シナリオ形態： イベント 相棒 難易度： 普通 参加人数： 8人 サポート： 0人 リプレイ完成日時： 2014/06/05 01:29

■オープニング本文 　とある結婚式場の控室。 　もうぞろ式が始まろうというのにまだ姿を見せない花嫁を、式場の従業員が呼びに来た。 「アケミ様、そろそろお時間でございますが…」 　ノックをし呼びかけてみたが、返事がない。戸はうっすら開いたまま。 　一体何をしているのだろう。従業員はそう思い、中を覗いてみた。 　次の瞬間、絹を裂くような悲鳴を上げる。 「きゃーっ！　誰か、誰か来てーっ！」 　花嫁アケミは真っ白なドレスを真っ赤に染め息絶えていた。 　胸には真新しいナイフが刺さったまま。 　花婿のマサアキが真っ先に駆け込んできて、変わり果てた嫁の姿を見、へなへなと座り込む。そして号泣する。 「ああああ、アケミ、アケミーッ！　誰だっ、一体誰がこんなことをーっ！」 ● 　ここはジェレゾにある某劇場。 　照明に照らされた舞台。その上で嘆いている男優。それを眺める観客たち。 　前の方の席で、２人の少女がひそひそやっている。 　へたれスケバンのアリスとアガサだ。本日は休日だから芝居を見に来ているのである。学校から奨励されるような内容のものではないので、比較的こっそりと。 「月並みな始まり方っすねー」 「まあサスペンス物ならこんなもんやろ…うちのポップコーンに手ぇ入れなやアガサ」 「どケチっすねアリス。そうやって何でも独り占めしてるとデブるっすよ」 「デブらへんわボケ。人にたかんな自分で買うてこいや」 　チッと舌打ちひとつしてアガサは席から立ち、売店へ行った。 　どうせ間奏音楽がまだしばらく続くのだ。内容を見損なうことはない。 　というか大体展開は分かっている。以下の劇タイトルを見れば。 『ジェレゾ迷宮案内――それは血に染まるウェディングドレスから始まった。無垢な花嫁の裏の顔。忌まわしい過去。事件直後に消えた花婿はどこに。　不審な行動を取る家政婦と真実を追究する少年探偵を暴走馬車が襲う！　そして第二の、第三の殺人…呪われた村の血ぬられた系譜！　おろち様の祟りとは一体！？　噂好きな主婦の家が焼失！　見えかくれする放火魔の不吉な影、事件のカギを握る女の正体とは『…まさか…お義母様！？』　老舗温泉旅館若女将が全ての謎を解くためばっちゃんの名にかけて愛と憎しみのアル＝カマル超特急飛空船に乗る！　犯人はお前だ！』 　ポップコーンを手に戻ってきたアガサは席に着き、もしゃもしゃそれを食べ始める。 「タイトル長過ぎっすよねー」 「それ以前にぶっこみ過ぎやろ。絶対最後までまとまらへんわこれ。賭けてもええ、中盤いく前にグダグダなるわ」 　醒めた予想をする彼女らから少し離れたところ、別の少女２人組がいる。 　北部のアーバン渓谷から来たお上りさん、ミーシカとエマだ。 「なんかすげえな。タイトル見ても、内容が全然想像つかねえ。こっからどうなるんだろうなエマ」 「どうなるんだろうね。楽しみだよね、ミーシカ」 　アガサたちと違い期待している様子だ。 　村っ子だけに、町っ子よりも純な感受性を持っているのだろう。

■参加者一覧 / 星風　珠光（ia2391） / 月野　魅琴（ib1851） / マルカ・アルフォレスタ（ib4596） / リィムナ・ピサレット（ib5201） / ユウキ＝アルセイフ（ib6332） / 雁久良 霧依（ib9706） / トビアス・フロスマン（ic0945） / 禍斗（ic1590）

