天儀百物語
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/19 00:21



■オープニング本文



 森に囲まれた丘の上。
 外はどしゃぶり今は夜。
 唸るような遠雷が聞こえ、時折稲光が走っている。
 開拓者たちは古びたお屋敷の居間に集っていた。


 ここは百年ほど前、さる大公の館として作られたものだ。
 この館の完成間際、大公は自殺した。理由は今でも謎のまま。残った一族も病気や事故といったものに次々見舞われ、十年もしないうち系譜が絶えた。
 引き取り手のないまま放置された館は、いつのほどからか、「呪いの館」と呼ばれるようになった。
 大公の後新しくこの地を治めることとなった貴族も、一切館に手をつけようとしなかった。経緯を聞き及ぶに、触れたが最後恐ろしいことが起きそうな感じがしたので。
 だが最近になって、ようやく引き取り手が現れた。
 とある商人が果敢にも、この館をホテルにしようという目論みをもって買い取ったのである。
 ホテルに生まれ変わらせるためには改装が必要。
 しかしマイナスイメージを持たれてしまっているために、号令をかけてもなかなか業者が集まらない。
 というわけで、開拓者に一晩泊まってもらい、何もいないと確かめてもらおうという次第になったのである。
 本当にアヤカシなどが出たなら駆除しておいてくれという条件もつけて。



 一度も使われないまま年月の垢を溜め込んでしまった重厚な家具。
 吹き抜けホールの要所要所に飾られている甲冑。
 壁にかけられた暗い顔の肖像画。
 ほこりが積もったシャンデリア。
 お人形であふれた子供部屋。
 手洗い所の合わせ鏡。
 3階廊下突き当たりの、一歩踏み出したら空中という危険にして意味不明な扉。
 途中で切れ上の階に届いてない階段
 一面が壁で、出入り口のない屋根裏部屋。

 この館にアヤカシはいないようだ。
 ではあるが、いかにもなムードが盛りだくさん…

 …正直言うとそのムードに開拓者たちはビビっていた。ビビっていたというのが言い過ぎなら、居心地悪さを感じていた。
 そうでないならこうやって皆が、揃いも揃って居間に集まってくるわけがない。
 集まってみたところですることもないし、手持ち無沙汰。そこで誰かが提案した。

「なあ、ついでだから怖い話でもやらないか?」




 どうして人間はここぞというとき、自ら状況の悪化を招くような愚行をしてしまうのだろう。






■参加者一覧
/ アーニャ・ベルマン(ia5465) / ラシュディア(ib0112) / デニム・ベルマン(ib0113) / 岩宿 太郎(ib0852


■リプレイ本文




「怪談? そうだな…」

 ラシュディア(ib0112)が一番に怪談の口火を切った。
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は恋人であるデニム(ib0113)に、より体をくっつけようとし、相棒神仙猫ミハイルから文句を言われている。

「おい、俺の尻尾挟まれてる」

「あ、ごめんね」

 彼と彼女の睦まじい様を見る岩宿 太郎(ib0852)の心にくすぶりが生まれる。
 突然前ぶれなく『バタン!』という音が響いた。
 内心かなりドキドキした彼だったが、あくまでも平静を装う。

「なんだ、廊下突き当たりの扉か。たてつけ悪いなこの家は…仕方ない、閉めてこよう。さあ行こうぜほかみ」

 自分1人で行けばいいのになあと思うが言葉に出来ない相棒鋼龍のほかみは、嫌々ながらといった歩き方で、太郎について居間を出て行く。


 聞き手が戻ってくるまで怪談話は中断される。


 しばらくしてラシュディアの相棒駿龍天津と、デニムの相棒鷲獅鳥のワールウィンドが、同時に頭を持ち上げた。
 太郎とほかみが帰ってきたのだ。
 アーニャは目をしばたたかせる。

「太郎さん、ほかみさん、随分濡れたんですねえ」

「おお…なかなか扉が閉まらなくてな。風が強いの何の、意地でも扉を閉めさせない感じで…しかしもう大丈夫! そのへんにあるもの全部かき集めて、バリケードを作っといたからな! どんな大風が吹いても――」

 再度バタンという音がした。
 続いてボスン、ボスンと荷が地面に投げ落とされる音。
 太郎はそれを聞かなかったことにした。再度扉を閉めにいこうにも、ほかみがもうついてきてくれなさそうなので。

「…さて、と。ラシュディアさん、さっきの話の続きは?」

 水を向けられたラシュディアは咳払いし、怪談を再開する。

「あれは…俺が出奔した後で、路銀も尽きて草とか木の皮とか食べてた頃……」

「兄さん…」

「…なんだよ。哀れみの目はいらないからな?」

 気丈な兄の言葉に、滲む涙を拭くデニム。
 雷光が眩しいほど部屋を照らし、次いで轟きが追いかけてくる。

 ガラガラガラッ! ドンッ!

