|
■オープニング本文 私は開拓者にしてガンマンのカラミティ・ジェーン。 皆よく来てくれたわね。今起きたことをありのまま話すわ。 ここからでも見えるわね、巨大なアヤカシが暴れまわり、あの小さな町を破壊しているのが。 ええ、アヤカシよあれでも。ゴミ袋に空気を入れて膨らまして適当に手足をつけた的なチープさだけど油断は禁物ね。 なにしろでかいから。 高さはそうね、およそ10メートルってところかしら。横幅が6メートル位あるわね。確実に肥満体型よ。 でも所詮図体だけ。動きは鈍いわ。頭もね。 なら倒すのは簡単――そう思うでしょう。 実は私もそう思っていたのよ、奴の正体を知るまでは。 あのアヤカシ、何色に見える? 黒? そうね、黒ね。でもそれは奴の色ではないのよ。奴自身は透明無色なのよ。 どういうことかって? まあ落ち着いて聞いてちょうだい。 奴はね、スライムの変種らしいんだけど――自分自身では動けないの。特殊な匂いを出すことで狙った生物を引き寄せ、袋状の体内に取り込み、それを支配することで動く能力を手にいれるのよ。 取り込んだものが多ければ多いほど巨大化していくらしいわ。 もう分かってきたようね。 そう、あの色は奴が体の中に取り込んだ生物の色なのよ。 何の生物かって? ゴキブリよ。 フ、フフ…アハハハハハハハハハ思い出すだけで鳥肌と変な笑いが止まらないわ。 中に入ったのが生きてもぞもぞ動いてるのが、接近するともうね、もう、毛の生えた足や触覚までしっかり見えちゃうのよね。アヤカシがクリスタル過ぎるからっ。 試しにちょっと計算してみたのよ。 ゴキブリ1匹を6センチ×3センチ×1センチの直方体と仮定すれば18立方センチ。 あのアヤカシを1000センチ×600センチ×500センチの直方体と仮定すれば300000000立方センチ。 300000000を18で割れば、少数点以下切り捨てて16666666。 アヤカシが消滅した瞬間、それだけの数の悪魔が野に放たれることとなる…。 ごめんなさい私には奴に立ち向かう力も勇気もなかった。 それ以前に立ち向かわねばならない理由もなかった。 なんでって、今休暇中だもの。 そういうわけで後は頼んだわ、あなたたち! 私はこれからお土産持って故郷に帰る(走って逃げる)! |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
露草(ia1350)
17歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
星芒(ib9755)
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 「私はっ、生きて故郷に帰るーっ!」 見事なフォームで走り去って行くジェーン。 完全な敵前逃亡。だが天河 ふしぎ(ia1037)は非を鳴らすどころでなかった。視線は巨人に釘付けだ。 「まさか、アヤカシよりも恐ろしい存在が現れるなんて…彼奴ら、一匹見たら100匹はいるって聞いてたけど、本当だったんだ」 この場合100という数字でさえ生ぬるい。 16666666だ。繰り返すが16666666だ。 耳にするだけで勇気がくじけそう。正直自分もジェーンのように、相棒である滑空艇(改弐式)星海竜騎兵に乗り、逃亡したくなってくる。 だがしかしそれは許されないことだ。倫理的に人道的に、それから信念的に。 「でも、だからこそ、負けられない…放っておいたら町が大変な事になる。正義の空賊としては見過ごせないんだからなっ!」 教会神父のエルディン・バウアー(ib0066)は、万物の主がおわすという蒼穹に愚痴った。 