■リプレイ本文 　月野　魅琴（ib1851）は舞台袖に立った。 　台本は何度も読み込んだ。後は舞台の状況にあわせて、場面解説の語り手として徹するのみ。 （役者の少ないこの舞台、なんとしても終わらせてみせる！） 　堅く決意する彼は第一声を放つ。 　まずは何より大事な注意事項。 『この物語はフィクションです。実在する事件・事故・個人・団体とは一切関係がありません。』 　禍斗（ic1590）がチョンチョンチョンと拍子木を打ち合わせ、高らかに告げた。 「それでは始まり始まり〜」 ● 　結婚式場支配人ことビアス・フロスマン（ic0945）は従業員たちを叱責した。 「落ち着きなさい。このホテル・エンパイアには他のお客様がたも大勢お泊まりになられておるのですぞ。耳目を引くような真似は謹みなさい。警察の指示に従い、迅速に行動するのです。かようなことで当ホテルの格を下げてはなりませんぞ…」 　そこに帝国警視庁第一課所属捜査官、雁久良 霧依（ib9706）がやってきた。 　トレンチコートに身を包んだ彼女は、一直線にビアスのもとへ来て、質問をする。 「少々お聞き致します。アケミさんは亡くなられる前、不審な言動などとられておりませんでしたか？　たとえばこう、何かに脅えているような」 「……そう言えば花嫁様が控室にいかれる前、御一人で何やら物思いにふけっておられるのを拝見いたしましたな。しかし、そういうことはままあるものです。いわゆるマリッジブルーという奴ですな。ですから不審とまでは申し上げられないかと…」 「そうですか…」 　失望を隠さぬ霧依が舞台中央から離れていく。 　彼女の上にスポットライトが当たった。 「私にはこれがただの殺人事件ではないという確信がある。おろち…南方の小儀で密かに信仰される、千の顔を持つ古き邪神…それをシンボルとしたおろち秘密教団が、近年我が帝国内で不気味に勢力を拡大している…この事件にも感じる、彼らの悍ましい気配を…」 　スポットライトがもう一つ増えた。 　当たっているのはユウキ＝アルセイフ（ib6332）。 （とにかく、あの凄く長いタイトルの内容に添って動けばいいんだ） 　渡されたシナリオ通りに彼は、ちょっとクールな少年探偵を演じる。 「またその陰謀論ですか霧依さん。おろち秘密教団が危険なのは確かですが、今回に限っては関係ないでしょう。物事はもっとシンプルに考えないと」 「ふ…まあ、何も知らない人間はそう考えることでしょうね。だけど私は見た。そして知ってしまったのよ明智君」 「僕の名前は明智じゃなくてユウキですよ霧依さん」 「ごめんなさいねワトスン君。私最近よく眠れなくて、他人の名前に対する記憶があいまいなの」 「…まあいいですけどね。しかしあなたは一体何を知っているというんです？」 「それは…」 　霧依が何か言いかけたところで割烹儀を着たリィムナ・ピサレット（ib5201）が、袖から入ってくる。 　とはいえ誰も彼女だと分からない。忍びの卓越した変装術は、完全に少女をおばさんへと変えていた。 「すいませーん、家政婦紹介場から来ましたハライチツエコですー。どなたかいらっしゃいませんかー。ハライチですー」 　続けて着物姿の温泉女将、星風　珠光（ia2391）が登場。 「ハライチさん違うよ、ボクの老舗旅館『千王寺屋』は隣。ここじゃないよ」 「あらっ、まあまあすいません。間違えちゃったわ。ところでどうして警察がここに？　何かあったんですか？」 　語り手の魅琴が、朗々たる声で言った。 『このとき誰しもが忘れていた。花婿マサアキの存在を。後から思えば、それが一層事態を狂わせる…いや、加速させることとなったのだ…』 　ナレーションに、ドロドロ怪しい太鼓と呻き声のような合唱が重なった。 　霧依の独白が入る。 「やはり行かねばならない、私は…南方アル＝カマルへ…いまだ外界と隔絶された小儀…おろち信仰発祥の地、暗黒島へ…ラヴクラフト文書にある異界は、暗黒神は、間違いなく実在する…」 　場面転換なのか、舞台が暗く沈んでいく。 　奈落から競り上がり、背景が入れ替わる。 　街灯が一つぽつんとついた裏通り。悲愴感一杯のマサアキが歩いて行く。 「ああ、アケミ、アケミ…」 　嘆き節を披露していたまさにその時背後の壁が裏返り、真っ白い仮面をかぶった女が登場。 　花婿を羽交い締めにし、口元へ白いハンカチを、窒息しそうな勢いで押し付けた。 　たちまちぐたりとなった花婿。 　女はそれを引きずって壁の後ろへ消えて行く。 　街灯が切れ、舞台は真っ暗。客席も真っ暗。 ● 「…なんや内容がホラーになってきてへんか？」 「そんなん知らないっすよ、あたしに言われても。まあこんなもんなんじゃないっすか、Ｂ級サスペンスなんて」 　ひそひそごそごそやっているヤンキーたちの席の隣に、役を終えてきたビアスが座る。 　アリスは彼の横顔を見て、あ、と声を上げる。 「マルカんとこのじいやさん？」 「おや、貴方様は確かおひい様の御学友…アリス様と申されましたかな」 「なんや、うちのこと知ってんの？」 「はい。以前学園におひい様をお迎えに参りました時、ご一緒の所を拝見いたしまして…そちらはお友達ですかな」 「違うっす。アガサとあたしはただのライバルっす」 「せや。こんな根性の悪い女、ダチにしとうないわ」 「あたしもこんな頭悪い女ダチにしたくないっすよ。脳筋が伝染るっす」 「なんやとこらもっぺん言うてみい」 「いった！　そういうとこが脳筋だって言ってんすよっ」 　言い合いと髪のつかみ合いを始めた少女たちを、ビアスがとりなす。 「まあまあ、落ち着きめされお嬢様がた。エトワールのボンボンがございますでな。さしあげましょう」 「え、ほんま。高級品やん」 「やりぃ」 　ためらいもなく受け取り、口に運ぶやんきい達。 　微笑ましげにそれを見守るじいや。 「お２人を見ていますと、お小さいときのマルカ様を思い出しますなあ。お菓子が大好きでいらっしゃいました。今でも大好きではございますが、開拓者になられました故、節制が大事だと言うことで、あまり召し上がられぬようになられまして…ご父母がお亡くなりになられてからは、痛々しいほど背伸びをしていらっしゃいました。しかし、学校に通われるようになりましてからは、徐々に以前の明るさを取り戻され…ひとえにアリス様のようなご学友がいらしたお陰でございましょう。このじいや感謝してもしきれませんぞ」 「いやあ、そこまで言われると照れるっすね」 「確かにアホなアリス見てると笑えるっすよねー、うははは」 「黙りやこの性格ブス！」 「いだだだだ！　放すっすよゴリラ女！」 　またもめ出した２人は、後ろの席から首根っこを捕まれ、額をぶつけあわされた。 「お前らさっきからうるせーよ！　静かに見ろよ！」 　誰あろう、話し声が気になって移動してきたミーシカだ。 「ミーシカも大声出しちゃ駄目よ。しーっ」 　なだめるエマの姿に苦笑しながら、じいやもまた、声を潜める。 「失礼致しました。観劇のお邪魔でしたな…直おひい様の出番。楽しみですな」 ● 　舞台に再び明かりがついた。街灯ではなく天井からぶら下がったランプの明かり。 　安っぽいアパートの一室。マサアキはベッドに四肢を縛り付けられている。 　その横でマルカ・アルフォレスタ（ib4596）がタマネギを刻んでいた。 　魅琴のナレーションが入る。 『マサアキは目を覚ました。やっと自由に動く首を巡らせ、自分がどういう状況にいるのか確認し――恐怖に捕らわれた。そこにいる女を彼は知っている。ストーカー、タエコだ』 　みじん切りの手を止めたマルカは、花婿に向かって微笑みかける。 『この女がなぜここに。後十年は出所してこないはずだのに。まさか脱獄――マサアキの額に冷や汗が浮く』 「うふふ、お目覚め？　まったくあのクソビ○チが死んでせいせいしたわ。これからは私が２４時間食事から下の世話まで面倒みてあ・げ・る♪」 　続けて壊れた笑い声が爆発した。 　劇場の温度を下げさせるに不足ない怪演だ。 ● 「おお、おひいさま…素晴らしい演技力ですぞ。じいやは心揺さぶられます」 「こわっ。マルカ演技派っすねー。ああいうの、普段からは想像つかないっすよ」 「…いや、あの子怒らせたら結構あんな感じにきっついで…？」 「えっ、マジっすか…？」 ● 　ひとしきり笑った後マルカは、急にしおらしくなる。 「でも私は犯人じゃないわ。あの泥棒猫を殺してやろうと行ってみたら、もう死んでたのよ。信じて、ねえ、あなたなら信じてくれるわよね？　そんな目をしないで、だってあの女が悪いのよ。あなたをそそのかして私との仲を引き裂くため警察に告げ口して…ひどいわ。