ギフト
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/22 03:44



■オープニング本文

 護大がいなくなったことで、嵐の壁が一部消えた。
 これまで灰色の空しか知らなかった古代人たちは、初めて見る青の鮮やかさに目を見張っている。
 同じように天儀人も、初めて見る灰色の広がりに目を見張っている。
 数千年の間隔てられていた世界は再会を果たし、再び一つになろうとしている。
 ただ、そこに住まう人々が一つになるのは、なまなかなことではない。
 全く異なる歴史を歩んできたもの同士だ。
 古代人は多かれ少なかれ護大派の説く世界観を基にしてこれまでやってきた。
 天儀人からしてみれば、アヤカシは悪であり、退治されるべきものである。それを擁護する立場をとってきた集団に対しては、どうしても違和感や嫌悪感が先に立つ。
 和平を結んだとは言っても、根っこにある感情的なものを克服出来るかどうかは、また別問題。
 とはいえ時計の針を逆戻りさせるわけにはいかない。
 さしあたって必要なのは、お互いの生活を、考えを深く知ること。相互理解はそこからしか生まれない。




 この度開拓者ギルドはジルベリア帝国からの要請を受け、地上の探索に協力することとなった。
 飛空艇に乗り組んでいるのは、アカデミーにおける各分野の学者――開拓者たちは万一に備え彼らの護衛をするという名目で、船に同乗している。
 ジェレゾ港から発って数日後、飛空船はその場所にたどり着いた。
 分厚い雲の壁に、ぽっかり穴があいている。
 その上に船が差しかかれば窓の下に、ぽつぽつ原色が混じる、灰色の大地が見えてきた。
 瘴気に適応した植物群の上にアヤカシ化した昆虫や動物がうごめく、お世辞にも美しいとは言いがたい世界。
 そこには天儀につきものの「限界」というものがない。先にはもう進めないという断崖も、海が流れ落ちる瀑布もない。
 天儀人達はそれを頭で理解しても、実感としてまだ掴み切れないでいる。
 そもそも、地上が全体としてどんな姿をしているのかもはっきりしないのだ。とてつもなく巨大だ、ということだけは確かなのだけれども。



 今回訪れる先は、巨大な建築物の残骸群だ。およそ百メートルはあろうかと言う四角い箱のようなものが、森の中に林立している。神代の更に昔、都市であった場所らしい。放棄されてから長の年月が過ぎたため、あちこち崩壊し穴が開き、内部に植物がはびこっている。
 その周辺に住んでいる古代人の一部族が、今回の探索に協力してくれることとなっている。 
 地上に住むというのは、楽なものでないらしい。どれだけ注意していても、瘴気は水や食物、空気から体に染み込んでくる。
 子供の数は緩やかに減っていく。生まれたとしても、死亡率が高い。
 そういった現状をどうにかしなければという危機感が関係しているのだろうか。今回彼らが、天儀人に接触しようという気になったのは。
 飛空船が降りる場所はドーム近くの原っぱ。
 大型の植物はきれいに刈り取られ、柔らかい地衣類だけが地を覆っている。
 防護服を着た古代人が、出迎えに出ている。
 マスクに覆われて見えにくいが、その多数が老人である。




■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500


■リプレイ本文

 魔の森を突き破り頭を出しているのは、高層建築群の遺跡。
 記憶にも残らないほど大昔に作られたものでありながらなお、こうして在りし日の面影を止め続けていることには、全く驚嘆すべきものがある。

「おお古代遺跡! ロマンだのう!」

 早く直に見てみたい。顔じゅうにそう書き散らしている八壁 伏路(ic0499)に七塚 はふり(ic0500)が文句を言う。

「家主殿。ずっとそこに立っていられると、自分見えないであります」

 伏路が返答も移動もしなかったので身を屈め、真下から顎に頭突きを食らわす。

「ごっ…」

 呻き床に倒れる伏路。
 彼を踏み台にしてはふりは、窓の縁に手をかけ伸び上がる。

「おお、見事に灰一色であります」

 羅喉丸(ia0347)もその後ろから外を見る。
 確かに灰色だ。大地も空も。
 空は本来青いものなのだが、ここに住んでいる人々は、それをずっと知らなかったのではないだろうか。これでは、太陽も月も星もろくに見えなかろう。

