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■オープニング本文 おびただしいアヤカシの群れがこちらに押し寄せている。 一報を携え駆け込んできた旅商人たちの言葉に、アル=カマルの城塞都市は震え上がった。 大守は即刻兵を招集し防衛に当たらせ、続いて開拓者ギルドに助けを求めた。 ● 城壁にある物見台。 アヤカシの群れが来るという方角を監視していた兵士は、血も凍る思いをする。 白い月に照らされた地平線、砂漠の海の向こうから押し寄せてきたのは、一国の軍勢程もあるアヤカシの群れ。目の届く端から端まで青っぽい蠢きに満ちている。 警報の鐘を鳴らそうとした瞬間、彼の手は止まった。 ひやりとするようなものが体を擦り抜けて行ったような。 反射的に身震いし、続いてぼんやり立ちすくむ。 アヤカシたちが、次々傍を通って行くのだ。そこにある物体全てを突き抜けて。 皆――2本足のもいたし、4本足のもいたのだが、獣というより爬虫類や鳥類のような印象を与える姿形。天を衝くような大きさのものから、膝下くらいまでしかない小さなものに至るまで、物音ひとつさせず歩んで行く。 どれもが無言であり、周囲で騒いでいる人間たちについて、見えていないかのように無視している。 アヤカシが侵入してきた姿を見て一時パニックに陥りかけた町の人々も、害が無さそうだと知るにつれ、落ち着きを取り戻してきた。 大守は、ひとまず被害が出そうもないことにほっとする。 あまり気分のいいものではないが、ひとまず勝手に去ってくれそうだ。この分なら開拓者を呼ぶこともなかったかもしれない――と思いかけ、そうでもなかったとすぐ考え直す。 末娘の乳母が駆け込んできたのだ。 「旦那様大変です! 姫様が、姫様が、お城を抜け出されましたっ!」 ● 砂漠を駆ける2頭のラクダ。 1頭にはお姫様が、もう1頭にはシャムシールを携えた凛々しい女騎士が乗っている。 「ステラ様、城に戻りましょう。危ないですよ」 「何を言うのじゃアイーダ。このアヤカシどもは何もしておらぬではないかや。これだけの大群が一体どこまで続いているのか、わらわは確かめてみたいのじゃ」 「いいじゃないですか、そんなのどうでも」 「なんと程度の低いことを言うのじゃ。どうでもいいことなどこの世には存在せぬぞよ。大体お父上は今朝、わらわの大事にしている天儀渡りの貴重な薄い本の数々をじゃな、ことごとく書庫に隠してしもうてじゃな、これ以上勉学を怠けるなら一切返さないと、血も涙もない理不尽の限りを尽くされてじゃな! この機会にちいとは心配をすればいいと思うのじゃよ!」 「本音はそこですか…姫様、お父上様の方が意見として正しいのではないかと、私思うのですが…」 月は中天にかかり、アヤカシの列は尽きる様子がない。 どこまで行けばいいのだろうと、女騎士アイーダは、ひそかにため息をついた。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「アヤカシは特になにもしないようなのでな、後回しでいい。それより末姫のステラが姿を消したのだ、至急捜し出してくれ」 以上が依頼者たる大守の要請である。 拍子抜けしないでもないが、大量のアヤカシと戦うよりは姫捜しの方が、楽であろうし面白かろう。 (これはこれで構わねえか) クロウ・カルガギラ(ib6817)は相棒翔馬プラティンから降り、姫失踪の第一発見者である乳母のもとへ行った。 乳母と言えば母も同然。どういう理由で彼女が姿を消したか、おおよそ見当がつくであろう。 「姫さんの姿が見えなくなっていることに気づいたのは、いつなんだい」 「お夕食をお部屋に持って行ったときです。