私とても傷ついたのよ。警察の人に何度も誤解してるって説明したんだけど、信じてもらえなくて…あなたのところに帰してもらえなくて…だからつい刺しちゃった♪　私が悪いんじゃないわよね？　おねがいその通りだよって言って？　あの女は天罰で死んだのよ。これからは２人で仲良く暮らしましょう。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも…」 　涙ながらに無罪を主張しつつ、右手に握った包丁で花婿の顔の真横をぐさぐさ。 　鬼気迫るとはこのことだ。 　そこに警笛の音。 　多数の憲兵が踏み込んでくる。 「動くなタエコ！　拉致監禁の現行犯及び看守への殺害容疑で逮捕するっ！」 　マルカはちっと舌打ちし、逃げ出す。 「また迎えに来るからね、マサアキさん！」 　その後から少年探偵ユウキと家政婦が出てくる。 「くそっ、真相まで後一歩だったのに！」 「諦めないで、追えばまだ間に合うわよ」 　言いながら舞台袖に消えて行く彼ら。 　続けて以下の音が響き渡る。 　キキーッ！ 　ドカン！　 　ガシャーン！　 　暗転。 　間を置き明かりが戻ったとき、場面は葬儀場になっていた。 　菊の花に包まれる少年探偵と家政婦と、誰だかわからないおばさんの遺影。 　魅琴が重々しく述べる。 『突然の交通事故により、家政婦ツエコと少年探偵ユウキは死亡した。彼らを轢いた馬車は直後、乗り手ともども爆発炎上――事故の唯一の証言者である主婦は家を焼かれ焼死を遂げた。…かくて、真相は闇の中に葬られたのである。警察に保護されたマサアキも、自宅に戻ってからほどなくして、また行方不明となった――タエコが再度脱獄した日に』 　温泉女将珠光が祭壇の前で泣き崩れている。 「あああ、なんてことに…３人とも、この敵はきっとボクがとるよ！　ボクが、全ての謎を解いて見せる！　ばっちゃんの名にかけて！」 ● 「え？　あ？　何？　え？」 　話運びの早さについていけなくなってきたミーシカ。 　そに拍車をかける展開が来る。 ● 　いったん幕が下り再び開いたとき、場面は森になっていた。 　服もボロボロな霧依が手帳を手に、独り言を発している。 「私は霧依…第３４回暗黒島調査に参加。森に入ってすぐ狂信者たちと遭遇。所属班の仲間は全員殺された。あるものは池へ逆さまに突っ込まれ、あるものは生首を菊人形にさらされ…移動手段である竜も失い、壊れた武器は放棄した。飛空船のある北へ向かい、走る…狂信の支配する地で竜を失ってしまった…天儀への帰還、生存は絶望的…ただ、狂信者たちに遭遇せず船までたどり着けるかもしれない…」 　どこからともなく、あやしげな太鼓の音が聞こえてきた。 　ビクッと足を止め、荒く息をつく霧依。 　震える手で文字を書きなぐる。 「今取るべき行動は恐怖にひれ伏すことじゃない…この状況もこの儀を目指した時から覚悟していた…私は死をも恐れぬ帝国捜査官…武器はないが私はまだ戦える…本国に報告しなくては…あの男がこの地にいたことを…」 　太鼓の音がいよいよ大きくなってくる。 　彼女は書き割りの木々を押しのけ、奥へ入って行く。 「…この手帳に起きたこと全てを記す…私は屈しない」 　舞台の背景一面が真っ赤な光に染まり、影絵が映し出される――人の手や足や頭部の刺さった槍を持ち、大勢の人間が騒ぎ立てる姿。 　霧依の絶叫。 「あああああああ！？」 　直後、舞台に幻影が展開された。『時の蜃気楼』を利用したものらしい。 　市街地のミニチュアが地震によって崩れ落ち、津波が客席に押し寄せる。 ● 「わっ、すげえ！」 「大劇場って迫力あるねえ」 　本筋を忘れ、演出に感心するミーシカとエマ。 　魅琴は言った。 『ジェレゾは壊滅し、完全に外界と切り離されてしまった。後世の歴史家はそれをこう呼んだ。ジェレゾ地獄地震、と。文明は崩壊…ジェレゾは、暴力が支配する修羅の地と化した。法も秩序もない。あるのはただ弱肉強食の論理のみ』 　ヒャッハー！