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■オープニング本文 ジルベリア北部、アーバン渓谷。 冬季スキー場としてのみならず避暑地としても名高いここに、只今大問題が生じていた。 この季節、山羊や羊や牛などが青草茂れる斜面に放牧され、咲き乱れる花花とあいまってのどかな情景を醸し出しているはずなのだが…今年に限ってそのどれもがすこぶる不調。花はぐんなり頭を下げ、家畜たちはこぞって痩せ衰えている。所々ハゲが出来てしまっているものも見受けられる。 近隣住民たちもおおむね目の下に隈を作っている。 その理由は。 ホゲ〜〜〜〜♪ 谷に響き渡るこの歌だ。 一言で言えばとんでもなくひどい。声もそうだがリズム感のなさと音程の狂いが殺人の領域にまで達している。 かてて加えてこだまによって増幅された、窓をも震わせるボリューム。。 ここ3日ずっと、昼夜問わずこれが続いている。 当然の帰結として観光客が1人もいなくなってしまった。 ボエ〜〜〜〜♪ というわけで、開拓者ギルドに依頼が来た。 現地を訪れた開拓者たちは聞きしに勝る歌のすさまじさに、全員耳を押さえる。 息もたえだえといった具合の観光組合組合長が、子細を説明してくれた。 「というわけで、もう丸3日この状態でしてな。体調を崩し病院にかつぎ込まれるものが絶えない有り様です…実のところ原因について察しはついているのですよ」 「え、本当ですか? 一体なんなんです?」 「はい。実はこの町に昔、ブレズリーという若者がおりまして。彼は吟遊詩人を目指しておりました。志は高かったのですが、生憎ものすごい音痴だったので、夢をかなえることが出来ず…亡くなったのです」 なるほどよくある話だ。その若者とやらは恐らく無念の夭逝を遂げたのであろう。 そんな開拓者たちの予想は、次の言葉であっさり覆された。 「つい4日前に。満93歳。大往生でした」 「…え? あのー、今『昔、さる若者が』と言ってませんでしたっけ?」 「言いましたよ。だって、年寄りも昔は若者じゃないですか。とにかくその方は吟遊詩人を諦め平凡な八百屋として一生を過ごされたのです。しかし、やはり心の底に鬱屈したものがあったのでしょう。生前には度々空き地でリサイタルなど開いていました。誰も聞きに来ないと見るやチラシを作り周辺の家々に配って歩くということもなさっておいでで」 はた迷惑な人だ。 しみじみ感じ入る皆の後ろから、とんがった声がする。 「説明はそのくらいにして、とにかくすぐ現場に来てくれ。1分1秒でも早くあの歌を終わらせろ。もう辛抱ならねえ」 そこにいたのは赤毛の娘。 組合長によると、ヤーチという村に住む、ミーシカなる者であるそうな。さる若者の葬られた墓地がその村に近いため、えらく被害を被っているらしい。 「山の鳥も獣もあの騒音で全部逃げちまってんだ。最悪だぜ。死んだなら大人しく黙ってりゃいいのによ」 とりあえず彼女が、件の人物の葬られた墓場まで道案内してくれるとのこと。 ど下手な歌は休みなく聞こえてくる。 ホゲ〜〜〜♪ |
■参加者一覧
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
星芒(ib9755)
17歳・女・武
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 屋外に出てみればやまびこにより増幅した怪音波が、容赦なく鼓膜を揺すぶる。 八壁 伏路(ic0499)は今回発生したアヤカシの資料であるリサイタルチラシを眺め、ため息をついた。 「夢破れ、大往生までしてなお諦めきれずか…気持ちはわからんでもない。ン十年単位で積もり積もった歌への情熱…存分に晴らすが良い――」 にこやかな表情で後から後から額に滲む汗をぬぐい取り、チラシを地面に叩きつける。 「――あの世でな」 こめかみを押さえる彼はKyrie(ib5916)が口にした次の言葉に、我が耳を疑った。 「…悪くない歌ですね」 「なにいいい!? 本気かKyrie殿、それ本気で言うとるのか!?」 