恋しちゃった
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/20 01:48



■オープニング本文



 天儀と違いジルベリアには梅雨というものがない。
 六月は花の盛り。過ごしやすく晴れやかな時期。結婚に最適な季節とされるのはそのゆえんだ。
 雨に打たれる紫陽花の物憂げな風情に親しむのではなく、咲きほころぶ薔薇の豊満な絢爛さを楽しむ季節。
 イメージはあくまでも、陰ではなくて陽。
 そういう次第で、頭の中がのぼせ気味になる人間が多い。



 ジルベール君(14)を前に、開拓者たちは茶をすすっていた。

「あなたがたは人生経験豊富そうな仕事に就いておられますから、いい知恵を貸してくださるんじゃないかと思いまして」

 ジルベール君、目下恋をしている。相手は別の学校の女生徒。いわゆる一目ぼれという奴らしい。ある日あるとき下校途中その姿を見かけて以来、夢中になっちゃったのだそうな。
 それ以来事あるごとにアタックをかけているが、現在足踏み状態らしい。

「何か事態を打開する方法、ありませんか?」

 開拓者たちはそれぞれ己の経験に照らし、様々な手管を思い浮かべたが、まずジルベールにこれまでどういうやり方をしてきたのか聞いた。経緯が分からないと、適切なアドバイスが出来ない。

「まずは登校時にパンを咥えて走ってぶつかってみました、彼女に」

 …それは普通女側からやることでは。

「そしたら、このボケカスいっぺん死ねと言われまして。話が出来てうれしかったです」

 趣味は人それぞれか。

「とりあえず僕の存在をもっとよく知ってもらおうと思いまして、今度は彼女が自転車で降りてくる坂道にオレンジをぶちまけてみました。よくあるじゃないですか、大丈夫ですか、拾いましょうかで始まる恋物語」

 そうか?

「彼女はブレーキをかけ損ねてこけました。そして、僕にオレンジを投げ付けてきました。またお前かと言いながら。信じられます? わずか2回目の出会いでもう、顔を覚えてくれたんですよ。でもこれだけだとまだ弱いかなと思ったんで、彼女の学校に忍び込んで、彼女の机の上に、ケーキを置いておきました。差出人の名前を書いたカードをつけて。翌日彼女は僕の学校に押しかけてきました。机の上をアリだらけにしたジルベールとかいうなめくさった奴を出せと言って。残念ながらその日僕は風邪を引き、休んでしまっていたんですが、それはもう大変情熱的な物言いだったそうで…そこまで来たら後一押しじゃないですか?」

 いや知らんよ。

「彼女の下駄箱にデートのお誘い書いて、入れておいたんです。約束の日時と場所に、はたして彼女は現れました。友達と一緒に。物差し振り回して襲ってきました。きっと照れ臭かったんですね」

 え? うーん、どうなんだろう。

「そこを折悪く見回りの補導員に見つかってしまい、連れて行かれてしまいました。ドジっ子ですよね。その後2日自宅謹慎をくらってしまいまして。かわいそうなのでクッキーを差し入れしたんですが、窓から捨てられてしまいまして。なんだか怒ってるみたいなんですけど、どうしてでしょうか?」