「なんだか神は私に妙なものばかりを退治するように仕向けてませんか。これも世のため人のためですから頑張りますが…そうですかー、ゴッキーですかー…」 相棒迅鷹ケルブは純白の羽を羽ばたかせ、エルディンの頭上を周回。ちなみに彼は鳥だから虫は怖くない。一律平等に食物だと受け止めている 「…みっちみち、ですね」 思わず呟いた自分の一言に想像力を刺激された露草(ia1350)は、鳥肌の立った腕をこする。 (だめっ、そんなこと考えちゃだめ! 冷静になれなくなる!) 己を強く律しても、相棒人妖衣通姫が、無邪気に思考の邪魔をする。 「ごきごきだから、もしかしてせなかからはねはえてとんじゃったりするのかなー。たいへんなのー」 闘鬼犬のハスキー君が悲しい顔をしている。 主人の叢雲・暁(ia5363)が理由を尋ねれば、気弱げに鼻を鳴らし『カサカサいう音が聞こえるの』という答え。 これだけ離れていても犬の聴覚には、はっきり物音が聞こえてしまうらしい。 「なかなか不愉快な奴みたいだね〜〜」 宮坂 玄人(ib9942)の相棒空龍義助もまたハスキー君に劣らず、微妙に戦闘意欲が低い。 元来好戦的な性格であるはずなのだが…アヤカシならまだしも虫の大軍と戦うというのが、今一つモチベーションの上がらない理由だろうか。 かくいう玄人も、少々燃え上がれない自分を感じている。 「何てものを取り込んでいるんだ……前に巨大芋虫を討伐した事はあったが……あれよりも衝撃的だな」 ゴキョジンを中身ごと地上から抹殺したい。心から。でも出来るだけ自分の手は汚したくない。正確には触りたくない。触られたくない。近寄られたくもない。汚染される――そう思っているのは星芒(ib9755)。 相棒提灯南瓜の七無禍は、かぼちゃ頭をゆらゆら振りながら跳びはねている。戦う相手の正体を知っても、特に引いてはいないらしい。 「なんだアイツ! ゴキブリ詰まってるのかよ! 超おもしれー!」 引いてないどころか盛り上がっているのがナキ=シャラーラ(ib7034)。先入観を持たない子供は無敵だという、いい見本だ。 彼女は相棒駿龍セリム・パシャに颯爽と跨がり、手綱を引く。 「じゃ、あたしちょっくらジェーン連れ戻してくるぜっ! 皆で作戦会議しててくれよ! ハイヨー、パシャ!」 パシャは翼を広げ、ジェーンが逃げた方角へ全力急行。 それを見送った一同は要請されたとおり、作戦を立てることとする。 「とりあえず戦場を設定しよう! 先ずはそれからだ!」 暁の意見に露草は、何度も大きく頷いた。 「ひとまずおびき出して、市街地に行かないようにということで…町中でパンデミックを起こされたら、取り返しがつかなくなりますから」 家屋や地下の下水溝などに入り込まれたら、それこそ何をどうしようが捕獲出来るものではない。そのまま居着いて二次繁殖――最悪のシナリオだ。 「巨人を誘き寄せる町はずれに、大量のトリモチで囲まれたゾーンを設置したらどうかな。ほら、台所とかによく置くゴキホイホイみたいに」 「おお、それはいいですねふしぎさん。動きを封じられるなら、作業がしやすくなります。では私は、ストーンウォールでそのゾーンに囲いを作りましょう。ウォールの大きさは5×5。それを3枚並べて一辺にし、正方形に囲む…あ、もちろんゴキョジンを入れる側に透き間は空けますが」 15×15。 あの巨人の大きさからして、入れ込むには不足ない広さ。弾けても中身を一定の範囲に止めることが期待出来る。 「じゃあ僕は油とか! 火消し用の熱湯とか! 玉葱エキスとかホウ酸団子とかそのあたりをセットしておくよ! おびき寄せのために!」 