【流星】君に花火を…
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/21 00:25



■オープニング本文


 『流星祭』の時期、街中はいつもと違った喧騒に包まれる。西の空が薄紫に染まる頃、祭提燈に次々と火が灯り祭囃子が風に乗り祭の本番を告げた。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかしている。時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。


 ポッピン……

 ポッピン……

(「ぽぴんの音?」)
 海弥は花を活ける手を止め顔をあげた。海弥の主である少女が窓から外を眺めながらぽぴんを吹いている。
 ぽぴんとはガラス製の玩具で、杏飴を逆さにしたような形をしており、長い管状の首の部分を咥えて吹くと「ポッピン」と少々変わった音がする。
 遠くを見つめる少女はその雪のように白い髪と相俟ってこのままどこかに消えてしまいそうに思えた。心配になった海弥は思わず少女を呼ぶ。
「椿様……」
「どうしたの海弥」
 ぽぴんを大事そうに両手で包み込み椿と呼ばれた少女が海弥に顔を向けた。手の中のぽぴんは一昨年、海弥が流星祭の土産として買ってきたものである。
「そういえばそろそ流星祭の季節かしら? 今年は海弥の番でしょう。お土産楽しみにしてるわ」
 椿の白い指がゆるりとぽぴんの表面を撫でた。
 海弥は四歳の頃、二つ年上の姉の香奈と一緒に椿のお世話役となって以来、祭には年毎に香奈と交代で遊びに行くことにしていた。今年は海弥の番だ。
「今年は祭に行くのはやめようかと」
「たまには羽を伸ばしていらっしゃいな」
 椿は笑う。少し強い風が吹いたら消えてしまうかのような儚い笑みだ。それは出会った頃から変らない。彼女はいつも少し寂しそうに笑う。

 椿は『遠野家』という古くから続く占い師の家系に生まれ、双子の姉がいる。
 遠野家では占い師という生業のせいか、迷信のような昔からの慣習や言い伝えが強い意味を持っていた。
 その一つに『双子は不吉』というものがある。
 なので双子が生まれると、下の子はすぐに遠くへ養子に出してしまうことが決まりとなっていた。
 しかし椿達は二人とも体が弱かったために、跡取りの姉に万が一があった場合を考え妹である椿は家に残されていたのだ。数年経ち姉の体も丈夫になり、今度こそ養子にという話になったところで一つ問題が起きた。
 椿の占いの才能である。椿は姉より、いやここ数代の当主達の中と比べても群を抜いて才があった。となると手放すのが惜しくなるのが人情というものだ。結果、一族で話し合い椿は養子に出さない事と決まった。
 ただし双子は不吉であるから存在しない者として、屋敷の奥にある離れに半ば軟禁状態で。
 海弥と香奈は父が遠野家に仕えており、二人とも椿と年齢が近いということで遊び相手も兼ねて仕えることになった。
 実は椿という名前も本来の名ではない。そもそも少女は存在しない者なので名前がない。だから離れの庭に美しい椿が咲くからと香奈が「椿」と名付けた。一族の者は「あの方」と呼ぶ。
 椿は屋敷の外に出ることは滅多にない。ほぼ一生をこの離れで暮す事が決められている。

 海弥は祭が好きだ。しかも今年は花火も打ちあげられるのだ。楽しみではないと言えば嘘になる。しかしある程度ものがわかる年齢になってくると、椿を前に祭だ、花火だとはしゃげなくなってしまう。
「もう祭ではしゃぐような子供でもありませんし」
「ねぇ、海弥。花火をみたことがあるかしら?」
 暫く間をおいてから不意に椿が尋ねた。海弥が頷く。
「私は見たことがないの」
 彼女が手にしてるぽぴんには花火の絵付けが施されている。
「だからお願いよ。海弥は絵が上手でしょう。見てきた花火を絵にして、私に見せて頂戴。それが今年のお土産」
 いいわね、と椿が微笑んだ。


