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■オープニング本文 ● 泰国、とある猫族の村。 夜半過ぎ、連日続いた雨がようやく止み、数日振りに夜空に月が輝いていた。 「これなら明日からまた準備が始められそうだ」 その村の村長白大が自宅の窓から夜空を見上げ目を細める。間もなく『月敬い』の儀式の時期だ。 月敬いの儀式とは今となっては起源は不明だが、猫族に古くから伝わる風習で、月を敬うために行われる祭のようなものだ。 各地の集落ごとに儀式の内容は異なり、この村では月に秋刀魚をお供えし、古くから鎮守の山とされている俵山にて送り火をするのが伝統であった。それは白大の子供の頃、いや彼の祖父母が子供だった頃には既にあった風習だと聞いている。 送り火は泰国の首都『朱春』で行われるような華々しいものではなかったが、毎年お月様に楽しんでもらおうと村の若い衆が中心となりあれこれ趣向を凝らしている。 今年は去年朱春にて三山送り火見てきたという唯明という青年がことのほかはりきりって準備を進めていた。なんでも時間とともに絵柄が変わるらしい。初めての試みに村人も送り火を楽しみにしていた。 翌朝、白大の家に村の少年が駆け込んでくる。送り火の準備をしてる若者の一人で、酷く慌てた様子だ。 「村長〜〜! 大変だよーー!!」 「こんなに朝早くどうしたんだね? とりあえず落ち着きなさい」 朝食の途中であった白大が「大変!大変!大変だーー」と一向に落ち着く様子のない少年に水の入った湯飲みを渡す。少年は途中噎せ返りながら水を飲み干すと、一度深呼吸をして白大に顔を向けた。 「俵山にみたこともないおかしなキノコが沢山生えてるんだ!!」 赤、緑、青の斑模様で、こーーんな大きいのもあると両手を広げ説明する姿はかなりの興奮状態だ。 話を聞いて俵山に向かったところ、送り火のために均した土地のあちこちに毒々しい斑模様のキノコが生えていた。 連日の雨のせいだろうか。 赤、緑、青が入り混じった斑模様のカサ、大きさは掌サイズから大人の身長以上のものまで千差万別。数日で生えたにしては成長が早すぎる。何より気持ち悪いのが所々地面から覗く地下に伸びた菌糸の途中途中にある瘤だ。浮き出た血管のような模様がまるで生き物の内臓を思わせた。 村で一番山に詳しい長老もこのようなキノコ見たことがないと首をかしげる。 「まあ、なんであろうと引っこ抜かないことには送り火ができなくなっちまう」 唯明が手近にあった掌サイズのキノコに手を伸ばした。指先が傘に触れる。 ばふんっ!! いきなりキノコがカサを震わせ薄い黄色の胞子を撒き散らした。 「………!!!!」 途端周囲に立ち込める異臭。一瞬猛毒でも巻かれたのではないかと思えるほどの強烈な刺激を持った異臭。例えるなら、お父さんが夏場一週間ほど履き続けた足袋を更に煮詰めて凝縮した臭いとでも言っておこうか。 鼻や目などの粘膜に突き刺さるような凄まじい臭いであった。 その臭いに集まった村人がバタバタと倒れていく。 仕切りなおして、その日の午後。 今度はキノコの周囲を掘って採取してみたらどうだ、という話になり実行に移す。 片手に鍬を持った唯明―あの後、何度も風呂に入り体を洗ったが臭いは取れなかった―が、先程より大きいキノコへ向けて一歩踏み出した。 ぼんっ!! 突然響く破裂音。唯明の足元の土が吹っ飛び、ぽかりと穴が空いていた。 どうやら瘤は衝撃を与えると風船のように破裂するらしい。 「このキノコ、恐ろしい子…!!」 皆が顔を見合わせてごくりと喉を鳴らす。 その後も唯明が中心となり体を張って挑んだおかげで、キノコに対していくつかの事が判明した。 キノコ本体に触れると胞子を周囲に振り撒く。 胞子はものすごく臭い。本当に臭い。とても臭い。 キノコは根元を掘り起こし菌糸と本体を切り離すと、両方とも枯れて消える…ということから多分アヤカシではないだろうかと推測される。 菌糸が張り巡らされている面積は中心のキノコの大きさに比例する。 瘤には赤・緑・青・黒の四色があり、そのうち黒い瘤を踏むと破裂する。 