「キャ〜!」

 アーニャはデニムに抱きつき、息を弾ませる。

「い、今のかなり近くじゃなかった? どうしようここに落ちたら」

「よしよし、なんでもないよ、アーニャ。大丈夫、僕がついてるよ」

 恋人たちの姿を目の当たりにさせられた太郎の眉間には皺が生まれていた。
 嫉妬で主人が発狂したらしばき倒しとこう――ほかみはそう思う。
 ミハイルは居場所を主人の隣からほかみの頭の上に変えた。前足を胸の下に折り畳んで猫座り。
 また稲光が走る。

 バリバリバリッ! ドンッ!

 光った瞬間窓のところに複数の人影が見えた。
 周囲が暗がりに沈むと同時に消えたが、ここは3階だからして、そして窓側は切り立った崖であるからして、人間があそこに立つのは不可能であろう。

(…ホテルになったとして泊まる奴いんのか、こんなところに…)

 人間の考えることはわからん、とつくづく思う猫である。
 ところで怪談は続いている。

「…夜、ある村で見かねた人に招かれて、家で鍋をご馳走してもらって、一寝入りしたんだ。で、その隙に危うく食材として狩られかけて、必死に振り切ったのはいいんだが…朝になってこっそり戻ってみると、村じゃなくて廃墟がそこにあった、ってオチだ……さて、俺が食べたのは、一体なんだったんだろうなぁ……という話だ」

 窓枠がガタガタ鳴った。
 はめ殺しのガラス窓に雨つぶがビシビシ当たる。

 ひぃいいいい…いいい…

 アーニャは落ち着かぬ様子であたりをきょろきょろ見回し、小さい声でデニムに尋ねた。

「な、何の声?」

「風の音だよアーニャ。気にしない、気にしない」

「人の怪談話聞いてるか、そこのバカップル。まったく、幸せそうに色ボケしやがって」

「本当にな…」

 地べたを這うかのごとき声色にラシュディアが顔を向ければ、太郎の眉間がますます狭まっていた。

「ぐぐ…これは独り身の俺に対する当てつけかなんかか!?」

 誰も何もしてないのに、床や壁が微かに軋む。

 ギシギシ 
 ミシ 

 デニムは興味深げに耳をすませ、兄に言った。

「この雰囲気、家の倉庫と同じ感じですね。この笑い声に似た風の音や不自然に何かが軋む音とか。後、笑い出す人形とかがあれば…」

 完璧なのだがと続けようとしたところで、うつろな笑い声がとぎれとぎれに聞こえてきた。

 キャハハハ…ハハ…ハ…。

「そうそう、こんな感じでした」

 思わず1人で頷いてしまうデニム。
 ラシュディアが全身で貧乏揺すりを始める。

「…あれ、どうして震えだすの兄さん!? トラウマ!? 追いかけられたことあるって、初めて聞いたよ僕!」

 具合がすこぶる悪くなったラシュディアを気遣い、アーニャが急いで手を挙げる。

「じゃあ私、お話させていただきますね。ええっとですねー、私以前、友達と旅行しに行ったとき、出るっていう評判の旅館に泊まったのです。面白そうだからという軽い気持ちだったのです…」