「じゃあ俺も、可燃物を集めておこうか」 「では私は生ゴミ的なものを、各ご家庭から集めてきます」 暁と玄人、露草が罠の作成に協力を申し出た後、星芒がおびき寄せを買って出た。 「あたしは、タマネギ入りじゃが団子を使って誘導してみるわ。一喝も使えるし」 とんとん拍子に作戦は決まって行く。 しかし一抹の不安は残る。ゴキブリという生き物は羽を持っているのだ。囲いに蓋は出来ない。飛び逃げる可能性はどうしても出てくる。 「まあ、そこは各自相棒の力を借りて対応するとしましょう。私のケルブは逃げるゴッキーを食べてくれるようですしね…」 エルディンがまとめた所で、ナキが戻ってきた。 ジェーンがパシャに咥えられ逆さ吊りになっている。 「放して私は故郷に帰るの! ゴキョジンに屈してもいいから帰るのよ! おじいちゃんとおばあちゃんがたまには顔が見たいから帰ってこいって言ってるのよっ!」 「あんたの狙撃の腕が必要なんだよ! 四の五の言ってないで来い! でねぇと生きたゴキブリ、パンツの中に突っ込むぞ?」 「ひいい止めてそれ拷問だから、拷問だからーっ!」 とにもかくにも役者は揃った。作戦も立てた。 後は実戦あるのみである。 ● 町の平和を荒らす恐怖の巨人(主に中身)に、上空から接近するのはふしぎと玄人。 ジェーンの言ったことは正しかった。とてもクリスタルな巨人である。ゴキブリの集合体が完全に透けてしまっており、ゴソゴソ蠢く様がくっきりすぎて正視するのがつらい。 「なるべく中身は意識しない、意識しないんだぞ…」 繰り返し呟いて逃げ出したくなる気持ちを抑えるふしぎ。 玄人はやる気がなさそうな義助の首を叩き、励ます。 「我慢しろ。これも仕事だ」 地上の誘導役である星芒は、己と戦っていた。 「あれは違う、ゴキブリじゃなくてちょっと平べったくて触覚が長いカブトムシ。うん、カブトムシ。ただほんのちょっぴり少しだけ甲殻の柔らかいカブトムシ…カブトムシ」 自己暗示でしのごうとしているらしい。 七無禍は口ポケットからタマネギ入りジャガイモ団子を出し、ぷっぷと地面に吐いていく。 ゴキョジンはそれを拾いながら歩いてくる。 巨人と言えども所詮ゴキブリの集合体。アヤカシも、閉じ込めている動物の生理的欲求は制御しないらしい。 (中の生き物が死んだら自分も動けなくなるから、当然でしょうかね) 星芒に同行している露草は、そんなふうに推測する。 それはそれとしてゴキョジンは意識が虫なので、集中力が持続せず、時々餌からそれてあさってへ行きそうになる。 「渇ーーーーッ」 一喝を咥えそれを軌道修正させる星芒。 ふしぎと玄人もゴキョジンの前をうろちょろ飛び、注意を引きつけた。 小さな無数の生き物が進行方向に向け、アヤカシの体の中を移動しているのが見える。 噴火口が近くにあるなら全力で落っことしたい欲望に駆られる光景だ。 ようやく一同が巨人を町外れまで誘い出したとき、強力な助っ人、ナキが現れた。 「おう、皆、待たせたなっ! 準備に手間取っちまってよ!」 彼女の姿にふしぎと玄人は固まった。星芒と露草も。 水着着用の体にたくさん張り付いているものは…茶色かったり黒かったりするものは…どう見ても…。 「見ろ、あたしのこのせくしーな水着姿を! 来やがれゴキョジン! お前のエネルギー源はまだここにたくさんあるぜっ!」 衣通姫は感嘆の声を上げる。 「わあ、ナキさん生きたゴッキー体に貼ってるのですー」 「…思い切ったことするよね、ナキちゃんも…」 ゴミ袋の傍らで暁は、遠い目をしている。その隣ではハスキー君が首を傾け寄り添っている。 「ええ、なかなか真似の出来ない勇気ある行為です。