 椿が私室に戻ってから海弥は姉の香奈を訪ねた。
「で、海弥は椿様に花火を見せてあげたいということ?」
 海弥はあれからどうにかして椿に花火を見せれないかと考えていた。
「黙って連れ出す事もできるけど、それは椿様が納得しないわ」
 かつて一度だけ椿を外に連れ出した事がある……と言っても勝手口から通りに出た程度だが。それでも椿はとても嬉しそうに外の世界をみていた。
 結局すぐに見つかり連れ戻されてしまったのだが。その後、海弥と香奈は大人達から酷く怒られた。それを知った椿は以降、決して「外に行きたい」と口にすることはなくなったのだ。
「俺か香奈どちらかが離れに残れば大人達も疑わないんじゃないかな」
「一人だけで椿様を守ることができるかしら」
 二人は黙り込んだ。かつて抜け出したのも流星祭の日であり、流星祭の期間は警戒が厳しくなるのだ。
「俺達二人、離れに残っていれば流石に椿様がいないなんて思わないよな」
「一人で椿様を祭へ行かせるの?」
 問題外よ、と声を荒げる香奈に向かって海弥は頭を左右に振る。
「違う。開拓者さん達の力を借りるんだよ」
「それは……良い考えかも」
 二人は頷き合った。


■参加者一覧
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
久郎丸(ic0368
23歳・男・武
ジャミール・ライル(ic0451
24歳・男・ジ
時花(ic1062
11歳・女・ジ


■リプレイ本文


「助けて下さい」
 屋敷が並ぶ閑静な住宅街に少女の可憐な声が響いた。
 祭の準備のために遠野家の門前で集まっていた者達の元に、一人の少女が息を切らし駆け寄ってくる。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
 年配の男が声を掛けた。
「あっちで酔っ払った男の人たちに絡まれて」
 大きな茶色の目を怯えたように潤ませて少女は男を見上げる。
「祭りだとハメを外す馬鹿共もいるからな。よし、おじさん達が注意をしてきてやろう」
「ありがとうございます」
 少女は男達に深々と頭を下げた。
(「そしてごめんなさい」)
 少女、そよぎ(ia9210)は心の中で謝罪を追加した。これは彼らを屋敷から遠ざけるための作り話であった。
 そよぎは少し離れた物陰に人差し指と親指で作った丸を向ける。
 そして「今のうちだよ」と口の動きだけで伝えた。そよぎの合図を受け、物陰に隠れていた海弥と開拓者一行は屋敷の裏手へと回る。

 海弥が開拓者達を離れへと案内する。離れは敷地の奥深く、木々に隠され、外の世界から切り離されたようにひっそりと存在していた。
 久郎丸(ic0368)は周囲を見渡す。俗世には疎い彼でもわかる、此処は少女が一人暮らすには寂しすぎる場所だ。
 海弥が一度声を掛けてから襖を開けた。
「おかえりなさい。あら、後ろの方々は?」
 窓辺に居た椿が振り返る。海弥の背後の開拓者達に驚きはしたが、すぐに「海弥のお友達かしら? いらっしゃいませ」と柔らかい笑みを向けた。
「椿様……」
 海弥と香奈が今回の計画について説明をする。ぜひとも椿に花火をみてもらいたい、と。椿は二人の心遣いに感謝を述べるが頑として首を縦に振らない。
「椿は海弥のことも香奈のことも大好きなんじゃなぁ」
 音羽屋 烏水(ib9423)の声は嬉しそうだ。椿が頷かないのは二人のためを思ってのことだとわかるからだ。
 しかしきっと椿の心からの笑顔のほうが二人は喜ぶであろう。そんな笑顔を二人にみせてやりたい。
「同じくらい二人も椿のことが大好きじゃ」
 「大好き」という言葉に慌てる海弥を軽くあしらい、椿と向き合う。
「二人は椿のことも『家族』じゃと思っている…」
 じゃろう?と姉弟に確認を取ってから……。
「だから毎年交代で祭りに行っている輪に椿も加わって欲しい、そんな二人の願いを叶えてやりたいんじゃ」
 音羽屋のまっすぐな視線。姉弟も彼の言う通りだと頷く。
「それにお祭りは楽しいわっ」
 時花(ic1062)が膝を進めた。
「あのね、わたしも天儀のお祭は初めてだけどおっきい花火がどーんって上がって、とっても綺麗なんだって」
 立ち上がり両手を広げ、花火を表現する。
「それに甘い林檎の食べ物もあるって言っていたわ」
「林檎飴かしら」
 香奈の言葉に時花がうっとりと両手を顔の前で組む。
「それは甘いの? きらきらしてるの? きっと、きっと、とても素敵よ」
 身振り手振りを交え目を輝かせ話す時花の姿に椿も目を細め、楽しそうに聞いている。
「だから椿ちゃん、一緒に行きましょ?」
 時花が差し伸べた手、その手を両手で包み込みこむと椿は「ごめんなさい」と小さな声で告げた。