普段は大守様や奥方様、お兄様たちとお取りになるのですが、今日はどうしてもお部屋から出てこられませんで」 ノエミ・フィオレラ(ic1463)は脇から顔を出す。相棒駿龍のBLも、真似して首をずずいと伸ばす。 「なにかご病気でもされたのですか?」 具合が悪いのにアヤカシを追いかけて行くなんて変である。家を出たくなるような理由でもあったのでは。 そう睨むノエミの前で、乳母がため息交じりに首を振った。 「いいえ、へそを曲げておられただけなのですよ。今朝方大守様からお叱りを受けまして――」 続く言葉に、改めて姫の人となりを思い起こすサライ(ic1447)。 「天儀渡りの薄い本というものにご執心で、ここのところ一日中それを読み耽ってばかりおられまして…お勉強の方がさっぱり…机にクモの巣が張る始末でして。大守様はそれを心配なされ、本を全部お取り上げめされたのです…お付きのアイーダも一緒にいなくなっておりますので、ある程度は大丈夫かとも思うのですが…」 「……えっ、薄い本? 理由はそれ!? アヤカシの大行進じゃなくて!?」 ケイウス=アルカーム(ib7387)の驚きに相棒空龍のヴァーユが、耳をぴくぴく動かした。 サライの相棒羽妖精レオナールは、ノエミと一緒に盛り上がっている。 「そうなのよノエミちゃん、ここの姫様は熱烈な腐乙女なの♪」 「…なんだか私ととても気が合いそうですね! お会いするのが楽しみです!」 城の建物にも庭先にもアヤカシが満ち、音もなく過ぎて行く。 喪越(ia1670)は相棒走龍の華取戌と一緒に、その流れを見つめていた。 「アル=カマル版『百鬼夜行』? みたいなもんなんかな? 何にしても面白ぇ」 人間に手出ししないのは出来ないからなのか、する気がないからか。どっちにしても興味深い。 喪越ばかりでなくユウキ=アルセイフ(ib6332)も、そのように思う。 「これだけの大群が何処へ向かっているのか、気になるね〜」 彼の相棒嵐龍カルマは、相棒走龍のアイヤーシュを連れたシリーン=サマン(ib8529)と、相棒甲龍ヘカトンケイルを連れたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が、連れ立って場を離れて行くのを見送る。 彼女らは厩舎へ聞き込みに行くのだ。 家出というならすぐ捕まるのは望むところでないはず。だとすると何か乗り物を使っただろう。差し当たって馬――当地であるならばラクダあたりを使うであろう。との予想を立てて。 「まあまあ、家出だなんてお元気な姫様ですねえ。まるで坊ちゃまみたいですよ」 シリーンは微笑ましげにくすくす笑っている。 一方マルカは少々怒っていた。 父親側に非があるならまだしも、この場合完全に己の落ち度である。にもかかわらず逆ねじ食わせるような態度に出るとはなんということであるか、と。 ● 「姫様ならあの小門を開けさせて、出て行かれたよ。なんでも、アヤカシ行列の先頭はどうなってるのか、見に行くという話だったな」 「城下だけじゃなく、砂漠にまで出て行ったんですか…」 天を仰いだケイウスは、ヴァーユの首を撫で、言い聞かせる。 「いいかい、今日はこのお客さんがいるからね、なるべく静かに飛ぶんだよ」 「おおっ、高い…」 案内役として同乗してもらった厩番の悲鳴を聞きながら、彼らは砂漠に繰り出した。 ヘカトンケイルに乗ったマルカ、 カルマに乗ったユウキ、プラティンに乗ったクロウ、BLに乗ったノエミ―― 「サライ君とレオナさんは私と一緒にBLに乗って下さい! BL、お2人は軽いから大丈夫ですよね?」 「あ、ありがとうございます。それじゃ乗せてもらいま…あ、あのそんなにくっつかなくても」 「遠慮しないで! サライ君は私の前!