残すべきもの
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/29 03:02



■オープニング本文



 スィーラ城。
 ジルベリアでも一、ニを争う技術者たちと博士たちがこぞって謁見の間に来ていた。
 代表者がうやうやしく礼をし、玉座の前に進み出る。

「陛下、神代の遺物であるアスワッドの解析、及び模倣が一部成功いたしましたことは、先に献上いたしました『アイズ』によって、すでにご存知であられると思います」

「うむ、承知しておる…で、本日はどのような成果を持って来たのだ」

 問いに代表者の目が泳いだ。大帝は眼光鋭く、その様子を眺める。

「どうした。早く言わぬか。まさかわしに無駄な時間をとらせに来たわけではあるまい」

「い、いえ、けしてそのような…ただ、なんと申しましょうか、あまりにも重大なことのように思われますもので」

 突き刺さるような視線の前に口ごもりながらも、言葉は続く。

「アスワッドに残されていました画像の解析が大幅に進みまして、大要が分かってきたのです。現段階において得られました結論を申し上げます、陛下。このべラリエースは、いいや、儀全体は、神代以前の人々によって、こことは別の場所から意図的に切り離され浮かべられたものらしいのです」

 皇帝は黙って話を聞いていた。驚いているのか、さもありなんと思っているのか、そこのところ外から見ただけではよく分からない。

「…それだけでもジルベリア学会に波紋を引き起こしそうな内容なのですが…更に重大な…」

「なんだ、申してみよ」

「はい、我々は様々な角度から分析を進めてみたのですが――アスワッドはどうやら、2つの目的を持って作られたものらしいのです。1つは儀の情報を集め、それをどこかへ送ること――もう1つは、儀を守ること。そのためにあれだけの破壊力を有していたということは、恐らく神代より前の時代には、儀を落とすほどの力を持った存在が、ざらに…」

 皇帝の眉が、片方だけ吊りあがった。

「…落とすことが可能だと申すのか、このべラリエースを」

「い、いえ、現在はもちろんそのような恐れはないと。アヤカシの力も衰えてきております。未知の儀を覆っていた瘴気も薄れ、次々上陸が可能となっております。べラリエース大陸を落とせるほどの力を持つものなど、もう存在しなくなっているはずで…」





 ガラドルフ大帝は謁見者達が下がって行ったあと、1人になって考えた。
 これから学会に巻き起こるだろう喧々諤々の騒ぎはさておき、己が治める儀とそこに住まう臣民のことが気がかりである。
 もしこのジルベリア帝国が危機に瀕するというようなことがあれば、全力を持って挑まなければなるまい。
 困難はこれまでに数多起きてきた。そのたびに克服してきた。

(ただ…わしも年を取った…)

 らしくもないことを考え、大帝は苦笑いする。それこそ年を取った証拠だと思いながら。
 謁見の間から退き、テラスに出て城下を見る。
 ふと予感めいたものが胸を過ぎた。今目の前にある景色は、長く続かないだろうという。



 ジェレゾのはずれの丘の上には公園がある。
 そこに城下の学生たちが群れている。
 持っているのは画板、鉛筆、絵の具に筆、パレット。それから筆洗いするための水入れ。

「この年になってなんで写生大会すかね」

「本当。こういう行事はいい加減に卒業させてほしいですの」

「描くものなんてほっとんどないじゃない、ねぇ」

「つーかなんでアリスがいるっすか」

「その台詞そっくり返したるわ、アガサ。よそに行きいよ」

「いやっすよ。ジェレゾの写生といえばスィーラ城と相場は決まってるんす。四角を適当に描いて旗立てればいいだけだから楽っす」

 町を眼下に見下ろしてうそぶく彼女らにとって、目の前にある全てのものは見慣れすぎて、いまいち興味をかきたてられない。
 昨日も今日も明後日も、変わらないに決まっているものばかりだ。

「まあ、参加賞が絶対に出るからいいんすけどね」

「せやな、どんなにど下手でも」

「そういや今年は、一般の部があるらしいすよ」

「へー」




■参加者一覧
/ アーニャ・ベルマン(ia5465) / からす(ia6525) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 八壁 伏路(ic0499


■リプレイ本文




 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、公園で写生場所を探していた。

(陛下がご覧になられるのでしたら、気合を入れませんと)

