消失
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/21 02:18



■オープニング本文


「エリカさん、もーうそろそろじっとしてていい時期なんじゃないですかね」

 内縁の夫であり婿であるロータスに、エリカが横目を向ける。

「してるじゃない。依頼も受けずに家に篭ってるわよ。不本意ながら」

「庭で剣振り回して遊んでるのは家に篭っているという概念に当てはまらない行為だと思うんですけど」

「遊びじゃないわよ。日課よ」

「そうですか。少しも納得いきませんけど、それならせめて木刀でやるとかにしてくれませんかね。臨月間近に滑って転んで真剣の上にでも倒れられたら全く洒落にならないんですがね」

 2人が話をしているそこに、忍犬レオポールと嫁犬の鳴き声が聞こえてきた。
 何事かと声を辿っていくと、2匹が龍小屋の前で吼えている。

 ワンワンワンワンワンワンワン

「ちょっと、どうしたのよ。落ち着きなさい」

 犬を宥めるエリカの横を過ぎ、ロータスは、龍小屋を覗き込む。

「エリカさん、ゼブラがいませんよ」

「え? ああ…そういえばもう秋も始まるから、渡りに出たんじゃないかしら」

 相棒の困った性癖に思いを馳せつつ空を見上げるエリカが、急に動きを止めた。
 ロータスは気づく。彼女の額に脂汗が浮いてきていることに。

「あの、まさか…陣痛来てるとか?」

 痛みのあまりだろう、エリカはいきなり逆上した。ロータスの襟首を千切れんばかりに掴み怒鳴る。

「分かってるなら早く産婆さんでも連れて来なさいよ! こういう時にあんたの顔見てるとものすごく腹立ってくんのよ!」




 ジェレゾの繁華街の、とある地下一階。

「まあこれを見てください」

 バーの主人は開拓者たちの前で扉を開ける。
 一面鏡のようなもやがかかっているそこに入っていく。そして出てくる。
 体の後ろ半分と前半分が、隣り合って同時に見えている。騙し絵みたいにこんがらがった情景だ。

「この通り、入ると出てしまうんです。もう開店準備をしなければいけないのに…アヤカシの仕業とするなら、中が荒らされていないかどうか不安で不安で。早いところどうにかしていただけんですかねえ」



 薄暗いカウンターでアヤカシ隙間女がぶつぶつ言っていた。
 彼女の前にある名簿は手も触れないのに、一枚一枚めくられている。

「…ええと…晴男さん…雨女さん…エロガッパさん…は最近消滅させられたのね…あ、このひとも消滅…このひとも…あっちこっちで負け越してるのねえ…まあ、いいけど…」

 閑散とした店内の所々に影が座っている。

「…照会終わり…」

 名簿が最後のぺージで閉じられた。
 隙間女は顔を上げ、影たちに呼びかける。

「…では…これで移住希望は…締め切りとさせていただきます…忘れ物などないように…今一度ご確認を…」

 影の1つが彼女に話しかけた。

「隙間の姉さん、僕たち、今まで楽しかったねえ。空の上は面白かったねえ」

「…何事もいつまでもは…続かないものよ…私たちの役目は…終わる…アヤカシは死なず…消え去るのみ…」

「寂しいねえ。でも、必要なくなるのはアヤカシだけかい?」

「…いいえ…精霊も…」

 たださえ暗い照明の高度が徐々に落ち、真っ暗闇となる。
 長いような短いような静寂の後、隙間女の声だけがした。

「…皆行ったのね…さて…私も…早いところ荷物をまとめて…大荷物だから…少し時間がかかるけど…」

 ふと言葉が止む。
 照明がおぼろに戻ってくる。
 開拓者たちが閉じた空間に入ってきたので。






■参加者一覧
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332
18歳・男・魔
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文


 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、靄に顔を突っ込んでみた。
 ――仲間が見える。それと、ちょうどすぐ横にある自分の体も。

