あの鐘を♪
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/04 19:05



■オープニング本文

 年の瀬も押し迫ってあと少しで新年が始まるぞという真夜中、その町では心穏やかに過ごすどころか激しい攻防が繰り広げられていた。
 中央にある広場に据え付けられている古い石の搭。その最上部にある鐘。
 この町では代々大晦日から新年にかけ、それを鳴らすしきたりがある。
 天儀にも108鐘を突くという風習があるらしいが、それとはまた別。
 「昔この地に現れたアヤカシを退治した騎士が『今後再び災いの降りかかった時は、鐘を鳴らして我を呼ぶがよい』と言い残して去った」という伝説によるもの。
 今日ではすっかり周辺地域の名物行事と化し、遠くから見物客も来るほどだ。
 しかし今年は実行が危ぶまれていた。
 町にアヤカシが現れたのだ。巨大な蛇の形をとって。

シャアッ!

 鐘を鳴らし伝説の騎士を(来ないだろうけど)呼ぼうにも、敵はその搭に巻きつきとぐろを巻いている。
 町におけるイベント実行委員会の面々は、火避けの盾を構えつつ歯軋りし悔しがった。

「くそっ! やつめ、どうあっても邪魔する気か!」

「このままでは年が明けてしまうぞ、それだけは阻止せねばわが町の名折れ! というわけでお願いします開拓者様!」

「なにとぞ蛇を退治し、年収めの鐘を鳴らしてください! もう余裕がありません!」

 現在23時30分。あと30分で新年。
 確かにぐずぐずしている時間はなさそうだ。



■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ツツジ・F(ic0110
18歳・男・砲
衝甲(ic0216
29歳・男・泰


■リプレイ本文

 年明け間近の真夜中。世間的には家族と、あるいは親しい人と過ごすべき時間であるが、生憎と開拓者に完全な休暇というものはない。
 その点再認識させられ、羅喉丸(ia0347)は苦笑した。

「お呼びがかからない方がいいんだが、そうも言っていられないか」

 とにもかくにも力あるものの責務として、大晦日の夜を駆けるにしくはない。

「新年は、晴れやかな気持ちで迎えたいものですね‥‥鳳珠(ib3369)さん、今何時になっていますか?」

 菊池 志郎(ia5584)の質問に鳳珠は、手持ちの懐中時計「ド・マリニー」を確認する。

「はい、ええと、今きっかり23時30分です」

 ということは最低でも30分でけりをつけなければならないということ。
 志郎の顔が引き締まる。

「時間がありませんね。急いでアヤカシを退治しましょう」

 杉野 九寿重(ib3226)がそれに続く。
 町の関係者を安心させるよう、彼らへ顔を向けて。

「生憎と『伝説の騎士』でありませんが、それに負けぬ様に力を発揮して解決してみますね」

 広場を退いている聴衆から、「頼むぞー!」とか、「しっかりやれよー!」とか「頑張れー!」いう声援が上がった。
 アヤカシが間近にいながら今ひとつ緊張感が欠けているのは、この退治劇に、誰もが知る町の騎士伝説を重ねて見ているからかもしれない。とにかく恐怖より期待と興奮が目立つ。
 ルオウ(ia2445)はそんな人々に大きく手を振った。

「おうよ! このルオウ様にまかせときなって! せっかくの一年の納めと始まりを、蛇なんかに邪魔されてたまっかよ! しっかし改めて見るとでけーなー、何食ってんだこいつ」

 ところで鈴木 透子(ia5664)はこの退治に、幾分気がひけている。なにしろ蛇とくれば来年――いや後ちょっとで今年の干支となる生き物なのだ。

「困りましたねえ‥‥」

 登ってどこに行くつもりなのかという疑問はさておき、心得違いを呼びかけてみる。

「フライングは失格ですよ〜」

 当たり前ながら、相手側から反応などなかった。
 目を細めてツツジ・F(ic0110)は、巻き付かれている塔を眺めやる。昔は城郭に設置されていた物見の塔であったらしいが、城郭はいつしか壁を残して無くなり、これだけが町の象徴として残ったのだという。
 ジルベリアに対する憧れが強い彼にとって、その造形はなかなかイカしていると見えた。