 描くに値するものはたくさんある。並木の紅葉、秋の花、そして噴水、銅像…。

(どれも捨て難いですわね…けれどインパクトに欠けるというか…どうせ絵にするのならこれぞジェレゾと一目で分かるものが欲しいですわね)

 やはりスィーラ城こそが、その条件に当てはまるであろう。
 というわけで高台に行ってみれば、見慣れた面々が石段に腰掛け、押し合いへし合いしている。

「うちの筆洗い使うなやアガサ」

「ケチなこと言わないでもらいたいっすね、アリス。あたしの濁っちゃって洗っても色が落ちないんすから、ちょっと使わせてもらう位、いいじゃないっすか」

「ほしたら水替えてこいや」

「いやっすよ。水汲み場遠いじゃないすか。めんどくせっす」

「ホンマ勝手な女やな自分!」

(またやっておられますわねえ)

 思いながら、ひとまず挨拶。

「皆様、ごきげんよう」

「あ、マルカ。ごきげんさん。マルカもここで描くんか?」

「ええ、ジェレゾと言えばスィーラ城ですから。アリス様とアガサ様は、もう色付けまで出来ているのですね」

 彼女がそう言うと、双方のグループから声が上がった。

「色は付けてもひどいもんよー」

「特にアガサの、見るからにやる気ゼロですわ」

「何故あたしの絵だけ貶すっすか! アリスのだってひどいもんじゃないすか!」

 そこまで言われると逆に見たくなる。だから見てみる。
 出てきたマルカの感想は、「あらまあ…」だった。
 アガサのは一見して丸分かりな手抜き。
 アリスのは手は抜いてないにしろ下手だ。刺繍はそこそこ上手なのに絵筆となると手元が狂うのかどうか、人やものが浮遊している。

「四角を書いて旗…ケーキに見えんくもないのう」

 声に振り向けば八壁 伏路(ic0499)。

「伏路様、何故ここに」

「んむ。単に通りすがりの賑やかしでの」

「アリスさんのは抽象画ということにすれば、それなりにいけそうだよね」

 別方向に顔を向ければ、ユウキ=アルセイフ(ib6332)。

「ユウキ様も賑やかしを?」

「いや、僕は批評。まあ、ひとまず参加しには来てるけど」

 そう言って彼は、スケッチブックと携帯ペンセットを見せた。

「今回はペン画で挑戦してみようかな、とね。じゃあ頑張って、お嬢さんたち」

 片目をつぶって爽やかに去って行くユウキに、女子たちは囁きあった。

「ちょっとかっこいい人だったですの」

「同意ね」

 伏路も去って行く。寝癖の取れない頭をかいて。

「じゃあわし、行くところあるで。頑張るのだぞおなご衆」

 女子たちはさわさわしなかった。
 マルカはアリスたちより下の段に腰掛け、写生を始める。
 しかし平穏は長く続かない。

「ええ加減にさらせよ筆つっこむなて言うとるやろがはったおすぞホンマ!」

「いだだだ、ひゃにしゅるんしゅかこの!」

「あっ、はなへやぼけえ!」

 アリスとアガサがお互いの頬を掴んで引っ張り合っている。
 いつも通りの光景だったが、マルカはそれに、これまで感じたことのなかった思いを抱いた。

(いつかわたくし達も大人になって、こういう事もしなくなるのでしょうか)

 しばし級友たちを眺めてから、鉛筆を持ち直す。

(なら、わたくしは…)



 アーニャ・ベルマン(ia5465)とからす(ia6525)は、ジェレゾに数多くある工房の1つにいる。
 ここは飛空艇を扱う工房だ。
 天井の高い倉庫の中、巨大な骨組みのあちこちに職人が乗り、溶接を行っている。
 火花の強烈な光、壁に焼き付けられる影。

(人はともかく、船の骨組みなんか描くとなると難しいものですねえ…)

 片隅でそれらを写生するアーニャは、隣のからすがいち早くスケッチブックを閉じたのを見て、驚く。

「もう描けたんですか?」

「ああ、私は骨子だけ掴めたらそれでいいんだ。仕上げは後で、紅茶でも飲みながらゆっくりしようかと思って――君は背景を書き込む方?」

 自身のスケッチを見られたアーニャは、照れ笑いを浮かべた。
 なんとなく話題を逸らそうとして、聞かれてないけれど語る。これから完成させようとしているものについて。

「見慣れた街だからこそ画題にしたいんです。街の中の人々、仕事してる人、そこに息づく生活感溢れた絵が、匂いや音や風の流れを感じるような絵が描けたらいいなあと思いまして。からすさんはどんな絵にしたいと思いますか?」