「面妖な…空間を捻じ曲げておるのか。アヤカシの仕業であれば相当高位であろうな」

 ひとまず強行突入から試す。

「きぇぃ!」

 飛び立つ鷹の構えを取り、全身に気を漲らせて走り込んだ結果は、勢いよく飛び出して来るというものに終わった。

「むむ…こういう肩透かしは気に入らぬの」

 零しながら『秋水清光』で靄をつつくが、何の変化も訪れない。
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は片頬に手を添え、首を傾げた。

「不思議な事もあるものですわね。やはりアヤカシの仕業でしょうか?」

 ちょいちょい靄に指を突き入れていたサライ(ic1447)は、彼女の言葉の後を継ぐ。

「でしょうね。でも、それにしては周辺への被害がない…」

 彼は、はたと何かに気づいた顔をし、垂れ耳を持ち上げ、靄の壁に近づける。「もしや…」と呟きながら。

 その行動を見たユウキ=アルセイフ(ib6332)が聞く。

「心当たりでもあるのかい?」

「はい、心当たりというか…ほぼ知ってるアヤカシじゃないかと思うんですけど…」

 八壁 伏路(ic0499)も会話に加わってきた。

「あ、わしも今多分同じこと思った、あいつであろ、ほれ、隙間」

「伏路さんも知ってるのかい?」

「まあの。ユウキ殿、ババロアで執政騒動があった時…」

 あらましを説明しようとしたところで、サライがしっと人差し指を唇に当てた。
 なるべく邪魔をしないようにと、伏路はこそこそ声で続ける。

「――という奴でな。まあ、とにかく人は襲わん。力はなかなか強いが」

 あらましを聞いたユウキも、これまた小声で返す。

「なるほど……そういう敵なら、単純に体当たりしてみたり、剣で切り掛かったりしても無駄な事だよね。でも、この靄が『瘴気』だとしたら…」

 そこでまたサライが、しいっと言った。

「…どうも1人ではなくて、複数いるみたいです。話し声がします」

「なぬ。奴以外のアヤカシがいるとなると、ちと面倒だの。そいつらは人を食うかも知れんし」

 確かにその可能性もある。
 サライはバーの中へ向け、呼びかけを行ってみた。内側に入れる仕掛けなど、特別無さそうだったので。

「すいませーん、隙間女さん、ご在宅ならここを開けていただきたいのですがー」

 油断せぬよう構え、返事を待つ。
 アヤカシが飛び出してくる様子はない。かといって靄が消える気配もない。
 マルカは、すいと前に進み出た。

「仕方ないですわ…ではわたくし、試しに聖堂騎士剣を使ってみます」

 うっすら光をまとった『グラーシーザ』が、靄へ静かに突き刺さる。
 その部分から砂のように塩が零れ出してきた。
 切っ先を引き抜くと小さな亀裂が出来ていた。周囲から盛り上がってきた靄により、すぐ塞がってしまったが。
 ユウキは己の予測に自信を持つ。

「うん、この分ならホーリースペルも効きそうだ」

 自分自身に術をかけ、通り抜けを試みる。
 今度は入れた。しかし入った先はどこまでも、見渡す限り靄である。

(これだけでは不十分か)

 そう判断した彼は詠唱を始める。
 中空に灰色の球体が生まれた。
 周囲にあった靄が消え、本来あったバーの扉が姿を見せる。
 取っ手を回してみたら動いた。鍵はかかっていない。

「皆さん。また閉じないうちに早く」

 ユウキに促された一行は、バーの中へ――鼻の先も見えないほど真っ暗だ。
 手探りで進もうとした伏路は、テーブルの足に小指をぶつけてしまう。

「あうち! ぐぬぬ…地下1階なら明かりは必須であろうが…つけておかんかいっ」

 途端に照明がついた――かなり控えめに。
 カウンターに誰か座っている。
 一瞬身構えたマルカであったが、姿をよくよく確かめ、剣を降ろす。

「まぁ、貴方でしたか」

 親しげに耳を上下させるサライ。

「やはり隙間女さんでしたか。お久しぶりです」

 小指をさすりながら立ち上がる伏路。

「とりあえず、この不法占拠をやめい。マスターが迷惑しておる。一体こんなところで何をしとるのだお主は」

 隙間女がぼそぼそ質問に答える。

「……集合場所に…使っただけよ…移住の最終便は…すんで…私も今から…出て行くところ…天儀から…」

(危険性が無さそうなのは本当らしいな)