恐らく神は彼女を天上にて称えることでしょう」 でも自分は真似したくないと正直に述べるエルディン。 ケルブが飛び回り、ゴキョジンより先に引き付けられてきた虫(主にハエ)を食べている。 「…おっと、来ましたか」 町の方から対象物が歩いてくるのを確認したエルディンは、早速壁の作成に取り掛かった。 誤射率を低下させるためウォッカをラッパ飲みしていたジェーンは、罠から離れた丘の上に行ってしまった。 そこからでも十分弾は届くということであり、それは確かに真実であるのだが、やはり不必要に離れ過ぎかと思われる。事態解決の暁にはオシオキの一つも入り用となるかもしれない。 タマネギの匂いのぷんぷんする、ホウ酸団子と生ゴミと可燃物とトリモチの堆積場が、四方壁で覆われた。 「そうだー、こっちに来い来い来い」 顔のない巨人の足取りが、罠に近づくにつれ早くなった。立ち込める刺激的な香りに誘われているのであろう。 (…なるたけ体全体がトリモチにつくようにしたほうがいいな) 本物のゴキブリでも粘着力の低いホイホイだと、普通に振り切って逃げてしまうことがある。 今回トリモチはかなり強いものを使用しているが、それでもこれだけの数のゴキブリ。どれほど効果があるか未知数の部分が大きい。 「じゃあ、始めようか!」 ふしぎは巨体の背後から近づき、『赤刃』を後頭部に放った。 後ろからの衝撃でゴキョジンが前のめりになり膝をつく。 膝から下がべちょりとトリモチにくっつく。 同時に七無禍の南瓜檻が発動し、ゴキョジンの体をがっきりくわえ込む。 「よしっ、成功だよ七無禍!」 一定の距離を保ちながら手を打ち、快哉を叫ぶ星芒。 ゴキョジンの一部が急に崩れ、うねうと伸びる。 どうやら撃たれたことで皮が薄くなったらしい。表面が泡立つようにうごめき、ゴキブリの体の一部がはみ出す。 うじょうじょ蠢く触覚、そして足。 ふしぎが星海竜騎兵の機体を急速反転させ、上昇した。 「あれに飲まれるなんて、考えただけでもぞっとするんだからなっ」 十数匹が飛び出してきたが、次々宙で弾けた。 丘の向こうからジェーンが撃ったようだ。 最終的にゴキブリの力より、アヤカシの修復能力が勝った。周囲の皮が寄り集まり、出ようとしていたものを再び体内に取り込む。 そこで露草が攻撃をしかける。 (この状況はまさに悪夢。しかし逆に考えれば、あれだけの塊を始末できれば、今年の夏はあの町の黒い悪魔の出現率は大幅に下げられるはず!――いやそれどころか近隣町村の出現率までも低下するかも知れない!) 火炎獣の焔がゴキョジンを焼いた。 「…ここで、一匹でも逃がしたら、…申し訳がなさすぎて…!」 エルディン神父もまた、炎での攻撃を仕掛ける。 「穢れし者よ、神の炎で焼き尽くされるがよい! 汚物は消毒だーー!!」 台詞は前半部分より後半部分に、より力が入っている感じである。 熱せられた薄皮部分が火脹れを起こし、弾け、めくれた。 その辺にある可燃物や生ゴミにも引火した。 穴からこぼれ出てきたゴキブリにも火がついた。 虫の生命力はアヤカシの次に強い。炎に包まれながら、苦し紛れにぶいいいと飛び始める輩が現れた。地面に落ちて鼠花火のようにもがき回転するのも出る。 エルディンは迎え撃たず逃げた。 「おお神よ、燃えながら飛ぶとかありえないです! あなたは何ゆえゴッキーをこのようにしぶとくお作りになられたのですか!」 暁が『風也』から真空の刃を放つ。飛び回る火種と化したゴキブリを切り裂き、叩き落とす。 「害虫は駆除っ!」 ハスキー君も吠え、その応援。 咆哮に力を失い、地上に落ち、そのままトリモチの虜となるゴキブリたち。 