 久郎丸とエリアス・スヴァルド(ib9891)は海弥から祭りの情報や遠野家の関係者について聞いていた。
「屋形船は予約で一杯ということか」
「はい、なので花火は市街に出て見物するのが…」
 その会話を聞きつけた音羽屋が「そこはわしにお任せじゃ」と口を挟む。
「遠野家の、関係者で…祭りに、行きそうな 者たち、の特徴でも……」
 天儀人として一般的な風貌を会場で見分けるのは難しいだろうと海弥が眉を寄せた。
「あ…、祭りに協力している人達ならばわかります」
 祭りの裏方は揃いの法被を着ており、その法被には担当が一目で分かるように『い・ろ・は』と班の名前が入っているのだ。遠野家は『ろ』班である。
「それと祭りの見所はあるかな?」
「それなら…」
 エリアスと海弥の横で久郎丸は椿へと目を向けた。
(「凶兆の子、か……」)
 俗世の仕来りなどは解らない。しかしこの世に存在しないとされた娘の、自ら手を伸ばす事も、差し伸べられた手を掴む事も諦めてしまった孤独と痛みはわかる。
 しかし椿は決して孤独ではない。香奈と海弥がいる。
 二人、いや三人のために。
(「喜んで…手を、貸そう」)
 椿の中にある孤独や痛みを、少しでも和らげるために。
「香奈と、海弥が、望んだのだ…」
 久郎丸は椿に近寄る。顔のもふら面は、己の異相で彼女を怖がらせないためだ。
「お前に、祭りを…俗世を、僅かでも、感じて欲しい、と」
 小柄な椿に威圧感を与えないように膝を突く。
「聡い子、達だ。聡く、優しい。あの子達に、応えては、やれぬか、椿」
 面を外す。これを被り祭りに行こうと言うように椿へと差し出した。椿は彼の青白い肌にわずかに目を瞠ったが、嫌悪感を抱いた様子はなく、その面にそっと触れる。
「自分だけが楽しむんじゃなく、大切な人が喜ぶ方が嬉しいってことさ」
 エリアスが椿たちを振り返った。
「ほらほら、迷ってる間に祭りが終わっちゃうぜ」
 皆を堰き立てる。
「それにな…」
 茶目っ気たっぷりに瞑る片目。
「もう依頼の御代は頂いてるんで、きみが来ないと、折角の二人の好意が無駄になる」
 多少卑怯な説得の仕方だが、強引に進めたほうがいい場合もある。此処は年長者である自分の出番だろう。
「あぁ、そうだ。二人とも…」
 去り際エリアスは香奈と海弥へと振り返った。


「そっろそろ時間かなー」
 遠野家門前に居るジャミール・ライル(ic0451)の爪先にコツンと小石がぶつかった。脇道から音羽屋が顔を覗かせ親指を立てる。どうやら首尾良くいったらしい。
 ならば今度は自分の番だ。椿を無事に外へ連れ出せるように表に皆の目を惹き付ける。
「しょーじき、説得のほうが得意なんだけど…」
 難しい話はねーなんてぼやきつつ徐に門を叩く。
「すっみませーん、誰かー」
 立て続けに門を叩くと、使用人が顔を覗かせた。何か言われるよりも先に、手にしていた地図を見せる。
「ちょっと道聞きたいんだけど、此処にいくのはどーすればいーの?」
 見せてみろと言う使用人に地図を渡す。
「ごめんねー。最近こっち来たばかりで…。全然わっからないのよー」
 実はこれ神楽の都の地図ではあるのだが、別の地区について描かれたものであった。それに気付いた使用人は一度屋敷に戻り地図を持ってきた。
「え? ちょっと待って、何? 俺、今何処いんのよ?」
 騒ぎに人が集まってくる。「一度大通りに出れば」とか「川沿いに歩いていけば」など皆、ジャミールにあれこれと教えてくれる。
 その隙に、久郎丸がエリアスのマントを被った椿を抱え壁を越え、予め待機させていた籠に乗せた。
「なんじゃ、こんなところにおったのか」
 籠を見送った音羽屋が表へと行き、ジャミールに声をかける。
「早く行くぞ」
 そしてジャミールを連れ出す。
「やー、助けてくれてありがとねー」
 門前にジャミールの棒読みの礼が響いた。


