【黎明】再見
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/16 01:26



■オープニング本文


 護大を巡る戦いは終わった。
 夢見るものは他者を知り、護大であることをやめた。
 世界は変わった――そう感じた者たちは多くは無い。それは当然だろう。目に見える変化は小さなものだからだ。
 アヤカシや魔の森が消えた訳ではないし、街をうろつく悪党が一掃されるでもない。お祭り騒ぎをしていたギルドも、業務を放って遊んではいられないし、事件も知らずに過ごしていた人々には、変わらぬ普段どおりの日常が続くのだ。
 それでも、世界は変わった。
 かつて護大と呼ばれた存在、護大派が神と呼んだ存在の占有物であった世界は、人の――いや、人だけではない。この世に存在するあらゆる者たちの手へと移ったのだから。
 神話の時代は終わり、英雄の時代は過ぎ行き、それらはやがて伝説となる。伝説を越えて命は繋がり、記憶は語り継がれて物語を紡ぐだろう。それがどこへ向かっているのかはわからない。だがそれでも、物語は幸福な結末によって締めくくられるものと相場が決まっている。
 夢が終わっても冒険は続く。
 さあ、物語を始めよう。




「…終わってしまったわね」

 アヤカシ隙間女はほっと息をついた。
 彼女の背後には大勢のアヤカシたちがおり、感無量といった顔付きで眼下の青い球体を見つめている
 周囲に広がるのは、星の輝きに満ちた無限の夜空。
 チョッキを着た白ウサギが鼻先を蠢かした。

「隙間の姉さん、護大はいなくなってしまったね、わお。僕たちの席も精霊たちの席も、なくなってしまうんだね、わお。今すぐにじゃないけど、いずれそうなってしまうね。わお」

「そうね…じわじわ後から来るでしょうね…残念ながら天儀はこれでおしまいよ…もし護大が起きただけなら…待っていればいずれは…新しい天儀が再生されたでしょうけれど…あの人が役を降りてしまっては…もう元には戻らない…」

 惜しむような呟きを漏らした彼女は、しばらくそのままでいた後、思い切りよく仲間に呼びかける。

「さあ…行きましょう…私たちが私たちのままで…いられる場所へ…お引っ越し…予定通り…」

 白ウサギは赤い目をぐるぐる回し、長い耳を揃えた。

「行こう行こう、わお。世界はここ1つだけじゃないもんね、わお。僕らと相性のいい所も、きっとどこかにあるはずさ、わお。僕らにゃ時間がたんとある、わお。焦らず騒がず、色んなところ、しらみつぶしに探すのさ、わお」

 隙間女はその言葉に頷き踵を返しかけ、クシャミをひとつ。
 途端に口から何かが飛び出した。
 それは白いワンピースを着た長い黒髪の女――隙間女そのものだ。大きさは親指大だが。
 周囲を見回した後ミニ隙間女は、ちこちこした動きで歩きだす。眼下にある青い世界に向かって。

「隙間の姉さん、あれは何かな、わお」

「…私の中の…立ち去りがたい気持ちが…形をとったものと…言うべきかしら…さあ、私たちは私たちで…行きましょう…」



 ココハ、ドコデショ。

 小さな小さなアヤカシは、大きな大きな街――彼女自身は知る由もないがジェレゾ――にいた。
 誰も彼女の存在に気づかない。小さい上に、壁の割れ目へ入り込んでいたので。
 行き交う人間や馬車や犬や猫や、あるいはもふらや龍。
 初めて見るものばかりだが、見慣れたもののような気もする。

 ドッチ、デショ。

 1人で首を傾げ、ここに来た経緯を思い出そうと努めるが、霧の中を覗くようにぼんやりしたまま。
 チカチカ光るものでいっぱいな暗い空間を降りてきたような、落ちてきたような。
 はっきり自覚出来るのは、自分がアヤカシであるということと、実体がないということ、後は隙間が大好きだということくらいか。