 こいつは単なる馬鹿なのかそれとも確信犯なのか。
 開拓者たちは恋の進展よりも、まずそこが気になってしょうがなかった。



「もー、ムカつくっす! ここんとこ目茶苦茶ケンカ売ってきてやがるんすよ、そいつ! わざわざうちの学校に不法侵入してきやがったっすよ、信じられるっすか!」

 聖マリアンヌ女学院の張りぼて女番長アガサは、謹慎を食らっている身で家から抜け出し、OB番長エリカのところへやってきていた。

「というわけで、虎の威を貸して欲しいっす野獣番長!」

「アガサ、真っ向勝負の卑怯者ですの」

「見てると面白いのです」

「うるさいっすよ、そこ! 溺れるものは何でも掴めって諺にあるじゃないすか!」

 くっついてきた友に吠えるアガサ。
 エリカは珍しく考え込んでいる。

「…アガサ、それ違う」

「え? 何がっすか?」

「あんたにケンカ売ってるんじゃないと思うわ、そのジルベールとかいう子。多分あんたが好きなのよ」

 アガサの目が丸くなる。

「…な、何を根拠にっすか!?」

「いや…その子の行動聞いてると…なんかこう…結婚前ロータスが私に仕掛けてきたことと似てるっていうか…」

 歯切れの悪い言葉を聞いた瞬間、アガサの背中に怖気が走る。

「いいいいやっすよ! 激烈にいやっすよ、ロータスさんみたいな男、女にとっちゃ鬼門すよ! ノーサンキューっすよ! おっぱらうにはどうすりゃいいんすかあ!」








■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文


「コイバナだコイバナー♪ でも聞いてると恋よりギャグみたいだね!」

 ジルベールの話を聞き終えたアムルタート(ib6632)は、お腹を抱えて大爆笑。


「ジルベールはね、すごく勇者だと思うんだよ! だって物語のお約束展開って普通ありえないことばっかでしょ? 現実じゃ絶対成功しないんだよ? むしろ嫌われることのが多いの。なのに実行しちゃうんだもんね。そうとう勇気あるよね♪」

 ルオウ(ia2445)は困っていた。
 恋の相談というからにはてっきり『告白したいけど勇気が出ない』『ラブレターの書き方を教えて』系の話かと思っていたのだが。

(えー…それはどーなんだ?)

 なんでオレこいつの相談のってんだろー? という根本的な疑問が渦巻いて止まらない。

「いやー、お前さ。それは通じてない…いや、もしかしたらいつかは通じる…わけないか。とにかくよわいよ」

 似た感想を笹倉 靖(ib6125)も抱く。

「おい、何を思ってそんな気の引き方をしてんだ…つーかお前は思春期の子供にもほどがあるだろうが」

 現在とある女性に思いを寄せている身として、依頼主に対しいまいち共感が持てない。
 どうひいき目に見ても、自分のした行動で相手がどう思うか考えられないような年でない。このジルベールという少年は。

「そもそもそのアガサという子のどこに魅かれたんだ。そっから説明してくれねえか?」

 単に相手の容姿だけという独りよがりなことを言い出すのであれば、協力はしまい。成就しない方がどれだけ相手のためか知れない。

「ああ、オレもそこ気になるわ。ほら、その女の人のどこが気に入ったんだよ? どこが好きになったんだ?」

「そうよの。妾もそこがまず知りたい。話して聞かせるがよいジルベールとやら。内容はどうあれ…依頼は依頼じゃからのぅ。果たしてその娘ごは妾の恋人のように小さく愛らしく異臭を放っておるのかや」

 最近恋人と会える時間が少なくなったリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、欲求不満のあまり多少言動がおかしかった。
 意中の彼と婚約手続き進行中の篠崎早矢(ic0072)もまた、早く恋話を進めるようにとせっつく。

「で、どういったお嬢さん?」

(聖マリアンヌ女学院中等部3年C組在籍のスケ番長…大言壮語にして逃げ足は最速…エリカ様の後輩にして、アリス様のお友達ですわね)

 個人情報を思い浮かべるマルカ・アルフォレスタ(ib4596)はジルベールの言葉を、興味深く聞く。

「見た目も普通にいいんですけど、とにかく中身が楽しいんですよ、すごく。実力が伴わない空威張りして直球にヘタってて浅はかでかわいいなと」

「…お前、褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ?」

 苦虫噛み潰した表情の靖に、ジルベールはしれりとのたまう。

「アバタもえくぼと言うか、美点と欠点は紙一重だと思いませんか?」

 このひねくった物言い。
 確かにロータスに近いと、マルカも認めざるを得ない。

(アガサ様にも春が訪れたのでしょうか。とはいえ相手がロータス様のようなお方となると付き合えるのはエリカ様くらいのものでしょうし)

 良くも悪しくもアガサはエリカ程の器ではない。

(…ひとまず私はアガサ様の側に立って話を進めましょうか)