「待っていたわ」
 そよぎが宿の一室で椿達を出迎える。部屋には浴衣や小物、化粧道具などが一揃え。先に到着したそよぎが全て用意をしていたのだ。
 時花とそよぎがかわるがわる浴衣を一着ずつとりあげては椿に合わせる。盛り上がる少女二人の言葉に、椿は笑って頷くだけだ。
「これなんかは少し大人っぽくって良いんじゃないか」
 エリアスが中々決まらない浴衣選びに助け舟を出す。選んだのは紺地に白と紫の桔梗模様。
 着付けの間、男性陣が廊下で待っていると、音羽屋とジャミールもやって来た。
「終わったよ」
 そよぎが襖を開く。
「似合ってる、可愛いねー」
 真っ先に褒めたのはジャミールだ。
「お祭り、初めてなんだって? 俺もこっちのは始めてなんだよねー」
 椿に軽く自己紹介をした後、その白い髪を一房掬う。
「髪どうしよっかー? 折角だから可愛くしたいよねー」
「結い上げてしまうとかはどうじゃっ。それだけでも大分雰囲気かわるしのっ」
「ギルド本部がある場所とは言え、やはり天儀人が多い。白い髪じゃ目立つだろう」
 エリアスは用意してあった黒い鬘を椿の頭に乗せた。
「あとは流行りの結い方に…化粧も少ししたほうが……」
 少女二人を見る。時花とそよぎ…まだまだ化粧とは無縁そうだ。

「はい、完成っ」
 手持ちの簪を椿の髪に挿してやり、ジャミールが一緒に鏡を覗き込んだ。
 右に左に揺れる簪を鏡に映し椿が嬉しそうに笑う。頭にはちょこんと久郎丸から借りたもふら面が乗っかっている。


 最終日だけあって、会場は人で溢れている。威勢の良い呼び込みに、お囃子、そして人々の愉しそうな声。どれもが椿にとって初めての体験で会場に着く前から、落ち着かない。
 時花が椿の手を握る。
「逸れたら大変だし、何よりこっちのほうが楽しいものっ」
 にっこり笑って繋いだ手を揺らした。

「祭りの、楽しみ方は…年の近い者が教えて、やれる…だろう」
 久郎丸は一行と距離を取り先行する。遠野の関係者がいないか警戒するためだ。
「クロちんは真面目だねー」
 先行く久郎丸の頭を眺めて肩を竦めるジャミール。
「俺? お仕事だしね、離れるわけにも行かないでしょ? …なーんて、ただの口実だけど」
 ジャミールは椿の隣に陣取った。
 すぐ前にはエリアス。久郎丸と同じく周囲を警戒しつつ、さり気なく人の波から椿を守る。
 三人の背後には音羽屋とそよぎだ。
「まずはどこから見て回ろう?」
「祭りならではの食べ物じゃろうか?」
 べぇん、と景気付けと言わんばかりに抱えた三味線をかき鳴らす。
「あっちに何か綺麗なものがあるわ」
 行ってみようと時花が椿の手を引っ張る。
 途中、林檎飴の屋台をみつけた。
 飴に包まれた林檎が提燈の灯を反射しきらきらと光っている。
「ねぇ、おじさま、あれ買ってよー」
 ジャミールがおどけた調子でエリアスに強請った。

 久郎丸が「ろ」の字の法被を着た集団を見つけた。此方にやって来る。手振りでエリアスにその事を伝え、自分は逃げる時間を稼ぐために彼らに向かう。
「相すまない…み、道を…お尋ねしたい」
「兄ちゃん、良い大人が迷子かい?」
 からかいを口にしつつも彼らは立ち止まり道を教えてくれる。
 エリアスは集団から椿を隠すように移動した。
「ちょいと休憩でもしようかの」
 意図を察した音羽屋が椿たちを先導する。穴場となりそうな休憩所は下調べ済みだ。
 「はい、どうぞ」
 休憩所にて時花は水筒を差し出す。中には水で薄めた果汁。
「天儀のお祭って面白いのね。初めてみるものばかり」
 水筒を手に戸惑う椿に、そのまま飲んじゃって、と水筒を口につける真似をしてみせる。
 恐る恐る水筒を口に運ぶ。「美味しい」という声に時花は嬉しそうに笑う。
「疲労回復にいいの。でも疲れたら遠慮なく言ってね。おじちゃん達におぶってもらえばいいのよ」
「勿論、いつでもどうぞ」
 エリアスが両手を広げる。「おじちゃん」はどこからなのだろうとそよぎはそっと男性陣を見た。
「椿、どこか見たいところはないのかのっ」
 問われると椿は困ったように黙ってしまう。「そうじゃな」音羽屋は頭の上のもふら面を指した。
「相棒の隠し芸大会なんぞどうじゃろう? 本物のもふら様もとても可愛らしいぞ」