 コレカラ、ナニヲシタラ、イイノカナ。

 そこがいまいちよく分からない小さなアヤカシは、再び首を傾げ考え込んだ。

「あれー、そこにいるのはもしかして隙間たんではないでちか? ずいぶんちっさくなってまちが…」

 不意に隙間を覗き込んできたのは、ぶちもふら、スーちゃんの大きな顔。

 キャッ。

 驚いたアヤカシは隙間から飛び出し、側溝へと逃げていく。

「あれ、どうしたでちか。おーい、おーい」

 呼びかける声を背にちこちこ走り、排水口を伝ってどこかの家の洗面台に出る。
 そして歯磨きをしていた人間と目が合う。



「いたんですよ出たんですよ、小さいのが。どこかに隠れてしまって。気持ち悪いから早く見つけて、退治してもらいたいんです」

 家の住人が開拓者たち相手に声を張り上げているのを、アヤカシは、天井裏で聞いていた。
 危機感は特に覚えていない。
 開拓者というのが何であるかも、発生したばかりの彼女は、よく分かっていないのだ。
 それよりこの家はことに住み心地が良さそう。
 天井裏は埃だらけクモの巣だらけ。湿り気味で暗くて、全くいい雰囲気。

 ココ、ナンダカ、トテモオチツク…。




■参加者一覧
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文

 年の瀬も近づいた12月の中頃。サライ(ic1447)はジェレゾの目抜き通りにいた。
 手にはアル=カマル名産であるロクムの詰め合わせ。

「あれー、サライたんではないでちか」

 呼んだのは誰かと顔を向ければ、ぶち模様のもふら。

「あ、スーちゃん。これはちょうどいいところで…今からお宅へ訪問する所なんですよ」

「ほう、そうでちか。それでこのお土産でちかな」

 気も早々ともふらは、菓子折りに鼻を突っ込んでくる。
 つまみ食いを阻止せんがため、さりげなく包みを抱え上げるサライ。

「ええ。なんだかエリカさん、育児疲れしていらっしゃるんじゃないかなと思いまして」

「はて、どこからそのような情報を仕入れたのでちか。あの凶暴無比なご主人たまが疲れているなどと」

「いえ、この前の依頼で珍しくマルカさんに押されておられましたんで…珍しいでしょう、そういうこと」

「なるほど、それは確かに…ああ、そういえばサライたん、スーちゃんさっき隙間たんを見たでちよ?」

「えっ!? ほ、本当ですか!?」

「間違いないと思うでち。ただうーんとちっさくなっちゃってまちたな。スーちゃんの肉球くらいの大きさだったでちよ」

 確か彼女は仲間を引き連れてよその世界へ行ってしまったはずなのだが。
 もしや世界が崩壊を免れたと知って気が変わったのだろうか。それとも移動に失敗したのだろうか。
 様々な思いを頭に巡らせながら、サライは聞き返す。

「スーちゃん、その隙間女さんはどちらに?」

「さあ…何しろスーちゃんの顔を見るなり逃げてしまったでちからな。明るいところは嫌いなはずでちからー、そのあたりの物置かクローゼットか屋根裏にでも潜んでいると思いまちよ? そういえば今さっき、開拓者の人があっちの通りに向かってたでち。何か関係があるかも知れまちぇんな」

「そうですか。いや、貴重な情報ありがとうございました。では――」

 きびすを返し行こうとしたサライの裾を、もふらの前足が引っ張った。

「――なんです?」

「ご用事出来たなら、そのお菓子スーちゃんが預かって、先にお屋敷まで届けておきまちょうか?」

 少年は大いに迷った後、スーちゃんに包みを託した。どのみち後で屋敷には寄るのだ、もし箱の中身が減っていたなら、その時指摘出来る――はず。



 衣類、汚れた食器、紙くず、万年床。
 足の踏み場もない部屋の散らかりようを見て、八壁 伏路(ic0499)はうれしげな声を上げた。

「わしんちみたいではないか! いや、わしんちよりひどいのう!」

 途端に後方からカサカサっという物音。秒速の速さで飛びのけば、ネズミが衣類の山から鼻を出している。

(なんだ驚かせおって…にしても、小さくてすばしこくて下水道から出てきたアヤカシとな…虫型だったりせんだろうな)

 アヤカシも動物型ならまだいい。耐えやすい。昆虫型となるとビジュアルの奇々怪々さが段違いに跳ね上がる。

(わしなら追い出すまで怖くて眠れんのう…)