 相手の反応を確かめるユウキ。

(そう言えば以前茶会でそのような事を)

 相手はアヤカシであり友人というわけでもないのだが、マルカは、何やらしんみりしてきてしまう。

「隙間女様も、もう行かれるのですか。寂しくなりますわね――開拓者の台詞ではありませんが」

 サライにおいてはそういった気持ちが顕著だったらしい。懐から最新版のじめじめスポットマップを取り出す彼の目は、少々涙ぐんでさえいた。

「そうですか…淋しくなりますね…これ…最近発見されたジルベリアの南部開拓地や、新たな儀の情報も入っています…貴女にはもう必要ないかもしれませんが、約束ですから」

 隙間女は喜んだらしい。長い髪の端を逆立て、ゆらゆらさせている。

「…くれるというなら…もらっておくわ…」

 けったいな姿を見るのも最後となれば、伏路にだってある種の感慨がわく。

「そうか、とうとう行くのだの。逢うは別れの始まり、会者定離だの」

 勝手にバーのカウンターに入り、人数分の酒とグラスとつまみのハムを失敬する。

「まあ、別れに酒を飲みつつ語ろうではないか。おぬしのフェイバリット島中雪美っぽいシチュであろ」

 開拓者たちは隙間女に相対する形で、止まり木の席に着いた。
 グラスを傾け、リンスガルトが問う。物憂げな調子で。

「いよいよか…つかぬ事を聞くが、未だ天儀には上級アヤカシや大アヤカシ、他にも多くのアヤカシがいる。何故、奴等は貴公等と共に去ろうとしないのか、知っていれば教えてくれ。貴公は奴等とは別の種族…別の目的を持っているのか?」

「…基本はそんなに…変わらないはずだけど…アヤカシだし…でも…考え方はそれぞれだから…私がこうするからといって…他のひとが従わなきゃ…いけないってわけじゃ…全くない…」

「やはり変わっておるのう、貴公…この間の話の続きじゃが、あの夢はやはり過去に旧世界で実際に起きた事なのじゃろうか。最後のあれは…やはり瘴気の爆発だったのか?」

 おぼろになった夢の記憶を辿るリンスガルト。
 隙間女はグラスを見つめる。

「…大陸間……兵器……終わりごろには…よく飛んでたそうね…」

 そこからウイスキーだけが浮き上がり、大きな水球と小さな水球に分かれ、引き合いながら回転する。
 遊んでいるのだろうか。
 伏路は思い出したように尋ねる。今なら比較的何でも答えてくれそうだと思って。

「以前危険が迫れば逃げるといっていたが、もしかして護大のことか?」

「…そうね…おおむね合ってるわ…」

 護大。護大派。瘴気に沈む旧世界。その世界に生きるもう1つの人類。そこで崇められる何物か。天儀の存立を危うくしかねない存在。
 1つの単語にさまざまな感情を交錯させつつ、リンスガルトはグラスを揺すり、氷を鳴らす。
 アヤカシもまた、式と同じく何らかの目的を持って――人を襲い食らう事も含め――生み出された存在かと思える。
 だが旧世界には、人を襲わぬアヤカシもいた。それらは単に、瘴気に適応した生物のように思えた。
 両者の違いは一体どこから来るのか。

「…天儀のアヤカシ達は、何の目的があって儀にいたのじゃ? 教えて欲しいのじゃ」

「…天儀を滅ぼして…護大派の理想を…達するため…最初は…でもそういう使命感って…歳月と共に…薄れがちなのよね…目的は忘れても…人間を襲う楽しさだけは…残ったって…いう感じ…」