瘤同士はそれぞれ縄張りがあり、一定の面積内に一つずつある。 黒い瘤は他の色の瘤の縄張りに隣接して存在する。 ……といったところだ。 『月敬い』で送り火を行うために村は若い衆を中心に頑張った。蒸れた足のような臭いを身に纏い、時として吹っ飛ばされ、それでも最後の一つになるところまでキノコを取除いた。 しかし、しかし……だ。最後の一つは飛びぬけて大きい。決して小さくはない、いや寧ろ村の中では大きいといって良い唯明よりもさらに大きなキノコであった。 爆発の規模はキノコが大きくなればなるほど大きくなっていくことを考えると、これは間違って踏み抜けば大怪我をしてしまうかもしれない。下手すれば命の危険性だってありえる。 それに臭いも…これが胞子を巻き散らかせば数日は立ち入り禁止になってしまうだろう。となると月敬いに間に合わなくなってしまう。 「それでも行くしかない」 途切れることなく続いた伝統を自分達の代で終わらせるわけにはいかない。 若者達が決意を胸に拳を握る。 「こら、お前達、少し落ち着きなさい」 そこに白大が声をかけた。ちょっと距離を置いてるのは若者達が散々浴びた胞子の臭いのせいだ。 「流石にその大きさは無理だろう。お前達に何かあっては私も困る。そこで、だ。先程長老達と話し合ってきたのだが、開拓者さん達に頼むことにした」 最後まで自分達の手でやりたいという唯明達を、お前達も良く頑張ってくれたのは知っているが、取替えしのつかない事が起こってからでは遅いのだと白大が説得し、最後の一本は開拓者に託す事に決めたのであった。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
薔薇冠(ib0828)
24歳・女・弓
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 此処は猫族のとある村、村長の家である。 山からの涼しい風が開け放たれた窓より入り込んでくる。だが……。 (「ちょっと臭う、よ…ね?」) エルレーン(ib7455)はクンと鼻を鳴らす。爽やかで心地よい風、しかしその風は少々蒸れたような臭いを孕んでいるのである。これが村人を困らせているキノコの胞子が放つ臭いなのであろう。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 ルオウ(ia2445)は村長の白大と送り火の準備をしている青年団のまとめ役唯明に握手を求めた。自分は二日ほど前にキノコの胞子を浴びたばかりだから、と握手を遠慮する唯明の手も「気にするな」と笑顔で握る。 「とりあえず情報を整理いたしましょう」 鈴木 透子(ia5664)は唯明達が予め用意をしていたキノコ周辺図を広げ筆を手にした。 「青は並んでいるが赤は一つだけ…。きっと法則があるに違いない」 曲げた人差し指を顎に当てスチール(ic0202)が「ふむ」と唸る。こんな遊戯があった、と記憶の片隅で精霊が囁いているような気がしたが、何かは思い出せなかった。 「多分ですね、青の周囲には必ず一つの黒い瘤だけではないかと思うのですが…」 鈴木が指で青と黒を示す。 「赤は黒に囲まれているとか?」 仮説を立てては検証し、それを破棄するというのを何度か繰り返した後、 「よし、わかった」 スチールが徐に傍らの兜を取り上げ力強く言い放った。 「わからないのであれば踏んでみよう。幸い開拓者が六人もいる。穴が空いても皆で全力で埋めれば問題ない」 「さすがにそれは危険だ、よ」 エルレーンが落ち着いて、とスチールの兜に手を置いた。 「あ…!」 突然声を上げたルオウが荷物を漁る。そして取り出したのはよれよれになった文。 「そういえば雪が俺にこれを持たせてくれたんだ」 雪というのはルオウの相棒の仙猫だ。今回の依頼を受けた際「臭くなるのは嫌です」と同行は素っ気無く断られたのだが、解決への標となる知恵は貸してくれた。ルオウのことを弟とか何かのように思っているらしく面倒見は良い。 