追っ手から逃れ一息ついたエルディンは、相棒に言った。 「さあ、ケルブ、食事の時間ですよ。たっぷり食べてくださいね」 期待に応えてケルブが、飛び回るゴキブリたちを嘴で捕らえ、食べ始めた。 「ぱき」とか「ぱり」とか「ぷちゅ」という嫌な音がしてくるが、聞かなかったことにする。 ゴキョジンは破れた箇所を大急ぎで元に戻そうとしている。 ナキは右手に目の細かい竹籠を装着し、頭から口まで頭巾で覆って首もとで縛り、ゴーグルをつけた。 「ようし、これで目鼻口は大丈夫だぜ…今すぐ根絶やしにしてやるよ、この悪魔の末裔が!」 彼女はパシャからゴキョジンの体に跳び移った。 ゴキブリともどもアヤカシの体内に取り込んでもらい、そこから内部攻撃をしようという腹なのである。 ダメージを受けていたゴキョジンはゴキブリの逃亡に焦ったのか、体の一部を膨れ上がらせ、彼女を包み込んだ。 ――かくして器用にいるものだけとって、いらないものを吐き出した。 「あっ、くそっ! あたしも入れろよ!」 外側から叩いてみるが、もう用はないとばかり反応なし。 ちっと舌打ちひとつしたナキは、仲間たちに助力を求める。 「悪ぃ、ちょっとこいつの外側傷つけてくれ! ナイフでこじ開ける!」 玄人は空中からゴキョジンの頭部目がけ、氷龍を放った。 当たった部分が白く曇り、堅くなる。 引き続いてジェーンの射撃。 曇った箇所に小さい穴が空いた。冷えると柔軟性がはなはだしく損なわれ、脆くなるもようだ。 ナキはそこへナイフを突き立て傷口を広げ、頭を突っ込んだ。 ふしぎは彼女の大胆不適さに感服する。 「すっ、すごすぎるんだぞ…」 ゴーグルごしに見える景色がどんなものなのか想像するのも怖いのだが、本人は別にどうとも思わなかったらしい。高らかに歌い出した。 ゴキブリたちが恐慌に陥り、ゴキョジンの中をてんで勝手に動き回る。 爆発が起きた。 七無禍の南瓜爆弾だ。 内部と外部の圧力に耐えられなくなったか、アヤカシの本体である皮部分があちこちぷちぷち裂け始める。 統率の及ばなくなったゴキブリが、集団で出てきて羽を広げ始める。 ふしぎは急接近し、数秒間時を止めゴキブリの動きを抑え、悲恋姫を叩きつけた。 「茶色い悪魔を、野にはなったりはしないんだぞ!」 声の衝撃に吹き飛ばされ、ぱらぱら地上に落ちて行くゴキブリたち。 頭上から降りかかってくるそれを『倶利加羅剣』より生まれし烈風で吹き払う星芒。文字通り死に物狂いだ。 「いやああああああああ!!」 ゴキョジンはますます裂けて行く。めくれた箇所からゴキブリが、続々続々束になってあふれ出す。 その様、さながら破れた米袋からこぼれ落ちる米粒のごとし。 玄人は精悍な表情を崩さぬまま、一人ごちる。 「……ここからが本当に地獄ってやつだな」 同意しているのか、義助がうめく。 パシャの背に乗り戻ってきたナキは、こぼれ玉がよそへ行かないよう引き付けにかかる。 「おいこらなにしてんだ、そっちじゃねえよこっちだよ! 害虫共集まれー!」 露草は覚悟を決め腕まくりした。 「町の人のために頑張るしかないですね! 行こういつきちゃん!」 「はいはーい」 跡形もないように焼却処分。それしかない。逃げぬよう凍らせるのも有りかと思ったが、先程やってみて形が残るのは精神的な負担が大きいと分かった。取りやめる。最初から灰にした方が早い。 「残骸は全部お焚き上げですからね!」 遅れてルオウ(ia2445)とその相棒、輝鷹ヴァイス・シュベールトがやってきた。 「みんな、遅れてすま…おおおおお、おっかねー!」 周辺に脱走していたゴキたちを始末しながら来た彼であるが、囲いの中の惨状には一寸たじろいでしまう。