 台詞の途中でアーニャはふと、傍らに目を向けた。
 顎の下から蝋燭に照らされたほかみの姿が、古城にたたずむガーゴイルのよう。
 思わずポロリと言ってしまう。

「うう、ほかみさん顔が怖いです〜〜」

 内心ちょっと傷つかないでもないほかみ。
 そんな彼女をミハイルがフォローした。

「大丈夫だ、お前さんは龍としてちゃんと美人だぜ」

 太郎も主人としてフォローした。

「そうだぞほかみ。鱗バッキバキの鮫肌も耳まで裂けた口も眉のいかつさも全て龍としては美点じゃないか、自信を持て」

 ほかみが喉の奥で唸った。
 こんな場合沈黙は金であると知っているミハイルは、何も言わず顔を洗う。
 それはそれとして、アーニャの怪談話もいよいよ佳境に。

「…それでね、出たのですよ〜〜! マズめしが。焼き魚が生焼け、お吸い物が変な匂い」

 漬物は古すぎてすっぱくなっていた。デザートのミカンはしなびていた。バナナも真っ黒だった。
 悪夢を思い起こし彼女の体は震える。

「僻地すぎて他にご飯を食べる所が無いという恐怖でした」

 ラシュディアは一拍おいて、物憂げに言う。

「なあアーニャ…それ怪談として何か違わないか?」

「え? そうですか?」

「ああ、少なくとも俺はそう思う…何かなかったのか、他に。仮にも出ると評判の旅館だったんだろう?」

 指摘に考え込むアーニャは、ややもしてぽんと手を打つ。

「ああ、そういえば宿泊客が私達だけなのに、夜中に他の客間からすすり泣く声しました。ふすま開けたら暗い部屋の中で女の子が座ってたけど、誰だったのでしょう?」

 ミハイルが高所から会話に加わる。

「おい、あれは確かあそこの旅館の娘だったぞ。歯が痛くて泣いてたとかいうオチじゃなかったか?」

「あ、そうそう、そういえばそうでした。変わった娘さんで、古井戸に住んでいるんですよ」

「へえ、古井戸に…確かに変わった娘さんだね」

 デニムは疑問を呈しなかったが、太郎は思い切りあやしむ。

(それ、やっぱりアヤカシなんじゃないのか)

 しかし真偽を追求するのは野暮というもの。
 大体今この瞬間自分にとって最大の問題は、カップルのいちゃいちゃ行動だ。
 太郎は精神衛生に大変悪い会話を断ち切るため、喋り始める。大きな声で。

「では、俺も怖い話を披露するとしよう! あれは、今日のような蒸し暑い夏の夜だった…」

 続けようとしたそこで、窓が勝手に開閉し始めた。

 ギイィイバタン
 ギイィイバタン

「どうせなら汗流そうと思って夜に…」

 ギーバタン
 ギーバタン
 ギーバタン
 ギーバタン
 ギーバタン

「…魔槍砲の訓練し…」

 バタンバタンバタンバタンバタン
 ギーギーギーギーギーギーギー

「…ええい、うるさいわ!」

 怒鳴ったら静かになったので、改めて話を続ける。

「…訓練してたのさ。回転させてさ、敵の攻撃を弾きつつ攻撃するみたいな。果たして大回転の後、渾身の一突きを木人に撃ち込み弾を発射したその瞬間…俺は、異変に気付いた…!」

 トントントントン

 階段を上って行く足音が聞こえてきた。
 それは途中ですっと消え、床に柔らかいものが落ち砕けるような音で終わる。
 間を置いてまた、トントントントン…グシャ。
 足音を数えてみれば、ちょうど例の、途中でちょん切れた階段の段数と同じである。
 太郎は、それが何なのか考えることを放棄した。