「…私は、『老いと若き』という題材で絵を描いている。変わらないという事は望ましくない。変化が終わっているというのは、死んでいるのと同義だ。何も変わっていないようでも実は少しずつ変わっていっている――そういうものを絵にしてみたいんだ、今回は」

「へええ…なんだか深いですね」

「いや、そうでもないよ。いわゆる一期一会の精神だ。だからこそ今を大事にしようって、ね」

 口だけで笑ったからすは、失礼、と場を辞した。
 続いて彼女が向かったのは、先程とは打って変わった小さな、古めかしい靴屋の工房。
 ガラス窓を覗いてみれば古革みたいな顔をした老職人が、孫ほどの年の職人相手に、仕事を教えている。
 棚には古めかしいデザインの靴と、新しいデザインの靴。
 スケッチを終えたからすは、街の新開地に足を運ぶ。
 若々しい建造物のすぐ隣に、何世紀も前の建物が未だ現役で使われている。
 …その新しい建物たちも、また年を取っていくのだ。

(人間は成長する。そして老いて、次の世代へ…老いというのは終わりではない、その姿が人間という生き方を全うした最も美しい姿だ)



 通りに出たアーニャが描き留めているのは、専ら人間。
 行き交う人々を描くにはスピード勝負。立ち止まらせてモデルを頼むなんてことは一切せず、一瞬の情景を脳内に焼き付け、ささっと筆を走らせる。笑う人、話す人、愉快そうな人、不機嫌そうな人、男に女、大人に子供。
 活気に満ちた、いま、このとき。彼女が描きたいのはそれである。

「陛下の目に留まれば私の絵の才能は認められたも同然! これで画家としてデビューしでもいいかも♪」

 一人ごちながらスケッチの隅に、自分と恋人の姿を書き加える。



 リィムナ・ピサレット(ib5201)は現在スケッチブック片手に、愛機マッキの操縦席。
 ジェレゾ、ことにスィーラ城の真上を、ひたすら上昇中。
 現在上空500メートル。
 100メートルの段階で箱庭だったものが、平面な絵のように見えてきた。

「えへへー、これを何回か繰り返して並べて端から眺めていくと、スィーラ城から飛び立ち、上昇していく気分が味わえるよ♪…くしゅん!…これは我ながら、かなりいけてるアイデアだと思うんだよねー♪」

 自画自賛しつつ下界の景色を描いていく。

「続いて1000m、2000m、まだまだ! 上に行ける筈っ…はっくしょん!」

 ずーとたれてくる鼻水を紙に落ちぬよう袖で拭いつつ、我が道を邁進。

「みんなどんなの描くんだろ楽しみ♪ それにしても上空は寒いなあ。太陽に近づいてるのになんで気温が下がるんだろ。謎だよね」

 彼女はその寒さがやがて容易ならざる事態を招くことに、まだ気づいていない。



「じゃ、あたいは右に行くよ! スオメンはあっちだからね!」

「おう、わしは左だな。アーバンはこっちだから。では気をつけての、ルゥミ殿」

「うん、伏路も気をつけてー」

 ジルベリア北部街道。
 伏路に手を振ったルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は、ずんずん道を進んで行く。
 街道は細くなっていき、山沿いの町で途切れた。
 そこからは石畳でなく、素朴な山道。冷気が山上から吹きおろしてくる。

「もうじき雪が降るね♪」

 草の間からごつごつした岩が突き出る斜面を登る。
 まばらにある針葉樹の林を抜ければ一軒の山小屋。
 うれしそうにそれを見やった彼女は、そのまま足を止めず、山頂に出た。
 素朴な石の墓がある。周囲の草などきれいに刈り込まれており、度々手入れがなされている事実が伺えた。