「えっとな…雪が言うには……」 雪からの文には瘤は色ごとに法則があり、赤は周囲八マス7に黒が三つ、緑は二つ、青は一つということではないかとあった。 「なるほど、雪さんが仰っていた法則を図に当てはめてみればこうなりますね」 鈴木が朱で図に数字を入れていく。 混沌に法則性を渇望する人類の愚かしさかもしれないのですが…と前置きしてから、その法則に従って黒の瘤があると思われるところにも印を入れていく。 その様子を見ていた薔薇冠(ib0828)は「ほぅ」と感心の息を漏らす。 「皆、よく瘤の位置がわかるのぅ」 わしにはさっぱりじゃ、と言っているうちにもキノコに到る安全な道が導き出されていく。尤も薔薇冠が話し合いに集中注できていないわけは他にもあるのだが。 「これで完成?」 エルレーンが鈴木の手にした図を覗き込んだ。 「はい、後は実証だけです。結果は…」 すぐに出ると思います、誰かの災難と共にと鈴木はそっと目を逸らした。 「さぁ、俵山へ行こうぜ」 ルオウが気勢を上げる。 「ちょっとしゃべりにくいし、息しにくいけど…まんがいち、だねっ」 エルレーンはしっかりと新品のさらしで口元を覆った。薔薇冠も同じくだ。しかも用意した着替えを村長の家に預けておくという念の入用であった。 ● 一向は唯明に連れられ俵山へと向かう。 俵山はなだらかな山でこのようなキノコ騒ぎがなければ、子供達の格好の遊び場であるらしい。 「でも祭の前は準備が忙しくて、遊んでいる暇はありませんが。尤も今年はその準備すらも…」 開拓者達の先を行く唯明が肩を落とす。 「俺達にまかせろ!」 ルオウが吼える。振り上げた拳が頼もしい。 「せっかくの祭りができないなんて冗談じゃねえ!…な」 そして背後の仲間を振り返り、同意を求めた。 「も…もちろんじゃ」 薔薇冠が慌てて同意する。 「どうかしたのか?」 落ち着かない様子の薔薇冠の顔をスチールが覗き込む。 実は薔薇冠は無類のキノコ好きであった。怪しいキノコの噂を聞けば確認しなくては気がすまないほどに好きだ。 特に毒キノコ、その禍々しくも鮮やかな色合いは一目惚れしそうなほどにぐっと胸にくる。そうこの依頼を受けたときからその地雷キノコというものが気になって仕方ないのだ。 どれほど大きいのだろうか、色はどんななのだろうか…と、まるで恋する乙女のように今もそのキノコのことを考えていた。 勿論第一の目的は火送りを無事行いたいという村人の願いを叶える事だ。そのために全力を尽くそうとも思っている。しかし同時に怪しいキノコに対する好奇心も押さえがたい。 「茸、と聞いたなら、動かぬわけにはいくまいて」 無類のキノコ好きであることを告白し、薔薇冠はとても良い顔で言い切った。 「キノコに罪はないのでしょうが〜」 薔薇冠がキノコ好きというのを聞き、鈴木がおっとりと笑う。 そこに吹き抜ける一陣の風。一行をキノコの異臭が襲った。まさしく夏場の蒸れた足の臭いをさらに煮詰めた強烈な臭いであった。 「…!!」 鈴木はあまりの臭さに無言で飛び跳ねる。 「くぅっ、涙が出るのっ」 目に沁みるとエルレーンが目をぐいっと手の甲で拭う。 さらしで覆っていてもなお、粘膜を果敢にに攻めてくる非常に攻撃的な異臭である。 「撤去すべきです」 前言撤回、断固とした鈴木の声が響いた。 迂回をし山頂方面から広場へと向かう。法則を検討した結果、山頂側からキノコに近づくのが安全だという結論が出たからだ。 暫くすると木々が切り開かれた広場に出た。麓から見上げた時の印象よりも広い。所々大小穴が空いているのは瘤が破裂した痕であろう。 その広場の中央にキノコが赤、緑、青の毒々しい斑模様のカサを広げにょきりと生えていた。開拓者が思わず見上げるほどの大きさである。 「うぬ、茸じゃな。大きいのぅ」 先ほどの異臭には参っていたというのに、薔薇冠の声は嬉しそうだ。見事なまでに怪しいキノコである、と。 「うはぁ…あのきのこ、あれがアヤカシなのかぁ…」 「え…」 エルレーンの言葉に、薔薇冠と鈴木の声が重なる。 「文字通り『煮ても焼いても食えない』ってのは、あーゆうのを言うんだねぇ…。あ、れ…二人ともどうしたの?」 