 一足先にマルカはそっと場を離れ、抜け出して行く。
 靖が眉間にしわを寄せた。

「確信犯で悪趣味だ、嫌われてると思うぞお前。好きな子に嫌がらせっていうのはもっと子供がすることだ。相手が何をして欲しいか考えろよ、とりあえず今アガサは……お前に消えて欲しいと思ってるだろうな」

 目を逸らしながらの意見にもジルベールは、ちっともこたえた様子がない。

「やだなあ、僕は消えたりしませんよ。いなくなりもしないし」

 とりあえずアガサという子の味方をしておこう――靖はそう決めた。
 ルオウは、したり顔で持論を述べる。

「男なら、好きなら好きってハッキリいわねーと」

 そういう彼は先頃、同い年の嫁をもらったばかり。
 一目惚れだった妻とまともに話せるまでに1月ほどかかったことも、手を繋ぐのも1年がかりだったことも、すでに記憶の彼方。幸せなリア充だ。



「たのもう、エリカ殿」

「あらリンスガルト、久しぶりね」

「こちらこそお久しぶりよのう。それはそれとして妾、今日はそこにおるそなたの後輩に話があって来たのじゃ。さて、早速話を始めようかのヘタレ番長殿」

「初見からケンカ売られてる感じするっすね…あたしに一体なんの用事っすか」

「うむ、単刀直入に言うとアガサ殿、試しにジルベール殿と付き合ってみてはどうかという話でな」

「いやっすあり得ないっす死んでもお断りっす拘わりたくないっす!!!」

「何事も最初から結論を決めてかかるものではないぞ? まあよく考えてみよ。ロータスはあれで、やるべき事はやる男じゃぞ? 大体、何の美点もない男とエリカ殿がくっつく訳もあるまいて。…のう?」

 話を振られたエリカは、仏頂面で髪をかき上げる。

「やるべきことが極小に限定されてるのが大問題なんだけどね。99%だらけてるだけよ、あいつ」

 そこで机の下からスーちゃんが、ぬい、と顔を出した。

「それこそが美点ではないでちか。ギャンブル狂でもなければ酒乱でもなし女遊びに勤しむでもなし。ご主人たまが捕まえた内では間違いなく最高物件でちよ」

「今の話を聞いたかのアガサ殿。ジルベールも、身近で接すれば何がしかの美点が見つかるかも知れぬし」

「ミリ単位の美点とかいらねえっす! 普通にイケてて優しくて誠実な彼氏がほしいんすあたしは!」

「これは難しいことを言うのう…ところで、交際経験はあるのかの?」

 アガサがうっと息を詰まらせた。
 彼女の仲間が暴露する。

「アガサ誰とも付き合ったことないわよね」

「ないない、ないのです」

「あるっすよ! 幼等部にいたときあたしクラスでモテモテだったんすからね!」

「幼少期にモテ期とか無用の長物過ぎでちたな、アガサたま」

「うるさいっす! 男女の区別も怪しい生き物に文句つけられたくないっすよ!」

 もふらに声を張り上げる姿に、にやりとするリンスガルト。
 正面から彼女に近寄り、がっと両肩を掴む。

「恋人というのはいいものじゃぞ! 毎日がわくわくで幸せなのじゃ♪ 妾はずっと恋人と寝起きを共にしてハグやキスやそれ以上の様々な事を毎日してきたが飽きるという事はなかったぞ♪ 毎日、新たな発見があるのじゃ♪ この角度で見つめられるとドキドキするのう…とか。逆に、この表情で迫ると弱いのじゃな…とか それにのう、相手の事が本当に好きになると多少の欠点は気にならなくなり逆に愛おしくなるのじゃ♪」

 そこまではまだしも聞けるのろけだったが、以降は違った。

「我が恋人は高頻度で寝小便を垂れるので同衾しておると妾も洪水に巻き込まれびしょびしょになる。何度言っても碌に風呂に入らんから体や下着から悍ましい臭気を漂わせておる事もあるが…何もかもが愛おしくての…妾は濡れた寝具に口をつk」