「十二時に鳴らすんだろ? いい趣味だね。けど、鐘に向かって走るシンデレラはナンセンスさ」

 衝甲(ic0216)は腕を組み、敵に対しいかにも感心した様子。

「なんと大きな蛇だ、体の大きさには自信があったが‥‥」

 ちょっと全体を伸ばして長さを確かめてやりたいという気もするが、残念ながら今回は時間に押された依頼であり、そんな暇など無さそうだ。
 第一このままいくと鐘を鳴らす云々の前に塔本体が倒壊する危険も、なくはない。
 であるので、手短に作戦を決める。取り立てて特別なものではない。

『注意を引き塔から離れさせ、粉砕する』

 それだけしている間にはや時刻は23時34分。4分も使ってしまった。
 一同大急ぎで仕事にかかる。
 下ごしらえは透子から。

「蛇って尻尾のほうで体を押して前進するそうです。ですので――」



 塔を這い上っていた蛇アヤカシはすぐ、難儀なことに気づいた。巻き付いている体が滑るのだ。しっかり力を入れようとしてもぬるりつるり滑って行くのだ。上に進めないどころか下に逆戻りして行くのだ。
 それが透子の「錆壊符」によって出てきた泥濘のせいだと、彼には今一つ分からない。「滑るので注意ですー」と本人が言っててくれていても。体は大きくても、頭脳は通常の蛇程度なのだ。
 とはいっても、次の攻撃がどこから来たかはすぐ理解した。

「まだ辰年でな、蛇には御帰り願おうか」

 羅喉丸は、緩んだ縄のように巻いたままずり落ちてきた大蛇の胴体に「撃竜拳」を装着した一撃をたたき込む。

「龍よ咆えろ!」

 ドム、となかなかいい弾力がした。
 胴体の先にあった頭が一周し、彼に目がけ突進してくる。
 その脇腹を九寿重の「緋色暁」が凪ぐ。堅い鱗が数枚落ち青い血が滲む。
 蛇は滑らかに首を傾け、彼女へ目標を切り替えた。くわと大きな口を開き、毒液を吐いた。それは空気に触れた瞬間燃焼し、火花を散らす。
 危うくかかりそうになったものを九寿重は避ける。
 鳳珠が「ベイル」を盾に、浄炎を相手にぶつけ、素早く引っ込む。
 ルオウが大音声で吠え、蛇の注意を一身に引き付けた。

「やい! 蛇野郎、俺らが相手になってやんよっ!!」

 敵があちこちからちょっかいを出され注意散漫になっているのを見計らい「秋水清光」を大上段に振りかぶる。正面から挑む。ちろちろ出たり入ったりしている舌の先を、ずっぱり切り落とす。

 シャアッ

 相手が先の倍ほど火花を吐き散らしてくるのにもひるまず、ダメージが最小限になるよう回避していく。
 蛇は巻き付いた姿勢に執着があるのか、なかなか離れようとしなかった。
 ツツジは「ワトワート」により、未練を断ち切るよう促す。

「心配すんな、まだそのドレスに穴を空ける気はねぇぜ。といっても、いつかは手元が狂って傷つけちまうかもなぁ」

 軽口を叩く彼だが、全長10メートルはあろうかという大蛇と目が合うのは気持ちいいことではない。
 口からぽたぽた燃焼液を垂らし鎌首をもたげている様は、アヤカシと呼ぶにふさわしく凶々しい。とてもじゃないが干支の使者という顔でなし――もともと正確には蛇ではなく、蛇の姿をしたものというだけの存在なわけだが。

「要するに、だ。お宅が塔に巻き付いたままじゃやりにくくてしょうがねぇってことでさ」

 ついに蛇の体がスルスル解けだす。
 同時に彼はいち早く下がる。前衛受け持ちをする気はないと割り切って。
 巨体は一応塔から解けた。
 であるが完全に離れようというわけではなさそうだった。単に応戦しやすくするため姿勢を変えた、というものらしい。
 コブラのように鎌首をすっくと持ち上げ、ガラガラヘビみたいに尻尾の先を細かく震わせ、地の底まで響くようなガラガラ音を出している。