「えへへ。ハユハじいちゃん、ただいまー!」

 ルゥミは墓石のそばに座り込んだ。背負ってきたリュックから、スケッチブックを出して。

「あのねハユハじいちゃん、あたい写生大会に絵を出そうって思うんだ。ジルベリアなら、どこを描いてもいいらしいよ。だからね、あたいの大好きな景色を描くの。あたいとハユハじいちゃんが住んでた家と、この山頂から見たスメオンの山々。後で滑空艇を駆って、ケワタガモ達が飛ぶところも描こうって思うんだ♪ じいちゃんはケワタガモ猟の名人だったもんね♪」

 猟に連れて行ってもらって、一緒に葦の茂みで息をひそめたこと、一日麓の放牧地でヤギとかけっこしたこと、朝一番に外に出て吸い込む空気の甘くすがすがしかったこと、冬に大きな雪だるまを作ろうとして埋もれ、助けられたこと。
 幼い日の思い出は、どれも大事なものばかり。
 それらが胸一杯にせりあがってきたルゥミは、かたわらの墓に改めて言う。分かり切っていることながら。

「じいちゃん、大好きだよ♪」



 伏路はアーバン渓谷に来ていた。
 現在季節の谷間であり、観光客は少ないようだが、それでもなかなかの賑わいだ。

「相変わらずここは繁華よのう。さて、写生はもっと思い出深い地にするかの」

 山道を辿って向かうのは、縁深きヤーチ村である。
 この季節炭焼きが大忙しらしい。山の中からしきりと白い、澄んだ煙が立ちのぼっている。
 村に着くと早速、顔見知りの少年2人――トビーとケインが声をかけてきた。
 両者せっせと薪割りをしている。

「あれ、伏路さんですか」

「お久しぶりです」

「おお、久しぶりだの。トビー殿らも元気そうで何より。ところで」

「ミーシカなら村の裏にいるはずですよ」

「…よくわしの言いたいことが言わぬうちから分かったのう」

「そりゃもう。あ、エマも一緒にいますからね、もちろん」

「分かっとる分かってるそこは」

 行ってみると村衆が、山羊や猪を捌いていた。
 木から吊るしたものの血をバケツで受けたり、内蔵を引っ張り出したり、部位ごと切り分けたり。
 生々しさに伏路はちょっと引いてしまうのだが、当人たちにとっては何ら特別なことではない。
 ちなみにミーシカたちは鈍いナイフで、熱湯をかけた猪から荒毛をこそぎ落としている。

「ミーシカ殿、エマ殿、元気そうで何よりよの」

 伏路の姿を目にした彼女らは、いったん手を止めた。

「よう、伏路か。何の用だ? このへんにまたアヤカシでも出たのか」

「いや、そうではない。依頼ではなく余暇を楽しみにな。ついでに粗品も狙うとる。痩せても枯れても皇室主催。ご用達菓子店のチョコなどが出るに違いないと睨んでおる――」

 写生大会の件についてざっと説明した伏路に、ミーシカは、へえ、と腕組みした。

「そんなら早く描いたほうがいいんじゃねえか? ここで油売ってないで」

「いや、もう描いてきておるでそのへん心配はいらん」

 伏路は手にしていた画用紙をくるくる広げる。
 適当に並べた三角定規と、三角定規の中程へこれまた適当に並べたサイコロ。色は一面べた塗り。
 エマが言う。

「それは…何?」

「む? 分からんかのう、この緑がアーバン渓谷でこの茶色いのが村の家々だ。で、後ろの青は空な。題して『印象:麗しきアーバン渓谷のヤーチ村』。まあ、皇帝が視察するというても、どーせ題名くらいしか見んであろとわしは確信しとる」

 胸を反らして得々と語る彼にミーシカが歩み寄る。
 次の瞬間画用紙は真っ二つに引き裂かれた。

「ミーシカ殿、破らんでも! 破らんでも! 次はがんばって描くから! これはほんのジョ−ク、ジョーク! 今から本気を出すよってに!」

「おおそうしろ。で、何を描く気だ?」

「うーん、この季節の収穫の様子とか、かのう。わしらの戦いはおぬしらのような人々が支えてくれているのだ。志体のあるなしに関わらず己の勤めを果たせばそれで世界は良い方へ回ると思うのだよ。そういうテーマでだな、創作に挑みたいと…あ、ついでにウハーの絵も描きたいのだが。ほれ、このように塩鮭土産に持ってきたで」