アヤカシ袋が破れた直後に比べれば、はるかにマシなのだとしても。 とりもちにくっつくゴキブリ。その上をかさかさ這い回るゴキブリ。羽をばたつかせるゴキブリ。すべてが炎に包まれ阿鼻叫喚。 まさに地獄絵図。 (うお…正直大アヤカシよりおっかねー) 炎の熱気と寒気に汗を拭う彼は、改めて気を引き締めた。 「黒いのはやっかいだよなー、天敵だぜ…がんばるぜー行くぜヴァイス! 奴らを1匹残らず駆逐してやる!」 ● 6月×日、こうして長い戦いは終わった…多大な犠牲を払って。 我々は戦いで何を得、何を失ったのだろうか。この経験を経て、世界はどこに行くのだろうか。 否、そんなことは今考えるまい。戦士に必要なのはただ休息だ。私はこれより故郷へ帰還する…なつかしい故郷へ…。 「何を呑気に一人語りをやっているんですか…」 夕日を浴びる丘の上、背後から聞こえてきた声に、ジェーンはビクッと固まった。 「あ、あらエルヴィンさんどうしたのかしら。笑ってるのに怖い顔」 「ゴッキーの死骸の片付けを手伝ってください。焼けたといっても物は残ってますからね…地面に埋めなければ」 「ええー、それは別にそこまでしなくてもどうせ自然に還るんだから放置しても」 「敵前逃亡したオシオキと称してジェーン殿も首から下、埋まってみますか?」 「手伝わさせていただきます」 15×15の空間は一面真っ黒焦げ。 ゴキブリは実によく燃えた。燃えすぎるほど燃えた。かくして概算16666666匹分+囮に使ったあれこれの消し炭が残った。 結構な量だ。埋めるにしても相当手間だ。 かくして開拓者、相棒ともども穴を掘る。黙々と掘る。 パシャ、義助、ヴァイスといった竜たちがいるので大分助かるとはいっても、ハスキー君が穴掘り好きだといっても、七無禍が発破をかけてくれるといっても、人妖の清掃術があるとはいっても…手間。 「いつきちゃん、ごめんね! 後でおいしいものを食べさせてあげるから! あ、その前にお風呂に入って新品の服を買ってあげないと…ご、ごめんね、ごめんね!」 「いいのー。気にして無いのー! でもケーキ食べたいのー!」 それが出来るのはいつになることか。とりあえず日もとっぷり暮れてからであるに相違ない。 「おお、ケルブよ。ゴッキーを食べたくちばしで私をついばまないでください…甘えているのは分かりますが、口の端に脚がついています…」 シャベルで土をかき出す玄人は、エルディンの情けない声に、ゴキブリを我が身に引き寄せた際のことを思い出す。そして果てしなくブルーになる。 「装備もなしに自爆行為しちゃ駄目だって」 「そうだな…あんたの言うとおりだよナキ殿…」 幾度も己に六根清浄をかけるも、星芒は、一向にきれいになった気がしない。 「これが終わったら、絶対お風呂に入るんだからー!」 日がどんどん沈んで行く。 「ひいっ! 何か動いた! 今動いたピクッてした! 絶対動いたもういやーっ!」 「気のせいだって! いいから早くシャベルでゴキ山を分別しろ! そんなんじゃ夜中になっても終わらねーぞ!」 ジェーンに怒鳴るルオウの声を聞きながら、ぼそりと漏らすふしぎ。 「こんなにすっきりしないアヤカシ退治、初めてなんだぞ……一生分の悪魔を見切った気がするんだぞ…」 そこに、おーい、おーい、という大人数の呼び声。 顔を向けてみれば、シャベルやツルハシを持った町の住民が、ぞろぞろやってくるところ。 「わしらも手伝いますよ。町がゴキブリまみれになるところ、助けていただいたんですからな」 「何、皆でやればすぐ片付きますよ」 人情の有り難さが心にしみる。 開拓者たちは皆心から礼を述べた。有り難う、と…。 |