(満足に農業など出来ないだろうな…)

 天儀の感覚に照らし合わせてみれば、ここは人間が住むに値しない場所。
 しかし、現実にはそうでない。古代人たちはこの環境の元生き抜いてきたし、現に生きている。
 巨大なムカデに羽の生えたような虫が悠々と低空飛行していく。嵐の壁にうがたれた穴から零れてくる光を避けながら。
 調査隊の学者らは伝声管を使い、操縦室に尋ねた。

「瘴気の濃度は現在どのくらいだね。既に地表は近い。3000まで到達したかね。そうか。やはり防護服なしでは出られるものでないな。ありがとう。着陸に注意してくれたまえ――」

 リィムナ・ピサレット(ib5201)は防護布で作った袋を開き、天儀から持ち込んできた品々を再確認した。
 箱詰めのブッシュド・ノエルと紅茶、食器類がたくさん。
 依頼元からの事前説明によると今回の調査には、古代人の一部族が協力してくれるそうだ。なら手土産の一つも渡すのが礼儀というものだろう。

(この間こっちに来たときは――場所は別のところだったけど、接触なしで終わっちゃったしね)

 間違いがないのを確かめ袋を閉じたところで、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が防護服を手渡してきた。

「リィムナ様、そろそろ着ておきませんと」

「あ、うん。ありがと。お、これこの前とデザインが変わってる。リニューアルだ♪」

「そうなんですの?」

「うん。この前のは口の部分がなかったんだー。着たら最後飲まず食わずでさー」

 飛空艇の床から重い振動が響いてくる。
 着陸だ。
 その段に至って、やっと伏路が蘇生した。

「ぐおお…顎が割れるように痛い…おいこらわしの上からどかんか居候! 毎回毎回家主を何だと思っておるのだ!」

「騒いでいるひまはないのでありますふせさん。すでにここは地上世界なのであります。アウェイなのであります」

「腹立つドヤ顔だのう…後で覚えとれよ…」

 恨み言を繰り返す伏路もそれを流すはふりも、羅喉丸も、防護服を着用する。
 船内への瘴気侵入を遮断するため3重になっている昇降口を過ぎれば、柔らかい地衣類に覆われた広場が見えた。
 10名の古代人がそこにいた。全員虫の甲殻や毛皮などで作った防護服を着ている。
 そのうちの1人が手を挙げ、ひょこひょこ近づいてきた。身ごなしから、老人であろうと察せられる。