後ろから抱き抱えて支えますよ! レオナさんは落ちない様に掴ってくださ…きゃあん! 胸はだめですぅ!」 ――とサライ、レオナールが離陸。 月に照らされた砂丘を、次々影がかすめて行く。 走龍たち――アイヤーシュと華取戌――が主人を背に乗せ、それを追う。砂を蹴立てながら。 姫様たちを見つけるのは、簡単であるように思える。青白い帯となり、延々砂漠を横切っているアヤカシたちを伝って行けば、必ずや会えるはずだ。当人たちがあさってに行ってしまってない限り。 「待ってなお姫様、必ずやこの喪越が助けに行くぜいっ! 月の砂漠をいざ行かん!」 「随分やる気を出されているのですね、喪越さま」 「そいつは当たり前田のクラッカーだぜセニョリータ。ここで姫様にいいとこ見せて育てていけば、ゆくゆくは次期太守ですYo? 狙わないでか!!」 「…姫様は確かまだ10歳のはずですが」 「なんの、後10年たてば20じゃねえか。俺はそのとき40代だからな、まだまだいけるぜ、まだまだ、HOO!」 (その頃姫様は既婚者となっているのでは。アル=カマルの適齢期は全体的に早いですから…) 思いはしても口には出さないことにしたシリーン。 久々に故郷に来てうれしいのか、華取戌は時折、跳びはねるような動きを示している。 喪越の式はアヤカシの間を飛び回るのだが、全くぶつからない。半透明の磨りガラスみたいなアヤカシは当たるものすべてを擦り抜けさせるだけだ。 大群が列も乱さず粛々と進んで行く様は壮観だが、あいにくサライにはそれをじっくり観察する余裕がない。後ろから抱き着いてきているノエミに、お腹のへんをさわさわされ通しでは。 「うへへ…サライ君のお腹すべすべですぅ…サライ君は可愛いですね」 (…ノエミさんは僕を見る目つきが変です) そして行動も変だ。 何を隠しもしないが、つい先日口に大きな茸をねじ込まれた。瘴気茸の影響下であったから断定するのはどうかと思ってきたのだが、素面でもこの状態であるところからするに、そういう人なのだろうと認めるしかなさそうだ。 (…慣れてるけどね…こういうのよくあるし…満員馬車とかで…) 遠い目をしつ、人やラクダの立てる物音を探ろうと意識を集中させる。 手が下腹よりさらに下をさわさわし始めた。いろんな意味で限界だ。 「…ノエミさんっ…何やってるんですかぁっ…もうやめてぇ! 依頼中だよっ!」 当然の抗議をした途端、笑顔でこう返される。 「この前、私の下着見ましたよね?」 「うっ…で、でも、あれは瘴気茸のせいで…僕も茸を無理矢理口に入れられ…………何でもないですっ…」 サライは迫力負けした。こうなると後はされるままだ。 「ひゃあっ…ううっ…」 しまいには相棒までもがノエミに加担してきた。 「私もサライきゅんをペロペロ〜♪」 「やあめえてぇええええ…」 背中の上がもめているので、BLも重心が定まらず、ふらふら。 「おっと、運転中はよそ見しないで。危ないよ」 注意だけして脇を通り過ぎたユウキは低空飛行に入る。何か痕跡のようなものはないかと。 ――あった。砂の上、ラクダの足跡がきっちり2匹分残っている。 そのことを後続に告げた彼は、試みに巨大なアヤカシへ接近した。 彼らは至近距離の接近にも平然としていた。視線を動かすことすらない。ただ真っすぐ前を見つめている。まるで夢見るように。 (あのアヤカシ達は何がしたいんだろう、どこへ向かっているんだろう) クロウが歌い始める。 「From desert plains…」 夜の砂漠は心地いい。月や星の輝きを妨げるものはなにもなく、焼けつく暑さもない。静寂は望むところであるし、寒さは簡単にしのげる。 「I bring you love…」 歌が止まった。はるか彼方にいる人の姿が、彼の目にくっきりと見えたのだ。 