 話している本人はボルテージが上がりっぱなしなので気づいていないが、部屋にいる人々、特にアガサを筆頭とする年頃娘たちがドン引いている。

「ああそれなのに! 寮などに入りおって! 妾のこの火照った体をどうしてくれるのじゃー!」

 最終的に転げまわって悶えまくるリンスガルト。
 そこにマルカと早矢がやってきた。

「ごきげんよう皆様」

「お邪魔しますよー」

 後ろからどやどやと、数人の女子生徒。

「あっ、アリス! 何しに来たっすか!」

「何やあらへん。あんたを笑いもんにしようと思って来たに決ま――」

「いや、アガサに彼氏が出来そうとマルカから聞いて、本当かどうか確かめてやるって息巻いちゃってさ」

「そんなことになったら決定的に負け組だもんね、アリス」

「やかましわ!」

 身内が内幕をばらしてくれたので説明がはぶけた。
 思いつつマルカは、単刀直入に切り出す。

「アガサ様、アリス様と恋人の振りをなさいませ」

「は?」

「とりあえずアガサ様に既に恋人がいるという事になれば、ジルベール様も諦められるのではないでしょうか。しかも女同士なら男性の入り込む余地はなし! 先ずはこれをお手本に」

 言いながら彼女が手渡して来たのは、天儀の人情本『百合』。

「マルカ…面白がってないっすか…?」

「邪推ですわ。わたくしは決して面白がっている訳ではありませんわ。これは偶々手に入れたのです。このような世界もあるのですね…いえ、わたくしはそういう面には興味ありませんわよ? やはり頼りになる殿方と一緒になりたいですわね」

 アガサの手が本を掴み潰すも、素知らぬふりをするマルカ。
 早矢が聞く。

「心当たりのあるお相手がおありで?」

 きりっとマルカの横顔が引き締まる。

「時折兄から見合いを勧められますが、目的を遂げるまでは、と断っておりますの」

「真面目ですねえ…それはともあれ、百合偽装ならあなたが相手役を務めてもいいんじゃないですか? あの2人だと絶対睦まじさを演出出来そうにないですよ」

 早矢が指差す先には早くも取っ組み合いをしている番長たち、そしてリンスガルト。

「なんでゴリ脳女と演技でも恋人なんすか胸糞悪いっす!」

「うちだってやりとうないわ! なんであんたとデートせなならんねん! ええ加減にせえよコラ!」

「馬鹿者、何を揉めているのだそなたたちは! 百合いいではないか、百合最高!」

「いえ、わたくしでは思わず笑い出してしまって台無しになりそうですから。さあ、お稽古を始めましょう。まずは手を繋いで見詰め合う…エリカ様、爆笑するのは止してください。わたくしも我慢しているんですから」



「くそう、なんであたしがこんな目に…そのだせーペアルックどうにかなんねえんすかアリス」

「その台詞そっくりそのままあんたに返したるわアガサ。末代までの恥やほんまに」

 お膳立てされたお揃い衣装にぶうぶう文句をつけながら、偽装百合カップルは公園に向かっていた。
 アムルタートがジルベールからの手紙を届けてきたのである。

『拝啓 自転車を預かりました。正午時計台下にて待っております。来られなかった場合は中古屋に売り飛ばそうかと思います。 敬具』

 ちょっとした脅迫だ。
 家に戻って確かめてみたら確かに自転車の姿がなかった。そんなわけでアガサは怒り心頭。いっぺん殴ってやらねば気が済まないと言いまくり、エリカから竹刀を借りてきている。
 一方アリスといえば、自分に被害が及んでないものだから、ジルベールに対しさほど悪感情を持ってない。
 こういう手合いの男とならアガサがくっついちゃってもいいんじゃないかと思えるくらいだ。そしたら当方はさぞかし笑いの種に出来ることであろうから。
 だが傍観者の余裕も、公園の入り口に差しかかったところで吹き飛んだ。