「ええ。粗削りながら何とも言えない力強さがあります。生前、よい教師に恵まれなかったのかも知れません。いいライブにして差し上げましょう」 何を隠そうKyrieは十代のころ、めたるなる前衛的音楽手法を好んでいた経歴の持ち主。感覚が一般からややずれていても、仕方ないものと諦めねばなるまい。 不安を覚えた案内役のミーシカは、ファムニス・ピサレット(ib5896)に言う。Kyrieを指さして。 「おい、あいつ大丈夫か。趣旨わかってんのか。こっちは歌を終わらせるように依頼してるんだがな。誰もアヤカシと意気投合しろとか言ってねえんだがな」 「…え? なんですか?」 よく見たらファムニスの耳には、早くも耳栓が詰め込んである。 半眼になるミーシカ。 不意にぱぱらぱっぱぱ〜♪という聞き覚えのあるようなないような気の抜けた音が聞こえた。 振り向いてみれば星芒(ib9755)のドヤ顔。 「み〜み〜せ〜ん〜っ☆」 右手に持った耳栓を高らかに掲げた彼女は、こう続ける。 「開拓者になって丸2年…初めてこのアイテムを使う時が来たよ!」 (誰に向けて言ってんだ、こいつ) 腑に落ちないところが多いが、彼らに頼る以外打つ手がない。 騒音の根源が死人でさえなければ息の根止められるのにと悔しがりつつミーシカは、4人の助っ人を引き連れ墓地への道を急ぐこととした。 ● ボウエエエエホオオゲエエエ♪ 山道を上って行くに従って毒歌は威力を増してくる。 ミーシカが言ったように鳥1羽獣1匹見かけない。日照りでもないのに、木々の葉までも力無くしおれている。堅い幹の表皮がぱらぱら剥がれているのも見受けられる。 家畜と同じくストレスによるものなのかどうか――追求する元気は伏路にない。 (歌は世につれ世は歌につ…つらい) さっきから頭痛と吐き気と冷や汗が止まらない。たかが歌にこれ程の破壊力があろうとは。 本当は今すぐギブアップしたい。しかし平静を装うしかない。 (ミーシカ殿が見ているのだ。この程度乗り越えられずしてなにが男か) そんな彼の意気込みとは裏腹に、常人である当のミーシカはすでにグロッキー状態、相手の行動のいちいちを確認などしていない。 耳栓仲間のファムニスと星芒は、筆談を交わしている。 『ブレズリーさんは生前、歌で喝采を浴びる事は無かったでしょうね…』 『そうだね。この歌で浴びられるものと言えば、ブーイングくらいなんじゃないかな。耳栓してるのに、なんか頭の芯にずきずき振動が来るんだよね。人間業じゃないよ』 『確かに人間じゃないですね。現段階では』 『ところでその小瓶は何?』 『ああ、双子の姉さんが悪戯用におしっ…気付けです、気付け』 彼女らは先を歩いているKyrieに視線を向ける。 耳栓をしていない彼は、荒々しくリュートの弦を弾いていた。 「俺様のハートに火をつける、最高の歌声だぜ…全力で応えてやらねえとなあ!」 どくろのような化粧を顔中に施し、髪を逆立てたその姿。いつもの彼とはまるで別人だ。 『あれはなんでしょうね。びじゅある系という奴でしょうか?』 『ですめたるって言うらしいよ』 『それは、いわゆるびじゅある系とどう違うんですか?』 『うーん…化粧がゴツい? 後演奏の終わりに楽器を叩き壊すそうだよ』 あやふやな知識を披露する星芒の後方で、ミーシカがばたりと倒れる。 一般人的にはここまでが限界らしい。 休んで待っているように彼女に言い残し、以降開拓者だけで進む。もともと一本道なので迷うことはない。 「ヒャッハー! キテるぜ、ビンビンキテるぜ!」 毒音波に浮かされているとしか思えない状態のKyrieはさておき、めいめい体の調子が悪くなる一方。伏路などは幻聴まで聞こえて来た。 『お兄ちゃん、お兄ちゃん…わたしはここだよ…ここにいるよ…』 聞き覚えのあり過ぎる声に肝を冷やし重たい頭を持ち上げれば、笑顔の妹が道の向こうから駆けて来る――右手に刃渡り60センチの刺し身包丁を握って。 『おにーいちゃーん、あいたかったー♪ わたしのために死んでー♪』 「いぎゃああああああああ!?」 