片方はアヌビス、片方はエルフ。人相風体とも先に聞いてきた情報と一致している。 クロウとほぼ同時にそれを確認したシリーンは、天に向かって閃光練弾を打ち上げる。 世界が、一瞬真っ白になった。 人影が止まる。 ケイウスは彼女らを安心させるため、声を飛ばす。 「やぁこんばんは、お姫様! 俺たち怪しいものじゃないよ、お父上から頼まれて、あんたたちを迎えに来たんだ!」 早速それに対する反応が聞こえてきた。彼と、サライの耳に。 「ぬぬ。早くも追っ手がかかりおったか。蹴散らしてまいれアイーダ。わらわが許す」 「何をおっしゃってるんですか姫様。嫌ですよ私は。もういい加減戻りましょう。お父上様も十二分心配していらっしゃいますから」 シリーンはアイヤーシュに拍車をかけ、急がせる。 その上をヘカトンケイルが過ぎた――いの一番姫の元に追いついたのはマルカだ。 彼女はラクダの行く手を塞ぐように龍を着地させた後、ステラ姫に歩み寄り、腰を掴んでラクダから引きずり下ろし小わきに抱え、お尻に一発平手を食らわした。 スパァンと小気味いい音が砂漠に響き渡る。 「ふんぎゃああああ! 何をするのじゃこの狼藉ものー! 父上にもぶたれたことがないわらわに、ようも手を挙げおったなあ!」 じたばた暴れ大声を上げるステラ姫に、叱責を浴びせる。 「お黙りなさい! 貴方がどんな御趣味を持とうと勝手です。ですがそれに溺れたあげくご自分の責任も果たさず、しかもそれを棚に上げてお父上にわざと心配をおかけするとは何事ですか! お父上だけではありません。お城の皆も心配しているのですよ!」 二番手として現場に到着したシリーンは、あわててラクダから降りようとするアイーダを押しとどめる。 「大丈夫ですわ、マルカ様は加減してらっしゃいますから。ご苦労されますわねえ…」 「…お分かりいただけますか?」 「ええ、私にもちょうど姫様と同い年くらいの主がいますから、よく分かります。頭ごなしになるのはよくありませんし、さりとて甘やかし過ぎるのもいけませんし、本当に難しいですわ…」 彼女らはたちまち打ち解けた様子であった。 姫様とマルカはまだやり合っている。 「むぎい! もう許さん、このこと父上に言い付けてやるのじゃ!」 「どうぞおやりなさい。ますます勝手な娘だとお父上から思われるだけですから。いいですか、あなたは正当な理由もなく周囲のかたがたに迷惑をかけているのですよ。それが立場あるもののすることですか? それにもし貴方に何かあればアイーダ様の責任問題になるのですよ。その事を考えてみたのですか!? アイーダ様が罷免されておしまいになってもよろしいのですか!? 二度と貴方にお会いすることが出来なくなっても!?」 ヴァーユ、カルマ、BL、プラティンが主人たちを伴い降りてくる。喪越を乗せた華取戌も、跳ね来りて停止する。 「いやじゃいやじゃ、アイーダはわらわの騎士じゃ、おらんようになったらいやじゃい!」 「では、己を律しなさいませ。貴方には心配してくれる親御さんがおられるのです。大事になさい」 私にはもう、そういう人がいませんから――という部分をマルカは、喉の奥で飲み込んだ。 クロウが脇から口を挟む。 「親御さんにあんまり心配かけるもんじゃないぜ。姫さんに色々言うのも、姫さんの将来を案じての事なんだからさ」 声が優しいのは姫が涙目になっているからであろう。 ケイウスは苦笑いを浮かべた。叱られたときは、娘もこんな感じだと思って。 「お姫様は相変わらず元気みたいだねぇ…それだけ元気なら、一緒に行進の果てを見に行こうか。それから帰っても遅くはないからね。好奇心を持つのは悪い事じゃないよ。でも、アヤカシ達の行方を見届けたら、お城へ送り届けるからね。他に何処かへ行きたいと言ってもダメだよ?」 