がっていない。避難に手間取っているのだろうか。 ともかく此方の避難も完了させなくてはいけない、と通りを行く羽流矢を物陰から女が誘ってくる。 「皆さん、話を聞いて下さい。町でアヤカシが暴れて…」 遅れて辿り着いた日御崎が律儀に挨拶をしてから声を張り上げた。 その日御崎の背後、賭場の方角に白い狼煙が上がる。賭場の避難が完了したということだ。となれば此方も早く避難を完了させなくてはいけない。 「早くお逃げください。アヤカシは人の多いところに現れるようです。なのでばらばらに逃げて下さい」 羽流矢から預かったギルドの書状を広げ、日御崎は避難を訴え通りを走る。 「…というわけだ、こんな騒ぎじゃ事もままならないだろう?」 羽流矢は顔色を失う女に「皆に伝えて早く逃げろ」と促してやる。そしてひょいと橋の下を覗き込んだ。 暗がりには絡み合う男と女の影。咳払いを一つ。 「…今の聞いていたか?」 頷く二人に「命あっての…てな」と言い残し逃げ遅れた者を探しに向かう。 「奉行所の取締りではありませんから、逃げてくださいね」 菊池は隠れている者を探し路地を覗き込む。時間もないが混乱を招いては元も子もない。諭すような穏やかな口調で避難を呼びかけた。 水路周辺は船着場などもあり思ったよりも人が多い。 「此処で何か起きても近寄らないように、と皆さんにお伝えください」 逃げる者達に菊池はそう頼んだ。此処で戦闘が始まった場合、人々を巻き込まないように注意をする必要がありそうであった。 避難が終わった頃、羽喰、柚乃、蔵も合流する。 羽流矢と菊池は受け取った布を建物の屋根へと上げた。 日御崎、羽喰、蔵は周辺を探り避難が完了した事を確認する。 松明を篝火代わりに焚く。金烏の鏡を呼び寄せるために思いつく事はすべて行う。 「後は奴さんが食いついてくれるのを待つばかり…」 蔵が周囲を見渡す。水路周辺は静まり返っていた。 「金烏よ、来い」 羽流矢が空に向かって呟く。 「今出来る事は、強く念じる事くらいか」 「二枚の鏡は、表と裏…いわば対をなすモノ。どちらが欠けてもいけない気がするの…」 柚乃が目を伏せ祈る。 「どうか鏡を無事保護できますように」 柚乃と菊池が弾かれたように同時に空を見上げた。夜空に大きな烏が飛んでいる。烏の真ん中で月明かりを反射し煌くのは鏡だ。烏が開拓者目掛けて降下してきた。 菊池と羽流矢は屋根に上がる。菊池は周辺に人がいないか辺りを見渡し、羽流矢が屋根の上からカンテラで鏡を照らした。罠の元へと下がった柚乃が緩やかな曲を奏で始める。 日御崎、蔵が鏡の正面に立ち、羽喰が側面へと回った。日御崎は懐の鏡に手を置いてから刀を抜く。 前衛三人の役目は罠の下まで鏡を誘い出す事だ。 蔵の刀が紅の燐光を躍らせる。掠めた切っ先がそのまま霧に捕らわれそうになり慌てて後ろに下がった。 「わりぃね。その霧につかまる気はないさね」 霧に捕らわれないよう蔵と日御崎は絶えず立ち位置を変える。 側面に回った羽喰は二人が攻撃する隙を突いて、滲んだ夕焼けのような橙の光を纏わせた刀で霧を薙ぎ払う。 刀が纏っていた光が霧に触れた瞬間に消え去った。 「側面からでも駄目か」 罠の場所までのわずかな距離が遠い。 屋根からその様子を見ていた菊池が「試しに…」と意識を集中させる。 地面から生えた蔦が、日御崎、蔵の間を潜り抜け鏡に迫った。武器と異なり霧に阻まれはしない。しかし霧に触れた箇所から瞬く間に塵と化す。 「やはり直接押さえるしかないみたいですね」 羽流矢は網を投げかける機会を窺う。 まっすぐに玉兎の鏡と金烏の鏡を合わせるために、逃走経路空を封じ、鏡の動きも封じる。失敗は許されない。 蔵が霧に足を取られる。引っ張られ転んだ拍子に懐から鏡が一枚落ちた。 それに手を伸ばす。 「こんな鏡でも役に立つかい?」 手にした鏡を金烏の鏡に向けた。金烏の鏡が映り込んだかと思えば、いきなり鏡が音を立てて割れてしまう。しかし蔵の足を捕らえていた霧の力が弱まった。 羽喰が蔵を引っ張り後退する。 金烏の鏡の本能は人の生気を喰らう事、そして鏡に映りこむ事を嫌う…ならば、と蔵が残りの鏡を日御崎、羽喰に渡した。 「試しにこれで追い込んでみようさね」 罠の下の柚乃に至る道を空け三方に散らばる。三人が一斉に鏡を金烏の鏡に合わせた。 鏡は柚乃へと向かう。 そこだ、と羽流矢は鏡に向かって網を投げ、そのまま網を押さえるために飛び降りる。 捕えられた鏡が羽流矢が押さえた網ごと空を目指した。 「そうはさせません」 布の端を持った菊池が屋根を蹴り、道を挟んで反対側の家に飛び移る。広がった布が鏡の頭上を塞ぐ。鏡が躊躇したように動きを止めた。 日御崎が取り出した玉兎の鏡を手に、金烏の鏡の正面に立った。羽喰は逃走を防ぐため、五角の鏡を手に金烏の背後に回る。 両手で玉兎の鏡を支え金烏の鏡を合わせた。 玉兎の鏡に惹かれるように黒い霧が流れ出し、鏡ごと日御崎を捕える。霧が触れた箇所から、熱が奪われる、そんな感覚であった。 「約束したん、ですっ」 朦朧としてくる意識を奮い起こす。 金烏の鏡に向かって一歩踏み出した。一歩ずつ、金烏の鏡に近寄っていく。次第に黒い霧は凝縮されその面積を縮めた。 そして終に互いだけを映す距離まで近づいた。 「止まって!」 日御崎が願う。 黒い霧が弾けるように消えた…と同時に金烏の鏡に罅が入る。 日御崎を襲っていた圧力が消えた。背後に倒れこみそうになった日御崎を菊池が支える。 落ちる金烏の鏡を羽流矢が間一髪拾い上げ、日御崎が持っていた玉兎の鏡と共に布に包んだ。 「おかえり…というべき、かな?」 玉兎の鏡は白く濁っており、何も映さない。金烏の鏡も表面に幾重の罅が入っている。元通りとはいかないが、再び鏡は共に存在するようになった。二枚で一つのご神体としてのあるべき姿に。 「鏡を無事に保護すると言っておきながら、申し訳ございません」 謝罪をする開拓者に出羽は礼を述べる。「金烏の鏡を止めて下さりありがとうございます」と。 「それに鏡は失われたわけではありません。こうして皆様のお陰で戻ってまいりました。でも…」 多くの命が失われた…全て元通りというわけにはならない。出羽が黙り込む。 「巫女さんの役目はこれからだよ。鏡と、人の怨念…共に鎮めて守ってやりな」 失われた命のためにも…羽流矢は心の中で付け足した。 「…今度こそ、できるさ。必ず…」 羽流矢が三枚の鏡を差し出す。暫し躊躇った後、出羽は鏡を受け取る 「この鏡と、命を失った人々の魂を鎮めて守っていきます。今度こそ…」 鏡を止める、その約束を果たしてくれた開拓者に今度は出羽が誓った。 |