絶叫し手近な木に駆け上った伏路は、必死に己へ言い聞かせる。 (うろたえるなわしよ、これは幻覚だ、幻覚! 見てみい妹なぞおらぬではないか!) 心臓をバクバクさせながら呼吸を整えているところ、至近距離からの呼びかけがあった。 『ねえ、伏路君。そんなとこで遊んでたら学校に遅れちゃうよ?』 傍らに首を向ければ三つ編みセーラー服姿のミーシカが、伏し目がちに頬を染めていた。 『ふ、伏路君なんて、伏路君なんて、私…全然好きじゃないんだからねっ』 伏路は無言でずりずり木を下りる。 ファムニスが寄ってきた。 『どうしたんですか?』 黙って耳栓をし、筆談に応じる。 『いや…なんかコワイものに遭遇してな…ホラーの域に入ってるヤンデレと、清楚で慎ましやかなツンデレ』 『目を開けたまま夢でも見たんですか?』 『うん、まあ、そういうことなんだろなーとは思う』 ● 墓場。 ブレズリーの所在はすぐ分かった。なにしろ地面から半分身を乗り出し、絶好調で歌い続けているのだから。 死後4日目となるはずだが、この手のアヤカシに付き物の腐敗は見受けられない。むしろカラカラに干からびている。自ら発している毒歌によるものなのかどうか。 ファンとして声援を送りライブを盛り上げよう。そうすれば怨念もいくらか晴らされ死体に戻るかも、そうでなくても執着は和らぐかも。 そんな思惑の元耳栓を取るファムニス。 「いぎいいいいいい!」 至近距離でいきなりガードを外した代償は大きかった。 鼓膜から脳まで貫通した衝撃波は背骨を伝い全身を突き抜け彼女を地上になぎ倒す。 まさに落雷を受けるに等しい。 ボオオオェエエエェオエエエエエエエエ♪ 全身を痙攣させ涙と鼻水と涎を垂れ流し、ついでに舌も出し、完全に意識が飛んだ表情だ。あまりの衝撃に漏らしてもしまった(水音についてはほかの騒音にかき消され聞こえなかった)。 (うわ…) 仲間の惨状を前に星芒は思った。耳栓を外したら駄目だと。 戒己説破も使ってみるが、頭の芯が揺すぶられる感覚は変わらない。この殺人音痴ぶりはアヤカシ化のなせるわざではなく、もともとのものであるらしい――そっちのほうが脅威的である。 Kyrieがブレズリーの横に並んだ。 「かかってこいや! ライブはここから始まる… そうだろ? お前らぁあああああ」 ギュイイイイイイン! リュートの弦がかき鳴らされる。 そして、歌。 グォエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!! アヤカシに遜色無いほど解読不能なデスボイス。 ただの雄叫びではないかとも思えるが、これこそがですめたる。歌詞を聞くのではない、魂を聞くのだ。それが聞こえぬ人間は去るべし。 苛烈なシャウトでなんとか我を取り戻したファムニスは、気力を振り絞り懐を探る。 「らめ…まだ倒れりゅ訳にはぁ…」 小瓶の蓋を取り、嗅ぐ。 「ぎへえええ! くっさああ!」 完全に意識を回復する代償としてまた漏らしてしまったが怯まない。 「ふふ…おむつしてきて正解でした…もう怖いものはありません!」 「聞こえねぇ…ブレズリーを呼ぶ声が…Kyrie様を呼ぶ声がよぉ! おい頭ァ…頭振れよ頭ァアアッ! 飛べ! とべぇ! イカレちまえよオラァアア!」 激しく頭を前後に揺するKyrieに合わせ、自分も揺する。とめどなく吐き気が込み上げてきたが我慢だ。色とりどりのリボンも投げる。 「キャー! ブレズリー! 痺れちゃう−!」 リュートを振り回し墓石に叩きつけるKyrieのパフォーマンスに合わせ、黄色い声を上げる。 「イけ! びしょびしょになっちまええ! 何年バンギャやってんだお前! バンギャの本気見せてみろやー!」 「愛してるーっ! 濡れちゃうーっ! ウキー!」 星芒も様子見ついでに盛り上げる。 「イヤーっ! 素敵−っ! 抱いてーっ! Kyrie様−っ! ブレズリー様−!」 故ブレズリーは、俄然のってきたらしい。己も頭を揺すり一層声を大きくする。 ボウェエエエエエホォオオゲェエエエエエ♪ 近くにあった木から葉が一気に落ち、周囲の墓石にヒビが入る。 ファムニスが痙攣し再び倒れ、星芒が目頭を押さえる。 