喪越はアイーダに肩をすくめてみせる。 「ま、従者としては頭の痛い話だろうが、こうして俺達も追いついた事だし、散歩がてらと気楽に考えようや。『勉学に励め』ってんなら、こいつも立派な社会勉強だろうさ。――親を心配させたらどんな目に遭うかってオチまでついた、な」 ノエミはすすすと姫に近づき、フレンドリーに話しかけた。 「元気出してください。私も愛蔵本を取り上げられたらショックです。ぷにら先生の描く萌え系の『ももしりっ!』、エロクトリック先生の描く耽美な『稚児曼陀羅』、オバン先生の描くハードな『インモラルスクール』…綺羅星のごときカタケットの神々…そして私のいち押しサークルは『黒兎の穴』です」 同族を見いだした喜びが姫様の瞳を輝かせた。今泣いたカラスがもう笑う。 「まるごと同意じゃ! わらわも『黒兎の穴』には目をつけておる!」 半眼になっているアイーダに同情の眼差しを注ぐサライ。 そのサライの頭上で胸を張るレオナ。 急速に親睦を深めたものたちの会話は続く。 「美を愛でることは善です。でも、出奔はいけませんよ? 気持ちは分かりますが、周りの人に心配をかけてはいけませんよ? 帰ったら謝りましょう。勉強をして再びコレクションを返してもらったら私に見せてください。朝まで生語りしましょう。そして生と言えばそう――なんとここに生サライくんが!」 「ぬな! まことじゃ、生サライじゃ!」 (何だろうこの流れ…) 急遽吹いてきた風に耳をそよがせながらも、気を取り直すサライ。 「一緒にアヤカシ行進の果てを見送ったら、帰って謝るんですよ? それにちゃんと勉強しないと」 「そうよ♪ 言う事聞いてくれたらサライきゅんに望みどおりの格好させて、お好きなポーズを取らせる権利を上げるわ♪」 「か、勝手に決めないでよレオナ…」 マルカは姫に向き直る。 「もし龍に乗りたいなら、お嫌でなければわたくしの龍にご同乗されてもよろしいですわ。そのほうが早く行列の先頭に行き着けると思いますし」 ケイウスとシリーンも、追って名乗りを挙げた。 「あ、俺も相乗り構わないよ」 「私も構いませんわ」 すぐさま反応したのは、姫でなくサライだ。 「すいません、シリーンさん。同乗構いませんか。このままBLに乗ってると、僕の報告書、伏せ字だらけになってしまいそうで…」 話がまとまりそうだと見た喪越は、皆をせかす。 「じゃあ早いところ進もうぜ。夜が明ける前に帰りてぇからな、日が昇ると暑くなるし。しっかし、ホントにどこまで行くんだろうな、これ」 ケイウスは厩番にラクダと伝言を託し、アイーダをヴァーユに乗せる。 マルカは姫に手を貸しヘカトンケイルに乗せる。 ● アヤカシたちが進む。丘を越え遠くへ。物音ひとつ立てず進んで行く。 粛々としたその行動は、サライにとって既視感のあるものだった。 「やはり、あのアヤカシ達もこの儀から去っていくのでしょうか」 前にいたシリーンが呟きに反応し、振り向く。 「と、申されますと?」 「いえ、つい先だってそういうアヤカシに会いましたので…護大の目覚めに危機感を抱いてのことらしいのですが…さよならをして、去って行かれました」 「どこへです?」 「さあ…よく分かりません。なんでも、この世界からずれたところらしいですが」 「ずれたところ、ですか…」 そこはどんなものだろうと、シリーンは思いを馳せる。 併走していた喪越が、不意にいぶかしげな声を出した。 「おい、なんだかこいつら先に行くに従って、色が薄くなってきてねえか?」 クロウは上空から列の前後に目をこらす。 なるほど言われてみれば確かに喪越が言う通り、先頭に行くに従って色が薄らいできている。 「透けてきている…のか? こいつら」 ケイウスの後ろに乗っていたアイーダが、下に向かって呼びかける。 