 エルディン・バウアー(ib0066)は依頼主に、アヤカシの特徴を聞いている。

「で、アヤカシはどのような姿をしていましたか? 教えていただけますと、探す際の手間が省けるのですが」

「形かあ…人間みたいだったかな。髪が黒くて長かったような…服は白かったような…うーん、よくわからん…何しろすばしっこかったから、それ以上詳しくは…」

「ほほう。人間型で髪が長くて黒く、服が白い。ですか…」

 列挙された特徴にエルディンは、既視感を覚える。
 足元のゴミをベイルで押しのけるマルカ・アルフォレスタ(ib4596)もだ。

(今の所そのアヤカシ、驚かせた程度しか相手に実害を与えていませんわよね…まるで…いえ、まさか。ともかく退治しませんと)

 考えていてもらちが明かないので、ひとまず場所の特定にかかろう。
 伏路は瘴索結界を、エルディンはムスタシュイルを発動する。アヤカシがどのあたりにいるかを探るために。
 見立ては当然一致した。

「む、屋根裏に気配を感じるぞ」

「私も同じくです。屋根裏にいるようで…ごく弱い気配ですので、たいしたアヤカシではないと思いますが…」

 そこに、外から扉を叩く音が。

「すいませーん、アヤカシが出たというのはここのお宅でしょうかー。開拓者の者ですがー」

「おや、サライ殿も来たのか。おーい、こっちだこっちー」

 玄関に出た一同は、立て付けの悪いドアを押しつつ入ってきたサライが、木箱を抱えているのを見た。
 箱内部にはじめっとした土が敷き詰めてあり、カビ臭そうな布が詰めてある。
 一見しただけでは、どうも用途が分からない。なので伏路は素直に聞く。

「なんだの、それは」

「ああ、これはもしかしたらと思って用意しました移動ケージです。実は先程スーちゃんに会いまして――」

 サライは先程の顛末を皆に伝えた。
 聞き終えたエルディンはすっきりした面持ちで手を打つ。やはり、と天井に顔を向けて。

「隙間女ですね。だがしかしなんでそんなに小さくなってしまったのでしょうか」

 一方マルカは半信半疑だ。

「…スーちゃんが話しかけられたとき、サライ様はお菓子を持っておられたのですわよね?」

「ええ」

「なら、お菓子欲しさにひっかけてきた事も考えられますわ。この間もわたくしがエリカ様のところへクッキーを持って行ったとき、不在だと言って受け取り丸まる食べてしまったことがありますし。30分足らずでエリカ様にばれて千本ノックをやらされていましたが」

 菓子箱はやはり渡さない方がよかったかもと、今更後悔するサライ。とはいっても彼には、あれが作り話だとは思えない。依頼と総合して考えるとやはり…隙間女である可能性が高いとしか。
 伏路がとりあえず、と前置きして皆を促す。

「潜んでいるのが隙間ぽいと言うのなら、まず真っ先に掃除だの。部屋が汚いぞ、依頼人。これでは妙なものが居ついても仕方ないというもの。年末であるし、掃除は面倒だが大掃除は燃えるで、手伝うぞ」

 マルカは大きく頷き、依頼人の右肩を叩く。

「わたくしたちが来たからには、もう心配いりませんが、今後の為綺麗にしておいた方がよいですわ」

「おい、俺が頼んだのはアヤカシ退治で掃除じゃないんだが」

 左肩をエルディンが叩く。

「ご安心ください。今回のアヤカシ、退治は不可能でも追い払うことは比較的簡単に出来るのです。まずは家中を清潔にする。それから、明るく振舞う。窓を開け風通しを良くして、花を飾る…さあ、善は急げです」



 腕まくりして意気揚々。三角巾とマスクを装備し行動開始。
 まずは床下から。
 敵が天井裏にいるのなら、下から攻めていって追い詰めるべし。

「兎にも角にも隠れる場所を作ってはならぬ。床が見えるようにして家具も移動させよう!」

 依頼人である家主はともかく、開拓者にとってタンス運びやテーブル運び、ベッド運びは重労働のうちに入らない。まずはそれらを全部表に持ち出し、すっきりした家の中を履き、拭き、染みも残さずピカピカに。要らないものはゴミ袋へ次々投入。
 窓は全開にして空気を完全に入れ替えた後、改めて家具を運び入れ、採光がいいように配置変え。
 ――それだけで、部屋は見違えるような輝きを取り戻した。