 ジェレゾの上空高度2000m。
 リィムナは大変な状態に陥っていた。

「…防寒はしてきたけど冷えるね。しっこしたくなっちゃった。あははははっ」

 寒さと酸欠状態になっているせいか、彼女は目下ハイになっている。操縦を任せるため呼び出した式に向け、体全体でそわそわしながら、早口で語りかけていた。

「誰も見てないしいいかな。外にしちゃってもあははは」

 外というとこの場合宙である。
 宙に水を撒いたら下に落ちる。
 下にはスィーラ城がある。はずである。今は雲に隠れて見えないが。

「や…もし陛下にかかったら百叩きじゃすまないよね、うん。あはは」

 まだ残っている理性を動員しようとするが、大自然の欲求はそれをはるかに上回っていた。

「…でもほら、この高さだったらきっと下に着くまでに雲散霧消しちゃうよ! 大体途中で風にあおられるから城になんて落ちないよ! 大丈夫だリィムナ、いっちゃえ!」



 スィーラの城下町。
 ギルド会館の天辺にある展望台で、ユウキが絵を描いていた。
 彼が見ているのはジェレゾの南方にある鉱山。鉱石を運ぶためのトロッコ、丘の中腹にぽっかり開いたトンネル。剥き出しの櫓には、人を、物を、地下深くから吊り上げるための滑車が詰まっている。

(動いていたら、なおよかったんだけどねえ)

 残念ながら都に近い分掘り尽くされるのも早く、今は閉鎖されているらしい。
 近くに寄ってみれば設備にサビが浮き始めているのが確認出来ることだろう。

(後で観光ついでに、見に行ってみようか)

 完成した絵について、彼は非常に満足感を覚えた。それが他者の目にどう映るかは、展示会されてからのお楽しみ。
 ジェレゾの町に繰り出す。
 北の大陸は冬の訪れが早く、街路樹の紅葉が始まっている。辻の手風琴は哀愁を帯びたメロディを奏で、道行く人々の衣装は秋モード。

「あ、ユウキさん、もう仕上がりましたか?」

 声がしたので顔を向ければ、アーニャだ。

「ええ。そう言うあなたも?」

「はい、一応。せっかく来たので、ついでにブティックを巡っているところです。そろそろ秋物が欲しいなって、思っていましたから。後、今年はマフラー編みにも挑戦したいなって思って、毛糸玉も買っちゃって」

 なるほど彼女の腕には紙袋がいくつも下がっている。
 幸せそうな様に、苦笑するユウキ。

「そういえばからすさんはどこに? ご一緒じゃなかったんですか?」

「ええ、途中までは確かにそうだったんですけど、別行動になりまして。そういえばリィムナさん、ご存じですか? 写生大会が始まってから、ずっと姿が見えなかったんですけれど」

「彼女なら、滑空艇で鳥瞰図に挑戦してみるとか言ってたかな。天儀の洛中洛外図にインスピレーションを得たとかなんとか」

 そのあげく現在進行形でとんでもないことをしているのだとは、彼も彼女も全く知る由がないのであった。




 からすはカフェでエスプレッソ片手に、スケッチの清書にいそしんでいた。
 物憂げなヴァイオリンがどこかから聞こえてくる。
 そこへ、どやどや不協和音が入ってきた。

「アリスのほうが明らかに下手っすよ! 見てると不安定になってきそうなこの異次元空間人間業じゃねえっす!」

「なんやとこら、あんたのなんか明らかに手抜きやんけ! こないに真四角なスィーラ城がどこにあるんや言うてみい!」

「お2人とも、公共の場なのですから大声は控えなさいませ。見苦しいですわ」

「…そういやマルカはどんなの描いたんや」

「…あたしら見てないんすけど」

「…そこはそれ、展覧会当日までのお楽しみですわ。ほら、ネタばらしすると面白くないでございましょう?」

「ガラオン頼むですガラオン」

「ホイップクリームつけてね」

 実に姦しい。姦しいが、楽しそう。
 からすは迷わず彼女らの姿をスケッチし、絵の中に加えた。
 窓の外で人々が空を見上げている。どうやらお天気雨が降っているらしい。



 写生大会作品展覧会当日。
 ホールは大勢の人で賑わっていた。作者たちの姿も、当然そこにある。
 ルゥミは伏路の描いた作品『印象:麗しきアーバン渓谷のヤーチ村』の前で、当人に聞いていた。