と奇声を上げながら迫ってくる悪党たちを特大のナイフでばったばったと倒していく巨漢の姿が浮かび上がる。 『そこに現れたのは、ゴリラの筋肉と狼の牙を持ち、燃える瞳から原始の炎を放つ救世主――煤雄煉須蛇苦！』 ● 「…マサアキとストーカー、どうなったんすかね」 「それどころじゃないみたいな感じになってきてもうたな」 「つか…版権色々大丈夫っすかね」 「知らんがなそんなん」 ● 　次の場面は病院だった。 　車椅子姿の霧依が鼻歌を歌っている。状況は例によって魅琴が解説してくれる。 『からくも島から脱出した霧依。だが、救助されたとき彼女は、もはやもとの彼女でなかった。暗黒に心を侵食され、廃人と成り果てていた』 「先生、霧依さんは…もう治らないんですか？」 　白衣を着た女医が、珠光の問いかけに首を振る。 「残念ながら今の医学の水準ではどうにも…何か非常にショッキングなものを見たのでしょうが…完全に精神が錯乱してしまっております。私共としましてもこれ以上は、手の施しようがありません」 「そんな…」 　悄然としながら病院を出る珠光。 　そこへ、目深に帽子を被った清掃員が近づいてきた。 「すいません、千王寺屋の女将さんですか？」 「あ、はい。どなたさまでしょうか…？」 　名を尋ねたが相手は答えない。１冊の手帳を渡してくる。 「霧依さんの戦果です…この病院に運び込まれた際、何物かによって廃棄されていました…」 　それだけ言い残し、さっと場を離れてしまう。 　女将は足を一歩踏み出し、止まる。 　その心理は魅琴が説明してくれた。 『今の声は少年探偵にとてもよく似ていた。でもまさか。彼は死んだはずなのに…』 　さしあたって手帳を覗き込んだ彼女は、驚愕する。 「こ、これは…！」 　息を飲み、きっと宙を睨む。 「行かなくては…私も、南方に、アル＝カマルに！　全ての謎を解くカギはそこにある！」 『こうして女将は、ジルベリアジェレゾエアポートからアル＝カマル行きの超特急飛空船に乗り込んだ…』 　姿のない笑い声が舞台に響く。 「踊れ踊れ、僕の手の中で♪」 ● 「なあ、ジェレゾてたった今、壊滅したんやなかったか？」 「ここまで来たら細かいことを気にした方が負けっすよアリス」 ● 　荒波の打ち寄せる断崖絶壁。 　どう見ても南方の景観で無いのだが、舞台でそう設定されているのだから、そうなんだと素直に受け止めたい。 　突端に立っているのは誰あろうマサアキ、そしてマルカ扮するストーカー女タエコ。 　女将がその前にいて、マサアキに指を突き付ける。 「やはり…マサアキさん…この一連の殺人事件の犯人は…君だね？」 　マルカが口に手を当てよろめく。 　顔は蒼白であった。 「まさか、マサアキさんがそんな恐ろしいことするわけがないわっ！　何かの間違いよねマサアキさん、ねえ、そうだって言って！」 ● 「待てや。なんでタエコがしれっと一緒におんねん。ほんで衝撃受けてんねん。バイオレンスどこ消えたんや。無垢な花嫁の裏の顔とか忌まわしい過去とか義母とか、まだいっこも出てきてへんで…」 「だから気にしたら負けなんすよアリス」 ● 『漸く彼は真実（ここ）に至る。崖の端で佇むその人を迎えるように、泡立つ波は岩に砕けたのだ……彼が俯く顔を上げ、一声を放った』 　物々しい前置きの割に、当の本人から放たれた言葉は普通だった。 「な、何を言っているんだ失礼な！　僕は被害者だ！　僕が彼女を殺したという証拠でもあるのか！」 　女将はため息をつき、言う。 「マサアキさん…君は、おろち秘密教団のジェレゾ支部長だね？」 　今度は花婿がよろめく番だ。 「そっ、そのことを…一体どこから…」 「霧依さんが正気と引き換えに残してくれたメモが決め手となったよ。行方不明を装った君は、この地にある本部に潜伏していた…恐らく、ほとぼりが冷めるのを待つつもりで」 　そこにいきなり死んでいたはずの少年探偵が出てきて、参戦。 「ふふふ、実は僕は生きていたんですよ。自由に動くため死んだことにしていたんです…あなたは、最初からアケミさんを殺すつもりで結婚したんですね？　