「へえ、こんなに広かったんだなあ…」

 しみじみとつぶやく依頼人の顔付きも明るくなった。環境と心は互いに影響しあうものなのだ。
 エルディンは台所を借りビーフストロガノフを作りにかかる。
 伏路がそれに待ったをかけた。

「料理は後に回さぬか? 蛇口と排水口にちょっと蓋をさせて欲しいでな。万一天井裏の奴を取り逃がした場合、そこを使ってよそへ行かれてはかなわんで。用心のため、窓も閉めんと」

 なるほど。排水管を伝って出てきたというなら、その予測は当たっているかも知れない。

「…そうですね。では宴は後にして、アヤカシの方を先にしますか」

 逃げ道を塞ぐ処置をし、窓を閉め、いよいよ天井裏へ。
 サライは暗視が使えるため、先頭を行く。
 南瓜提灯を掲げたマルカは、マスクごしの咳払いをする。歩くことで、積もっていた埃や煤が舞い上がったのだ。

「すごいですわねえ。何年掃除なさってないんでしょう」

「依頼者が越してくる前からの分が溜まってるようで」

 マシャラエイトをお供にしたエルディンはついでだからと、サライのケージに埃を入れる。

「うむ、ここも掃除しがいがありそうだの――」

 伏路の提灯「福来」が作る明かりの端を、さっと何かが横ぎった。

「…何か見えたような、隙間の奴か? にしては素早いな…あやつならもっと動きがのろくたしとるはずだが…」

 時を置かず、ぱちぱちという音が聞こえてくる。

(あら、これは…もしやラップ音?)

 妙な懐かしさを覚えるマルカ。
 サライは反響に惑わされず、正確に音源を探り当てた。

「あの柱の後ろの方にいるらしいです」

「よし、では挟み撃ちにするぞ。わしは後ろから回り込むでな」

「ではわたくしは左から」

「私は右からにしましょうか」

 残りの正面を請け負ったサライは、そろそろと近づいて行く。
 ぱちぱち音が激しくなった。
 伏路の声が飛んでくる。

『おるおる、柱の陰になんかおる』

 目をこらしてみれば柱の側に、小さな小さなものが。
 腹ばいになってにじり寄る。

「んん?」

 姿形は紛れも無く隙間女。
 しかし大きさは親指大。

「隙間女さん?…戻ってきてくれたんですね 嬉しいです…もう一度お会いできるなんて…嬉しいです」

 涙ぐみ、目元をこするサライ。
 だが当の相手は――最初から髪を逆立て警戒していたのだが――キャッと声を発し逃げようとする。

「え? あ、待って待って」

 すかさず時を止め、両手で行く手を塞ぐ。

「あの、ほらここにあなたにぴったりの個室を用意してますので」

 隙間女はケージを嗅ぎまわる。それが自分にとって快適そうなので、幾分警戒心が薄らいだらしい。立てていた髪を下ろし、サライを凝視してきた。

『…ダレ?』

「えっ、僕ですよ、サライですよ。覚えてないですか?」

 隙間女は考え込んでいる。頭をゆらゆらさせている。心底心当たりがないといった顔だ。
 マルカが剣を降ろし「あら、隙間女様?」と親しげに話しかけても、当惑した様子でダレ?と聞くばかり。
 「お久しぶりですねぇ。またこうしてお会いできるなんて神のお導きでしょうか」と聖職者スマイルを浮かべるエルディンには、とことん不審そうな目を向けている。
 伏路はしゃがんでそれらの反応を見下ろし、うーむと唸った。