 時折休憩を挟みつつ、一行は祭りを見て回る。花火開始前、音羽屋が「こっちじゃ」と会場を抜け、一軒の店へと皆を連れて行く。「流星祭期間仮説店舗にて営業中」という張り紙。浴衣を借りた嘉永屋であった。
 主に頼み、ここの屋根を借りたのだ。梯子も既に用意してある。
 椿は久郎丸が抱え屋根へと上がる。上からは会場まで一目で見渡せた。
「特等席じゃろう?」
 ぺぺんっ、夜空に得意気な三味線の音が響く。


 夜空に色とりどりの光の花が咲き、煌きながら散っていく。
「ほんとうなら酒でも飲みながら…ってしたいところだけど」
 ジャミールは己の左右に顔を向ける。
「隣にこんな可愛い子達がいるんだし、時々はこういうのも良いかな」
 左にそよぎ、右に椿、両手に花だ。
 椿は始め花火の打ちあがる音に身を竦ませていたが、今は瞬きも忘れ花火に見入っていた。
 紅潮した頬、花火を映す煌く瞳。
 その横顔をエリアスは見つめていた。
(「外の世界に触れてしまったら…」)
 元の軟禁生活に耐えることができるのであろうか。人は一度蜜の味を知ってしまえば、より多くを求めてしまう生き物である。
 花火を見つめる椿の笑顔は年相応の少女のように無邪気で楽しそうだ。しかし………。
(「知らないでいる方が幸せだったかもしれない」)
 かつての自分……。何不自由ない暮らしをしていた。さして不満もなかった。だというのに身を焦がす情熱を知り、全てを投げ出してしまったのだ。そして最後は……。
 己の手を見つめる。今この手に残っているものは……。
(「それでも…」)
 エリアスは花火に向かって伸ばしかけた手を下ろし強く握った。

「それじゃ、女子は花のように笑ってこそじゃ」
 今の笑顔はとても良いぞ、と音羽屋が満面の笑みを浮かべる。
「そうそう、音ちーの言う通り。女の子は笑ってるのがいーよ」
 ね、と同意を求められたそよぎが頷いた。
 連続して花火が上がる。
 立てた膝に頬杖を付いたジャミールが呟く。
「たまには迷惑かけるのも必要だと思うのよねー」
 良い子ちゃんもいいけどね、と椿のもふら面を突いた。

 花火に興奮した面持ちの時花が椿の傍に座る。
「わたし、手紙を書くわ」
 椿の知らない色々な事を手紙で教えてあげると時花が言う。
 それは楽しみだ、と笑う椿に小指を差し出した。
「だからまた一緒に遊ぼうね!」
 椿の小指が控えめに絡んだ。

 花火が終わった後、椿が皆に声を掛ける。
「香奈と海弥にお土産を渡したいのです」
 何か良い案はないでしょうか?と。初めて椿が自分のやりたいことを述べた。
「二人に? 万華鏡なんかはどうだ? 花火に似てるだろう」
 エリアスは離れで、二人と交わした言葉を思い出す。多くある道の一つとして、開拓者という道を示唆した。椿に一夜限りではない自由を贈れるようになればいい、と。
「花火は、どうだ…手持ちの、な」
 暫く考えてから久郎丸が提案した。これなら三人で楽しめる。
「しかし、椿が、決めるのが、よかろう。二人は、それだけで…喜ぶ、だろう」
「椿が見た花火を絵にして渡すのはどうじゃろう」
 音羽屋が人差し指を立てた。
「絵…ですか?」
「なんじゃ自信がないのか? 大丈夫じゃ、お前さんが見た外の風景を描いたというのが大事なのだからなっ」
「さっき私の手紙のこと楽しみって言ってくれたでしょう?」
 時花も「賛成」と手を叩く。
「椿ちゃんが楽しかった事を話してあげたり、絵に描いてあげたりしたら二人とも喜ぶと思うの」
 二人への土産は今夜の事を描いた絵となった。
 上手い下手は別としてそれはそれは楽しそうな絵だったらしい。