「‥‥なにやら、いろいろ要素が混ざってしまっているようだな」

 ぼやきつつ衝甲は、「乾闥婆」をはめた拳を打ち合わせた。
 この町で最も広い場所というのはこの広場であり、かつ集まっている大勢の人々を誘導する時間的余裕もない。となれば、ここで息の根を止めるしかない。
 聞けばこの大蛇どこかから移動してきたのではなく、人が集まり出した時間帯にいきなりここで発生したとのこと。

「人騒がせなことだ」

 息を吸い込み彼は正々堂々、蛇の急所目がけ攻撃を仕掛けた。
 目にも留まらぬ速度で急接近し、岩をも楽々砕く拳骨を光沢のある腹にやすやすめり込んだ。
 かなりこたえたか蛇は身をよじらせ姿勢を水平に戻す。そのまま体全体を横に滑らせ、並み居る敵を弾き飛ばそうと試みる。
 させまじと羅喉丸は、相手の背に飛び乗った。
 何しろ体が大きいだけにちょっと動くだけでも被害は拡大する。塔は無論のこと、広場を囲む建物さえ体当たりされたら、甚大な被害を受けてしまう。

「止めてくれよその図体で暴れるのは! 塔が崩れたら何にもならないからな!」

 蛇の背のただ一点目がけ、渾身の一撃をたたき込む。それは肉を通過し骨まで達した。
 打った場所から下の体が沈黙する。筋肉は痙攣するが動かない。
 ルオウは頭部目がけ急接近する。
 鳳珠が「ゾディアック」を彼に向け、結界にて守った。吐き出される燃液を極力防がんために。

「かば焼きにしてやんよ! この蛇やろおおおおおおお!!」

 ウナギ捌きの基本といえば、まず第一に体を固定すること。
 「秋水清光」はその基本を踏襲し、相手の脳天目がけ襲いかかった。間を置かず九寿重も「緋色暁」を、思い切り蛇の首筋に突き立て刃を滑らせた。

「斬り上げて、斬り下ろします!」

 蛇の上半身は骨を中心にばっくり身が割れてしまった。
 途端に瘴気が吹き出す。大きな体が溶け、徐々に気化し、形ないものに戻っていく。

「危ないですから、下がってくださーい!」

 透子と鳳珠は急いで浄化にかかる。開拓者ならまだしも耐性があるが、一般人にとって瘴気はあなどれないものだ。

「ところで、年明けまであと何分残っていますか?」

「はい、ええと‥‥6‥‥いえ5分です!」

 だがしかし、後始末の完了を待って鐘をついたのでは、とてもじゃないが間に合わない。

「げっ、もう時間ないじゃん! やっべえ!」

 言うなりルオウは今や開けっ放しとなっている塔の入り口に駆け込んだ。許可を取っている暇もなく。
 志郎も、九寿重も。長い長い螺旋階段を猛ダッシュで駆け上る。

「ここで間に合わなかったとかじゃ話になりませんよ!」

「全くです! 急がないと!」

「くっそ、長えよこの階段! 誰だ作ったのは!」

 年明けまで、4分、3分、2分。
 巨大な一対の釣り鐘が頭上に現れた。
 残るは後1分。
 目の前には吊り下げられた太い綱。

「これですね」

「えっと、どうすんだ、これか、この紐引けばいいのか?」

「多分そうですよ、さ、やりましょう。せえの――」



 ガランゴロン‥‥ガランゴロン‥‥ガランゴロン‥‥ガランゴロン‥‥

 明けて新年。
 景気のよい音色が町中に、いや町を越えて周囲に響き渡る。

 賑やかな音色を聞いて透子は息をつき、お辞儀をする。

「明けましておめでとうございます」

 受けた衝甲もまた、お辞儀する。

「ああ、おめでとう。いい年になるといいな」

 ツツジがそれを聞きながら目を細める。

「いいね、あの鐘。天儀のあんなしょぼい――青銅だっけ? 全然いいよ」

 こっちのほうが明るくて好きだという彼に、ルオウが思い切り伸びをした。

「そうか? 俺は天儀のもいいと思うぞ。あー、でも首尾よくいったよなあ。蕎麦でも頼もうぜ。年は過ぎちまったけど。思いっきり騒いでアヤカシの騒ぎなんて吹き飛ばしてやんぜぃ! 年越し蕎麦といこうぜぃ!」