『あなたがた、じるべりあ、から、おりてきた、かたか?』

 調査団の代表となっている役人が、威厳をもって応える。

「そうです。我々は栄光あるジルベリア帝国より命を受け遣わされてきた――」

 口上を遮る形で古代人は、腰から長細いものを取り出した。
 察するにキセルのようだ。

『のめ』

 吸い口を向けられた役人は動揺し、腰を引かせる。
 後ろにいた学者が小声で注意した。

「応じてください。喫煙を勧めるのは友好の印なんです」

「じょ、冗談じゃない、瘴気がついているかも知れんだろうが。大体キセルに何詰めてるかわかったもんじゃないだろう」

「吸う真似だけでいいんですよ、真似だけで」

 やり取りを前に古代人は、憮然とした様子である。

 羅喉丸は気を利かせ、もめている所に申し出る。

「その役、俺がやりましょうか? 俺は志体持ちですから、普通の人間よりは瘴気への耐性がありますんで」

 代表は渡りに船とばかり承認した。

「おお、そうか。では頼む」

 羅喉丸がキセルを手に取る。
 古代人はようやく納得したようだ。体全体の力を抜いた。

『くちは、つけない。すいとるように、けむりすう』

 羅喉丸はその通りにした。煙は予想外にさわやかな味がした。
 古代人は戻されたキセルをふかし、勿体振って言う。

『これは、たいへん、からだに、よい』

 はふりはそっと代表に近づき、苦言を呈する。

「代表殿、今の対応はあまりよくなかったでありますな。地上には地上の流儀があるであります。古代人にはこの世界が普通なのであります。地上で暮らしてきた自負もありましょう。この先雰囲気を険悪にしないためにも、気をつけていただきたいのであります」



 古代人達は空から来た天儀人を、遺跡へといざなって行く。
 遺跡は近づけば近づくほど大きく高くなる。
 遠くから見るとすべて一緒と思えたが、間近にしてみればそれぞれ形が異なっていた。
 直方体もあれば円柱型もある。頭の部分だけ三角錐になっていたり、扇形になっていたり、穴が空いていたり。
 途中から折れたりえぐられたりしているものも、多数ある。折れた部分が逆さまに落ちて地面に突き刺さっているものもあった。
 伏路の首はそれらをくまなく見るために、上を向きっぱなしだ。

「見上げるうちにひっくり返りそうだのう」

 言った途端ぬるっとしたものに足をとられ、言葉どおり引っ繰り返る。

「伏路殿、足元気をつけたほうがいいでありますよ。粘菌が移動しているであります」

「何故こける前に言わぬのだ!」

 リィムナは廃墟群に入ったときから、変な既視感を抱いていた。
 カビやキノコ、粘菌といったものに覆われ原型は隠れがちだが――やはり見たことがあるような気がする。この街を。

(おかしいな、どこでだったかな…)

 輪郭のぼやけた記憶をまさぐろうとするリィムナ。その目に突如、半円型の建物が飛び込んできた。
 途端に閉ざされていた扉が開く。

「あっ…ああ、そっか! いつか夢で見たところそのものだ、これ!」

 急に声を出されたのでびっくりし振り向く古代人たちに、彼女は、勢いつけて尋ねる。

「ねえ、あの建物入ってもいい?」

 古代人たちは顔を見合わせ、渋った。

『よくない、あそこむしいる。はいると、むしおこる』

「見るだけだから、入り口から見るだけだから、ねえお願い」

 リィムナが見るからに子供だからであろうか。粘った結果彼らも折れ、建物の入り口まで一同を連れて行ってくれた。

『しずかに、しずかに』

 危険を鑑みてはふりは、リィムナと共に、調査隊の先頭に立つ。

「リィムナ殿、もしアヤカシが襲ってきても、あくまで牽制に留めるであります。ここの人達はアヤカシにシンパシーを感じる傾向があるでありますからな」

「うん。分かってる」

 続いてマルカ、羅喉丸。

「羅喉丸様、それは?」

「ああ、マッピングをしているんだ。今回予定した分の調査し忘れがないようにな。それにしても、この町は不自然だな」

「と、申されますと?」

「街区がきっちり円形になっている。最初からそう作ったというんじゃなく、周囲が削ぎ落とされているんだ。際の外には何の痕跡も残っていない」

 羅喉丸の指し示す先には、どこまで平たく広がる灰色。
 先ほど自分たちが通過してきた空の門が、天地を繋ぐ光の階段を作っている。

「…昔、何があったのでございましょうね、ここで」

「さてなあ。興味の尽きないところだが…」

 しんがりを務める伏路は、積極的に古代人へ話しかけている。

「わしは戦うよりは回復やら補助が専門でな。ところでおぬしら、普段どんなものを食べておるのだ? 見たところ食えそうなものはどこにもなさそうなのだが」

『そんなことない。そこにはえてるきのこ、あそこにいるむし、たべられる』

「…いや、食うたら死ぬだろ。明らかに半アヤカシ化しとるではないか、あのキノコも虫も」

『どくぬきすればもんだいない。たべられるところだけたべる。あとでおまえたちにもたべさせる』

 会話を聞いた調査団代表の額が陰ったのを、はふりは横目で確認した。

(またぞろ拒否するという失態を示すようなら、自分が口に突っ込んでさしあげねばならんでありますな…)