「あれはキノコではないと…いうことかぇ……」 がくりと落とされた肩にエルレーンが慰めの声を掛ける。「アヤカシキノコということにしとけばどうかな」と。 ルオウがするすると身軽に木に登り、上からキノコの様子を眺め、自分達が持っている図と変わりない事を確認する。 「まずはこっちの青の隣を踏んでみて確かめてみよーぜ」 「このあたり」とルオウが図を指でなぞった。 「よし重装備の私が踏み込もう、騎士の誇りにかけて!」 兜と板金鎧に身を包んだスチールが一歩前に出る。 「結界呪符で爆風を少しでも和らげる事ができたらよかったのですが……」 生憎、結界呪符は下からの攻撃を床のように防ぐことはできないのだ。申し訳なさそうな様子の鈴木にスチールは「大丈夫だ、任せて欲しい」と兜の下から力強く請け負った。甲冑に身を固め背筋を伸ばして立つ姿はとても頼もしい。 幸い山頂側が風上であるために万が一に備え避難する必要もない。唯明曰く、風上に退避したくらいでどうにかなる臭いではないらしいが…。 皆の応援を背に地雷キノコの縄張りに踏み入るスチール。足が土を踏む、誰しも息を飲んだ。 「………」 爆発しない。 「やった!」 「さすが、雪!!」 皆が歓声に沸く。 「くっくっく…」 スチールが鎧に包まれた肩を震わせた。 「任せろ、これでだいたいの法則がわかったぞ」 迷いのない足取りで更に奥へと進んでいく。 そして迷いのないまま何故か危険だと思われているところへと進路を変えた。 「何故に?!」 と、その場にいた皆が思った。「待って」走り寄ったエルレーンがスチールを止める。 「そちらは黒い瘤ですよー」 鈴木が手にした図を振りつつ叫んだ。図にはスチールが踏んでいった道順が新たに書き加えられている。 (「この地雷キノコを判じ物にして、書物にまとめたら流行るかもしれないです」) こそりとそんなことを思っていた。案外しっかり者だ。 「気を取り直して、もう一度」 スチールが再び歩き出す。順路を修正し、正しい道へ……と思ったのだが。 「その横のエリアにキノコがある可能性は10%以下!」 そこを通り越し、またもや黒い瘤の元へ。もう黒い瘤探知機能があるようにしか思えない、そんな動きっぷりである。 「そこもだめ、なのっ」 再びエルレーンがスチールを止めに走る。しかし柔らかい土に足を取られ、体の均衡を崩した。そのまま黒い瘤の上に転げそうになる。 ルオウが飛び出そうとしたが間に合わない。誰しもが「危ない」と思った瞬間、スチールがエルレーンを庇うようにすくい上げ、ルオウへ向かって投げた。 そして自分は黒い瘤の上に……。 ぼんんっっっっ!! 地面が勢いよく破裂し、鎧を纏ったスチールを吹っ飛ばす。綺麗な孤を描き、スチールは土の山へとズボリと突き刺さった。 「大丈夫かぇ?」 薔薇冠と鈴木がスチールを引っ張り出す。幸い積まれた土は先日掘り返したばかりの柔らかいものであったのでたいした怪我はないようだ。 「私は吹き飛んでしまったが、仲間が無事でよかった」 エルレーンはルオウが見事に抱きかかえ怪我一つない。 「それにしても…」 面装甲から覗く双眸が真剣な光を帯びる。 「今の爆発を経験したことで分かったのだが…」 立ち上がると鎧の合わせから土が零れ落ちた。皆が固唾を呑んで言葉の続きを待つ。 「キノコには法則性があったんだよ!」 両手を握り熱く主張する。 「どういうこと?!」 皆の心がもう一度一つになったことは言うまでもない。 スチールが鎧や兜の隙間に入り込んだ土を落としてるうちに選手交代、薔薇冠が地雷キノコに挑む。 図を見て確認する。 「ここをまっすぐ降りていけばいいわけじゃな」 薔薇冠は慎重に瘤の間を通り抜けていく。 あと少しでキノコに到達というところまできた。 「やめておけ!」 響いたのは鋭いスチールの声。 「そこは危険な場所だ。周りの瘤の色を見てみるがいい」 確信に満ちた言葉に薔薇冠が正しい順路へ踏み出すのを躊躇い、周囲を見た。 自分の足元にあるのは青い瘤、周囲も青である。法則によれば大丈夫なところだ。 「正解は左方向だ」 ばっと左手を勢い良く横に広げる。 