「砲口がこっちを向いていた…ああ、自分に撃ったさ! 病院送りさ! 後数センチずれてたら首から上が吹き飛んでましたねって言われたよ!」

「あのー、太郎さん。それは怖い話というより痛い話のカテゴリーに入るのでは?」

「なんでだよアーニャさん! そりゃ痛いも痛いが怖いだろ、十分! 死ぬところだったんだよ俺は!」

「うーん、でもその手の話なら、開拓者であれば誰しも多少は持っているものですし…怪談ってなにかもっとこう、違う気がするんですよね」

「それならさっきのアーニャさんの話も違うだろ、デニムさん」

「いえ、まあ、前半はそうでしたけど、後半ちゃんとそれらしいエピソードが出てきましたし…彼女のは」

 天井を見上げたデニムは人の顔そっくりの染みを眺めた後、再び顔を前に向ける。
 兄が言ってきた。

「そこまで言うならデニム、なにか手本になるような怪談をやってくれよ」

 彼も彼でカップルの熱々ぶりに食傷気味らしい。いつのまにやらちびちび酒を飲み始めている。
 退屈だったのか天津とワールウィンドは揃って目を閉じ、眠りこけていた。

「そうですね…ええと、まあ、僕の体験談ではないですが、耳に入れた事のある怪談を披露しましょうか…とある子供が飼うつもりで雨蛙をたくさん取ってきて水槽に入れた。だけど数日で世話するのに飽きて、ほったらかし。夏の暑い盛りだったそうですよ。数週間後水槽のことをやっと思い出し、確認してみたら水が完全に干上がって、雨蛙は壁に張り付いたまま乾いてカピカピになっていた…」

 その話を聞いて太郎は、しばし思い出に耽った。

「うーん、子供にはありがちなエピソードだな。俺も恥ずかしながら、とってきたザリガニについエサをやるのを忘れ、死なせたことが」

「…ひとまず掃除しようと手を入れた途端、死んでいるはずの蛙が一斉に動き飛び出し子供の顔に張り付いた…そして取れなくなった…以降その子は現在に至るまでずっとそのままなんだそうです…」

「ひぃいいごめんなさい、ザリガニごめんなさいっ!」

「駄目、私そういうアヤカシだかなんだか分からない系統の話は駄目!」

 悲鳴を上げる太郎、そしてアーニャ。
 デニムが気にかけるのは、もちろん後者についてのみである。

「ごめんごめん、大丈夫だよ。単なる都市伝説だから。何より僕がついてるよ。よしよし」

 叫びながら抱き着いてくる相手をよしよししながら抱きしめる。
 眼前に繰り広げられる恋愛王道絵巻に、ラシュディアのピッチが早くなった。

「あ〜、早く帰ってあの子に会いたい」

 太郎は横から彼の酒をかっぱらい、一気飲みした。
 そのことでたがが外れたのだろう。怪気炎を上げる。

「あっちでイチャイチャこっちでイチャイチャ…もうがまんならん! 俺が! 俺が新しい怪談だ! 嫉妬太郎と化した俺の恨みパワーで地獄に落ちr」

 バシン

 何か仕出かす前に事前対策をしておこうという気持ちだったに違いない。太郎の頭上からほかみの尻尾が落ちてきた。
 一切をスルーし、ラシュディアはなお酒を飲む。

「じゃあ怖い話は打ち止めのようだから、楽しい話でもしましょうか、兄さん」

「まあ好きにしろよ。アヤカシも来そうにないし、暇っちゃ暇だからな」

 ほかみはぐう、と低く唸る。引っ繰り返っている主人には一瞥もくれず。

(…あ〜あ、私にもいい出会い、無いかな…)

 見た目がいかにいかつくとも、彼女は乙女なのである。



「ご安心ください、最後までアヤカシは出てきませんでしたよ」

 と、デニム。

「多少怪しい物音とかはしますけど、アヤカシっていうほどのものではないです」

 と、アーニャ。

「まあ、気になるようなら陰陽師や巫女や武僧などにお払いをしてもらうのがいいかと」

 と、ラシュディア。

「立て付けがとにかく悪いんで、そこを重点的にリフォームされることをお勧めします」

 と、太郎。

「おお、そうですか。それは有り難い。ではこれ、お約束の謝礼です。お改めください」

 依頼主である商人から封筒入りの謝礼金を渡された一同は、謹んでそれを受け取り、朝日に照らされる館を眺めた。
 光の下で改めて見てみれば、古臭くて陰気臭い他特に怪しいところもないように見受けられる。
 呪いだの何だのは、噂が噂を呼んだ類いのことであろう。
 そんなことを思いつつ相棒たちときびすを返す開拓者らの耳を、突如轟音が打つ。
 振り向いた彼らの目に映ったのは館の壁という壁が激しい勢いで裂け、地面に沈み込んで行く姿だった。

「うわああ、巻き込まれるぞ、下がれ下がれ!」

 館に入ろうとしていた商人と業者らは四方八方散って行く。その間にもずるずる館は沈んでいく。そして完全に姿を消す。
 あっと言う間に周辺はさら地となってしまった。
 しかめ面をしたミハイルが髭を撫で撫で嘆息する。

「どうもホテルはリフォームじゃなくて、新築しなくちゃいけねえみたいだな」