「ねえ、なんでウハーなの?」

「…いや、何かとえらい目にあっての。ミーシカ殿にめっちゃ怒られての。これくらいならお前でも写生出来るだろと言われての。描き上がったときにはウハー冷めてしもうとって…収穫とかなんとか描く時間全然なかったわ…でもの、あっためなおしてくれたりしての、おでこにちゅーとかしてくれてのぐふふ」

「ふーん、なんだかよくわかんないけど、いい人なんだねミーシカちゃんて」

 かくいう彼女の絵は、『スオメンの風景』3点。
 アーバンよりいくらか穏やかな山々の連なり。山小屋。夕日の中を飛んでいくケワタガモ。

「あ、これ並べ方逆…もー、ちゃんと番号振ったのにっ」

 とぼやいているリィムナの作品は、『ジェレゾ』の4点。
 2000m、1000m、500m、100m。雲の合間からぐんぐん下って行くような感覚に襲われる。
 次にアーニャの3点『今日という日』。
 町の通り、工房、そして市場。
 日常のひとコマひとコマを堪能した後は、ユウキの『遠景』。
 市街から見た郊外。あまり巧みなタッチではないが、白黒ということもあって、落ち着いた味が出ている。
 続いてはからすの『老いと若き』3点。
 工房、建築物、カフェの情景。
 そしてマルカの『女学生の日常:喧嘩する程仲がいい?』。
 …意図したわけではないのだろうが、リィムナから始まって、全て題材がジェレゾということもあり、なんとなく繋がりがあるように見える。
 からすの絵の中にいたアリスとアガサがマルカの絵の中で主役を張っているとあっては、なおさら。

「マルカー! 自分何描いとんねんや!」

「どういう料簡でこんなもん晒しあげやがるっすか!」

「いえ、いつか変わってしまうかもしれない、でも今確かにある日常。それを記録出来ていたらいいなあと思いまして…」

「何をしれっとぬかしとんねん!」

「すかした顔してとんだ腹黒女っすよ!」

「いやーでも似てるです、これ」

「この通りの顔だったですわよねー、アリスもアガサも」

 喧しくも愉快そう。
 女学生一団を眺めたリィムナはそんな感想を持つ。

「みんな素敵な絵だね♪ また来年も描きたいなぁ♪」

 人垣がざわついた。
 美々しく身を固めた近衛兵が、場を開けるよう触れ回り始める。皇帝陛下がお越しらしい。
 皆急いで両脇に避ける。
 ジルベリアにおいて皇帝という存在は、権威と権力そのもの。すこぶる重い。
 その感覚に慣れているアーニャ、リィムナ、ユウキ、ルゥミ、マルカ及びアリス達は、さほどの圧迫感を感じなかったが、そういうものが苦手な伏路は、人垣の後方に回る。
 その背をからすがつついた。

「すまないが君、足台になってくれないか。私はこの通り背が低くてね、人に阻まれると向こうが見えないんだ」

「何故わしが…」

 ぶちぶち言いながらも伏路は、言う通りにしてやる。
 ルゥミの声が聞こえた。

「はい、じいちゃんは超すごい砲術士で、ジルベリア軍にいた頃は白き死神って呼ばれてたんだ! 陛下知ってるかな? じいちゃん達はたった32人で4000体のアヤカシを撃退したんだよ!」

 どうやらあのガラドルフ大帝相手に話しかけているらしい。

(だ、大丈夫かあやつ)

 ガラドルフ大帝が実は意外に子供好きであることを知らない伏路は、はらはらする。

「それは、わしの父の部下だったものたちだな。孫がおるとは知らなんだが」

 彼の上に立って様子を眺めるからすは、興を覚えた。
 皇帝とルゥミの間にもまた、老いと若きの対比が、くっきりと見られたので。

(…自分が選んだ道は最終的に楽しかったと思える誇りを持てるならば、老いは何一つ恐ろしいものではない)

 これからの世代の一員である彼女は、強く、強くそう思った。








 ところで写生大会の参加賞は、伏路の目論みどおり、お高めのチョコレートだった。

 リィムナ、アーニャ、ユウキ、からす、マルカは後日グループ特別賞として、後日額縁が送られてきたそうだ。
 …どうやら皇帝もまた、彼らの絵を、連作と思われたようである。