 古代人、天儀人、揃って忍び足で建造物に近づいて行く。壁にはフジツボ状の生き物が一面びっしり張り付いている。

『しずかに、しずかに。おこらせないように』

 ぽっかり空いた扉から向こうに、巨大な広間。
 小山ほどの芋虫がそこにいて、中にもびっしりついているフジツボを食べている。
 リィムナは虫の向こうに夢で見た通りのものを確認する。
 球体を担いでいる大男の像――頭が落ちているところまでそっくりそのまま。
 彼女は思わず側にいた古代人の袖を引いた。

「ね、ね、あの球って旧世界なんだよね?」

『きゅうせかい?』

 言葉の意味が分からなかったと察したので、言い直す。そういえば地上を旧世界と呼んでいるのは、天儀人だけだ。

「あのね、あの球は――何かな? あの巨人が背負ってる奴」

 今度は質問の意味が理解出来たらしい。古代人は勿体振って、えへんと咳払いした。

『あれは、ごだいさま。ここは、ごだいさまのしんでん。おいのりするといいことある』

 はふりが突っ込む。

「…神殿に虫を住み着かせていいのでありますか?」

『むしはごだいさまのつかいだから、いい』

 それらのやり取りは学者たちに刺激を与えたらしい。ひそひそ議論が始まった。

「どうやら古代人といっても、護大についての認識が一致しているというわけではないようですな。捕虜となっていた護大派は、もっと過激な理論を口にしていましたが」

「中央と交渉が薄かった故、もとの思想体系が薄らいでいったということでしょうか」

「いやいや、待て。もしかするとこちらの考えの方が原型であって、没交渉ゆえこれ以上の形に発展していかなかったのかもしれないぞ」

 学術的考察は専門者に任せるとして、ひとまず伏路は古代人たちの考えが気に入った――どことなくゆるい所が。

「のう、わしもごだいさまに祈ったら、なんかいいことあるかの」

『たぶん』

 羅喉丸が苦笑する。

「主流派がこういう認識でいてくれていたらな」

 短い台詞の背後に含まれる悲哀を察したマルカは、己自身の望みも込め、断言する。

「これからですわ、大事なのは。すべてこれから始まるのですもの」

 調査隊が撮影に入るそうなので、伏路は手伝いに赴く。
 大きな円盤を三脚で固定しながら聞く。

「これはアイズと言うてな、儀で発見された古代遺産を参考に作られたものだ。現在研究中らしいが…地上人殿はかようなからくりに覚えはあるかの?」

『こんなふうに、えをうつす、ものなら、ある』

「なぬ、まことか!」



 案内された古代人たちのドームは、はた目にもだいぶ古びていた。外装の所々が虫の甲殻でつぎはぎされている。とはいえ内部はしっかり浄化が保たれていた。マスクも防護服も外して、一息つける。
 それから広間のようなところに案内された。
 上座の背後に祠があり、先の神殿のものに似せた小さな像が置かれている。
 床に絨毯。真ん中に炉を囲んで座り、まずは食えとばかり会食を始める――やり方としては、アル=カマルに似ている所がある。
 決定的に違うのは、出される食物の貧しさというか乏しさというか。ひとまず毒性はなさそうだが、キノコと虫と後よく分からないものばかり。

(…地上ではこんなものが取れるのでありますな)