「いや、俺は蕎麦は遠慮しておく。騒ぐのは賛成だけど。十二時の鐘が鳴ると魔法が解けるっておとぎ話があったけどさ、俺は、魔法にかかりそうな気がするよ」

 言って彼は塔に入って行く。本来のお役目役らしい服装の人々が、鳳珠に入ってもいいかどうか尋ねている脇を通り過ぎて。 螺旋階段を上り天辺につくや、ルオウたちに持ちかける。

「や、ついでだからオレにもやらせてよ。お役目の人が来る前にさ」

「おー、いいぜ」

 そこに羅喉丸も上ってきた。

「あれ、お前も?」

「ああ、ついでだから鳴らして帰ろうと思ってな」

 上から下がる綱に体重をかけて、思い切り引くと、大音響が満ちる。
 瘴気が薄らいでくると同時に広場に戻ってきた人々は、思い思い旗を振り、クラッカーを鳴らし、シャンペンを空けながらお祝いだ。
 鐘突きを受け渡した志郎はその様子を見下ろ。
 天儀の流儀と異なりはしても、新年の祝いというのは、清々しくて心地いい。

(今年もよい年になりますよう)



 塔の壁を見て透子は不思議がる。
 一部分だけ、色がほかと異なっているのだ。

「綺麗になってる?‥‥あっ」

 それが泥濘の張り付いた後であると気づき、目を丸くする。

(もしかして錆壊苻って、お掃除にも使える‥‥!?)

 そう。実は泥濘は、強酸性を有するため、汚れ落としに使えなくもないのである。
 無論デリケートな素材などは痛めてしまう危険性が高く、術の扱いも難しいが、この塔のように酸に強い自然石で作られたものなどであれば、大きな問題はないだろう。

(‥‥すばらしいです。これを青龍寮式石壁清掃法と名付けましょう!)

 今年最初の発見に彼女は浮き浮きする。瘴気回収と併用し、早速活用を試みた。

「青龍寮の鈴木です。お掃除しても良いですか? 残念ながら年越しには間に合いませんでしたけど‥‥」



「いや、ありがとうございました。後は私共が致しますので」

 正式なお役目人に鐘つきを託したツツジは、窓際に腰を下ろしそっくり返る。あと一押しで落ちそうなほど。
 見かねて九寿重が注意する。

「危ないですよ」

 どこまで本気か分からない台詞で彼は返す。

「いや、だいじょぶだいじょぶ。ちっと落ちてみたい気持ちだからさ」

 そうしてみると輝く星空が、とてつもなく近かった。

「年明けだ!」

 新しい年、新しい日のまっさらな星空。

(……ねーちゃんにも見せてやりてぇな。結婚してねぇんだよな、ねーちゃん。あ、そうか。魔法って、結婚)

 そこまで思って眉をひそめる。

「……いや、何考えてるんだろうな。こいつは年越しの象徴だってのによ‥‥今度は巳年か。白蛇でも見つかれば縁起がいいかもな」

 頭をかいて窓の縁から戻ったところで、ルオウが言った。

「じゃ、これから皆で何か食いに行くか?」

 志郎も九寿重も、異存はないらしい。であればツツジとしても断る理由はない。

「いいね、行こうぜ」



 瘴気回収をしながら透子は、許可をもらった塔の外壁掃除をしていた。
 鳳珠と衝甲が、石壁にへばり付き、動いている泥濘を眺める。

「こんな使い方もあるんですねえ‥‥」

「全く知らなかったな」

「ええ、大発見ですよ。お掃除すれば伝説の騎士様も、きっとお喜びになると思います。残念ながら今年は来られなかったようですが」

 帰路に就こうとした羅喉丸はその会話を耳に、足を止める。

「騎士が来ない‥‥違うな、後に続き、騎士となる者が現れればいいだけさ」

 声に振り向いた透子たちに彼は、にっと白い歯を見せた。

「今後再び災いの降りかかった時は、鐘を鳴らして呼ぶといいさ。俺たちがそうであったように、後に続く者がきっと現れるさ」

 そしてまた歩きだす。今始まったばかりの新しい年に向けて。