莫大な保険金をかけていたこと、すでに調べがついています。それによって得た大金を寄付すると、おろち秘密教団本部に約束し、今の地位を得たことも…自首してください」 「はっ、そんなもの証拠にならないよ！　大体僕はアケミが死んだとき別室にいたんだよ。それを証明してくれる人はたくさんいる！　ナイフに指紋なんかついてなかっただろう！」 「ええ。アケミさん本人以外のものはなにも。しかし君が何らかの形で関与していることは、状況からして疑いようがないね」 「何言ってるんだ、全部あんたらの空想だ！　でたらめだ！」 　度を失う一方のマサアキ。 　そこで突然マルカが動いた。 　瞳を潤ませ頬を赤らませ、彼に抱き着く。 「やだもうマサアキさん、そういうことなら最初から言ってくれればいいのに！　やっぱりあなたはあんな女より私のほうを愛していたのね！　知ってたけど！　いいわ分かったわ、この女たちは私が始末するからあなたは逃げて丘の上の教会で待ってて！　私も後からすぐ行くから式を挙げましょう！」 「触るなストーカー！　アケミ以上に僕にとってどうでもいい女なんだよお前は！　とっとと消えろ！」 「そんな…ひどいっ！」 　マルカが隠し持っていたナイフがマサアキの心臓に刺さる。 　倒れたマサアキは二度と起き上がらなかった 「ああっ、マサアキさん！　どうしてこんなことに、マサアキさーん！」 　嘆くストーカーの背中を、女将がそっと叩いた。 「さあ、警察に行こう。刑に服し、真人間として生まれ変わる…それが今の君に出来る唯一の償いだ！」 　少年探偵が手を差し伸べる。 「帰りましょう。あなたのいるべき場所はここじゃない」 ● 「おお…名演ですぞおひいさま…」 　感動の涙をこぼす老爺。 「なんやこれ…」 「もうひどすぎっすね…」 　あまりの展開に半眼となる町娘たち。 「ん？　犯人はあの女だったのか？」 「みたいだね」 　理解しようと努力する村娘たち。 　そこへ、ぱちぱち拍手が。 　観客にしてはおかしいなと思ったら、舞台の上からリィムナが、ワイヤーに吊られて降りてきた。 ● 　リィムナは宙に吊られたまま観客席に向かい、大見栄を切る。 「フフフ‥‥あるときは家政婦、そしてまたあるときは病院の医者…しかしてその実態は、千の顔をもつ古き邪神、おろち。これまでのことは全ては僕の掌の上での事だったのさ♪」 　唐突な闖入者に対し女将と少年探偵は、何の違和感も持たなかったらしい。ごく普通な驚きを見せている。 「な、なんだって！　じゃあアケミさんを殺したのは…」 「あなただったんですか！　一体なぜ…」 「ふふ、アケミの死は僕の復活に必要だった為、そうなる様仕向けた。それだけのことさ。と言っても僕が直接手を下したわけじゃないよ。その必要もないし。彼女は自殺したんだ。控室に現れた僕の、真の姿――這い寄る混沌の姿に発狂してね」 　少女は呵呵大笑しながら両腕を持ち上げる。 「では、世界が滅びる様を特等席で見せてあげ…」 「そうはさせないわ、人類を無礼るな！」 「…へっ？」 　絶叫したのは一体誰かと視線を移してみれば、廃人になっていたはずの霧依。 　彼女は鞭をふるい、ワイヤーごとリィムナを叩き落とす。 　そして脇に抱え、客席に向かってパンツをずり降ろし、お尻を剥き出しに。 「ちょ、雁久良さんこんな展開聞いてな…」 　じたばた暴れるそこに、勢いをつけて平手打ち。しかも連打。 「いたーい！　ごめんなさい、もう悪い事しませんからー！　うえええん！」 　やっぱり幼女って最高。 　そんな思いを包み隠さず顔に出した彼女の姿とリィムナの泣き声は、そそくさ降りてくる緞帳の裏にフェードアウト。 『こうして事件は、無事解決したのであった…』 ● 　最後のナレーションを終えた魅琴は脚本を閉じ、共演者たちに微笑んだ。赤ワインを片手に。 「皆様お疲れ様でした。どうです記念に。一杯やりませんか」 　ひとまず全員がその申し出を受けた。 　幕の向こうから聞こえてくるどよめきがブーイングだけではないことを、心の底から願いつつ…。