 おいしそうとは思わないが、学術的な興味は覚えるはふり。
 総じて調査団は顔色が悪い。特に真っ先に食事を口にしなくてはならない代表は相当悪い。

「…すまんが、今腹が痛く…」

 言いかけた彼の裾を、はふりがギュッと引っ張った。

「死ぬ気になれば人間なんでも食えるのであります。ここで尻尾を巻いて逃げるなど許されないのであります」

 マルカも刺すような視線を投げかける。

「帝国の名を背負っておきながら満足に信頼関係を築くことが出来なかったとあっては、大失態ですわね。ジルベリアに戻ったとき陛下がどのようなお顔をなされることか…」

 代表は不審な色のブヨブヨしたものを取り、食べた。
 咀嚼する間ずっと目が死んでいた。
 薄まったエビみたいな味がする虫の足を齧りながら、羅喉丸は同情する。

(お役人も大変だな…)

 伏路はくたびれたキノコを、可能な限り少量ずつ食す。

(うう、味がない…湯がいたモヤシ食うとるみたいだ…)

 広間の入り口がざわざわしてきた。空からの訪問者を見に、集落中の人間が集まって来たのだ。
 光が遮られぎみな環境にいるせいで、皆肌の色が青白いが、それ以外天儀の人間と何ら変わるところはない。
 一見して分かるのは、老人が多いということだ。環境的な原因でもあるのか、子供の数は極端に少ない。およそ100人程の集団に、10人ばかり。
 緊張をほぐそうとリィムナは、明るく呼びかけた。

「皆さんこんにちはー! ね、友達になろうよ! あたしたち空の上からきたんだ、一緒に遊ぼう♪」

 芭蕉扇が振られた。六角の光り輝く陣が浮かび上がらせる。精霊力の高まりにより周囲の空気が祓われた。
 体を風が吹き抜けて行くような感覚に戸惑う子供たちは、おっかなびっくり近づいてきた。
 リィムナは早速お土産を取り出す。

「これ、なに?」

『これはね、ブッシュド・ノエルっていう食べ物だよ。とても甘くておいしいの。一緒に食べようと思って、持ってきたんだ』

 食べるという言葉を聞いて、子供たちの目が輝いた。どうやら皆お腹がすいているらしい。
 そこで代表が、リィムナの発言にのっかってきた。

「族長様、もてなしを受けるだけというのは栄えあるジルベリアの流儀ではございません。是非、当方からもあなたがたに振る舞いをさせていただきたい。皆様こぞって天儀世界の品々をお試しあれ、是非!――ほら、さあさあ、君たち何か持ってきてただろう。出しなさい早く!」

 謎の物体をこれ以上皿に盛られるのを阻止しようという不純な動機が透けて見える。
 とはいえいい機会なので、開拓者たちはリィムナに続き、お土産を座に出した。
 はふりは、めろぉん、携帯汁粉、テュルク・カフヴェスイ、水パイプ、そして樹糖。
 羅喉丸は白菜やニンジン、南瓜、芋、モロコシといった農産物。
 伏路は薬草、簪、止血剤といった実用品。
 そしてマルカは――かわいらしいブレスレットベル。

「どうぞどうぞ、一杯食べて」

 リィムナはブッシュド・ノエルを切り分け皿に盛り、子供たちに手渡した。
 彼らはお菓子を口にするや、目を真ん丸にして棒立ちになる。

『あっ…まい!』

『なにこれ、はがとけそう』

『すごくあまい』

「大人の皆さんも、お茶どーぞ。族長さんもどーぞ」

 旧世界にはない香りと風味に、大人たちも興味津々だ。

『これは、なにから、つくるのか?』

「これはね、お茶の木の新芽から作るんだ」

『しんめ…とは?』

(最初から説明しなければならないでありますな)

 はふりはずいと進み出て、めろぉんをでんと脇に置く。
 懐から出すのは紙と筆。色鉛筆も少々。

「御用とお急ぎでない方はお集まり願いたいのであります。只今より天儀についてご説明致しますゆえ。お茶とはこんな木であります。他にも羅喉丸殿が持って来てくれております作物が色々…」