「……小さいのう。わしらのことを何も覚えていないとすると、隙間の亜種かのう。それとも二代目か…こら、お前はどこから来たのだ」

『…サア。ナンダカヨクワカラナイワ』

 本人にも分からないのでは、どうにもならない。
 とはいえこれは確かに隙間女。その認識は4名とも一致するところ。

「ひとまず危険は無さそうですが…どうしましょう。隙間女様なら退治するのはちょっと。でもこのままには出来ませんし」

「うむ。わしも当初はアヤカシデストロイと思ったが…こやつ適切な環境で適切に育ててやったら愉快な生き物になるんではないか?」

「迷惑にならないところに住み着くというなら、私はそれでかまいませんが」

「そのことなら僕に考えが…」

 隙間女はケージの隙間に首を突っ込んでいる。どうも気に入ったらしい。
 サライが地図を取り出し、話しかけた。

『コレ、ナニカシラ』

「『じめじめスポットマップジェレゾ編』です」

『ジェレゾッテ、ナニ?』

 天儀の諸々についても忘れてしまっているらしいと踏んだサライは、優しく言った。

「僕たちが今いる町の名前ですよ。その町はね、ジルベリアっていう大きな国の中にあるんです。このジェレゾにも、貴女がもっと好きそうな場所が沢山あります。これから回ってみませんか」

 そして、今度はパンフレットを取り出した。

「それに…うちの領地には 貴女の為に作ったじめじめテーマパークもあるんです。ここに引っ越してきませんか? 大丈夫です、誰も貴女に危害を加えませんよ」

 サライの勧誘に、マルカ、エルディンが口添えをした。

「隙間女様、じめじめパークは今いるこちらより暗くて隙間も沢山あってじめじめしておりますわ。快適に過ごせる事請け合いですわよ」

「しかり。サライ殿のじめじめテーマパークなら、貴女の望む環境が手に入れられますよ。そこなら私達は貴女を追い払うことはしません」

 面白そうなので、伏路も乗る。

「わしもその点請け負うぞ。加えてたまに物好きな観光客など来るから、脅かして遊べる。夢のような物件であろ?」

 隙間女は眉間に若干しわを寄せた。

『ナンダカハナシガウマスギル…』

 疑う所に、エルディンが一押し。

「転居されないならされないでも、まあいいでしょう。でもこうして貴女を見つけるたびに私達は掃除をして宴会をするのです。ね、イヤでしょう?」

『……』

 ようやく決心がついたらしい。隙間女はじめじめケージに入って行く。
 これで一安心。
 マルカはサライに頼み、ケージを持たせてもらった。

「…小さくて可愛いです♪」

 彼がそう言うので隙間から盗み見てみると、隙間女がでれりと伸びて転寝している。

「あら、本当にかわいいですわね」

 伏路もちらりと覗き込み、ふん、と鼻を鳴らす。

「次に会うときはもう少し大きくなっておけ」



 花を飾ったテーブル。
 酒とおつまみのイカ、ピーナツ等、それから作りたてあつあつほかほかのビーフストロガノフを前に、伏路が音頭を取る。

「では大掃除終了を祝してー、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 精霊集積のお陰か、グラスが打ち合う音もいつに増してすがすがしい。
 席に加わる依頼主だけが腑に落ちない表情だ。

「なあ、何で宴会なんだ…?」

 エルディンは博愛に満ちた笑顔を振り撒き、答えた。

「これがお払いの総仕上げなのですよ。とはいえ根本原因が改善されなくては、またぞろ住み着かれることにもなりかねません。最近個人的な悩み事や諍いなどございませんでしたか?」

「…失業した」

「それは放置出来ない大問題ですね。ご安心ください、私最大限のアドバイスを致しますので。まあこのスコーンと紅茶をどうぞ」

 ビーフストロガノフをほお張り、耳打ちし会う伏路とサライ。

「…人生相談始まったの」

「神父さんはどこに行っても神父さんですねえ」

 妙なるフルートの音が聞こえてきた。マルカが演奏を始めたのだ。

(お帰りなさいませ、隙間女様)

 喜びが込められたメロディは、軽やかにして心浮き立つもの。

(…そういや、ミニ隙間は正の感情をどう捉えるのだろうな)

 ふと思った伏路は、庭の隅の箱へ目を向けた。
 カタカタ細かく振動している。寝苦しいらしい。
 家の前を以下のやり取りが、騒がしく通り過ぎる。

「もふううう! 虐待でち虐待でちー!」

「いいから走んなさい! ノルマは町内百周だからね!」

 スーちゃんの悪行は、すぐさま発覚したようだ。