「ぬうおっ!?」

 アガサともども掘ってあったかなり深目の落とし穴に、いきなり落下。

「くっそお、あの野郎許さねえっす!」

 なんとか這い上がって先を進めば、街路樹の上からぼたぼた蛙が落ちてくる。

「いやあああああたし蛙大嫌いっすー!」

「逃げなやアホンダラ! なんのためにうちがこんなこっぱずかしい真似してると思ってんねん!」

 それを乗り越えて行けば、今度は足元に張られていたロープに引っ掛かってこける有り様。
 とどめは時計台の下にいた女装姿のジルベールである。

「初めましてー。ジルベールの妹ジル子でーす。アガサさん、お兄ちゃんのことどう思ってますか?」



(まさか本当にやるとは思わなかった)

 いい加減な提案をしたことを悔やまないでもない靖は、いつでも事態に介入出来るよう近くの茂みに潜みながら、様子を見守った。
 当たり前ながら女子たちは非常に険悪な表情だ。

(早矢も気合を入れ過ぎだよな…あんだけの罠いったか?)

 疑問を覚えつ隣の仕掛け人を見やれば、心から楽しんでいる様子。

「あんたがこの世から蒸発すりゃいいと思ってるっすよ…」

「なるほど分かりました。じゃあお兄ちゃんに伝えておきますね♪」

「小芝居やめえやお前がジルベールやろがい! 何のつもりやボケ! しばくぞホンマに!」

「まあまあ、興奮なさらずに。ところであなたは誰ですか?」

 ジルベールからの指摘にアリスは言った。

「アガサのボケのガールフレンドや! とにかく迷惑やからアガサにこれ以上ちょっかいかけんとってもらおうか、うちまで付き合わされてえらい災難や!」

 時計台の後ろでは、マルカとリンスガルトが経緯を観察。

「アリス様、こう、もっと手を取り合って寄り添わないと」

「そうじゃ、ついでにぶちゅーとかませ!」

 何故かアムルタートもそちら陣営に流れ込んでいる。

「え、あの子たち百合? 百合とか私しってるよ? 確か女の子同士でキャー♪ ってするんでしょ? 面白いねー!」

 それは置いておくとしてジルベール。思ったほど驚いていない。

「嘘でしょそれ。目が泳いでますもん」

「失礼なこと言うんじゃねえっすよ、アリスはガチレズっすよ。あたしは違うっすけどね」

「おまっ…濡れ衣着せんなやボケ! うちがノーマルであんたがガチレズっていう設定やったろ!」

「そんなこと言った覚えないっす!」

 たちまち馬脚を現す疑似カップル。
 付け焼き刃は所詮付け焼き刃でしかなかったようだ。

(駄目ですねこれ)

 見切りをつけた早矢は颯爽と場に飛び込む。

「私は通りすがりの弓術師だが、話はすべて聞かせてもらった! ストーカーなど許せん男だ…私が絶対に守ってやる!」

 心配するな、と力説しながら彼女は、アガサのお尻をぺちんと叩いた。

「いって! なんなんすかちょっと!」

「気にするな! さあ、いざ旅立たん男のいない世界へ!」

 言うなりアガサを脇に抱え、砂煙を上げて逃走。

「お、おいこら、勝手にシナリオ変えんなや! うちどうしていいか分からへんやんけー!」

 追いかけようとしたアリスは数歩もいかぬうち、先程落ちたのとは別の落とし穴にはまった。
 ジルベールは用心し動かずにいたので落ちなかった。
 ルオウが言う。

「なあジルベール、とりあえず色んな意味で脈なさそうだし、諦めろ?」

「いやいやこれからですよ」

 靖がうめく。

「これからって何がなんだお前…印象これ以上下がりようがねえだろ…」

「だからですよ。こんだけ印象下げておけば、今後普通に振る舞ったとき、あたかもすごく改心してるように受け取ってもらえるでしょう? まず自転車返しておくところから始めましょうかね。好物とか言うプリンをつけて」

「…は? ちょっと待て、お前まさかそのためだけにこんだけの嫌がらせを」

 ああ、この子本当に最初から分かってやってたんだ。
 深く納得しながらアムルタートは、肩をすくめる。

「誰とは言わないけど、ロリコンでも付き合ってくださいとかロリコンでも受け入れてあげますとか言えるくらい、奇特な人じゃないと難しいと思うね! ジルベールは!!」