 絵心のある彼女は、スイスイ図を描いていく。苗、畑、農機具、馬や牛。

「色は違うけれど、地上と同じく豊かな地であります。森は緑で田んぼは四季折々に姿を変え、果物畑にはこのメロンがあるであります。空は青いのであります。ずっと青いのであります。天気がよければおてんとさまによって、昼間、周囲はとても明るいのであります」

 伏路が甘味マップ『アル=カマル』を開く。

「皆様近う、面白いものがあるぞ。ほれ、これはアル=カマルの甘味食べ比べ地図でな…アル=カマルというのは、昼は灼熱夜は極寒の砂漠に覆われた過酷な儀だが、見ての通りうまい物はたらふくあるし、塩の湖という珍しいものもある」

『みずうみとは、なんだ』

「…んー、まあ、水が一杯たまっとるところだの。塩の湖はその水が塩になっとって、見渡す限り真っ白で平べったいのだ。天儀はもっと色々ある。浮かんどる儀はちっこいのも合わせると、両手では足りないほどだ。人の生き方も様々だの。これは天儀の花を模した髪飾りだ。こういったものを作って生計を立てる職人がいる」

 説明される事柄があまりに自分たちが住んでいる世界と掛け離れているので、古代人たちは、いぶかしそうな顔をした。

『ほんとうかね、ずっとあかるいとは』

 羅喉丸は微笑んで答える。

「ああ、本当だ。日の光が差し込み、太陽の恵みを受けた世界だ。その太陽の恵みを受けて育ったのが、これらの作物だ。皆で食べてみてくれ。毒抜きせずとも大丈夫だ」

 農作物を手に取りしげしげ眺める母親の横で、子供が芋に手を出しそのまま齧った。

『かたい』

「待て待て、それは焼くかふかすかしないと…えーと、こうして灰の中に埋めてな」

 炉端で焼き芋をし始める羅喉丸。
 マルカは口の周りをべたべたにしている子供のうち、女の子を選んで招き寄せた。

「皆さん、これをどうぞ」

 ブレスベットベルをつけてもらった彼女らは、困ったようにはにかむ。

「それはね、飾りでもありますけれど、楽器でもありますの。使い方を少し練習いたしましょうか? わたくしが笛を演奏しますのでそれに合わせて腕を振ってくださいませ」

 マルカが奏でるのは妖精も浮かれて踊り出すような、心浮き立つ楽しい曲。
 始めはなかなかテンポが合わなかった子供たちも徐々に慣れてきて、リズムを刻めるようになる。楽しそうな音に引かれ他の子供たちも足踏みしたり拍手したり、演奏に加わる。
 リィムナは華をそえようとダンスを始めた。幼稚園で先生がするような、やさしいものを。

「はい、天儀どうぶつダンスだよー♪ まずは両手を挙げてー、ぱんだっ♪ お耳を伸ばして、うさぎっ♪ 背中を丸めて猫っ♪ 肉球にぎにぎもふらっ♪」

 動物名を出すつど、ラ・オブリ・アビスでその姿に変わる。
 子供たちはますます興奮し、きゃあきゃあ騒ぎだした。
 そこで族長が注意を促す。

『これ、こどもはそろそろもどる』

 子供たちは親に連れられ、名残惜しげに居住区へと戻って行った。
 座にはまた、部族の代表たちだけとなる。
 炎を見つめて族長が言った。

『おくりもの、ありがたい。だが、われわれ、おくられるばかりでない。われわれからも、おくろう』

 言い回しは稚拙だが、天儀でも名だたる軍事大国と対等であろうとする姿勢は、多少滑稽な高潔さを感じさせた。
 羅喉丸は敬意を表する。

「それはかたじけない」

 マルカは代表の脇腹を肘で突く。
 代表はどもりながら、遅れて礼を述べた。

「あ、ああ、これはありがたいことで」

 その返答に満足したか、族長は水きせるを咥えた。まだ吸い方が分からないので、煙は吐き出せない。

『そらのうえ、たべもの、ゆたかなこと、きいた。しかして、ひとは、どうか。わたしたち、の、つたえでは、むかーし、むかし、そらへのぼっていったの、たたかう、すきな、よくふかな、ひとびとだったと、いうことだが』