「皆さん、足元に気をつけてください、ここから先は儀の淵が近いです。砂が流れているところがありますから…注意してください。飲まれるとそのまま落ちてしまいますので…」 そう、砂漠と言っても無限ではない。儀である限り果てがある。そこから先は星の瞬く虚空が広がるばかり。翼をもたない限り、どこにも行きようがない。 だのに彼らは進んで行く。 ケイウスは併走飛行をしているマルカとユウキに尋ねた。 「そういえば2人ともジルベリアで、天儀から引き払っていくアヤカシを見たんだって?」 「はい。隙間女様と名乗られる方で…移住を斡旋していらしたようで。まさかこのアヤカシ達も移住を?」 「有り得るかもしれないね。彼らも別の世界に行くのかも。どうやらアヤカシの間では、引っ越しが流行ってるみたいだ」 「別の世界か、俺も覗くくらいなら…」 ヴァーユが軽く主人を睨んだ。ケイウスは笑ってごまかす。 「…あはは、冗談だよ」 さりさり足元の砂が音を立て始める。最初はゆるやかに、段々強く。 走龍たちは砂から突き出た岩の上に飛び乗り、流れをやり過ごす。 儀の淵は目の前。行列もそこで終わっている。 不思議な光景だった。もう完全に透明になって、輪郭さえおぼろになったアヤカシたちの行列は、先頭から、空気に溶けるように消えていくのだ。 サライが静かに一人ごちる。 「足すと0になる…対になる精霊がいるのかな…」 ――どれほど時間がたっただろう。気づけば最後の1匹が消えてしまうところだった。 夜の底が白々明けようとしている。 ケイウスは、さて、と前置きをして姫に言う。 「さあ、帰ろう? 俺も一緒に謝るからさ」 喪越は懐から出した小さな花を、流砂に放った。 「……とりあえず、花でも手向けときますかね」 花は流れに乗り、儀の淵から砂とともに舞い落ちていく。 (ヒトもアヤカシも、死してしまえばただの屍。その魂の行き先に違いはあるのか――あるいは死してなお、その境界は断絶したままなのか…) ● 「すばらしい、すばらしいです! これ、小規模イベント限定品で、探しても手に入らなかったんですよ!」 「ぬふふ。そこはそれあれこれ手を回してやっと入手したのじゃよ。『黒兎の穴』の品は大人気によってどこでも品薄でのう…わらわは早く『黒ウサ飼育日記』シリーズの続きが読みとうてのう」 「あれ最高ですよね! 今ちょうど調教編に入ったところで!」 「あ、それ私が描いた奴だわ。私、『黒兎の穴』で作家やってるの♪ Rというペンネームで」 「…ええ! レオナさんはあの…あの『黒兎の穴』の作家様!」 「本当かや! あの…あのすごいBLを描くR様なのかや!」 「もちろん。なんならステラちゃんと姫様に、お望みの絵を描いてあげるわよ?」 「きゃあああああスケブお願いします! 天荒黒蝕×サライ君のハードBLで! 触手もつけて!」 「わらわには黒ウサ緊縛描いてたも!」 床一面に薄い本が散らばる部屋で、盛り上がる一方の姫様とノエミと妖精。 アイーダは渋い顔である。 「姫様、BLは一日2時間までという決まりですよ! お父上様と約束なされたでしょう!」 「分かっておる! まだ1時間半じゃ! 後30分たったら勉強するのじゃ!」 サライは隅でひっそりコーヒーをすすっている。 「サライきゅーん、モデルおねがーい」 荒縄を手に呼んでいる相棒の声が聞こえたが、聞かなかったことにした。とりあえず、この場だけでも。 「サライきゅんたらー」 どのみち流される予感は、ひしひししていたけれど。 城のバルコニーで大守は、沈鬱な表情をしている。 「…わしはやはり、甘いのかのう…」 喪越、ユウキ、ケイウス、クロウは答えづらくて黙っていた。 マルカとシリーンのみがはっきり言う。 「甘いですわ」 「間違いなく」 |