 マルカは冷たいグラスから、嘗めるほどの量を口に含んだ。

「何やら身につまされるような話ですわね」

 勢いよく一口分を飲んだユウキが、少しむせる。

「まあ、ありがちと言えばありがちな話で」

 先の会話が途切れるのを待っていたサライが、口を開く。

「隙間女さんはどちらへ行かれるのです? 旧世界ですか? ならいずれ、お会いする事もあると思うのですが…」

 そこは伏路も気になっていたので、追っかけて聞く。

「そうそう、それわしも知りたくてな。負の感情がおぬしの食事であろう。となれば移住先にも人間は居るのだと思うのだが、違うのか?」

「…旧世界も…ここの延長だからね…私たち…そこからずれたところに…行くのよ…じゃないと…存在が危うくなるから…」

「それはつまり、存在の位相が変化して物質界レベルでは消失した状態にということで?」

 小隊長の受け売りをそのままぶつけてみるサライに、隙間女は、意外と真面目に答えてくれた。

「…いや…消えるというより…変質…いるんだけど…いなくなる…足すと0になる関係なのよね…私たちと精霊って…」

 伏路が絡む。

「よくわからんことを言うのう、お主は。ずれたところというのは、赤い水の祟り村みたいなところかの?」

「…基本的には…当たらずとも…遠からずかしら…とりあえず…手回り品は…あちらに持って行く…」

「ふーん。なんぞ荷物をまとめるのなら手伝ってやらんでもないぞ。腐れ縁の誼みでな」

「…気持ちだけで…いいわ…どうせ…人間には…持てないし…」

 隙間女の背後に扉が出現した。
 勝手に開いたその向こうには、ぽつんぽつんと街灯がついた一本道。
 別れが近いのだと察するサライが、最後の問いかけをする。

「わが師は、人のうちに宿り宿主が死ぬとその魂魄を写し取り、擬態し、生前の人物そのままに行動し、勿論人も襲わないアヤカシがいると話していました。アヤカシだから人を襲うのではなく、その様に「造られた」アヤカシだけが人を襲うのですか?」

「…造られた分に…関しては…その解釈で…いいかもね…じゃあ…これで…」

 きびすを返そうとする彼女に、マルカは手を差し伸べた。今度も開拓者らしからぬ行動だと自覚しつつ。

「友人、とは言えないかもしれませんが、わたくしは隙間女様の事嫌いではありませんでしたから。向こうでもお元気で」

 隙間女は髪の毛の一束を持ち上げ、彼女の手の上にちょっと置いた。もちろん実体が無いので、何も感じはしない。
 リンスガルトがグラスを掲げる。

「いずれにせよ、貴公は我等を助けてくれた。礼を言うぞ…達者でな。貴公の恩は忘れぬよ」

「…特に助けた…気は…ないけどね…」

 これでお別れか。
 実感しつつ伏路は、言葉を投げかける。

「そもおぬしはいったい何者なのだ、何故人を食べんのだ? ああ、答えんでもいい。詰問するつもりはいでな。ただ、不思議なだけなのだ…寂しくなるな」

 サライもまた。

「いつか、貴女たちと共存する事も出来るのではないでしょうか、僕ら。何れにせよ…今まで数々のご助力、ありがとうございました」

 その2つには答えず隙間女は、扉の向こうへ入って行く。髪の毛でバイバイという仕草をして。
 扉が閉じると同時に照明が落ち、一切が闇に包まれる。
 再び照明が戻ったとき、バーの中には誰もいなかった。最初から誰もいなかったもののように。
 ユウキがふうっと息をつく。