(…天儀までわざわざ攻めてきた古代人も相当戦好きだと思うが)

 思った伏路だが、戦うは別として欲深については案外当たらずとも遠からずなのではなかろうかと考え直した。より良い生活を求め前進しようとする意志を欲ととらえるならば、だが。
 それはそれとしてリィムナは、老人の懸念を否定した。

「そりゃそういう人もいるけど、全体から見れば少しだよ。あたし達の世界は人がいっぱい住んでて、皆泣いたり笑ったりしてる♪ いい事ばかりある訳じゃないけどそれでも、一生懸命生きてるんだよ♪ ここと一緒だと思うな♪」

 マルカは補足をする。

「天儀には幾つかの国があってそれぞれ王を戴き、国民を統治しています。が、無駄に戦を望む王はおりませんわ。もしいるとしたなら、それは王ではありません。王は国民を守る義務を持ち、その代わりに国民は税を納めるのですわ。哀しい事に時折諍いもありますが、概ね平和ですわね。質問の答えになりますかしら?」

『ふむ…』

 両者の間の溝が埋まるには時間がかかる。だが、いつかは分かり会える。そう信じている羅喉丸は、心に呟いた。

(同じ存在から分かれた、同じ人なのだから…)

 族長がふと、上座の後ろにある像に手を伸ばした。それを動かし、下から布に包まれた丸くて薄いものを取り出す。形はアイズに似ているが、それよりもさらに薄く滑らかである。
 伏路は身を乗り出した。

「族長殿、それは…」

『これ、だいだいつたわるだいじなもの。きゃくじんもみるとよい』

 そっと床に置かれた円盤は中心に青い光を滲ませた。光は洞窟のような天井に当たり、像を形作る――どこまでも続く夜の摩天楼、あり得ないほどの規模で光り輝く大都会の光景を。
 それはおよそ2分ほど続いた後不意に途切れ、終了した。円盤をまた布で包み元の場所に戻した族長は、言う。

『これ、ごだいさまがごせんぞにくれたもの。われわれのたから。いまみえたむかしのまち、ちへいのはてまで、あった。だけど、そらがばくはつしてぜんぶふきとばされた。だいごさまのしんでんのあるちかくだけまもられた。そういう、はなしだ』



 第1回目の調査を終えた飛空艇は、ジルベリアに帰還する。
 発着場となった例の原っぱには、部族がこぞって見送りに来た。もちろん子供たちも。

「皆様お元気でー!」

「また絶対来るからねー♪」

 窓から手を振り別れを告げるマルカとリィムナ。
 灰色の地上が遠ざかって行く。
 伏路は、お土産として渡された袋の中身を眺めている。
 品目は例の宴に出てきた毒抜き済みの食料品。虫の殻から作った小物類、粗末な織物、そして――。

「これは…地図かの?」

「何やら真ん中で区切ってあるでありますな。どういう意味でしょうか」

「…邪魔だ離れいはふり」

「ふせさん十分見たではないですか離れるべきであります」

 押し合っている彼らの背後から、羅喉丸が意見する。

「…地上と地下とに分けているんじゃないか?」

「なるほど。すると地下にもまだ遺跡があるということに…これは次回の調査も熱いものとなりそうじゃのう。のう、代表ど――あれ、おらぬな。どこに行かれたのだ。これから反省会せねばならんというに」

 きょろきょろ船内を見回す伏路。
 彼の消息については、窓のところから戻ってきたリィムナたちが教えてくれた。

「代表さんなら、ずっとトイレに入ったままだよ。お腹変なんだって」

「まことに嘆かわしき軟弱さですわ」




 飛空艇は上昇し続け、青い青い空の穴へと吸い込まれて行く。