伏路は満を持し、ブレズリーに声をかけた。 「素晴らしい、いや、素晴らしい!」 まずは拍手で称賛を表し、嘘八百をでっちあげる。 「じつはわしは天儀からやってきたスカウトマンなのだ。島中雪美に次ぐ新星を探している! 骨になってまで歌うその意気やよし。どうだ世界に羽ばたいてみんか?」 いきなり歌を止めさせると恨みを覚えさせ、かえってパワーアップしそうなので、誉め殺しする所存なのだ。 「天儀中にセンセーションを巻き起こし次々ミリオンヒットを飛ばし、リサイタルはいつも鮨詰め楽譜はバカ売れ各方面からタイアップのオファーが殺到…プールつきの豪邸と自家用豪華飛空船を手に入れ…一大吟遊詩人として歴史に名を残す…わしの目に狂いはない、おぬしならそうなれるはずだ!」 すかさずKyrieが合いの手を入れた。 「すげえぜ相棒! とうとう時代が俺たちに追いついてきたじゃねえか!」 ブレズリーは喜んだらしい。なお激しく頭を振り歌う。 ボウゥエエエエエ♪ 首がもげそうになっているのが気掛かりだが、更なる油断を誘うため伏路は、盛り上げるだけ盛り上げてやる。 「歌うは楽しいのう。盛り上がる相手がいればなおよしだ。さあ、ありのままの自分を出すがよい!」 ハンドベルを鳴らしハモる。 せめて少しでも音程の狂いが治るようにと努力したのだが、そこは何をやっても不可能であることを悟り早々に諦め、こっそり音を消す方に力を注ぐ。 「うむ、よくなった、歌に磨きがかかってきたぞブレズリー殿! この際じゃ、ステージ衣装を試してみんか?」 墓場の周囲に花を咲かせ、取り出したるは天儀の浴衣。 ブレズリーはまたしても喜んでいるのだろう、千切れそうに首を振り回した。 ボォオオウェエエ♪ 星芒が『ゴールデングローリー』で、その額をぺしっと叩いた。 「隙ありっ!」 途端に弱くなっていた首がもげた。 「「「「あっ」」」」 思わず声を揃える一同。 体と分離した頭部の口から、大きな唇がついたナメクジが出てきた。 ブレズリー本人と執念の固まりとが分離したらしい。 星芒は唇ナメクジが歌わぬよう、その口に恵方巻きを突っ込んだ。 Kyrieは呪声をぶつける。 「死ねぇ! グォエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」 後は皆でタコ殴りである。 歌われさえしなければ、退治は意外と簡単だった。 ● 「ああ、まだ耳が痺れとるわ。もうカーテンコールはなしだぞ、なし。絶対。金輪際化けて出るでないぞ」 伏路はお棺に入れたブレズリーを見下ろし、念を押した(外れてしまった首の部分は急遽リボンで継ぎ直されている)。 蓋を閉め、ミーシカが村から持ってきたシャベルで土をかける。足で地面をきれいにならし、傾いた墓石は真っすぐに。 その上にファムニスが花束を置く。 「さようなら、ブレズリーさん」 彼女の歩き方はなんだかぎこちない。それもそのはず、おむつがすでに許容量を超えてしまっているのである。 (溢れちゃいました…帰る前に洗っておかないと…姉さんにまた叱られちゃいます…) ぐすんと涙ぐむ彼女の後から、伏路が線香を立てた。 「死んだら仏だからの。ブレズリー殿の悪業はチャラにしてやろう」 星芒は麦芽水飴と花茶「茉莉仙桃」を淹れて供える。 「のど痛めただろうから、これで癒してね」 それからこほんと咳払いし、『ゴールデングローリー』を右に左に降りながら、何やらうにゃうにゃ唱え始めた。 ミーシカは伏路に尋ねる。 「あれ、なにしてるんだ?」 「ああ、葬送儀礼だな。今後また歌いださんようにするのだ」 「そうか。本当に頼むぜそこんとこは。二度とごめんだぜ」 手製の弓を振って言う彼女に、伏路は先程見た幻覚を重ね、小さく一人ごちる。 (「おとなしいミーシカ殿もちょっとかわいかった」) 「何か言ったか」 「いや別に」 一通りの作業を終えたKyrieは、さて、と腰を上げる。まだ毒歌の残滓が残っていそうな面々を治癒するために。 「いい汗をかきましたね」 星芒がチン、と鈴を鳴らし締めくくった。 「あ〜めん」 |