「行ってしまったようですね、彼女」

 マルカは寂しげな笑みを浮かべたが、すぐと気持ちを切り替え、明るく振る舞う。

「そうですわ、ちょうどエリカ様のお屋敷も近いですから、隙間女様のことをお知らせに行きましょう」



「何、エリカ殿が苦しんでいる!? ありえん」

 驚愕する伏路めがけて、エリカから石が飛んでくる。
 大急ぎで身を引っ込めた彼は、後ろの壁に石がぶつかり、跳ね返る音を聞いた。
 扉を盾に引っ込んでいるロータスは、珍しく青ざめうろたえている。
 スーちゃんは鉄鍋を頭に被って完全防備。

「凶暴化して手がつけられないでち…」

 龍舎の敷き藁にうずくまり腹を抱え荒い息をついているエリカは、鬼のような形相だ。

「ほんっとに使えないわねあんたって男は! いつ産婆さん来るのよ!」

「いえあの、使いは出したから…多分もうすぐ…」

 逼迫した状況を見て、サライがいち早く動く。

「産婆さんを急いで呼んできますー!」

 兎少年が全速力で駆けて行くのを見送ったマルカは、うろうろしているロータスを捕まえ、どやしつけた。

「父親になるのですからロータス様もしっかりなさって下さい! 産婆様がまだ来てないなら、わたくしたちで出来ることをしなくては。まずは――ええと、お湯と清潔な布――と後は…」

 ユウキが分厚い家庭医学書をめくりながら、マルカに助け舟を出す。

「新聞紙、体温計、氷嚢、洗面器、盥、ガーゼも入り用とか。後は臍の緒を切る鋏」

「だ、そうですわ! ほらほら急いでくださいまし!」

 尻を蹴飛ばす勢いでロータスを連れていくマルカと、それを追うユウキ。
 リンスガルトは呻いているエリカの元へ駆け寄り、励ました。

「しっかりせいエリカ殿! 寝室まで行こうぞ!」

 エリカは奥歯を噛み、首を振る。

「駄目、動くと出そう…ていうかちょっと出てる…」

 予想以上に切迫していた事を知った伏路は、急いで持参してきた巻護符を差し出す。

「ちいと早いが出産祝いだ。子を守る祈祷文もついておるで霊験あらたか。破っても汚してもかまわんよ、使ってくれ」

「…ありがと――うっ! ああもう痛い! なんなの腹立つ!」

 受け取るやエリカに陣痛の波が襲ってきた。巻護符は早速ビリビリに引き裂かれてしまう。
 確かにこれは近寄れない。
 スーちゃんのぼやきを脳裏に蘇らせる伏路を置いて、リンスガルトは外に出た。
 産婆を連れた一行が駆けつけてくるのが聞こえたのだ。

「おーい、こっちじゃこっちじゃ! はよ見てたも!」



「いや、軽いお産でよかったぞえ」

 髪を乱したマルカは達成感を覚えていた。蠢いているおくるみの中身に感動の涙を浮かべる。

「戦闘とはまた違った大変さでしたが、…騎士たるもの怯むものではありませんわ! この子は両親のどちらに似るのでしょうか? 楽しみですわね♪」

 しかし当事者であるエリカはくたびれきり、反応が鈍い。

「…ああ、そうね…」

 手伝いに全力を注いでいたサライもリンスガルトもユウキも一気に張りが抜け、ロータスもご同様、呆然と座り込んだままでいる。
 なんだか通夜みたいな雰囲気だ。
 一歩ひいて見守りしていた伏路は、まだ余裕がある。

「ロータス殿…これをやろう。絶対に千切れんらしいからの、赤子の迷子紐に使うが良い」

「ああ…どうも…」

 金剛索を祝いの品として渡してから庭に出、葉を染めかけている木々に向かい、錫杖を振るう。

「良いことは分かち合うほど増えるのだぞー」

 庭先は春のように、たちまち花盛り。
 その上で彼は、スーちゃんに誘いかけた。

「ではこれからご近所へ、慶事を触れ回りに行こうではないか」

「そうでちな、御祝儀が手に入るやも知れぬでち」




 兎にも角にもマーチン家第一子(♂)、名前は未定、誕生である。