「左手側……」 左手にあるのはスチールがエルレーンによって踏むのを止められた場所であった。予想では危険な区画だ。どうしても黒い瘤に惹かれてしまうらしい。 「スチール殿、申し訳ない。わしは直進をさせてもらおうぞ」 そしてついにキノコまで到達した。後は皆、薔薇冠の通った後を抜けていけば問題はない。 鋤を手にキノコに触れないよう細心の注意を払い周辺を掘り起こしていく。 作業は順調だった。とても順調だったのだ………。 山頂より吹き降ろされた一際強い風。風は土や小石を巻き込んで広場を吹き抜ける。開拓者達が思わず腕で顔を庇った。 風で飛ばされた小石がキノコにぶつかる。 ぼふっ! キノコから飛び散る黄土色の胞子。誰が悪いわけでもない……。 「おおぅ、なんということじゃ……っ」 両目を押さえ薔薇冠が蹲る。 「ううっ、くさいよぅくさいよぅ…」 同じような状況のエルレーンの声は既に涙声であった。 無言で地面に両手を着いて体を震わせているのは鈴木。 「臭い…が、俺はまだまだやれるぜー」 異臭を気合で振り払ってやる、という勢いでルオウは猛然と鋤を振るう。 隣ではスチールも菌糸の切断に精を出していた。 「酷い臭いだ…だが問題はない」 「これで終いだっ」 菌糸、最後の一束がルオウにより切断された。ゆらゆらと水面に映りこんだ風景のようにキノコは姿を揺らすと大気に溶け出した。 少し経つと先ほどまでそこにあったのが嘘のように跡形もなくなる。瘤も勿論だ。 「アヤカシであったとはいえ、キノコが消えるのはなにやら寂しいのぅ」 感慨深そうに呟くのは薔薇冠だ。 「キノコは消えても、臭いはのこっちゃうんだ、ね」 エルレーンはぐっと口と鼻を覆うさらしを強く締めなおす。 キノコがあったことを示すのは異臭と地面に空いた大きな穴だけとなった。いやその二つだけでも本体は消えた後だというのに十分存在感はあるのだが。 「後は穴を埋めればいいんだな」 ぐっと腕に力を込めルオウはがんがん穴を埋めていく。 穴を塞ぎ土を均す際には鈴木の提案で少しでも臭いを緩和するために、消臭効果があるといわれている木炭を土に混ぜることになった。 「これで少しでも匂いが落ち着いてくれればいいのですが」 「あのへんなきのこの粉、絶対体中についた! いそいで洗い落としたいよぅ…」 すべてが終わったあとのエルレーンの言葉は皆の気持ちを代弁していたことだろう。 ● 夕方、村長の家に帰ってくると白大の孫娘が開拓者達を出迎えた。 「お風呂を準備しておきました。あといい香りのする石鹸も」 さぁ、さぁ、と皆を風呂に案内する。女性は白大の家の風呂に、男性…ルオウは唯明の家の風呂へ。 石鹸を盛大に泡立てて体中を洗った後、エルレーンは皆に尋ねた。 「ううっ…き、きのこはえていないよね? だいじょうぶだよね?」 目の届かない背中をしきりに気にする。 「平気ですよ」 鈴木が背中に湯をかけてやった。 「どうやら土が髪の中にも入ってしまったようだ」 スチールがその美しい金髪に指を入れて掻き混ぜるたびに土が零れ落ちる。 「盛大に突っ込んだからのぅ」 後で髪を梳いてやろうぞ、と薔薇冠が笑った。女子の風呂は華やかだ。 用意された着替えに袖を通し、白大の部屋へと戻ると、一足先に上がっていたルオウが寛いでいる。 「皆様お疲れ様でした。本当にありがとうございます」 冷たい飲み物が用意される。慣れのせいか、薔薇の香りの石鹸のお陰か臭いはそこまで気にならなくなっていた。 「よろしければ今晩お泊まりになって、明日ご一緒に送り火をいかがでしょうか?」 送り火は月敬いの儀式の最終日ではないのか、という開拓者達に向けて白大は朗らかに笑ってみせる。 「皆も開拓者様達とご一緒にみたいと。それにお月様も、沢山の人と共にみたほうがきっと楽しいでしょうし」 かくして翌日、月が俵山の山頂に差し掛かった頃送り火が点火された。 山肌に現れる秋刀魚を咥えた猫、その咥えた秋刀魚が次第に三日月へと変わっていく。 三山の送り火と比べれば規模はとても小さいものだ。しかし麓からそれを見守る村人は皆楽しそうだ。 そして村人は開拓者への感謝の言葉とともに月に秋刀魚を捧げるのであった。 |